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第四幕 考察


「そんなことがあったの……」
 テントの中であぐらをかきながら、麻夜さんは表情を暗くしてそう呟いた。
 テントに戻ってきた翌日、昼頃になって目を覚ました僕は麻夜さんに昨日起ったことを全て話した。
 ひどく顔色を変えながらも麻夜さんは僕の話を真剣に聞き取り、僕が話し終えると大きく頷いた。
「わかったわ、数騎がどうしてもって言うなら警察には届けない」
「ありがとう、麻夜さん」
 僕は力なく礼を言う。
 麻夜さんはそんな僕の右手を両手で包み込んだ。
「警察に届ける届けないは、私にとってはどうでもいいのよ、実際。大切なのはこれからのことよ」
「これから?」
「そう、二度とこんな風にならないために数騎は自分のことを護らなくちゃいけないわ」
「護るって……どうやって?」
 僕がそう聞くと、麻夜さんは人差し指を立てた。
「まず一つ、そういう危険なところには立ち入らないことね」
「路地裏とかですか?」
「そうよ、人の目が届かないところでは法律なんてクソの役にも立たないからね。バレなきゃ何やったって構わないのよ。人殺そうがクスリやろうがレイプしようが、警察に掴まんなきゃオッケーなんでしょ、最終的には」
「極論ですね」
「でもそんなもんよ」
 確かに麻夜さんの言うことはもっともだ。
 本心では否定したいがそもそも法律なんて人間が作り出したもので、この世界に存在する慣性の法則のような絶対の法則ではない。
 もし、絶対の法則があるとするならばそれは三つだ。
 力、時間、死、これくらいなものだろう。
 力さえあれば弱い者に何をしようとそれは力のあるものの自由だ。
 犯そうが殺そうが構いやしない。
 そして時間。
 逆らうことなど不可能なこの法則は後戻りすることなくひたすら進むだけだ。
 誰もこの縛りから逃れられない。
 最後に死。
 この世界に生まれたからには必ず死が待っている。
 生まれた瞬間、死という終末がプログラムされているのだ。
 生きている以上、死なないなどということはありえない。
 もし死なない者がいるとするならば、それは生きていない者だろう。
 生きているなら死はかならず存在する。
 そして生きていないなら死ぬこともないということだ。
 なんともいたって簡単で、なんとも認めたくないこの法則。
 人間の定めた仮初めの法律など、治外ならば本物の法則に敵いはしないわけだ。
「確かに、麻夜さんの言う通りです」
「あっちが力という絶対の法則を振りかざすならそれを打ち破るのもまた力よ。ようは向こうより強ければ負けることはない。簡単な話でしょ?」
「そりゃ、言うは易し行なうは難しとも言いますし」
「向こうより大きな力を得たいならまずは自分以外の力を使うことよ」
「例えば?」
 声を弾ませて聞く。
 僕は麻夜さんの話をワクワクしながら聞いていた。
 だって僕は今まで弱かった。
 家でも弱ければ学校でも弱かったし、社会的にみれば最弱に近い位置に存在している。
 その僕が大きな力を得られる話を聞けるというのだから、これは胸踊らないわけがないというのだ。
「例えばね、なるべくたくさんの人間がいる場所にいる」
「はい?」
 すっとんきょうな声を思わず漏らす。
「なんですか、それ。それが大きな力を得る方法ですか?」
「そうに決まってんじゃない。いい、とりあえず人間ってのは法律ってもんで少なからずとも縛られてんのよ、規則の中で育った人間の宿命ね。
 まず、人の目にさらされているときは法律、というか一般的な常識を護らねばならないって気持ちが誰しものなかに存在する。
 そんな大勢の人間の前で凶行に及ぼうとする人間は少ないわ、それにいざとなったら周囲の人間に助けを求めることもできる。
 多勢に無勢って言葉があるように数の力は強力よ。
