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第一羽 逃避


 花瓶が頭に直撃した。
 痛い。
 ものすごく痛い。
 別に普通にぶつかるとかならまだマシだ。
 でも、誰かが懇親の力で投げたものを頭に食らうのは正直いただけないというものだろう。
 おまけに近所の迷惑も考えず、その女は怒鳴り散らす。
 外に筒抜けになっているのもわからないのか、鬼のような形相でこちらに迫ってくる。
 今、僕がいる場所は自分の家の自分にあてがわれた部屋。
 どこにも逃げ場などない袋小路だ。
 女は怒鳴りながら近づいてくる。
 その形相はとかく恐ろしい。
 何しろこの人は、事あるごとに僕に暴力を振るうのだ。
 僕はこの人に手を出すことができない。
 だって大人と子供じゃ力関係はお話にもならないから。
 だから僕は体を丸めて部屋の隅で小さくなっている。
 でも木製の花瓶を投げ付けるだけでは飽き足らないらしく、その女は僕の髪の毛を引っ張って立ちあがらせる。
 髪の毛が抜けてしまいそうになるので、もう立つしかない。
 そこに叩き込まれるのはボディブローだ。
 左手で髪の毛を握り締めサンドバックにした僕を右手で乱打する。
 この人は世間体を気にするらしく顔には一切拳を繰り出さない。
 でも代わりに服で隠れる場所はいくらだって殴った。
 もちろん蹴ったりもするし、物を投げたりもする。
 御飯をもらえない時もあれば、教科書をビリビリに破り捨てたりだってする。
 泣きたくなってきた。
 普通の子どもって言うのはこんなふうに親に殴られたりなんかしないはずだ。
 親って言うのは子供に優しくて、甘えさせてくれるのが普通のはずだ。
 普通が良かった。
 みんな普通がよかった。
 普通ならみんなが幸せで。
 普通なら僕も幸せなのだろう。
 いつも思ってた。
 世界中のみんなが幸せならいいのに。
 だってそう。
 世界中のみんなが幸せなのであればきっと。
 きっと……






 振動に体を揺さぶられて目を覚ました。
 急いで左右に視線をやる。
 場所は電車の座席。
 顔を見上げて電車の出入り口についている液晶を見る。
 次の目的地は北川町と表示されている。
 どうやら乗り過ごしたわけではないようだ。
 ちょっと油断した。
 疲れが溜まっていたのか寝てしまったらしい。
 小さく唸り声をあげる。
 見たくもない夢を見てしまった。
 しかもすごくリアリティがあって最悪だ。
 まるでその現場に居合わせたかのような現実感。
 どうせ夢を見るならもっと楽しい夢にしてほしい。
 と、心の中で愚痴っていると妙に右の耳が痛いのに気づく。
 どうやら右の耳をつぶして眠っていたようだ。
「ん?」
 疑問が生じる。
 つぶして寝るにはつぶすための床、もしくはそれに準ずるものが必要なはずだ。
 だが電車の座席にそんなものはない。
 だって僕は座って寝ていたのだから。
「むぅ」
 ある可能性を思い付き右に視線をやる。
 さっき周囲を見まわした時に、一瞬目にしていた気がする。
 そして、その可能性を肯定するかのように、そこには着物に身を包んだ女性の姿があった。
 目があうと、女性は優しく微笑みを浮かべる。
「あ、すいませんでした」
 僕は小さな声であやまり、すぐに視線をそらす。
 それはあまりに簡単なこと。
 ようするに不覚にも眠ってしまった僕は知らず知らずのうちに彼女に持たれかかり、彼女の右肩を枕にして眠ってしまっていたのだ。
「むぅ」
 思わず唸る。
 これはとんだ失態だ。
 こんなにきれいな人によりかかって寝てしまうとはなさけない。
 恥ずかしくてしょうがないが、座席を立って離れると言うのもおかしな話。
 とりあえずここに居座ることに決めた。
 気を紛らわせるために外の景色に目をやる。
 電車の速度に合わせて流れていく風景。
 都会と言えど、そこは国土の八十%近くが山岳地帯である日本。
 なかなかに起伏が激しく、ところどころに緑色に生い茂る木が覗ける。
 思えば僕の住んでいたところは完璧な都会だった。
 山一つ、丘一つない平地で道路は常に車が走りまわり、大量の踏切が通行の邪魔をしている。
 デパートが立ち並び、遊び場所にも事欠かず、少ないのは公園とお水系のお店くらいなもの。
 なんて住み心地のいい街だったろう。
 でもあそこにはもう居たくない。
 だって、居たくないから僕はここにいる。
 居たくないからこそ、こうして電車の中で揺られているのだ。
「美坂駅、美坂駅」
 アナウンスが流れる。
 それを聞き、僕は座席から立ちあがった。
 別にこの町に来たかったわけではない。
 だが、自分の住んでいた町からある程度離れており、なおかつ金があまりかからなそうなところを選んだだけである。
 ホームに降り、周囲を見渡す。
 そこには緑があった。
 生い茂る木々、流れる川、そして巨大なデパート。
 はじめてみるその光景に、僕は感嘆の息を漏らす。
 未知が生み出した感情は期待と不安。
 だが、今の僕の心は明らかに期待が上回っていた。
