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第十羽 疑惑


「なぁ、司」
「何よ」
 二階堂と仮面使いが消え去ったビルを見上げながら数騎は続けた。
「二階堂って誰?」
「デュラミア・ザーグ、私の仲間よ。組織で新参者は複数で組んで事にあたることが多かったの。その時の腐れ縁」
「薙風って誰?」
「魔餓憑緋の本来の使い手」
「魔餓憑緋って何?」
「あー、うるさいなぁ!」
 質問攻めにしてこようとする数騎に司は大声を出した。
「こっちだっていろいろあって頭のなかグチャグチャになってんだから少しは黙ってよ」
「ご、ごめん」
「いいわ、謝んなくて。それより事態が大きく動いたわね。いったん事務所に戻りましょ。最悪、守護騎士団に連絡とらないとマズイかも」
「どういう事だよ」
「A級の魔剣士が暴走してるの、一大事でしょ。とりあえず綱野さんと今後のことについて相談しなくちゃ」
 言って司は事務所に向かって歩き出す。
「お、おい。グール探しはしないのか?」
「もう出て来やしなわよ。A級の魔剣士がぶつかりあってんのよ。たかが致死系魔剣を手にした程度のグールじゃびびって姿を現さないわよ」
「それって、僕の命は超ヤバイ状況にあるってこと?」
「そういうことだけど、どうしょもないでしょ。とりあえず今は事務所に戻る。続きはそれからよ」
 数騎はその言葉に文句を言いたげであったが、状況が状況だけに司に従うことにした。






「へぇ、アルカナムが言ってた魔剣がそこで出てきたのね」
 事務所に戻って、ソファに座りながら経緯を話すと、麻夜はさもつまらなそうに口を開いた。
「まったく面倒ね、魔餓憑緋だっけ?」
「はい、間違いなく魔餓憑緋です」
「本当に魔餓憑緋だったの?」
「昔、友人が使っていた魔剣です。見間違えたりなんかしません」
「ストーップ!」
 司と麻夜の会話を数騎が遮った。
 ソファに座る二人は、やはりソファに座って蚊帳の外にされていた数騎に注目する。
 数騎は腕を組み、強気な態度で尋ねた。
「さっきから難しそうな会話ばかりしておられる御様子ですが、何が何だかさっぱりわからないんですが!」
「何がわからないの、数騎?」
「魔餓憑緋って何?」
 数騎の質問に、司はポンと手を叩く。
「ああ、言い忘れてたわね。魔餓憑緋ってのは魔剣の名前。A級の魔剣で人造魔剣の中じゃトップクラスの代物よ。生まれたがあまりに虚弱であったため親に捨てられ、そのまま餓死した緋龍の魂が封印された凶刀(まがとう)にして妖刀(ようとう)にして邪刀(じゃとう)。達人五十人の血で鍛えられたこの刀は龍の魂と混ざり合い恐るべき力を秘める魔剣なの」
「恐るべき力って、どんな力なんだ?」
「まず使い手の意志を消し去り自分の操り人形にする。操られた人間は剣に身体能力を底上げされ異常なまでの力を発揮する。例えば壁を駆け上るとかね」
 言われて思い出す。
 魔餓憑緋を持った二階堂という男が三角跳びで壁を駆け登って行ったのを。
「そして吸収された達人の剣技がその人間に宿る。よって魔餓憑緋に操られた人間は異常なまでの敏捷性と圧倒的な剣技を誇る」
「やばくないか、それ?」
「まだまだ続くわよ。魔餓憑緋には緋龍の魂が封印されており、持ち主はその魂に肉体を蝕まれ龍と化し、その肉体を完全に乗っ取られるわ。まぁ、二階堂はそこまでの使い手じゃないから龍化することはないと思うけど。
それに加えて、あの魔剣は紅鉄と魔鋼という二つの金属の合金なの。魔鋼ってのは産出量が少なくて高価なんだけど輝光を打ち消さず、輝光をためこむことのできる特殊な金属で魔剣を作るのによく使われたりする金属。それと魔力を打ち消す紅鉄が組み合わされている。
