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第九羽 紅鉄


「あーもー! 遅い、遅すぎる!」
 探偵事務所の中で響き渡った声は麻夜のものだ。
 声を向けられているのは数騎である。
 ファミレス帰り、数騎はテイクアウトしたハンバーグを麻夜の晩ご飯にするべく、持って帰ると携帯電話で約束したのだが、少々ファミレスで話しこんでしまった為に帰りが遅れたのだった。
「まぁ、麻夜さん。そう怒らないでくださいよ」
 笑みを浮かべながらハンバーグ弁当の入ったビニールを麻夜に手渡す数騎。
「ま、許してあげるけどね」
 小さくため息をつきながらビニール袋を受け取ると、弁当を電子レンジで温めるべく台所へ向かう。
 そんな麻夜の後ろ姿を見て、数騎は笑みを浮かべた。
「全く、外食は嫌いなのにお土産は好きなんだから。どうしたもんかね」
「しょうがないんじゃない」
 数騎の独り言に司が答えた。
「だってあれだけキレイな人なんだもん。きっとまわりからジロジロ見られるのがいやなんでしょ」
「なるほどな、美人ってのも大変なんだな」
「そうでもないわよ」
 台所から麻夜の声がとんできた。
 数秒後、三十秒弁当を温めた麻夜が数騎たちのところに戻ってくる。
「昔にくらべたら私たちみたいのには、いい時代になったもんだよ」
「昔……ですか?」
「そうよ、ワトソン。昔はロクな法律なんかなかったからね。ちょっと油断するとキレイな子はすぐ強姦されたし、連れさらわれて娼館にぶちこまれたものよ。難を逃れても、ちょっと美人と知れ渡ればそこにいる領主に力づくで妾にされるなんてよくある事。
その上、愛されすぎて正妻から怒りを買ったらいったいどんな運命が待っていることか。それに昔は女性の人権なんか認められてなかったからね。女なんてのは欲望のはけ口か子どもを産ませるための道具だったんだから。
でも今はいい時代よ、男尊女卑はいまだに残ってるけど能力さえあれば偉くだってなれるし、過去に多くの女性が頑張ってくれたおかげで女性の人権も少しずつ認められてきている。
美人は男に振りまわされて不幸な道を歩むことも少なくなった。少なくとも、ないとはいえないけど無理矢理、妾にされることもなければ、法律のおかげで強姦される危険性も減った、多少だけどね。今はホントいい時代よ」
「そうかも……しれませんね。でもそれっていつの時代ですか?」
「人間の文明ってのが出来あがってから、つい最近までのかなりの間よ」
「歴史小説でも読んだんですか」
「……まぁね、そういうことよ」
 そう断定すると、麻夜はお土産の弁当に箸をつけ始めた。
 突然、麻夜がそんなことを口にしたことに数騎は疑問を覚えたが、特に口に出すようなことはしなかった。






「さて、時間だ」
 言い放ち、数騎は呼んでいた本に栞を挟む。
「ところでさぁ」
 勇んで事務所の入口に向かおうとする数騎に司が声をかけた。
「数騎はいったい何の小説読んでるの?」
 司の目線の先にはブックカバーに包まれた小説が一冊。
「ああ、宮本武蔵だよ」
「宮本武蔵って、あの佐々木小次郎と戦った剣豪でしょ」
「そう、宮本武蔵は一生の内、公式の試合において一度たりとも負けた事がないってことで有名な剣豪なんだ」
「宮本武蔵好きなの?」
「いや、そうでもない」
 数騎の否定に司は少し驚く。
「へぇ、好きでもないのに小説は読むんだ」
「いや、好きなキャラクターはいるよ。佐々木小次郎、夢想権之助、宍戸梅軒」
「脇役じゃん、小次郎はラスボスだけど」
「基本的に主人公よりもまわりのキャラクターが好きなんだよ、僕はね」
 そう言うと、数騎は扉を開けて事務所の外に出ていってしまう。
「あっ、ちょっと待って!」
 その数騎の後を、司は小走りで追いかける。
 階段を少し降りている数騎を見つけ、司は眉をひそめた。
