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第四羽 魔道師


「へぇ、それじゃ何? 昨日ワトソンが見た男は連続猟奇殺人の犯人だって言うの?」
「いえ、決まったわけじゃないですけど、その可能性は高いんじゃないですか?」
 驚きの表情を見せる麻夜に数騎はそう答える。
 買い物から帰って来た数騎は神楽から仕入れた話を早速、麻夜に言って聞かせた。
 TVをつけてもバラエティばかりでニュースをなかなか見ない上に新聞も取っていない麻夜はその情報をどうやらはじめて聞いたようだ。
 正直、それでよく探偵がつとまるもんだと思う。
「グールから僕を救ってくれたってこともあるから犯人と決め付けるのは気が引けるけど、現場にいあわせていたんじゃ可能性は否定できない。それか、可能性としては低いけど……」
「そいつが柴崎司なら殺人の現場に偶然出くわしたって言いたいんでしょ」
「さすが麻夜さん、その通りです」
 数騎の言葉に、麻夜は満足そうに買って来たばかりのコーヒーを口に運ぶ。
「まぁ、ともあれ。事態は結構複雑な模様を見せてるみたいだし、無理はしないでよ、ワトソン。とりあえず油断だけはしちゃだめよ。一瞬の油断が命とりになるんだから」
「パレットの絵の具はすぐ乾く、ってヤツですね」
「なにそれ?」
「絵の具はすぐ乾くからちゃっちゃと使え、つまり気を抜くなってことです」
「そんな諺あったっけ?」
「造語ですよ、意味としては間違ってないと思いますけど」
 そう言うと、数騎は本棚に置いてある自分の小説を手に取るとソファに転がって読み始めた。
「ふぅん。ま、言い得て妙ね」
 麻夜はそうやって勝手に納得すると、バラエティ番組を見るためにリモコンを探して机の上に視線をさまよわせた。






「あっ、十時ね。そろそろ」
 夕食を終え、だらだら時間を費やしていると麻夜が声をあげた。
 声につられ時計に目をやると九時五十分。
「ワトソン、時間よ。そろそろパトロール行ってらっしゃい」
「わかりました、言ってきます」
 真剣な表情を作る数騎。
 それはそうだろう、何しろ自分の命がかかっているのだ。
 真剣にならざるを得ない状況だ。
「頑張るのもいいけど、張り切りすぎて死んだりしちゃイヤよ」
「わかってますよ、麻夜さん」
 答える数騎。
 外に出る支度をする数騎を見て、麻夜は心配そうな顔をしていた。
 数騎はそんな麻夜を尻目に事務所の出口まで向かい、そのまま事務所の外に出る。
「じゃあ、行ってきます」
 返事を耳にすることなく、事務所から外に出た。
 階段を降りてビルから出ると、月の光がさす明るい夜だった。
 商店街には、路地裏のような都会の死角は存在しない。
 数騎は美坂駅の近くにある歌舞伎町に向かった。
 駅といっても数騎が歩いて行ける距離に駅は二つ存在している。
 一つは商店街と目の鼻の先にある国鉄の美坂駅、もう一つは私鉄である美坂駅だ。
 国鉄の美坂駅がかなり小さめの駅であるのに対し、私鉄の美坂駅は非常に大きく、駅ビルをはじめとする繁華街が存在する。
 駅を取り巻く歌舞伎町は、昼間はそうでもないが夜は新宿並の魔都と化す。
 ネオンの雨が降り注ぐ町中は昼間のように明るく、走る車のライトは変わり映えのない光を順繰りと移動させる。
 もちろんこんな場所にお目当ての相手はいない。
 数騎は喧騒から離れ、如何わしい場所である路地裏に入って行った。
 相変らず物静かな路地裏。
 表通りの喧騒がボリュームを落として聞こえてくる。
 と、ナイフを隠し持っているのとは反対の左ポケットに振動が走る。
 ポケットに手を突っ込み、黒い物体を中から引き抜く。
 なんてことはない、それはただの携帯電話だ。
 折りたたみのそれを開くと、どうやら麻夜からの電話であることがわかる。
「はい、麻夜さん。どうしましたか?」
