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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>桐里
桐里
ズタズタに切り裂かれたメイド服が入っているゴミ袋をゴミ捨て場に出して戻ってきた麻夜は、ようやくあの屋敷の残滓と決別することで気分新たに事務所に戻ってきた。
時刻は午前七時。
どうもあの連中が居座り続けてから、自分は朝の十時まで寝る習慣を放棄させられたらしい。
ちなみに目が覚めたのは五時、あの屋敷で身についた早寝早起きの習慣はいまだに体が覚えているようだ。
帰ってくると居間では、五人の男女が食卓で目玉焼きを平らげていた。
もくもくと食事を取り続ける柴崎。
テレビに見とれながら時たまご飯をテーブルの上にこぼす薙風。
軽口を叩いて場を盛り上げようとする桂原。
そして、なぜか居座り続けているメイド服姿の里村。
彼女は屋敷でのメイド生活が終わりを告げると、魔術結社の支部である綱野探偵事務所になぜか転がり込んできたのだ。
アルカナムにこの連中全員を何とか引き取ってもらおうと頑張ったが、メイザース一派が潜伏していることも手伝ってこの事務所に残留を命じられてしまった。
しかも、もうしばらくしたら残りのランページ・ファントムの連中も派遣するとまでぬかされたのだ、勘弁してほしい。
だが、一番厄介なのはそのことではない。
桂原の軽口に愛想良く微笑み返している数騎。
この少年が、麻夜にとっては一番の問題だった。
屋敷で視線結界の魔剣士を撃破し、誘拐されていた女性たちを解放した麻夜たちが桂原、薙風と合流して屋敷に戻ったとき、そこには血まみれで憔悴しきってソファに眠らされている数騎とカラスアゲハの姿があった。
一瞬は殺し合いに発展するかとも思ったが、その場にいた誰よりも冷静だった薙風の仲介でカラスアゲハと情報交換をすることに成功した。
この町で起きていた事件はやはり二人の全くつながりのない人間が同時に犯行を繰り広げた結果であったこと。
そして視線結界の魔剣士は柴崎たちが、投影空想の魔剣士はカラスアゲハたちが撃破したことを麻夜はその時に知った。
容易には信じられないが、投影空想の魔剣士を殺害したのは数騎らしい。
しかも、その投影空想の魔剣士は自分が雇用していた太田であったというから驚きだ。
自分は知らぬうちに犯人に捜査情報を提供していたのだ、無様すぎる。
とりあえずこれで誘拐された女性は全員救出され、犯人はこの世からいなくなり、綱野探偵事務所が引き受けた依頼は犯人の消失によって契約を解除された。
契約の失効を依頼人に伝えたとき、依頼人はとても微妙な顔をしていた。
娘を殺した犯人が死んだとしても、残された者の気分が晴れるはずがない。
が、少なくとも殺した犯人がどこかで笑いながら生存していると考えるよりはよっぽど心中は穏やかだろう。
事件の解決に当たり、警察は更なる謎に直面させられるありさまになった。
屋敷には刃物で切断されたとしか思えない死体が二つにミイラのようになった死体が一つ。
そしてデパート近くの立体駐車場には死体が二つ。
しかも屋敷の方はどこかの部隊が交戦を繰り広げたような惨状となっている。
立体駐車場が無事だったのは、異層空間内の戦いであったからだろう。
桂原の冗談に笑い返している数騎は右目に眼帯をしていた。
カラスアゲハの話では太田との戦いで片目を失ったらしい。
結局目はダメになってしまい、数騎の右目の中は今空洞となっている。
麻夜には数騎の笑顔が痛々しかった。
神楽を失った後の数騎は前と大きく性格を変えてしまった。
とにかく忙しい状況に自分を追い込んだ。
食事は毎度毎度手を抜かない豪華な、それでいて手間を惜しまない代わりに極限まで食費を抑えたつくりになった。
安い食材があると聞くと隣町まで自転車を走らせているらしい。
掃除洗濯も徹底して行われ、事務所には埃一つなく、暮らしやすさは格段に上昇した。
さらに夜のパトロールも熱心であった。
休みの日すら率先してパトロールを続けた。
時には風邪で倒れた時すらも行こうとした、これはさすがに麻夜が止めたが。
だが、それは全て数騎がある一つのことを忘れるために自分を忙しい状況に追い込んでいるためだった。
