トップページ/
自己紹介/
サイト紹介/
リンク/
トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>プロローグ
プロローグ
漆黒の空に君臨し己以外の光は不要と、他を圧倒する光を放つは輝かしき上弦の月。
照らされる地上はその光の恩恵を受けようともせず、自ら光を発するネオンの海。
月がその一色のみの光でその美しさを誇ると言うのなら、ネオンの海は優る色数で美しさを魅せる。
そして、月と海の狭間に存在する、自らは光を放とうとはしない朽ちたビル。
二十階建ての威厳を誇るそのビルは、つい最近まで大手企業のビルであったが社長が夜逃げしたために持ち主はいなくなり、売られ、解体されるを待つのみとなっていた。
そのビルの屋上、飾り気のない空間に二つの人影が見えた。
一人は大男。
身長百八十を超える巨漢はその太い腕に刃こぼれしたナタ。
口からよだれを垂らし、腐敗したその顔面はあまりにも醜悪だ。
対峙するは小柄な少年。
茶色に染めた髪は所々に黒髪が見え、染めて随分と時間が経過したのか根元は黒くなっている。
上下は共に黒、月明かりの下でなければ見失ってしまってもおかしくはない闇の色。
その左手は負傷しているのか、乾いた血がこびりついている。
そして、その手に握られるは黒の刃。
折りたたむことで携帯することが容易い漆黒の柄を持つ短刀。
それを手に、少年はまだ幼さの残る顔を巨漢に向ける。
少年の年齢は十五歳と言ったところだが、目の前にたたずむ男の年齢はわからない。
判別しようにもその顔はどろどろに腐れ落ち、判別のしようがないのだ。
と、男が走った。
右手に握り締めるナタを振り上げ、獲物を狩る獣のように少年に飛びかかる。
多くの人の目に、それはどう映るだろうか。
草原に君臨する猛獣か、それとも夢の中に出てくる悪夢そのものか。
そう思わせるほどに男の突進は重量感にあふれ、その体の大きさに不似合いなほどに敏捷だった。
腐臭を伴って迫る男の突進は、目の前にした者にとっては竜巻にでも見て取れるだろう。
触れれば吹き飛ばされ、決して生きては逃れられない。
が、それはあくまで普通の人々にとってはだ。
目の前の男は威圧感、そして重量感こそ桁外れだが速度が伴っていなかった。
動きは素早い、そういう意味では決して鈍くは無い。
鈍いのは反応速度だ。
腐敗した脳で動いている不死者は、身体能力は高くても反応速度は鈍い。
だからこそ、対峙する少年はちょっとしたフェイントでもってこの不死者を惑わす。
それだけで不死者の動きに隙が生じる。
まるで竜巻の如く迫る男に、少年は踏み込みとともに右手から繰り出された疾風をもって迎撃した。
すれ違いは一瞬。
殺し合いの決着もまた一瞬。
背中を向け合い、表情一つ変えない少年の手は空手。
投擲された漆黒の短刀は男の左胸、心臓と呼ばれる臓器にぶっすりと突き刺さっていた。
男が倒れる。
それと同時にその体は灰となり始めた。
風が吹く。
灰になっていく体はその風で四散しはじめ、やがて全ての灰が風に飛ばされた。
後に残るは男の纏っていた衣服、握り締めていたナタ、そして左胸に突き刺さっていた短刀のみ。
少年は灰となって消え去った巨漢が最期の瞬間に倒れた位置まで歩き、短刀を拾い上げるとその刃を柄に収め、ポケットにしまい込む。
顔をあげた。
空には上弦の月。
灰と化して死んだ男の最期を悼んでか、それとも自己顕示のためだろうか。
月は輝きを放ち地上を照らす。
男を屠った少年は、夜空を見上げながらため息をつき、思った。
あぁ、なんてこれほどまでに、今夜の月はきれいなのだろうか、と。
前に戻る/
次に進む
トップページに戻る
目次に戻る