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第十五羽 結末


 朝になった。
 太陽が昇り、朝日が自分の体を撫ぜる。
 体を起こし辺りを見まわす。
 そこは公園、神楽をタクシーに乗せたあと、探偵事務所に戻る事も出来ずベンチに座っている内に朝がきた。
 帰る気などおこらない、帰ったところで司はいないのだ。
 泣いてはいけない、泣くことは許されない。
 司を殺したのは自分だ、司は自分のせいで命を落とした。
 なら、それで泣くというのはずるい事だ。
 泣けば何でも許されるはずがないなんて事は小学生だって知っている。
 だから、泣いて自分を許してはいけない。
 泣けばそれで自分が悲しんでいると、仕方がなかったと認め、許してしまう事になる。
 なら、泣けない。
 泣いてはいけない。
「泣いちゃ、ダメだ」
 そう言って数騎はベンチから立ちあがる。
 と、立ち上がろうとしたところで誰かの腕が後ろから伸びてきて、右肩を押さえつけられベンチに引き戻される。
「誰?」
 振り向いて尋ねる。
 だが、数騎をベンチに引き戻したのは数騎にとって予想外の人物だった。
「やぁ、お久しぶり」
 視線の先に一人の女性。
 身長は数騎よりけっこう上。
 髪を肩まで伸ばしている茶髪の女性。
 と、いうかその女性は、
「つ、司!」
「おお、私を覚えていたんだ? てっきり忘れられたのかと思ったよ」
「ど、どうして生きてるんだ? 呪餓塵の呪いで……灰になったんじゃ?」
 数騎は司の顔に指を突き付けながら聞く。
 すると、司は背中から一本のサバイバルナイフを取り出す。
「それって……」
「呪餓塵」
「何で司が持ってるんだ?」
 数騎がそう聞くと、司は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「えへへ〜、実はね、あいつが師匠と連絡を取ってくれたの、アルカナムのことよ。それで連絡を受けたアルカナムが呪餓塵を持って事務所に来てくれたの、その直後だったわ、あいつがきたのは。役に立たないわね、数騎と一緒で」
 そう言って数騎を睨みつける。
 あいつというのは恐らく仮面使いのことだろう。
 数騎は頭をかいた。
「ごめん、呪餓塵を持っていけなくて」
「いいわよ、別に。助かったんだし」
「うん、本当にゴメン」
 そう言って数騎は頭を下げる。
 そんな数騎を見て、司は小さくため息をつく。
「いいわよ、別に謝らなくても。それより今日の夜空いてる?」
「空いてるけど、それが?」
「あのさ、最後にファミレスにでも行かない?」
「最後?」
「うん、あのね。私、明日、騎士団の本部に戻らないといけないの、今回の魔剣強奪事件のことを上の人間に話さないと行けないから」
「いつ、戻ってくる?」
「もう戻ってこないと思う。戻ったら仕事もあるし、忙しくなるから。来れたとしても何年も先の話」
「そう……か……」
 司がいなくなる、その事実に数騎は俯いてしまった。
「そうだ!」
 司は大声を出した。
 驚いて数騎は顔をあげる。
「まだ教えてなかったよね」
「え? 何を?」
「名前、私の本名」
「司の……本名?」
「そう、私の名前が柴崎司じゃないってことはもうわかってるよね?」
「うん、仮面使いから聞いた。司は司じゃないんだろ」
「そうよ、私の本名は別にあるの」
「それで……教えてくれるのか?」
「うん、教えてあげる。今度からはそう呼んでね」
「わかった、呼ぶよ。だから教えて教えて欲しい」
「いい? 私の名前はね……」
 そして、司は自分の名前を口にする。
「玉西@*よ」
 聞き取れなかった。
 まるでその部分だけ口パクしているだけのようだ。
「司、聞こえなかった。もう一回言って」
