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第七羽 魔剣


「おかえり数騎……ってどうしたの!」
 翌朝、事務所に数騎が戻ってくるなり司は驚いて声をあげた。
 数騎の体に固まった血液がこびりついていたからだ。
「怪我でもしたの、グールにやられた?」
「大丈夫だよ、司。僕の血じゃない」
「え?」
 拍子抜け、口をぽかんと開けている司を横目に数騎は麻夜に顔を向けた。
「また出ました、仮面の男です」
「仮面? 死霊術師ね」
「犯行の現場を目撃しました。血の匂いを嗅ぎつけて駆けつけたんですが遅かった。切り裂き魔の手による五人目の犠牲者が路地裏に転がっていました。その死体の目の前に仮面の男が立っていた。仮面の男は手に剣カタールを握り締めていました。そのカタールの刀身から血が滴り落ちてた、殺されたばかりの女性の血でしょう」
「ちょっと待って、それって」
「はい、仮面はもしかしたら死霊術師じゃないのかもしれません」
 小さく頷きながら数騎は答える。
 そこで司が声をあげた。
「じゃあ、その仮面の男が切り裂き魔だっていうの?」
「そうだと思うけど」
 答える数騎。
 そんな数騎に司は首を横に振った。
「私は、違うと思うな」
「え?」
 驚く数騎。
「司、それってどういうこと?」
 数騎にそう問いただされると、司は素早く首を横に振った。
「ううん、気にしなくていいわ。そんな気がしただけだから。それよりその仮面ってどんなヤツだったの?」
「仮面の男は黒いコートを着込んでた、その下も黒ずくめさ」
「それだけ?」
「まだある、仮面の男は獲物にカタールを持ってた」
「ああ、あの変な形の剣でしょ、先っぽから何本か刀身の生えてるヤツ」
「そう、仮面の男はそれを持っていた、でもおかしいんだ。そいつが持っているカタールを振るうと、カタールに取りつけられていた刀身がすっぽ抜けてこっちに飛んでくるんです」
「それが? 変な闘い方だけど、おかしいことなんでないじゃない」
「それだけなら、でも違うんだ。おかしいのはこの後。刀身を投擲した直後、抜け落ちたはずのカタールから、新しい刀身がいつの間にか生えてるんだ。とても一本一本取りつけている時間はなかったと思うんだけど」
 一気に説明する数騎。
 説明を聞いて、何か思い当たる節があるのか司はアゴに手をあてて考えこむ。
 司の言葉を待つ数騎に、麻夜が話しかけた。
「数騎、もしかしてカタールの刀身を投擲する時、その仮面は何か言ってなかった?」
「あ、確か言ってましたね。アゾト……とか」
「「アゾトの剣!」」
 司と麻夜の声が同時に響き渡った。
「え、何ですか、アゾトの剣って?」
「デュラミアの作り出した量産型の魔剣のことよ」
「魔剣? 麻夜さん、魔剣ってなんですか?」
 そんなことを数騎が口にすると、麻夜は大きくため息をついた。
「アルカナムから聞いたでしょ?」
「忘れました」
「じゃあもう一回教えるわ、もう忘れないでよ。いい? 魔剣っていうのは魔力のこもった道具、魔力を通す事で神秘を行使しうる武器、もしくは奇形の武器のことを指すの。その仮面の男、間違いなく魔剣士ね」
「う〜ん、何となくわかりはするんですけどね。で、もう一回聞きますけどアゾトの剣って何ですか?」
「さっきも言ったわ。デュラミアの作った量産型の魔剣」
「いや、それがよくわからないんですけど」
 と、司が話に入ってきた。
「あのね、魔剣っていうのは普通、一振り一振りオーダーメイドで何年もかけて作る物なの」
 数騎が麻夜から聞き出そうとしていた内容を、司が代弁しはじめた。
「でもそれだとものすごいお金がかかるし、構成員全員に武器が行き届かないのよ。そもそも魔剣っていう物自体が特殊な魔道属性の、しかも相当な希少種の血族でもないと作る事すらできない。
そこで作り出されたのが量産型の魔剣。ほとんどの魔術師や魔道師たちでも簡単に製作可能な魔剣よ。っていっても製作には一年やそこらかかるんだけど一度に十本くらい同時に製作できるから比較的に安価。っていっても七桁するのが普通だけどね」
