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第十四羽 悲劇への道標


「精鋭部隊の隊員として、このありさまは情けないんじゃないのかな?」
 敵が立ち去ったホテルの一室。
 面白いおもちゃでも見つけた子供のような笑顔を浮かべる桂原は、苦笑しながら続けた。
「折角お前を推薦してくれた師匠に申し訳が立たないってもんじゃないのか? まぁ、いままでのお前の功績を考えたら水に流せなくもないが。なんたってオレ達の中で独立して行動しているのはお前達物好きくらいなもんだからな。そりゃ、重宝されるわ。守護騎士団が誇るランページ・ファントムの隊員が国家レベルでもない雑務に駆り出されてくれるんだからな、物好きめ」
 『ランページ・ファントム』それは桂原の言うように魔術結社『守護騎士団』が有する最強の精鋭部隊の名称である。
 あくまで巨大な魔術結社の下請けにすぎない『守護騎士団』がこの業界で顔を利かせられる理由がこの特殊部隊にある。
 人間の限界放出である輝光放出五十。
 それと同等、もしくは匹敵する力を持つ者のみで編成された退魔に特化した人間たち。
 全十三人で構成されるこの部隊、別名十三人衆ともよばれる。
 一から十三までの数字を与えられる隊員たちはその数字が小さいほど強力な隊員として評価され十三の数字ですら羨望の対象となっている。
 その中で柴崎は十一を、薙風は九の数字を保有している。
 ちなみに玉西は『ランページ・ファントム』の隊員ではなく、二階堂は語る必要もないだろう。
 十三人全員が終結したときの『ランページ・ファントム』の戦闘能力は、輝光放出二百を誇る術士ですら太刀打ちできないほどなのだ。
「お前も鍛えればもっと数字をあげられるだろうに、たぶん七には届くぜ、薙風だったら五も狙えるんじゃないか?」
 そう言う桂原は十の数字を保有している。
「今回は、本当に助かった。礼を言う」
 おちゃらける桂原に、柴崎は深く頭を下げた。
 軽い返答が返ってくるとばかり考えていた桂原は、拍子抜けた気持ちに陥りながらも真剣な顔をして、柴崎の言葉の続きを待った。
「桂原さんと養父さんが来てくれなかったら。私達は間違いなく全滅していた」
「実に幸運だったと言わざるを得ないな」
 その言葉はアルカナムのものだった。
「ちょうど私達はヴラド・メイザースを捜索してこの町の近くまで来ていたのだ。魔術結社から連絡が届いたときは驚いたぞ」
 細く鋭く他人を威圧するような瞳。
 しかし、そこから感じ取れるのは威圧だけではなく、ほんの少しの優しさも含まれていた。
「次からは気をつけることだな、少人数での行動はフットワークに優れるため姿を隠す敵には有効だが、罠を張り大人数で待ち伏せる敵には危険極まりない行為だ。少々自分の力を過信しすぎたな。
 質も大切だが、戦いの基本は数だ。『ランページ・ファントム』がアルス・マグナの上級幹部からも恐れられるのは連携して行動することの出来る精鋭ぞろいの機動部隊だからだ。
 質に頼らず、数に固執せず、その両方の長所を組み合わせ、無謀な戦いを挑まない。故に『ランページ・ファントム』は不敗の部隊なのだ。
 今回の貴様は質に頼りすぎた、これからはそれに注意しろ。もし、貴様より一段下の敵が相手だとして、それが二人いるだけで貴様は圧倒的な窮地に追いやられるのだ。
 戦いは数、それを跳ね除けるには究極に位置する質を用いるしかない、核兵器のような究極の一だな。それを持たない貴様に独断専行など程遠い」
「……おっしゃるとおりです、これからは養父さんの命令に従います」
「しばらくは私の率いる『ランページ・ファントム』に戻っているといい。もちろんバックアップとしてお前の友人達も一緒に行動することを許可しよう。薙風の魔剣士、君はどうするかな?」
 言ってアルカナムは薙風に視線を移す。
 薙風は首を横に振ると、悲しそうに呟いた。
「だめ、私は怖くて戦えない」
「ほぅ、その根拠は?」
「今の私は魔飢憑緋を失ってる、魔飢憑緋は私の守り神だ。あれを持たないで命のやり取りをするなんて考えられない」
