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第五幕 ジェ・ルージュ


 バイトができないことをよく理解した僕は、とりあえず食べ物を手に入れることに専念することにした。
 この町には町中を彎曲して流れている飲川と呼ばれる腐れた川がある。
 文字通り腐っているのだ。
 工業排水やら生活廃水やらで川は真っ黒、雨が降ると臭くてたまらないそうだが、僕がこの町に来てから雨の日は一度としてやってきてはいない。
 今回僕が向かったのは美坂町から出て少し歩いたところにある鉄橋だった。
 電車が走り轟音が鳴り響く草原、人通りは少なくでもぬかった地面のせいでホームレスも寄りつかない。
 そこにやってきたのは川の水がきれいだからだ。
 その鉄橋の下を流れる川は飲川の上流に位置していた。
 水もキレイなら魚も住んでいるという絶好の名所。
 休日には多くの釣り人が訪れるそうだが、今は平日の真昼間、人通りは皆無である。
「チャ〜ンス」
 僕は公園の木の枝をへし折ったものに、買って来た釣り糸と釣り針をつけた特製の釣り竿を肩に担ぎながら笑みを浮かべた。
 エサは用意してある、地面を掘って大量の虫さんを収穫ずみだ。
 僕は魚が連れそうな場所を探し出すと釣り針にちょん切った虫を突き刺し川に放りこむ。
 さぁ、後は忍耐力で勝負が決る。
 僕は魚が食らいつくまで、じっと待つことにした。






「よっしゃー!」
 釣り上げた魚をバケツに入れる。
 見るとバケツの中はお魚さんでいっぱいだ。
「小さいけどね」
 そう、釣った魚の九割以上がかなり小さかった。
 大きいやつでも人差し指くらいしかない。
 逃がしてやろうとも考えたが、から揚げにするとおいしいので、お覚悟願うことにした。
 一匹だけ大きいのもいたが、やっぱりそこまで大きくはない。
 橋の下から空を見上げればすでに空が赤くなり始めている。
「潮時かな」
 昼からずっと釣りをしていたのでいいかげん飽きた。
 が、とりあえず収穫はあったので、嬉々として帰ることにする。
 正直、ボウズだったら帰るに帰れないところだった。
 帰る準備をはじめる。
 と言っても竿に釣り針を巻きつけ、エサを入れていたタッパーを手さげ袋にしまうだけなのではあるが。
 声をかけられたのは地面に置いてあった手さげ袋を持ち上げたその瞬間だった。
「よお」
 聞き覚えのある声だ。
 顔をあげてその顔を凝視する。
 それはつい先日、僕に暴力を振るった二人の男の一人、痩せた男の方だった。
「奇遇だな、こんなところで会うなんてよ」
 言って男は一歩こちらに向かって踏み出す。
 僕は思わず後ずさりをしていた。
「何の……用だ……」
「昨日はなかなか楽しかったな。え、どうだよ?」
 睨みつけながら力の限り歯を食いしばる。
 冷静になれ、ここは逃げる道を見つけだすんだ。
「昨日はアニキの後だったからよ、正直入れてる時、気持ち悪かったのよ。でも今日はアニキはいねぇ」
 嬉しそうに微笑みながらさらに近づいてくる。
 どうする。
 手にはつり竿と手提袋、足元には魚の入ったバケツ。
「さぁ、楽しもうぜ!」
「たあぁぁ!」
 気合いと共に釣り竿を投げ付けた。
 男は両手でそれを防ぐ。
 そこに一瞬の隙が出きる、それが僕の狙いだ。
「うぉっ!」
 男の叫び。
 それは僕がバケツの中の水を男目掛けてぶちまけたことによって生じたものだ。
 僕はすぐさま男に背を向けて逃げ出すことにした。
 男は逃げる僕を取り押さえようと追いかけてくる。
 だが、この勝負の分は僕にある。
 男は水を吸収した服を着ている。
 水を染みこんだ服は重く、水を吸収した服は行動の妨げとなる。
 それに比べて僕は身軽、なら逃げきれない道理はない。
 僕は必至に男から逃げ出そうとした。
 が、僕はあまり運動が得意な方ではない。
 スピードの落ちた男と、万全の状態の僕は全く互角のスピードだった。
 そう……だった(・・・)。
「うあっ!」
 ここで状況が一変する。
 天地のひっくり返るような衝撃を覚えた。
 すぐに状況把握に専念、それと平行して再び逃げ出せるように体を動かす。
