トップページに戻る



トップページ/ 自己紹介/ サイト紹介/ リンク/


トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>星の海

星の海

 
 夜中、唐突に目を覚ました。
 数騎の部屋は灰で汚れているため、掃除がすむまで数騎はソファで眠っていた。
 だが、目が覚めた。
 トイレに行きたいわけではないが目が覚めた。
 と、数騎はソファから置きあがった。
 どうも、体が自分の意思とは無関係に動いている気がする。
 逆らおうとすれば簡単に逆らえそうな状況だが、あえて数騎はなされるがままに体を動かす。
 数騎は玄関までやってきた。
 棚に置いてある自転車の鍵を手に取り、探偵事務所から出る。
 ゆっくりと階段を降り、ビルの外に出ると自転車に鍵を刺し込み跨る。
 そして、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。
 夢を見ているような気もしたがそれは紛れもない現実だった。
 乗っている自転車、そして体に受ける夜風は間違いなく現実のものだ。
 だが、おかしい。
 自分は今走っているこの道を知らない。
 知らないのに、何故かわかりきった目的地に向かおうと一縷の迷いも泣く自転車は走り続ける。
 三時間も走っただろうか。
 数騎は全く知らない場所に辿り着いた。
 そこは海岸だった。
 東京だというのにきれいな海。
 波に揺れる海は、月と星の光を浴びて煌びやかかに瞬いている。
 数騎はゆっくりと堤防を降りていき、砂浜に降り立つ。
 そして、乾いた砂の上に腰を降ろした。
 風が吹く。
 海岸の風は気持ちよく数騎の体を撫ぜ、塩の香が鼻につく。
「約束してくれたもんな」
 何となく、誰が自分をここに導いたのかわかっていた気がする。
 そうでなかったら、なんで夜中にこんなところまでくるものか。
「それにしても、本当にいい場所だ」
 空を見上げる。
 耳には波の音、目には空を彩る星々の煌き。
「本当に……いい場所だ」
(気に入ってくれてうれしいな)
 声が聞こえた気がした。
 周囲に目を向ける。
 だが、声の主の姿はない。
(見えないわよ)
「なんで?」
(だって私、死んじゃってるんだもん)
「そうか、もしかしたら生きててテレパシーとかなんかしてるのかと思った」
(いい場所でしょ)
「そうだね」
(神楽ちゃん、連れてってきてあげなさい。そうすればきっといい展開が待ってるわ)
「そうだね」
(でもさぁ、なんで私のこと見捨てるかな)
「ごめん」
(ひどいよ、ほんっとに苦しかったんだからね、それに怖かった)
「ごめん」
(自分の命より大切だって言ったくせに)
「君よりも、そして僕なんかよりずっと大切な人だったんだ」
(それが神楽さん?)
「そう」
(やけるわね、ひゅーひゅー)
「なんでそんなに明るいの?」
(死んじゃったからね、ヤケになってんの)
「何で僕と話が出来るの?」
(私、死霊術師よ。魂の専門家。魂を操るぐらいわけないわ、それが自分のだろうとね)
「じゃあ、いつでも話せるの?」
(無理よ、今だけ。もうすぐこの魂は霧散しちゃうわ)
「そうか」
(そうよ、とりあえず一言言いたくてここに来たのよ、私は)
「何でも言ってくれ、司は僕に何でも言う権利がある」
(そう、じゃあ言わせてもらうわ)
 そう言うと、深く息を吸う音が聞こえ、
(私の本名は、玉西彩花よ。騙しててごめんね)
 ようやく遅すぎる自己紹介が行なわれた。
「へぇ、そういう名前なんだ。かわいいじゃん」
(嬉しいわね、お世辞でも)
「ほんとだよ、お世辞は言おうと思ってたけど、お世辞の必要もなかった」
(口が上手いわね、その調子で神楽さんも口説きなさいよ)
 と、何かに気付いたように彩花は小さく声を漏らした。
(あぁ、そろそろ時間だ)
「もう?」
(うっさいわね、もともとこれだって反則みたいなもんなんだからね、お迎えきちゃったみたい)
「もっと話したかった」
(私もね、恨み言たくさんのべる時間くらい欲しかった)
 そう言って言葉を切り、彩花は続けた。
(最後に一つ言いたいことがあるの)
「何?」
(勘違いしているようだけど、泣くことは悪い事じゃないわ)
「ダメだよ、僕は自分を許す気はないんだ」
(そんなのこっちにだってないわよ、いい? あんたは私を殺したのよ。私があんたのこと許すわけないじゃない。でもそれとは別よ、いいから泣きなさい)
「何で?」
(決まってるでしょう、泣くってことは私が死んだことを悲しんでるってことなの。自分のことを思ってくれる人間が泣くのをみるのはつらいけど、自分を悼んでくれるってことは嬉しいものなのよ。あぁ、自分は悼まれるような人間だったんだなぁって思えるから。どんどん泣きなさい)
「いいの?」
(悪いわけないでしょ、だいたいあんたが泣こうが泣くまいが世界は何にも変わらずまわっていくわ。あんたが泣かないのは、いたたまれないからってだけでしょ。そんなの許さないわ、罪悪感にまみれながら泣きなさい。それがあんたの罰よ)
「そんな程度で……いいの?」
(死ねとでも言うと思った? バカね、言わないわよ。泣いてくれればそれでいいから)
「うっ……うん……」
 思わず涙ぐむ。
 でも、まだ泣くわけにはいかない。
