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第六羽 血刀


 楽しみを邪魔されて嬉しい人間は一体どれだけの数がいるだろう。
 それを上回る楽しみ、もしくは喜びを与えられるならともかく、代価が仕事ではあまりに割が合わない。
 たった今読んでいた剣豪小説を没収された自分がまさにそうである。
「ほら、数騎。時間だよ」
 言って司は数騎から読んでいた本を取り上げた。
 数騎は面倒くさそうに時計に目をやる。
 時刻は午後九時五十分、恒例となった夜の散歩のお時間だ。
「もう、とっくに死霊術師が異層空間を展開してそうな時間だし、やっこさんも歩きまわってるころでしょ?」
「わかってるよ」
 そう、『呪餓塵』を持つグールを探し出せなかったら死が待っていることくらい、しっかりと理解している。
 思わず体を震わせた。
 もちろん恐怖からだ。
 本を読むのは現実逃避だ、本の世界に入り込んでいればつらい現実から目を背けられる。
 だからきっと、僕は楽しみを邪魔されたから機嫌が悪いのではなく、恐怖を思い出させられたからいやな気持ちになっているのだろう。
 数騎は両腕で体を抱きしめて震えを押さえると、ソファから起き上がり出発を促す司の目を見る。
 司は小さく頷くと、数騎を伴って事務所の扉から出ると、ビルの外に向かった。
 外に出てすぐ、空を見上げる。
 やや欠けた月が空に浮かび地上を照らしていた。
 夜とは言ってもまだ十時くらいだ。
 人なんてのはいくらでもそこいらに転がっている。
 人通りの多いところにグールは現れない。
 ヤツらも一応は、一般の人間にその存在が知れ渡るのを恐れているからだ。
 ネオンに照らされる喧騒の中を二人は口一つ口を利かずに歩く。
 人気のない路地裏に入ると、司が口を開いた。
「ん、異層空間が展開されてるわね、入るわよ」
 輝光を操る者なら異層空間に敏感に反応できるらしい。
 司は適当なガラス窓から鏡の中の世界に侵入すると、数騎に手招きし、続いて数騎も鏡の中に進入する。
 そして、反転したその空間を見渡して鏡の中に入った事を確認すると、数騎は司に声をかけた。
「で、どうするんだい?」
「何を?」
 主語のない質問に司は首をかしげる。
「これからの行動方針のだよ、僕は今まで好きなように行動してきたけど、この事件を本格的に捜査してる人間と行動するんなら話は別だ。何か死霊術師を探し出すいい方法とかはないのかな? できればグールを探し出す方法とか」
 尋ねる数騎の口調はすでに敬語ではなくなっていた。
 たった数時間一緒にいただけだが、もう敬語を使わなくなるほどに仲がよくなっていたからだ。
 そんな数騎に、司は短く答える。
「ないよ」
 いともあっさりと。
 数騎の開いた口がふさがらないような事を司はほざきやがった。
 だってそう、自分みたいな素人ではなく裏の世界に属する人間なら何か解決につながるいい方法を知っているに違いないと思い込んでいたからだ。
「数騎さ、ちょっと考えてみてよ。魔道師ったって人間がちょっと神秘を操ることができるようになったってだけなのよ。だから探索向きの能力でもない限り事件の解明を促す手がかりは足を使って探すしかない。って言っても輝光の残留箇所を調べたり輝光の存在を感じ取れば目視してなくても相手の場所がわかったりするから普通の捜査よりはよっぽど楽なんだけどね」
「なるほど」
 納得したように頷く数騎。
 その反応を見て、司は再び口を開いた。
「とにかく、探すには歩き回るしかないのよ。わかった?」
「わかったけど、何か僕がやってたこととあんまり大差ないな」
「そんなもんよ、世の中。さぁ、ぐだぐだ言ってないで行くわよ」
 まだ文句を言いたそうにしている数騎を置いて司は路地裏の奥に向かって歩き始める。
 置いてかれまいと数騎は早足で司の背中を追った。






「おかしいな」
 数騎の呟きに司が振り返る。
「どうしたの?」