時折、窓の外を眺め、呆けたような表情の数騎を見かける。
夜、数騎がこっそりと外に出ていくのも見かけた。
一度、どこに行っているのか後をつけていったが、向かった先は公園だった。
彼はベンチに座ると独り言を口にし始め、その後に泣いた。
唇の動きを読んでみると、それは幾度となく『かぐら』という単語を形成していた。
数騎は完全に抜け殻と化していた。
それは、綱野探偵事務所にあらたなる居候が現れるまで続いたのだった。
「時計なんて気にしてどうしたんです?」
イスに腰掛けながら気忙しく時計と資料の間に視線をさまよわせているのを目にして、数騎は尋ねた。
「今日ね、また来るのよ」
「来るって、何がですか?」
「邪魔者よ」
麻夜は自分のいる探偵事務所を見回しながら続けた。
「この屋敷に全部で十二人の居候が集まることになってるの。今は四人だからあと八人ね」
「そんなに来るんですか?」
「全く、迷惑な話よね」
幸いなことに、柴崎、薙風、桂原の三人は今この事務所にはいない。
重要な話があるらしく、魔術結社の本部に出頭しているらしいのだ。
この間に起きた一連の事件の報告に行っているらしい。
今は久しぶりに数騎と麻夜が二人きりで事務所にいるのだった。
「で、どんな人が来るんですか?」
尋ねる数騎に、麻夜は首を振った。
「さぁ? とりあえず先行して八人の内の一人が来るらしいわ。しかもアルカナム付きで」
「あのおじさんもですか?」
「そうよ、また何か小言言われると思うとせわしなくてね」
「大変ですね」
そう言うと数騎は麻夜に背中を向け、給湯室に向った。
恐らく三人分のお茶を用意するためだろう。
もちろんアルカナム好みの紅茶をだ。
麻夜はため息をつきながら、自分の上司が探偵事務所を訪れるのを待った。
チャイムの音が響くと同時に、扉が開かれた。
「失礼する」
本当に失礼だった。
普通はこちらが扉を開くのを待つべきだろうに、その男は自分から扉を開けて入ってきたのだ。
その男の名はアルカナム。
魔術結社『守護騎士団』におけるナンバー2の男である。
黒髪黒瞳、身長百八十を超える体格。
彫りの深い顔、口元には綺麗に整えられた髭。
高くそそる鼻は彼が何代も前からの日本という島国に住む民族の血を引いていないことを物語っている。
意志の強そうな太い眉に、かなり後退していて禿げ上がった頭。
そして何よりも、見たものの心を威圧せんばかりの鋭い目が印象的な壮年の男だった。
「時間ぴったりですね」
本当に時間ぴったりに現れたアルカナムを見て、麻夜はイスから立ち上がるとソファに座るように手でソファを指し示す。
と、アルカナムの後ろから一人の女性が現れた。
ポニーテイルにしているのに腰まで届く長い髪、豊か胸のラインを見せ付けるかのごとき白いシャツに、黒のスパッツをはいていた。
麻夜にこそ劣るものの、平均レベルをはるかに超えた美貌をもつその女性に、麻夜は声をかけた。
「あなたが、ランページ・ファントムの?」
「はい、六の亡霊です、以後よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる女性。
少しこちらを見て眉をひそめたのを麻夜は見逃さなかったが、それが麻夜の美貌に対する反射的な嫉妬であろうと予測した自信家の麻夜は、特にそれを気にしたりはしなかった。
同様の態度を玉西という女性からされた経験もあるからだ(この時は玉西から直接、そうした態度は麻夜を見た際に女性が取るであろう反応であるとを聞かされた)
麻夜はその女性にもソファに座るように進めた。
その時だった。
食器の割れる音が響いた。
その場にいた三人が同時に音の発生源に視線を向ける。
そこには数騎がいた。
アルカナムたちに出そうとした紅茶を事務所の床に取りこぼし、数騎は瞳孔を大きく開いていた。
「あ、あ……」
割れた食器など目にも入らないのか、数騎はまるで映画に出てくるゾンビでもあるかのようにゆったりとした動きでそこに向かって歩く。
その眼前には、ポニーテールの女性がいた。
「か……か……」
信じられないものを見るような目で目標にたどり着いた数騎は、その女性の手を引き寄せると、それを両手で抱え込み、
「神楽……さん?」
その女性のものであろう名を口にした。
髪型が違う。
目つきが違う。
服装が違う。
