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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第七幕 約束

第七幕 約束


「じゃ、数騎は先に寝てて。私にはすることがあるから」
 二人で暮らしているテントまで戻ってくると突然、麻夜はそう口を開いた。
「え、どうしてですか?」
 驚きも隠さずに聞いていみる。
 だってまだ夜中だ。
 こんな夜中に、何をするというのだろう。
 用を足すんだったらちょっとトイレにでも言ってくると、麻夜さんの性格なら恥じらいもなく言うはずだ。
「別に何をするってわけじゃないわよ。ちょっと用事があるだけ、少しね」
 そういうと、麻夜は数騎の首根っこを引っつかみ、無理矢理数騎をテントの中にぶちこんだ。
「まぁ、誰もこないとは思うけど警戒はしてね。もし誰かに恐喝されたらお金くらい全額渡しちゃいなさい。命には代えられないんだから。わかった?」
「……わかりました」
「よろしい、ものわかりのイイ子は好きよ。よしよし、可愛い可愛い〜」
 笑顔で頭をぐりぐりと撫でまわされる。
 悪い気はしないのだが。
 その、少々気恥ずかしい。
「それじゃ、行ってくるから。ちゃんと寝てなさいよ〜」
 そう言って手を振ると、麻夜は僕に背を向けて走りだし、そのまま公園から出ていってしまった。
「行っちゃった」
 後ろ姿が消えた後もなお、公園の入口を見つめ続けたが夜風が吹いてハッと意識を取り戻す。
「さて、どうしたもんかな」
 思わずひとりごちた。
 麻夜さんは寝ろと言ったが、先ほどあのような事が起きた後では興奮してすぐには眠れないというものだろう。
「でも寝ろって言われたしなぁ」
 呟いてテントの中に視線を向ける。
 寝袋と毛布が転がっているが、麻夜さんという同居人を得た今となっては一人で寝るのはどうももの悲しい、というか不安で眠れない。
「ちょっと、散歩でもしてくるかな」
 決心してテントから抜け出した。
 雲は少なく月が明るいというのに、公園は無駄に明るく、まるでどこかのホールの照明が灯されているみたいだ。
 おかげで星も見れやしないが都会に住んでいるなら、まぁそんなもんだろうと折り合いをつけるしかない。
 僕は公園の中を歩きはじめた。
 枯れ果てた噴水には風情がなく、たまにイベントが行なわれる体育館は少々ボロっちい。
 ブランコのネジの部分は錆が出てるし、滑り台もメッキがはがれはじめてて何か物悲しい。
 でも、この公園にはそんな鬱な部分をはね返すような力を持っているように思えた。
 だって、この公園は意味を持っている。
 昼間は子どもたちの遊び場になるという意味を。
 本当に悲しいのは意味を持たない公園だ。
 どんなにキレイな噴水が吹き荒れ、新品の滑り台やブランコの設置された公園でも、子どもたちが遊びにやってこなければ意味がないというものだろう。
 要はそういうことだ。
 例え見てくれがよくても意味のないものには意味がない。
 見てくれが悪ければなおさらだ。
「でも僕は、見てくれは良かったはずだよな」
 空を見上げて言葉を紡ぐ。
 それは遠くにいるあの女性に。
 僕を認められず、それでも見てくれにはこだわり続けたあの女性に伝えたい言葉であった。
「お散歩ですか?」
 その言葉に弾かれたように振りかえった。
 頭上には月。
 降り注ぐ光は地面を照らし、後ろから現れた女性の姿を浮かび上がらせた。
 夜風に揺れる漆黒の髪は腰の位置よりも長く、見つめるその瞳は磨きこまれた黒曜石のように鮮やかで、やや青みを帯びている。
 みずみずしい肌はおそらく柔らかいのであろうが、布地をふんだんに用いた着物に阻まれて直視することはほとんどできない。
「お久しぶりですね」
「あなたは」
 そう、その人は僕にとって既知の人物だった。
 屈強な男たちに乱暴を働かれた後の僕を見つけて、ケガを治療してくれた女の人だ。
「あ、あの時はどうもありがとうございます」
