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第十一幕 誓い


「麻夜・・・・・・さん・・・・・・?」
 その日は突然にやってきた。
 木造のアパートの一室は夜の公園を思わせる静けさで僕を迎えた。
 僕は左右に首を巡らす。
 そこにはきっと麻夜さんの脱ぎ散らかした服や喰い散らかしたジャンクフードの袋が散らばっているはずだ。
 が、そこには何もなかった。
 部屋は綺麗に掃除が行き届いており、僕がバイトに行った時よりも清潔だった。
 麻夜さんは掃除なんかしない。
 ただ一つ、いつもと違うものの存在を目にすることができた。
 それはテーブルの上に置かれた包みだ。
 白い封筒、中に何が入っているか知らないが、パンパンに膨らんでいる。
 封筒ははちきれんばかりにぎゅうぎゅうに詰めたものが三つ重なっているので、僕はそのうちの一番上を手にとった。
 封筒の中には大量のお札と、一枚の白い紙があった。
 封筒から白い紙を抜き取り広げる。
 それは麻夜さんの荒っぽい性格からは考えられないほど丁寧に書かれた手紙だった。

 今回の事は数騎には本当に申し訳ないと思う。
 私はこれ以上ここに留まれない事がわかり、この家を出て行くことにしましたが、数騎のことが心配で心配でなりません。
 お金と武器を置いていきます。
 どうか、この残酷な世界の中で自分を守れるようになってください。
 家賃は二年分まとめて支払っておきましたので、当分このアパートで暮らしていけるでしょう。
 それでは、また縁があって会えることを祈っています。
綱野 麻夜

 目の前が真っ暗になった。
 恐れていたことが現実になってしまった。
 手から封筒が落ちる。
 封筒の中に入っていた一万円札が地面に散らばった。
 残った封筒の中身と併せると一体いくらになるだろう、相当な量だ。
 だが、僕にはそんなことを考える余裕は残されていなかった。
 麻夜さんがいなくなってしまった。
 僕を捨てて、行ってしまった。
 それは、僕が心の底から恐れていたことだった。
 見捨てられた。
 見捨てられた。
 また、いなくなった。
 視界がゆがんだ。
 頬が熱い。
 何も、考えたくない。
 もう、考えたくなどなかった。
 この部屋はダメだ。
 この部屋にいると、つらい考えから逃れられない。
 後ろを振り返る。
 床に散らばった万札すら見えない。
 歩く、外に向かって歩く。
 扉を開け、閉める。
 鍵はかけなかった。
 この部屋に失って困るものなど、もう存在していなかったからだった。






 気が付くと公園にいた。
 それは僕と麻夜さんがテントで暮らしていた公園だった。
 大きな体育館があり、雨風をしのぎやすい公園だった。
 麻夜さんを忘れたくて部屋を出たというのに、僕は麻夜さんを求めてこんなところまで来てしまったのだ。
 麻夜さんがいるかもしれない。
 なぜかは知らないがそう考え、僕は公園をさまよっていた。
 探しながら思った。
 一体、僕はどれほどさまよっていたのか。
 公園に着いた時にのぼっていた夕日はとうに沈み、今では月が昇っていた。
 公園に来るまではキャバクラを始めとした麻夜さんのいた場所をさまよい、今はこうして麻夜さんの残り香を探している。
「ちくしょう・・・・・・ちくしょう・・・・・・」
 笑い出したくなった。
 情けなくなった。
 泣いてしまいそうだった。
 でも、泣き顔なんて誰かに見られたいものではない。
 僕は向かった。
 そこは僕の秘密の隠れ家だった。
 公園の真中にそびえる体育館、そしてその横に建築された図書館の塀。
 その二つの組み合わせで作り出される完璧なる死角。