 天地がひっくり返ったような気がしたのは、ぬかるみが多かった草原を走ったせいで転んでしまったからだ。
 すぐに逃走を再会すべく僕は素早く立ちあがる。
 だが遅すぎた。
「捕まえたぜ」
 細くも力強い右腕が僕の首に巻きついた。
「あっ!」
 捕まった。
 僕は恐怖で目を見開き、逃れるために暴れはじめる。
 しかし。
「うっ、うう……」
 抵抗は許されなかった。
 首に巻いた腕を絞り、気管支を締め上げ男は僕の呼吸を妨害した。
「死にたくなかったら暴れたり声出したりすんなよ、首の骨をへし折るぜ。こっちはべつにお前が死んだってすることはできるんだからな」
 抵抗なんてできなかった。
 さすがにここでことを為すわけにもいかないと思った男は、見晴らしのいいところから、ちょっとやそっとでは人に見つからない橋の下まで僕を引きずりこんだ。
「さぁ、楽しもうぜ。いい声で泣いてくれよ」
 言って男は僕の服を脱がせようとし始める。
 僕は必至でそれに抵抗した。
「う、うああああ!」
 拳を繰り出す。
 その一撃は男の顔面にクリーンヒットした。
 が、
「うわぁっ!」
 鋭い衝撃に脳が揺れる。
「ガキが!」
 男の拳が僕のアゴに入った。
 脳震盪でも起きたのか、僕は体の自由が全く効かなくなる。
 それは恐ろしいことだった。
 身動き一つとれない時に、自分の体を好きにしようとする男が僕の体をまさぐってるのだ。
 怖かった、恐ろしく怖かった。
 でも何も出来ない。
 例え身動きが取れたとしても、僕は何も出来ないだろう。
 僕はこの男をどうにかすることは出来ない。
 その時だ、
「うおっ!」
 男がそう口にすると同時にぬかるんだ地面を転がった。
 脳震盪ではっきりしない視力を総動員して何が起こったかを確かめる。
 そこには、
「お楽しみにはまだ時間が早いんじゃないのか。それも外でときたらなおさらだろう」
 風になびくは長髪、揺れる赤い髪は夕日を照り返してさらに赤く輝いて見える。
「それとも見られるのが好きなのか、外でするのは緊張感がたまらないとも聞く」
 染め分けているのか、髪の根元は白だったが、首の後で縛った先の髪の毛は真っ赤に染まっている。
 赤き髪は腰のあたりまで伸びており、ただでさえ長い髪は、男の身長の高さに合わせ、相対的に長くなっていた。
「で、お前はどっちなんだ。緊張感が好きなのか? それともただ今すぐヤリたかっただけなのか?」
 百九十はあるのではないかと思わせるその長身の男は黒い袖なしのシャツにジーンズを穿いていた。
 顔立ちは日本人のようでもあったが、瞳の色がそれを否定している。
 その男の瞳は赤かったのだ。
「なんだ、オメェは!」
 地面を転がった男は叫びながら立ちあがった。
「ただの通行人だが」
「なめんな!」
 痩せた男はポケットからナイフを取り出した。
 ジャキッという音と共に柄の中から刀身が飛び出す。
 飛び出し式のジャックナイフだ。
 日本の法律で禁止されているため、間違いなく違法である。
「ぶっそうなものだな」
 赤い目の男は面倒くさそうに呟くと右腕にしていたリストバンドからナイフを取り出した。
 赤い目の男の取り出したナイフは折りたたみ式のものだ。
 素早くナイフを柄から取り出すと、それを痩せた男に向かって突き出す。
 凶器を持つ二人の男は橋の下でにらみ合う。
「来い」
 赤い目の男が呟く。
 それに呼応するように、痩せた男が赤い目の男に襲いかかった。
 繰り出されるは連続の突きだ。
 内蔵をえぐり致命傷を与えるための執拗なる攻撃。
 あのジャックナイフ、刀身が十五センチ近くある。
 腹部を一刺しされたら高確率で内蔵をえぐられ、致命傷を受けることになる。
 だが、赤い目の男は、
「どうした、遅いな」
 連続で繰り出される刺突を、握り締めた短刀で難なく迎撃していた。
 赤い目の男のナイフはせいぜい十センチ程度しか刀身がない。
 ナイフの戦いというのは刀身の長さが物を言う。
 故に優位性は痩せた男にあるはずだった。
 だが、赤い目の男はナイフの短さという負い目を一切見せ付けない。
 むしろ、戦いは赤い目の男が優勢に進めていた。
 繰り出される連続の斬撃は、痩せた男を一歩、また一歩と後退させて行く。
