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第一羽 同僚


「それでさ、カノンちゃんが超激萌えなんだよね」
 エアコンから放たれる冷風は冷たく、部屋中を余すことなく冷却していた。
 炎天下にある外気に比べ、この施設のなんと心地よいことか。
「でもさ、僕の友達は言うんだよ。ナシアたんの方が圧倒的に萌え萌えだってさ。でも僕としてはナシアはイマイチだね。ちょっと男に囲まれすぎだよ、彼女。
 逆ハーレムってんだっけ、ああいうの。少女マンガとかでは流行るけど、僕みたいな玄人としてはあんまり嬉しくないんだよね」
 落ち着いた色合いの壁紙に木製の床と壁。
 カウンターには色とりどりのビンが立ち並び、いかなる客をも満足させられるようにさまざまな飲み物が用意されている。
「やっぱ僕がカノンちゃん一筋ってのもあるけどさ、ナシアってそこまで魅力あんのかな? 人気投票では結構上位に食い込むけど、僕としてはカノンちゃんだな。やっぱ薄幸なところも魅力の一つっていうかさ」
 四角いテーブルもやはり木製、イスも木製でなんとも粋な計らいか。
 給仕さんもかわいいし料理も手ごろなお値段、ランチタイムってほんとステキだね。
「あのさ、須藤くん聞いてる?」
「えっ?」
 はっと正気に戻る。
 そして、須藤と呼ばれた目つきの悪い少年は、ばつの悪そうな笑顔を浮かべる。
「えっと、なんの話だっけ」
「レーヴァの話だよ、レーヴァの。最近アニメ化したマンガじゃないか」
 そう、須藤数騎の目の前に座っている肥えに肥えまくった肥満体質で中年に見えなくもない少年の話している『レーヴァ』というのは、最近流行っているマンガのタイトルだ。
 一部に相当な人気を誇り、やはり一部しか見ない深夜の時間帯に放送することが決定した大人気アニメである。
 しかし、数騎にはそれほど縁の深い作品ではなかった。
「ん〜、実は僕。まだ目を通してないんだよね。そのマンガ」
「え、マジで。こないだ貸したじゃん」
 肥満体質の少年は不満そうに数騎の目を見つめる。
 数騎は答えに窮して口を閉じ、眉毛を痙攣させる。
 見るからに困った顔だ。
「何で読んでないの数騎くん」
「むぅ……ゴメン」
「ゴメンじゃなくてさ、どうして貸してあげたのにすぐ読まないのさ?」
「いや、僕も読みたかったんだけどさ。いろいろと忙しくて」
 そう、数騎は忙しかった。
 ここ最近、数騎の睡眠時間は青少年がとるべき睡眠時間を平均で三時間ほど下回っている。
 そも、綱野麻夜という女性は魔術結社に属しながらたいした仕事をしていない。
 毎夜のパトロールと非常事態の報告のみが彼女の仕事だ。
 無論、その程度の仕事に魔術結社がたいした金額を出すわけもなく、麻夜は薄給優遇というおかしな状況下にあった。
 魔術結社の構成員とは、常に魔術結社に出社するサラリーマンのような人間だけではなく、他の職業を持ちながら、魔術結社の仕事もこなすという人間も少なくない。
 裏の世界を知りながら大した実力はなく、さらに表の世界でちゃんとした仕事を持っている人間で、その地域のパトロールのみを行う者は大勢いるのだ。
 魔術結社の方としては出費を抑えながら広範囲の情報を得ることができ、その仕事人たちもわずかながらの給料を得られる。
 が、彼らの真の望みは魔術結社から与えられる保護にある。
 表の世界には表の世界のルールがあるように、裏の世界には裏の世界のルールがある。
 表の世界では国籍を持ち、税金さえ払っていれば国が守ってくれるが、裏の世界にはそのようなものは存在しない。
 故に彼らは徒党を組み、魔術結社なる自衛組織を作り上げる。
 この組織は各界の有力者のボディガード、治安維持、対外工作など面で大いに役に立ち、国から資金を回してもらい運営を行う。
 この魔術結社と呼ばれる組織は、言ってみれば裏世界の警察みたいなものだ。
 ここに登録し、彼らに奉仕することによって賃金と庇護を受けられる。
