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第五羽 魔法使い


「へぇ、じゃあ柴崎司と接触できたっての?」
 恒例となった朝の報告会。
 結局戻ってきてから四、五時間の睡眠をとった後、数騎は早速朝食の準備をした。
 何の変哲もない朝食ともとれるその光景の中で、二人は前日のことについて話し合っていた。
「はい、昨日グールを探していたとき偶然。運がよかったですね。これで僕らの仕事は彼女の支援だけで済みますし、僕も彼女がいればこれ以上危ない橋も渡らずに済みます。だって彼女はグールを呪文の一撃で仕留める使い手ですしね。多分、僕と麻夜さんの出番はこれでもう終わったも同然ですよ。と、言ったところで僕は楽観できる状況じゃありませんけどね。『呪餓塵』を見つけださないと僕は人生にピリオド打たなきゃいけないんですから」
「彼女ねぇ」
 麻夜はコーヒーを飲みながら続けた。
「司って名前だから男かと思ったけど、女とはね」
「え、司って女の子の名前ですよ」
「ワトソン、男にだって司って名前の子はいるよ。男にも女にもつけられる名前ってのはけっこう転がってるもんだから」
「そこまで多くはないと思いますけどね」
「とにかく、柴崎司は女だったわけだ」
 話に一区切りつけるため、麻夜はそう宣言する。
「それで、ワトソン。呪文を使ってグールをやっつけたって聞いたけど、彼女どっち? 魔術師? 魔道師?」
「魔道師って言ってましたよ」
「どの系統でどの属性の?」
「それは聞いてませんけど、なんですか? 系統とか属性とかって?」
 数騎のその言葉を聞いて、麻夜は眉をひそめる。
 数騎は慌てて言い訳を始めた。
「あ、気を悪くしないで下さいよ、麻夜さん。僕はこっちの世界に首を突っ込んで日が浅いんですから。それに魔道師や魔術師っていうけどどう違うんですか? どっちも異能使いってことですよね」
 その言葉で麻夜は深い、それは深〜いため息をついた。
 その深さを例えるなら、海面からチョウチンアンコウの生息する深海域くらいはありそうな深さだ。
「ワトソン、前に話さなかったっけ?」
「覚えてません」
 きっぱりと答える。
 直後に飛んでくるのは丸めたパンのビニール製包装紙だ。
「いて」
「いて、じゃない。いい、ワトソン。そもそも魔術師と魔道師は根本的に違うの、わかる?」
「言葉では、でも意味はわかりません」
「まったく。あのね、ワトソン。魔道師や魔術師は輝光と呼ばれる生命のエネルギーを用いて神秘と呼ばれる異能を操る連中のことよ。別に輝光のことは魔力とかマナとか言い換えたっていいわ。魔道と魔術は違うところでその輝光という生命を存在さえるためのエネルギーの方向性を別方向に向けるための技巧、そしてそれを組み替えて神秘に構築する技術のこと。魔術とは他者に神秘の構築を依存し、魔道とは自己の内で神秘の構築を行う、そしてその二つの総称が魔法」
「わけがわからないんですが」
 こめかみを指でかく数騎。
 それを見て麻夜は。
「つまりね、引き起こされる現象である神秘。つまり炎を手の平に発生させるような異能の事だけど。そういうのは車だとでも考えて。そして魔術師はその車を動かすガソリンを持ってる人間。でも魔術師は車を持ってない。だから魔術師は他の人、つまりレンタカーみたいなところで車を借りるの。そして借りた車に自分のガソリンを注いで好き放題に使いまわす、それが魔術師。で、魔道師ってのは自分で車を所有してる人間で、ガソリンも持ってる。だから魔道師は自己の力だけで異能をなし得るの。でも魔道師は自分の所有している車にしか乗ることができない。でも魔術師はレンタカーだからいろいろな種類の車を借りることができる。厳密には違うけど、わかりやすく言うならこんなもんかな」
「えーっと、つまり……魔術師は他者の力を借りて、そいつに輝光を譲渡することによって魔術を使い、魔道師は自分の中で輝光を組替える事によって魔道を使うってことですか?」
「そうよ、魔道師と魔術師の違いは大きく分けてその一点。もっとも、魔術師と魔道師では使える魔法の系統が違うけどね」
「どういうことですか?」
