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第二羽 衝撃


「ふああぁ〜」
 気の抜けた声を漏らしながら目を開ける。
 やはり公園というのはあまりにも定番だ。
 ビニール製のテントから出ながら、僕はそう思った。
 この町に来てから一日目の朝。
 まだ薄暗く、太陽も昇っている最中のようだ。
 時計を見上げると、どうやら朝の四時らしい。
 早起きなことで。
 薄暗いことに加え、まだ三月ということもあってそこそこ寒いが毛布は持ってきてあるのでばっちりだ。
「でも昨日は大変だったな」
 とりあえず町の地理を頭に叩き込むために町をぐるりと回って、それから銭湯に行った。
 僕は大の風呂好きなのでホームレスになっても風呂は忘れない。
 でも、昨日はとにかく困った。
 荷物が大きすぎて、ロッカーの中に収納できなかったのだ。
 とりあえず番台のおじさんに預かってもらったがかなり迷惑そうだった。
 今日から銭湯に入る時にはどうしたらいいだろうか。
 思わず頭を抱えてしまう。
「とりあえず顔でも洗ってこよう」
 そう呟き、僕はテントのある市民体育館の屋根の下から飛び出すと、水道まで向かって歩き出した。
 着いて蛇口をひねる。
 顔を洗ってうがいして、
「さて、メシにするかな」
 一人ごちてテントに向かう。
 と、何やら違和感。
「むぅ」
 思わず唸る。
 ちょっと出てきたときと様子が違うような気がする。
 が、特に変わったところもないのでテントに入ることにした。
 テントをめくりあげて頭から中に入る。
 ゴツン。
 まさにカタカナ三文字で表現できるような音が脳天に響いた。
 実際の効果音なんてのはカタカナで表現しきれるわけではないが、活字ならこれが限界だろう。
 痛い。
 昨日車のドアに衝突したときよりはマシだがかなり痛い。
 少し涙目になりながら、正面を見る。
 目が腐ったかと思った。
 目をこすってみる。
 どうやら見間違いではないらしい。
 覚悟を決め、その人に声をかけた。
「あの、どちら様ですか」
 ビクンと震えあがる。
 体が動くとそれに伴って柔らかそうな長い金髪が体に絡まる。
 テントの中に不法侵入していた女性は、困惑の混じる青い目でこちらを見ていた。
 返事をせずに女性はテントの隅まで逃げると、怯えた目でこちらを見続ける。
 困惑したいのはこっちの方だ。
 なんだってちょっとテントから離れた隙に、全裸の女性がテントの中に入り込んでるってんだ。
 小さくため息。
 とりあえずリュックに手を伸ばす。
 その際に女性は何かされるのかと思ってビクンと震えたが、無視してリュックを手元に手繰り寄せる。
 ジッパーを開けると、服を取り出して女性に投げた。
「とりあえず着てください、話はそれからです」
 じっとこちらを見据える女性。
 が、すばやく服を拾い上げると瞬く間に着替えを終えてしまった。
 彼女が今身につけている僕の服は黒い色をしていた。 
 僕の身の回りのものが全て黒いのは僕のポリシーである。
 女性の体は僕より大きいので、着替えたTシャツはへそを何とか隠すぐらいの長さしかなく、下半身は相変わらず丸出しだった。
 ん?
 上だけ残して下に何もないって、いったいどんなプレイなんだ?
 誰に見られているわけでもないが、趣味を疑われるのもなんなのでついでに半ズボンも投げてやる。
 もちろん色は黒だ。
 女性は受け取るとすばやくズボンを穿き、ようやく落ち着いたようだった。
 ノーブラノーパンなのはこの際、勘弁していただく。
 それにしてもデカイ。
 その女性は女性であるにもかかわらず、一八〇センチはあるのではないかと言うほどにデカかった。
 先ほどは女性の方が怯えた様子だったが、本来なら怯えるのは僕の方だ。
 なんたって身長は一六〇近くあると言っても僕の体には筋肉がまるでない。
 それに比べて女性の方は結構筋肉質だ。
 襲われたら逆にこっちが危ない。
 服を着てもらったので話しかけようと口を開きかけたが思わず閉じる。
 だってそう。
 とりあえずさっきは話しかけたものの、どうみても彼女は外国人だ。
 日本語通じるのか?
