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パオまるの小説
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魔剣伝承
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第九幕 日常
「たっだいま~」
古びた木製の扉が悲鳴をあげながら開かれるのと同時にそんな声とヘンなが部屋の中に響き渡った。
「おかえりなさい、麻夜さん」
僕は作業を中断して顔を右に向ける。
僕らが住んでいるのは家賃四万円程度の古アパートのワンルームのお部屋だ。
麻夜さんと僕は家賃を半分ずつ出し合って、そこで暮らしていた。
「お、何かいい匂いね」
靴を脱ぎながら僕がかきまわしている鍋を覗きこもうとする。
器用な人だ。
ちなみにアパートがワンルームなので、玄関のすぐ側に台所が存在する。
と言っても三、四メートルは距離があるので鍋の中を覗けるのは麻夜さんの身長があってこそだ。
「あれ、今日はカレーなの?」
「はい、スーパーで安かったんですよ。カレーセットなる名目でジャガイモ、ニンジン、たまねぎ、カレーのルーがセットで四百円だったんです」
「お肉は?」
「とうぜん買いましたよ、バラバラの出し汁用なる豚肉をバッチリと」
「へぇ、ケチったじゃないの。やっぱあんたに料理当番任せて正解だったわ」
「料理の本片手じゃないと料理できない人間がどこまで当てになるかは保証の限りじゃありませんけどね」
苦笑しながら答える。
と、靴を脱いだ麻夜さんがとことこと後から近寄ってくる。
そしてようやく理解した。
酒くさい。
匂いの正体はお酒だ。
「麻夜さ~ん、酔ってますか?」
「酔ってないよ~ん」
いいながら麻夜さんは僕に抱きついて来た。
身長差が身長差だけに麻夜さんが普通に抱き付いてくると胸の位置が頭にジャストミートする。
麻夜さんは腕を僕の顔面の方にまわすと、そのまま腕を引いて僕の頭を胸の中に抱き寄せた。
「な、何してるんですか!」
慌てて麻夜さんの抱擁から逃れようとじたばたもがく。
その、頭に柔らかいものがあたったり、香水に混じったお酒の匂いか恥ずかしさかどっちかはわからないがとりあえず頭に血が上ってくる。
「いーじゃん、いーじゃん、照れてるのかな? かわいい子め~☆」
「かわいい子じゃないですよ! 離してくれないとカレーがコゲますよ!」
「む、それは困る」
カレーを護るため、麻夜は何の未練もなく僕を胸の中から解放した。
ちょっと残念な気もしないでもないが、とりあえずあやしい状況からは解放された。
「大人しくテーブルの前で待っててください。この時間に帰るって聞いてたからちゃんと時間にあわせてできますから」
そう言って時計を見上げる。
時刻は午後十一時十二分。
帰宅は十一時と聞いていたから十時半にはすでに完成していた。
今、火にかけているのはいつ帰って来てもいいように温めておいたというだけだ。
僕は大きめのお皿に御飯をよそると、カレーをたっぷりとかけて麻夜さんの待つテーブルへと運んでいった。
ちなみに皿や、今ごはんをよそった炊飯器などはこのアパートに移住した次の日に麻夜さんと共に買いに行ったものだ。
麻夜さんが心待ちにしながら握り締めているスプーンもその内の一つである。
「はい、お待たせ」
「いや~ん、おいしそ~☆」
どうやら結構できあがっているらしい。
僕は苦笑しながら麻夜さんの目の前の席に腰を降ろす。
いっしょにいただきますをして食事が始まった。
「ところで麻夜さん、今日はどうでした」
「はいへん」
大変と言いたかったのだろうが、口の中が一杯なので発音がおかしくなっている。
麻夜さんは至上の料理にであったとばかりにがっついてカレーを食している。
「今日も城嶋さん来たの?」
「来た来た、あの人もう常連よ。まぁ、胸の谷間に札束つっこんでくれるから嬉しい限りなんだけどね」
カレーをスプーンの上に山盛りに乗せながら麻夜は答える。
「ところで、その腕どうしたんですか?」