「仕方ないわね、もう一回だけよ」
 そして、司は再び自分の名前を口にする。
 しかし、それも聞き取れなかった。
「ねぇ、司。ちゃんと教えてよ」
「しつこいわね、私の名前は玉西&%…………」
 瞬間、世界が凍り付いた。
(……めろ……矛……き……く……)
 司はその動きを止め、全ての音が死んだ。
(……えは……だ……)
 動く物はなく、流れる物もない。
(……彼……の……)
 何もかもが凍り付いた世界。
(……名……を……)
 雑音が聞こえる。
(……じゃ……か……)
 そんな言葉は聞きたくない。
(やめろ……矛盾に……気付くぞ……)
 雑音がさらに耳につく、世界が壊れていく。
(お前は……まだ……)
 パズルのように崩れていく。
(彼女の……名前を……)
 空も、公園も、太陽も、彩花も、そして自分も、
(知らないじゃ……ないか……)
 そして……何もかもが崩れ去った。






 目を覚ます。
 周囲は闇、まだ朝にもなっていない。
 堅い感触、どうやらベンチの上で眠ってしまっていたらしい。
 起きあがる。
 すぐに目がなれた、電灯の明かりがまぶしいくらいだ。
 顔をあげ、時計を見る。
 午前三時、それはすでに取り返しのつかない時間。
 目をつぶる、そうしないと泣きそうだ。
 泣いてはいけない、それは許されない行為だ。
 映像が浮かんでくる。
 彼女の本名を聞いて、そっちの名前の方がかわいいよと褒めちぎってる自分。
 事務所に帰って、みんなの朝食を用意している自分。
 夜、ファミレスにて彼女と食事をとっている自分。
 会計は僕が出すよといって、レシートを持って立ちあがる自分。
 だが、どれも都合のいい幻想だ。
 先ほどの夢だって図々しすぎる。
 量産されてないんだ、呪餓塵は。
 アルカナムが言っていた、一振りの魔剣を作るには何年という歳月を費やすと。
 なら、一人の刀工が同じ魔剣を複数造る事はほぼありえず、呪餓塵はこの世に一振りのみ。
 矛盾に気付かなければよかった、名前くらい聞いておけばよかった。
 それならば、そう。
 もう少し、都合のいい夢を見ていられたのに。
 もう少し、彼女の声を聞いていられたのに。
 もう少し、彼女の笑顔を見ていられたのに。
 足音が聞こえた。
 顔をあげる。
 公園の入口に歩く姿を見た。
 漆黒の外套に身を包むその男。
 見間違うはずもない、仮面こそつけていないが、あの男は仮面使いだ。
 仮面使いは数騎の側までくると、その襟を捻り上げ無理矢理ベンチから立ちあがらせた。
「なぜ来なかった!」
 憎悪に歪む顔。
 仮面使いはどちらかといえば美形だ、きっと女の子にモテるだろう。
 司だって仮面使いに惚れてた、でも今の顔じゃ絶対無理だ。
 なんでって、これ以上ないほどその顔は憤怒で歪になっているから。
「彩花がどうやって死んだかわかるか?」
 あ、彩花って名前だったんだ。
 でも、その名前は彼女の口から聞きたかった。
「苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた。口にした物全てを吐き、なお吐き、胃の中が空になった後は胃液を吐き、それも出なくなった後ですら吐こうとして、最後は血を吐いた。
体中の穴という穴から血を撒き散らして死んだ。痙攣している様はまるで生きているようにも思えた」
 ひどい死に方だ。
 司はもっといい死に方をしてもよかったはずだ。
 もし、できるなら変わってあげたかった。
 代われたのに。
 あの時、最初に宝玉を手に入れたとき知っていれば先に司を助けたのに。
「その時お前は何をしていた?」
「……寝てた」
 激痛が走る。
 世界が回った。
 気付くと地面に転がっている。
 どうやら右の頬を殴られたらしく、すごく痛い。