「あ、ちょっと悪いんだけどさ。帰りにツナマヨネーズのおにぎり買って来てくれない、久しぶりに食べたくなっちゃった」
「それってこんなときにする電話ですか? こっちは一応命がけで仕事してるんですよ」
「悪かったわね、でも……」
 ブツっと電話が切れた。
 通常ならそれに続くはずの電子音がない。
 見ると携帯電話は電源が落ち、どのボタンを押しても音沙汰なし。
 周囲を見渡す。
 今までいたはずの路地裏が、鏡映しのように正反対になっていた。
 そう、数騎は今、鏡内界の中に存在していた。
 異層空間内の鏡の世界に入る方法は二つ、鏡に触れて侵入するか、取りこまれるかのどちらかだ。
 ちなみに取りこまれた場合、自力での脱出方法はなく、異層空間が閉じた時点で取りこまれる直前までいた空間に放り出されるという形でしか元の次元にもどることはできない、と麻夜が言っていた。
 異層空間を操れる術師なら取り込む際に使用された鏡から出れるとも行っていたが、自分は無能力者なのでそんな芸当はできない。
 数騎は周囲を見まわし、すでにわかっていることを口にした。
「取りこまれたか……」
 呟きながら、数騎は携帯電話をポケットにしまい込む。
「ちょうどいい。呪餓塵のグールを探し出さないとな」
 そう言って数騎は反転した世界を歩きはじめた。
 とりあえず首をめぐらせ探してはみるがグールの姿はおろか、人っ子一人……は、いた。
 どうやら一緒に取りこまれてしまったらしい。
 視線の先に一人の女性。
 身長は数騎よりちょっと上、おそらく百七十代前半はある。
 髪を肩まで伸ばしている茶髪の女性だ。
 ベージュのロングのTシャツにジーンズをはいている。
 実にラフな格好だ。
 年のころは……ちょっと特定できないが恐らく十代後半から二十代前半と言ったところだろう。
「あの、すいません」
 駆け寄り数騎は女性の肩に手を触れる。
 女性は振りかえって数騎の顔を見た。
 思わず息を飲む。
 いや、驚いた。
 振り向いた少女は、といってもおそらく数騎よりも年上ではあるのだろうが、その……すごい美人だった。
 それに麻夜程ではないが、かなりのダイナマイトバディだ。
 ロングのTシャツは胸のところがかなり盛りあがっているし、ジーンズが短いのかTシャツが短いのか、わずかに覗ける腰は恐ろしく細かった。
 まぁ、あれ。
 いわゆるモデル体質ってヤツ。
 外を歩けば大抵の野郎なら振り向いてしまいそうなほどのもので、もしこの女性がバイトしている店があるとしたら大繁盛間違いなしだろう。
 お水系の店なら一番人気間違いなした。
 かわいいと呼ばれる時期をすぎ、きれいと形容されるであろう年頃の女性は数騎の顔をわずかに見下ろしながら口を開く。
「どうしたの、何か用? もしかしてナンパ?」
「あっ、よっ、用って言っちゃなんだけど、ここは危ない。早く表通りに戻った方がいい」
 思わずどもる。
 だってそう、こんな美人に見据えられて喋られたんじゃ緊張の一つもする。
 そんな数騎の思惑も知らず女性は問い返してきた。
「何で?」
「何でって、ここには危ないゴロツキがいっぱいいるからね。君みたいな女の子が歩いてたら危ないよ」
「大丈夫、そんなヤツら全然危険じゃないわよ。そんなヤツらよりアレの方がもっと危険だし」
「アレ?」
 言って後ろに視線を向ける女性に、数騎もつられて後を見る。
 そこには、腐敗した肉体でのし歩くボロボロになった革ジャンを着たグールの姿があった。
「ちっ、逃げろ。こいつは僕が何とかする」
 そう言って女性を護るようにグールとの間に立つと、数騎はポケットからドゥンケル・リッターを取り出し柄の部分から刀身を取り出そうとする。
 が、
「ちょっとどいて」
 庇っているはずの女性に言われ、柄から刀身を出すよりも早くその体を横に押しやられる。
「なっ、早く逃げ……」
 ろ、とまで数騎は言葉を紡げなかった。
