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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十幕 公園

第十幕 公園


 正直ここは嫌いじゃない。
 そう考えながら僕は周囲を見まわした。
 そろそろ桜の季節らしく、地面はかすかにピンク色に染まっている。
 わずかにだが、桜の花びらが地面に落ちていたのだ。
 公園に植えてある桜はそのピンク色の花びらを見せ付けるかのごとく君臨しているが、まだ早咲きの桜しか花を開いていないため、全てがピンクで染まっていないのが少し物寂しい。
 公園を歩く。
 周囲には桜の花びらをお供に舞踏する子どもたち。
 子どもの母親たちは微笑みながらそれを見つめ、そして世間話に興じる。
 と、僕の足に小さな衝撃が走った。
 見下ろすとそこには五歳くらいの女の子がいた。
 女の子は僕が、というか知らない人間に見下ろされてどぎまぎしているのか表情を悲しみの顔に染めていた。
「平気だよ、怒ってないから」
 僕は女の子と目線をあわせるため、しゃがみこみながら聞いた。
「大丈夫、どこかケガしなかった?」
 その言葉に、女の子は首を横にふって答える。
「そう、よかった」
 僕はできるかぎりやさしそうに微笑んで見せた。
 すると、女の子もやっと警戒をほどいてくれたようだ。
 嬉しそうな笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「あのね、葉っぱさんがお祭りしてるの」
「お祭り?」
 小さい子は文脈を無視して話をしてくるから困る。
 僕はその意図を知るために聞き返していた。
「うん、お祭りなの。葉っぱさんがね、風さんに揺られてお祭りしてるの。みんな楽しそうだから、風子も一緒に遊んでるの。風子は風さんの子ってママが言ってたの。葉っぱさんは風さんと楽しそうにお祭りしてるから風子も混ぜてもらってるの」
「なるほどね、もっと楽しむといいよ」
「うん」
 はちきれんばかりの笑顔でそう頷くと、風子と言う名の少女はあらぬ方向へ向かって走り去っていった。
「風の子か、言い得て妙だな」
 風子の後ろ姿を見つめながら、僕は公園のベンチに向かって歩き出していた。
 今日この公園に来たのはお使いのためだ。
 麻夜さんと暮らしている今、僕の最大の仕事は勉強でもなければウェイターでもなく、家政婦さんである。
 別に奥さんや主婦(夫)と言われても差し支えはないだろう。
 実際やっていることは家事くらいなものなのだ。
 麻夜さんの収入を当てにしての情けない暮らし。
 でも、この暮らしはとっても楽しくて呆れかえってしまうくらいだ。
 昔は母親に任せていた掃除も思ったほどつまらなくないし、料理は毎日何を作るか考えるのが楽しい。
 問題は後片付けくらいだ。
 炊事は嫌いじゃないが、食後の後片付けというのが精神的にくるものがある。
 麻夜さんは洗面所にためこんでからまとめてやればいいと言うが、僕的には不潔だから毎日洗えればそれにこした事はないのだ。
 あと大変というかイヤなのが洗濯だ。
 自分の服はいいのだが麻夜さんの服、といか下着を洗ったり干したりするのが気恥ずかしい。
 と、いうか女性の下着は見てて気恥ずかしいのだ。
 ピンクか白か黒か赤、麻夜さんの下着の色は大抵この四色であり、しかも合計枚数が数十枚ある。
 しかもどれも目を見張るほどのお値段だ。
 そりゃそうだ。
 麻夜さんの胸は異常にデカイからそこらで売っているやつではオバさん用のダサいやつしかないからわざわざ特注するのだそうだ。
 そのような面倒くさい事態に頭に来たのか『AからCカップ程度しかない女にブラジャーは不用!』とまで言ってのけていた。