 そう言って薙風は体を震わせる。
 もちろん、それは予想しうる死への恐怖からだった。
「そうか。ならば、薙風の魔剣士よ。君は当分、魔術結社の本部において雑務でもやっていてもらおうか。こちらは常に人手不足なのだ」
「わかった、ありがとう」
 そう言うと、薙風は眠たそうに両目を閉じてしまった。
「さて、玉西くんだが……」
 アルカナムがそこまで言ったとき、玉西はうつむきながらゆっくりとした歩みで柴崎に近づいていく。
 そして、眼前まで来たかと思うと、その頬を思いっきり張り飛ばした。
「なんで!」
 顔をあげる。
 その瞳には、大粒の涙があふれていた。
「なんで……助けてくれなかったの?」
 それだけ言ってしまうと、玉西は両手で顔を押さえて泣き出してしまった。
 そう、柴崎は何の勝算もない状態で自分を含めた玉西たちを捨石にした。
 奇跡的にアルカナムたちの救援が間に合ったものの、そうでなければ玉西は真っ先に殺されていたのだ。
 確かに人命は大切だろう。
 それが町中の人間の命ときたらなおさらだ。
 客観的に見るなら、四人と数万人を計りにかけられたのなら数万人を選択するのが正しい。
 そして、柴崎はそれを選んだ。
 だが、選ばれなかった。
 その四人にはいっていた玉西は、柴崎に見捨てられ命を落としかけたのだ。
「玉西、聞いてくれ……」
 柴崎の言葉に玉西は顔をあげる。
 鼻を赤くし、頬は涙にまみれ、鼻をしゃくりあげている。
「私は一人でも多くの人々を助けなくてはならないんだ。一つでも多くの笑顔のために、その幸せを守るために、顔もわからないけど確実に存在する一生顔をあわさないような人々の幸せをこそ、私は守りたかったんだ。だから、許してくれとは言わない。恨んでくれたって構わない」
「恨んでなんか……いない……あなたを許してだって……あげるわ…………」
 そこまで言うと、玉西は顔を柴崎の胸に押し付け、嗚咽交じりに続ける。
「でも……選んで欲しかった……」
 そこまで言うのが限界だったのだろうか。
 玉西は柴崎に背を向けると、一目散にホテルの部屋から走り去っていってしまった。
 走り去る玉西を悲痛な表情で見送る柴崎。
 そんな柴崎に二階堂が歩み寄る。
「オレはお前が間違ってるとは思わない」
 悲しみを携えた顔を、柴崎は二階堂に向ける。
 黙って小さく頷き、二階堂は続けた。
「でも、わかってるんだろう、柴崎。玉西の気持ちくらいは」
「あぁ、気付いてはいた」
 さらに表情を曇らせ、柴崎は答えた。
「だが、私は彼女の思いに答えることは出来ない。彼女と共にあるには私はあまりにも歪すぎる」
「そうか、お前らしいよ」
 達観と友愛が混雑した表情を二階堂は浮かべる。
「オレは玉西と一緒に行動するよ、薙風が戦力外で内勤じゃオレが玉西についていてやらないと、玉西がどう動くか怖くておちおち寝てらんないからな」
 あっけらかんとした風に笑う二階堂。
 そんな二階堂に、柴崎は微笑みかけた。
「届くといいな、玉西に」
「お前の知ったこっちゃねぇよ。せいぜい謹慎して反省でもすんだな」
 そう捨て台詞を残すと、二階堂は柴崎に背を向けて玉西を追いかけるためにホテルの部屋から飛び出していった。
 それを見送った後、柴崎は薙風に向き直る。
「すまなかったな、薙風」
「気にしてない」
 右目を閉じ、腕を組みながら流し目で答える。
「五年や十年の付き合いじゃない、戟耶の行動は手に取るようにわかる」
「なら心の機微まで感じ取ってもらえると助かる、私は柴崎司だ。間違えないでくれ、少なくともあいつらの前では」
「わかった」
 柴崎を満足させると、薙風は再び両目をつぶってしまう。
 そんな薙風の頬を、割れた窓ガラスから進入した一陣の風が撫でた。
 この季節はまだ肌寒い、薙風はそう思った。

 この数ヵ月後に魔飢憑緋暴走事件が勃発する。
 その事件の際に、仲たがいした玉西と柴崎が再会することになるが、それはまた別の話である。





























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