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第三羽 公園


「つまり、仮面の男がワトソンを取り囲んだグールたちを蹴散らしてくれたっての?」
 朝のモーニングコーヒーを口に傾けながら麻夜はそう問いかける。
 まだ少し寒さの残る六月上旬の朝。
 麻夜と数騎は午前九時という少々遅い時間に朝食をとっていた。
 昨日、何の手がかりも得られずに数騎がこの事務所に戻ってきたのは午後の二時。
 麻夜はとうの昔に眠っており、よほどの事でも起こらない限り起こすようなことはしないのが決まりだ。
 そのため、数騎は麻夜が起きて朝食を取る翌日に報告をしていたのだった。
「はい、カタールっていう異様な剣を両手持ちしていた……男? ……だったと思います。遠目だったけどガタイよかったし、趣味のいい黒いコート着込んでたし」
 数騎は黒い服ならなんでも趣味がいいとかセンスがいいとか言う癖がある。
 そんな数騎のセンスの悪さを追及しようともせず、麻夜は答えた。
「なるほどね、もしかしてその男って……」
「柴崎司ですかね? あのアルカナムって人の弟子の」
「かもしれないわね。まぁ、味方と決まったわけじゃないけど」
「味方じゃないんですか? 助けてくれたのに」
 メロンパンを口にほお張りながら尋ねる数騎。
 麻夜は窓を一瞥した後、コッペパンを口に運び、
「助けてくれたから味方とは早急でしょ。敵の敵は味方とは限らないし。そいつ、もしかしたら死霊術師かもしれない」
 そう口にした後でコッペパンを口に含んだ。
「どういうことですか?」
「こうは考えられないワトソン? もしかしたら死霊術師の意志とは無関係にグールは動いているのかも知れない。そしてそれを死霊術師自体が狩っている」
「それはないんじゃないですか?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
 麻夜はコーヒーを手に取りながら答えた。
「あ、でも麻夜さん。ちょっと気になることがあるんですよ」
「気になる事?」
 首をかしげる麻夜。
「昨日のグール、逃げ出そうとしたんです」
「え、逃げた? 鏡の中に引きずり込んで殺さないで? 昨日は異層空間に取りこまれたワトソンに襲いかかって殺そうとしたくせに?」
「そうなんですよ。まぁ多分、罠にはめようとしたんじゃないですかね、結局そのグールを殺した後、七体のグールに囲まれてるわけですし」
 そこまで口にし、数騎は思わず身を震わせた。
 言葉にしたせいで、昨日危うく殺されるところであったことを思い出したからだ。
「でも、逃げ出した……ね。もしかして、死霊術師は何か目的があってグールに夜の町を歩かせているのかも」
「昨日も言ってましたね。確かに、目的も無しに協定違反するはずもないでしょうしね」
「その通りよ。死霊術師も、道師や術師の端くれなら一般人に露呈する危険を犯してまでそのようなことをするはずもない……まさか」
「まさか?」
 聞き返す数騎。
 麻夜はしばらくためらいながらも、はっきりと口にした。
「まさか、通り魔を捕らえるためにパトロールでもしているのかも」
「それこそまさかでしょう」
 小さくため息をつきながら数騎ははっきりと否定する。
「それもそうね」
 たいして確信もない推測を口にしたというだけ。
 麻夜は数騎の言葉をすんなりと受け入れコーヒーを口にし、眉をしかめた。
 やはりインスタントは味が悪い。
 が、べつに不味いわけではなく、ちゃんといれたのよりも味が落ちると言う程度。
 麻夜は少々顔を曇らせながら、それでもゆっくりとコーヒーを楽しんでいた。






 探偵事務所の台所。 
 朝食で出たゴミをビニール袋にしまいながら、数騎は考え込んでいた。
 残された時間はあと七日、これは果たして長いのか短いのか。
 いや、きっと短いのだろう。
 そう考え、数騎は体を震わせた。
 怖かった。
 自分という存在が消えてなくなってしまうのが。
 もう、誰とも会うことができなくなってしまうのが。
 それが、怖くてたまらなかった。
「落ち着けよ、須藤数騎……」
 自分に言い聞かせる。
「必ず助かるから……絶対に、死なないから……」
 根拠のない励まし。
 それでも、口にせずには居られなかった。
 冷蔵庫にもたれかかり、数騎は手で両目を覆った。
 下手をすると泣いてしまいそうだ。
 今は、なぜか背中に感じる冷蔵庫の温かさがありがたかった。
 泣きそうになる心を落ち着けるため、数騎はしばらくそのままの姿勢でいた。
 そのおかげもあってか、数騎は何とか涙を流さずにすんだ。