僕の視線が注がれる先はその右腕だ。
ケガでもしたのか、幾重にも包帯が巻きつけられている。
「あ~、ちょっと城嶋のヤロウが酒瓶割っちゃってね、怪我したのよ。酔漢ってのはどうしようもないわね、こりゃ」
さも、つまらなそうに麻夜さんはグチりはじめた。
実は今日、僕はバイトがお休みだった。
シフトの穴は少ないので、僕の仕事は週に三日程度だ。
でも麻夜さんは忙しいらしく日曜にしかお休みをもらえない。
だから料理、洗濯、掃除。
家事の全ては僕のお仕事だ。
と言っても僕の技量なんて大したことないので麻夜さんには迷惑をかけていないかどうかで心配になる。
でも麻夜さんは僕の料理に文句も言わず、おいしそうに食べてくれている。
手厳しいことも言うことはあるが、それは文句ではなく忠告だ。
それを聞くことによって、次に作るときはその欠点を乗り越えられる。
このような経験を経てみると、恋人たちと言うのは実にやっかいなものだと思った。
恋人たちってものは普通、男が女の子に手料理を作ってもらった場合、大抵おいしいと言ってしまう。
しかし大抵の場合はそうではない。
昔と違い、今の女の子は料理なんてしない。
全部、親任せだ。
それでも恋人のためには料理もするが、料理経験の薄弱な女の子の料理が完璧なわけがない。
食べればかならず欠点が見えてくるはずである。
それでも男はおいしいと言ってしまうだろう。
マズイところを指摘するはずもない、だってそんなのは恋人たちの間では無粋な行為だからだ。
でも、それでは女の子の料理の技量は何も改善されない。
料理のダメなところを言うに言えない男の不満は積もるばかりだろう。
それがいつか積もり積もって小さなきっかけで爆発するのだからやっかいなものだ。
それに比べて麻夜さんは言いたいことをガンガン言ってくる。
しかも僕のミスではなく自分の口にあわないと言う主張が多い。
僕は基本的に薄味が好きなのだが、麻夜さんは濃い味の方が好きらしい。
糖尿病になると注意しても、麻夜さんは無視して味付けを濃くしてしまうのだ。
だからカレーのように舌を殺す料理は濃い味好きの麻夜さんにはちょうどいい。
「あ~、おいしかった」
麻夜さんは満足そうに唇についたカレーを舌でなめとりながら座っている姿勢を崩した。
そのせいで唇につけていた口紅が広がってしまい、なかなか怖い眺めになってしまっている。
「やれやれ、動かないでくださいね」
僕は開けて間もないティッシュ箱からティッシュを数枚引き抜くと、麻夜さんの口にあてて汚れをふき取った。
ティッシュには食べたばかりのカレーと口紅、そして顔に塗られていた化粧がこびりついていた。
僕はそれをまるめてゴミ箱に放りこみ、酒の酔いが回ってきたのか虚空を見つめている麻夜さんを横目に食器を片付けるために立ちあがった。
食器を水でひたし、洗う準備をし終えると、僕は麻夜さんを振りかえった。
「麻夜さん、それじゃあ……」
お風呂でも入ってきてください続けるつもりだったが、それは途中で止まってしまった。
振り返るとそこには、着ているボディコン服を脱ぎ散らかし、はいていたストッキングも丸めて部屋の隅に投げ飛ばして下着姿になっている麻夜さんの姿があった。
「麻夜さん! 脱ぐのはまだ早いですよ」
僕は下着まで脱ごうとしている麻夜さんを止めるために慌てて麻夜さんに駆け寄った。
が、
「うわっ!」
なんて怪力だ。
麻夜さんは下着を脱ごうとする手を下着から放して僕の手をつかむと、力任せに僕を床に押し倒したのだ。
「えへへへ~」
床に倒した僕の上に、麻夜さんは微笑みを浮かべながらのしかかってきた。
酒のせいか頬を朱に染めて、酒くさい息を顔面に降り注いでくる。
「くさいです、麻夜さん!」
「うるさい、そういうこと女の子にいうんじゃありません」
「女の子って歳ですか?」
「女の子は永遠に女の子なのーっ!」
わけのわからない理屈を振りかざしながら、麻夜さんは僕の体を羽交い締めにする。
からみ上戸というのはまったく迷惑なものだ。
「ねぇ、数騎。おねーさんといっしょにおねんねしない?」
ぼくの頬に頬をこすりつけながら麻夜さんはそう呟いてきた。