 裏の世界ではフリーの術士などは嫌われやすく、そして誰の庇護下にもないので狙われやすい。
 故に、裏の世界の人間と他者に知覚されたが最後、わけありでもなければその者はいずれかの組織の庇護下に入るのがもっとも懸命と言ってしまえる。
 最も、裏の人間はその異常性から隠匿を重視している。
 裏の世界の技術というものは、表の世界に放出してしまうと、その利便性から使うものが後を絶たず、決定的な対処法に欠けるために混乱を防ぎきれない。
 一般の軍隊という力が数と錬度と兵器の能力に依存するのに対し、裏世界の人間は数と錬度のみが重視され、その数も圧倒的に通常の軍隊より少なくて済むために、強大な戦力を秘密裏に動かしやす過ぎるのだ。
 一般に裏世界の技術が放出されると全ての政府関係者にとって不利益を生じる、ゆえに表世界の要人達は魔術結社をはじめとするあらゆる組織に技術の表世界への放出を禁じ、これを破りし時は実力を持ってこれを排除するとさえ断言している。
 表の世界と裏世界というのは圧倒的に表の世界の戦力の方が格上であり、裏世界の住人はいつか下克上を図ってはいるが、中世以降の近代兵器の進化にともない不可能であるのが現状だ。
 裏世界の住人の管轄である鏡内界、ここでは近代兵器はその能力を制限される。
 しかし、異層空間殺しと呼ばれる特異能力者はこの制約をぶち壊す。
 対戦車ロケット並みの爆発力を防ぐ程度の力を持つものが達人と認識されるこの裏世界に、平気で戦車や戦闘機を持ち込める異層空間殺しは、全ての異能者にとって測り知れないほどの天敵だ。
 サブマシンガン、いや拳銃でさえ魔術師、魔剣士にとっては脅威となりえるのだ。
 各国の首脳たちは国に生まれた異層空間殺しを徹底的に保護の名目でかき集め、裏世界に対する抑止力として保有している。
 表世界の力と裏世界のそれでは完全に優劣が決しており、術士たちは表の世界に平伏せざるを得ず、彼らの不利益となる裏世界の一般への発覚を防ぐために隠匿を第一とさだめたのだ。
 それを条件に国は魔術結社を保護し、仕事を任せ金を流す。
 確かに正面切って激突すれば表世界に敗北はないが、それでも全滅は不可能に近くテロなどされては防ぎきれない。
 ならばいくらかの飴を与え、牛耳っておくのが得策と、世界全ての国がこれを承諾している。
 どんなに険悪な関係の国でも、これを破る国は存在しない。
 それほどまでに、彼らに敵うことのない裏世界の住人が恐ろしいのである。
 が、その渡される金もそう多くはなく、裏世界の利益を損ねる異端者や暴走する異能者を止めるために本部の人間や賞金稼ぎには命がけの任務であるために多額の資金を工面するが、下っ端に回してやる金などそう多くはない。
 故に低賃金の代償に、庇護を与えることで、魔術結社は己が任務を実行しているわけである。
「実はさ、張り込みが大変なんだよ」
 数騎はため息をつきながら続ける。
「ほら、今いろいろ大変だろ。だから麻夜さんも人使いが荒いんだ。僕もかりだされてあんまり寝てなくてさ」
 そう言って、眠さの証拠とばかりに大あくびをする。
 ちなみに探偵助手の張り込みというのは真っ赤な嘘だ。
 数騎の仕事は町のパトロール。
 もっとも、非常事態を感知する力はないため街中の鏡を触って歩くというのが彼のお仕事だ。
 異層空間が展開されていたら麻夜に知らせる、麻夜がそれを聞いて駆けつけ、非常事態と判断すると本部に連絡を取る。
 これが二人の連携姿勢だ。
 給料が少ないため、普段は探偵業を営んでいるため麻夜は常に忙しい。
 貯金こそ多くあるが、非常事態に備え、麻夜は貯金に一切手を出さない構えだ。
 堅実ってすばらしい。
 まぁ、そんなわけで数騎は探偵助手の仕事に加え、深夜のパトロールをしているために疲労困憊の様子なのだった。
「へぇ、数騎くんって大変なんだね。やっぱ探偵事務所に住み込みってキツイだろ?」
「キツイなんてもんじゃないよ。太田くんも一度やってみればわかる」