「魔術は限定された他者の能力を自分の物として使う技術。でも魔道は自己の限定された能力を操る技術だわ。だから精霊や神から力を借りる魔術に出来ないことが、人間の血に隠された力を引き出す魔道にはできる。でも魔道師はあくまで自己の力しか扱えないから自分の系統と属性外の異能は操れない。そこらへんは魔術師と違って不利ね。魔術師は他者から能力を借りてるだけで自分の属性に近いものなから大抵使える。まぁどちらも一長一短なんだけど」
「なるほど、じゃあ魔道と魔術両方使えれば完璧ってわけですか」
「ところがそうもいかないのだよ、ワトソンくん」
 勝ち誇ったかのように、麻夜は指を左右に振る。
「生物は体に輝光を循環させる回路というものが存在して、その回路を組みかえることによって魔道師や魔術師になれるの。魔道師は内側、魔術師は外側に輝光を送らなきゃ行けないから回路の仕組みが違う。だから魔術師と魔道師は基本的に兼ねることができない」
「基本的にってことは、例外もあるってことですか」
 数騎が思わず口を挟む。
 その指摘に、麻夜は目を見開いた。
「へぇ、察しがいいんだ。ワトソンって人の話はすぐ忘れるくせにそういうツッコミだけはするどいんだから。その通りよ。世の中にはバケモノみたいなヤツがいてね。そいつは回路自体がイカれてて魔術師としても魔道師としても機能するの。そう言うヤツは魔法使い(スペルシェイパー)って呼ばれて煙たがられてるわ。だって異常だもん、そんなヤツ」
「ふぅん、そうなんですか」
「わかったかしら、ならよし? また一つお利口になったわねワトソン」
「そんな風に言われても嬉しくもなんともないんですけどね」
 数騎は目をそらしながらパンを口に運ぶ。
 拗ねたその態度を見て、麻夜はこの少年の少年らしさを新たに垣間見、思わず笑みをこぼしてしまった。






 心地よい日差しを浴びながら時計を見る。
 場所は公園のベンチ、手に持つは開けたばかりの缶コーヒー。
 食事を終え、買い物に向かった数騎はいつものようにすぐ事務所に戻らず、公園で時間をつぶしていた。
「神楽さん、こないなぁ」
 ぼやきながら時計を眺める。
 時刻は十時三十分。
 もし来るとするならもう姿を現してもいいはずだ。
 と、いうことは。
「今日は来ないのかな」
 約束をしているわけでもないので、毎日来ないからといっておかしなことは一つもない。
 あきらめてベンチを立とうとする。
 と、立ち上がろうとしたところで誰かの腕が後ろから伸びてきて、右肩を押さえつけられベンチに押し戻された。
「神楽さん?」
 数騎は振り向いて尋ねる。
 が、数騎をベンチに引き戻したのは神楽ではなかった。
「やぁ、お久しぶり」
 視線の先に一人の女性。
 身長は数騎よりちょっと上。
 そこにいたのは、髪を肩まで伸ばしている茶髪の女性。
 それは、数騎にとって面識のある人物。
「柴崎……司?」
 目の前におわす豊満な体つきをした女性は間違いなく、昨日の夜に出会った柴崎司であった。
 と、思わず視線が胸に釘付けになる。
 健全な十五歳の少年なのだからそれはご勘弁頂きたい。
「おはよ、数騎。元気にしてた?」
「元気にしてた? って、何でこんなところにいるんですか、柴崎さん?」
「やーねぇ、柴崎さん。なんて。もっと気楽に司って呼んでよ」
「会って間もない人の事を名前だけで呼ぶ人って少ないですよ。まぁ、呼べって言うなら呼びますけど」
 少々眉をひそめて言ってみる。
 自分の目の前にいる女性はそんな顔を見せられても笑顔を崩さない。
 どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
「それにしても司さん。今日の十時に会う約束のはずなのに何でこんなところにいるんです?」
「それはこっちの台詞よ。私このあたりを散歩してただけだもん。この町に来て、まだ日が浅いからね。どこになにがあるか把握しておかないといざというときマズイでしょ。そしたら数騎の姿を見つけたの。だから声かけてみたんだけど……」
「みたんだけど?」
 何か言い含むことでもあるのか司が言葉を切ったので、数騎思わずは問い返す。
 それに対し司は、
「神楽って誰?」
 鋭く問う。
 その問いに、思わず数騎は目をそらした。
「司さんには関係ないだろ」
「い〜や、気になる。ぜひとも教えてほしいところね」
 なんかにやにやと笑みを浮かべている柴崎司。