 そこには誰も入ってくることはなく、ただひっそりとした沈黙だけが約束される。
 行こう、そこへ行こう。
 今の僕に必要なものは時間だ。
 ただ心を癒す時間がほしい。
 そしてそこに来た。
 そこはまさに完璧なる閉所空間だった。
 空は体育館によって塞がれており月の光もわずかにしか入ってくることはなく、入り口の空間以外、壁と塀に挟まれて空洞は存在しない。
 誰も入ってこない安息の空間。
 僕は冷たい壁に背を預け、両足を腕で抱え込みながら腰を降ろす。
 傷を癒そうと。
 傷を忘れようと。
 それだけを考え、僕は迫り来る睡魔に抗わぬように努めた。






「ところで、聞きたいのだが」
 柴崎が言いにくそうに、ビルの外にある看板を指差しながら聞いた。
「あれは何なんだ?」
 柴崎と薙風はあいも変わらずビルの四階にある魔術結社の支部の談話室にいた。
 起きてきた柴崎が薙風に交代で寝るように言おうとした時、思わず出た言葉がそれだった。
 ちなみに空はまだ暗く、交際もしていない異性が同じ部屋にいるのは不謹慎な時間である。
「あれ?」
「看板だ」
 どうやら薙風はテレビが好きらしく、柴崎が寝ている間からソファに座りながら姿勢も崩さず見続けているようだった。
 が、柴崎にそう言われると、薙風はテレビに釘付けになっていた視線を外に向ける。
 そこには薙風探偵事務所とでっかく書かれた看板が存在していた。
「おかしくないように出してる看板、魔術結社から探偵事務所を装えって言われた」
「いや、言われたと言ってもだな。もし客がきたらどうする、何で上の連中にもっといい偽装を思いつけと言い返さなかったんだ?」
「この町、有名な探偵事務所が三件ある。全部、全国チェーンの有名どころ。みんなそっち行くから誰もこの事務所にはこないと思う。料金も高めにしておいたからダメ押しもバッチリ」
 親指をグッと立てる薙風。
 二階堂ならばグッジョブとまで言いそうなぐらいのポーズをとる薙風に、柴崎はさもつまらなそうな顔をした。
「まぁ、そこまで考えているならば構わんがな。もしも、客が来た場合はどうするんだ?」
「本日休業の表札でもかけておけばいい。でも、当分はかけない」
「何でだ?」
 チラッと一瞬だけテレビに目を向けた後、薙風は再び柴崎を見る。
「もしかしたら情報が舞い込んでくるかもしれない。それが有力なら事件の早期解決につながる。彩花も二階堂も助けられる」
「なるほど、お前も考えているわけだ」
「その言い方、あんまり嬉しくない」
 抑揚のない声でそう答えると、薙風はソファから立ち上がる。
「寝る。柴崎、見張りお願い」
「了解した」
 答え、柴崎は台所に向かって歩き始めた。
 コーヒーでも作る気なのか、買っておいた安物の豆が入っている袋に手を伸ばす。
 それを見ながら薙風は、左目をつぶりながら右目だけで柴崎を見て、
「おやすみ」
 言って右目も閉じる。
 両目をつぶったまま、器用にも薙風は扉を開き部屋の中へと消えていった。
 扉の閉まる音が聞こえると共に、柴崎は口を開いた。
「お休み、朔耶」
 その言葉が薙風に聞こえたかどうか、それは柴崎にはわからなかった。






 目を覚ました時、すでに月が沈みはじめていた。
 太陽が昇ってくるのももうすぐだろうと、わずかに存在する隙間から感じ取ることができた。
 僕は両足を抱えていた腕を放し、立ち上がって伸びをした。
 座っていて寝てしまったせいで体の筋肉が少々軋む。
 だが、これくらいなら今日中に直ってくれるだろう。
 そう思い、僕はここから立ち去ろうと歩き出そうとした。
 その時だ。
「本当にいるんですかね、アニキ」
 二度と聞きたくない声を聞いてしまったのは。
