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第一羽 爪


「ワトソン、茶の準備してくれない?」
 時刻は正午ぴったし、けっこう日当たりのいい貸しビルの四階。
 エレベーターと階段の存在があるためエレベーター分だけ狭くなり、非常に狭いその部屋。
 そこにいる長身の女性は、しかめっ面をしている少年にそう言った。
 女性の顔立ちは若く、せいぜい二十代中半と言ったところだろうか。
 肘まである非常に長い髪は金髪、その双眸から覗くは青き瞳。
 百八十を軽く超える身長にモデル並と言っても過言ではないほどの熟れた肉体。
 町を歩けば男女問わず振りかえりそうな女性に対し、向けられるは恍惚とした表情こそふさわしい。
 その上、自宅なので気を抜いているのか服装はスパッツにキャミソールと開放感に溢れ、ボディラインがよく見える。
 が、話しかけられた少年はこれほどのダイナマイト・バディを目にしながらも、あきらかに不機嫌そうな顔をして、
「麻夜さん、何度言ったらわかるんですか?」
 ため息をつきながら、そう言い放った。
 その言葉に、女性は首を傾げて聞く。
「何をよ?」
「名前です、名前。僕の名前はワトソンじゃありません」
 少年は美貌の女性に向かって、つまらなそうにそう答えた。
 大抵の人間、外人嫌いの者を覗いて十中八九が美人と呼ぶであろう女性に一喝した少年の年齢は十五歳ほどに見え、中学生か高校生か見分けがつかない。
 理由は身長。
 長身でもなければ取りたてて低いわけでもない。
 百六十二という身長を持つ彼は中学生、高校生、どちらを名乗っても納得されてしまうだろう。
 茶色に染めた髪は所々に黒髪が見え、染めて随分と時間が経過したのか根元は黒くなっている。
 上下は共に黒、これで髪と肌が黒ければまさに黒一色だが、幸いか、それとも不幸にしてかそうではなかった。
 眉を寄せているその少年に、麻夜と呼ばれた女性はため息混じりに答える。
「そういうワトソンもいつになったらわかるのよ? ここは探偵事務所、そして私は私立探偵。その助手ときたら医者だろうが誰だろうがワトソンで決定よ。もしよかったらドイルの著書でも読んでみれば? ウチにはないけど図書館にならあると思うわよ」
「既読ですよ、麻夜さん。言いたい事はわかるけど納得するかどうかは別です。僕には須藤数騎という名前があります。それに即したあだ名ならともかく、ヘンなところからひっぱってこられたあだ名は御免ですからね」
「はっはぁ〜ん、いいのかなぁ、そんなこと言って?」
 圧倒的優位に立っているという自信が、ナイアガラ級に流れ落ちんばかりの表情を麻夜は数騎に向ける。
「別にこの事務所から出ていってもらっても構わないのよ?」
「む、むぅ……」
 麻夜の言葉に、数騎は表情を一変させた。
 それには、浅いようで結構深い理由が関係していた。
 今年の三月、つまるところ今から三ヶ月ほど前のことだ。
 見事に中学を卒業した数騎は、親元を飛び出した。
 高校に進学したわけでもなく、働き口を見つけたわけでもない。
 要するにそう、家出だ。
 家出をした数騎は金もなく、頼る親戚もいないためホームレス紛いの生活をしていた。
 家から出る時に手に入れた金は夜の町を闊歩する悪人に巻き上げられ、金を失った数騎はいろいろあった後に、麻夜に目をつけられ事務所に居候することになった。
 そして今、数騎は完全に麻夜の保護下にある。
 保護者と被保護者の立場は前者の方が圧倒的に強く、血縁がなければそれはさらに強くなる。
 そのため、数騎はどうあっても麻夜に頭があがらない。
 そんな数騎に対し、麻夜はイヤらしい笑みを浮かべ、数騎を下僕としてはべらせている。
 数騎が麻夜という美女に対し、顔をにやけさせない理由がこれだ。
 彼女の性格を知れば、その美貌に陰りが見えるのも当然と言える。
「ワトソンくん、君にもわかっているんだろう? 今、君がいかに危うい立場にいるかが」
「読んだことないくせに実際に言ってそうなセリフを吐かないでください。わかってますよ。はい、わかりました。ワトソンでいいです」
「わかればよろしい」
 言って麻夜は微笑みながら頷いて見せる。
 そんな麻夜の態度にため息をつきながらも数騎は口を開いた。