器用にも足を使ってそこらへんに転がっていた布団を持ってくると、僕と麻夜さん二人を包むように布団をかけた。
「いいでしょー、私もう眠いのよー。数騎も一緒に寝ようよー」
何故か知らないが僕のおなかを揉みながら麻夜さんは僕が布団の中から抜け出さないように全身の力を振り絞って僕を抱きしめる。
正直こうなってしまうとどうしようもない。
僕はこのまま麻夜さんの腕から逃げ出さないことにした。
だって僕は麻夜さんよりも力が弱いし、逆らったら後でどうなるかわからない。
でも、一番の理由は久しぶりに誰かと一緒に寝たかったからかもしれない。
子供のころ、寝付けない時によく親の布団の中にもぐりこんだ。
それまでは全然寝付けなかったのに、親の布団に入った途端、眠りに落ちたことを覚えている。
僕は結構寝付きがよくないので、よく誰かが一緒に寝てくれないかなぁと思っていたものだ。
今回のは突発的な事態だし、正直まだ眠くはない。
それでも、こうして寝る時間でもないのに親しい人とじゃれあって眠るのは、とても心地よい気がした。
「よし、いい子いい子~」
僕が抵抗しないのを見ると、麻夜さんは僕の頭を撫ではじめた。
くすぐったい気もしたが、まんざらイヤな気持ちもしなかった。
どちらかと言うと、そう、心地よいような気がした。
僕はその心地よさに浸りながらゆっくりと目を閉じる。
今なら眠くなくても深い眠りにつけるような気がした。
しばらくすると、意識が遠くなってくる。
それはとても心地よくて、とても温かくて。
その夜、数年振りに僕は心の底から安らぎの中で眠りに落ちることができた気がした。
「さて、やばいことになったわね」
呟きを漏らしながら、体を抱きしめる。
三月という時期はまだまだ十分に寒い。
体を震わせながら、公園のベンチに座る玉西は頭上を仰いだ。
反転した世界でも街灯は光を失っていなかった。
鏡内界では科学は淘汰され、魔術が存在可能な空間ではあるが、鏡内界は特別な空間だ。
つまりは向こうの鏡みたいなものなので、発する光などはそのままで、科学の力も例外的に機能する。
ただし、それは現実世界と鏡写しになっている時限定の効果だ。
例えば懐中電灯があったとしよう。
現実世界にある懐中電灯と鏡内界にある懐中電灯は反転していること以外は全く同じものだ。
しかし、もし鏡内界でこれを動かすと不都合が生じてくる。
鏡内界の中で存在できる科学文明は現実世界と鏡写しになっている時だけ。
そのため、その懐中電灯を用いようと少しでも懐中電灯を動かしたなら、外の景色を映し出しているのではない状態になるため、鏡内界限定の科学文明への修正保護からはずれてその懐中電灯は光を失う。
鏡内界の中に物質が存在しているのは鏡写しとなって、現実世界の物体を具現化しているにすぎないのだ。
そんな反転した世界の中、玉西は外部から送られてくる情報を効率よく処理するために頭をフル回転させていた。
なんと、二ヶ所同時に敵が現れたのだ。
しかも下手に広範囲に異層空間を展開しているのでかなりの数の一般人が鏡内界に放りこまれてしまった。
異層空間を解除するにはそれを展開する術士を仕留める他ない。
そこで共に行動していた柴崎と薙風を別方向に向かわせ、玉西は公園でその中継をしているのだ。
何しろ鏡内界では携帯電話が使えない。
なればこそ、死霊を操る玉西は極上の伝令であると言えた。
「え、何? またあの金髪ですって?」
思わず声が大きくなってしまった。
柴崎の方には例の熊女が現れたのだ。
熊女は強力な魔剣を所持している。
真正面から打ち合えば柴崎が負けることはないが、グレゴリオの残弾もそろそろ底を尽きてもおかしくない。
なにせ高価な弾丸である、一度に五つ持ち歩くのが柴崎の財力では限界なのだ。
柴崎は他にも多数の魔剣を持つが、刻銃に比べると三段落ちする魔剣しか所有していない。
もっとも有能な刻銃に金をかけすぎているため、中堅どころの魔剣を持っていないのだ。
それでも中堅の魔剣を買い集めるより刻銃を一つ所持していた方が圧倒的に戦闘能力は高くなる。
現実主義者である柴崎らしい考えだが、今はそれが裏目に出ている。