だから魔餓憑緋は敵の扱う術式を、その刀身を振りまわすことで打ち消すことができる。ただし自身から輝光を用いてそれを攻撃に使用することはできないわ、自分で輝光を打ち消してるからね。
 でも、魔餓憑緋は対輝光能力と輝光抜きの戦闘に特化してる。輝光を使って戦う魔道師の私には荷が重過ぎるわ。数騎、あんたも輝光抜きで戦闘してる人間だけど、あれに勝てると思う?」
 数騎は素早く首を横に振った。
 そんな数騎に、両目をつぶりながら言った。
「でしょうね、あんたにできることは運動能力がたいしたことない一般人相手か、反応速度の鈍いグールをタイマンで倒すことぐらいだもんね」
 司は大きくため息をつくが、数騎はあえてそれに文句を言わない。
 なぜなら、自分がこの手の戦いで役にたたないことはわかりきっているからだ。
 そんな数騎を横目に、司は麻夜に視線を向ける。
「それで、綱野さん。お願いがあります」
「無理」
 内容を聞くでもなく、麻夜は司の要請を却下した。
「聞くだけ聞いて頂けないでしょうか?」
「無理なものは無理よ。騎士団に協力を要請しろっていうんでしょ。あいにくと組織は今、てんてこ舞いなのよ。アルス・マグナは知ってるわよね?」
「世界の再生を目論む連中ですよね……それが?」
「フランス本国でアルス・マグナの連中が何らかの不穏な動きを見せてるらしくて、それをどうにかして対処するので守護騎士団の連中は手一杯なんですって。こっちは自力で何とかしろって言われたわ」
「なんですか、それ! 無責任じゃないですか!」
「悪いけどね、魔術結社って言ったって、本国ならともかく日本じゃあくまで隠密部隊みたいなもんなのよ。一年に一人、海外に置いておく構成員を維持するのにいくらかかると思ってんの?
 ましてや命がけの仕事なんだから二足三文で働かせるわけにもいかない。おかげで魔術結社はいつだって人手不足。無報酬で頑張る連中もいるけど微々たるもん。人手が足りなくてここの管轄が私一人だからワトソンみたいな素人を雇ってるの、わかる?」
 金銭問題という現実を叩きつけられて司は思わずひるんでしまった。
「そういうわけで援軍はなし。現状戦力でどうにかしなさい」
「しなさいって、それじゃ私一人で何とかしろって言うんですか?」
「言ってないわよ、二人で何とかしなさいよ。一応、戦力のプラスも期待できるんだし」
「もしかして」
 数騎は思わず口に出して言ってしまった。
 麻夜に自分の予想した事柄を問うべく、数騎が声をあげる。
「麻夜さん、もしかして……」
「あら、勘がいいわね」
「どういうこと?」
 麻夜の心情を悟った数騎に対して、司は問いただした。
 数騎はため息をつく。
「簡単なことだよ、戦力がないなら現状の戦力で何とかしろってことだ。でも現状の戦力は司一人しかいない。僕は戦力外通告出されちゃったしね。だから麻夜さんはこう言いたいんだ。敵っぽくない仮面使いと協力して二人で敵っぽい魔餓憑緋の魔剣士を何とかしろって」
「はぁ? 話が飛躍しすぎよ!」
 司は頭を抱えて言った。
「綱野さん、冗談はやめてください。これまでの経緯から考えるに仮面使いは死霊術師なんですよね、今回の事件の元凶じゃないですか!」
「ならなおさら協力させられるわよ。だってあいつは罪を犯してる。それに目をつぶるから協力しろって言えば一発よ」
「そ、そんなのダメです!」
 叫び、司はソファの目の前にあるテーブルに拳を叩きつける。
「仮面使いと手を結ぶくらいなら私一人でやった方がマシです!」
 そんな司に、数騎は横槍を入れる。
「いや、そうでもないよ。だって死霊術師が見つかれば呪餓塵もこっちに転がりこむ。そうすれば僕の命も助かる。何の問題もない」
「大有りよ、だって呪餓塵を持ってるグールは今、死霊術師の手の中にいないもん」
「えっ! それどういう意味だ、司?」
