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第八羽 夕闇


 仮面の男との戦闘後、グールを捜し歩き、事務所に戻ってきた数騎は一通りの報告を終えるとすぐ眠りについてしまい、目を覚ましたのは午後五時くらいだった。
 事務所のソファの上で、黒いコートを布団変わりにしていた数騎は起きあがり小さく欠伸をする。
 最近、数騎は日が昇るまで睡眠をとる事ができない。
 なんたって命がかかっている。
 そして自分の延命を決める、『呪餓塵』を持つグールを発見できるかどうかは日が昇るまでの間しか探す事ができない。
 日が昇ると、死霊術師の方が異層空間を閉じてしまい、それ以降に探すとなると、こちらの正体を暴露してしまう恐れがある。
 ならば数騎のとれる手段は一つ。
 グールを探せる時間は歩きまわり、日が昇ってから眠りにつく。
 非常に不健康だが文句も言っていられない、あと残り時間は五日しかないのだ。
 夜に備え数騎はもう一眠りしようと考えもしたが、目をつぶっても睡魔はとっくに消え去ってしまっていた。
 仕方なく数騎は首を軽く左右に振り、無理矢理目を覚まさせようとする。
 が、眠れそうにないのに体はだるく、そして頭はハッキリしない。
 一応、洗面所で顔を洗ってみるがやっぱりシャンとしない。
「散歩してくるか」
 グール探しの時間まで待てば覚醒するだろうが、どうしても今すぐ覚醒したい。
 数騎は再び欠伸を漏らしながら事務所から外へ出た。
 階段を降りてビルの外へ。
 幸いなことに今は歩行者天国の時間帯。
 歩行者は多いが車が来ないというだけで安心感が違うものだ。
 商店街の景色に視線を巡らせながら歩く。
 数騎が住むこの町は東京にある美坂町という町だ。
 昔は飲めたが今はヘドロをはじめとする汚物にまみれた水が流れる漆黒の川、飲川が町内を彎曲しながら流れており、木の生い茂った山が一つ、隆起した丘が一つあり、町には傾斜した部分も存在するが基本的にそれらは町の端っこに位置し町は平坦。
 そのため、町の中心部は平坦な部分に集中しており、丘には金に物を言わせた巨大な屋敷がそびえ立っており、屋敷から一キロくらいが私有地で人家は丘の下まで存在しない。
 ちなみにこのお屋敷が、神楽が務めている屋敷である。
 そして丘からも、さらに町から離れた山にはなぜか教会が存在する。
 そこは神父さんが取り仕切っており、一般人はあまり奥の部屋までいれてもらえない。
 そんなことを考えながら数騎はさらに商店街を歩き、そして商店街から脱出する。
 車が行き交う大通り、そしてその向こう側には私鉄線の駅、美坂駅が存在する。
 都会なのでそこまでではないがあまり多くの店は存在していない。
 いや、店は多くあるのだがカラオケ、ゲームセンター、いかがわしい風俗の店などがないという意味だ。
 美坂駅のそばにはパチンコと銀行、コンビニとラーメン屋くらいしかない。
 正直、美坂駅は小さな駅だ。
 ここから車道に沿い、踏みきりを越えて三十分ほど歩いて行ける国鉄の駅ならビルがくっついて繁盛しているのだが、ここは小さい。
 そのため、数騎が夜グールを探して歩きまわるのは国鉄の美坂駅のそばにある繁華街、その路地裏だ。
 数騎はそこまでの移動に自転車を使っている。
 商店街のビルから美坂駅までは結構距離があるからだ。
 だが数騎は今、徒歩である。
 遠くまで行くことはできない。
 数騎は口笛を吹きながら公園に向かって歩いていこうとした、その時だ。
「かーずき♪」
 最近になってよく聞くようになった声が後から聞こえてきた。
 しかもクソやかましいクラクションと一緒にだ。
 後を振り向く。
 そこには赤い軽自動車に乗った司がいた。
 窓から顔を出して声をあげる。
「数騎、もしよかったら乗らない?」
「なんだよそれ、レンタカー?」
「違うわよ、これは私の車。ちょっと出かけようと思ってね。で、乗らない?」
「乗るって、どこ行くのさ?」