「いや、もう探し始めてかなり経つだろ。それなのにグールが一体も出てこないんだ」
 数騎は思わず首を傾げてしまった。
 一日目と二日目、数騎は特に苦労することなくグールと遭遇するができたからだ。
 それなのに今日は二時間も探しているというのに見付けることが出来ていない。
「なんで出てこないのかな?」
「私がいるからじゃない?」
 そっけなく答える司。
「普通の人(パンピー)はないんだけど、魔道師や魔術師、魔剣士や獣憑きって連中はそれ自体が輝光を行使する構築式みたいなもんだから敵さんにとっては輝光を感じ取りやすいのよ。その点、普通の人(パンピー)は輝光を感じ取りにくいから偶然バッタリと出くわしてしまう。だから裏の人間が暗殺者を雇うときは自分の輝光を外部に感じ取れなくさせる能力者か鍛え抜かれた輝光使いを使うことが多いのよ」
 輝光使い、それは文字通り輝光を操る者のことを指す。
 そもそも、輝光とは生命エネルギーのことで魔道師や魔術師はこれを魔力と呼んだりもする。
 輝光は誰もが所持している生命エネルギーでこれが枯渇すると死亡する。
 年齢を重ねるごとに生成力が弱まり、老衰するとこれがさらに弱体化し、生成できなくなるとやっぱり生物は死亡する。
 輝光は血液に最も含まれており、一気に輝光を外に放出できない連中はわざと体を傷つけ流れ出た血を使い神秘、魔術や魔道を行使する。
 吸血鬼とか呼ばれている化け物が血を吸うのは自分では輝光を生成できず、それをもっとも摂取しやすい方法が血を飲むことなのだそうだ。
 魔道師、魔術師、魔剣士、獣憑き、魔眼師、邪眼師、異能者、そして人外。
 一般的に裏の世界でその力を行使する連中は、みなその行動に輝光を用いる。
 そして一般市民のことは基本的に無能者と呼ぶ。
 文字通り、輝光を操ることができない無能力者だからだ。
 魔道師をはじめとする能力者たちはみなそれぞれの用途に応じて輝光を巡らせる機構(しんけい)を持ってる。
 でも無能者はそれを持っていない。
 そのため、無能者は自らの輝光を外に放出できず、そのため能力者から存在を感知されにくいのだ。
 そこまで数騎が思い出した時、司の言葉が紡がれた。
「それにさ、数騎ってナイフ持ち歩いてるでしょ」
「うん……でもそれが何か?」
「あれ? 聞いてないの? じゃあ、教えてあげる。いい? この世には大きく分けて二つのものが存在する。一つは生物、もう一つは非生物よ。そして生物は生きるために輝光を必要とするけど、非生物は輝光を必要としない。でも非生物の象徴である精霊は別。精霊は生きていくために輝光が必要。でも、自身は非生物であるため輝光を生み出す事ができない。でも、精霊はどちらかといえば生物に近い。生きてるし知能もある。でも、その本質はあくまで非生物、自身の力で輝光を生み出せないの。精霊は生きていくために輝光が必要。だから魔術師と契約して輝光をもらう代わりにその力を貸すのよ。大抵の物質には精霊というものが宿ってる。でも、ただ一つだけ精霊ですら宿れない物がある。それが金属よ。金属は非生物の頂点に位置するわ。他の非生物、石とか水とかのように輝光を生み出さないだけでなく、輝光を打ち消す力を持つわ。だから生物の持つ輝光にとって最強の天敵が金属なの。金属は持っているだけで輝光の力を妨害する。だから魔術師や魔道師に限らず、輝光を使って戦う人間はあまり金属を持ち歩かないの。だって自分の使う術の威力が落ちちゃうんだもん。でも、金属にもいろいろあって、鉄や鉛みたいに輝光を打ち消すことに特化した金属もあれば、逆に金や銀みたいに、石や水のように輝光と共存できる金属もあるわ」
「ふむ、じゃあその話を参考にするとだ。ただでさえその存在を把握しにくい無能力者である僕が金属、それも輝光を打ち消すのに特化した鉄を持ち歩いていると……」
「発見するのは無理でしょうね、視力を輝光で増強したり透視でもすれば遠くからでも発見できるかもしれないけど基本は目視ね。それ以外に鉄を持った無能者を見つけだすことは難しいわ」