 そりゃ、AからCまではかわいらしいデザインが多々あるというのに、麻夜さんのバストサイズにあるのは無骨な胸を包むだけのダサいものだけという状況になれば激怒したくなる気持ちもわからなくもない。
 特注品が届くまで、ずっとノーブラですごしていたのだから同情の余地もあろうが、世の女性が聞いたら張り倒される事間違いなしだ。
 麻夜さんから聞いて初めて知ったのだが、どうやら女性は下着選びに命をかけているらしい。
 男の視点から言わせてもらうと目的は下着よりも中身なので、正直下着はさっさと消えてもらいたい一品でしかない。
 ここらへん僕の友達でも賛否が分かれるが、先輩は彼女の下着を間違えてタバコの火で穴をあけてしまうという事態になってしまった。
 先輩が気楽に謝ると、彼女は大泣きに泣き出してしまったという話も聞く。
 女性の下着に対する意気込みは、ヤローどもにはどうにも理解できないが、まぁそこらへんは歳をとれば理解できるようになるだろう。
 そんなくだらないことを考えながら僕は公園を歩いていた。
 そよぐ風は気持ちよく、寒さも肌に馴染むようになってきている。
 一年の間にそう何度もない、心地よい日だった。
 と、そこで彼女の姿を見かけた。
 木立の中にあるベンチに座っているせいか、彼女の姿はやや暗く映し出されていた。
 連なる葉の隙間から零れ落ちる日光を浴びて、眩しいのか両目をつぶりながら爽やかに微笑んでいた。
 それは四度目の出逢いだった。
 一度目は電車の中だったが、それ以後は全て公園というところに奇妙な因果関係を感じる。
 もっとも、公園と言っても全部違う公園ではあるが。
 僕は彼女にゆっくり歩み寄り、目の前に立つ。
 僕が彼女の前に立つと彼女に、いや着物の女性に降り注ぐ日差しを遮る形になる。
 足音を殺して近づいたといは言え、それでは僕の接近に気づかない方がおかしい。
 着物の女性はゆっくりと目を見開く。
 やや青みがかった黒い瞳。
 その瞳に僕の姿を捉えた着物の女性は、にっこりと僕に微笑んで見せた。
「こんにちは、奇遇ですね」
「そうですね」
 僕は着物の女性を見下ろしながらそう答えた。
「どうです、しばらくお会いになりませんでしたが体は大丈夫ですか? あの後、公園にお家がなくなっていたので心配していたんですよ」
「それは御心配をお掛けしました。大丈夫ですよ、僕は。今はステキな同居人とアパートで暮らしています」
「同居人? あの金髪の女性ですか?」
「はい、麻夜さんっていうんです」
「そうですか、やさしい方なんでしょうね、きっと」
「はい、ものすごく。僕にとって本当に大切な人です」
「恋人さんですか?」
 その言葉に、僕は一瞬きょとんとしたが、すぐに首を横に振った。
「いえ、そんな感じじゃないですよ。どちらかというとお姉さん、というかできの悪い母親というかそんな感じです」
「本当に仲がよろしんですね」
 両目をつぶり、ありったけのやさしさをこめてそう言う彼女に、僕の胸は思わず高鳴った。
 なんと言えばいいんだろうか。
 桜の木を背にし、桜吹雪に彩られる彼女はまるで樹前に佇む桜の精の姿にも似て、
「ものすごく……きれいだ……」
 と、着物の女性はその言葉に目をぱちくりさせる。
 しまった、何を口にしているんだ僕は。
 これじゃナンパしていると思われても仕方がない。
「あ、いや、その。そう、桜です。桜がきれいだなって」
「あ、そうですか、桜ですか。そうですよね、私なんかべつにきれいじゃないですもんね」
「そ、そんなことないですよ!」
 思わず大声でいってのけてしまった。
 僕は口の中でもごもごいいながら、取り繕おうと新たな言葉を紡ぐ。
「あ、そういう意味ではないんです。別にあなたがきれいじゃないわけじゃなくて、ただ桜の精みたいだなって、その、えっと、あの……」