「待ってくれたっていいんじゃないの?」
「悪いね、僕は命がかかってるんだよ。『呪餓塵』で塵になるまで今日を入れてもあと五日しかないんだ。正確には、ほぼ四日しかない。切羽詰るってもんだよ」
「ふぅん、まぁ、確かにね」
「納得してくれてありがとう」
 得に嬉しくもなさそうに言って、数騎は階段を降りつづける。
「ところでさ、数騎」
「なにさ?」
「さっきの続きなんだけど」
「さっきの?」
「うん、宮本武蔵の話。ずっと知りたい事があったんだけど、いいかな?」
「いいよ、一応読破はしてるから教えてあげられると思う」
「あのさ、佐々木小次郎の『秘剣燕返し』ってあるでしょ。あれってどんな技なの?」
「ああ、そんなことか。燕返しにはいくつかの説があるけど一番有力なのはこれかな。燕返しって言うのは飛ぶ燕を切り裂く事のできる剣技なんだ」
「それは知ってる、その仕組みを知りたいのよ」
「燕ってのは空を飛んでるだろ。空ってのは地面と違って大地を蹴ればすぐに方向転換できるわけじゃない。空を飛ぶものが空中で方向変換するには翼を傾けて風を調節しなくちゃいけない」
「それで?」
 興味津々で聞いてくる司。
 そんな態度が嬉しくて、数騎はやや早い口調で続けた。
「風の調節による方向変換ってのは間を置かずに連続してできるものじゃない。そこをついたのが燕返しだ。まず一撃目を燕に向かって繰り出す。この斬撃ではよほど運がよくないかぎりどんな剣豪でも燕を切り裂く事はできない。
刀身が風を切って突き進むため空気が動いて燕の体を押しやってしまうのに加え、燕自身も翼を調節して進行方向を変えてしまう。結果、斬撃は回避されてしまうわけだ。
そこに二撃目が炸裂する。空中で方向変換した燕はあと数秒しなければ空中で方向を変えることができない。押せば反動が返ってくる地面と空中は違うからね。繰り出される再度の斬撃は燕にとって不可避だ。
もちろん斬撃の直後に連続しての攻撃、しかもそれを的中させるのはかなりの動体視力と熟練が必要だけどね。
つまるところ、燕返しとは一撃目をあえて回避させ、二撃目に不可避となった必殺の一撃を叩きこむ技法なわけだ」
「なるほどね、それはわかったけどさ。人間は燕と違って地面にいるのよ。姿勢制御は地面を蹴るだけで十分なんじゃない」
「ところがそうじゃない。燕返しってのはマンガみたいに必殺技の名前を叫びながら繰り出すようなものじゃないんだ。打てるときにだけ繰り出す。それ以外の時に使う必要はなし。
燕返しってのは敵に攻撃を回避された時にだけ使う技法なんだ。斬撃を大きな動作で回避するとき、一瞬でも相手の両足は中に浮くはずだ。足が地面になければ再度の回避は不可能。その瞬間を必殺の機会にするのが燕返しって剣技なんだよ」
「じゃあ、かわさなきゃいいじゃん」
「そうもいかないんだ。よく時代劇とかでは剣と剣を打ち合わせてるけど、剣士の戦いにおける防御手段は足を使った間合いの計りあいがメインで、剣での防御はサブなんだよ。一部の流派以外はね。  
だから相手の剣は基本的に回避するもの。いつなりと敵の攻撃に対応できるよう足を地面から離さないすり足って歩術もあるけどあれじゃ横に回避する時にスピードは出ないし、すり足はもともと、いざって時に素早い動きをしたいからこそ足を地面につけてるんだ。だから燕返しという剣技は非常に優秀なのさ」
「でもさ、そんな風に戦うってことはさ、燕返しを使うには戦闘はこっちのペースじゃなきゃダメってことでしょ。それに敵は瞬発力を生かして飛びこんでこれるんだし。でも剣士の戦いってのはリーチが同じだから敵の体勢を崩させるような回避行動をするなんて展開にもって行くのは難しいでしょ。相手よりリーチがあるなら敵の瞬発力を生かした飛びこみの威力を下げられるけどね。燕返しが強いのはわかったけど、メインに据えて狙っていけるような技じゃなさそう」