「なるほど」
「でも今日は無駄。数騎に存在感がなくても私はバッチリだからね、鉄も鉛も紅鉄も持ってないし」
「鋼鉄? 鉄と一緒じゃないの?」
 思わず数騎は首をかしげる。
 それを見て司は一瞬考え、
「ああ、発音が同じだもんね。鋼の鉄じゃなくて紅の鉄、紅鉄。金属の中で、絶鉱に次いで輝光を打ち消す力が強い金属」
「ぜっこう?」
「ええ、金属の名前よ。稀少価値高すぎて見たことないけどね。とりあえず紅鉄だけ説明するわ。紅鉄ってのは紅に染まった鉄のことよ。強度は鉄と同じだけど、やや重いから武器にするのには不便よ。紅鉄はとにかく輝光を打ち消す力が強いの。
 魔術には低位呪文、中位呪文、高位呪文って順番で術の強さがランク付けされてるの。絶対量に左右されると思うけど、ある程度の量の紅鉄があれば中位呪文くらいまでなら打ち消せるかな」
「そんなにすごいのか?」
 数騎は驚きを隠せなかった。
 麻夜に聞いた話では魔術師たちの使う術というのは、その力を増大させる触媒で使える呪文が限定されるそうだ。
 そして最強クラスの呪文である高位呪文は強力な触媒でなくては扱えず、普通の魔術師は中位呪文が使えれば一人前と呼ばれるらしい。
 それすら紅鉄という金属は打ち消せてしまうのだという。
「驚いたな、紅鉄ってのはすごいんだ。で、僕の持ってるナイフはどのくらいの術を打ち消せるのかな?」
「さぁ、鉄だし絶対量もたいした事ないし、自分が外部に漏らしてる輝光打ち消すのが限界なんじゃない。せいぜい敵の術の威力を百から九十五に減らす程度じゃないの?」
 その言葉に、数騎はあきらかに落胆の表情を浮かべる。
 そんな数騎の顔を見て、司は小さくため息をついた。
「ま、そんなわけで私がいるからグールは寄ってこないんだと思わよ」
「何だよそれ、じゃあ司と一緒に死霊術師を探すのは無駄骨ってこと?」
 それなら別行動させてもらう、命がかかってるんだ。
 と、数騎は続けようとしたが司が先手を打った。
「そんなわけないでしょ、グールだって異能者の存在を察知できる。グールごときにできることが異能者同士でできないはずがない。お互いの存在なんかすぐ察知できるわ。だから死霊術師ってヤツが異能を使ったが最後、その半径二十キロ以内に私がいれば大体の場所は特定できると思う」
「ちょっと待て、異能を使ったらってどういうことだ? 使わないとわからないのか?」
 その数騎の言葉に、司は小さくため息をついた。
「ほんっとうに知らないのね。いい? 異能者って言っても、いつもギンギンに輝光を使ってるわけじゃないの。普段は神経に輝光を流してるだけだから神経に流れる微弱な輝光しか外に漏らしていない。無能力者よりは多いけどね。その程度だと半径百メートル。いや、五十でも見つけるのは難しいかな。索敵師や輝光使いの達人ならともかくね。
そのうえ、一般人でもちょっと突出したヤツならその位流すから、人ごみだと見間違えることも多い。でも、その存在が少しでも際立ってるのは事実。
だから異能者は暗殺者には向かないのよ。存在感がありすぎるって言えばわかるかな。紅鉄や絶鉱を持ってると逆に打ち消す力が強すぎて悟られちゃうし。ま、そんわけで歩いている人間を見つけたら警戒する。やっこさんが輝光を用いる異能を行使する。その二つが私たちの敵を見つけ出す方法よ」
「なるほどね……って、ちょっと待て」
 納得しかけ、思い出したように数騎は続ける。
「グールはこっちのことがわかるってことは、こっちもグールがそばにいるかわかるってことだよな?」
「そうよ」
「グールが司に気づいて逃げるってことは、司もグールの存在を感じ取れてたってことだよな」
「そうよ」
「じゃあ何で歩き回るグールを仕留めにいかなかったんだ?」
 真剣な眼で見つめる数騎。
 その視線の先にある司は再び小さなため息をつく。