「興味深い話だね、柴崎さん」
 数騎と麻夜が順番に、司に向かって口を開いた。
 そんな二人に、司は口ごもりながら言った。
「えっと、だって考えたらそう思いませんか。呪餓塵なんてグールに持たせて、もし組織の人間に見つかったらグールのオーナーである死霊術師が組織から魔剣を盗んだ犯人だってばれちゃうんですよ。それならグールに魔剣を持たせるわけがない」
「じゃあさ、何でグールは呪餓塵を持ってるの?」
「たぶん、昇格してゾンビになったからだと思う」
「昇格?」
「長い間、アンデットをやってるとね。腐敗して失われた脳が復元することがあるの。アカシックレコードってわかるかな。この世界全ての情報が記されてて、そこから失われた記憶を引っ張って来て脳を再生させるのよ。それで記憶を取り戻したアンデットは死者として、本当の意味で生を受けるの。死者の王って呼ばれている奴らは大体がこの類ね。で、ゾンビになったグールは死霊術師の支配を逃れちゃうのよ、勝手にね」
「読めた!」
 司の説明を聞いた瞬間、数騎が目を見開く。
「そうか、そういうことだったんだ。死霊術師がなんでグールを夜の町に放っていたかがわかった!」
「どういうこと、ワトソン?」
「いいですか、麻夜さん。死霊術師は何らかの形で呪餓塵を手に入れた。でもそれを自分のグール、もといゾンビに昇格したグールに盗み出されてしまった。それで困った死霊術師はグールを使ってゾンビを探させているんだ」
「なるほど、合点がいったわ。それなら死霊術師の愚行も理解できる。それならますます交渉はしやすいわね。過失を補おうとした行為だっていうなら少しは罪も軽くなる。組織に働きかければ謹慎くらいですましてもらえるかもしれない。これなら仮面使い、死霊術師って言ったほうがいいかな、も味方に引き込める」
「だからそれは絶対にダメ!」
 麻夜の言葉を全力で拒絶する司。
「仮面使いと協力するくらいなら私一人で何とかします。もし仮面使いと共同戦線を張るって言うんなら私は別行動しますから」
 そう言うと司はソファから立ちあがるとドアを開き、事務所から飛び出していった。
 麻夜は側にいる数騎に視線を送る。
「どうする、ワトソン?」
 数騎は窓の外を見やり、
「日も上ってきたし、グールを探すのも無駄ですから寝ます」
 そう答えると大きな欠伸をしてのけた。
「追いかけないの? って意味だったんだけどなぁ」
 一人ごちる麻夜。
 確かに司との連携も大切だ。
 だが、今の態度の硬化した司には何を言っても意味がないだろう。
 なら探索は一人でするしかない。
 そして、それには数騎自身が万全でなければ上手くいくわけがない。
 だからこれは自分の命を守るため。
 自身が死なない事を願う数騎は、これくらいしか選択肢がないのだ。
 数騎は麻夜の言葉を聞き流し、ソファに転がって寝ようと努力する。
 だが、なかなか眠る事はできなかった。
 終わりの時は刻々と近づいている。
 その恐怖が、数騎に眠りを与えなかった。
 怖くて目に涙がにじむ。
 数騎はそれを指でふき取り、何とか寝ようと努力する。
 結局、数騎は眠れたのは、それから数時間後の事だった。






 太陽が高く上った昼、数騎は商店街を散策していた。
 睡眠不足を解消した数騎は、目を覚まそうと無意味に商店街をうろつきまわる。
 何かがしたいわけじゃない。
 強いて言うなら、何もしないをしたいのだ。
 上手とは言い難い口笛を吹き、商店街を歩く数騎。
 と、その視線が一人の人物に注目された。
 腰まで伸びている長髪に青みがかった黒瞳、そして歳のいったおばさんのように着物を着込んでいるその少女。
 そう、目の前の薬局に桐里神楽という名の少女が買い物にきていたのであった。
 数騎は口笛を吹くのをやめ、神楽に近づいていった。