「なるほど。で、アゾトの剣ってのは?」
「Fクラスに属する魔剣よ。あ、忘れてた。魔剣に限らずこっちではその性能や稀少価値を表すのにEXからFっていうランクをつけてるの。上からEX、SS、S、A、B、C、D、E、Fって感じでね。アゾトの剣ってのは比較的容易に製作可能だし能力もたいしたことないからあんまり評価はされてないわ。人気はあるけどね」
「人気がある?」
 首を傾げる数騎。
 そんな数騎に、司はゆっくりと続けた。
「アゾトの剣は柄のみが存在する剣の名前なの。本当は伝説の錬金術師パラケルススが悪魔を封じ込めたと言われている剣なんだけどもちろんオリジナルじゃない。オリジナルだったら上級(グレーター)悪魔(デーモン)だって封印できるから間違いなくAクラスだけど量産型にそんな力はないわ。アゾトの剣の能力は封印と解放。この対象は輝光ね」
「輝光っていうと、魔力のことだね」
「そうよ。アゾトの剣っていうのはあらかじめ自分の輝光をある程度剣の中に込めておいて、いざというときにその魔力を発現させ輝光を刃と化すの。あくまで携帯に便利な護身用具で霊体にも効果があるってだけの武器、ほんっとうは弱っちい武器なんだけど」
「なんだけど?」
 含みのある言葉に数騎が反応する。
 司は頷いて続けた。
「その仮面の男は別格よ。本来、輝光使いや放出系の魔道師がやるみたいに輝光を直接ぶつけてくる。それも殺傷力に特化した刃って形でね」
「なるほど、じゃあアゾトの剣をカタールにさしこんで、輝光で作った刀身だけを投げつけてたってわけか。んで、投げつけられた刀身が跡も形もなく消えたのは刀身を維持していた輝光が四散したからか、簡単な話だ」
「全然簡単じゃないわ。そもそもアゾトの剣ってのはそんな使い方できないの。アゾトの剣が人気のある理由は魔剣にしては安価、大量に出まわっている、携帯に便利で護身用になる。そして最後に、それを扱える事が一つのステータスだから」
「どういう意味?」
「アゾトの剣っていう武器はね、自分の体の中に流れている輝光っていうエネルギーを上手く操れる人間でないと使いこなせないの。一度使いこなせるようになればあとは呼吸するのと同じくらいに刃を為すヤツだっている。輝光で刀身を作るのってものすごく難しくて、ちょっとかじった程度じゃ一センチの刃だって維持できない。上級者になってはじめて七十〜百二十センチくらいの刀身が出せるの。デュラミアのなかじゃ輝光の熟練度をはかるための計測器代わりにしてるみたいだしね。でもそれだってダメなのよ。いくら習熟してもあんな使い方はできない。数騎が言ってた刀身だけを敵に投げつけるなんて使い方はね。固定するだけだって難しいのにそれを切り離した状態でその形状を維持し、殺傷力まで残すなんて普通の人間じゃありえない」
「普通じゃない人間なら?」
 数騎の質問に、司は眉を持ち上げた。
「へぇ、聞き逃さないんだ。人の言ったことはよく忘れるって綱野さんが言ってたけど、そういうところは鋭いのね。
できるわよ、普通じゃない人間なら。って言うか普通すぎる人間ならね。説明し忘れてたけど魔剣ってのはね、誰しもが操れる代物じゃないの。人間には生まれ付き魔剣に対する適正値っていう数値が存在してその数値以下のランクの魔剣しか操れないように出来てる。そもそも魔剣っていう武器は人間が人外と渡り合う為に作り出した物で、人間だけが扱えるように出来ているの。
でもね、人間の体には金属が存在してる。金属は輝光の力を操って異能を行使する道具の使用を妨害するの。昔の人間の体に存在していた金属は、輝光に干渉を与えないというところ以外、鉄と何の変わりもない剣鋼ものだけだったわ。   
でも人間は人外と交配を重ねることも多かった。子どもを産むことはできたけど、生まれてきた子どもの肉体には剣鋼以外の金属が存在していた。そんなわけで今じゃ人間の体に流れている血液に存在する金属はほとんどが鉄。
でも人外の血が薄い連中は鉄よりもそれ以外の方が多い。そういう連中は異能者としての素質があるってこと。つまり適正値って言うのは体の中に存在する剣鋼が多ければ多いほど高くなるってわけ。で、剣鋼の混ざってる濃度を裏の人間は適正値って呼ぶのよ。ちなみに数騎の適正値はいくつ?」