 家から厳選して持ち出してきた衣服の詰まった旅行用の巨大なリュックを背にしながら僕は歩きはじめた。
 改札を抜け、駅の外に出る。
 眩しい日差しを手で防ぎながら、僕はそこにある風景を視界に入れた。
 都会でありながら緑を多く残すその町は、非常に活気に溢れていた。
 公園はやはり緑で覆われ子どもたちが遊びまわっており、その周囲ではおばさんたちが世間話に花を咲かせている。
 そんな景色を横目にし、とりあえず歩くことにした。
 日差しを浴びながら新たに暮らすことになった町の地図を頭の中に構築しながらの散策だ。
 緑が多いとは言えそこは都会。
 コンビニエンスストアもあれば古本屋もある。
「住み心地がよさそうだな」
 はにかんだ笑顔を浮かべる。
 だってそう。
 これだけ緑が多ければ喘息持ちのこの体にもいいだろうし、田舎すぎないから自分の住んでいたところに近い水準の暮らしができるだろう。
「お金があればね」
 呟きポケットの財布に手を伸ばす。
 ポケットから取り出した財布を開き、中を覗く。
 そこには輸吉が十枚ほど存在していた。
 十五歳の少年にとってそれは大金と言える金である。
 ではなぜ持っているのか。
 理由は簡単、親の財布から抜き取ってきたのだ。
 もちろん財布の中に十万入っていたわけではなく、引き出しからもあさってみた。
 大小あわせ、総合的には十五万近い大金を持ち歩いている。
 そしてここは家から十キロ以上離れている。
 つまりどう言うことかわかりやすく言うならば答えは一つ。
 僕は家出をしてきた。
 なんでかって、答えは簡単。
 あんな家に、もう住んでいられないからだ。
 長年ずっと思ってた。
 小さな家出なら何度もした経験はあるが、六桁以上の金を持っての家出は今回が初めてだし、電車を乗り換えるほどの距離を一人で移動したのも今回がはじめてだ。
 もう一度財布を見る。
 これが今の僕の全財産だ。
 これを失えば僕は無一文、家に帰ることすらできなくなる。
「ホテルに泊まるわけにはいかないよな」
 何しろ支出はあっても収入はない。
 何とか稼ぎ口を見つけるまで、一切の無駄遣いは厳禁である。
「仕事探さないとなぁ」
 ぼやくが実際に仕事を探すのどう考えても難しい。
 この年齢ではバイトくらいしかできなさそうなのだが、履歴書を偽造でもしない限りバイトだってできそうにない。
 でも、ワケありの人間だって雇ってくれる店もあるだろう。
 とりあえず十八くらいまではバイトで食いつないで、それくらいになったらどっかの会社に就職する。
 完璧な計算だ。
 思ったより容易そうな人生設計に思わず笑みを浮かべる。
 と、歩いているうちに公園が視界にとまった。
 駅にあったのより大きめの公園だ。
 とりあえず足を運んでみる。
 ジャングルジムをはじめとする基本的な遊具が存在し、サッカーはおろか野球すらできそうな巨大な公園。
 ここに立ち寄った理由は一つ、今夜の宿を探すこと。
 公園の遊具と言うのは野宿において優秀な『おウチ』と変貌する可能性が非常に高い。
 とりあえず他のホームレスが目をつけている可能性もあるから明るい内にいくつか寝床候補を見つけておかないといけない。
 一応小さめのビニールテントを持ってこそいるものの、耐久力のことを考えるとちゃんとした屋根が欲しいところである。
「まったく、不便なもんだね」
 なかなかどうして家出少年が暮らしやすいようには、この日本という国はできていないらしい。
 そりゃ、できてたら逆におかしいかもしれないが文句の一つも言いたくなる。
 と、公園から出てすぐ入り口のあたりに看板を見つけた。
 それは地図だった。
 公園の地図かと思ったがどうやら町の地図らしい。
「この町の地図か、覚えておいて損はないな」
 何しろ当分この町に居付くつもりなのだ。
 場所の把握は最重要項目の一つである。
 まず国鉄と私鉄でそれぞれある美坂駅、僕が利用したのは国鉄の方だ。
 あとこの町には飲川と言うとてつもなく長い川が町中を彎曲しながら駆けまわっている。
 どうやらどこを歩いてもこの飲川という川にぶつかるらしい。
 国鉄の美坂駅の周囲には商店街。
 大きな道路の先には私鉄の美坂駅が存在し、そこは歌舞伎町になっているらしい。
 町の端の部分は隆起しており丘になっているようだが住宅街はない。
 その奥には大きな山があり、天辺には教会の存在が確認できる。
「へぇ、愉快な町だな」
 とりあえずいろいろあることに驚嘆する。
 どうやら思った通り、住み心地は良さそうだし、不足するものもあまりないだろう。
 もう一度言うが金があればの話ではあるが。
「とりあえず、寝床の候補でも探してみるか」
 ひとりごちて歩き出す。
 次は商店街、その次は歌舞伎町のあたりに行ってみよう。
 多分、商店街は管理が行き届いてるから寝れるところは少ないだろうが、地理を覚えるために一応。
 歌舞伎町には僕がバイトできそうな店もあるかもしれない。
 そう思い、足を商店街に向けた、その時だ。
 突然、衝撃を受けて尻餅をついた。
 顔面が痛い。
 何があたったんだ?