 何とかして感情をあらわそうとしている僕がおかしかったのか、彼女は右手を自分の口にあてて、小さく笑って見せた。
「あなた、おもしろい方ですね」
「そ、そうですか?」
「はい。おそらくはあなたが思っている以上には、です」
 その言葉で僕は顔を真っ赤に染めてしまった。
 どうもこの女性と話しているとあがってしまう。
 正直言ってしまうと、この女性もけっこう美人ではあるが、殺人的な美人である麻夜さんには敵わない。
 でも、僕はどうしても麻夜さんに対して抱けない感情を彼女に対して抱いてしまっていた。
 その感情が何なのか、正直僕にもわからない。
 考えようとすると、頭が……
「大丈夫ですか?」
 その声ではっ、と意識を取り戻す。
「体調、よろしくないんですか?」
「あ、ちょっと立ちくらみです」
 どうやら少しよろけてしまったらしい。
 と、彼女は腕を伸ばし、僕の左腕をつかむと胸元に引き寄せる。
「もしよかったら座って話しませんか?」
「え、は、はい」
 言われ、僕は彼女に導かれるまま彼女の隣に腰を降ろした。
「どうです、この眺め」
 彼女は頭上を見上げながらそう口にする。
 僕もつられて頭上を見上げた。
 風に揺れる枝。
 土の匂いの中、目にするのは揺れる葉、そしてその隙間から見え隠れする晴れ晴れとした青空。
 葉の隙間を縫って降り注ぐ日光は柔らかく、舞い散る桜は何と美しい事か。
「きれい、ですね」
「そうでしょう」
 お互いにお互いの顔を見つめあいながら言葉を交わす。
 彼女は満面の笑顔だ。
 きっと僕の顔も笑顔で包まれているのだろう。
 さっきから頬が弛緩しっぱなしだ。
「この風景がとても好きなんです。一年のこの時期にしか見れません。降り注ぐ太陽の光に舞い散る桜の花びら。それはまるで、桜の花びらが舞い踊っているようにも見えて……」
 言葉を切り、両目をつぶってこすれて鳴る葉の音に耳を傾けながら彼女は口を開く。
「とっても、きれいなんです」
 そんな彼女に、僕は微笑を浮かべながら言った。
「僕もそう思います。もしできるなら、これから毎年でもこの景色をみたいです」
「そうですか、私もそう思います」
 そう言うと、彼女はその視線を再び頭上へと移した。
 僕もそれに倣う事にする。
 と、彼女が風で顔にかかる髪を手でどかしながら話しかけてきた。
「もしよろしければですけど」
「何ですか?」
「もしよろしければですけど、もし来年まであなたがこの町にいたとして。もう一度ここで一緒にこの景色を見ませんか?」
「この、景色?」
「はい、心地よくてすばらしいこの景色。この美しいお祭りを来年、もう一度ここで一緒に見ませんか?」
「今年じゃ……なくて?」
「はい、来年です」
「そうですか」
 僕は口の中にたまっていた唾を飲みこむと、はっきりとした声で答えた。
「約束しましょう。僕、これから頑張ってこの町で暮らすことにします。だから、来年も一緒にここにきましょう。でも……」
「でも?」
「もうすぐ桜も満開になります。そしたらこの景色はもっときれいになると思います。だから、桜が散るまで何回か一緒にこの景色を見ませんか?」
 聞こえようによっては安いナンパのセリフととれるかもしれない。
 でも着物の女性は優しく。
 本当に優しく微笑みながら答えてくれた。
「はい、そうしましょう」
 その一言は、まるで僕には天使のささやきのように聞こえた。
 また彼女と一緒にこの風景にいられると思うと、笑みがこぼれて仕方ない。
 それはどんなに心地よいことだろう。
 僕はこの心地よさに、ずっと浸っていたい気分だった。






「おお、よくぞ帰って来たメシアよ〜」
 ドアを開けると同時に愉快な声が部屋に響き渡った。
 僕は扉を閉めながら靴を脱ぎ、ビニール袋を右手に麻夜さんに歩み寄る。