 どうでもよくないが、何でこの人は知り合ってすぐ、親しげな会話にはいるんだろうか。
 そりゃ、ギクシャクした会話よりはよっぽどいいかもしれないけどなぁ。
 そんなふうに、自身の中で突っ込みをいれながら、数騎は面倒くさそうに呟いた。
「関係ないでしょう、しつこいですね」
「いいじゃん、教えても減るもんじゃないしさ。もしかして彼女?」
「違う、断じてそんなんじゃありません」
「じゃあ何よ?」
 言葉に詰まる。
 ただの女友達と言ってしまえばいいのかもしれないが、それでは自分の気持ちがおさまらないというか、ただの女友達じゃないでいてほしいという自分の願いを自分で砕いているような気がするのでとても言いたくない。
「ああ、もう! 司さんには関係ないでしょう!」
 言って立ち上がる。
 こうなったら逃げの一手だ。
「あ、ちょっと」
 引きとめようとする司。
 ふん、知ったことか。
 これからの協力関係にヒビが入ろうとここだけは譲るわけにはいかない。
 数騎は司を無視して公園の出口に向かって歩き出したのだが、
「ねぇ、数騎。あの娘がさっきからあなたのこと見てるんだけど」
 その言葉で数騎はすばやく司を振り返る。
 司の指差している方向。
 そこには木陰からこちらの様子を伺っている神楽の姿があった。
 数騎と視線が会うか否か、すぐさま木陰の中に身を隠してしまった。
「十分くらい前からずっと数騎のこと見てたんだけど、ストーカーかしらね」
 ちょっと待て。
 今、聞き逃せない言葉を聞いたような。
「司さん、十分くらい前からって?」
「あぁ、私ね実はかなり前から数騎の後ろに回り込んで気づいてくれるの待ってたのよ。でもいつまでたっても気づかないで時計ばっか見てるんだもん。それで十分くらい前にね、あの娘公園にやってきたみたいなんだけど私と視線があったらあの木の後ろに隠れちゃったのよ。どうしてかしらね。あ、ちょっと!」
 司の制止を聞くわけもない。
 数騎は急いで神楽の元に駆け出す。
「神楽さん!」
「か、数騎……さん」
 正面までこられ、観念したのか神楽は数騎に言った。
「ごめんなさい、数騎さん」
「謝らなくてもいいよ。でも、神楽さん。どうして隠れてたの?」
「えっと、数騎さんの後ろに女の人がいて、その人が数騎さんに気づいてもらえるのを楽しそうに待ってたから声をかけられなかったんです。その、数騎さんの恋人さんかと思ってお邪魔かもしれないと」
「えっ、恋人?」
 違う、断じて違う。
 ああやって初対面に近い人間を笑いの種にするような女性ははっきり言って好みではない。
 自分は表面より中身を気にするタイプだ。
 だいたい、いつも司以上の美人がそばにいても全然そういう対象として見る気もしないじゃないか。
 それよりも中身だ。
 人間結局中身が大切。
 よく言うじゃないか、美人は三日で飽きる、ブスは三日でなれる。
 ちなみに麻夜さん曰く、ブスは三日でなれるんじゃなくて三日で諦めるんだそうだ。
 うん、言い得て妙だ。
 念の為に確認しておくが、神楽さんはブスではない、それどころかかなりの上玉である。
 と、そんな事を考えている時ではない。
 数騎はそう考えると、神楽の目を見ながら慌てて口を開いた。
「違う、あれは違う。司さんは僕の恋人なんかじゃ……」
「はーい、数騎の恋人の司でーす!」
 違うと言おうとしているところに妙にテンションの高い司が抱きついてきた。
 数騎に二の句を告げさせぬため、数騎の口を封じるような形で胸の中に抱え込む。
 司の身長が数騎を勝るが故に出来る芸当だ。
「えっ、えっ!」
 目の前で胸の中に抱え込まれている数騎を見てうろたえる神楽。
 そんな神楽と、抱きしめている胸の中でもがいている数騎を見て司は笑みを浮かべる。
「あれ、もしかして神楽ちゃんってあなたのこと?」
「は、はい。そうですけど」
「はじめまして、私の名前は柴崎司。数騎の恋人で〜す」
「いあうー!(違う)」
 否定しようとする数騎の声は口を、というか顔を司の豊満な胸に押し当てられているのでちゃんと聞こえない。
 脱出しようともがくが司は数騎より体が大きく、そして力が強かったため体は抱きこまれたままピクリとも動かない。