「もう探すのやめませんか? 多分デマだったんですよ」
「テメェ、オレの情報網を疑うってのか?」
 それはあの二人組みの声だった。
 声だけが聞こえてくるということは相当近くにいることがわかる。
 何とか逃げなければ、会ってしまえばどうなるかわかったものではない。
 僕は左右を見回した。
 だが、この特別な環境が仇となった。
 光が差し込む隙間以外に出入り口はなく、唯一の出口は入り口のみだ。
 だが、入り口は一本道になっており、その先には例の二人組がいる。
 声の聞こえ具合から言って、入り口のそばにいるのは間違いない。
 感づかれる前に走って逃げよう。
 僕は入り口に向かって歩き出そうとし、
「お、そういやまだここは調べてなかったな」
 その言葉で心臓と呼吸を止めた。
「いないんじゃないですか? 絶世の美女のホームレスなんて」
「いや、いるはずだ。オレは確かに聞いたんだ。この公園でテント暮らししている金髪の美人がいるってな。それで一緒に犯っちまおうって言ったのはテメェじゃねえか」
「ま、そうなんですけどねぇ」
 声がどんどん近づいてくる。
 僕はなす術もないまま、二人が現れるのを待つこととなった。
 そして、
「おっ」
 とうとう見つかってしまった。
 体が震える。
 それは恐怖からの震えだった。
「おめぇは確か」
 声を出したのは二人組みの内、筋肉質の巨漢の方だ。
 鼻を叩き折られたため、痛々しく鼻に治療の後が見込める。
「へぇ、ちょうどいいじゃないですか」
 もう一人の痩せた男が嬉しそうに言う。
 二人は期せずして得た獲物、つまり僕を逃がすまいと包囲するように近づいてくる。
 ポケットの中に手を突っ込む。
 そこには体温で温められた、あまりにも弱々しい僕の振るうことのできる暴力が眠っていた。
 僕はすばやくポケットからナイフを引き抜いた。
 片手で柄の中から刀身を引き抜き両手で構える。
「ほぉ」
 筋肉質の男はやや驚いた表情を見せたが、にまにまとしたいやらしい笑みを浮かべると、一歩一歩僕に近づいてくる。
「いい獲物を持ってるじゃねぇか、でもな」
 無防備に向かってくる男。
 突っ込め、腹を狙え。
 どんなに強靭な男でも、ナイフで内臓をぐちゃぐちゃにかき回されたら無事ではすまないんだ。
「あ、あぁ・・・・・・」
 でも、だめだった。
 動けなかった。
 全身が震える。
 恐ろしかった。
 他人を傷つけるのも、恐怖の具現であるあの男に立ち向かうのも。
 とても、恐ろしかった。
「ナイフってのはな、度胸がないと使えないんだよ!」
 一喝とともに振り下ろされる男の腕。
 それは僕のナイフを持つ手に打撃を加え、僕は唯一の武器であるナイフを失ってしまった。
 戦いのプロという人種をうらやましく思った。
 死を恐れながら、それに立ち向かう勇気をもつ者たち。
 ヒロイックサーガの登場人物のいかに勇ましいことか。
 自分の命を失うかも知れない場面でなお、殺し合いを嬉々として受け入れる勇気がある。
 でも、僕にそれは存在していなかった。
 ゆっくりと男が近づいてきた時、男は油断しきっていた。
 それが僕の唯一のチャンスだったのだ。
 僕はそれを逃してしまった。
 そして武器を失い、この苦境に陥ってしまった。
「オラァ!」
 拳が腹部に繰り出される。
 その一撃に耐え切れず、僕は地面に倒れた。
「ヒヒヒ」
 嬉しそうに笑みをもらしながら、筋肉質の男は僕を組み敷き体を地面に縫い付ける。
「このまま手土産もなしに帰るのはなんだからな、お前で存分に楽しませてもらうとするか」
「や、やめて! やめてくれよ!」
「うっせぇ!」
 罵声とともに拳が顔面に繰り出された。
 脳がゆれ、一瞬思考が停止する。