 周りの人間に助けを求めることを忘れないように、警察さえ来てくれればこの国ではまず安全だからね」
「なんか納得いかないな、僕自身が強くなるわけじゃないじゃないですか」
 とりあえずブーたれる。
 麻夜さんの言っていることは当たり前すぎる。
「うっさいわね、結果を考えなさい結果を。結果的にはあなたは襲ってくる暴漢から身を護れる。そう考えるなら過程や方法なんてどうでもいいの。最終的には結果がものを言うんだから。
 天下をとった徳川家康だって織田信長や豊臣秀吉よりパッとしないだの、行動がセコイだの言われてるけど天下を統一したっていう最強の結果には誰だってケチをつけられないわ」
「そうですか? 過程も大切だと思いますけど」
 思わず言い返す。
 だって結果だけを求めたらそれを得られなかった場合むなしくなるだけだ。
 なら、その過程に意味を求めることはきっと無意味じゃないと思う。
 が、麻夜さんは不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「過程が大切? それは状況によりけりよ」
「そうですか?」
「そうよ、よく過程が大切だ、過程を評価しろっていうけどね。そんなにご立派な過程ならおのずと結果もついてくるもんよ。
 例えばバスケットのインターハイを目指している高校バスケットボール部があったとする。
 彼らは青春をかけてバスケの練習に日夜励み、インターハイ優勝を目指したわ。
 でも、彼らは優勝することはできなかった。
 どの試合にも一回戦で負けて、ただ一度の勝利を得ることすら敵わなかった。
 さて、彼らの過程は無駄?」
「無駄じゃないですよ、だって彼らは努力をした。目標に向かって突き進んだ。ならそれはきっと無駄なことじゃないはずです」
「はいはいは〜い、それよ。それなのよ、私が言いたいのは」
「それって、どれですか?」
 とりあえず聞いてみる。
 麻夜さんは誇らしげな顔をして突きたてた人差し指を左右に振る。
「要はどこに視点を置くかが大切なの。この場合、最高位に存在する結果っていうのはインターハイ優勝よね」
「はい、そうです」
「でも、一回戦負けしてしまった。結局は勝てなかった。それでも、目標に向かって努力をした。失敗したが努力をしたことが全部無駄だったわけじゃない。努力したことに意味があるのだから。これが数騎の言う過程よね?」
「そう……ですけど……」
「それって結果って言わない?」
「えっ?」
 その言葉に、僕は驚き声を漏らす。
 麻夜さんはそんな僕を見据えながら話を続けた。
「彼らは日夜、努力を続けて目標に向かって突き進んだ。夢破れて最高位に存在するインターハイ優勝という結果は出せなかった。
でも、目標に向かって日夜努力をし続けた。最後まで諦めず、夢を追って走り続けた。彼らは優勝を目指して走り続けたという結果を出してるのよ」
「言われてみればそうですね……
あっ! 麻夜さんの言ってる視点ってのは?」
「そうよ、要は何を結果と見るかが大切なわけ。設定してある結果に到達できたかどうかを気にするのは結果至上主義者。
逆にその結果に向かっていった過程という結果を大切にするのが過程至上主義者。でもね、大局的な目から見たら過程至上主義者だって結果を大切に考えてるのよ」
「言われてみればそうですね」
 すごい理屈だ、思わず聞きほれる。
 僕がガキなだけなのかもしれないが、この人の話は僕に納得させるだけの力があるように感じ取れた。
「そうよ。だから過程至上主義者はあと少しで天下を取ることのできた織田信長の過程という名の結果を評価し、農民から成り上がり天下を統一した豊臣秀吉の徳川家康に奪われるまで天下を統一し続けた彼の過程を誉めたたえるの。
 でも結果至上主義者から言わせてみれば最終的に天下を収め、それを維持しつづけた徳川家康以外は失敗した敗北者ってわけ」
「そうですね」