「じゃあさ、佐々木小次郎の刀の名前、知ってる?」
 数騎の質問に司は少々考えたあと、
「あっ」
 納得して手を叩いた。
「知ってるよね、佐々木小次郎は物干し竿という一般の剣士が振るうのよりも長い刀を振りまわしてたんだ。
普通の刀が七十センチから百センチくらいに収まる程度の長さに対し、物干し竿の長さは百二十八センチもあった。これが何を意味するかわかるよね」
「うん、わかる。圧倒的な射程で戦いを有利に運び、近づくチャンスをうかがっているうちに攻撃を回避しようものなら燕返しで斬り殺す……強いね、小次郎。ってか無敵じゃん」
「でも武蔵に負けた。なんでだと思う? ヒントは言ったよ?」
「ん〜……ギブ」
 司は小さく両腕を上に上げる。
「物干し竿に燕返し、この二つの武器を持った小次郎は一対一の戦闘においてのみ、剣士に対して無敵だった。でもそれは剣士に対してだけだ。
剣はそこまで強い武器じゃない。剣が最大の力を見せるのは相手が鎧を着ていない時だけ。でも武蔵は鎧を着ることはしなかった。代わりに、武蔵は剣士として戦わなかった。
武蔵は船を漕ぐ櫂を加工して巨大な棍棒を作り上げた、その長さは一四二cmくらいだって言われてる」
「武器の射程で優ってたわけだ」
「そういうこと。さて、ここで武蔵の棍棒と物干し竿という武器の考察をしてみよう。まずは射程、これは武蔵の棍棒に軍配が上がる。次に殺傷力、これは物干し竿が上だ。鈍器より刃物の方が強いに決まってる。最後に重量、これは棍棒に軍配があがる。これは威力を増す上に、敵に攻撃を受け止めさせない力もある。で、この二つの武器を持つ男がぶつかった。
相手を倒すには小次郎は刃を押し当てて両手で引ききる必要があり、武蔵は力任せに叩きつけるだけでよかった。さらに小次郎の物干し竿はその大きさと重さから両手で振るわざるを得なかったけど武蔵は片手で持ってそれを叩きつけてもよかった、斬るっていう動作が必要ないからね。
さて、これで勝負を決めた全ての要因は説明したね。そして決戦だ。武蔵は少しでも自分が有利になるために敵の心を乱す作戦を取る。わざと時間に遅れていく事で相手をいらつかせる。いらついた小次郎が物干し竿の鞘を投げ捨てるのを見て武蔵が言う『小次郎、敗れたり』って言葉はあまりにも有名だろ。
これで動揺した小次郎に対して、武蔵は太陽を背にして戦う。太陽の光で小次郎の目が少しでも眩むようにだ。そして戦いが始まった。決着は一瞬だ。まず小次郎が一撃目を放つ。でも、武蔵の武器は射程で上回っているため、小次郎の斬撃は届かず簡単に回避される。
でも武蔵はこれを飛んで回避するんだ。そこを狙って小次郎は燕返しを放つんだけど武蔵は体を横に向けて少しでも右腕が前に突き出せるような格好をして棍棒を振りかざす。   
ただでさえ射程の差があるのに右手を前に突き出すような体勢をされて射程の差はさらに開いた。結果、小次郎の追撃は届かず武蔵の棍棒は小次郎の脳天を直撃、勝負ありだ」
「あれ、私の知ってるのと違う。そっちでもやっぱり射程の差で勝つんだけど武蔵は空中に跳びあがって棍棒を振るい、小次郎の物干し竿は武蔵のハチマキを切り裂くに終わるって感じなんだけど」
「まぁ、佐々木小次郎は実在を危ぶまれてる人物だからどれが本当かわからないし、本当の説なんてのは存在しないのかもしれない。だからこそいろいろな説が存在するんだ。僕が今話したのは比較的マイナーなヤツ。メジャーなヤツだとあと数パターンあるんだけどね。っていうかさ、実戦の最中に、宙に飛びあがるってありえなくない?」
「ま……まぁね」
 その光景を思い浮かべたのか、司は苦笑いをする。
 そんな司に、数騎は右手の人差し指を立てながら続ける。
「とにかく、例外はあれどほとんどの話では武蔵が射程で上回る棍棒を使うことが勝因になるんだ」
「でもつまんないよね、宮本武蔵って二刀流で有名なんだから、小次郎とは刀で戦って欲しかったな」