「ちょっと食事にでもね、御一緒しない?」
「遠慮する」
「奢るわよ」
 扉の開く音が響き、続いて豪快に扉が閉まる。
 カチッというシートベルトの締まる音の後には、数騎の体は助手席のシートの上だった。
「現金よね、数騎って」
「むぅ、悪かったね。麻夜さんからあんまり給料もらってなくて、外食は久しぶりなんだ」
「麻夜さんは連れてってくれないの?」
「別に保護者ってわけじゃないし、麻夜さんは外食嫌いだ。家でビール飲んでるほうがいいってさ」
「ふ〜ん、じゃあどこにも連れてってもらってないんだ?」
「そうだよ」
「かわいそ。じゃあさ、今度おもしろいとこ連れてってあげる」
「どこ、そこ?」
「星のきれいな海を知ってるんだ、この近くよ」
「あぁ、このあいだ言ってたやつか」
「そうよ、彼女でも連れてってあげたら、よろこぶと思うわよ」
 その言葉に対し、数騎は何かを言いかえそうと考えたが、それよりも早く、目の前の信号が青になった。
 司の車の後に後続がいなかったため気付かなかったが、どうやら司は信号待ちの暇つぶしに声をかけていたらしい。
 もし、信号が青だったら数騎を見つけてもさっさと一人でお目当ての場所に向かっていたことだろう。
(そう考えれば、ちょっと得した気分かな)
 心の中でそう呟き、司の操縦の元、数騎は車の中で振動に揺られていた。






「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「二人、禁煙席で」
「それではこちらのお席にどうぞ」
 その言葉に導かれ、数騎と司は案内された席に腰をかけた。
 二人が来た店は全国チェーンのファミレス、ベルシェストという店だ。
 お代わり自由のドリンクバー、お代わり自由のスープ、いずれもセルフサービスで飲み放題。
 それに料理は値段も手ごろで種類も非常に豊富だ。
 これで流行らないというのは嘘というものだろう。
 と、妙な気配がした。
 どこかしらから視線を感じるような……
 気のせいかと思い、数騎は首をめぐらす。
 店にいる男性客、その大半の視線が数騎たちに集中していた。
(なんで見られてるんだ)
 釈然としない思いを胸に、数騎はテーブルに向い、イスに腰掛ける。
「じゃあ数騎、何食べる?」
 言って司はテーブルの上にあるメニューを手に取り、広げる。
「メニュー見る前に決められるわけないだろ」
 そうこぼしながら数騎もメニューを広げた。
「へぇ、結構メニュー代わってるな」
「そんなに代わってないと思うけど」
「いや、僕が最後にここに来たのは二年くらい前だから」
「あぁ、そりゃ代わるわ」
 司は数騎の顔を哀れんでみると、再びメニューに視線を移す。
「決めた、私はポテトハンバーグにするわ、数騎はどうする?」
「僕は……決めた。とんかつ定食にするよ」
 注文が決まると、司はウェイトレスを呼び出して注文をはじめた。
「ポテトハンバーグととんかつ定食、ドリンクバー2つ」
「かしこまりました、それではごゆっくりどうぞ」
 頭を下げ、ウェイトレスは厨房へと向かっていった。
 それを横目に司が立ちあがる。
 セルフサービスのドリンクを取りに行くためだ。
「飲み物、もらってきてあげようか」
「じゃあココアお願い」
「数騎、ココア好きなの?」
「ああ、好きだよ。頼めるかい?」
「すぐ持ってくるわ」
 と、司はドリンクのセルフサービスコーナーに足を運ぶ。
 そして気付いた。
 店の男性客の視線が歩いている司の姿に集中していることに。
 なるほど、これはしたり。
 どうやら店のなかにいるヤローどもは司に興味深々らしい。
 無理もない。
 だって司は結構な美人で、スタイルも上の中。
 これでは油断するとすぐ男から声をかけられるだろう。
 でも声をかけられる事はない。
 だって僕がいるから。
 男付きの女性に声をかける男ってのはそう多くいるもんじゃない。
 そう結論付け、数騎はセルフサービスコーナーに視線を移した。
 この店はセルフサービスのドリンク飲み放題を実施している。