「で、あんたの場合は自分の力ではなく他人を当てにして自分を助ける結果を卑下し、自分の力で自分を救う過程という名の結果を欲した。
そういうことよ、もっと大きな目でものを見なさい。
 過程だって立派な結果なの。なら最終的な結果を見つめた方がよっぽど効率がいいってもんだわ」
「承知しました」
「わかればよろしい。じゃあ次の大きな力を得る方法ね」
 言って麻夜は、今度は右手の指を二本立てた。
「二つ目はその大きな力を持続させる方法よ。まず、助けを呼べないようなところには行かない。 助けを呼べても助けてもらえそうな人間のいないところには行かない。
 要するに、君子危うきに近寄らずってやつよ。危険なところに行かなければ危険な目にはあわない。海に行かなければ溺れないし山に登らなければ遭難しないって寸法よ」
「さっきのとどう違うんですか?」
「全然違うじゃない。さっきのは周囲を味方につける心構えを語って、今度はそれを持続させる方法を語ったの」
「承知です」
「わかったなら三つ目の方法。これは他人の力には頼らないわ」
「おお、ついにですか!」
 声を弾ませる。
 そう、僕はこれを聞きたかったんだ。
「三つ目の方法は自分の力の延長上の物を利用する。要するに自分の力にプラスαを加えるの」
「と言うと?」
「武器を使うのよ」
 言って麻夜さんは剣を握るように両手の握りこぶしをくっつけて見せる。
「武器を持てば人間ってのは強くなるもんよ。銃を持ってる人間にはそう簡単に敵うもんじゃないし、刃物を持ってる人間は他者を一撃で殺傷する力を持ち合わせるわ。
 鈍器を持てば拳や脚なんかじゃ及びもしない一撃を加えることができるし、修練の必要もなく非常に容易だわ」
「でも、それって卑怯じゃないですか?」
「何が卑怯なもんですか。この世界、力が正義なのよ。強いものが勝つの。なら自分の強さを増すために武器を持つのは当然の行為よ」
「でも、武器なんか使ったらむこうが悪くても、こっちが悪いことになりますよ」
「あんた、わかってないわね」
 麻夜さんは小さくため息をついた。
「制約やリスクはバネ、要するに大きな力を得るための必須条件だわ。例えば某格闘技の試合のルールなんだけど、そのルールでは金的、肘、膝、素手による顔面の殴打、マウントポジションが禁止されてるわ、何故?」
「危険だからです」
「でも、裏を返せば実戦では有効ってことよね」
 麻夜さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「制約を加えられるのは強力だから。金的は弱点を突く一撃だし、膝、肘は骨の中でもかなり硬い部分だから強力な一撃を見舞えるわ。
 素手による顔面の殴打は相手の頭蓋骨を叩き割って死に至らしめるし、マウントポジションは、一度なってしまえば恐ろしいまでに勝率が上がる代わりに下になった人間の死亡率は上昇するわ。
 強力だからこその制約、逆手にとってそれを使えば非常に強力。
 でも、それを積極的に使おうとするヤツがいたとしたらそいつは外道だわ。だけど、そいつは制約のある人間よりも圧倒的に強いはずよ。
 それが制約やリスクがバネになるってこと。決まりを破れば非常に大きな力を得られるけど、その代償も決して小さくはないわ」
「武器を持つことも、また然りってわけですか?」
 思わず唾を飲みこみながら聞いてみる。
 麻夜さんはしっかりと頷きながら続けた。
「例えば銃を持っている人間ね。この日本では銃を持つことは禁止されているわ。もし持っていることがバレたら何年もその人間は人生の貴重な時間を奪われる。
 でも銃という武器はある意味、最強クラスの即死武器よ。持っている人間は持っていない人間に対し絶対的な優位に立てるし、真正面から戦って負けることなんてまずありえない。
 それに刃物、これを持っている人間は鍛えなくても他者を一撃で殺傷する力を持つわ。でも刃物を振り回すことはルール違反とされている行為。そしてそれがバレたらその人間はタダじゃすまないでしょう。