「どういたしまして」
 微笑んで答える着物の女性。
 その笑顔が可愛くて、僕の胸がちょっとはねあがった。
「ど、どうしたんですか、こんな夜遅くに。女性が夜中に一人歩きなんて危険ですよ?」
「そうですね。でも、どうしても言っておきたいことがあったので」
 そう言うと、着物の女性は僕に歩み寄り、体がほとんど触れ合うか否かという距離まで来ると、右手を上げ僕の左頬に触れる。
「実は、あなたをつけてきました。あなたがキャバクラの裏口から出てくる所から」
 その言葉に、僕の心臓ははねあがる。
 だが、そんな動揺を表に出すことなく、僕は聞いた。
「なんで……つけてきたんですか?」
「見ていたからです、あなたが男たちに襲われるところを。そして、あなたの親しい女性があなたを男たちから助け出したところを」
 そこまで聞いて、数騎は頬を真っ赤に染める。
 だってそう、その場面を見られていたということは、僕が麻夜さんに甘えていたところを見られたと言うことと同義だ。
「つけてきたのは謝ります。あなただって自分の私生活を私みたいな他人に見られたくはないでしょうし。でも、あの女性のいる前ではなく、あなたにだけ言っておきたいことがあるんです」
 真摯な瞳で語ってくる着物の女性の言葉に、僕は圧倒されて口を出すこともままならない。
 着物の女性は一呼吸つくと、はっきりとした口調でこう言った。
「私では力にならないかもしれません。でも、もしできるなら今度は私があなたを助けてあげます。あなたには彼女だけじゃなく私もいる。だから、どうか自分が一人だとは思いこまないでください」
「なんで……」
 言葉を切り、僕は続けた。
「なんで、あなたは僕にそんな言葉をかけてくれるんですか?」
 当然の質問だと僕は思った。
 だって、僕とこの女性ははっきり言って他人だ。
 なんで彼女は僕にこんなことを言うのか、正直僕にはわからなかった。
「確かに僕はあの男たちにいいように弄ばれて、その後あなたに助けられました。でも、なんであなたは僕に肩入れするんですか? 僕にはそれがわからない」
「そう、言われましてもねぇ」
 上目遣いになりながら、あごに人差し指を当てて着物の女性は悩みはじめた。
 もしかしたらだが、彼女は正直なんで僕に肩入れしているのか自分でもわかってないのではないだろうか。
 男に強姦された自分に対する同情、哀れみ。
 そして一度助けたことから僕に、拾った犬のような愛着でも抱いているのだろうか。
 そんな事を考えているうちに、彼女は考えをまとめたのか、まっすぐに僕の目を見つめる。
「まぁ、放っておけないんですよ、あなたのことが。私、おせっかいですから」
「そうなん……ですか?」
「はい、そうなんです。多分、きっと、もしかしたらですけど。とりあえず約束しますよ、もし次あなたに何かあったとしたら、私は必ずあなたを守ってあげます。
 ですから、どうか絶望だけはしないでください、例え何があっても。例えあなたにとって大切な何かがあなたの手元から転げ落ちたとしても」
「え、それってどういう……」
「今言えるのはそれだけです。それでは、夜分遅く申しわけありませんでした」
 そう言ってぺコリと頭を下げると、着物の女性は僕に背中を向けて歩き出す。
「あっ」
 女性は去っていく。
 何も言わずに、ゆっくりと僕の視界から遠ざかっていく。
「待って!」
 思わず止めていた。
 何をしたいのかわからない。
 何を言いたいのかすらわからない。
 振り返る女性。
 でも、僕には自分が何を言いたいのかわからなかった。
 僕は口篭もり、視線を地面に落とす。
 何で僕は呼びとめたりしたんだろう。
 全くもって意味がわからない。
 だが、呼びとめたからには何かを言わなければならない。
 僕は顔をあげ、口を開く。
 だが、それより早く着物の女性が言った。
「おやすみなさい」
 その言葉に、思わず開いた口がふさがらなかった。
 そう、言いたかったのはそんな簡単な言葉だった。
 よくわからないうちに知り合い、よくわからないうちに微妙に親しくなった相手。