「やぁ、神楽さん。久しぶり」
「あっ」
 声をかけられ、はじめて数騎の存在に気付いたらしい。
 神楽は一呼吸置き、
「こんにちは、数騎さん」
 と、満面の笑顔を浮かべた。
「今日は、恋人さんは御一緒じゃないんですか?」
「いや、あれはね」
 神楽の問いに数騎は視線をそらしながら続ける。
「あれは恋人でも何でもないんだ。ちょっとウチの探偵事務所に一時的に配属された新人。仕事を覚えるまで麻夜さんの助手をやることになったんだ」
「へぇ、その割には仲がよろしいみたいですけど?」
「とんでもない、あいつは僕をからかってるだけですよ。僕になんか興味ないんです、ただ反応がおもしろいだけで」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
 神楽の言葉に、数騎はため息混じりに答える。
「全く、あいつもタチが悪いったらありゃしない。ホント、アイツは相当な悪女ですよ。人の事をからかってばっかで。まぁ、仕事は僕以上にできるから当分、アイツとは協力することになりそうですけどね」
「そうなんですか、大変ですね」
「同情、ありがたく受けとっておきますよ」
 数騎は微笑み、小さく息をつく。
「ま、そんなわけで恋人ってのは偽りなんで、信じないでくださいね」
「はいはい、わかりました」
 笑顔を浮かべ、神楽は答える。
 その笑顔の浮かべ方。
 手を口元に運び、口元を隠すようにしながら浮かべたその笑顔を見て、数騎は思わず心臓の高鳴りを覚えた。
 やはり、自分は相当この女性に引かれてる。
 顔が火照り、赤面していることを数騎はすぐさま感じ取り、
「あ、数騎。起きたんだ」
 背中から聞こえてきた司の声で一気に冷却されていく頬の温度を感じ取る。
「何だよ、司。どうしたんだ」
 振り向きながら答えると、司は赤い車に乗っていた。
 窓を開き、数騎に向かって口を開く。
「ちょっとドライブしない?」
「面倒くさい」
「昼飯おごるわよ」
「もう食事はすんだ」
「恋人の誘いを断わるなんてひどい男だね。そう思わない神楽ちゃん?」
「言うに事欠いてそれか、でも残念でした。神楽さんにはちゃんと誤解は解いたからな」
「ちぇー、つまんない。勘違いさせといた方がおもしろかったのに」
 唇を尖らせ、司はぶーぶー不平をこぼす。
 そんな司を見て、神楽は笑みを浮かべた。
「おもしろい人ですね」
「まぁ、娯楽にはことかかないというか」
 そう言って数騎は目を細めて司を見る。
 数騎の視線を受けると、司はおもしろくもなさそうに口を開いた。
「あ、ひどいこと言うわね。そんなこと言うと、もう食事奢ってあげないわよ」
「う、それは困ったな」
「へへーん、貧乏人の数騎が私に逆らおうなんて十年早いんだよーだ」
「むぅ、人の弱みにつけこむのは卑怯なんじゃ……」
「何か言った(怒)?」
「黙秘権を行使します」
 きっぱりと宣言する数騎。
 そんな二人のやり取りを黙って見護っていた神楽は、二人の顔を見比べ、
「仲がよろしいですね、まるで兄弟みたいです」
 本当に嬉しそうに微笑んで見せた。
 その反応に、数騎は片目をつぶって唸りはじめた。
「ん〜……兄弟、僕と司が?」
「はい、そう思いますよ。司さんの前ではものすごく気を抜いて話をしてます。私と話す時も気を抜いているんですけど、そうじゃない時の数騎さんはいつもピリピリしてますから。仕方ないですけどね、あんな事があったんだから」
 言って神楽は顔を曇らせる。
 あんな事……
 それは数騎がこの町に来て、まだホームレスをやっていた頃の話だ。
「その話はやめましょう、あまりいい話じゃない」
「そうですね、すみませんでした数騎さん」
「いや、謝られるほどのことでもないですよ」
 数騎がそう笑みを浮かべると、神楽は少々考えこみ、
