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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十一羽 進展

第十一羽 進展


「じゃあ、そろそろ行ってきます」
 そう言って数騎はソファから立ちあがった。
 夕方頃、事務所まで送ってもらった数騎は司と別れ、事務所の中で時間が来るのを待っていた。
 そして夜が訪れる。
 グールたちが蠢くこの時間、数騎の行動開始時間である。
「ワトソン、気をつけて行ってきなさいよ」
「はい、必ず無事に帰ってきます」
 そう言って数騎は事務所を後にする。
 階段を降りて夜の町に足を踏み出す。
 柔らかい月明かりが、外に出た数騎を優しく包みこんだ。






 異層空間が展開されていることを察知した数騎は、鏡の中の世界にある、反転した路地裏を歩いていた。
 何度嗅いでも嗅ぎなれない。
 都会の死角である路地裏を歩きながら、数騎は思いをめぐらせた。
 見渡せば生ゴミ、汚物、タバコの吸殻、使用済みのコンドーム、小動物の死体。
 とりあえず悪臭を発しそうな物からそうでない物まで、秩序のないもので路地裏の地面は覆い尽くされていた。
「麻夜さんには危険なことをしないといった手前、派手に動くわけにもいかないけど。マズイなぁ」
 理由は簡単だ、呪餓塵によって下された呪いで自分の体が塵となって消え去るまで、あと四日しかない。
 見つけだせなければ死ぬという恐怖感をギリギリのところで押し隠しながら、今は仮面使いの姿を探す。
 正直、見つけ出せるという自信はない。
 今まで仮面使いと遭遇できたのは全て偶然。
 しかも、その内の二度までが向こうからの接近によるものだ。
 たった一度だけこちらが主導権を握ったこともあるが、あれは血の匂いが漂ってきたからに過ぎない。
 またそんな幸運に出くわせるとは……
「ん?」
 臭いがした。
 血ではない、これは肉が腐ったような臭い。
「グール? それとも……ゾンビ?」
 一瞬、立ち止まる。
 麻夜さんには危険なことはしないと約束した。
 仮面使いの協力を得て全ての事態に収集をつけさえすれば、必然的に呪餓塵は回収され、こちらの命は助かる可能性だってあるのだ。
 だが、それが四日以内に訪れる保証はどこにもありはしない。
 そもそも、仮説が正しければ仮面使いはゾンビの行方を見失っているのではないか。
「ごめんね、麻夜さん」
 口にして謝ると、数騎はポケットの中に手を突っ込みながら、臭いを辿って歩き出した。
 路地裏の中でも、表通りからより遠い地点へと足を運ぶ。
 そこに、そのアンデットがいた。
 紺のロングコートにジーンズ、深く被った帽子で顔を隠してはいるが、その腐臭までは隠しきれていない。
 と、その手に何かしらの刃物を握っているのが見えた。
 呪餓塵かどうかはわからないが、可能性は否定できない。
 こんな時、近眼と言うのは困りものだ。
 向こうはまだこちらに気付いていない。
 司の話では、自分は敵に察知されることはほぼないということらしく、それを利用しない手はない。
 ひっそりと、だが迅速に数騎はそのアンデットの後ろに回りこみ。
「………………!」
 無言で、だが大胆に襲いかかった。
 その突進に気付き、アンデットは振りかえり、右腕を走らせる。
 それに呼応するように、数騎は握り締めていた漆黒の短刀、ドゥンケル・リッターで斬りかかった。
 激突する黒と銀。
 その漆黒の刃を受け止めきったその銀影は、少々大きめのサバイバルナイフだった。
「呪餓塵か!」
 見覚えのあるそのナイフを目にして、数騎は笑みを浮かべる。
「悪いが……もらっとくぜ!」
 叫ぶなり、数騎は右足を一気に蹴り上げる。
 下方から襲いくる打撃、右手に蹴りを入れられたそのゾンビは、手からナイフを取り落とす。