「ところで、麻夜さん」
「何、ワトソン?」
「むぅ……」
 何か言い返してやろうとも考えたが、あきらかに勝ち目がない。
 口にしたい言葉を飲みこみながら、数騎は麻夜の青い瞳をまじまじと見る。
「今日、誰か来るんですか?」
「わかるの?」
「わかりますよ、麻夜さんお茶飲まないじゃないですか。いつもはコーヒー入れろって言うけど今日は茶の準備をしろって言いました。僕に飲ませるために入れろって言うとは考えづらいから誰か来るんじゃないかと」
「なるほど、そんな言動の違いから違和感を察知するなんて。ワトソンくん、君もわかってきたようだね」
「はいはい、なりきるのはそのくらいで。で、誰が来るんですか?」
「上司」
「上司?」
「わかってるでしょ、ワトソンくん? ここはただの探偵事務所じゃない。表向きには私立探偵綱野麻夜の経営する綱野探偵事務所だけど、その実態はデュラミアの支部。視察に来なさったのよ、上司さまがね」
 デュラミア、それは海外から派遣され日本を裏で守護する魔術結社の総称だ。
 表の世界を護るのが警察なら、裏の世界を護るのは退魔の組織。
 海外ならカトリックやプロテスタント、シーアやスンナなどさまざまな宗教組織が裏世界を守護するが日本では主に仏教系の宗教組織と日本古来の神を崇拝する退魔組織、あとは海外からやってきた魔道師や魔術師たちの構成する魔術結社、デュラミアが日本を護っている。
 麻夜が所属するのは海外からやってきた魔術師、魔道師が統治する守護騎士団と呼ばれる組織だ。
 世界各国に現存するこの魔術結社は数多くの異能者を保持し、多くの国に異能者を派遣、裏世界の秩序を護っている。
 裏の世界を乱すものには、人間に対し害を及ぼす魔と呼ばれる存在たちがいる。
 魔の者たちはその生命の存続のための食料とするために仕方がなく、もしくは自身の快楽のために人々を襲う。
 それを迎撃するのは霊長(にんげん)を護るために組織された霊長(にんげん)の集団だ。
 吸血鬼や狼男を始めとする魔を相手取って、魔術結社も宗教組織も戦っている。
 本来なら魔を払うという同じ目的を持ってはいるが、基本的にこの二つの組織は相容れない存在である。
 世界の組織は大きく二つの呼び名で呼ばれ、宗教を根本としている組織を宗教組織(ルシェスト)、そうでない者たちを魔術結社(デュラミア)という形でくくっている。
 そして、魔術結社の構成員は総じて魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)と呼ばれ、魔に属する者たちから忌み嫌われているのだ。
 他にも魔術結社を嫌う組織もいて、そいつらが魔術結社にとっての本命らしいが名前は忘れた。
 確かアルス何とかとか言ったかな。
 よく思い出せないでいる数騎の耳に麻夜の声が聞こえてきた。
「そこでよ」
 麻夜は小さく咳払いすると、小さく息を吸いこんで続ける。
「昨日ワトソンの始末したグールがいたでしょ。あれはどうやら死霊術師、ネクロマンサーっていう魔術師が墓地の死体をいじくって作り出したものらしいの。それをたまたま通りかかった上司さんが感知して事情を聞きにくるそうなのよ」
 と、そこまで麻夜が説明すると数騎は頭をかきはじめる。
「むぅ……そのことなんだけど。僕まだよくグールとか、ネクロマンサーってのがよくわかんないんです」
 数騎の言葉を聞き、麻夜は大きくため息をついた。
「まったく、こないだも教えたでしょ、ワトソン。敵さんの私兵を始末しといて情報は忘れるってのはどうかと思うわ。いい? グールってのは魔術によって従順な奴隷と化した死体のこと。ネクロマンサーってのは死体や死霊等、主に暗黒面に首を突っ込む死者を冒涜する魔術系統のこと。相当な使い手にもなると死んだ過去の人間の霊に、一時的に肉体を与えて行使するってこともできるらしいわ。魔道師でもこっち方面の力を持つヤツもいるみたいだから魔術師か魔道師かはわからないけどね」
 よく覚えていないが魔道師と魔術師というのはどうやら別物らしい。
 聞いてみたいところだが話を中断する事をさけ、数騎は適当に相槌を打つ。
「むぅ、そうなんですか」
「そうなのよ。でね、どうやら調べてみたらこの死霊術師、名前は特定できないんだけどデュラミアに属する死霊術師らしいのよね」