「ところで司さん。もしかして数騎さんに用事があるんじゃないですか?」
「お、よくわかったね。用事がなくちゃ、いくら商店街だからって車を道で止めたりしなわよ」
「そうですか、それじゃあ私はこれで。会計を済ませてこなくちゃいけませんから」
 言って買い物カゴの中に入っている歯ブラシと歯磨き粉を見せ付ける。
「それでは、失礼します」
 そう言って頭を下げると、神楽は会計をしに行ってしまった。
 その後ろ姿を見送ると、数騎は司に視線を向けた。
「で、用事ってのは?」
「車に乗って、話したいことがあるの」






 車の中で揺られること三十分、数騎は駅からかなり離れた、デパートの地下駐車場までつれてこられた。
「で、話したいことってのは?」
 尋ねる数騎に司は沈黙を崩さない。
 先ほどからずっとこれだ。
 司は数騎を車に乗せた後、数騎の言葉に一言の返答もしていない。
「いいかげん話して欲しいな、話があるんじゃなかったのか?」
 それを聞くと、司は小さくため息をつき、シートベルトを弛める。
 それに倣い、数騎もシートベルトを弛める。
 と、そこに司が横から覆い被さってきた。
 鍵を抜いているから体がギアにぶつかっても大丈夫だが、問題はそんなことではない。
 何しろ、こんな狭い密室の中で女性である司が数騎の顔を手で抱えるようにして迫ってきているのだ。
「な、何すんだ司!」
「ねぇ、しよ」
「………………」
 いきなりのお言葉に返答もできずに呆然し、
「何考えてんだお前!」
 正気にかえった瞬間、大声で怒鳴り散らした。
 司はうるさそうに顔をしかめる。
「だって、急にしたくなっちゃったんだもん」
「なっちゃったもんじゃない! わかってんのか、今は昼だぞ、ここは公共の場だぞ。そういう事をする場所じゃないだろう」
「じゃあ、そういうことをする時間で、そういうことをする場所ならいいの?」
 言われ、少し考えた後に、
「そういう問題じゃないだろ!」
 震える声で数騎は言った。
「だいたい何で僕に迫ってくるのさ、ワケがわからない」
「私はわかるよ、数騎って好みだもん」
「僕が? ワケがわからない」
 数騎は自虐心から出た言葉を口にする。
 お世辞にも数騎の顔は美少年とは言えない。
 目つきが悪く、いつも数騎は不機嫌そうな顔をしている。
 が、人と話をする時や、笑顔を浮かべる時は普段の顔が嘘のように愛嬌のある顔になる。
 でも、その程度だ。
 見た女の子が騒ぐほどの美形でもなければ、見るのを嫌がられる醜い顔でもない。
 平均よりもやや下程度と数騎は決めつけている。
 自分が中流階級で真ん中らへんに属していると思いこむ日本人体質の典型だった。
 とりあえず、そんな自分が司のようなキレイな女性に迫られるには理由がなさ過ぎる。
 数騎はそれで司の行動を訝しんでいるのだ。
「僕に司が惚れる理由が全くわからない、からかってるの?」
「からかってなんかいないよ、私だって好みくらいあるし」
「僕みたいのが好みなの?」
「正直、顔はあんまり。でも私、数騎が好きなの?」
「どこが?」
「考え方」
 それに数騎は少々、驚きの顔を見せた。
「考え方って、どんな考え方が好きなのさ?」
「数騎はね、自分の周りのものを大切にする人間なのよ」
「自分の周り?」
「そう、数騎は相当なエゴイストよ。でも数騎のエゴは自分に向くエゴじゃない。数騎は自分の周りを護ろうとする時にとんでもないエゴイストになれる人間なのよ」
「どういう事だよ?」
「この数日間、私はあなたと一緒にいてわかったことがある。あなたは自分の計りに正直に動く人間よ。