「そこが大事だ、佐々木小次郎は剣士として戦ったが宮元武蔵は戦士として戦った。小次郎は剣にこだわったために敗れ、宮本武蔵は勝利にこだわった故に勝利した」
「卑怯ね」
 眉をひそめる司。
 その言葉に、数騎はすぐに口を開いた。
「ところがそうじゃない。勝つために可能な手段を模索するのは大切なことさ。ジャンヌ・ダルクは知ってるかな?」
「知ってる、フランスの英雄でしょ」
「ジャンヌ・ダルクは神の使者として現れたため、フランスの兵士たちは自分たちこそが正義と信じられたおかげで士気があがった。正義の戦いと思ってフランス軍に参入した連中もいる。ジャンヌ・ダルクの活躍は兵たち一人一人の力を引き上げられたことともう一つ。騎士の常識に捕らわれなかったことにある」
「騎士の常識?」
「騎士ってのは飛び道具を使うことは卑怯な事だと考え、神の加護があれば正面から弓を射られても鎧がはじいてくれると信じてたのさ。だから敵が鎧を突き破る威力を持つ弓を構えていても勇敢に突撃して全滅。その知らせを聞いたフランスのお偉方は騎士達が逃げ出したか、逃げ出すところを殺されたに違いないと考え、何度も無謀な突撃を繰り返させた。
そこに現れたのがそんな常識と言う名の固定概念に捕らわれていなかったジャンヌ・ダルクだ。彼女は一般市民だったから騎士の常識なんか、何の枷にもならなかったわけだ。
無意味な突撃攻撃をやめさせたジャンヌ・ダルクは卑怯とののしられる夜襲、奇襲をはじめとする効率のいい戦法ばかりをとり入れた。卑怯だと思うかな?」
「いえ、それは卑怯じゃない。戦術に新しい発想を持ってきた英雄は偉大よ。鉄砲の力を世に知らしめた織田信長って人間もいるわけだし」
「ようはそれと同じさ。固定概念に縛られた佐々木小次郎、勝つために最大限の努力をした宮本武蔵。剣で戦えば小次郎のほうが強かったかも知れないけど、総合力では武蔵のほうが上だったってことさ」
「なるほど、理にかなってるわ」
 そうして数騎が司を論破する頃には、二人は階段を降りきっていた。






 持っていた携帯電話が突然その輝きを失った。
 周囲を見まわす。
 直前まで数騎たちが歩いていた路地裏ではあったが、それは全てが反転していた。
 そう、数騎たちは意識してない内に、鏡内界に取りこまれたのだ。
「携帯が落ちた、バッテリーはまだあったはずだから異層空間が展開されてる」
「そんなこと言わなくてもわかるわよ、数騎。私、魔道師よ。そんなの普通に感知できるっての」
 司は面倒くさそうに小さなため息をつく。
「あ〜、でもこの異層空間。広範囲に張り巡らせてあるわね。かなりの人がは鏡内界に引きこまれてるかも」
 異層空間展開時に一般人が鏡内界に取りこまれることはよくある事だ。
 だから魔術結社や退魔組織の人間は構成員に屋外での異層空間展開を基本的には禁止している。
 と、数騎は司の顔を見つめ尋ねた。
「で、司。感じないか?」
「死霊術師の居場所? さぁね、グールなら五、六感知してるけど魔剣は持ってないみたい」
「そうか」
「とりあえず歩きましょ、異層空間の展開範囲が広すぎて知覚しきれないわ」
「承知」
 答え、数騎と司は夜の路地裏を歩きはじめた。






 殺気を感じ取ったのは一瞬、それに対応できたのは僥倖だった。
 背後からの一撃を、抜き放ったドゥンケル・リッターで受け止める。
 それは恐ろしく重い一撃だったが、数騎は何とか受け止めきることができた。
 月光さしこむ路地裏、数騎と司はあまりにも唐突に襲撃を受けた。
 襲撃者は先制攻撃を数騎に止められると大きく後ろに跳躍した、奇襲をかけたのなら防がれても追撃をかけるのがセオリーだ。
 襲撃者はそれに反していた。
 距離をとり対峙する襲撃者、その姿を見て司は目を見開く。
「なんで……あんたが……」