 数騎は素早くそのサバイバルナイフを拾い上げると、ゾンビから距離を取った。
 そして驚く。
 それは、ただのナイフではなかった。
 握っているだけで手に温かいものを感じ、まるでナイフ自身が生きているように、鼓動が腕を伝わって聞こえてくる気がした。
 ナイフを眺めまわす。
 と、そのナイフの柄の部分にビーダマのような物がはまっていた。
 数騎はそのビーダマに指を触れさせてみる。
 と、簡単にビーダマは柄の部分から取れてしまった。
「なんだ、これ……って!」
 ナイフ、いや、はじめて魔剣を手にしたということで気がそれていた。
 数騎は目の前のゾンビがまだ平然と立っているという事実を完全に忘れていたのだ。
 ゾンビは握り締めた拳を数騎に叩きつける。
 腹部を狙ったその一撃。
 腹筋をたいして鍛えていない数騎は、その一撃に悶絶した。
 拳が炸裂していた場所はみぞおち。
 例え鍛えていようと、急所を狙われてはどうしようもなかっただろうと、数騎は心の中で言い分けするも、事態は最悪だ。
 今の一撃を受けるにあたって、手にしていたドゥンケル・リッターは地に落ち、呪餓塵の方は奪い返されてしまった。
 激痛に動きが取れない。
 痛みをこらえるために地面に蹲った状態で上を向くと、ゾンビは呪餓塵を逆手持ちに構え、今にも振り下ろそうとしている。
「ちく……しょう……」
 何とか逃れようと試みるが、みぞおちを打たれたショックで足が上手く反応してくれない。
 そして、ゾンビの腕が振り下ろされる。
 銀影が曲線を描きながら振り下ろされると同時に、別の銀影がその銀影を捕らえ、大きくその進行を妨害する。
 ゾンビはナイフを振り下ろすのをあきらめ、数騎から大きく距離をとるとその襲撃者に視線を向けた。
 ようやく回復し、数騎は起きあがって命の恩人を目にした。
 黒き外套がはためく。
 月光に照らされる光を反射させるものは、三本の刃が取りつけられた特殊な形をした短刀であるカタール。
 そして、その男の顔には白い仮面がつけられていた。
「仮面……使い……?」
「力もないくせに無茶をするからだ」
 仮面使いは仮面の中から面倒くさそうな声を出すと、ゾンビを睨み付ける。
「さて、お前もそろそろお縄についてもいい頃だとは思わんか、不死者よ。命なき者を丁重に扱ってやるほど私も親切ではないのでな」
 そう言ってカタールを構え、仮面使いは言い放つ。
「行くぞ、仮面舞踏(マスカレイド)の始まりだ」
 瞬間、銀影が閃く。
 それを見た瞬間、数騎はようやく麻夜の言っていたことを理解した。
 三本の刃が生えている手甲のような短剣であるカタール。
 その刃は全てアゾトの剣だ。
 あれはアゾトの剣を三本同時に振るうためにのみ存在するカタール。
 そして、その数騎の考えを肯定するかの如く、仮面使いは三度カタールを振るった。
 三の三乗は九、あわせて九本の剣の刀身がゾンビに向かって飛来する。
 迫る刃が疾風ならば、防ぐ刃は閃光だ。
 ゾンビは手にした呪餓塵を数度振るい、迫る九つの刃を全て叩き落す。
 それと同時にゾンビは仮面使いに背を向けて走り出した。
 仮面使いはそれを追おうとはせず、ましてやカタールを振りかざすこともせず、代わりに自分が顔にしていた白い仮面を外すと、別の仮面に被り代え、
「銃士」
 そう呟くと同時に外套のなかに刃を失ったカタールをしまいこむと、代わりに黒き拳銃を取り出す。
「その身に刻め」
 仮面使いは拳銃を両手で構えると、
「福音の銀翼!」
 トリガーを一気に引き絞り、
「虐殺業魔(イヴィルパニッシャー)!」
 銃身から強烈な閃光が発せられた。
 他者を抹消するために放たれた破壊の輝光。
 だが、ゾンビはそれをひらりと回避すると、そのまま路地の向こうへと逃げ延びてしまった。
 追撃はかけず、仮面使いは黒き拳銃を外套の中にしまい込む。
「迷惑な話だ」