「あの、日本語わかりますか? ドゥーユースピークジャパニーズ?」
 発音最悪な英語で話しかけてみる。
 女性は少々眉をひそめながら、
「わかるわ」
 短く答えた。
「あなた、デュラミア・ザーグじゃないの?」
 今度はこっちが眉をひそめる。
 なんだ、でゅらみあざーぐって?
 誰かの名前と断定。
「ん〜と、僕はデュラミアなんて人間じゃありませんよ」
「じゃあただのホームレス? その若さで? この日本で?」
「むぅ、まあそんなところ」
 それを聞くと、見るからに安堵感を漂わせて女性はため息をついた。
「助かった〜」
 そう言って女性は自分の体を両手で抱きしめた。
 一向に話が見えない。
「何かあったんですか、裸だったし。もしかして変なヤツに襲われたんじゃ」
「あたらずしも遠からずかな。でも、あなたが思い浮かべてるようなことじゃないわ」
「それはよかった」
 安心も束の間、次の疑問が浮かびあがる。
「じゃあどうして裸だったんですか?」
「まぁ、もろもろの事情があってね」
 と、そこまで言ったとき、腹の鳴る音が聞こえた。
 金髪の女性は頬を赤く染めている。
「食事にしますか、とりあえず」
 そう言って、僕はリュックの中からオニギリを取り出す。
 昨日コンビニで買ってきたヤツだ。
 大好物のツナマヨネーズが三つ。
 惜しいが全部目の前の女性に差し出す。
「それでよかったら食べてください」
「……ありがとう」
 女性はそれを拾いあげると、ビニールをむしり取って食べ始める。
 と、数口食べた直後に目を見開いた。
「こ、これは……」
「これは?」
「これはぁぁぁぁ!」
 絶叫。
 正直、早朝なので大声は勘弁して欲しい。
 ほかのホームレスさんに迷惑だ。
「えっと……」
「あ、ごめんなさい。ついつい興奮しちゃって」
 顔を赤らめながら取り繕う。
「えっとぉ、これ何ていうの?」
 食べかけのオニギリを指差して尋ねる。
 その瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。
 さっきまでの怯えた表情はどこにいったんだ、と思わず心の中でため息を漏らす。
「ツナマヨネーズです、オニギリの味ですよ。知らないんですか?」
「オニギリってあんまり食べたことなかったのよ。コンビニの食べ物って体に悪そうでしょ?」
 その言葉に僕はちょっと困った。
 家出してから今日まで、僕は食事は全てコンビニの食品で済ませていたからだ。
 が、とりあえず食事を済ませてもらおう。
 僕は追及を後にして女性に食事を勧めた。
 あまりにおいしそうに食べるので少々腹が減ってくる。
 だが、一度渡したオニギリを取り返すのはカッコ悪い。
 それ以上に、これほどおいしそうに食べている女性からそれを奪い取ることなんてできっこない。
 僕は金髪の女性が最後の一口を飲み込むまで待って口を開いた。
「で、どうしたんですか?」
「何が?」
「何がって……」
 小さくため息をつく。
 正直何度目か忘れた。
「何で裸でいたんですか、しかも僕のテントの中に」
 と、言われた瞬間、女性はもじもじしながら自分のふとももに視線を落としてしまった。
「覚えてない」
「覚えてない?」
「何もわからないの」
 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭にある単語がよぎった。
「記憶喪失ってことは、ないですよね?」
「わからない」
「どこに住んでるんですか?」
「わからない」
「祖国は?」
「わからない」
「家族はいないんですか?」
「わからない」
「名前は?」
「わからない」
「性別は?」
「女」
 なるほど、これは記憶喪失っぽい。
 正直、フィクションの中だけの話かと思ったが、現実に直面するとかなりやっかいな状況と言えるだろう。
「じゃあ、警察でも行きましょうか? 捜索願い出てるかもしれませんよ」