「知らない」
 数騎がそう答えたので、司は麻夜に視線をやる。
 麻夜はちょっと考えた後、半ば忘れかけていた記憶を呼び覚ました。
「えっと、数騎の適正値は一%よ。ちゃんと血液検査したからね。鉄分びっしりよ」
「一か、低すぎるわね。それじゃあ輝光打ち消しまくりじゃない。生きていくのに支障はないだろうけど魔剣を使うのは無理、ミックスだし」
「なんだよ司、ミックスって」
「雑種って意味よ。あなたの血には人間じゃない血が相当混ざってるみたいね」
「なんだよそれ、人をバケモノみたいに言うなよ」
「いえ、バケモノじゃないわよ。数騎は何十種類、いや何百種類の人外の血が混ざり合ってるだけで人外の血の濃度はそんなに濃くないと思う。あなたは先祖返りなんかしないと思うから心配しないで」
「先祖返り?」
「要するに人外の血に目覚めるってこと。例えば鬼とか龍ね。狼男みたいなもんよ、血に目覚めると無作為に人間を殺す破壊衝動を持つってこと、簡単に言うとね」
「ふ〜ん、じゃあ司はいくつなんだ、適正値」
「わたし? 私は二十よ」
「低いじゃん」
「仕方ないでしょ、だって私は魔道師だもん」
「なんで仕方ないんだ?」
「魔道師や魔術師っていうのはね、異能者なの。異能者っていうのは人間の物じゃない力を操るから多少人間って種族からは外れてると考えて。ちなみに魔道師になると鉄でも魔鋼でもない金属が体の中に増えるの。それは輝光を打ち消したりはしないけど、魔剣とは相性が悪いわ。だから適正値が下がる。
まあそれは置いといて、魔剣っていうのは人間に近い者ほど扱い得るもの。血液が純粋な人間に近くても人間から遠ざかれば適正値は下がるわ。そこまで言えば、もうわかるでしょ」
「つまり、魔術師や魔道師はちょっと人間じゃなくなってるから魔剣が使いにくい体だってことか?」
「そうよ。私、魔道師になる前には適正値は三十だったのよ。三十くらいならCクラスの魔剣だったらほとんど使えるんだけど、組織内での昇格とかが望み薄だから魔道師の道を選んだの」
「なるほどね、じゃあ麻夜さんの適正値はいくつ?」
 気になって麻夜の方を見る数騎。
 そんな数騎に、麻夜は頭をかきながら答えた。
「ゼロ」
 一秒の間もない即答。
 数騎は少々、面くらいながらももう一度聞いた。
「麻夜さ……」
「ゼロよ」
「え、ゼロって」
 驚き目を見開く司。
 それを見て小さく微笑みを浮かべる麻夜。
 司の反応の意味がわからないのか、数騎は首をかしげた。
「司、なんでそんなに驚いてるんだ。つまり麻夜さんは最高にいろんな種族の血が混じってて血液が変な金属だらけの……」
「そんな問題じゃない!」
 数騎の言葉を司はばっさりと遮る。
「あのね、人間の規格内に存在する者はどんなに適正値が低くても下限は一なの! 一が底辺なの! 数騎が最低なの! 量産型の魔剣は適正値が高くても誰でにでも使えるって利点があるけどそれでも必要適正値は一、ゼロの人間には使えない。言い方間違えた、つまり適正値がゼロってことは」
「人間じゃ……ないってことか?」
 尋ねる数騎に、司は唾を飲みこみながら頷く。
「そう、もしくは人間って枠から外れるほどの異能を有するか、文字通り……人外(バケモノ)か」
「前者よ」
 麻夜は面倒くさそうにため息をつく。
「前者、これでも魔術結社守護騎士団認定、封印指定クラスの特異能力の保持者よ。でも厄介な能力過ぎて極大封印をほどこされてるけどね」
 それを聞き、司はまたしても唾を飲んだ。
「極大封印って、究極封印一歩手前じゃない。そんな異能を保有してるの?」
「追求しないで、その話は嫌い」
 話題を打ちきろうとする麻夜。
 何の事だか数騎にはさっぱりだが、これ聞くと麻夜の怒りを買うだろうと考え話をそらすことにした。
「そうだ、仮面の男はあと一つ武器を持ってたんだけど、これがどうもおかしんだ」
「どうおかしいの?」
 渡りに船とばかりに数騎の話に司は素早く反応した。