 仮面使いは、今までの光景を黙して見ていた数騎に視線を向けた。
「貴様がいなければヤツを倒すために追いかけることもできたのだ。全く、迷惑をかけてくれることだな」
「な、なに言ってんだ」
 慌て、数騎は立ちあがりながら続ける。
「僕のことなんか気にせずにあいつを追いかければよかったじゃないか!」
「そうもいかん。二階堂のバカが魔餓憑緋にとり憑かれているのでな。もしかしたらお前を襲うかもしれない。気付かないか? すぐ近くにいるぞ」
 その言葉で数騎は視線を左右に巡らせる。
「いや、そういう意味じゃない。ここから五百メートルほど離れた場所にいるという意味だ。だが、もし私が何も言わずにお前を捨てていったらお前は間違いなく魔餓憑緋の露と消えていただろう」
「そうか……感謝するよ」
「そうしてもらいたいものだな、一度命を狙った相手に命を助けてもらったのだから」
 その仮面使いの言葉に、数騎は眉をひそめた。
「何言ってんだ。こっちはお前が切り裂き魔かもしれないと思って、僕の大切な人を殺されたんじゃないかと思って頑張っただけだ。それに手に血のついた剣を握ってたんだから怪しむのが普通だろう?」
「ふむ、一理はあるな。まぁ、あの時は私も大変だったのだ。ちなみに剣についていた血は私の血だ。二階堂との闘いで少々、負傷したというわけだ、短刀使い」
 まっすぐ数騎の目を見て話す仮面使い。
 と、数騎は言わなくてはならないことをようやく思い出した。
「そうだ、仮面使い……さん?」
「なんだ、その言い方は?」
「だって名前がわからないんだから、しょうがないだろ」
「仕方ない、名乗らせて頂くか。私の名前は柴崎司。仲間たちからは仮面使いと呼ばれている」
「へぇ、司と同じ名前か、しかも名字まで。珍しいこともあったもんだ」
「ほぅ、私と同じ名前のヤツがいるというのか」
「うん。たしかあんたも見てるはずだぜ。あの時、二階堂だっけ? とりあえず魔餓憑緋って刀を振り回してるヤツから僕たちを助けてくれた時。その時、僕の隣にいた女性が同じ名前なんだ」
「何だと?」
 仮面使いは声色をかえた。
「玉西が柴崎司と名乗った? どういうことだ?」
「な、何言ってるのさ?」
「おい、短刀使い。お前はあいつから何を聞いたんだ?」
「あいつって、司から?」
「違う。そうだが違う。あの女の名前は司でも柴崎でもない、玉西だ。玉西という名の死霊術師だ。私の知る中じゃ、あの歳でかなり優秀な術師だぞ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 仮面使いの言葉に驚き、数騎は息を飲む。
「仮面使い、あんた。司が死霊術師だって言いたいのか?」
「だからあいつは司じゃない。柴崎司と名乗ってはいるがヤツは柴崎司じゃない。柴崎司は私だ。あいつと私は顔なじみだからな。多分、何か理由があって私の名を名乗っていたのだろう」
 そこまで言われて数騎は考えはじめた。
 そう言えばはじめに会った時、名前を呼ばれたときの反応が鈍かったような気がする。
 あの時は気にしなかったが今ならわかる。
 なぜ司は名前を口にされた時、返事をするまでに少々、間があったのか。
 あれはこちらの意図を思い巡らせたのではなく、死霊術師である自分が今、守護騎士団からどのような目で観られているかを知り、それに対してどのように対処すべきか考えたが故の時間であったのだ。
 なぜ司が、いや玉西が柴崎司の名を語ったのか。
 まず、こちらの「柴崎司って言う人か?」という質問。
 この質問から、柴崎司という人間をこちらが知らないと知る。
 そして、司という名前は男女両方につけられる名前だ。
 玉西はそれを利用した。
 玉西は柴崎司になりすまし、守護騎士団の動きを調べてみることにした。
 そして綱野麻夜と対談し、自分が偽の柴崎司であることがバレないとわかった玉西は退魔組織の一員として自分たちと行動を共にしたのだ。
 では何故か?