「別に殺したって構わないんだぜ、静かにしてろ!」
 それで僕の抵抗は終わりだ。
 死の恐怖に立ち向かえない僕は、男の行為を甘んじて受け入れてしまっていた。
「アニキ、オレにもまわしてくださいよ」
「ああ、オレが満足したらな」
 そう言いながら、筋肉質の男はベルトを緩めはじめる。
 痩せた男はその間に僕の上に回りこみ、僕の両腕を押さえつけた。
 が、
「やめてください!」
 その時だった、その声がしたのは。
 僕、そして二人の男は驚いて声の方向を見る。
 そこには、着物を身にまとった女性、僕の前に何度も現れたあの人が立っていた。
「お願いです、その人にそれ以上ひどいことをしないでください」
 懇願しながら女性は近づいてくる。
 だめだ、あの人はこいつらの恐ろしさを知らないんだ。
「にげ・・・・・・」
 それ以上は口にできなかった。
 痩せた男が僕の口を押さえつけたからだ。
 その間に、筋肉質の男は着物の女性に迫っていた。
「いやああぁぁぁ!」
 筋肉質の男は着物の女性の両腕を引っつかみそのまま壁に押し付ける。
「姉ちゃん、オレといいことしねぇか?」
 壁に押さえつけながら、筋肉質の男は女性に言う。
 その言葉に対し着物の女性は、
「わかりました」
 そう言って、その場にいる全員を驚かせた。
「お前、今何て言った?」
 驚きを隠せない表情で、筋肉質の男は聞く。
「わかったと言ったんです、ですが条件があります」
 そして、女性は僕の方に視線を向けながら続けた。
「あの人に手を出さないでください、約束してくださるなら、私に手を出していただいても構いません」
「へ、へぇ、殊勝な姉ちゃんじゃねえか」
 予想外のセリフに戸惑いながらも、筋肉質の男は女性を一気に押し倒す。
 だが、女性は一切抵抗をしなかった。
 どうしてこの人は、このようなことが言えるのだろうか。
 どうしてこの人は、このようなことができるのだろうか。
 だって僕とこの人は他人だ。
 この人が僕のために体を張る必要なんてどこにもない。
 そう、どこにもないはずだ。
 なのに、どうして・・・・・・
(もしできるなら今度は私があなたを助けてあげます)
 そんな言葉が頭に浮かんできた。
 それはあの時かわした口約束だ。
 あの人が、僕を励ますために口にしただけの言葉のはずだ。
 筋肉質の男の手が動くたびに、着物の女性の肌があらわとされていく。
 ベルトを外す音が響き始めた。
 それは、陵辱が始まる合図にも聞こえる。
 これからあの女性はあの男に蹂躙される。
 それは、とても恐ろしいことだ。
 実際に僕は体験したんだ。
 痛くて、苦しくて、怖くて、どうしようもない恐怖の体験。
 僕は泣きそうになった、そんな目にあわされるあの人が可哀想でならなくて。
 と、女性が僕の方に顔を向けた。
 僕は、あふれかけた涙で女性の顔がよく見えなかった。
 でも、見なければならないと思った。
 それが僕の罪だ、逃れてはいけないはずだ。
 しっかりと目をつぶり、涙を収めた後に目を見開く。
 そして、その微笑を見た。
 女性は微笑んでいた。
 なぜか微笑んでいた。
 何が嬉しいんだ。
 今から男に無理やり犯されるというのに、一体何が嬉しいんだ。
 決まってる。
 そんなの決まってる。
 あの人はただ。
 ただ、僕がこの男に襲われなくてすむことが嬉しくて微笑んでいるのだ。
「・・・・・・」
 何かがはじけた。
 頭がすうっとしてくる。
 おもしろい状態だ、今まで怖かったものが怖くなくなっている。
 冷静に周りが見えてきた。
 痩せた男が僕を押さえる力が弱くなってきている。
 筋肉質の男の行為に注目して、僕から気が離れているからだろう。
 それがチャンスだった。
 こんどは、逃さない!