「あのね、私たちの目的はグールじゃなくて術師でしょ。余計なヤツらを相手にして私たちの存在を気づかれたらどうすんのよ。それにあなたの目当ては『呪餓塵』でしょ。『呪餓塵』ほどの魔剣なら所持してるだけで存在を感知できるわ。だから『呪餓塵』を持ってないグールはこの際、無視するの」
「じゃあ、グールは野放しにするってのか?」
「問題はないんじゃない?」
 その司の言葉に数騎は、
「それもそうか」
 いとも簡単に納得してみせる。
 これには司も驚いた。
「あれ、納得しちゃうの?」
「しちゃ悪いかな?」
「悪くないけど、てっきり反発すると思った。無関係の人を助けないなんてダメだー、とか」
「ああ、そんなこと」
 数騎は小さく苦笑して、
「どうでもいいさ、知らない他人の事なんか、かわいい子ならべつだけど。僕はね、自分の周りの人間さえ安全ならそれでいいんだ。今、僕がこの町で大切な人間は二人。一人は事務所にいるし一人は丘の上の屋敷にいる。どっちも夜の街を出歩かない。その二人に危険がないなら僕が危険な目に会う理由はないよ」
「あきれた、あんたけっこうエゴイストなのね」
「軽蔑する?」
「いや、惚れ直したよ。私はね、世界中の人間全てを幸せにするんだー、って言うヤツが大嫌いなの。だってそんなことできっこないでしょ。自分の出来ないことを言い切るヤツは嫌いなの。だからあんたみたいに分をわきまえてるヤツって、私好きよ」
「べ、べつに司に好かれたって嬉しくない」
 と、いいながらも数騎の頬はわずかに朱に染まっている。
 それに気づき司は笑みをかみ殺す。
「とりあえず今日の捜査はこれまでにして事務所に戻らない? 体冷えちゃった」
「わかった、先に帰っててくれ」
「あれ、数騎は帰らないの?」
「もうちょっとだけ探してみるよ。それが終わったら、僕はちょっとコンビニに寄ってくる。この時間なら調理パンが半額になってるはずだ」
「なるほど、セコイ生活してるんだね」
「じゃあ司は明日の朝飯無しな」
「嘘よ、おいしそーなの買ってきてよね」
 そう言うと、司は侵入した鏡のある方向に向かって歩き出す。
 司の背中を一瞥した後、数騎は再び夜の町を徘徊しはじめた。






 数騎に輝光を察知する能力はない。
 数騎がそれに気づけたのは血の匂いを嗅ぎ慣れていたからだ。
 ばら撒かれているであろう血は、その匂いを撒き散らし、数騎に異常を知らせる。
 ホームレス時代、危ない橋を渡った経験のある数騎は、その時に嗅ぎなれた血の匂いを警戒し無音歩行で現場に向かう。
 路地裏の中でも開けた一角。
 建物に囲まれた都会の死角でその惨状は広がっていた。
 撒き散らされた血はアスファルトの地面だけでなくコンクリートの壁にまで付着しており、地面には四肢を六分割された、おそらく異層空間に取りこまれたであろう女性の肉塊が転がっていた。
 それは生命を失っているのだろう。
 見開いた目は空に浮かぶ月を見据え、表情は苦悶以外に形容のしようがない。
 赤(あか)、緋(あか)、紅(あか)、朱(あか)、橙(あか)。
 美しくもとれる赤のグラデーションで彩られた斬殺空間。
 そこに一人の男……いや、おそらく男であろう人物が立ちつくしていた。
 降り注ぐ月の光に照らし出されるは漆黒の外套。
 側頭部の髪が能面の白い仮面にかかり、黒と白のコントラストがすばらしい。
 だがそんなものすら気にならなくなるような物を仮面の男は手にしていた。
 右腕に握り締める三本の刀身を除かせる異形の刀剣、カタール。
 そして、獣の爪を思わせるその三本の刀身は血塗られ、血が滴り落ちていた。
 そして、数騎は地面に転がっている女性を改めて見なおし目を見開く。
 それは着物を着込んだ女性だった。
 着物は赤く染まり、元の色がわからなくなってしまっている。
 血で顔に張り付いた髪は長く、恐らく腰まで届くだろう。
 一目見て、数騎はその女性が神楽であると確信した。
 認めたくはない。
 だが、この距離から見るに、女性はどう見ても神楽に見えた。
 近眼である数騎は、これを自分の目の悪さゆえの見間違いと思いたかったが、自分をだましきることは出来なかった。
