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エピローグ


「さぁ、ここが私たちの新しい住処よ」
 そう言って麻夜さんは両手を広げて部屋を見渡す。
 ろくに機材も置いてはいないが、一応、探偵事務所を名乗るビルの四階の一室。
 そこが僕と麻夜さんの新しい家だった。
「ここって、たしか巫女装束の探偵さんがいた事務所ですよ」
「巫女装束? あぁ、『ランページ・ファントム』の薙風朔夜だっけ。たしかその一味がこの事務所を本拠地にして動いてたって『赤の魔術師(ウィザーズレッド)』は言ってたけど」 
 そう、僕と麻夜さんはジェ・ルージュに助けられた後、僕達が暮らしている日常の裏に存在するさまざまな事柄を聞き及ぶことになった。
 存在し得ない幻想と思われていた魔術、幻想にのみ存在を許された獣、そして裏から裏へ、決して表にでることのない組織の暗躍。
 まるで伝記活劇のようなこの世界の真実というのを、僕は麻夜さんとジェ・ルージュから聞かされることになった。
 本来なら信じられようはずもなかったが、計らずしも鏡の世界に入り込み、獣人に襲われた今となっては否定するほうが難しかった。
 とりあえず現状必要そうなことをきっちりと耳にし、保身のために裏世界の組織の一つ、魔術結社『守護騎士団』の構成員として登録してもらった。
 こうすれば裏の世界の人間もそう簡単には麻夜さんに手を出すわけにはいかず、さらに仕事ももらえるから一石二鳥だ。
 ちなみに就職したのは麻夜さんだけで、僕はその下っ端としてバイトの身に甘んじることとなった。
 理由は簡単、給料が少ないからだ。
 麻夜さんの仕事は町の治安維持ではなく、情報管理である。
 探偵事務所の看板を掲げて情報を収集し、異変があったら守護騎士団のメンバーに応援を要請する。
 ジェ・ルージュも、いざとなったらアルカナムっていう守護騎士団のナンバー2をまわしてくれると約束してくれたので、かなり安全な仕事なのだ。
 僕の仕事は探偵助手と夜のパトロールのみ、小間使いして夜に散歩すればおまんまがいただけるというのだから、これは割といい条件なのだろう。
 寝泊りは探偵事務所の奥にある生活スペースでできるし、個室もあてがってもらえるそうだ。
 ちなみにジェ・ルージュはけっこうエライ人間らしくて、麻夜さんはかなり緊張した面持ちでジェ・ルージュと会話をしていた。
 余談だが、ジェ・ルージュは僕に、本当はイシュトヴァーンと呼んで欲しかったらしい。
 イシュトヴァーン・ジェ・ルージュ、つまり赤い目のイシュトヴァーンという意味の名前だ。
 だから名前を呼ぶならイシュトヴァーンと呼ぶのが正しい。
 ちなみにイシュトヴァーンの名はおそらくハンガリーの英雄王にちなんだ偽名だろう。
 だから意地でも呼んであげないことにした。
 僕は戦記ものが結構好きで、イシュトヴァーンは好きな英雄の一人だから、その名を冠そうなどとは図々しすぎる。
 よほどのことでもないかぎり、僕は彼のことを赤目(ジェ・ルージュ)と呼びつづけるだろう。
「さぁ、『赤の魔術師(ウィザーズレッド)』からある程度の支度金ももらったことだし、ちょいと家具でも買いあさりに行きましょうかね」
 殺風景な部屋に背を向け、麻夜さんは玄関にむかって歩き始めるが、何か思いついたのか、足を止めてこちらを振り返った。
「あ、そうだ数騎」
「どうしました?」
「私って探偵よね?」
「ですね、エセが前につきますけど」
「ならエセ探偵よね?」
「そうですね」
「よね〜」
 嬉しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ、あんた。今からワトソンね」
「はい?」
 とうとつのなさにあきれ果てて物も言えない。
「ちょっと待ってくださいよ。なんですか、その理不尽な名前は」
「だって探偵の助手はワトソンって相場が決まってるじゃない」
「小林とかは?」
「日本の探偵物はキライ、つまんないもん」
 ファンが聞いたらブチギレそうなお言葉だ。
 ちなみに僕は読んだことないので感想は控えさせていただこう。
「文句はないわよね〜」
 麻夜さんは腰に手を当ててにやにや笑いながら僕を見下ろす。
「大アリですよ、何が悲しくて医者の名前で呼ばれなくちゃいけないんですか」