 メリットは二つ、それは守護騎士団の対応をいち早く知ることができるからだ。
 綱野麻夜から情報を仕入れておけば退魔組織の動向もわかり、いざとなれば身を潜めることもできる。
 その他のメリットとしては、夜の町を歩いている際、自分が見つかって死霊術師と決めつけれれてしまうことを恐れたからだ。
 だが、味方として行動していれば自分の正体が死霊術師ではないか、という疑問を払拭させることができる。
 恐らく、今度の騒ぎは完全に玉西にとって誤算だったのだろう。
 突如、支配化にいたグールがゾンビ化、支配下を離れてしまう。
 それを見つけ出し、処分しなければ自分の魔術結社内での立場が危うくなる。
 そこで玉西はグールを町に中に放ち、ゾンビを探させていた。
 しかし、そこに愚鈍なグールを狩る者が現れた。
 それは知り合いである仮面使いとこの僕、須藤数騎だ。
 ゾンビを探すための持ち駒を狩られてはたまらない、そこで玉西は僕をグールで始末しようとするが、それを仮面使いに阻止される。
 そうと見るや、次は僕の前でグールを一体破壊して見せ、味方に引き入れる。
 そしてその後は行動を共にし、グール狩りを止めさせる。
 その間にグールたちはゾンビを探しまわっていたというわけだ。
 ただでさえ面倒な事態だというのに、それに連続猟奇殺人が加わったおかげで、僕はその犯人が仮面使いだと思いこみ、話はいろいろと面倒なことになったというわけだ。
 紐解いてみれば実に簡単な話だ。
 だが、わからないことはまだまだ残っている。
 それを質問として仮面使いにぶつけてやりたいところだが、今はそのような事態ではない。
「ところで、仮面使い」
「なんだ? 名前を聞いたのだから名前で呼べ」
「悪いけど僕にとっての司はあいつだ。あんたのことを司って呼ぶのはちょっとひっかかる」
「ま、構わんがね」
 仮面使いは小さくため息をつく。
 それを聞かなかったフリをして、数騎は口を開く。
「でさ、確認しておくけど、あんたは死霊術師じゃないんだな」
「そうだ」
「なら頼みがある、協力してくれないか?」
「ほぅ、どのようなことを?」
「二つほど、一つは魔餓憑緋の魔剣士の暴走を止める。もう一つはゾンビから呪餓塵を奪い取ること。と、言ってもこっちはアルカナムから柴崎司に協力しろって言われてるから、どちらかというと協力するのはこっちなんだけどね」
「片方は理解できるが、呪餓塵を奪い取るとは?」
「僕が呪餓塵の呪いに犯されてるんだ。あと四日以内に解呪しないと死んじゃうんだよ」
「ああ、それなら心配いらないぞ、たしか……」
 思い出したように呟くと、仮面使いは屈み込み、地面から何かを拾い上げる。
 それは呪餓塵の柄についていたビーダマだった。
「ほら、受け取れ」
 ビーダマを数騎に手渡そうとする仮面使い。
「何、そのビーダマ?」
「呪餓塵の解呪薬だ。一日に一個、呪餓塵の柄から生えてくるものさ。さぁ、早く飲め。これは三十分以内に体内に入れないと空中で分解してしまう性質のものなのだ」
 その言葉に、数騎はビーダマを受け取ると素早く飲みこむ。
「よし、これでお前が死ぬことはもうないだろう。呪餓塵の呪いは解けた。これでもう満足だな」
「何がさ?」
「裏の世界に顔を突っ込むことだ。魔剣一つ持ち歩かないで裏世界に足を踏み入れるとは何を考えている。どうせ異能など何も持ち合わせていないのだろう。獲物が短刀だけでは敵の不意をついて戦うのが手一杯だ。それすら失敗しただろう? ならばこの世界から手を引け。お前のような弱者がいていいような世界ではないのだ」