自分の周りにいる大切な人のためならどんなことでもあなたは厭わないはず。例え幾多の人間をその手で殺そうとも、どんなにむごいことを他人にしてしまおうとも、一万人の人間を殺さなければ大切な人を助けられないって知ったら、あなたは十万人でも殺してやると口にし、言われた数だけの人間を殺し尽くす。
それもたった一人の人のために、あなたはそれができる人間なの」
「僕が、そんなこと……」
 言われてみて考える。
 そして、それがまんざらではないことに気付いた。
 もし、神楽さんの命が危うかったら。
 もし、麻夜さんの命が危うかったら。
 そしてもし、それを救う方法を見出すことができてなら。
 自分は、どんな非道なことでもやってのけてしまうであろう闇が、自分の中に存在していることに気がついた。
「前に言ったでしょ、人間の好みはその人間の経験から左右される。そしてその行動理念もまた然り。あなたはきっとそういう環境で苦渋を飲まされたことがあるんでしょうね。だからあなたは周りの人間を護るためにはエゴイストになれる。私はそんな人が好みなの」
「でも、なんで……」
「私ね、好きな人がいたの」
 そういうと、司は憂いを秘めた瞳を車内の天井に向ける。
「本当に私はあの人が好きだった。まっすぐで、子どものような夢を持っていたあの人に。あの人は言ったわ、自分は正義の味方になるんだ。一人でも多くの人を助けるために戦っているんだって。そしてあの人は戦い続けたわ。一人でも多くの人を救うために、なりふり構わず戦った。私はそんなあの人を助けようと、死に物狂いで付いて行った。
でもね、裏切られたの。ある強力な魔術師との戦いで、あの人の仲間である私たちが人質に取られた。もし、あの人が魔術師の邪魔をすれば魔術師は私たちを皆殺しにすると言ったわ。でも、あの人が魔術師の言いなりになってしまえば一つの町が消し飛び何万人もの死者がでる大惨事が引き起こされることはわかっていたから」
「見捨て……られたのか?」
「三人の命と、三万の命。どちらを取るかは火を見るより明らかだろうって、あの人は言ってのけたわ。あの人にとって私たちの命の重みは数に負けてしまう程度のもの。情に流されず小を切って大を救う人間を人は英雄と呼ぶわ。
でも、見捨てられる側から見てしまえばそれは裏切りに過ぎない。それも、それが大切な仲間だと思っていた人間だったとしたらね」
「そんな事が……あったのか……」
 思い出す。
 たしか司は言っていた、世界中の人間全てを幸せにするんだー、って言うヤツが大嫌いなの、と。
 それはもしかしたら、司を裏切った男が口にした言葉なのかも知れない。
 そう思い至ると、小さく聞こえないように数騎は唾を飲みこんだ。
 それにあわせるかのように、司は天井に向けていた視線を数騎に戻す。
「だからね、私は数騎のような人が好きなの。もし数騎にとって大切な人が人質に取られたら、数騎は国一つ滅ぼしてもその人を助けてくれるはず。
でも、それは数騎にとって大切な人だけ、数騎の中にいる人間だけなの。私は人の中に入りたい、いざという時でも私という人間を見捨てない、護ってくれる人のそばにいたいの」
 そう言って、司はさらに数騎に顔を近づける。
「護って……くれる?」
「そうだな」
 数騎は一息付いてから続けた。
「僕にとって、司の言い方を借りるなら司は僕の中に入ってる人間だ。もしも司がピンチになったら僕は絶対、司の事を助けるよ。だって僕は司のことが大好きだ」
「本当?」
「嘘なんかつかない。司が見抜いた通り、僕は自分の天秤に正直な人間だ。大切な人のためなら、きっと犠牲を気にせず助けると思う。それが僕にできそうなことならね。でも、だからってそれは僕が司を抱く理由にはならない」
「なんで? 私に魅力ないから?」
 言われて、頭の中で最大限に否定する。
 だってそう、司ほどかわいくて、それもスタイル抜群の女の子に魅力がないわけがない。