 でもデメリットに見合わなくてもメリットというのが少なからず存在するはずよ。だから武器を持って自分を護ると言うことは悪いことじゃない。でも付きまとうデメリットくらいは我慢しなさいよ。卑怯という罵りや刑罰とかはね」
「……」
 僕は答えられなかった。
 自分の身を護るためとは言え、他人を傷つけるのはどうも納得いかなかったからだ。
「最後の力を大きくする方法は単純明快。自分の力を底上げすればいいの」
「底上げ……ですか……」
「そうよ、体を鍛えて基礎的な力を高めたり、格闘技をならって技術的なものを身につけたりね。はっきり言ってこれは大変よ。訓練は厳しいし、ちょっとやそっと訓練しただけじゃ強くなんてならないからね。
そりゃ理屈を覚えて多少の力をつけて、そこそこ経験をつめばある程度の力はつくわ。
でも極めようと思ったらそれこそ人生を対価にでもしなくちゃ身にはつかない。
ま、今までの話、全部ひっくるめると等価交換ってことよ。何かを得るために何かを代償にする。武器を持って力を得るには法律に背き罰せられる覚悟が必要、鍛えて力を得るには時間と労力を対価として求められる。
でもそれをしておかないでいざという時だけ力を欲する何てのは情けない話だわ。例えばいつ自分に振りかかるかわからない暴力。そんなあるかどうかわからない事態のために貴重な時間を支払い、多大な苦労をしてまで体を鍛える必要を感じない。
そういう人間はこの世界にはたくさんいるわ。で、いざという時だけ自分の非力を嘆くの。私は訓練も何もしていない人間だって、弱者を気取ってね」
「……」
「その少ない確率に対して対価を支払うことを恐れた、または考えもしなかった人間はその確率が的中しても文句は言えないわ。大雑把に言うと地震みたいなもんね。地震なんていつ起るかわからない。だからそんな起るかどうかわからないもののために普段から非常食を持ち歩くなんてことは誰もしない。
 でも、それに出くわして家に帰ることもできず、食料の配給も受けられない状態になって人は思うの。いつも、少しでも食べ物を持ち歩いていれば、ってね。
 だけど、そんな確率の低いイベントのためになんか誰も準備しない。もっと適当な例で言えば、自分の家に消火器を置いておくかどうかね。
 いつ起るかわからない火事のために消火器なんてかさばるものを家に置いておいたりしない、でもいざ火事が起ると消火器が欲しくなる。
 そんなもんよ、人間ってのは考えうる可能性でも低ければ放置するの。ま、この話は蛇足だけどね」
「つまり、僕がこういう事態を想定して鍛えてなかったことがいけないっていうんですね?」
「極論から言えばね。でも私は数騎は悪くないと思ってるし、百パーセント、非はあなたを襲った男たちにある思ってるわ。あくまで考え方の話をしただけよ。そういう考え方もできるって。
 とりあえず数騎にできることは武器を持つことね、今から鍛えても間に合わないし。武器のメリットは刑罰を負う覚悟さえ背負えば鍛錬の時間という対価を払うことに匹敵する力を容易に得られるところね」
「でも、僕は武器を持ちたくないです」
「なんで? 卑怯だから?」
 僕は首を横に振る。
「違います、そんな事じゃないんです」
「じゃあ何よ?」
「もし、僕が武器を使ったら、相手は傷つきますよね?」
「そりゃあ、傷つかなかったら法律で規制されたりしないしね」
「それがいやなんです。僕が暴力を振るうことで誰かが傷ついてしまうのが」
「それが、あんたに暴力を振るう相手でも?」
 僕はしっかりと、だが力強く頷く。
「はい、僕は世界中のみんなが幸せになればいいと思ってるんです。誰も傷つかなければ誰もかなしいことにならないし。誰も殺されなければ、誰も家族の命を他人に奪われることもなくなると思うんです」
「すっごい理想よね、それ。きれいすぎてヘドが出るわ。私もそうあってくれれば最高だと思うけど、理想の対義語って現実なのよ。