「だってさ〜、ここでは私が神様なのよ」
「どういう意味ですか?」
 聞きながらも、もう理解している。
 これは確認のための作業だ。
 案の定、すでに僕が返答の内容を理解しつくしているのも承知で、麻夜さんはご丁寧にお返事をくださった。
「つまりね、あんたは家出少年で私はこの探偵事務所の御主人様なわけだ。お金もない家出少年には住む場所も食べるものもない。仕事もないからここでしか働けないし、なによりここなら三食ついて寝床も与えてもらえるわけ。サイコーでしょ?」
「もちろん見返りを求めてのことですよね」
「とーぜんよ、今まで通り掃除、洗濯、炊事はもちろんとして夜のパトロールに茶坊主、ついでに探偵助手もやってもらうんだから」
「そのついでのせいで名前を変えられるのだけは気にいりませんね」
「イヤならいーのよ」
「いやじゃないです」
 即効で屈服した。
 もうこれ以上、路頭で迷うのはイヤだし給料ももらえて三食寝床つきなら大変ありがたい。
 それに、僕は麻夜さんから離れて生活するのはもうイヤだった。
 いなくなってからも僕はずっと彼女を求め続けていた。
 彼女以上の存在は、僕にとって一人しかいないほどに僕は麻夜さんを必要としていた。
「じゃあ決まりね」
 僕の返答に満足したらしく、麻夜さんは玄関に向かって歩き出した。
 僕は小さく息をつきながらも、なぜか自分が嬉しそうにしているのがわかった。
 玄関の扉を開け、はやくついてくるように呼ぶ麻夜さんの声を聞いて僕は玄関に向かって小走りに歩き出したのであった。






「へぇ、よかったですね。綱野さんがお帰りになられたんですか」
「そうそう、なんかどっかからお金作ってきたらしくてさ、探偵事務所開いたんだ。だから僕は今、探偵助手をやってるんだ」
「そうなんですか、すごいですね」
 ジェ・ルージュと別れた数日後、昼の日差しに照らされた緑生い茂る公園のベンチの上。
 そこで二人の男女が会話をはずませていた。
 一人は全身黒ずくめの小柄で目つきの悪い少年、もうひとりは着物を着込んだ、腰よりも長い髪を風に流されている若い女性であった。
「あ、そうだ。これをどうぞ」
 言って少年はレモンティの缶を女性に差し出した。
 女性は礼を言ってレモンティを受け取り、それを見終えると少年も自分のレモンティに手をつけた。
「すみませんね、神楽さん。こんなセコイものしか出せなくて」
「いいんですよ、私は。数騎さんと一緒にいられるだけで十分なんですから」
 微笑を浮かべながら隣にいる数騎に優しく答える。
 数騎はわずかに頬を朱に染めた。
「そ、それにしても寒いですね、今日は」
「そうですか? 私は暖かく感じますが」
 話題をそらそうとした数騎に、神楽は目を閉じながら続けた。
「少しずつですが、暖かくなり始めてます。もうすぐ四月ですからね。すぐに気温も上がってくるでしょう。寒い冬は終わりを告げ、優しい春がやってくる。
 ねぇ、数騎さん。春って一番優しい季節だと思いませんか? 力強く太陽が照らす夏、それに疲れた休憩どころが秋、寒さの厳しい冬、恵みの春。本当に優しい季節です。穏やかで、気持ちよくて、緩やかで、そして」
 目を開き、顔を横に向け数騎と真正面から顔を合わせる。
「とっても、とっても心地いいんです」
「そう……ですね」
 真正面から見つめられ、どぎまぎしながら答える。
 そんな数騎の顔を見ながら、神楽は口を開いた。
「約束、覚えてますか?」
「えっ?」
 脈絡のない神楽の言葉に、数騎は少し驚いた。
「忘れたんですか、ここの桜が咲いたら一緒にお花見しましょうって約束したじゃないですか」
 神楽はぷりぷりと怒って頬を膨らませる。
「わ、忘れてませんって。突然だったから気付かなかっただけですって」
「本当ですか?」
「本当ですって」
「……そこまで言うなら信じますけど」
 少し唇を尖らせる神楽。
 と、思い出したようにはじけるような笑顔を浮かべた。
「あっ、そうだ、数騎さん」
「なんですか?」
「私、夢見たんですよ」
「夢、ですか?」
「はい、夢です」
 言って神楽は自分の胸元に右手をあてて続けた。
「私、夢占いにこってるんですよ」
「何かの雑誌に載ってたんですか?」
「違います、自分で勝手に考えた占い方です。私、よく夢を見るんですけど、その的中率って結構高いんですよ」