「あのさ、司。魔剣とか魔法って鏡内界じゃなきゃ使えないんだよな」
「そうよ」
「でさ、拳銃や電子機器みたいな科学文明の産物ってのは鏡内界じゃ使えないんだよな」
「そうよ」
「でもさ、あの仮面の男が拳銃を使ってたんだ」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を出す司。
 その瞳には、こいつ頭がおかしくなったか、などという疑問が込められていた。
「正気だよ、本気で言ってるんだ。仮面の男がさ、拳銃を使ったんだ。詠唱みたいなのの後にカンタスグレゴリオって呪文を唱えたらさ、拳銃が火を吹いたんだ」
「……あぁ、そういうこと」
 司は納得したように手を叩く。
「それ、銃の形をした魔剣よ」
「銃なのに剣なの?」
「数騎、さっき言ったでしょう。魔剣ってのは魔力のこもった道具、魔力を通す事で神秘を行使しうる武器、もしくは奇形の武器の総称であって、別に剣をさす言葉じゃないの。   
剣だろうが刀だろうが槍だろうが斧だろうが銃だろうが魔力がこもってるか奇形ならそれは魔剣なの。大きな目で見れば数騎の鎖ナイフも魔剣なのよ、わかった?」
「むぅ、承知」
「わかればよろしい、それともう一度言うけど仮面の男の武器は魔剣よ。発動に詠唱をはじめとした術式を用いてるみたいだしね。それに数騎、もしかしたらそれって銃って言うよりバズーカに近くなかった?」
「形が?」
「違う、効果よ。というか引き起こした結果。弾丸を飛ばすなんてチャチな事じゃなくて爆発とか起きなかった?」
「うん、コンクリートの壁が跡形もなく吹っ飛んだ」
「じゃあ決まりよ、それはきっと拳銃の形をした魔剣、間違いないわ」
「むぅ、なるほど」
 数騎は納得したように頷く。
 が、すぐに言いたいことを見つけだしたらしく、顔をあげて司に視線を向ける。
「そういえばさ、司。純血に近い人間っていうけど。そんなヤツ残ってるのかな? 混血ってすごいスピードで進んでいくんじゃないか? 血が薄くなるってことはあるだろうけど」
「そんなことないわ、ちゃんといるわよ。有名な魔剣士を何人も生み出してる名門が存在するからね、日本には。
 まず純粋に純血を護り続けてる隠れ集落で婚姻を繰り返す『薙風(なぎかぜ)』、近親婚を繰り返す事で多くの犠牲者や奇形を生み出しながらも人間の血を濃くし続ける『戟耶(げきや)』、あとはその血液自体が鉄を含んだ混血を忌み嫌い、その血液を無理矢理、純血種とに近づかせてしまう『剣崎(けんざき)』くらいかな。
 ちなみに『剣崎』は生まれる時に自分の血液を掃除して剣鋼以外の金属を相当量取り除いてしまうため、肉体に多大な影響を与えるから子どもに死産が多く絶対数が少ないわ。
 次に人数が多いのが『薙風』、一番多くいるのは『戟耶』かな。この三つの血族は魔剣御三家って言われてて、一般人でこの御三家クラスの魔剣士はそういない。日本はこの御三家の存在で魔剣士の質で言えば世界を見ても一、二を争うわ」
「あっ、もしかして!」
 麻夜が声をあげる。
 司は驚いて麻夜に視線を向けた。
「どうしました、麻夜さん?」
「わかった、仮面の男が何でアゾトをあんな無理な使い方を出来たのか」
 麻夜は一呼吸置いて、はっきりとした口調で続ける。
「仮面の男はおそらく御三家のうちのどれかの出身よ。御三家の人間なら圧倒的なアイゼン値の低さで必要適正値一の魔剣の能力を限界以上に引き出す事だってできなくはないと思う」
 それを聞いて、数騎は司の顔を見た。
「司、御三家のアイゼン値って……いくつぐらいなんだ」
「最低でも……七十は堅いと思う」
 その言葉を聞いて数騎は愕然とする。
 そもそも、勝てるわけが無かった。
 見逃してもらえたことが非常に幸運であったことをようやく実感する。
 切り裂き魔である仮面の男は、数騎がつい先ほど実感したよりもはるかに格上の相手であることがここに至り、ようやく理解できたからであった。























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