「う、うわあぁぁぁ!」
 痩せた男の悲鳴が響く。
 血を流す右目を手で押さえながら地面をのた打ち回る。
 行動は迅速に、相手の反撃を許すな。
 痩せた男の眼窩に突っ込んだため、血まみれになった親指で滑らないよう、左手でナイフを拾い上げ、そのまま一気に走り出した。
 脅威は痩せた男より筋肉質の男だ。
 痩せた男は真正面から戦っても何とかなる見込みもあるが、筋肉質の男には勝機すらみいだせない。
 ならば、勝機はこの一瞬。
 ズボンを下げているせいで膝が自由に動かない今だけが唯一の好機。
 声は出さない、不意打ちで声を出したら感づかれる。
 速度は最速、それでいて氷のごとき冷静さを保て。
 男が振り向く、その顔が恐怖にゆがんだ。
(怖い)
 怖くない。
(人を傷つけるのが怖い)
 怖くない。
(いつか仕返しされるのが怖い)
 怖くなんかない。
 だって、あの人はもっと。
 こんなことをするよりも、もっとずっと怖かったに違いないのだから。
 地面をこするように低空で接近した。
 ずり下げたズボンで動けない男の後ろに回りこみ、四つんばいになっているその股間を狙った。
 股間にナイフを突き立てる。
 ナイフはいともたやすく、しかもイヤな感触を感じさせながら陰茎に冷たい刃を滑り込ませる。
 男が絶叫を上げると同時に、僕はナイフを引き抜いた。
 これでこの男は戦闘不能だ。
 こいつはもう脅威になりえない。
 僕はナイフを右手に、突き刺しやすいよう逆手に構えて痩せた男に向き直った。
 痩せた男は右手で右目を押さえながら、おびえた目で僕を見つめていた。
「帰れ」
 僕の口から言葉がつむがれる。
「こいつを連れて帰れ、殺すぞ」
「ひ、ひぃ!」
 立場は完全に逆転していた。
 獲物が狩人になり、狩人は獲物と化した。
 僕が道をあけると、痩せた男は急いで筋肉質の男に近づき、その肩を抱きかかえるとそのままよろよろともと来た道を逃げ帰っていく。
 その間中、筋肉質の男はずっと痛みに苦痛と怨嗟の声をあげつづけていた。
 あれだけ屈強な男が涙を流して痛がっている。
 これが僕の行為の結果だ。
 これが僕の行った罪だ。
 それでも、僕は後悔することはなかった。
 だってあいつらは、この女性を強姦しようとした。
 僕にしたように、この女性を恐怖と暴力で蹂躙しようとしたのだ。
 僕のしたことは、褒められることではないだろう。
 それでも僕は構いはしない、それでも僕は・・・・・・
「大丈夫・・・・・・ですか・・・・・・?」
 腰を降ろし、着物の女性に目線を合わせるようにして話し掛けた。
「あなたのおかげで、助かっちゃいました」
 嬉しそうに微笑みを浮かべながら僕を見返した。
 まるで先ほどの出来事がなかったかのような、やわらかい微笑だった。
 なんで、そんな顔ができるんだ。
「あ、大丈夫ですか」
 着崩れた着物もそのままに、女性は僕を抱き寄せた。
「怖かったでしょう、もう大丈夫ですから」
 一呼吸おき、続ける。
「大丈夫ですから、泣かないでください」
 そう、僕は気付かずに泣いていた。
「平気ですよ、もう怖い人たちはいなくなりました」
 違う、怖かったから泣いていたんじゃない。
「どうしたんです、どこか痛いんですか?」
 違う、そうじゃない。
 嬉しかったんだ。
 僕は嬉しかったから泣いているんだ。
 僕と一緒にいてくれるのは麻夜さんしかいないと思っていた。
 麻夜さんがいなくなって、僕はどうかしてしまいそうだった。
 でも、この女性が助けてくれた。
 あんな口約束を守るために、自分の身を投げ打ってまで他人でしかない僕を助けてくれた。
 それが、嬉しかった。
「・・・・・・す・・・・・・」
「えっ?」
 聞き取れなかったため、女性は聞き返してきた。
「・・・・・・い・・・・・・ます・・・・・・」
「え、どうしたんですか?」
「誓い・・・・・・ます・・・・・・」
 涙でぐしゃぐしゃになりながら。
 嗚咽を漏らしながら続けた。
「誓います、きっとあなたを護ります。あなたに何かあったら、命をかけて護ります」
「え? え?」
「何を引き換えにしても、護ります。あなたは、それだけのことを僕にしてくれた」
 それは神聖な誓いだった。
 誰にも邪魔をされることのない二人だけの誓い。
 それを済ませると、数騎は涙をこぼしながら女性に抱きつき泣き続けた。
 その誓いは須藤数騎のこれからの生涯縛りつづける呪いと同意のものであった。
 そしてこれから先、須藤数騎はこの誓いを決して破ることはなかったのである。













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