 むしろこっちの捜索願いでも出されているとマズイんで極力ポリ様の陣地には出向きたくないのだが、このような状況では文句も言ってはいられないというものだ。
 が、女性の方はもっと乗り気じゃないらしい。
「ダメっ!」
 血相を変えて掴みかかってくる。
 バカ力だ。
 両腕の二の腕をがっちりと押さえられる。
「それだけはダメっ!」
「うっす、承知っす。だから手を離して……」
 それを聞いて安心したのか、女性は僕を解放してくれた。
 僕は握りつぶされそうになった右の二の腕をやさしく撫でながら口にする。
「で、どうするんですか、これから?」
「わからない」
「わからないだらけでは僕も困るんですが」
 と、女性が目線を地面に向けてモジモジし始めた。
 察するに何か言おうとしているのだが言えないでいると言ったところか。
 僕は弱っちい男なので身を守るためには人の顔色を伺うという能力が必要とされるケースが多いので、他人の考えていることを読むのが得意だ。
 たぶん、この女性は言いにくいことを言おうとしている。
 可能性としては僕に負担をかけることだ。
「あのぉ、申し訳ないんですけど」
「ここに居座ってもいいですか、かな?」
 とりあえず彼女が口にしそうなことを言ってみる。
 そんな僕の言葉に、驚いて女性は顔を見上げた。
 その青い瞳が、何で言いたいことがわかるのだと言いたげに揺れている。
「やっぱりか、何かわけありっぽいですからね」
「………………」
 目を伏せる女性。
 時たま顔を上げて僕の顔色を伺ってくる。
 困った。
 何が困ったって女性の顔が困った。
 ズバリ言ってしまおう。
 特別好みのタイプというわけではないがすごい美人だ。
 それこそ町を歩けば男が金魚のフンのごとくまとわりつくような。
 しかもボディもすごい。
 僕の体にぴったりの小さなTシャツを着込んでいるのも手伝ってか、強調された胸の膨らみとかシャツとズボンの間のくびれとか全部がとにかく凄かった。
「だめだねぇ」
 ため息をつく。
 女性は表情を曇らせた。
 勘違いをしている。
 そういう意味で言ったわけではない。
 まったくダメな男が、と自分を卑下してやったまでた。
「いいですよ、こんなチャチなテントでよかったら」
 表情を輝かせる女性。
 思わず怪力を駆使して抱きつき、左右のほっぺにキスの嵐だ。
 顔がにやけてしまうのを止めようとしてもどうにも止まらない。
 まったく、本当にダメだ。
 男ってのは美人に弱いね、全く。
 本来ならば信用すべきじゃない。
 だってお金を持ち逃げされたら困るし、力はあっちの方が強いから襲われたらひとたまりもない。
 でも、こんなきれいな人を泣かせたら夢見が悪すぎる。
「僕も長い間ここにいるかどうかわからないけど、僕がいる限りはいくらでもここにいていいから」
「ありがとう、ありがとうございます」
 本当に心から。
 満面の笑みを浮かべて女性は僕に礼を言った。
 この笑顔で何人の男が泣きを見たんだろう。
 思わず想像してみる。
 と、現実を思い出して口を開くことにした。
「で、大切なことなんだけど」
「何?」
「名前ほんとうにわからないんですか?」
「わからない」
「じゃ、とりあえず呼びにくいから名前決めましょう。何て名前がいいですか?」
「い、いきなり言われても」
 あだ名を決めようと言っただけなのだが女性はキョロキョロあたりを見回してキョドっている。
「どういうのがいいですか? 金髪とか青目とかどうですか?」
 とりあえず身体的特徴を挙げてみる。
 だってそう、あだ名ってのは見た目か名前に即してつけるもんだ。
 だというのに、女性はいかにも嫌そうな顔をした。
「参考までに聞くけど、あなたは何ていう名前なの、あだ名は?」
 そういえば自己紹介をしていなかった。
「僕は須藤数騎、あだ名はコゲチビ」
「コゲチビ?」
「黒い服ばっか着て小さいから」
「なるほど」
 妙に納得されると腹が立つ。
「で、どういう名前にするんですか?」