 麻夜さんはキャミソールにスパッツとステキにラフな格好でテーブルに体を預けてダレていた。
「おまたせしました、麻夜さん。どうぞ」
 言って僕はテーブルの上にアイスの入ったビニール袋を置く。
 テーブルの上に体を預けていた麻夜さんはガバっと起きあがると、疾風の如き速度でビニール袋の中に手を突っ込んだ。
「へぇ、バニラに抹茶にチョコに、いろいろあるわね」
「いろいろ買って来いって言ったのは麻夜さんじゃないですか」
 愚痴りながら台所に向かい、手洗いうがいをしてから麻夜さんの目の前に腰を降ろす。
「でも、こんな時期にアイスが食べたいなんて寒くないんですか?」
「寒くてもアイスはうまいのよ。それに数騎だって自分の分買ってきたんでしょ?」
「当然です」
 言って僕はビニール袋の中に手を伸ばし、一つのアイスを手に取る。
 アイスの名は月見大福。
 薄く美味しい皮に包まれたバニラアイスはまさに至高の味をかもし出し、楽園への誘いをもたらさんばかりの最高級アイスだ。
 これが百円ぴったりのお値段というのだから世の中はそれほど捨てたものではない。
 もちろん麻夜さんが選んでもいいように二つ買ってある。
 麻夜さんはチョコと抹茶のアイスを手に取ると残りの入ったビニール袋を僕に押し付けた。
 僕は黙って立ちあがり、残りを冷凍庫にしまい込む。
 ここらへんが主婦くさかったり下僕くさかったりするが、面倒くさがりな麻夜さんと同棲しているなら決して逃れる事はできないわけであきらめるほかない。
「ところでさ、数騎」
「なんですか?」
「けっこう遅かったじゃない。道にでも迷った?」
 それは先ほどの買い物の話しだった。
 一時間ほど前、僕は麻夜さんの『アイスが食べたい〜』の一言によりツカイッパを命じられた。
 本当ならすぐにでも買い物に行かなければ行けなかったのだが、ふと公園が見えたので立ち寄ってしまった。
 そこで着物の女性と出会い、くっちゃべってたので遅れたわけだが、正直に話してやる気は毛頭ない。
「まぁ、そんなとこです」
「そんなとこってどんなとこよ?」
 疑いの眼差しを向けてくる麻夜さん。
 僕は目をそらし、黙って月見大福を頬張る。
「本屋さんでも行ってたの、立ち読み? もしかしてエロ本?」
 気にせず大福を嚥下する。
 いやぁ、実にうまい。
「レンタルビデオ屋さん? AVでも借りたかったのかな?」
 あぁ、二個しか入ってない月見大福はあと一つしかない。
 涙を浮かべながら二つ目に手を伸ばす。
「あれあれ、もしかして女の子と話しこんでたのかな?」
 思わずドキっとするが気にせず食べる。
 そして二個目を食べ終わった後、麻夜さんの方に視線を戻した。
「むぅ」
 その麻夜さんの顔を見て僕はイヤな予感を覚えた。
 麻夜さんは笑っていた。
 いやらしく笑みを浮かべて僕をなめまわすように見つめている。
「へぇ、チキンかと思ったら、意外に手が早いんだ〜」
「な、なんの話ですか!」
「どもるあたりが、あ〜や〜し〜い〜」
「あやしくなんてないですって」
「ほんとかな〜?」
 ニタニタニタニタ見つめてくる。
 大丈夫、わかるはずなんてない。
「いやね、数騎って嘘つけないわよね」
「どういう意味ですか?」
「だって、嘘をつくとき眉毛をピクピクって二回動かすクセ、自分で気付いてるの?」
 その言葉に、僕はすぐさま右手で眉毛に触る。
 そして、決定的なミスをした事に気付いたのだった。
「シブイですね、麻夜さん」
「当然、私を誰だと思ってるわけ?」
 そう、麻夜さんはシブすぎた。
 一瞬にして僕の嘘を見破ったのだ。
 恐らく僕に眉を動かすクセなどない。
 だが、嘘をついているときにあのような指摘をされたら思わず眉に触ってしまうというのが普通の人間の心境だろう。
 だが、麻夜さんはそこを突いて僕にブラフをかけたのだ。