 太田と呼ばれた太り気味の少年は、苦笑して数騎のげっそりとした顔を見る。
「お断りかな、数騎くんのその様子を見たら、とてもじゃないけど御免こうむるよ。でも、あの綱野さんと同じ家で暮らせるんだったら悪くないかな〜」
 幻想を抱く男が一人。
 これを生み出すのは麻夜さんの生活態度が原因だ。
 身内にはその悪癖の一切を包み隠さないが、対外的には難攻不落の高嶺の花と化す。
 その溢れんばかりの美しさを持って、この世全ての男を魅了するのだ。
 町を練り歩いた場合、彼女を振り返らない人間は、まだ何もわかっていない赤ん坊くらいなものである。
 年寄りだろうと関係ない、痴呆がはじまった老人ですら、麻夜さんの存在感に思わず彼女を振り返ってしまうだろう。
 で、数騎の目の前にいる太田邦弘なる肥満児。
 実は彼、綱野探偵事務所に雇われているバイトくんなのだ。
 彼の仕事は数騎のそれとは異なり探偵のバイトのみである。
 仕事は張り込みや聞き込みの協力、情報収集などと多岐に亘る。
 将来私立探偵を目指しているらしく、時給七百五十円の薄給でも喜んで働くちょっと変な人だ。
 どうやら定型的に探偵には向かないと多くの探偵事務所にさじを投げられ、仕事場を探して歩き回っていたらしい。
 逆にこちらの探偵事務所は慢性的な人手不足で人材を選ぶ余裕もなければ高い給料を支払う余裕もない。
 そして、両者の利害はここに一致した。
 彼は薄給な上にいつ来るともわからない突発的な仕事のみを請け負うバイトとして探偵事務所の所属となったのだ。
 数騎よりも年上らしく、浪人生の彼は探偵事務所で家政婦をしていた数騎とすぐに仲良しになった。
 数騎は自分から人に話しかけるようなことがキライで、どちらかというと内向的な性格だ。
 太田もその手の類だったが、たまたま数騎の読んでいた小説が太田の読んだことのある小説と一致し、その話題が元となって彼らは仲良くなった。
 結論から言ってしまうと太田邦弘はオタクと呼ばれる人種である。
 二次元美少女に悶え、その声優を崇拝し、同人誌と呼ばれる薄い本をかき集め、フィギュアなる精巧な人形を愛で、空想世界の登場人物の格好をしたコスプレイヤーなる女性をこよなく愛する人間で、仲間内からは漢字の漢と書いてオトコと呼ばれるほどその手のことに手を染めている。
 この趣味と探偵業へののめりこみから、彼は大学に現役合格することが出来なかったが、特に気にしてはいないらしい。
 数騎としては心配だったのだが、本人はどこまでも無頓着だ。
「でも数騎くん、いくら忙しくてもせっかく貸したんだから少しでも読んでよ」
「むぅ、それもそうなんだけど。太田くんの紹介するマンガって全部面白いからさ。読み始めたら止まらないんだ。そうすると睡眠時間がなくなっちゃうよ」
「まぁ、僕の目に狂いはないからね」
 膨らんだ頬をさらに膨らませて、太田は上機嫌だ。
 と、そこに給仕さんがやってきた。
「お皿をお下げしましょうか、御主人様」
 やってきた女性は西洋の家政婦さんが身に纏うフリフリの衣装を身に着けたかわいらしい女の子だった。
 名前は朱音ちゃんと言うらしい。
 語尾についている、お客様の代わりに使われる尊称が気にかかりもするだろう。
 じつはそう、この店は普通の喫茶店などではなく、メイド喫茶と呼ばれるオタクの楽園であった。
 この店を訪れる客はすべからく御主人様、そしてウェイトレスはメイドさんらしい。
 太田いわく、メードではなくメイドだそうだ。
 メードと呼ぶとメイドさんに対する愛が足りないと罵倒されるため、数騎も注意して彼女達の名称を用いる。
 と、肩までかかる髪を揺らしてやってきたメイドさんに対し、太田は至福の笑顔を浮かべながら頼んだ。
「あ、お願いします」
「はい、それでは失礼します、邦弘さん」
 パーフェクトなまでの営業スマイル。
 おそらくどこかの劇団にでも通っている下積み中の女の子なのだろう。
 そこらのバイトの娘より数段上の接客態度に、この店の一番人気なのだそうだ。