「なっ……だからって!」
「私の目的は一人でも多くの人間を守ることだ。それはお前も、殺人鬼すらも該当する。だからお前は死んでくれるな。それが私の望みなのだから」
「正義の味方のつもりか?」
 数騎の問いかけに、仮面使いは小さくため息をつき、
「そうかもな、それが柴崎司の生き様なのだろうな」
 と、自虐的な瞳で数騎を見据えた。
「とりあえずだ、短刀使い。お前の提案には乗ってやる。魔餓憑緋の魔剣士はどのみち私と玉西の知り合いあいだ。助け出して見せる。ゾンビも玉西と協力して私が何とかしてやろう」
 そう言うと、仮面使いは数騎に背を向ける。
「二度と会わなくてすむのが一番いいだろう、お互いにな」
 黒き外套がはためく。
 それと同時に仮面使いは数騎に背を向け、ゾンビの消えていった方へと走り出した。
 その背中を見つめながら数騎は考える。
 仮面使いが自分を置き去りにしたのは、恐らく魔餓憑緋の魔剣士が遠くへ行ってしまい、自分がすぐさま鏡内界から出れば安全だと判断したからだろう。
 ならば、これで自分の仕事は終わりだ。
 やることもなく、自分以上の力の持ち主が後は全て片付けてくれる。
「なら、後は帰るだけじゃないか」
 命の危険はさった。
 仕事の引継ぎも終わった。
 でも、
「やばい、面倒なこと約束したもんだ」
 そう、数騎は約束していた。
 自分が護ってやると。
 柴崎司を護ってやると約束してしまった。
「考えてみれば言ってやりたいこともあるしな。探し出して文句たれてやらないと」
 そう呟くが早いか、数騎は駆け出した。
 向かう方向は仮面使いの消えた方ではなく、全く違う方向。
 玉西、いや司の姿を探して、須藤数騎は夜の町を走り抜ける。






「見つけたぞ、ようやくな」
 ドスの効いた低い声が、ビルとビルに挟まれた細い路地裏に響く。
 声の主は皮ジャンとジーンズに身を包み、紅の鉄で作り出された魔剣を持つ男、二階堂だ。
 それに対峙するは「いかにも魔術師です」と言いたげな茶色のローブに身を包む女性、玉西彩花だった。
 彩花の纏うローブには金属が一つとして使われておらず、逆に輝光の流れを円滑にする術式が施されている。
 彩花は二階堂を真っ直ぐとその瞳で見据えた。
「正直、あんたとやりあいたくはなかったんだけどね」
「知るか、それはお前の都合だろう? それにオレの魔餓憑緋はそこらの術師の呪文は全て打ち消しちまうからな。戦闘専門の術師だってキツイのに、お前は戦闘向きの術師ではないんだろう? それならばお前がオレと戦いたくないのは道理というものだ」
「笑わせるね、別に術師は自身が強い必要なんてないのよ。結果的に戦力さえ保持できれば自身が強い術師となんらかわりはない」
「ほぅ、奥の手を持ってきたってか。そういえば一度も見せてもらった事がなかったな」
 二階堂は笑いながら空を仰ぐ。
 絶対的勝利を確信する余裕の笑みだ。
 もし、ここで彩花が奇襲を仕掛けたところで無意味だろう。
 互いの距離はほぼ六メートル。
 彩花の持つ輝光弾の速度は疾風だが、魔餓憑緋により身体能力を上昇させている二階堂の速度はまさに神風だ。
「では、そろそろはじめようか。魔餓憑緋がその身を赤く染めたいと欲しているのでな」
「ほざかないでよ。その刀、十分に血は堪能しているんでしょ?」
「笑わせるな。この程度では」
 そう言うと、二階堂は腰をかがめてバネをため、