「ん〜と、やっぱ日本人みたいな名前がいいわよねぇ」
 いいながら視線をテントじゅうに巡らせる。
 と、ある一つのものを見て、目を輝かせた。
「決めた」
「どんな名前ですか?」
「綱野麻夜」
「つなの……まよ……」
 視線を落とす。
 そこには食い散らかされたツナマヨネーズのオニギリの包装紙が転がっていた。
「まぁいいんじゃないですか、偽名にはちょうどいいですね」
「でしょぉ?」
 嬉しそうに微笑む。
 思わずドキリとする。
 やれやれ、美人の笑顔ってのはほんとうに困ったもんだな。
 小さくため息をつきながらも笑みを浮かべる。
「むぅ」
 唐突に気がついた。
 最初に聞いておかないといけないはずだったのだが忘れてた。
「綱野さん、でいいですか?」
「麻夜でいいわよ」
「じゃあ麻夜さん、ちょっと思ったんですけど」
「何?」
「ズバリ思うんですが」
 一呼吸してから、確信をつくように言う。
「日本語お上手ですね」
 何気ない僕のその一言に、麻夜は目をぱちくりさせた後、満面の笑みを浮かべた。






「はぁぁぁぁ〜」
 ため息。
 もう深海を通り越してマントルに接触せんばかりに深い。
 すでに昇っていた月が放つ光で、僕の顔に深い影をさす。
 後ろを振り向いた。
 そこは商店街のスーパー。
 バイトを始めようと考え、履歴書を持って突撃をかけてみたが見事に玉砕した。
 容姿に問題はなく性格も至って温厚。
 その上、やる気に溢れ金が必要なためマジメに働くこと請け合いなのに家出少年だからと雇ってくださらないそうだ。
 だってしょうがない、住んでる家などないのだから住所の欄を埋められるわけがないじゃないか。
 ついでに言ってしまえば電話番号も記入しなかった。
 ま、住所は公園の住所を記入してもよかったがいつ引越しするかわからないから書くわけにもいかなかった。
 それに体裁ってものもある。
 とりあえず商店街でバイトを募集している店は全部玉砕だ。
 履歴書はあと三枚。
 私鉄の美坂駅のそばにある繁華街のいかがわしいお店用に制作した履歴書だ。
 乗り気はしない。
 あそこは給料もいいが、面倒なことが多すぎる。
 そもそも何かと不都合が多いからこそ時給が高い。
 高い給料の裏には必ずデメリットが隠れているものなのだ。
 それなら働く時間が増えても堅気な商売がいいと商店街の店を巡ったのだ。
 だが、背に腹はかえられない。
 僕は再び深いため息をつき、繁華街へ向かう。
 麻夜さんには帰るのが遅くなると言って、いくらかの食料と、念のために三万円渡しておいた。
 正直それを持って出て行ってくれても面倒がなくなるし、多少のお金があればあの人がいなくなっても金を持ってるのだから夢見も悪くない。
 まぁ、三万を失うのは正直キツイ。
 もろもろに金を使って僕の残金は九万九千五百円だ。
 さて、あと何日持つことやら。
 そのようなことを考えながら歩いていると、繁華街にたどり着いた。
 時刻は午後の九時で、さすがに三月ともなると寒くてたまらない。
 色とりどりのネオンに聞こえてくるパチンコ屋の電子音。
 色っぽいお姉さんがお客さんを求めて歩き回り、顔を赤くした男性が、キャバクラへと入っていく。
「あ〜、いかがわしいことこの上ないね」
 毒づいても仕方がない。
 まずは最初の店に足を踏み入れる。
 そこは一時間千円くらいで好きなエロビデオやエロDVDを見放題といういかがわしいお店だ。
 細長いビルの中に、僕は足を踏み入れた。


「マジかよぉ〜」
 半泣きで店から出てくる。
 だってそう、まさか三件とも全滅するとは思わなかった。
 ビデオ屋もダメ、キャバクラのキッチンスタッフもダメ、飲み屋の店員もダメ。
 どれもこれもこのちっさい体と童顔が原因らしい。
 じつはこの三つのお店、本当は十八歳以上でないと雇ってくださらないらしいが、人手不足で十五歳OKと電話で聞いてやってきたのだ。
 が!