 数騎は叫び出したくなる気持ち、これを行なった人物を殺したいという気持ちを抑えた。
「……………………」
 息を呑む。
 だが気配を知らせてはいけない。
「……………………」
 ポケットからナイフを取り出す。
 殺気はギリギリまで悟られぬよう。
「……………………」
 前傾姿勢。
 全身の筋肉を一気に収縮させ。
「……!」
 無音で走り出す。
 が、溢れ出る殺気を読み取り仮面の男は殺戮現場に現れた珍客に気がついた。
 仮面の男が数騎に気付けなかったのは、数騎が無能力者であったからだ。
 生命を察知して敵の居場所を感じ取る裏の者は、輝光を感知できなければ一般人と似たような対応しかとれない。
 不意を突かれつつも、仮面の男はすぐさま数騎に攻撃を加えようとした。
 しかし、それは仮面の男の眼前に迫った銀の刃によって防がれる。
 響く金属音。
 それを耳にしながら仮面の男は横に飛び、その一撃を回避する。
 数騎と仮面の男との間にあった距離は三メートル。
 それを一瞬にしてゼロにしたのは数騎の脚力ではなく、短刀を投擲することによる攻撃だ。
 通常の短刀投擲なら攻撃はここで終わる。
 もしくは続けざまに別の短刀を投げる程度が関の山であろう。
 普通の短刀なら、だ。
 数騎の短刀は聖堂騎士の名を関する短刀であった。
 数騎の連撃が仮面の男に襲いかかる。
 火花が散った。
 それに続く、響き渡る金属と金属のこすれあう音。
 月の光を照り返す、数騎の手から繰り出されている獲物はナイフの柄に鎖をとり付けた鎖ナイフ、ハイリシュ・リッター。
 その鎖は蛇のように宙をのたうち、攻撃を回避した仮面の男に追撃をかける。
 空間を自在に跋扈するハイリシュ・リッターが蛇ならば、仮面の男の繰り出す攻撃はまさに獣の爪であった。
「Azoth(アゾト)!」
 仮面の下から声が響くと同時に仮面の男は右腕に握り締めたカタールの剣を数騎に向かって振るう。
 それは射程外からのあきらかに無駄な攻撃であった。
 だってそう、数騎と仮面の男との距離は三メートル近く離れている。
 だというのに、
「ちぃ!」
 数騎は思わず声を漏らしながら全力で回避運動を取る。
 三メートルの距離が無かったらやられていた。
 仮面の男は、遠距離攻撃を繰り出してきたのだ。
 それは剣の投擲。
 仮面の男は、カタールに取りつけられた三本の剣をカタールからはずし、振り抜き様にその剣を数騎に向かって投擲したのだ。
 危うくその一撃を回避した数騎は手にした鎖を手繰り寄せ、再び攻撃を行おうとして仮面の男に視線をやる。
 そして目を見開いた。
 だってそう、数騎は男の一挙一動をほとんど見逃していない。
 時間にして一秒ちょっと。
 たかがそれだけの時間で剣を三本、しかもそれをカタールにはめこむなどという器用な真似ができるはずがない。
 だと言うのに、
「冗談だろ……」
 その男のカタールには、失われたはずの三本の剣がとりつけられていた。
「どうなって」
 そこまで呟いて気づく。
 敵は明らかに異能者。
 ならばその不可思議は敵の能力だ。
 驚く暇があるなら、さっさと仕留めてしまわねば殺られる。
 手繰り寄せていたハイリシュ・リッターを、鎖鎌の分銅を操るかのごとく遠心力をつけるために手元で回転させ、それを仮面の男に向かって繰り出した。
 遠心力を用いて射出されたハイリシュ・リッター。
 手元で鎖を操ることにより、鎌首もたげる蛇の牙のごときハイリシュ・リッターは仮面の男に襲い掛かるが、
「Azoth(アゾト)!」
 再び繰り出される三本の剣が空中でその鎖を迎撃する。
 殺傷力のある短刀は脅威、しかし飛び道具に近いとはいえ鎖ナイフという武器は鎖を用いて操っているにすぎず、鎖さえどうにかできれば狙いにくい短刀を狙わなくても攻撃を食い止めることが出来る。
 剣をぶつけられた鎖に引っ張られ、白銀のナイフが宙を舞う。