(じゃあね、思いっきり泣きなさい)
「あ、待って。言いたいことがあるんだ!」
 必至に声をあげる。
 しかし返事は返ってこなかった。
「あぁ……」
 言えなかった。
 結局最後まで口にすることができなかった。
 彼女の名前を、彼女の本名を呼んであげることができなかった。
 このままじゃ彼女は柴崎司で終わってしまう。
 だから呼ばないと。
 彼女に聞こえていなくても呼ばないといけない。
 涙が出そうだ。
 泣かないわけではない。
 でも今は泣き声が混じるのは癪だ。
 精一杯、涙をこらえて。
 精一杯、悲しみをこらえて口にする。
「さよなら、彩花」
 それで終わり。
 彼女との別れはこれで終わりだ。
 蹲る。
 体を丸めて唸り声をあげる。
 許してもらえた。
 見捨てたというのに許してもらえた。
 彼女の命を奪ったというのに許してもらえた。
 なら、甘えよう。
 彼女の言葉に甘えさせてもらおう。
 つらい。
 泣かないで我慢するにはつらすぎた。
 泣かないで絶え続けるには、失ったものがあまりに大きすぎた。
「う、ううう……」
 思い出す。
 彼女と暮らした日々を思い出す。
(どうしたの、何か用?)
 はじめて声をかけたとき、彼女はきょとんとした顔で口を聞いた。
(はーい、数騎の恋人の司でーす!)
 あの時は驚いた、おかげで後で神楽さんに言い訳するのが大変だった。
(かーずき♪)
 いきなり車の中から声をかけられた時はもっと驚いた。
 連れていってもらったファミレスでの食事は美味しかった。
(私ね、好きな人がいたの)
 僕が仮面使いと接触をとろうとしているのを止められなかった彩花は、デパートの地下駐車場で僕に教えてくれた。
 好きな人がいたこと、そしてその人に大切にしてもらいたかったということを。
 大丈夫、仮面使いは彩花が好きだった。
 だって、嫌いな相手のためなんかにあそこまで怒れるわけがないんだから。
(やめとく、申しわけなくて名乗れないわ。だから私は柴崎司、それでいいかしら?)
 あの時の彩花は本当にかわいかった。
 急にしおらしくなるんだから、こっちだって困って怒れやしないってもんだろう。
(あれ、おかしいな。別に悲しくなんてないのに)
 本当に助けたいと思っていた、泣いている彩花の顔なんてみたくなかった。
 だから、絶対に助けたいって思ってた。
(そうね、じゃあ海に行きましょう。とっても星のきれいな海があるの。そこに案内してあげるから、あなたの本命を連れてってあげて)
 約束は護られた。
 全部終わった後、彩花は僕をここまで連れてきてくれた。
 それだけじゃなかった。
(決まってるでしょう、泣くってことは私が死んだことを悲しんでるってことなの。自分のことを思ってくれる人間が泣くのをみるのはつらいけど、自分を悼んでくれるってことは嬉しいものなのよ。あぁ、自分は悼まれるような人間だったんだなぁって思えるから。どんどん泣きなさい)
 そう言って、僕の心を救ってくれた。
 泣きたいのに泣けないのはつらい。
 だからこそ僕は泣かなかった。
 自分をつらい立場に追い込もうと思った。
 彩花の言うとおり、いたたまれなかったから。
 でも、
(じゃあね、思いっきり泣きなさい)
 彩花は許してくれた。
 許さないって言ってたけど、泣いていいって言ってるんなら許してくれているのも同じだ。
 それは何てありがたい事だろう。
「うぅ、うわぁーっ!」
 泣く。
 大声で泣く。
 彩花はなんて優しいんだ。
 泣くのはつらい事から少しでも逃げるためだ。
 彩花は僕に逃げ道を与えてくれた。
 泣ける。
 なら僕は進んでいける。
 悲しみを乗り越えるには涙は絶対に必要だ。
 それを奪われるのが拷問であるなら、それを与えられるのは救済だ。
 叫ぶ。
 叫ぶようにして泣く。
 腹の底から大きな声で。
 これ以上ないというほど大声を張り上げて泣いた。
 泣き続けた。
 彼女にしたことは、謝ったところで許されない。
 どうあっても許されるようなことじゃない。
 いや、許されてはいけないと思う。
 だからこそ許されようとは思わない。
 大切な人を護るためだったから、何かを失ったんだ。
 大切な人を護るために見捨てた。
 僕はこれからもきっと、大切な人を護るために多くの人を踏みにじることだろう。
 それは構わないことだろうか。
 いや、構う。
 後悔もする。
 でも譲らない。
 踏みにじっていった全てのものに頭を下げて突き進む。
 そうして護りきることができれば、それで十分だ。
 自分にとって特別な一つを護りきることさえできればそれでいい。
 それで僕は十分心地よい。
 傷つくのは心だけ。
 心なんかズタボロになったって、生きていけるさ。
 心なんか壊れても、大切な人が側にいてくれさえすればそれで。
 それでも僕は……
































 月を見上げる。
 決心はより強く。
 掛け替えのないものを誇れるように。
 例え、多くを失おうが。
 嗚咽を漏らすような状況に陥ろうが。
 大切な物を失おうとも。
 それでも僕は、心地よくありたいと思う。



第一幕 魔餓憑緋 Bloody Crimson Blade 完


前に戻る

トップページに戻る

目次に戻る