「足りんよ!」
 俊足をもって彩花に突進した。
「展開、光鱗の盾(ライトシールド オープン)!」
 彩花も素早く呪文を唱え、二階堂に対する迎撃とする。
 呪文により紡がれた異能は、輝光弾を幾十にも張り巡らせた防壁だ。
 これでビルとビルの隙間を覆い尽くすことによって彩花は通路を遮断、二階堂の突進は防がれると思われたが、
「甘い!」
 二階堂は彩花の戦術を超えた動きを見せる。
 張り巡らされた壁は鉄壁。
 触れれば衝撃を受け、魔餓憑緋を持ってしても簡単には打ち破れない輝光の壁。
 それを二階堂は、何とビルの壁を足場にすることにより上りきってしまった。
 輝光障壁の高さはせいぜい三メートル。
 魔餓憑緋により身体能力を強化された二階堂はビルの壁を利用して障壁よりも上空へ到達すると、壁を乗り越え跳躍。
 周囲の壁を用いて減速をかけながら壁の内側に入りこんだ。
 加速を殺しながら着地する二階堂、対峙する彩花は四メートル先。
 仕掛ければ必殺であるこの射程、先に動いたのは彩花だった。
 いや、動かざるを得なかった。
 同時に動けば速度において優る魔餓憑緋に勝てる見込みはない。
 それを予期し、二階堂の着地と同時に彩花は呪文を発動した。
「弾幕と化し、彼の者を射よ(ガストバレルフルオープン)。其、死者の瀑布(ガストバレットクレイモア)!」
「来たな、とっておき!」
 二階堂の叫びと呼応するかのように、彩花の背後に存在していた、障壁を構成する輝光弾、その全てが二階堂に殺到する。
「死霊如きで、オレが倒せるか!」
 二階堂の言葉の通り、彩花の放つ輝光弾は死者の霊魂だ。
 死霊術師である彩花は、死者の霊魂を操ることができる。
 輝光を失い魂だけとなった死者に自分の輝光を分け与えることで使役し、輝光を持った霊魂はそのまま現世に干渉できる武器となる。
 敵に死霊の弾丸を浴びせ、着弾時にそれを炸裂させて対象の精神に打撃を与える術、死者の弾丸。
 それが彩花の得意とする術だった。
 肉体には何のダメージも与えないが、精神を砕けばその人間は行動不能になる。
 魂と肉体の繋がりが弱い不死者相手なら精神の崩壊は肉体の崩壊に直結する。
 故にこの光弾を浴びたグールは跡形もなく消滅した。
 だが、
「無駄無駄ぁ!」
 乱舞を見せる真紅の剣閃。
 迫る光弾の輝光をことごとく打ち消し、破壊力、そのことごとくを消し飛ばす。
 輝光障壁から転用された光弾、その数二百八十三。
 その全てを迎撃しつつ、二階堂は彩花に迫る。
 彩花は元々、死霊を操り、不死者などの使い魔を用いるだけの戦闘向きではない魔道師だ。
 武器といえば死者の光弾のみ、接近戦は一切不可。
 死霊に輝光を与えて現世に干渉させることが、彼女にとっての唯一の魔道(ぶき)だった。
「死ねぇ!」
 迫る二階堂。
 死霊の光弾は二階堂の進撃を阻む力を持ち得ない。
「ねぇ、二階堂」
 迫る二階堂を見据え、彩花は続けた。
「私の奥の手、見たい?」
 彩花の眼前まで迫った二階堂は魔餓憑緋を大上段に振り上げる。
 その真紅の鉄は月光に照らされ、まるで死神の鎌のようにも見えた。
 それを睨みつけながら彩花は、
「見せてあげるわ(コール、ソードサーヴァント)!」
 咆えるようにその呪文を解放した。
 瞬間、一人の剣士が彩花の眼前に姿を現す。
 まるで江戸時代を思わせる陣羽織、後頭部で結ばれた黒き長髪が風に揺れている。
 その手に収まるは三尺一寸の長刀。