 皮ジャンにジーンズを着込んでいるのは身長百八十くらいの男だった。
 ちょっと太めの顔に鋭く大きい目、やや太めであるため体型は少しぽっちゃりしている。
 だが何よりも目立つのはその手にある物だった。
 数騎に襲いかかり、数騎に迎撃されたその獲物。
 片手、両手兼用できるように作られた長い柄、腰にさしたとき邪魔にならないように作られた小さ目の鍔。
 そして、八十センチはあろうかというその刀の刀身は、銀色ではなく真紅にそまっていた。
 それは真紅の鉄で作り出された、まるで血塗られているかのような刀だった。
「よぉ、久しぶりだな」
 司の顔を見据え、男は笑みを浮かべる。
「二階堂、あんた! 何で、こんなところに?」
「なんでこんなところにいるかって? ちょっとした夜遊びさ」
 二階堂と呼ばれた男はへらへら笑いながら数騎に視線を移した。
「誰だよ、そいつ。何でお前といるんだよ」
「こいつは私の相棒よ、あんたには関係ないわ。それよりあんた、何で『魔餓憑緋(まがつひ)』なんて持ってるのよ。それは薙風の魔剣でしょ?」
「必要なんだよ、柴崎を殺すためにな」
 そう言って司を睨み付ける。
 思い出してみると、いつも司と呼んでいたから忘れていたが柴崎というのは司の名字だ。
 すっかり忘れていたが、そんなことは今、重要でも何でもない。
「司、こいつ誰だ?」
 数騎は司に聞く、もちろん二階堂という男を警戒して視線は外さないままでだ。
「私の元同僚よ。しばらく会ってなかったんだけど、まさかあの魔剣の所有者になってたなんて……」
 司は二階堂の持っている魔餓憑緋を睨み付ける。
「あんた、もしかしてそれで人を?」
「いいじゃねぇか。こいつはいい刀だぜ、魔鋼と紅鉄の合金だ。最高の業物さ、試し切りくらいいいじゃねぇかよ」
 その言葉で空気が凍り付く。
 今の会話を聞いて数騎は理解した。
 すなわち、目の前にいる男が連続猟奇殺人を引き起こした殺人鬼であるということに。
「お前に恨みはねぇが、死んでもらったりなんかしちゃおうかな。もうちょっと刀の試し切りしたいしよ」
 言って二階堂は魔餓憑緋を構える。
 それを見てゾッとした。
 数騎に武芸の心得はない。
 扱う体術や歩術は全て我流、正規の訓練など受けたことはない。
 そんな相手の力量を測れない数騎でも理解できた。
 目の前の男が刀を構える姿は、達人そのもの。
 張り詰めた空気、爆発しそうな緊張。
 それを与える二階堂と言う名の男の姿は、まるで刀身と一体化しているのではないかと思わせるほど凄惨で、そして吐き気を催すまでに美しかった。
 動けない。
 動いたら死ぬ。
 数騎は冷汗が吹き出すのを感じた。
 よく、にらみ合っていてお互いに動けないとか言うセリフがある。
 だが、あんなのは空想だ。
 真の達人なら相手の先をとって動く。
 にらみ合いをするのはその多くが素人。
 素人ほど動き方を知らず、自分からはなかなか仕掛けようとしない、だからだ。
 だから動けないのは、こちらが隙を見せたらやられるなんてものではなく。
 ただ、動くことによって注目されてしまったら間違いなく殺されると理解しているだけ。
 幸か不幸か、二階堂の意識は司に集中している。
 先に動いたのは司だった。
 右手を正面に突き出し。
「全弾装填(ガストバレルフルオープン)、一号(ワン)、二号(ツー)、三号(スリー)、四号(フォー)、五号(ファイブ)、六号(シックス)! 掃射(ロック)、彼の者を射抜け(ガストバレットリボルバー)!」
 詠唱、司の右手から六つの光弾が飛び出し、うねるように二階堂に襲いかかる。
 だが、
「魔幻凶塵(まげんきょうじん)、餓狼無哭(がろうむこく)」
 唱え、真紅の刀を振りかざす二階堂は、
「憑惹破滅(ひょうひはめつ)、緋炎葬刻(ひえんそうこく)」
 その身に迫る六つの光弾を、
「魔餓憑緋(まがつひ)」