 それよりも早く女性がグールに向かって駆け出していたからだ。
「何やってんだ、くそっ!」
 毒づき、数騎は女性に追い付こうと疾走する。
 女性の走る速度はたいしたことなかった。
 体重が軽いため、持続力はないが瞬発力では絶対の自信を誇る数騎なら軽く追いつける程度の速度だ。
 だがそれですら、
「命ずる(ターゲットロック)、彼の者を射抜け(ガイスト)!」
 呪文により紡ぎ出され、女性の手から解き放たれた光の矢に追い付けるものではなかった。
 光の矢は一直線に突き進みグールを直撃する。
 次に続く光景は、塩をかけられたナメクジを見ている気分だった。
 光の矢はグールに触れた途端、グールの体を侵蝕していったのだ。
 グールは跡形もなく灰になり、後にはボロボロの革ジャンだけが残る。
 その光景を見て、数騎は黙り込んでしまった。
 麻夜は自身のことを異能者だと言っていたが能力を封じられているので力の行使はできないと言っていた。
 数騎自身は無能力者なので神秘は扱えない。
 故に目にするのは初めてだった。
 詠唱をもって呪文を組み立て、それを用いて神秘を行う異能者の異能を目の当たりにすのは。
 数騎は驚く自分を落ち付かせるために唾を飲みこむ。
「君、もしかして魔道師?」
「うん、そうだけど。もしかしてあなたデュラミア・ザーグ? 魔道師のこと知ってるみたいだし、もしかしてあなたも魔道師かしら?」
 その言葉に数騎は首を横に振る。
「いや、違う。一応、魔術結社に属するデュラミア・ザーグらしいけど無能力者」
「へぇ、ぺーぺーなんだ」
「否定はしないよ」
 少々ばつ悪そうに数騎は視線をそらす。
 と、思い出したようにその視線を戻した。
「そうだ、もしかして君はアルカナムって人の言ってた人?」
「アルカナム? どういう事?」
 首を傾げる女性。
 そんな女性に対し、数騎は早口で続けた。
「守護騎士団から派遣されたアルカナムさんの弟子で柴崎司って言う人ですか? 違うかな」
 その言葉に少女は少し考えこみながら、
「そう……だけど。なんで私の名前知ってるわけ?」
 と答えた。
 その言葉に数騎は顔を輝かせる。
「そうか、やっと会えた」
「?」
 柴崎司であると自称したその少女は数騎の言葉に眉をひそめる。
 それを見て数騎は説明をした。
 アルカナムという人間が綱野探偵事務所を訪れた事。
 柴崎司という人間に力を貸せと言われた事。
 それを聞くと、司は納得したように頷いた。
「なるほど、師父がそんなことを……それなら了承。私もこれからはあなたたちに協力するわ」
「いや、協力するのはこっちでメインはそっちなんじゃないのかな?」
「あ、そうだね。そうそう。あはははは」
 何か勘違いしていたのか、司は取り繕うように笑みを浮かべた。
「ま、とりあえずあなたには何かしら協力してもらうことにするわ。今日はもういいけど明日からはお願いできる? できれば一緒に行動してもらいたいんだけど」
「いいけど、どこで待ち合わせます? それとも携帯の番号でも教えますか?」
「そうね、とりあえず教えといて。でもって明日は十時にここで待ち合わせ。こんどから一緒に行動しましょ。あ、そうだ。聞きたい事が一つ」
「なんですか?」
「あなたの名前は? あなたは私の名前知ってるけど私は知らない、教えるのが筋ってモンでしょ」
 なるほど、その通りだ。
 彼女の言っていることは実に理にかなっている。
 そう考え、数騎は一呼吸置いてから言った。
「僕の名前は須藤数騎、どう呼んでもいいけどワトソンとだけは呼ばないで欲しい」
「え、ワトソン? そんな風に呼ぶ気はないけど。じゃあ、数騎でいいかな」
「別にいいですけど、何で名前で呼ぶんですか? 名字じゃなくて」
「いや、対した意味はないのよ。でも小さい頃アメリカに住んでたせいか、人の事は名前で呼んじゃうクセがあるのよ。もう完璧に近い英語は話せないけどね」
 それで納得した。