 剣士の二階堂を見据える瞳は細く、そして鋭かった。
 二階堂の魔餓憑緋が、突如出現した剣士に向かって振り下ろされる。
 が、それを剣士はいとも容易く受け止めた。
 さらに二階堂は剣撃を見舞うが、そのことごとくを剣士はやり過ごす。
 目の前の剣士は明らかに達人。
 警戒し、二階堂は後ろに跳んで大きく距離を取る。
 実力は互角と言ったところ、勝てる気もするが負ける気も十分にする。
 さらに武器の射程の長さ。
 向こうの剣士の長刀は、こちらの魔餓憑緋より二十センチは長い。
 この差は非常に大きかった。
 武器の射程において勝ることはそのまま優位を意味する。
 が、長く重い剣というのは扱いが難しく、並大抵の者では扱えない。
 使い手を選ばずに扱えるよう作られた魔餓憑緋は射程と重量であの長剣に劣る。
 それでも勝機はある。
 こちらには何者をも上回る速度という武器があるのだ。
 剣の極意は剣術と歩術。
 剣術において互角でも、歩術が上回れば勝機は十分。
「ならば」
二階堂は腰を落とし突撃の速度を得ようとバネをため、
「行くぞ!」
 叫び、駆け出す。
 二階堂の突進はまさに弾丸のようであった。
 速く、そして荒々しい。
 その突進を、剣士は横薙ぎの斬撃を放つことで食いとめようとした。
 しかし、二階堂はその敏捷性を生かして突進を止め、斜め後に跳躍、剣閃から逃れる。
「なるほど、こう言うことね」
 彩花の言葉とそれは同時に起こった。
 それはまるで誘いこむ、蜘蛛の罠のようでもあった。
 ただ、結果だけを見るならば血が吹き荒れた。
 斬り飛ばされた右腕は宙を舞い、切り裂かれた右腕をつけたまま、刀は地面に落ちる。
 鮮血の中に落ちた紅鉄の刀は、持ち主の血にまみれ、さらに赤く染まっていく。
 そう、彩花が言葉を発すると同時に、剣士の刀によって二階堂は右腕を切り飛ばされていた。
 さきほど、二階堂は横薙ぎの斬撃を回避するため斜め後に飛んでいた。
 そしてこの時、二階堂は、一瞬とは言え空中に浮いてしまっていた(・・・・・・・・・・・・)のだ。
 そこが剣士のねらい目だった。
 空中にて身動きのできないその一瞬を狙い、一気に踏み込むとその長刀を振るい、右腕を跳ね飛ばしたのだ。
 それは知るものぞ知る大技。
 長刀にものを言わせた先制攻撃に、剣士ならば受けずに避けると言った常識を突いた奥技。
 不可避の状況を作り出し、そこをついて敵を仕留める秘剣『燕返し』。
 それを繰り出され、魔餓憑緋の魔剣士は敗北した。
「二階堂、あんた私をなめてたわ。確かに私はあなたより弱いし、武器も気光弾しかなかった。でも、それはあくまで私自身の力。でも私の戦力は優れていた。私は死霊を操り、輝光を与えることによって現世に干渉させる能力を持っている」
「う、腕がー! オレの腕がー!」
 腕から吹き出す血を止めるために、二階堂は自分の服を千切り、口と残った左腕で血止めをしている。
 それを横目に彩花は続けた。
「だから、あなたは考えておく必要があった。もしも輝光を用いて死霊を現世に干渉できる力を持つのなら、相当量の輝光を費やすことで死霊を一時的に現界させる能力があるのではないか、ってね」
「な、なるほど。そりゃ考えつかなかったな」
 苦しそうにうめく二階堂。
 それを見て彩花は小さくため息をつく。
 そして呪文を唱えると、手から光弾を放ち、それが二階堂の傷口に向かう。
 傷口に向かった死霊はトリモチのようになって二階堂の切断された腕に張り付き、そこに固定される。