「デュラミア・ザーグってことか。じゃあ、味方じゃないですか?」
「そう、お仲間さんね、本来なら」
「本来なら?」
「それがね、その死霊術師、あろうことかグールを野放しにして夜の町で出歩かせてるらしいの」
「それで僕が昨日ひどい目にあったと」
「そうね。それでワトソンの大好きな夜のお散歩中に、ワトソンはグールと遭遇して殺しあってしまったってわけよ」
「一応、麻夜さんから弱点は聞いてましたから心臓を狙いでなんとかなりました。何だかんだ言って相手はアンデットですからねパワーやスピードはあっても、どこか鈍いといいますか」
「そう言えば怪我はしなかったの?」
「しましたよ、ほら」
 言って数騎は左腕に巻き付けた包帯を見せ付ける。
「グールは二体いたんです。一体は追いかけて消滅させましたけど、この左腕に傷をつけたサバイバルナイフを持ったグールの方は逃がしました。いや、逃がしてもらったというか……」
「どういうこと?」
 聞かれると、数騎は照れ笑いをはじめる。
「むぅ、ホントは追いかけて消滅したっていうのはウソです。実はですね、戦う気なんてなかったんです、逃げる気全開でした。でも逃げてるうちにビルの屋上まで追い詰められて、仕方なく戦ったんですよ。最初は二体のグールが連携して襲ってきたんですけど、途中で一人消えました。で、一対一なら何とか倒せると思ってやってみたら殺しきれたというわけで」
「なるほどね、懸命な判断だわ。術師がオートで動かしてるグールなんて数さえいなければ一般人でも相手取れる程度の存在なわけだし」
「でしょう?」
 嬉しそうに微笑む数騎。
 そんな数騎を見て、麻夜は小さく息をついた。
「ま、それは置いといてよ。デュラミアをはじめとして、闇の世界に属する人間は、基本的に表の世界に干渉してはならないという決まりがあるの。それは覚えてるわよね?」
「覚えてますよ、時代遅れの異能者たちよりも最新兵器のほうが恐ろしいからですよね」
「そうよ、こっちの異能者がいくら桁外れのバケモノだからって科学兵器の前では淘汰される他ない。でも、スゴ腕の異能者の戦闘能力はまさに一騎当千。それだけの戦闘能力があれば要人の暗殺も難しくはない。だから表向きには不干渉ってことでお互いに勢力を保ってるわ、そういう協定が千数百年も前から存在しているの。それに裏の人間は要人にも必要とされてるわ。敵に回すと厄介だけど、ボディガードには最適だからね」
「むぅ、なるほど。つまり今回のグールが夜の町を歩いてるって状況は裏の人間たちの協定違反ってことになるのか」
「そういうこと。裏の不始末は裏がつける、表の不始末は表がつける。どっちにもアウトローがいるけど、それを始末するのはそのアウトローが属している側の人間たちよ。そして今回は裏、デュラミアの仕事ってわけ。本部に核兵器撃ちこまれたくなかったら死霊術師を見つけ出して始末するしかないの。まさか、死霊術師一人のせいで頭上に核が落ちてくるなんてことはないでしょうけど、今後の交渉事で不利な材料になることは間違いはないわ。ま、デュラミアの上層部が結託してる『赤の魔術師』が本腰入れれば核兵器の一発くらいは相殺できるらしいけどね」
「赤の魔術師?」
「いや、今のは蛇足。忘れていいわ。とりあえず、死霊術師をどうにかするための指令を上司が持ってきてくださるわけよ、増援と一緒にね。わかった?」
「むぅ、なるほど。それで緑茶ですか」
「そういうこと。わかったらワトソン、さっさと茶をいれなさい。私はすることがあるから」
「え、麻夜さんは何してるんですか?」
「え、私? 私はね」
 しばらく考えこみ、意を決したように答える。
「化粧でもしてるわ。少しでも美人に見せないと、いろいろ有利に進めないでしょ」
 そう言うと麻夜はその場を後にし、自室のある扉に向かって歩いていき扉を開けて部屋の中に消えていく。
 それを見送った後、数騎はため息をついた。
「やれやれ、強引なんだから」
 呟き、ここで居候をはじめてから何度目になるかわからないため息をつく。
 ま、とりあえず言われたことをしないと。
 理不尽な扱いを受けたことに辟易しながらも、数騎は茶をいれるために給湯室に向かう。
 茶を造るための湯を沸かしている間、数騎は雑巾の絞り汁を入れてやろうかと本気で考えた。