 いくらそうなって欲しくてもそうはならないし、そうしようとしても必ず挫折するわ」
「それでも、僕はそうあって欲しいと思ってるんです。少なくとも僕自身が加害者になるような真似はしたくないんです」
「あんたが被害者になっても?」
「それは……」
「要はどっちが大切かってことよ、自分か他人か。それで自分が大切だと思ったら力を手に入れるといいわ。鍛えてもよし、頭を使って立ちまわるもよし、武器を持つもよし。
 尻拭いをするのは自分だし、痛い目みるのも自分。よく考えて行動しなさい、そして何が大切かを心に決めなさい。そうすれば少しぐらいの矛盾は無視できるようになるから」
「はい……参考にさせてもらいます」
「武器が欲しくなったら言って、私の武器を分けてあげてもいい」
 そう言うと、麻夜さんは僕の肩を叩き、笑顔を浮かべた。
「じゃあ暗い話はお終い。お腹減ってるでしょ、そろそろ食事にしましょ」
 言い終えるかいなか、麻夜は地面に転がしていたビニール袋からおにぎりを取り出して僕に渡す。
 それはツナマヨネーズのおにぎりだ。
 もちろん、目の前で食事をしている麻夜さんの食べているものも同様である。
 どうやら味をしめたらしい。
「ところで数騎、残ってる三万円の使い道なんだけど」
「もって二ヶ月ってところですかね、収入がないのはやっぱりキツイですね」
「そのことなんだけどさ、私に賭けて二万くらい預けてくんない?」
「何か策があるんですか?」
「切り札一歩前的なのがね」
 そう言うと、麻夜さんは求人広告のチラシを僕に向かって突き付ける。
 それは、キャバクラ嬢募集というチラシであった。
「とりあえず二万で服買って働くことにするわ。副業や学業もないから一日の大半をそこでの仕事にあてられると思う」
「でも、いいんですか? こんな仕事」
「よかないわよ、でも数騎が働けないなら私が働くしかないわ。いつまでもテント暮らしはお互いイヤでしょ。私はここで働くことにするから、その間に数騎もバイト探して。安定した収入が入るようになったら、どこかでアパートでも借りましょ、ね?」
「は、はい。そうしましょう!」
 嬉しくなって思わず大声を出す。
 ちょっと目に涙が浮かんだのは迂闊だった。
 零れ落ちそうになる涙を袖でこすりながら満面の笑みを浮かべる。
 人間というのがこれほど素晴らしいものだとは思わなかった。
 家族だってお互いに信じきることができず、友達だって裏切りあうのがこの世界だ。
 だというのに、目の前の女性は血縁もなしに僕の身を案じ、共に進もうという仲間として見てくれる。
 今の僕が麻夜さんに与えられるメリットはテントという家くらいなもの。
 それなのに、麻夜さんはそれがなくなっても僕を助けてくれるという。
「泣くんじゃないわよ」
 困ったように笑いながら麻夜さんは僕の目に手を触れ、涙をふく。
 どうやら気付かぬうちに泣いてしまっていたらしい。
 でもしょうがない、これだけ心を動かされちゃ、涙だって流れるというものだ。
「何で泣くのよ、たいしたことじゃないじゃない」
「だって、麻夜さん。僕が役立たずなのに、こんなにやさしくしてくれて……」
「私は恩を返してるだけよ」
 照れくさそうにしながら、麻夜は続ける。
「真っ裸だった私にあんたは服をくれて、ご飯をくれた。住むところのない私に狭いっていうのにテントを共有しようと言ってくれた。さらにはいついなくなるかわからない私を信用して所持金の一部を私に預けた。それが私に示してくれたあなたの信頼。
 なら、それに答えるってのはイイ女の条件よ、違うかしら?」
 力強いその言葉。
 そんな事を言われたら、こっちは涙が止まらなくてしょうがない。
 嗚咽を漏らしながら泣く。
 これは当分、泣き止めそうになかった。
「ねぇ、ちょっと。泣くのやめてよ。もぉ、男の子のクセにこの子ってば……」
 麻夜さんの愚痴にトゲは一切ない。
 それが嬉しかったからか。