 触るということは嘘をついているということ。
 僕の嘘を見抜いた麻夜さんは、会心の笑みを浮かべながら詰め寄ってきた。
「で、相手は誰なの?」
「まぁ、女性です」
「どんな〜?」
「着物を着てる」
「何て名前?」
「知りません」
 その言葉に、麻夜さんは怪訝な顔をした。
「何で名前聞かないのよ?」
「ん、そういえばそうですね」
 今、気付いた。
 なんということだろう、僕は彼女から名前を聞いていなかった。
 これでは僕は、彼女のことを着物の女性と呼ぶしかないではないか。
 全く、なんというヘマをしたものだ。
「むぅ、しまったな」
「あんたもアホねぇ」
 ため息混じりに言う麻夜さん。
 僕は何も言い返さずに俯く。
「全く、口説いた女の名前も聞き出さないなんて、プレイボーイの風上にも置けないヤツね」
「別にプレイボーイじゃありません」
「ま、いいけどね」
 そう言うと麻夜さんはそれ以上深く追求する気もないのか、僕の買って来た抹茶のアイスに手をつけはじめた。
 ちなみにチョコの方はとっくの昔に食べ終わっている。
「数騎、一つだけ言っておくわね」
「はい」
「名前ってのはね、その人間を示す大切な物なの。戸籍のない時代の人間ってのは自分の名前は自分で名乗る、もしくは知り合いが知っているくらいしかその人間を証明する手だてはなかった。
 だから昔の人間にとって名前は非常に大切なもので、名前を偽れば言い逃れできる所を、昔の犯罪者は自分の名前を正直に口にすることが多々あったそうよ。
 名前ってのはその人間のアイデンティティみたいなもんよ、ある意味ではね。だから名前を知るってのは大切なことよ。それを偽るってことは、その存在そのものが偽りってことに他ならないわ」
「そうですかね?」
 僕は思わずそう言い返していた。
 だって名前何てそこまで大切なものだとは思わない。
 その人間がそこにいるなら、それは立派な存在だと思う。
 なら、名前と言うのはその人間を指し示す言葉にすぎず、必ずしも必要なものではないように思える。
 現に僕と彼女はそのようなものを必要とせずとも、ああして心地よい話しができたのだから。
「ま、私はそう思うってだけだから、あんたが同意する必要は必ずしもないかもしれないわね」
「ん〜、参考までに覚えておきますよ」
 麻夜さんの言葉は意味深なものが多い。
 いつかわかる日がくるかもしれないので、記憶の片隅にでも残しておこう。
 と、麻夜さんの腕に目がいった。
 左腕に、治りかけの切り傷のようなものが見えたからだ。
「麻夜さん、今度は左腕も怪我してるじゃないですか、どうしたんですか?」
「ああ、これ?」
 左腕を見つめながら続けた。
「たいしたことないわよ、包丁できっただけ。なれないことはするもんじゃないね」
「料理でもしようとしたんですか?」
「悪い?」
「いえ、でも腕を切るなんて珍しい。普通は指とかじゃないですか?」
「腕を切ることもあんのよ、脳みそに叩き込んでおきなさい」
 そう言うと、麻夜さんは再び抹茶のアイスに手を伸ばしはじめた。
 アイスをすでに食べ終わっていた僕は、麻夜さんがアイスを食べるのをじっと見つめる。
 一口食べるたびに幸せそうな顔をする麻夜さんの顔を見ていると、こっちまで幸せになってしまいそうだ。
 僕は麻夜さんがアイスを食べ終わるまで、ずっと麻夜さんの顔を見つめつづけていた。
 断言はできないが、後から思い出すと僕の顔にはずっと微笑みが張り付いていたように思えてならない。






「くそ! やられた」
 扉を荒々しく開けるなり、柴崎は大声をあげた。
「玉西に続いて二階堂までか、どうなってるんだ?」
 混乱しながらも、冷静な自分を取り戻すべく柴崎はあごに手を当て、壁にもたれかかりながら思索を始める。