 そして左の頬をはじめとして体から露出した部分の大半が痛い。
 殴られて地面に転がった後、砂利で擦ったらしい。
 結構血が出ている。
「寝てただとぉ!」
 怒鳴り散らしながら数騎を立たせる。
 襟を掴まれた数騎は宙でぶら下げられるように持ち上げられた。
「玉西が苦しんでいる間、貴様は寝ていたというのか!」
 腹部に衝撃が走る。
 蹴られた。
 勢いよく後方に飛んで地面を転がる。
 今度は砂場の中に落ちた。
 口の中が血と砂で最悪なことになっている。
「よくそんなことができたものだなぁ!」
 蹴る。
 蹴り飛ばす。
 砂場に転がっている数騎を仮面使いは蹴り飛ばす。
 数騎は何も言わない。
 ただ、腕で頭や体を護りながら殴られるに任す。
 そうして数騎は、太陽が昇りはじめるまで仮面使いに暴行を受けつづけた。






「ワトソン、あんたどうしたの?」
 朝、戻ってきた数騎を見て麻夜は大声をあげた。
 急いで玄関で立ち尽くしている数騎を家の中にあげると、麻夜は事務所のソファに数騎を座らせる。
 数騎の姿はひどいものだった。
 およそ一時間近く暴行を受けつづけたため、体中が青アザだらけ。
 体のいたるところからを出血しており、内出血までふくめると軽く三十はくだらない。
 右目は大きく張れあがり、ほとんで目がふさがっている。
 鼻からは固まった鼻血がそのままになっていた。
 麻夜は急いでお湯につけた塗れタオルを持ってきて数騎の全身を吹き、消毒薬をかける。
 そして、救急箱から包帯をはじめとする様々な道具を用いて数騎の治療をした。
 数騎の治療を一通り終えると、麻夜は数騎の向かい側のソファに座った。
「で、何があったの?」
「別に、何も……」
「仮面使いから聞いたわ」
 質問したくせに麻夜は知っていた。
 数騎は面倒くさそうな表情を浮かべる。
「なら聞かないでくださいよ」
「そっちじゃない、私が知りたいのは呪餓塵の宝玉をどうしたかって事。ワトソンをリンチした後、仮面使いは呪餓塵の宝玉がなくなってることに気付いたの。ワトソン、もしかして宝玉をなくしたの? それとも、誰か助けた?」
「神楽さんを……助けました」
「えっ、神楽ってあの神楽! ワトソンの意中の人でしょ?」
「そうです、神楽さんが呪餓塵の呪いにかかっていたんです。全身に呪いの刻印が走ってた。今、宝玉を飲ませないと死ぬって状況でした」
「そう、それでワトソンは神楽って子を選んだわけね。なんでその事を仮面使いに言わなかったの?」
「言ったら仮面使いは僕をここまで痛め付けないと思ったからです」
 それを聞くと麻夜は大きくため息をついた。
「数騎の気持ちはわかるけど、自分の体は大切にしなさい。それにね、どちらかしか助けられなかったのなら、数騎の行動は正しかったわ。でも、別の見方をすれば間違っていたこともある。
こういう時に本当の正解なんて存在しないわ。どちらを選んでも数騎は必ず後悔するでしょうしね。もし、本当に正解があるとするならそれはどちらかを選ぶ事よ。選ばなければ二人とも死んでいた。なら片方でも助けるのはきっと正しい事だったと思う。でもね」
 そう言って麻夜は立ちあがると数騎の側まで歩いてきた。
「あなたには見る義務があるわ」
 数騎の手をとって、麻夜は数騎の部屋。
 玉西彩花がその短い生を終えた瞬間に存在していた部屋に連れていった。
 そこは、汚れていた。
 部屋中が灰で覆い尽くされていた。
「呪餓塵の呪いは対象を灰と化して殺すわ。彼女は最後、灰になってぼろぼろに崩れていった。彼女の体から出て行いた血、汗、その他全ての物が灰となってこの部屋に残った。ここが彼女の死に場所よ」
 口は開かない。
 ただただ歯を食いしばる。
 これが自分の選んだ結果。