 この子に名前を覚えてもらえるほどの常連になることはこの店において最上のステータスであり、太田は半年間通い続けてようやく名前を覚えてもらったそうだ、しかも下の。
 名前を呼ばれたことに感激し、太田は完膚なきまでに骨抜きにされてしまった。
 それを横目に、数騎は頼んでいたグレープフルーツジュースをすすりながら今後の予定を考えていた。
 数騎たちは秋葉原と呼ばれるオタクの楽園に来ていた。
 目的はパソコンなる機械を購入することだ。
 探偵事業の効率化を図るため、なくてはならないと数騎が麻夜に具申したのだ。
 妙にアナログちっくな麻夜はそれを不振な目で見ていたが、太田と数騎の挟み撃ちにあっては、麻夜は彼らを論破する力をもたなかった。
 数騎は口論が得意だった。
 口が上手いというか弁が立つというか。
 普段は強気に出ないために、彼が強気になると大抵の人間はたじろいでしまうという環境が構築されており、いつもイエスマンに徹している彼が反論するのはよほどのことだと錯覚してしまう効果に数騎の話術が相乗効果を放つらしい。
 数騎は腕力がなかったため、人のご機嫌伺いや話術に秀でている。
 力を持たざるがために、別の部分を磨いたのだ。
 そして、麻夜を論破した数騎は麻夜から二十万という大金を預かり太田の案内のもと秋葉原に繰り出した。
 そして、まずは喫茶店で昼食を取り、そしてパソコンを見て歩こうとしていたのだ。
 と、鈴の音が喫茶店の中に響き渡った。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
 お決まりの文句で客を出迎えるメイドさん。
 しかし、客であるはずの女性は、
「失礼、客じゃない」
 そう言って頭を下げるとをすると、店の中に入ってきた。
「お、何? コスプレ? 巫女さんだ。萌え〜」
 嬉しそうに笑顔を浮かべる太田。
 そう、太田の言うとおり店に入ってきた女性は神社で働く女性が纏うであろう服、巫女装束を身に纏っていた。
 しかし、数騎はと言えば別に興味もないので太田の表情を眺めながらグレープフルーツジュースを啜っていた。
 この苦味がなんともたまらない。
「えっ、あれ? こっちくるよ。マジで?」
 太田が何かは変なことを言っている。
 さすがに気になり、数騎は後ろを振り向いた。
 そこに巫女が立っていた。
 白と赤の二色に染まった巫女。
 神社でよく見るその巫女は、無表情でなぜか片目を瞑っていた。
「えっと、どちらさまですか?」
「薙風朔夜」
 簡潔に答えると、薙風と名乗った巫女装束の女性は数騎の左腕をつかみ、イスから立ち上がらせると、そのまま腕を引っ張って店の外へと誘導しようとする。
「来て、大事な話がある」
「って、ちょっとなんですかいきなり!」
 慌てて薙風の行動に疑問を投げかける数騎だが、薙風は振り向き鋭い目で数騎を見る。
「綱野麻夜のところに行く、ついてきて」
「もしかして、デュラミア・ザーグ?」
「その言葉を外で使っちゃダメ、隠語で呼んでほしい」
 そんな事を言われたところで僕はそんな隠語なんて聞いてこともない。
 そう言い訳しようとするも、薙風は構わず数騎を引っ張って外に連れて行ってしまう。
 数騎は謝るように太田に向かって手をこすりあわせて謝罪の姿勢を見せながら、喫茶店から連れ去られてしまった。
「い、いってらっしゃいませ……御主人様……?」
 よくわからない展開ではあるが、マニュアルどおりの対応を遵守するメイドさんが一人。
 あぁ、君はウェイトレスの鏡だよ。
 ちなみにメイド喫茶は御主人様にとっての家なので入ってくるときはおかえりなさい、出て行くときにいってらっしゃいませ、らしい。
 正直どーでもいいから僕の心はときめかないけど、太田くんは大喜びなんだろうな。
 そんなことを考えながら、数騎と薙風は喫茶店の扉をくぐって外に出るのだった。


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