 それから三十分ほどして、数騎は外に出かける支度をする。
「あれ、もうスーパーの開く時間?」
「はい、そろそろですね。とりあえず期限切れ寸前で半額になったパンでも総なめにしてきますよ」
「じゃあついでにコーヒーも買ってきて。インスタントはもう飽きちゃった」
「大丈夫ですか、今月の家計? こないだ夏に備えて新しいエアコンつけたから生活が厳しいとか言ってたじゃないですか」
「コーヒーくらい買ったって平気よ、騎士団だってそんな安い給料で私たちをこき使ってるわけじゃないんだから」
 言って麻夜は数騎に向かって財布を投げつける。
 数騎は空中で受け取り、財布をポケットにしまい込みながら事務所の入口に向かった。
「コーヒー以外にいるものはありますか?」
「そうね、もうすぐお米が切れるから五キロの袋買ってきて、新潟か秋田のでお願い。ブレンド米はだめよ」
「はい、了解しました」
「それと、昼間からグール探しをしないこと。命が惜しいのはわかるけど軽率な行動はダメよ。相手にこっちの正体がバレたあとならいいけどね。いや、そうなるとさらに出歩くのは危険かな?」
「……まぁ、了解しました。探したりなんかしません」
 そこまで言うと、数騎は麻夜に背を向け事務所の外に出た。
 階段を降りれば、すぐそこは商店街だ。
 が、商店街を午前十時という時間に町を歩くのは少々視線が痛い。
 だってそう、自分くらいの年頃の連中は普通なら学校に行っている時間だろう。
 そしてそんな輩がほっつき歩いているとするならばサボリ、もしくは自分のように高校進学を志さなかった者たちであろう。
 そのため、スーパーに行くと結構、奇異の視線でなめまわされたりする。
 正直いい気持ちはしないが、自分に非があるのだから仕方がない。
 それにスーパーの従業員は知り合いなので、そこまで居心地が悪いわけでもない。
 数騎は頼まれたコーヒーと米を買いこむとそのままレジに向かい、さっさと会計を済ませてスーパーの外に出る。
 と、本来なら用もないので事務所に帰るべきではあるが数騎には大切な用事があった。
 別に約束しているわけではないが、半ば暗黙の了解になっている事だ。
 そんなわけで、数騎は事務所とは反対方向にその足を伸ばすことにした。