 ナイフの使い方は突きが常套手段とされる。
 殺傷力が高く、防がれにくく、何より攻撃が素早いからだ。
 だが、赤い目の男は斬撃を用いて戦っていた。
 それを可能にしたのは赤い目の男の腕の長さだ。
 圧倒的なリーチで敵が突きを繰り出すタイミングを見据え、痩せた男の腕かいくぐりしそのサイドから斬撃を繰り出す。
 その斬撃が男を戸惑わせた。
 有利なはずの戦いで、痩せた男は腕を数度浅く切り裂かれ、油汗を流しながら後退していく。
 その時だ、電車が橋の上を走りはじめた。
 勝負はそれと同時にカタがついた。
「ギャアアアアッー!」
 悲鳴が轟く。
「こりたか?」
 赤い目の男の囁き。
 その赤い瞳には、痩せた男のナイフを持っていた右手の甲に突き刺さっているナイフを映していた。
 赤い目の男はわざと勝負を長引かせ、電車が来ることを待っていた。
 ナイフを突き刺したときの男の絶叫をかき消すためである。
「これにこりたら外でしようなどとは考えないことだ、他人の迷惑になるだろう?」
 赤い目の男はナイフを手の甲から引き抜いた。
 痩せた男の絶叫が響く。
 しかし、それは橋の上を通過する電車の音に掻き消されていた。
「じゃあな」
 赤い目の男はそう口にすると痩せた男を蹴り飛ばした。
 腹部を蹴られた男はよろめき、そのまま川の中に突き落とされる。
 痩せた男は突き刺された右腕を苦しそうに抱えると、そのまま走って逃げていってしまった。 
「大丈夫か?」
 赤い目の男が声をかけながら近づいてくる。
 僕は乱れた服をなおすと、その男と向き合った。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「なに、礼には及ばんさ。あの程度の短刀繰りでは私はやれないよ」
「は、はぁ……」
「それにしてもなんだ、お前もなかなか情けないな」
 小さくため息をつきながら、赤い目の男は続ける。
「男が強姦されると言うことはそれほど珍しいことでもないが、もう少し抵抗してみせたらどうだ?」
「どうせやられるなら、抵抗しない方がいいと思ったんです」
「その心は?」
「抵抗したらもっとひどいことをされる、それくらいだったら……」
 そこまで言って体を震わせる。
 そう、抵抗したってしなくたってひどいことをされることにはかわりがないのだ。
 そんな僕を見かねて、赤い目の男は口を開いた。
「でも、それはお前が弱いからだろう?」
「そうです、情けないですけど」
「なら強くなればいいじゃないか、簡単な話だ」
「簡単になれたら苦労はしませんよ」
「なぁに、度胸と覚悟、それに勇気さえあれば何とでもなるさ」
 そういうと、赤い目の男はジーンズのポケットに手を突っ込み僕の右手を掴むと、その中に生暖かい金属を握らせた。
「それをやる、身を護るにはちょうどいい大きさだ」
 ゆっくりと右手を開く。
 その中には金属の板が存在した。
 いや、これは板ではない。
 板と板の間に刃が隠されている、折りたたみ式のナイフだ。
「こ、これって!」
「ナイフだ、見ての通りな。それで身を護るといい」
「で、でも……」
 口篭もりながら続けた。
「いりません、僕は。これは人を傷つける、殺してしまうかもしれない。それに相手がこっちよりも圧倒的に強かったら逆上させるだけで、逆に奪い取られて殺されるかもしれない」
「だから言っただろう、度胸、勇気、覚悟があればってな」
「だって……」
「だってじゃない。相手が力でお前を好きにしようというなら、それを払いのけるのもまた力だ、違うか?」
「違わない、でも!」
「うるさいガキだな、いいから受け取れ。使おうが使うまいがお前の勝手だ。持っていてもお前にその意志がなければそれはただの鉄の塊だ。が、いざ必要となった時、それを持っていないでは後の祭りというものだろう。ならば持つだけ持っておけ。人を傷つけたくなければお前が使わなければすむことだ」
 そこまで言われては突き返しようもない。
 僕は黙ってズボンのポケットにナイフをしまい込んだ。
「頂いておきます」