 昨晩、柴崎と薙風は金髪の熊女の左腕を負傷させ、あと一息というところまで追い詰めたが、突然の乱入者の不意打ちにより取り逃がしてしまったのだ。
 二人は仕方なしに玉西と合流しようとしたが、玉西からの連絡は薙風が柴崎と合流した直後から完全に途絶えていた。
 一応集合場所である公園に向かったが、彼女の姿は影も形も見当たらない。
 輝光で感知しようとも、輝光の扱いに熟達していない薙風では探せず、柴崎では玉西の二ランク落ちの能力しか仮面で引き出せないために彼女の発見は不可能だった。
 異層空間を展開できる時間ぎりぎりまで玉西を探していた二人であったが、朝日が昇ると同時に異層空間から吐き出された。
 異層空間を維持するための輝光が底を尽きたからだった。
 落胆とともに薙風探偵事務所と名付けられた拠点に戻ってきた彼らは、二階堂までもが姿を消していることに驚く。
 しばらくすれば戻ってくるかもしれないと考え、待機していた二人だったが、柴崎がトイレに向かってから状況が一変した。
 なんと、トイレに張り紙が張られていたのだ。
 紙に書かれた内容を読み、柴崎は薙風のいるソファのある広間へと戻ってきたのだ。
「どうしたの、司?」
「これを見てくれ」
 言って柴崎は薙風にその張り紙を渡す。
 薙風は右目をつぶりながら、その文章に目を通した。
「えっと、二人の仲間は預かった。返して欲しくば三日後の夜、パラテクスホテルに来い、だって」
「なかなかストレートな脅迫文だな」
 柴崎は怒りを含んだ声で、続ける。
「玉西だけじゃなくて二階堂もやられた。私たちが依頼を受けた賞金首はあの熊女だけのはずなのに、どうしてこうも多くの敵が動き回っているんだ」
「偶然、なのかもしれない」
「だがな、薙風。偶然にしちゃできすぎてる。あのヴラドや薙風が戦った絶鋼の剣士。あれだけの手だれが何の理由もなしにこんなところに集まるなんておかしすぎる」
「一味、とか?」
 左目を閉じながら薙風は呟く。
 その言葉に、柴崎はハッしたような顔をした。
「やはり裏でつながっているのだろうか、私には目的が一致していないように見えるが」
「よくわかんない。でも彩花と二階堂をさらったヤツは剣士か熊女の仲間だと思う。そうじゃないと彩花をさらうにはタイミングがよすぎる」
「やはりお前もそう思うか」
 薙風の言葉を聴き、柴崎は自身から生じた考えに対する確信を強める。
「薙風、今回の事件。もう、確実に私たちの分を超えている気がする。本部に援護を頼もう」
「私もそう思う」
「とりあえず捜査は続行だ、だが私と薙風は常に共に行動しよう。一人では危険だからな。外に出るときは言ってくれ私も付き合う。それと寝るときは必ず片方が起きている体制をとろう。寝込みを襲われたら危険だ」
「わかった。じゃあ私が魔術結社に連絡をいれる。柴崎は寝てて、疲れてるでしょ?」
「いや、朔夜の方が疲れてるんじゃないか? 先に休めよ」
「そう、なら甘える」
 お言葉に、という文章を省略した薙風は目をこすりながら自分の部屋に向かって歩き始めていた。
「あ、そうだ」
 立ち止まり振り向く薙風。
 いつもは片目しか閉じない薙風だが、眠さもピークなのか、両目を閉じながら話を続けた。
「私と戦ったヤツが綱野麻夜とか何とかって女のことを口にしてたけど、聞き覚えある?」
「いや、そんな名前は初耳だが?」
「そう、ならいい」
 それで用はすんだと、薙風は柴崎に背中を向けていってしまった。
 そんな後姿を眺めながら、柴崎はため息をつく。
「さてと、どうしたものかな」
 呟きながら電話へと向かう。
 受話器を手にしながら、柴崎は囚われた二人の仲間の無事を祈っていた。








































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