「高いって、どのくらい?」
「え〜っと、三十パーセントくらいかな」
 微妙だ。
 確かに夢が現実になるというのはすごい話だが、それでも三十パーセントとなると実用性が低いというか。
「すごいな、僕なんて夢が現実になるなんて今まで一度もありませんでしたよ」
 なぜか僕は自分が死ぬ夢をよく見る、一年に二、三度の割合で。
 現実になってたまるか。
「そうなんですか? 私だけなのかな?」
 悩みこむ神楽さん。
 その、ちょっと困ったような顔がすごくかわいく見えてしまい、数騎はずっと神楽の思い悩む横顔を夢中で眺めていた。
「あ、ところで神楽さん。夢ってどんな夢をみたんですか?」
「えへへ〜、聞きたいですか?」
 いつも大人なようで時々子供っぽい一面を見せる神楽は、まるで小学生が悪ふざけして物を隠した時のような顔で聞いてくる。
「ん〜、聞きたいですね。的中率が気になるし」
「じゃあ教えて差し上げます!」
 ビシっと背筋を伸ばし、姿勢を整えてから神楽は夢の内容を口にする。
「あのですね、なんと私と数騎さんが幸せそうにお花見をしているんです。お酒を片手に」
「……えっと、神楽さん。それは予知夢と言うよりは予定っていいませんか?」
「あれ? そうですか?」
「そうですよ、まったく人騒がせな」
 種はわかった。
 きっと神楽さんは、期待したり考えたりした未来の行動を夢に見るんだ。
 なるほど、それなら的中するわけだ。
 少し肩透かしをくらったような気がしながらも、神楽のステキな一面を見て取れて数騎は大満足であった。
「あっ、数騎さん!」
 神楽の声に視線を走らせる。
 神楽は上を見上げて声を発していた。
 僕もそれにならって顔を見上げる。
「あぁ」
 驚嘆の声を漏らす。
 そう、昼の日差しに照らされた、緑生い茂る公園の中央に存在する一番大きな木。
 その緑色の葉っぱの中にピンク色の綺麗な葉っぱが顔をだしていたのだ。
「桜……ですか?」
「はい、見間違いではないと思います」
 両手を合わせ、心底嬉しそうに微笑む。
「いまはまだあの一枚だけですけど、あと少ししたらこの公園は一面ピンク色です」
「楽しみですね」
「はい、心の底から」
 受け答えながら、二人は顔を上げてこれから咲き誇るであろう桜を見つめ続ける。
「もう忘れませんよ」
「何をですか?」
 顔を見合わせず、会話を交わす。
「約束です、一緒に桜を見ましょう。綺麗に咲き誇った桜でいっぱいになった公園のベンチで、一緒に」
「はい、約束です」
 目を閉じる、開けるまでもなく彼女の微笑が目に浮かぶ。
「って数騎さん、やっぱり忘れてたんじゃないですか」
「むぅ、バレてしまいましたか」
 嬉しそうに悔しがる。
 だって本当に嬉しいから。
 桜に見とれるのをやめて、神楽さんに顔を向ける。
 向こうも同じ考えだったようだ、僕が顔を向けると同時に彼女も僕の顔を見つめ返してきた。
 そして僕の目に入ったのは公園中に咲き誇るであろう桜よりも、数段綺麗に思える至上の微笑みだった。
 及ばずながら、僕も神楽さんに微笑み返した。
 少しずつ温かくなる日差しの中で大好きな人とお茶を飲みながら何をするでもなくぼーっとしている。
 一見、非生産的な行為だが、僕にとってそれは至福の時間である。
 今の僕は間違いなく幸せに違いない。
 誰がなんと言おうと、今の僕は心の底から心地よい。
 間違いなく、須藤数騎にとってこの時間は人生のなかで最も心地よかった瞬間の一つであると断言できるだろう。
 これから先も、こうあり続けられますように。
 これからもずっと、僕が心地よくあれるように。
 この瞬間、僕はそう祈っていた。
 と、強い突風が吹いた。
 一枚だけ咲いていた桜が、他の数枚の葉っぱと共に、耐え切れず風に飛ばされてしまった。
 宙に舞う桜の花びら。
 風は立て続けに吹き続け、花びらは空へ空へと舞い上がっていく。
 気がつくと、神楽さんもその花びらの行方を目で追い続けていた。
 僕は彼女に声をかけるような無粋な真似をすることもなく、ただじっと、風の中を舞い続ける桜の花びらを見つめ続けていた。



第二幕 短刀曲芸 Pocketknife Performance 完







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