 それと同時に、傷口からの出血は止まった。
「二階堂、悪いけど斬り飛ばした腕はくっつけられないからね。私の系統はそんなに器用じゃないの」
「知ってる、身から出た錆だ。お前を攻めたりはしない」
 そう言うと、二階堂は傷に顔をゆがめながらも立ちあがる。
「迷惑かけたな、玉西」
「まったくよ。あっ、戻っていいわよ」
 前半は二階堂に、後半は自分が出現させた剣士に言った言葉であった。
 長刀の剣士はそれを聞くと同時に、一瞬にしてその姿を四散させた。
「あの剣士、一体何者だったんだ?」
「佐々木小次郎の自縛霊よ、あの事件の直後にとある島から引っぺがして手に入れてたの。言ってなかったっけ? でも正直、霊の具現化てのはマジで難しいからね。具現化の邪魔になる金属を一切省くためにこの格好してるのよ。
それにこれがあると能力が上昇するからね。神経への負担がはげしいから一週間に一度くらいしか使えないし。これがあってはじめて霊の具現化が可能なわけよ」
 言って彩花は自分が身に纏っている茶色のローブを二階堂に見せ付けた。
 そんな彩花に、二階堂は苦しそうに口を開く。
「佐々木小次郎の死霊か。ってことはあの長刀は物干し竿ってわけだ。どうりでお強いと思った」
「で、あんた。私に言うことは?」
 腕を組み、二階堂を睨み付ける彩花。
「うっ、すまん。今回のことはオレがわるかった」
「ホントよ、人が折角敵の手から奪い返した魔餓憑緋を勝手に抜いちゃうんだもん。おかげでこっちは大迷惑よ。あんたは魔餓憑緋に操られて猟奇殺人起こしちゃうし、私のグールの一体がゾンビに昇格して、敵から奪い返した呪餓塵まで持って行く始末。大変だったんだからね」
「許してくれ、オレだって痛い目を見てるんだ」
 そう言って二階堂は切り飛ばされた右腕を見せ付ける。
「あ〜あ、もしかしたらまだくっつくかも知れないわよ。病院行きましょうか?」
「そうしよう、氷あるか?」
「ない、とりあえずどっかでもらって……」
 彩花の言葉が途切れる。
 そして、彩花は驚きに目を見開いた。
 それに気付き、二階堂も後ろを振り向く。
 そこには、
「グルルル……」
 唸り声をあげている呪餓塵を手にしたゾンビがいた。
「やった、見つけた!」
 歓喜の声をあげる彩花。
 だが、
「あっ……」
 それはすぐ絶望の声色に変わった。
 そう、そのゾンビは手にしてはいけないものを手にしてしまっていた。
 二階堂の右腕に握り締められたままであった凶刀(まがとう)にして妖刀(ようとう)にして邪刀(じゃとう)。
 魔餓憑緋という名の魔剣を、ゾンビはその手の中に収めていた。
「ウソ、そんな」
 ゾンビは魔餓憑緋の力を解放するとその俊敏性を生かし、一気に壁を駆け上る。
 魔飢憑緋の柄を握り締めていた二階堂の右手はその衝撃で地面に転がった。
 その瞬間だった。
「虐殺業魔(イヴィルパニッシャー)!」
 突然、どこかからゾンビに向けて繰り出される閃光。
 しかし、ゾンビはそれをいとも容易く回避すると、そのままビルの向こうへ消えてしまった。
 そして、黒き外套を身に纏う仮面の男が姿を現す。
「大丈夫か、玉西」
「あっ、司……?」
 彩花はその言葉を聞くと、同時に脱力し、
「玉西!」
 そのまま前のめりに地面に倒れてしまった。





















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