「さて、あと十分くらいかな」
 ソファに腰掛け、せわしなく時計を見ながら麻夜はそう口にした。
 すでに化粧を終え、さきほどのラフな格好から仕事着のスーツ姿になっている。
 ソファのそばで適当なイスに座りながら本を読んでいる数騎の方は正装する必要がないのでそのままだ。
 数騎は一旦、小説を読むのをやめ麻夜に顔を向けた。
「で、麻夜さん。その上司って何て言う名前の人なんですか?」
「さぁね、名前は知らない。だけど名無しは面倒だから組織のみんなはあいつのことを大抵あだ名で呼ぶわ」
「あだ名?」
「そう、異名って言った方がいいかな。彼はね、クロウって名前で恐れられてるの」
「烏?」
「爪よ、爪。どうやら独特の戦い方をするらしくてね。ついた異名がクロウなの。私もよく知らないんだけど。他にもアルカナムって呼ばれてるわ。こっちの理由も知らないけどね。とにかく変なあだ名ばっかりのイギリス人らしいけど……」
 そこまで麻夜が言った瞬間だった。
 ぴんぽーん、と伝統的な音が事務所内に響き渡る。
「あ、来たみたいね。ワトソン、案内してあげて」
「了解」
 素早く本に栞を挟みこむと、数騎はイスから立ち上がり玄関まで歩くと扉をゆっくりと開く。
 そしてそこに立っていた男を見て少々拍子抜けた。
 だってそうだ。
 イギリス人と聞いていたのだから普通は色素の薄そうな人間を想像する。
 だが目の前に立っているのは黒髪黒瞳、肌の色も自分とそう変わらない、とはいってもやや白め程度という男だ。
 身長はかなり高く百八十を超える麻夜よりも少し高いだろうか、でも百九十はないはずだ。
 彫りの深い顔、口元には綺麗に整えられた髭。
 高くそそる鼻は彼が何代も前からの日本という島国に住む民族の血を引いていないことを物語っている。
 意志の強そうな太い眉に、かなり後退していて禿げ上がった頭。
 そして何よりも、見た者の心を威圧せんばかりの鋭い目が印象的な壮年の男だった。
「アルカナムだ。綱野探偵はいるな?」
「はい、どうぞこちらに」
 言って数騎は部屋の中央に置かれているソファまで案内する。
 と、途中でアルカナムの顔を見上げて聞いてみた。
「日本語上手いですね」
「日本に来て初めて六年になる、何度か来る内に必要性を感じて覚えた。発音に自信はないがな」
「そんな事ありません、お上手ですよ。あ、ここに座ってください」
 麻夜の座っているソファの目の前にアルカナムを座らせると、数騎はお茶をいれるために台所へと向かった。
 そんな数騎の姿を横目にしながらアルカナムは口を開く。
「はじめまして、綱野麻夜探偵。御承知とは思うが私は守護騎士団に所属する君の上司だ」
「承知しております、クロウ様」
「よせ、そっちの二つ名は好きではない」
「これは御失礼を」
 麻夜は軽く頭を下げる。
「それでは本題に入りましょう。どのような御用件で?」
「知っているとは思うがこの町で騎士団の死霊術師が跋扈している。この死霊術師を何とかしてもらいたい」
「したい気持ちは山々なのですが、ウチには手駒がありません。私はちょっとした理由で力が封じられておりますし、さっきの子は須藤というのですが、あの子は何の能力も持たない一般人です、偵察やパトロール以外には使えません。まぁ昨日、何かの手違いでグールを一体滅ぼしたようですけど。ですが、グールは狩れても術者にぶつけるのは難しいと思われます」
「それはもちろんわかっている。上層部もここは危険が少ないから君を監視員として置いていることも十分に承知している。私が言いたいのは、君たちに協力してもらいたいということだ」
「アルカナム様をですか?」
「いや、違う。ああ、すまないな」
 前者は麻夜に、後者は茶を持ってきた数騎に対して言ったものだ。
 アルカナムは茶を一口、口に含むと話を再会した。
「私は忙しくてこの件には介入できそうにない。騎士団は慢性的に人手不足なのでな。協力をして欲しいのは私の弟子にだ」
「アルカナム様の、お弟子ですか?」
「ああ、今回の事件はあいつにまかせようと思う」
「で、お弟子さんというのはどのような方ですか?」
「身長は綱野探偵と同じくらいで、髪は黒く瞳も黒く肌は黄色がかっている。いわゆる日本人だ。名前は柴崎司」
「お写真とかはございませんか?」