 顔に押し当てられた胸が柔らかいとか、鼻を刺激する司から漂う香水の甘い香りとかいう特典もないわけではないが、今はこの悪魔(つかさ)の悪ふざけで神楽との仲をにズタボロされることは避けねばならない。
 が、いくら暴れようとも司の拘束は解ける気配も見せなかった。
「か、数騎さんの……恋人さんなんですか?」
「そうよ、数騎の恋人さんなの」
「ああれー(黙れ)!」
「神楽さん、悪いけど私と数騎はこれからデートなの、悪いけど数騎に用があるならまた今度にして欲しいな」
「いあいいあい(しないしない)!」
「そうなんですか」
「いあう(違う)!」
「そうなのよ、だからちょっとはずしてくれない?」
 と、そこまで言ったところで司の拘束が一瞬ゆるむ。
 その瞬間を逃さず数騎は司の抱擁から脱出した。
 すばやく神楽に顔を向け、
「違うんだ神楽さん、こいつは彼女なんかじゃなくて……」
 そこまで言うと同時に、数騎はかなりの怪力で向いている方向を変えられた。
 目の前には司の顔。
 しかもそれが妙に自分に迫ってくる。
 いやな予感を覚え、数騎は司の手から逃れようとするが遅かった。
 司は数騎の唇に自分の唇を重ね、しかも舌まで入れてきた。
 突然の出来事に数騎は抵抗らしい抵抗すらできず呆然とする。
 思わぬ不意打ちに、数騎は無抵抗で司を受け入れていた。
 と、しばらくして数騎は司から開放される。
 数騎は恐る恐る神楽の方に視線を向けた。
「あ、その、あの」
 目の前で濃厚なシーンを見せられ、当惑する神楽。
「すいませんでしたーっ!」
 すばやく背中を見せ、神楽は全力でその場から逃げ去っていた。
「あ、待って神楽さん!」
 慌てて静止する数騎だが神楽はそんな言葉など意に介さず逃げていく。
 それを見ながら、司は面白おかしそうに笑みを浮かべていた。






「あれ、ワトソン。どうしてそんなに怒ってるの?」
 探偵事務所のソファで寝転がって本を読んでいる数騎に麻夜は声をかけた。
 時刻は数騎が公園から戻ってきてから二時間ほど経っている。
 だというのに、数騎はご機嫌斜めなのか一言も口を利かずソファに転がっていた。
「だから〜、さっきも話したじゃないですか。私が公園で数騎に熱〜いキッスをしたからですよぉ」
 声は面白おかしそうに笑顔を浮かべてコーヒーを楽しんでいる司のものだ。
 あの後、数騎は極度に立腹しながらも司を事務所まで連れて行き麻夜に紹介した。
 数騎はさっさと帰ってもらおうと考えていたが泊まるところがなくて困っているという司に麻夜はこの探偵事務所を提供することにしたのだ。
 ちなみに、司は麻夜に一発で気に入られた。
 どうやら数騎をいじりまわすのに味をしめたらしく、それを麻夜に話した途端、二人は十年来の親友へと変貌したのだ。
 数騎としては実に嬉しくない事態だ。
 神楽との関係を邪魔されたばかりか、自分の間近に居座るのだと言う。
 本当なら怒鳴り散らしてやりたいところだが、
「数騎も情けない男よねぇ、あんな娘一人口説き落とせないなんて。そんなんだから勘違いされんのよ。もしよかったら今度いいデートスポット教えてあげるわよ。星のきれいな海なんだけど、どうかな?」
 腹の立つ事を言ってくる相手があんまりにも美人なんで怒鳴り散らすこともできない。
「あぁ、もう!」
 声をあげて数騎はソファから立ち上がった。
 読んでいた本に栞を挟むとそれをテーブルの上に置き、そのまま事務所の奥に足を運ぶ。
「あれ、ワトソン。どうしたの?」
「お昼作ってきます」
「麻婆豆腐だっけ?」
「そうですよ、じゃあしばらく待っててください」
 そう言って数騎は台所へと入っていく。
 そして、大きな音をたてて扉を閉めた。
「あーあ、司ちゃんがいじめるから、ワトソンすねちゃったみたいよ」
「え〜、私のせいですか。でも、これくらいで逃げちゃうなんて、かわいい子ですね」
 聞こえている。
 すっごい聞こえてくる。
 扉の向こうからだってのに全部丸聞えだ。
「せめてボリューム落として話してもらえると嬉しいんだけどな。いや、けして嬉しくはないが……」
 そう呟きながら、数騎は愛用の黒いエプロンを体につけ始めた。































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