熊女の持つ魔剣はグレゴリオにこそ及ばないが、間違いなくCクラスの破壊力を持っている。
Cクラスのグレゴリオならともかく、Eクラスの月姫弓(アルテミス)やFクラスのアゾトの剣などではとても太刀打ちできるレベルではない。
自分が死霊を用いて光の盾を展開しても、威力を軽減するのが精一杯なのだ。
「司、無理しちゃダメよ。合図をくれたらライトシールドを展開するから、油断しないでね!」
かと言って柴崎だけに集中するわけにもいかない。
なぜなら、
「薙風、迂闊に近寄っちゃマズイわ」
彼女は二人同時に援護を行っていたからである。
薙風が戦闘を繰り広げている相手は、また別の敵であるらしい。
肉食獣に匹敵する膂力を持つその相手は、敏捷性で迫る薙風を怪力で退けているのだという。
しかも手にしているのが絶鋼と呼ばれる金属で鍛えられた短剣だという。
絶鋼といえば、高位呪文でも打ち消してしまうほどの対輝光能力を保有する金属だ。
敏捷性を怪力で押さえ込む敵に対して薙風が通常取る先方は輝光弾による間接距離からの攻撃だが、敵はそのことごとくを打ち消してしまうのだそうだ。
「まったく、こんなタイミングよくくることなんてないのに!」
歯噛みしながら言って、玉西は迸る怒りを紛らわせる。
たしかにどちらの敵も脅威ではある。
だが、柴崎、薙風、そして自分の三人が連携すれば決して倒せない相手ではないのだ。
その証拠に、三人の連携はヴラドという強力な魔術師でさえ退けて見せたのだ。
しかし、今その連携は崩され、玉西にはどっちつかずの援護しかしえない。
考える。
現状を打破する最高の解決策を模索。
最上は確固撃破、しかし成功率は低下中。
次点、両方は無理でも単一目標の撃破。
これは戦力を集中すればできなくもない。
だが、それでは片方が野放しになり、一般人がこっちの世界の特異現象を見る危険と感化した異能者に襲われるという二つの危険を冒すことになる。
しかし、玉西に迷いはなかった。
「朔夜、聞こえてる」
『何?』
「そいつはもういいから司のところにむかって」
『こいつはどうするの?』
「無視、このさい全員生還が目標よ。ちょっとくらいのルール違反には目を瞑るわ。司の相手は強敵だけど薙風も一緒なら簡単にやれる。私も援護するから、そいつをやったらあらためて薙風がやりあってる相手と戦えばいい」
『了解』
それと同時に通信が切れる。
一級品の輝光感知を持つ玉西の感覚が、一キロほど先で薙風が移動しているのを捕らえる。
相変わらず薙風の機動力は桁外れだ。
これなら一分くらいで柴崎のいる場所に迎えるだろう。
「司、あと一分で薙風が行くわ、それまで死なないで」
『助かる、攻めあぐねていたところだ。お互いにな』
それだけ聞いて再び感覚を研ぎ澄ませる。
今のところ異常な事態は起こってはいないようだ。
二人に迫る危険が今のところ少ないことに、玉西は安堵する。
そして、彼女は気付かなくてはいけなかった。
ゆっくりと、そして確実に自分に迫る黒い影に。
玉西の失敗は二人の援護に気を回しすぎたこと、そして一キロ以上はなれた自分を攻撃する手段を敵が持たないと思い込んでいたところだ。
たしかに一キロの射程を有する能力者など魔術結社を探しても十人いるかどうかである。
だが、気付かれずに近づいてしまいさえすれば、一キロ先からの不意打ちと同等の威力を持つ不意打ちも可能。
玉西がその女の接近に気付いたのは、その女が自分を攻撃するための自分の真後ろに移動を終えた後だった。
「なっ!」
突然の敵に驚き、すばやく振り返る玉西。
その右腕には死霊、一秒後に放たれるは死者の弾丸。
しかし、一秒という時間は、その女を迎撃するにはあまりにも遅すぎた。
繰り出される手刀。
玉西の首筋に叩きこまれた一撃は、容易に玉西の意識を刈り取り、玉西はその場に崩れ落ちてしまう。
女は玉西にゆっくりと近づく。
彼女の腰の辺りに手を回すと、肩の辺りまで持ち上げ、女は無言で玉西を連れ去っていった。
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