 警察のお方が店に来たとき、ごまかせるような外見をしてないとダメなのだそうだ。
 世の中は実に理不尽だ、人間を外見で判断する。
「やってられるかーっ!」
 思わず叫ぶ。
 と、周囲の視線が僕に集中した。
 時計を見るともう十一時近い。
 さすがにこの時間に警察の方に僕が見つかったりしたら補導されてしまう。
 これはマズイ。
 家出少年にとって、ポリ様ほど危険な存在ってのはそれほど多くはない。
 僕は周囲の視線から逃れるためにあたりを見回す。
 と、店と店の間に隙間が見えた。
 僕は体をその隙間に突っ込ませ、繁華街からの脱出を試みた。
 暗く狭い路地裏。
 僕はわずかな明かりを頼りに路地裏を歩いていた。
 それにしても路地裏ってのは最悪だ。
 口では言いたくないようなものがゴロゴロ転がっている。
 それにあまりにも表通りの音が遠い。
 これでは何かの犯罪が起こったとしても助けなんかこないだろう。
 そもそも、こんな繁華街の表通りを歩くような連中が誰が悲鳴を聞いたところで構いはしないのだろうが。
 と、目の前に曲がり角が見えた。
 路地裏はまるで迷路を思わせる。
 もともと通る人間も少ないので、その道のりは難解である。
 まっすぐ進み続け、曲がり角に到達すると、僕はゆっくりとした歩調で曲がり角を曲がった。
「おっと」
 何かに衝突した。
 一歩下がってよく見る。
 曲がり角の先には人がいた。
 かなり身長は高く筋肉質。
 顔はかなり怖く、一見ヤクザのようにも見えた。
「す、すいませんでした」
 僕は思わず謝り、そのまま背を向けて逃げようとする。
 が、
「どこへ行く気だよ」
 なんと僕の進んできた道には、ひょろっとした長身の、顔色が悪く、目つきも悪い男が立っていた。
 はさまれた。
 僕はとっさに左右に視線をやる。
 逃げ道はなく、その両方に男がいた。
 このように逃げ道をふさぐという事は、何か企んでいるようにしか思えない。
 逃げなくちゃ。
 とっさに思うも行動に移せない。
 だってそう、逃げるにはどちらかの男を突破する必要がある。
 だが、どちらの男も僕の何倍も力がありそうに見える。
 震えた。
 とてもじゃないが敵わない。
 よくマンガとかではけっこう何とかなったりするものだが、現実はそうもいかない。
 目の前にある威圧感は間違いなく本物で、目の前の恐怖はどうしようもなく僕の体を縛る。
「おい、兄ちゃん」
 ニヤニヤしながら筋肉質の男が歩み寄ってくる。
 こっちがガタガタ震えている間に二人の男は壁を背にした僕は完璧に包囲してしまっていた。
 腹部に衝撃が走る。
 男の顔を見上げていた隙に腹に強烈なのを一撃見舞ったのだ。
 とくに鍛えていない僕は、その衝撃に耐え切れず蹲る。
 それに続いて何度も体に衝撃が走る。
 感触からいって靴で蹴り飛ばされているようだ。
 僕は頭だけでも守ろうと腕で頭をかばいながらその蹴りを耐え抜く。
 僕が反抗する力を失ったと思うと、男は僕のTシャツの襟をつかんで一気に立ち上がらせた。
 身長差がかなりあるため、こっちは半ば宙に吊るされているような感触だ。
「動くなよ」
 ドスの聞いた声で脅される。
 言われなくたって動きようがない。
 打撃により腫れあがった体は動かすのもつらいほど痛みが走り、なにより足が地面につま先しか触れていないため逃げようにも逃げられない。
 と、筋肉質の男が目で合図をするとひょろっとした長身の男が僕の体をまさぐってきた。
 体を這う手の平はまるで蛇のようだった。
 腕、顔、胸、腹、股間、太股。
 人に体をぶしつけに触られるのは鳥肌がたった。
 体のいたるところを触ったあと、男は僕のポケットに手を突っ込む。
 そして、僕のサイフが抜き取られた。
「アニキ、こいつ結構持ってますぜ」
 男は奪った財布の中身を筋肉質の男に見せる。
 筋肉質の男は僕の体を解放すると、ひょろっとした男からサイフを奪い取った。
 そして嬉しそうに笑みを浮かべる。
 開放された僕は四つんばいになって二人の男から逃げ出そうとした。