 月下に踊る蛇を思わせる宙に浮かんだ鎖と短刀が、影となって地面に映し出される。
 そして、その影を潜り抜けながら、超低空で数騎は疾走する。
 あまりにも無理のある前傾姿勢。
 顎と地面の距離は五十センチあるかないか、今にも地面に転びそうな姿勢で数騎は仮面の男に突っ込んでいった。
 鎖に視線がいっていた仮面の男にはまるで消えたかのように見えただろう。
 そのために、速度を落とし、地面に半ば体をこすらせ地面を覆う血で体を濡らしてまでこのような無理な姿勢で接近しているのだ。
 仮面の男が想定した戦闘は、剣の投擲と鎖ナイフによる間接攻撃の押収。
 攻撃を妨害された数騎は鎖を手元に手繰り寄せ再度の攻撃をするはずで、仮面の男はそこを狙おうとしたが超低空で接近する数騎に裏をかかれる。
 鎖ナイフによる攻撃は陽動、数騎の狙いは、
「……!」
 無言で殺気の発生源に仮面の男は視線を向けた。
 そこには全身を地面に貼り付けているようにも見える数騎の姿。
 全身のバネをフルに用いて飛び起きる。
 その手に握り締めるは鎖に繋がれた白銀とは対照的な漆黒の短刀、ドゥンケル・リッター。
「Azoth(アゾト)!」
 仮面の男が叫ぶ。
 いつのまに手にしていたのか、右手に三本の剣が出現し、数騎のナイフの刃を受け止めようとする。
 だがすでに数騎は仮面使いに肉薄しすぎていた。
 腕の先に取り付けたカタールで迎撃が間に合わないほどの超接近戦。
 反撃もままならず、仮面の男は転がるように数騎の振るうナイフから逃れた。
 が、その途中、仮面の男は血に足を取られて転倒してしまう。
 勝機が見えた。数騎はそう確信し追撃をかけようとするが、
「我が放つは……」
 仮面の男の左手に、いつのまにか存在していた鉄塊に気づき、
「断罪の銀!」
 全力で左方向に向かって飛びのく。
「刻銃聖歌(カンタスグレゴリオ)!」
 仮面の男の左手に握り締められた黒き拳銃から光が迸る。
 それは輝光の塊、くらえばよほど上級の人外であろうと殺し尽くされる無慈悲の暴力。
 拳銃から放たれた閃光は数騎の背後に存在したコンクリートの壁を完膚なきまで砕き散らす。
「Azoth(アゾト)!」
 続く連撃。
 繰り出される三本の剣を数騎は左に飛んで回避する。
 開かれた突破口。
 二度に続けて飛びのくことにより、数騎はかなりの距離を移動していおり、そこを突いて仮面の男は走った。
 たった今、砕いたコンクリートの壁に向かって。
 無論、数騎は追いかけるようなことはしない。
 一度だけ振り返った仮面の男の瞳が告げていたからだ。
 見逃してやる。
 武器の性能、戦闘能力、戦闘時に発揮される機転。
 あらゆる面において仮面の男は数騎を圧倒していたように感じ取れたからだ。
 しかし、こちらは神楽を殺されている。
 逃がすわけにはいかない。
 そう思って数騎は仮面の男を追いかけようとするが、
「ん?」
 思わず拍子抜けた声を漏らしてしまった。
 地面に転がり、死んでいた女性は神楽ではなかった。
 髪の長いただの別人だ。
 着ている着物と長い髪、そして遠目な上に数騎が近眼だったという条件が重なったため見間違えたのだろう。
 なら、今の闘いは何だったのだろうかと数騎は思わずため息をつく。
 死んでいる女性には悪いが、神楽さんが無事で本当によかった。
 思わず安堵の息をつく。
 と、人の声が聞こえてきた。
 見ると、側にある窓ガラスから男の声が聞こえた。
 どうやら姿を見られてしまったらしい。
 これ以上ここにいては犯人に間違えられる可能性もあるし、何かと面倒が起こることもありえる。
 数騎は漆黒の短刀、ドゥンケル・リッターをポケットにしまい鎖に繋がった白銀の短刀、ハイリシュ・リッターを回収すると、その場から一目散に退散した。








































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