だが、それはどこからどう見ても神楽だった。
顔立ち、体格。
そして何よりその瞳が神楽を思わせた。
数騎は瞳から涙を流していた。
眼帯をしている右目からは何もでなかったが、左目から止め処もなく涙が溢れ出す。
しかし、
「はぁ? あんた何言ってんの?」
女性は冷たく数騎の手を払いのけた。
「キモイから触んないでくれない?」
声は神楽にそっくりであったが、言葉は神楽の口から出るものとは思えないほどの毒を孕んでいた。
「何? クロウ、ここに変態がいるなんて聞いてないわよ?」
「変態ではない、お前は少々口がすぎる」
静かな、しかし威圧感を孕んだ声でアルカナムは女性に言って聞かせる。
「悪かったわね。でも、いきなり手を握ってきたこいつがいけないのよ。それに何か泣いてるし。それに、神楽って誰よ?」
女性は数騎に背を向けてソファに腰を降ろす。
そんな女性に小さくため息をもらし、アルカナムは麻夜に頭を下げた。
「弟子がとんだ無礼を、申し訳ない」
「いえ、構いません。構わないのですが」
ちらりと数騎に視線を向ける。
数騎は何が起こってるのか理解できない様子で呆然としていた。
目の前には神楽としか思えない女性。
しかし、彼女はそれを断固として否定している。
「ワトソン、どうしたの? その人がどうかしたの?」
尋ねる麻夜に、数騎は何も答えない。
どうやら混乱しているようだ。
「神楽……と言ったか?」
呆然とする数騎に、アルカナムが尋ねる。
数騎はアルカナムに残った左目を向けた。
「神楽……なるほど、見間違えるのも無理はない」
「どういうこと?」
疑問を口にしたのは女性の方だった。
「あぁ、数年前にお前が話してくれたお前の姉の話だ。確か、生き別れになった双子の姉がいると聞いたが。どうやらこの町に住んでいたらしい」
「へぇ、そうなんだ。やっぱ魔眼師なの?」
姉と聞いても大した感想もないのか、女性はどうでもよさそうに言葉を返す。
アルカナムは続けて口を開いた。
「あぁ、たぶんお前に近い魔眼を持っている魔眼師だったろう」
「だった?」
「この間死亡したそうだ、私達の戦いに巻き込まれてな。名前を神楽というそうだ。本当はお前に会わせてやりたかったが、その女性に気付いたのはその女性が死んで、その名前を桂原に聞いたときなのだ。すまなかったな」
「へ〜、そうなの? 別にあやまることなんてないわ、会ったこともない姉なんて言われてもなんの感慨もわかないわ」
「姉? 魔眼師?」
ようやく事情を掴み始めた数騎は、言葉の端を捉え、アルカナムに尋ねる。
アルカナムは小さく息を吸い込み、言った。
「桐里は女性のみが魔眼師として発現する可能性が高い。四次元といった属性のものを見ることが出来ると聞く。未来視もその一つだな」
「桐里?」
「魔眼師の家系の名前よ」
反芻する数騎に、女性は答えた。
「魔眼は桐里、魔剣は剣崎戟耶薙風、こんなの裏の世界なら常識じゃない。知らなかったの」
「桐里は、魔眼師の家系?」
「そうよ、そして私は魔眼師の桐里で期待の星ってことで魔術結社で働いてる桐里歌留多よ。神楽じゃないから二度と間違えないでよね」
そこまで言われると、数騎はうなだれたように肩をすくめると、ゆっくりとソファの脇を通り過ぎ、事務所の玄関に向かって歩いていった。
「ワトソン、どこに行くの?」
その寂しげな背中に向かって麻夜は尋ねる。
数騎は振り返ることもなく、こう答えた。
「少し、買い物に行ってきます」
それはあまりにも儚げな姿だった。
最愛の女性が生き返ったと勘違いし、現実に引き戻されたショックは、数騎にとってはあまりにも大きすぎた。
扉を閉める音が探偵事務所に響いた。
しばらく静寂がその場を支配したが、上司を待たせるわけにもいかず、麻夜は気を取り直してアルカナムとこれからのことについて話をした。
アルカナムが帰った後、麻夜は数騎が帰ってくるのを待った。
その日、数騎は帰ってこなかった。
次の日は深夜まで麻夜は数騎の帰りを待った。
数騎は帰ってこなかった。
掃除もせずに一週間が経過した。
麻夜は毎日、玄関のチャイムが鳴るのを待った。
一ヶ月が経過した、数騎は帰ってこなかった。
第三幕 投影空想 Tracing a Daydream 完
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