 風は穏やかで日差しは柔らかく温かい。
 耳を澄ませば子供たちのはしゃぎ声。
 その合間におばさんたちの世間話が聞き取れる。
 そこそこ広い公園、そこに存在するベンチ。
 光合成をしながらレモンティを口にしている全身黒ずくめとセンスの悪い少年は、スーパーからその足で公園にやってきていた数騎だ。
 職務から解放された一時を一秒たりとも無駄にするわけにはいかないと、ゆったりとしたその時を貪っている。
 そして極め付けとばかりに、メインディッシュまでもがそこに現れた。
「こんにちは、数騎さん。隣いいですか」
「いいですよ、どうぞ」
 促されるままに数騎の横に腰掛けるのは着物姿の少女、桐里神楽だ。
 神楽は数騎の隣に座ると、横目でその顔を眺めている数騎に優しく微笑みかける。
 擬音にするなら『ふにゃっ』とでもいったところか。
 まるで柔らかいマシュマロでもつついているかのように、神楽の笑みは柔らかく見る者を安心させた。
 神楽はべつに絶世の美女というわけでもない。
 彼女の顔は確かにかわいらしいが、というよりきれいだが、そこまでの美しさではない。
 妖艶なる肢体をもっているわけでもない、若干着物の似合わない体系ではあるが麻夜程のダイナマイトぶりではない。
 そう、なんと言えばいいのかだろうか。
 それは欲望を満たすための対象ではなく。
 ただ、そばにいて欲しいと思わせる心地よいそよ風とでも例えればいいだろうか。
「神楽さん、もしよかったら飲みますか?」
 そう言って数騎は神楽にレモンティの入った缶ジュースを見せる。
「あ、よろしければいただきたいです」
「はい、どうぞ」
 数騎はレモンティを神楽に手渡す。
「ありがとうございます」
 礼を言って受け取り、神楽は缶を開けようとする。
 が、
「う〜ん、う〜ん」
 必至で爪を引っ掛けようとするが開かない。
 見ると、神楽の爪は非常に短かった。
 昨日爪でも切ったのだろうか、あれでは開けられる物も開けられないだろう。
「ふぇ……」
 年甲斐もなく涙目になる神楽。
 こういうところにギャップを感じる。
 年上のはずなのに年上っぽくないというか、なんとういか。
 数騎は微笑みながら、
「貸してください、開けますから」
 言って返事も聞かず神楽の手からレモンティの缶を掠め取る。
「よっと」
 数騎はすぐさま缶のプルタブを押し開き、レモンティの中身は景気のいい音と共に外界の空気に触れる。
「はい、神楽さん」
「は、はい。どうもすいません」
 なさけないところを見せてしまったと、頬を赤らめながらレモンティを受け取る神楽。
 その様子を見て、数騎は思わず頬を緩める。
「そんなに焦らなくてもいいのに、もっと気楽にしてくださいよ」
「そ、そうですよね。すみませんでした」
 消え入りそうな声で、ちびちびレモンティに口をつけながら神楽は言う。
 と、話題を変えるためか、神楽は右手の人差し指を立てて数騎を見た。
「あ、そうだ数騎さん。通り魔事件のことは知ってますよね」
「うん、前に聞いたけど、それが?」
「はい、どうやら昨日、また新しい被害者が出たらしいですよ」
「もしかして、若い女性?」
「はい、四人目の犠牲者は短大生の方だそうです。また長物で四肢を切断されて」
「むぅ、まったくもって物騒ですね。神楽さんは夜、外を出歩いたりしないでくださいよ」
「わかってますよ、私も命は惜しいですからね。あ、そうだ。あとこの事件のことなんですけど、ついに目撃者が出たそうです」
「目撃者?」
「はい、目撃者は殺人の現場を見たわけじゃないんですけど、その場から逃げ去る犯人を見たそうです」
「ふぅん、そうなんだ」
「はい、どうやら犯人は黒いマントを着込んで仮面を被った男の人らしいです。鏡に映ってるのを見たそうなんですけど」
 その言葉に数騎は表情を一変させかけたが、すんでの所でポーカーフェイスを保った。
「そうか、目撃者が出たなら解決も早そうだな」
「はい、早く犯人が捕まるといいですね」
 笑顔で答える神楽。
「で、神楽さん。こないだも言ったような気がするけど、夜は一人で出歩かないでくださいよ」
「わかってますよ、私だってそんな無謀じゃありません」
「そっか」
「そうですよぉ」
 心配された事が嬉しかったのか、神楽はその顔に微笑みを浮かべていた。
 それきり、二人は何を話すでもなくレモンティを口にしながら公園の景色を眺めていた。 
 流れる時間。
 風はそよぎ、鳥は鳴く。
 遠くから聞こえる都会の喧騒、近所の家々から漏れる笑い声や怒鳴り声。
 そして隣には、穏やかな呼吸音をもらす少女が一人。
 時たまレモンティを嚥下する音が聞こえてくる。
 あぁ、思わず口に出してしまいそうだ。
 今と言う時間はものすごく、
「心地よいですね」
「えっ?」
 驚く。
 いや、冗談ではない。
 まるでこちらの心を見透かしたかのように、思考の続きを紡いだのだから。
「柔らかい。いえ、優しいんでしょうか、この雰囲気は。ここにいるとすごい安心できて、孤独でない事が実感できて。ものすごく居心地がいいんです」
「そっか」
「数騎さんはどうですか?」
「僕? 僕はね」
 言葉を切り、続ける。
「僕も心地いいよ。穏やかで、焦燥に駆られる事もなければ責務に追い掛け回されることもない。ここは優しくて、まるで誰かに抱きかかえられているような」
「数騎さんもそう思いますか」
 言って向けてくる満面の笑顔。
 ちょっと待て。
 それは反則だ。
 思わずドキリとする。
 だってそう、こんな至近距離でそんな顔されたら、心臓がおかしくなるくらい鳴動するのは当然の事なんだから。
「私、ここがすごい好きなんです。ゆっくり出来て、居心地がよくて」
「神楽さん公園が好きなんだ?」
 聞く数騎。
 が、神楽は少し考えこんだ後、ゆっくりと首を横に振る。
「いえ、もしかしたら公園が好きじゃないのかも知れません」
「じゃあ、何?」
「もしかしたら数騎さんといるこの時間が好きなのかもしれません」
「むぅ、そう言っていただけると嬉しいな」
 言って、数騎は少し間を置いた後、
「僕も神楽さんといる時間、けっこう好きだよ」
 と、微笑みを浮かべながら続けた。
 チキンめ。
 自己嫌悪で自分を轢殺したくなる。
 何故そこで『けっこう』などという曖昧な修飾語を用いるのか。
 いいかげん頭にくる。
 そこは『僕も神楽さんがいるから、この時間が好きだよ』くらい言えというものだ。
 気の利かないヤツだ。
 とはいうものの、これは自分の本質みたいなものだからどうしようもない。
 まぁ、それでも。
「そうですか、数騎さんもですか。嬉しいです」
 なんて、満面の笑みを浮かべられたら心の中で愚痴るわけにもいかない。
 そよ風が吹く。
 ふと時計を見上げると十二時五十七分。
 そろそろ帰らないと昼食が間に合わなくて、麻夜さんがぶーたれるかもしれないが構うものか。
 もう少しこの心地よさに浸っていても問題はないだろう。
 例え後に、麻夜さんがもたらす人災が待っていようとも。
 この時間をすごすことで、何か不都合が起こったとしても。
 それでも僕は、心地よくありたいと思う。

































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