 料理を注文すると、何と百円で飲み放題が楽しめるのだが、何も注文しないと二百五十円とられるというシステムなので飲み物だけを楽しみまくるのは少々難しい。
 と、数騎は外に視線を移す。
 案内されたテーブルは窓際だ。
 この店は二階にあるため、窓の外を走る車を見下ろす形となる。
 行き交う車を眺めている内に、司が戻ってきた。
「はい、ココア」
 数騎の目の前にティーカップをお気ながら司はイスに腰掛ける。
「司は何を持ってきたんだ?」
「私は紅茶、ダージリンね。と言っても、こういう店の紅茶はインスタントだからあんまり美味しくないんだけど」
 いいながらティーパックを紅茶の中から取り出すと、一緒に持ってきていたミルクと、砂糖を三本入れる。
「甘いの好きなんだ?」
「紅茶は甘くないと美味しくないわよ、もちろんコーヒーも。ブラックなんて認めないわ」
「僕もコーヒーはそのままじゃ飲めないな。でも紅茶ならミルクと砂糖はいらないや」
「ふ〜ん。ま、それは人それぞれだからいいけどね」
 話を切り、司はティーカップを口元に近づける。
 それを見て、数騎もココアを飲み始める。
「ん!」
「どうしたの?」
「このココア薄い」
「仕方ないでしょ、飲み放題なんだから少しでもコスト下げるために水を多くするのは当たり前でしょ」
「むぅ、寂しいねぇ」
「あきらめなさい」
 容赦のない司の言葉に、数騎は返事をしようともせずココアを口に運び続ける。
「でも腐ってもココアだ、おいしいや」
「そう、よかったわね」
 と、司はティーカップをテーブルの上に置き、数騎の顔を眺めはじめた。
「な、なんだよ」
 さすがに真正面から顔を見詰められると照れくさい。
 そう思って数騎が聞くと、
「いや、あんまりイケてる顔じゃないと思って。弱々しそうなくせに目つきだけは鋭いわよね、数騎って。いや、これは目つきが悪いって言えばいいのかしら」
「ケンカ売ってんの?」
「そんなことないわよ。私、数騎のことけっこう好きだからバカにするつもりはないわ。ただの率直な感想」
「やっぱバカにしてるじゃん」
「うるさいわね、この世の中にはイケてる顔の人間よりイケてないのが何百倍も多いのよ。そもそも美男美女がどうして重宝されるかわかる?」
「いや、わかんないけど」
「お待たせしました、ポテトハンバーグのお客様は?」
 そこにウェイトレスが料理を持ってやってきた。
「私です」
 その言葉を聞き、ウェイトレスは司の目の前にポテトハンバーグを、数騎の目の前にとんかつ定食を置き、レシートを残して去っていった。
「じゃ、食べながら話しましょうか」
「だね」
 司の提案に短く返答すると、二人は早速食事をはじめた。
「じゃあ続きね。美男美女は何故、重宝されるか。わかる?」
「……絶対数が少ないから?」
「へぇ、わかってるじゃん」
 嬉しそうな顔をしながら、司は小さく切り取ったハンバーグを口に運ぶ。
「そぅ、美男美女は存在価値が大きい上に絶対数が少ない。だから誰もが欲しがるけど誰もが手にすることはできない。だからそれを手に入れられない人のためにアイドルってのはいるのよ。せめて手に入らなくても見る事くらいはできる、ってね」
「なんか急に人の心の闇を見せつけられた気分だ」
「まぁ、人が何を好きかってのには大抵理由があるわ。美形の男が好きってのは美形の男が自分のものだったらみんなから羨望の目で見られる。つまり優越感を得られ、さらに自分の恋人が美形なら自分も嬉しい。だって、みんなが手に入れるのが難しい物を手にしているから。
ほかに小さな女の子が好きな男っていうのは保護欲が強いのね。保護欲って言ったら護ってあげたいってだけのキレイなものに見えるけど、そう言うヤツは自分が頼られている。必要とされているという状況にいることを喜ぶ、もしくは欲する人種。面倒見がいいヤツも結構これに当てはまるかもね。
もしくは小さい子の体型が好き、自分に力で逆らえないから征服欲を満たす事もできるからそう言うのが好きなヤツもいるのかも」
「身もフタもないな」