 桐里神楽を護るために、自分が選んだ答えだ。
「数騎は知らなくちゃならない、数騎の選んだ答えは決して間違ってない。でも、間違ってない答えが人を殺す事もある。数騎はそれを知る必要がある。数騎は……それを忘れちゃいけない」
 数騎は力強く頷く。
 周囲の景色が歪んだ。
 だめだ、このままでは泣いてしまう。
 数騎は必至で涙を押しとどめる。
 涙はかなり頑張った後、数騎の目の中に留まった。
「数騎……泣かないの?」
「泣けませんよ、泣いたら自分を許す事になる」
「そっか、数騎はもう、よくわかってるのね」
 そう言うと、麻夜は数騎に背を向ける。
「しばらく一人でいなさい。私は少し出かけてってあげるから」
 麻夜は上着を身にまとい、玄関から外に出ていく。
 数騎はしばらくの間、ただじっと灰となった彩花を見続けていた。
 扉を閉め、灰が目に入らなくなるまで、数騎は最後まで涙を流さなかった。






「あ、数騎さんじゃないですか」
 顔を向ける。
 わざわざ顔を見るまでもなく声でわかる。
 声の主は神楽だ。
 三時になったので数騎は公園に来ていた。
 ベンチで座って紅茶の缶を片手に神楽がくるのを待っていたのだ。
「やぁ、神楽さん。こんにちは」
「こんにちは、数騎さん」
「昨日は大丈夫だった?」
「おかげさまで、屋敷のみんなには怒られちゃいましたけど、何とか大丈夫です。それよりも……」
 上目遣いになって、神楽は続ける。
「数騎さんは大丈夫ですか? どうしたんですか、その怪我?」
「いや、神楽さんをタクシーで帰らせた帰りに不良に絡まれてね、カツアゲしようと思ったらしいけど僕お金を一銭も持ち歩いていなかったから腹を立てて。散々、殴る蹴ると暴行を振るったあと帰っていったよ」
「そうですか、痛かったでしょう」
 言って神楽は数騎の包帯を巻いた個所に手を振れようとしたが、引っ込める。
 傷口を刺激するのはよくないと考えたからだ。
「ところで、神楽さん」
「何ですか?」
「いいこと教えてあげましょうか?」
「何ですか?」
「もう、猟奇殺人はおこらないみたいですよ」
「え、どういう事ですか?」
「確証はないんだけど、もうおこらない気がする」
「気が……するんですか?」
「そう、気がするだけ」
 その言葉を聞き、神楽は一瞬きょとんとした顔を作ったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「そうですね、私もそんな気がします」
 その笑顔を見てドキっとした。
 やはり自分の選択は正しかった。
 もし、この選択をしていなければ、自分は神楽のこの笑顔を再び見ることができなかったはずだ。
 この笑顔をまた見ることが出来る。
 それは何て心地よいことだろう。
「神楽さん」
「何ですか?」
「僕、神楽さんとこうやって話してる時間が、ものすごく好きですよ」
「どうしたんですか、急にそんなことを?」
「いや、言ってみたかっただけ」
「そうですか? でも、私もです。私も、こうやって数騎さんと話している時間が、ものすごく大好きです」
「そうか、嬉しいな」
 数騎は顔をほころばせる。
 それに神楽は笑みを浮かべて答えた。
 笑う。
 笑い会う。
 二人でいることが楽しいから。
 二人でいることが嬉しいから。
 二人でいると、心地よいから。
 笑った。
 笑って話をした。
 こんななんてこともないことが、自分にとって幸せの象徴であった。
 そう言う意味では、自分の選択は間違っていなかったに違いない。
 そう、間違ってなかった。
 決して、間違ってなんかいなかったんだ。


















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