 彼女は呪文を唱える時、英語を使っていた。
 呪文と言うのは魔術師と魔道師で意味が違う。
 他者から力を借りる魔術師にとって呪文は契約手続きのようなものだが、魔道師にとっては自己暗示のようなものだ。
 自己の改革を行うことにより肉体を、輝光を変換するための機構となし神秘を行使する。
 そのため、自分に働きかける暗示めいたものが呪文だ。
 ちなみに暗示さえかけてしまえばいいため言語の用法は間違っていても構わない。
 魔道師の呪文は自己暗示であるために、人によって呪文の内容は違うのだ。
 自身に働きかけることができれば口にしている言葉などべつに対した意味などないからだそうだ。
「へぇ、魔道師は学んだ環境下の言語で呪文を編みこむってきいたけど、そういうことか。なるほど」
「納得いってもらえたなら、君の事は数騎って呼んでもいいかな?」
 言って司は数騎に手をさしだす。
 それを見て数騎は笑みを浮かべながら
「はい、構いません。短い間でしょうが、これからよろしくお願いします」
 と口にし、右腕を差し出すと堅く握手を交わした。
 それが終わると、司は数騎に背を向け帰路につこうとした。
「それじゃあね」
「あ、ちょっと待って」
 立ち去ろうとする司を、数騎が引きとめる。
「何?」
「どうやって脱出するんですか?」
「脱出するって?」
 首を傾げる司。
「この鏡の世界からです、どうやって出ればいいんですか?」
「もしかして取りこまれたの?」
「そうです」
 頷いて答える。
 そんな数騎に、司は少し考え込んで口にした。
「どこで取りこまれたか覚えてる?」
「覚えてますけど、それが?」
 数騎がそう言うと、司は笑顔を浮かべる。
「なら大丈夫、もう一度そこに行けばいいのよ。そうすればそこから出られるから」
「でも僕、無能力者ですよ」
「あら、そりゃ大変。ちょっとごめんね」
 そう言うと、司は数騎の額に右手の平で触った。
 目をつぶり、一言二言呟く。
 最後に小さく数騎の頭を叩き、目を開いて数騎を見つめた。
「はい、出来たわ。これでもう大丈夫よ」
「大丈夫って、何が?」
「そんなの、この世界からの脱出がに決まってるじゃない。体に薄く、輝光の膜を張っておけば無能力者でも取り込まれた地点から外に出れるのよ、知らなかった?」
「知りませんでした」
 口にしながら心の中で毒づく。
 麻夜さん、僕そんなこと教わってなかったんですけど。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
 言って立ち去ろうとする司。
 そんな司の背に数騎は声を投げかける。
「一つ、言い忘れてたことがありました」
「何を?」
「協力するっていったけど、僕はあんまり手伝えないかもしれない」
「どうして?」
「実は僕、二日前グールに襲われて『呪餓塵』って魔剣で呪詛をかけられたんだ」
「マジで? 『呪餓塵』って傷つけた相手を一週間後に灰にして殺すって魔剣よね?」
「知ってるなら話は早い。そういうことだから僕は司の協力はするけど、どちらかというとグール探しに専念させてもらいたいんだ。『呪餓塵』の呪いの解呪には『呪餓塵』がどうしても必要だから」
「……わかったわ。そういう事情なら協力する」
「ありがとう」
「どういたしまして。まぁ、どっちにしても捜索は明日からよ、じゃあね」
 そういうと司は数騎に背を向けて歩き出す。
 数騎は、今度は引き止める事もなく司の背中を見送った。
 その後、数騎は教えられた通り鏡の中から脱出せず、異層空間が展開できなくなる夜明けまで目的のグールを探して歩いたが、結局見つけることが出来なかった。
 異層空間が閉鎖され、強制的に侵入した地点に放り出される。
 空を見上げると、月が沈み、太陽が昇り始めていた。









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