 あれだけの金を手に入れたのなら満足だろう。
 今のうちに逃げてしまえば殴られることもないはずだ。
「待ちな」
 その考えが甘いことにすぐ気づかされた。
 僕は後ろからTシャツの襟を掴んで後ろに引き戻される。
「まだ用はすんでねぇよ」
 筋肉質の男は僕の体を引き寄せると、抱き締めるようにして僕の自由を奪う。
「お前みたいなガキがこれほどの金を持ってるとは思わなかったが、本来の目的はそっちじゃないんでね!」
 そこまで言うと、僕を突き飛ばし地面に転がした。
 僕は逃げようとするが、上から男がのしかかってきた。
「さぁ、楽しもうぜ」
 言うなり、男は僕の服を脱がせ始めた。
 僕は必死になって暴れ、逃げ出そうとする。
 途端、拳が僕の顔面に襲い掛かった。
 すごい衝撃だ。
 頭がくらくらして周りの状況がわからなくなる。
 気がつくと仰向けにされていた。
 服は全て剥ぎ取られ、両腕はひょろっとした男に押さえつけられている。
「しっかり抑えとけよ」
 筋肉質の男はそう言うと、ズボンのジッパーをひき下ろす。
 目を見開いた。
 実際にこんなことがあるということは知ってはいた。
 だが、自分がそんな目に遭おうとは思いもしなかった。
 逃げようとして体を動かそうとしても、ひょろっとした男に押さえつけられ逃げることもできない。
 男の剛直が近づいてくる。
 そして僕は、生まれてはじめて悪夢を、目を開いた状態で見ることになった。






「つっかさ〜」
 明るくてかわいい声が遠くから聞こえてきた。
 その声に、二階堂は思わず笑顔を浮かべる。
「こっちだ、早く来いよ」 
 二階堂は走ってくるその少女を手招きした。
 時はすでに夜の十一時、太陽は落ち月が顔をのぞかせる。
 三月というこの季節、まだ肌寒い風が二階堂をはじめとする四人を撫ぜる。
 そばにいる、相変らず巫女装束姿の薙風が体を震わせた。
 そりゃ、三月という寒い時期に通気性のいい巫女装束では寒いだろう。
 隙間は多いし太ももは肌が見えるくらい開放的だ。
 寒くない方がおかしい。
 が、今の二階堂にはどうでもいいらしい。
 コンビニの前の駐車場でたむろっていた二階堂たちのところに、ようやくその少女は合流した。
「ひさしぶりだね、司」
「ほんっと、久しぶりだよな、彩花」
 話しかけられた柴崎司ではなく、脇にいた二階堂が答えた。
「何ヶ月ぶりだっけか、お前と会うのもさ」
「多分一ヶ月もたってないわよ、あんたとは結構会ってるし。でもさ、二階堂」
「何だ?」
「太った?」
 その言葉に二階堂の表情が凍り付く。
 確かに二階堂は太っている。
 まだ若いから顔には張りがあり、ちょっとぷっくら丸い程度だが、その下が致命的である。
 まず増える体重を支えるために横が広い。
 そして、その巨大さを思わせる長身、百八十代後半に突入しており、百八十ちょうどの柴崎よりも身長が高い。
 そしてたるんだ腹、こればかりはどうにも隠しようがない。
 人間の体重の重心は腰の部分にあると言われ、柔道家はそれを利用して相手を投げ飛ばすという。
 普通の人間を見ても一見して素人ではそうとは思えないが、二階堂を見るとうなずけるだろう。
 何故なら、二階堂はその巨大な腹で体のバランスをとっていたからだ。
「ふ、太ってない。まだ三桁とちょっとだ」
「三桁の時点で終わってんじゃないの?」
「これは筋肉、そう筋肉太りなんだよ!」
「筋肉デブって言いたいわけ〜」
 ひやかすような笑みを浮かべ、彩花は答えた。
 筋肉は脂肪より重く、筋肉のついている人間は大抵、体重が重い。
「たしかに、体脂肪率の高さで肥満かそうじゃないかって断定するわけだし、筋肉が増えれば脂肪が相対的に減って体重はあっても肥満度は落ちるわ。でもね、二階堂」
 彩花は言いながら二階堂の腹に手を伸ばし、指で挟んだ。
「これは脂肪よ、あんたの肉体は確実に脂肪が筋肉と互角に張り合ってるわ」
「そ、そんな事言わなくても……」