「よし、それと気が向いたらそのナイフに何か名前をつけてやれ。自分の武器には自分の命を預けるわけだからな。名前をつければその武器に魂が吹き込まれる。生きている武器と生きていない武器では、愛着も違ってくるというものだ」
 赤い目の男はうっすらと笑みを浮かべながら僕を見つめていた。
 が、そう言われても僕は武器に名前をつける趣味なんてない。
 助けてもらったけど、この人は変な人に思える。
 僕はこの場から立ち去ることにした。
「それでは、いろいろと面倒を見ていただきありがとうございました」
「あー、ちょっと待った」
 頭を下げて立ち去ろうとする僕を、赤い目の男は手で制止する。
「何ですか?」
「自己紹介がまだだったな、一応教えてくれ」
 帰り際に自己紹介を求めるとはこの人も変わった人だと思う。
 とりあえず帰れるならと思い僕は口を開こうとしたが、それよりも早く赤い目の男は喋りはじめていた。
「先に私から、私の名前はイシュトヴァーン。イシュトヴァーン・ジェ・ルージュという、この国ではな」
「この国では? 偽名ってことですか?」
「そうでもない、イシュトヴァーンというのは私の名前だよ、それはもう間違いなく。私の知り合いにはアンドリューと名乗っている日本人もいるぞ、外人は日本名の発音が苦手だから適当にニックネームを作ってそう呼ばせているらしい。それと同じだ」
 嬉しそうに微笑みながら言うイシュトヴァーン。
 確かに理屈としてはあっているような気もするが、日本人が発音しやすい名前なら何で日本名を名乗らないかが疑問なところではある。
 僕は少々、眉をひそめながら自分も名乗ることにした。
「じゃあ僕はゲドです。呼びたければべつにハイタカでも構いませんよ」
「おや、どう見ても日本人にしか見えないが、そういう名前なのか?」
「ニックネームですよ、ニックネーム。本名を知りたければ本名を教えてください、いくら危ないところを助けていただいた恩人だってそれくらいの筋は通していただきたいものです」
「わかってないな、お前」
 自称イシュトヴァーンはそう言うと、大きくため息をついた。
「お前が私にゲドと名乗ったのだろう?なら私にとってゲドはゲドだ。もし、ゲドがアーシュラと名乗ったのなら、私にとってゲドはアーシュラだ。そうだろう? ならゲドはゲドだ。他の誰でもありはしない。お前がゲドと言うなら私にとってお前はゲド。
 と、するならばだ。私がイシュトヴァーンと名乗ったのなら、お前にとって私はイシュトヴァーンのはずだ。違うかい?」
 その言葉に、僕は言葉を失ってしまった。
 だってそんなのは屁理屈だ。
 子どもの考えるような屁理屈で、正直笑い飛ばしたくなってくる。
 だというのに、目の前の男は本当に嬉しそうな笑みを浮かべて僕にそう話しかけてきている。
 まったく人がいい。
 その笑顔を曇らせたくないから、僕はその男にあわせることにした。
「そうですね、でしたら僕がゲドという名前を名乗ったんですから、それを疑うというのは無粋な事じゃないんですか?」
「なるほど、それはその通りだな」
 そう答えると、イシュトヴァーンは嬉しそうに笑い出した。
 それにつられて僕も思わず笑顔を浮かべる。
 その後、僕らは、お互いに満足するまで笑いあった後、さよならと口にしてお互いに別の方向に向かって帰路についたのであった。


「なぁ、薙風」
 二階堂は深いため息とともに会話を切り出した。
 時刻は夕刻、待ち合わせの場所である喫茶店に早めに来ていた二階堂と薙風はそれぞれに飲み物を飲んで柴崎と彩花の二人を待っていた。
「薙風はさ、どう思う?」
「何を?」
「彩花と司のことさ」
「どうって、どういうこと?」
 理解はできているが一応は聞いておく。
 そのような意味も込めて、薙風はまっすぐ二階堂の瞳を見据えた。
「だから彩花のことだよ。彩花ってさ……」
 途中で言葉を切り、二階堂は続けた。
「彩花ってさ、やっぱ柴崎のことが好きなのかな?」
「嫌いじゃないと思う。彩花は司が好きだし二階堂が好きだし私も好き。嫌いなヤツとは普通、一緒に行動したがらない」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
 意味を曲解している薙風に、二階堂は言い方を変えた。