 そんな相手と夜別れるなら、その時に出る言葉は他人行儀な言葉ではなく。
「おやすみなさい、帰り道気をつけてくださいね」
 きっと、こんな気のきいた言葉だったのだろう。
 その言葉を聞くと、着物の女性は笑顔を浮かべながら背中を向け、やはりゆっくりと去っていった。
 また風が吹いた。
 やはり少々寒く、僕は身を震わせる。
 空を見上げた。
 青く輝く月が頭上にある。
 輝く月の光を浴び、風になぶられる。
 女性との会話で高揚していた頬に受ける風は気持ち良く、月は僕の揺れる心を落ち着かせる。
 あぁ、それはどんなに心地よい。
 その心地よさを胸に、僕は月を見上げ続ける。
 願わくば、僕がこれからも心地よくあり続けられるように月にでも祈りたい気分だった。






「つーかさ、お前らの言ってることがよくわからないんだけど」
 さもつまらなそうに二階堂は呟く。
 なぜこんな簡単なこともわからないのかと玉西が冷たい視線を浴びせてくるが、二階堂は視線を受け止めることなく周囲に視線をめぐらせる。
 そこは何の飾りっけもない部屋だった。
 そんな殺風景な部屋で四人は床に座って会話をしていた。
 事務所にするにはぴったりの広さと作り、しかしその部屋はあまりにも殺風景だ。
 なにしろ家具が一つとして置いてない。
 かわりに冷暖房は完備でヒーターもついている、寒いので四人が一つのヒーターの前で寄り集まっているというのが今の正しい形だ。
 恐らく就寝時は女の子たちがこのヒーターを強奪するのだろうが、今の二階堂はそのようなことを考えもしていない。
 ちなみにここは商店街に存在するビルの一室。
 テナントを募集していたところを魔術結社が借り受け、今回の任務を遂行中の柴崎と愉快な仲間たちに提供してくれたのだ。
 おかげで二階堂は今夜の宿を探さずにすんだという寸法である。
 変わりに四人分の布団の手配、そして薙風と玉西のためにダブルベッドを一つ注文することを玉西から義務付けられはしたが。
「二階堂、あんたもパンピーのくせにこっちに首をつっこんだんならこのくらいの話くらいわかるようになりなさいよ」
「だってよ玉西、こっちはお前らから聞いた話でしか知識がないんだぜ。教えてもらわないとわかんねぇよ」
「まぁ、いいけどさ」
 面倒くさそうに玉西は頭をかく。
 そこに柴崎が横から口を挟んだ。
「つまるところだな、二階堂。我々デュラミア・ザーグは、というかこっちの世界の人間は、みんな輝光を計る大きさとして共通の数字を用いているわけだ」
「ああ、魔飢憑緋が十五とか、刻銃聖歌が二十五とかだろ?」
「そうだ、全ては数字であらわすことができる。まず、それぞれの数値を説明してやる。魔術には低位、中位、高位と三段階あることは知ってるな?」
「知ってる」
「呪文のランク分けはそれぞれに消費する輝光の量によって区別される。消費輝光=威力と考えてもらえるとわかりやすい」
「つまり消費MPの多い呪文ほど威力があるってこと?」
「むっ? 例えはわからんが、まぁそうだろうな。まず低位が一から二十までの輝光を消費する呪文、中位は二十一から五十まで消費する呪文。そして高位呪文は五十一から二百を消費する呪文だ」
「で、その数値ってどうすごいんだ。基準がわからない」
「そうだな……おっ、そうだ」
 先ほどの二階堂の言葉が昔、二階堂に貸してもらったゲームからきていることを思い出した柴崎は、もっと簡単な説明を思いついた。
「つまりだな二階堂。まず普通の人間は消費MP一くらいの術しか使えない。それが一般人だ。で、魔術師ってのは鍛えれば二十、つまり上位に存在する低位呪文の全てを使えることができる」
「で、一流の魔術師ってのは中位呪文も使えるんだろう?」
 二階堂の言葉に、柴崎は嬉しそうに微笑んだ。
「そう、中位呪文を使えるのは一流の魔術師の証だ。普通の魔術師は中位呪文を極めつくすために修行する」
「ん? 高位呪文は無理なのか?」
「ああ、無理だ。中位呪文までは五十の輝光放出があればいいが、高位呪文はそれ以上を要求する」