 僕はこの後、数分間泣き続けていた。






「デートしよ」
 ホテルを出てから最初の一声がそれだった。
 その言葉に、柴崎は露骨に険悪な表情をする。
「それは何の冗談だ、彩花?」
「何言ってんのよ、本気に決ってるじゃない。まぁ、デートは冗談としてどっかに遊びに行こうってこと」
 後から柴崎の隣にいる彩花は笑顔を浮かべながらまくしたてる。
 柴崎は困った顔をして視線をそらした。
「いや、だが二階堂や薙風もいるだろう」
「私たちは構わない」
 後から出てきた薙風が即答した。
「どうせヤツらが異層空間を展開してくるのはたぶん夜、ならそれまでは自由時間で構わない」
「オレは構うぜ」
 言ったのは最後に出てきたに二階堂だ。
「確かに異層空間が展開されるのは夜だけかもしれないが、いつ敵に襲われるかわからないなら全員で一緒にいた方がいいはずだ、違うか?」
「違わない、でも感情はそうは言ってないわ」
 いらだちを隠さずに、彩花は二階堂に言ってのけた。
「だってさ、普通こんなところに宿とらないでしょ!」
 言い放ち、彩花は今出てきたホテルを指差す。
 夜は輝いていたネオンも朝日の中ではその輝きを失い、錆びれた印象を与える電灯。
 そしてホテルの外壁には休憩、宿泊で値段が分かれて表示されている。
 そう、そこは恋人たちが蜜月を過ごす空間、ラブホテルだった。
「いや、だからさ。それは何度も悪かったって言ってるじゃないか。他のホテルが全部満員だったんだよ。でもラブホならあいてたし安かったからさ」
「だからって女の子と一緒に泊まるような場所じゃないでしょう!」
 彩花はそうとう怒っている。
 実はこの手の騒ぎ、昨日の夜にも行なわれた。
 二階堂の不手際でラブホテルに宿泊が決った際、彩花は断固として反対したのだ。
 ラブホテルに泊まるくらいなら公園で野宿すると言って聞かない彩花を、薙風と柴崎による必死の説得で彩花をしぶしぶ頷かせたのだ。
 ちなみに備え付けのダブルベッドは薙風と彩花の二人が占拠した。
 一部屋しか取れなかったため、柴崎と二階堂はソファでお休みになられたご様子である。
「とりあえず私はあんたのせいでこんなところ二度と泊まりたくないの。だからあんたは一人でさっさと今夜の宿探してなさい。私は司とこの町巡って買い物してくるから」
「彩花、それはさすがにひどいのでは?」
 二階堂にまくしたてる彩花に柴崎は口を挟む。
「いいじゃない、私をラブホに泊めた罰にしちゃ軽すぎるわ。じゃ、行きましょ司。あんなアホは放っておいて」
「薙風はどうするんだ?」
 困った顔で柴崎は薙風の方に顔を向けた。
 薙風は左目をつぶり、開けていた右目だけで柴崎の顔を見つめる。
「柴崎が彩花といるなら私は二階堂といる。二階堂は弱いから私が護衛代わり」
「ね、これで文句ないでしょ」
 嬉しそうに笑顔を浮かべる彩花。
 柴崎は悲愴な顔をしている二階堂に申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。
「じゃあ、わがままなお嬢さんをなだめるために、申し訳ないが少し遊んでこさせていただくぞ」
「いってらっしゃい、六時に合流するから忘れないで」
 薙風の言葉に頷くと、柴崎は腕を引っ張って彼をつれて行こうとする彩花に流されるようにデパート街に向けて歩き出していた。
 薙風はその二人をしばらく見守っていたが、ふいに二階堂を振り返った。
「元気出して、二階堂」
 落胆気味の二階堂に、彩花は続けた。
「私でよかったら一緒に行動する、まずは朝食」
 言って薙風は二階堂の腕をつかみ彩花たちとは反対方向に歩き始める。
 二階堂の視線は、消えた彩花たちの背中をいまだに追い続けていた。































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