「つまり、彩花は柴崎に、その……恋愛感情を持ってるのかな?」
「持ってるに決ってる。あの態度を見てれば誰にだって明らか。気付いてないのは当人たちだけ」
「だよなぁ……」
 重いため息を吐く二階堂。
 そんな二階堂を見据えながら、薙風は音を立てながらリンゴジュースをストローで吸いこむ。
「どうしてそんなに落ちこんでるの、二階堂?」
「そりゃ、落ちこむさ」
 さらに深いため息を吐く。
 それを見て、薙風はストローから唇を離した。
「で、二階堂はどうしたいの?」
「どうしたいって?」
「つまり二階堂は知ってる、彩花が司を好きってことを。二階堂はどうしたいの?」
「どうしたいって……」
 言いよどむ二階堂。
 そんな二階堂に薙風は続けた。
「二人をくっつけてあげたいの? 放っておきたいの? それとも……」
 一呼吸置き、薙風は言ってのけた。
「破局させたいの?」
「そ、そんなこと言ってない!」
 思わず声を荒くする。
 もちろん、周囲に気を使って音量はかなり落としていた。
「そんなこと、言ってないだろ」
「言ってるように聞こえた」
 言って、薙風を右目をつぶりストローに口を近づける。
 そして少しだけ口に含んだ後、それを味わった後に飲みこんで、今度は右目を開き、左目を閉じながら口を開いた。
「いや、違う。そう言いたそうに見えた、これが正しい」
「見えるか、やっぱり」
「うん、見える。私には、二階堂は彩花が好きなように見える」
「わかるか?」
「わかる、気付かれていないつもりなのは当人とその相手さんだけ、周りにはとてもよくわかる」
「気付いてないのは当人たちだけってか?」
「そう言うこと」
 先ほどの言葉を使い、自分を皮肉る二階堂に薙風はそっけなく答える。
 二階堂は目の前にあったブラックのコーヒーを口に運んだ。
 それを見て、薙風は話を続けた。
「二階堂はどうしたいの?」
「どう……って?」
「二階堂は彩花が好き、二階堂は彩花と恋人になりたい。でも彩花は司が好き、彩花は司と恋人になりたい。二階堂が彩花と一緒になるには彩花が恋破れないといけない」
「でも、それは嬉しくないんだ」
「どうして? その方が二階堂には都合がいいのに」
「でもさ、それじゃ彩花がかわいそうだろ? オレは彩花にイヤな思いをしてほしくないんだ」
「でも、それじゃ二階堂は嬉しくない」
「そうさ、だから困ってるんだ」
 ため息をつきながら二階堂はコーヒーを再び口に運んだ。
「オレの目的のために彼女を悲しませたくない。でも、彼女が悲しまないとオレは彼女と付き合えない」
「面倒な話」
 答え、薙風はストローからアップルジュースを吸い上げる。
「二階堂は私に意見を求めてるみたいだから言うけど、私は二階堂の好きにすれば言いと思う。破局させたければさせるように仕向けばいいし。くっつけたければくっつければいいと思う。いずれにしても、後悔しないように行動すればいい」
「何だそれ、お前彩花の親友じゃないのか? 彩花に冷たいヤツだな」
「そうでもない、私にもどっちがいいかわからないから。自分が好きな人と一緒になるか、自分を好きな人と一緒になるか。どっちが幸せかは私にはわからない。
 それならなるようになって欲しい、私のせいで彩花の運命を変えたくない。それが彩花にとって一番いいことならともかく」
「じゃあ、柴崎が彩花を世界中の何よりも好きで、彩花が柴崎を世界中の誰よりも好きなら?」
「それが一番いい、でもそれはありえない」
「どういうことだ?」
 眉間にしわを寄せ、疑問を顔に浮かべる二階堂。
 そんな二階堂に、薙風は視線をジュースの入っているグラスに降ろしながら答えた。
「司にとって世界中の何よりも好きなものなんて存在しない。司は世界中の全ての人間が好きだから」
「はぁ、なんだそれ?」
 わけがわからない、という顔をする二階堂。
 薙風は小さくため息をついた後、窓の外に視線を向け呟いた。
「司は、みんなみんな大好きなの。本当に心の底から、そう思い込んでる」
 その言葉が何を意味するか、今の二階堂には全く理解できなかった。
 















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