「ま、けっこうエグイ言い方だったかもね。とりあえず、人間が何かを好きになるってことには何らかの理由があるのよ、必ず。人間の感情ってのは自分の体験が元になって生まれるの。好き、嫌い、楽しい、むかつく、とかね。その証拠って言ってもなんだけど、世の中には脳に障害があって物事を覚えていられない人がいるの。
記憶ができない人間は感情がないらしい。いや、正確にはあるんだけど怒る事ができないみたいよ。人がなんで怒るかっていうのはその人が今まで積み上げてきた物、それを基準にして感情を動かすのよ。
例えばバカという言葉がある。バカというのは相手を嘲る時に使う言葉。そしてその人はその言葉の意味するところを知っている。そして今までの経験上、相手にバカと言う時どのような効果をもたらすか、そして自分がその意味であると相手に断定される。嘲られる。
そして相手に嘲られるのは不快だ。それをやめさせるにはどうするか。それに対してわきあがった不快感をどのようにして発散するか。その様なことを一瞬にして頭の中で処理する事によって、人はバカって言われると怒るのよ。まぁ、この程度の悪口なら不快になってもすぐ怒ったりはしないでしょうけどね」
「つまり、人の感情の基準はその人の経験にあるって言いたいの?」
「そういうこと、例えばなんとなく年上の女性が好きな人がいるとしたら、そいつは自分よりも大きな存在が好き、もしくは被庇護欲があるからかもしれないわね。幼い頃、母親に甘えられなかったとか。その時は大丈夫でも成長したのち、甘えられなかったことがトラウマになっている。そしてその人はなぜか甘えられる存在に引かれる。でも甘えたいという事には自分で気付いていない。
だからその人は自分では理由がわからないけど年上の女性が好きなの。ま、全部がこうとは限らないけど、人が何かを好きになるのには絶対に理由がある。それは人生のなかで積み重ねた記憶が拠り所となってるの、了解?」
「了解」
 答え、数騎が新しいとんかつに箸を伸ばした。
「たしかに言われた通りかもね。日本では普通カタツムリは食べない。それを頭のどこかで理解している、記憶しているからカタツムリを食べる事は普通ではないと考える。でもヨーロッパじゃカタツムリを食べるのは特別なことじゃない。
日本の人間が納豆を食べる、もしくは魚を生で食べるのと同じ感覚だ。つまりは育ってきた環境、その中で培ってきた経験、記憶。それが人間の感情や感覚の基盤になってるってことだろ?」
「理解が早い生徒は好きよ」
 言いながら、司は優しい笑みを数騎に向ける。
 それを見て、数騎は照れくさくなり頬が弛む。
 が、それを司に悟られる事もなんなので、とりあえずとんかつと御飯を口に運ぶことにした。
 たくあんはもちろん脇に避けてある。
 理由は簡単、数騎はたくあんが嫌いだからだ。
 と、数騎は神楽の顔を思い出した。
 今、自分にとって最も大切に思っている女性だ。
 なんで僕は、神楽さんが好きなんだろう。
 司の言葉が正しいなら、きっとそれには理由があるはずだ。
 薄ぼんやりと考え、その理由が思い至らない内に考えるのをやめた。
 だってそう。
 誰かを好きという感情に、生々しい欲望が存在するとするならば、恋愛というのはその欲望を満たすためだけの行為ということになる。
 それはキレイじゃない。
 なんか不純だ。
 例えなんらかの理由があるとしたって、せめてそれはキレイなものだと思いこんでいたい。
 知らないほうが幸せな事なんて、この世にはいくらでもあるのだから。
 そう考えると、数騎はとんかつ定食を食べる事に集中することにした。
 少なくとも何かに集中していれば、この話を忘れる事ができるような気がしたからだ。
 ふと窓の外を見る。
 多くの人がやってくる時間を避け、ちょっと早めにやってきたファミレスから見える空模様は、夕闇に染まりはじめていた。 
















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