「違うよ、僕にとって司は相棒みたいなもんだ。異性としては見てるけど、女性としては見てないんだ。言ってる意味わかるよね?」
「つまり、恋愛対象ではないってこと?」
「そういうこと、それに司は僕が好きだからしようってワケじゃなくて、誰かの内側に入ったっていう既成事実が欲しいだけだよ。きっと司は護ってくれる人を求めてたんだ。だから僕みたいな自分より弱い人間に迫るようなことまでした」
「焦って……たのかな?」
「かもね、相当辛かっただろうな。好きな人に裏切られるなんてさ」
「そう……かもしれない。でも考えてみるとバカよね。護ってって言ったって、数騎の方が私より何倍も弱いんだから私がピンチになる時には数騎はもう死んじゃってるよね。あきらかに私より数騎の方が寿命短そうだし」
「泣きたくなるようなこと言わないで欲しいな、戦力外なのは一応気にしてるんだから」
 そう言って数騎がぶーたれると、司は小さく笑い、数騎から体を離すと自分のシートの背もたれに寄りかかる。
「でも損したわね、数騎。こんないい女とヤリ損ねちゃったんだから」
「言わないでくれ、泣きたくなる」
「あれ、したかったの?」
「当然さ、これでもお年頃なんだ」
「へぇ、じゃあやっぱりしようか?」
「い、いいよ! 今はそんな場合じゃないだろ。それに場所も時間も悪いし」
「場所も時間もよければいいの?」
 堂々巡り。
 そんな言葉を頭によぎらせながら数騎は小さくため息をつく。
「そういう話じゃないだろ。とりあえず、司はガードが緩過ぎる。しっかりとガード固めておかないと、遊び人に種つけられて泣くことになるんだからな」
「でも、泣けた方が幸せかもね」
 司の言葉に、数騎は眉をひそめた。
「だってそうでしょ数騎。もしこれから死んじゃうとしたら、そっちの方がよっぽど幸せなんじゃないかな。一応は生きてられるんだし」
「それは人にもよるけどさ、死んだ方がマシだって子もいるとは思うけどね、僕は。それにしても、どうしたんだよ司。まるでこれから死ぬようなこと言って」
 数騎にそう言われると、司は微笑みを浮かべた。
「冗談よ、もしこれから魔餓憑緋の魔剣士に殺されちゃったら、未来もないんだなと思って」
「大丈夫だろ、死霊術師を味方に引き入れればなんとかなるよ」
「あんまりうれしくはないけどね」
 そう言うと、司は車に鍵を突っ込むと思いっきり捻り、エンジンを始動させる。
「ね、数騎。今夜のことだけど」
「悪いけど死霊術師とは、いや仮面使いとは手を結ぶからね。そうしないと僕らには打開策が見当たらない」
「それはもう否定しないわ、数騎は勝手に仮面使いと手を結べばいい」
「だからって協力関係を断ち切るってのは無しだよ」
「そんな事言わないわよ。言いたいのは、今日は別行動しようってこと」
「別行動?」
 数騎は司が口にした言葉に首をかしげる。
「数騎は仮面使いと手を結ぶように交渉して欲しいの、その間。私は別行動するから」
「別行動、なんで?」
「聞かないで」
「聞かないでって?」
「あんた、女に恥かかせたのよ。据え膳も食べられない情けない男よね。だったら私の言うことくらい理由を聞かないで承知しなさい」
「痛いところ突くね」
「当然よ、こっちは断わられて頭にきてるんだから」
「なんでさ? そんなにしたかったのか?」
「数騎が思い浮かべてるのとは違う意味でね」
 そう言うと司はギアをドライブに入れ、車を動かしはじめる。
 結局、数騎たちは、デパートの地下に車を止めておきながら、デパートに入ることもなく地下駐車場を後にした。
 もちろん、駐車料金はばっちりと取られたのであった。






































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