 彩花の言葉に二階堂はあからさまに落ちこんで見せた。
 こうなってはメンバー一の長身男も形無しである。
「ところでさ、司」
「む、何だ?」
 急に話を振られて少々驚いた表情をする柴崎。
「あのさ、司。もしよかったらさ、今日カラオケ行かない?」
「カラオケ?」
 柴崎は表情を曇らせる。
「カラオケは嫌いではないが、何故にカラオケだ?」
「だって〜、久しぶりに私の歌を聞いてもらいたいんだもん」
「いいな、オレもついてくぜ」
 いつの間に復活したのか、二階堂が首を突っ込んできた。
「え〜、あんたも来んの〜?」
 彩花は二階堂に、あからさまにイヤそうな顔をした。
「いいわよ、二階堂は来なくて」
「何でだよ、何でオレはダメなんだよ」
「あんた音痴じゃん」
 彩花の強烈な一言。
 その言葉に、二階堂はぐぅの音もだせずに沈黙した。
 そんな二階堂を尻目に、彩花は満面の笑みを浮かべながら柴崎に近づく。
「じゃあ行きましょ、司」
 彩花は柴崎の左腕を胸で抱えこむように抱きしめる。
「待て待て、私は行くとは一度も言ってないぞ!」
 そんな柴崎の言葉も気にせず、彩花は柴崎の腕を引っ張っていく。
 腕にやわらかいものがあたってるのが気になるのか、柴崎は少々頬を赤らめていたが彩花はそれを知ってか知らずか笑みを浮かべていた。
 柴崎はとっさに左右を見まわす。
 この状況から自分の救い主を探し出すためだ。
 このままではカラオケに強制連行されてしまう。
 まず視界に入ったのは二階堂だった。
 が、使いものになりそうにない。
「薙風は?」
 一縷の希望を託し、薙風を視線で探す。
「なっ……」
 柴崎は思わず目を見開く。
「薙風?」
「ほふ?」
 巫女装束姿の女性は片目をつぶりながら首をかしげた。
 薙風は、この寒空の中、ずっと震えていた。
 そして、それから逃れるために、彩花と二人が会話をしている間にコンビニで買い物をしていたのだ。
 そして購入したものとは、
「もふもふ」
 おでんであった。
 さもおいしそうに、満面の笑顔を浮かべて食べている。
 いつも、むすっとした顔でいるせいか。
 笑顔を浮かべている薙風の顔を見て、思わず心臓が高鳴ったのは二階堂にも玉西にも内緒だ。
「もふもふ言ってないで助けろ!」
「むふむふ」
 そう柴崎に答えると、薙風は口に含んでいた卵をごっくりと飲みこんだ。
 そして、笑顔を一瞬にして消し去ると、薙風に顔を向けた。
「彩花、カラオケはまた今度」
「え〜、いいじゃん朔耶〜。カラオケ行こうよ〜」
「私も行きたいけど、ダメ」
「何で〜、行こうよ〜朔耶ちゃん」
「ダメったらダメ、仕事がある」
 薙風の言葉に、彩花はため息をついた。
 ちなみに朔夜というのは薙風の下の名前である。
「そっか、それが先か」
「そう、終わったら付き合ってあげるから」
「う〜、朔耶はイイ子だね」
 言って左手を使って目元をこすり、泣きまねをしながら右手では遠くにいる薙風の頭を撫でるように左右に動かしていた。
「先に仕事。次に寝床を探す。それじゃダメ?」
 右目を閉じながら薙風は彩花に尋ねる。
「いいわよ、私は朔耶の提案に賛成。司と二階堂は?」
「私は構わないが、二階堂はどうする?」
「いいぜ、オレが宿探しとく。安いのな。後で連絡するわ」
「異層空間展開してるかもしれないからメールで頼む。後で確認できるからな」
「了解だ、じゃあな」
 そういうと二階堂は三人から離れ、赤い車に乗り込むと、そのままどこかに行ってしまった。
「よ〜し、じゃあワルモノさん退治にいくぞ〜!」
 右手を突き上げて気合いを入れる彩花。
 それを柴崎は微笑みながら見守り、薙風はあいもかわらず片目を閉じながら見守っていた。
 月が地上を照らす。
 その輝き様は、まるで今夜繰り広げられる戦闘の予感を告げるものであるかのようであった。





































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