「輝光放出?」
「そうだな、人間の持っている輝光の総量を最大MPとするなら、一度に使用できる輝光の量を最大輝光放出、つまり最大使用可能MPって考えてもらえるとわかりやすい」
「え〜と、どういうことだ?」
「つまりだな、輝光の扱いに慣れた人間なら大抵、百の輝光を持っているとしよう。しかし、一度に使用できる輝光の量は限られている。
故にもし、その魔術師が消費八十の呪文を覚えていたとしても、その人間の最大輝光放出が四十しかなかったら、消費四十の呪文までしか使用できないというわけだ。そもそも人間の持つ輝光放出というのが非常に弱く、もし力を振るいたいなら放出力を高める触媒を持つ必要がある。わかりやすく言うと魔術師の持つ杖とかを使ってだな」
「それって、魔術師は杖がないと魔術が使えないってことか?」
「まぁ、そうなる」
「でも玉西は杖なしで術も使ってんじゃん?」
「魔道師は自分自身が触媒なんだ。それを増強するために杖を持つこともあるが、玉西は死霊を操るぐらいなら触媒なしで十分できる。
 もっとも、玉西の持つ触媒は杖よりもローブの方が強力だ。あの魔術礼装は使用後数日間の輝光使用能力を制限される代わり、自身の輝光放出をかなり高い数値まで引き上げることができる」
「へぇ、だから精鋭ってわけか?」
「まぁ、玉西の攻撃呪文でもっとも強力な術、死者の瀑布(ガストバレッドクレイモア)の消費が十五だが、通常の輝光弾の消費が二しかないから戦闘向きではないな。ちなみに玉西の通常の輝光放出は二十くらいだ、杖ありで。無しだと十二くらいか」
「なるほど、戦闘向けじゃないな」
「で、そこまでわかれば十五という数字がいかに大きいかわかるな?」
「それって、さっきの魔飢憑緋の数字だよな?」
 二階堂が人差し指を立てて聞く。
 柴崎はその問いに大きく頷いた。
「そう、玉西の魔飢憑緋は紅鉄という輝光を打ち消す金属でできている。その対輝光能力は十五、並大抵の呪文なら全て打ち消し尽くすぞ」
「なるほど、じゃあさ。魔飢憑緋自信にそれだけの対輝光能力があるならオレが使っても大丈夫なのか?」
「それは無理。魔飢憑緋は使用した人間に身体強化とかの恩恵を与える代わりにその肉体を乗っ取ろうと呪いをかけてくる。二階堂じゃ魔飢憑緋に精神を乗っ取られるのがオチ」
 薙風が話しに割り込んできた、もちろん右目をつぶりながら話している。
「つまり、オレには魔飢憑緋は使えないと?」
「多分、彩花でも無理。私や柴崎ぐらいじゃないと」
 それを聞いて、柴崎は薙風にならって右目をつぶる。
「そうだな、魔飢憑緋は荒馬だ。私や薙風のような特別な人間でもないと扱うのは難しいだろう。何か魔剣の助けでもあれば別だが」
「魔剣の助け?」
 二階堂が首を傾げる。
「あぁ、世の中には魔剣を操る力を高める魔剣が存在してな。それを装着すれば無能力者でも魔剣を操れるようになる。と言っても、それはすでに失伝した技術でこの日本にはそう数多く残ってはいないそうだ」
「なるほどな」
 柴崎の説明に、二階堂は納得した様子で頷く。
「なるほどなるほど、とりあえず薙風と玉西の戦闘能力は細かいところまで理解した。で、柴崎の放出力とかはどうなんだ?」
「私か?」
 柴崎は自分の顔を指し示した。
「私は、まぁいろいろだな」
「どう、いろいろなんだよ?」
「つまりだな、私は被る仮面によって能力が変わってしまうのだ。適当に数字をあげるなら刻銃の通常弾が二、パニッシャーが十、グレゴリオが二十五といったところだな」
「強いんだな、お前」
 感心して二階堂が柴崎を見る。
 そんな二階堂に苦笑いを浮かべながら、柴崎はその場から立ち上がった。
「さて、部屋も暖まってきたところだ。そろそろ寝るか」
「そうだな」
 その言葉で二階堂も立ち上がる。
 残り二人も立ち上がり、この座談会はお開きとなった。
 就寝時、もちろんヒーターは女性組の部屋に持ち去られてしまったという。










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