 地面から正面を見上げると、そこには赤いドアが存在した。
 その左には赤い車。
 どうやら前方確認もしないでドアを空け、そこに偶然居合わせた僕が正面衝突してしまったらしい。
 と、ドアの向こう側から一人の男が現れた。
「大丈夫か?」
「ええ……まぁ」
 答えながら立ちあがる。
 男は申し訳なさそうに頭を下げた。
 身長が高く、やや美形気味のイイ男だ。
 身長が低く、あまりイイ男ではない自分としては思わず嫉妬してしまう。
「すまない、周囲の確認を怠たっていた」
「次から気をつけてくださいよ」
 そう言って僕は男の脇をすりぬけて先に進む。
「ケガはないかい?」
 後から男の声が聞こえる。
 僕は後を振り向くことなく腕を上にあげ、手首を左右に振ってケガのない事を彼に伝える。
 ちょっと鼻が痛い。
 少しばかり涙目になりながらも、僕は商店街に向かって歩きつづけることにした。






「ミスったな柴崎」
 運転席から男の声が聞こえてきた。
 柴崎と呼ばれた男は車の中を覗き込みながら口を開く。
「お前が自販機でジュースを買って来いと言ったからこうなったんだろう?」
「あの黒い男の子。かわいそうに、直撃だったぜ」
 二階堂は皮肉ったらしい笑みを浮かべた。
 ちょっと……いや、かなりふくよかな肉体を持つ二階堂は、そのように笑顔を浮かべると顔が丸々としていて、嫌味な顔もなかなか嫌味ったらしく見えないのであまり腹は立たない。
「気づいてたなら注意してくれよな」
「悪いがオレは気づいてなかったぜ。薙風、お前は気づいてたか?」
 二階堂は後ろの座席に座っている女性に声をかけた。
 車の後部座席に座っている、なぜか巫女装束を身に纏う女性は面倒くさそうにつぶっていた目を片目だけ開けて言った。
「気づいてた」
「じゃあ何で教えてくれないんだ。二階堂と違ってお前はこういうイタズラするようなヤツじゃないだろう?」
「似てた」
「は?」
 返答になってない返答に、柴崎は思わず素っ頓狂な声をあげた。
 巫女装束の女性、薙風は小さくため息をつく。
「弟に似てたの、顔が。なっさけなくて人懐っこくて、でも目つきの悪いところとか。だから見とれてた」
 しみじみと言う薙風に、二階堂はニヤニヤしながら聞く。
「さっきの子みたいにTシャツ、ズボン、靴の色に至るまで全部黒かったのかい、弟さん?」
「黒くなかった。逆に全部白かった。泥遊びが好きでいつも汚すから黒にしろって母さんに言われても白が好きだって白い服しか着なかった」
「そうか」
 やさしく微笑みながら柴崎は頷いた。
 もう話し終えたと思ったのか、薙風はゆっくりと開いていた片目を閉じてしまった。
「柴崎、どうせ停車してんだからさっさとジュース買ってこいよ」
「え〜と、何だったっけか?」
「メカコーラだよ、ついでにDDレモン。あとはヘプシ」
「飲みすぎだ、太るぞ二階堂」
「もう太ってる」
「そういうなさけないことを言うな」
 深いため息。
 が、すぐさま二階堂に頼まれたジュースを自販機で買うと、柴崎は車の中へと戻る。
「シートベルトしろよ、行くぜ」
 言いながらサイドブレーキを降ろし、二階堂は一気にアクセルを踏み込む。
 三人の人間を乗せた赤い車は、商店街に向かって走り出した。
























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