 その言葉を紡ぐと同時に、一瞬にして消滅させた。
 見えた、でも見えなかった。
 見えたのは剣閃が閃き、全ての光弾を切り裂き消滅させたところ。
 見えなかったのはその剣筋だ。
 芸術品じみた華麗な剣閃はまさに流麗の一言につきる。
 素人の目などでは鑑賞を許されないその剣舞。
 だが、それはあきらかに司の不利を感じさせるものだった。
 司は舌打ちをしながら小さく笑みを浮かべる。
「ちっ、さすが魔餓憑緋。私のとっておきでも仕留められないか。虎の子でもくらわすかしらね」
「ほざけ、貴様の戦闘法は傀儡を操ることだろう。直接対峙して戦う魔道師ではなかったはずだ。使い魔はどうした? 見せてもらったことはないが、いつも連れ歩いてるって話じゃないか?」
「あんたには必要ないわよ」
 言って司は右手に握りこぶしを作り、
「装填(チャージ)、彼の者を射抜け(ガストバレット)!」
 単発の光弾を二階堂に向かって放つ。
「逃げるよ、数騎!」
「逃げられるのか?」
「逃げるしか選択肢ないのよ!」
 その言葉に従い数騎は二階堂に背を向けて走り出す。
「逃がすかよ!」
 司の光弾を切り裂いて消滅させると、二階堂は司と数騎に追いすがる。
 数騎たちの速さが人間のそれであるとするならば、二階堂の速度はまさに肉食獣のそれだ。
 驚異的な速度で迫る二階堂は、あっというまに数騎たちに追い付くと、
「死ねぇ!」
 叫びながら魔餓憑緋を振りかざし、
「Azoth(アゾト)!」
 上空から迫り来る銀影をなぎ払った。
 二階堂が空を見上げる。
 数騎と司も二階堂から少し距離を取ると、真上を見上げた。
 真上にある、ビルの非常階段に人の姿があった。
 なびく外套は黒く、月影に映し出されるその髪も漆黒であった。
 片手には三つの刃が三又槍のように手元にくっついている異様な形をした、まるで手甲とも見紛うインドの短剣カタールを握り締め、その顔は純白の仮面で隠していた。
「ほぅ、仮面使いか!」
 二階堂は思わず漏らし、自分が仮面使いと呼んだ男を睨み付ける。
 仮面使いは何も語らず手の先から生えた爪とも見紛うカタールを振りかざし、素早く一薙ぎする。
「Azoth(アゾト)!」
 叫びと同時に三本の刀身が、輝光によって練り上げられた実態を持たない刃が二階堂に襲いかかった。
 だが、それを二階堂は魔餓憑緋を振るうことによって消滅させる。
「へぇ、アゾトに仮面、それにカタール! まさかあいつってことはないよな?」
 嬉しそうに呟き、二階堂は跳躍をする、横にある建物の壁に向かって。
 壁を蹴り飛ばし、二階堂は上昇すると、次々に壁を蹴り飛ばして上昇していく。
 あんなの人間業じゃない。
 だってそう、人間は垂直の壁を、蹴ることによってその壁を上っていくことなんか出来やしない。
 壁を用いた三角跳びを駆使し、二階堂は仮面使いの眼前まで上ってきた。
「仮面使い、久しぶりに遊ぼうか」
 仮面使いは正面にいる二階堂を、仮面から覗ける漆黒の睨み付ける。
 と、いつのまにか刀身のなくなった本体だけのカタールを外套の中にしまい込むと、仮面使いは自分がつけている仮面に手を伸ばし、カタールをしまい込む時に外套から取り出していた新たな仮面を取り出す。
「弓兵」
 そう呟いて仮面を被りなおした瞬間、仮面使いは二階堂から逃れるべく跳躍し、非常階段からビルの屋上へと飛び移る。
「逃げる気か、逃がさねぇ!」
 叫び、二階堂は司を追いかけるべく、跳躍してビルの屋上へと消えていった。
 数秒後、数騎は遠ざかっていく戦闘の音を聞きながら大きく安堵の息をついた。
 すなわち、まったく動くことのできなかった自分が生き長らえたことに安心を覚えたからだった。
 
























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