「ない」
「はい?」
 麻夜が素っ頓狂な声をあげた。
「ちょっと待っていただけませんか、アルカナム様。それではどのように協力したら?」
「ヤツは人との接触を拒む。だが、必要性があったらここを尋ねて来るだろう。誰よりも冷静に物を考えるヤツだからな。だから、その時に手伝ってやってもらうえると助かる」
「はぁ、そうですか」
 釈然としないまでも、麻夜は納得した風を装う。
「綱野探偵と少年にはこれまで通り夜のパトロールをしてもらえると助かるが、頼めるか?」
「はい、それはもちろんです」
「それはよかった」
 嬉しくもなさそうに言って、アルカナムは茶をすする。
 と、偶然その様子を見ていた数騎と目があった。
 アルカナムはしばらく数騎を眺めまわした後、
「来い」
 そう言って数騎を手招きした。
「何でしょうか」
「体のどこかに異常があるな」
 その言葉に数騎は目を見開いた。
 が、何事もなかったように。
「いえ、そんな事はないと思いますけど」
「いや、そんな事はないはずだ。かなり微弱で感じにくいが呪詛に体を犯されているな」
 そう言うとアルカナムはソファから立ちあがり、数騎の体を眺めまわす。
 と、突然、数騎の左腕を自分の方に引き寄せた。
 そこには昨晩つけられた刃物でつけられた傷があった。
「……これは、魔剣の呪詛だな」
「魔剣? 何ですか、それは?」
「輝光という言葉を知っているか?」
「えーっと、確か人間が生きていくために必要な生命力のことですよね」
「その通りだ。魔剣というのはだな、その輝光を流し込む事によって特定の術式を行い得る魔術装置のことだ。魔剣はそれぞれに異なった能力を持っている。そして、その強弱からランク分けされている。最下級のFに始まりE、D、C、B、A、S、SS、EX、という風に強さが決まっている、覚えておけ。で、だ。いつ、腕に傷を負わされた?」
「はい、昨日グールに襲われた時、左腕をサバイバルナイフで切り裂かれました。二センチほど」
「それだ、恐らく『呪餓塵(じゅがじん)』だろう」
「ジュガジン?」
「少し前の話だ。デュラミアの宝物庫から大量の魔剣が盗み出された『呪餓塵(じゅがじん)』『魔餓憑緋(まがつひ)』『投影空想(とうえいくうそう)』『糸線結界(しせんけっかい)』『冥鏡死翠(めいきょうしすい)』。名前だけではわからんかもしれないが、いずれも強力な魔剣でな、これが悪用されると事だ。が、それはさておき、お前がつけられた傷は『呪餓塵』によるものだ。能力は切り裂いた者に呪詛をかける。致死性の呪詛で潜伏期間は八日間。解呪しなければ八日過ぎた後、体調不良によって身の自由は奪われ、全身に呪詛の刻印が走った末、肉体は灰となり、この世から消えうせる」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、僕が死ぬってことですか?」
「そう受けとってもらえないと、私の日本語が間違っていることになるな」
 息を飲む。
 だってそう。
 死刑宣告、しかもそれが八日後だなんて聞かされては驚かない方がどうかしてる。
「か、解呪する方法はないんですか?」
「なくはないが、『呪餓塵』の解呪となると騎士団でもトップクラスの人間でないと無理だろう。それに、そのような人間に会おうと思ったらいったい何日かかることか。それにそれだけの人間に会うにはコネと金がいるだろう。正直、騎士団の内部は混沌と化していて私とて上層部に掛け合うのも今は難しいし、なにより私は今、非常に忙しいため、お前に裂いている時間はない」
「じゃ、じゃあ」
 死ねっていうのか。
 言葉として紡がず目で語りかける。
 アルカナムはその視線を真っ直ぐ受け止めていた。
「手がないわけではない。そしてこれが一番手っ取り早い方法だ」
「どんな方法ですか?」
「『呪餓塵』を探せ。『呪餓塵』には呪詛を施す力と解く力の双方を持ち合わせている。何とかお前が八日以内に『呪餓塵』を見つけだすことが出来ればあるいは」
「助かるん……ですね?」
 真摯に見つめてくる数騎に、アルカナムは力強く頷いた。 
























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