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第三羽 そして前日


 夏の日差しは暑苦しく、湿度の高い状況がそれを加速させていた。
 じめじめして気持ち悪い。
 服は体に張り付くし、黒い布地は太陽の光を吸収し、嫌が応にも体から汗を噴出させる。
 女子いわく、湿気があればお肌があれないので万々歳らしいが、あいにくそういうことを気にする類の人間ではないのでマイナス面しかお目にかかっていない。
 蒸れる髪の毛をボリボリかいて空気を取り入れ、数騎は不機嫌な顔をそのアパートに向けた。
 そこは築三十年ほどのボロいアパート。
 今にも崩れ落ちそうな軋む音が時たま聞こえてくる、シビれるアパートだ。
 それを見つめている数騎はコンクリートに寄りかかり電信柱の影からアパートを、正確にはそのうちの一室を盗み見ている。
 何をしているか。
 そう、張り込みをしているのだ。
 舞い込んできた依頼を承諾した麻夜は、徹底的に情報を収集し、怪しい人間の特定にいそしんだ。
 結果、依頼者の娘が活動する範囲に存在する、怪しくかつ失踪時間内にアリバイの存在しない人間を五人ほど特定したのだ。
 ちなみに情報源は警察官。
 麻夜は何人もの警官と面識があり、よく向こうの奢りで高級店へと誘われる。
 酒を飲んでも絶対に朝帰りしない麻夜さんだ。
 多くの男が魚が針にくらいついたと思い込み、目いっぱい貢ぐのだが、実は魚は針にかかったのではなく、糸を口でくわえているだけなのだ、強靭な力で。
 だから男は頑張って竿を振り上げるが、魚は水面を飛び出るものの口をはずせば海に戻る。
 結局麻夜さんを真の意味で吊り上げた男はいないわけだ。
 僕の知る限り、恐らく最も難攻不落の砦と言ってしまえる。
 そして、その麻夜さんの魅力にとりつかれた男がその背後にいた。
「ねぇ〜、須藤くん。何か進展あった?」
 震えた低い声。
 口の周りに脂肪が多すぎる上に内気なため、こんな声になるのだろう。
 須藤は振り返りながら面倒くさそうに答えた。
「何もないよ、太田くん。ていうか、そんなに簡単に尻尾出したらおかしいよ。じっくり時間かけて見張らないと」
「でもねぇ、もう五時間近く経つけど何の動きもないじゃないか。ハズレじゃないの?」
 これで本当に探偵志望か、と思い数騎は大きくため息をつく。
 正直、太田という男は使い物にならない。
 いや、適材適所という言葉の通り適所に当てはめれば大きな働きをするのだが、探偵の仕事の大部分に適所が存在しないあたりが微妙だ。
 本人はホームズのような探偵になりたいと言って譲らないが、正直ワトソン並になるのさえ難しいだろう。
 ちなみにワトソンは僕のことではない。
 ようするに、才能がないのだ。
 身体能力とかじゃなくて性格的なものだ。
 何時間もじっとしていることができないし、聞き込みをするとき見知らぬ人間との会話も苦手。
 暑さに弱いからクーラーのない場所ではヒーヒー言うし、標的が残していった残留物を探すのも面倒くさがるという始末だ。
 適正がない、この一言に尽きる。
 しかし、この太田の長所は他人に対して従順なところだ。
 自分をかなり下の位置につけているのだろう、対等な関係の人間にもよく気を使い、常に下にいることに甘んじる。
 下された命令にはぶつくさいいながら従い、決して違えることはない。
 そう、この男、自分を律してくれる人間がそばにいるという条件だけで百パーセントの力を発揮する人物なのだ。
 これなら下手に能力のある、自分勝手な人間を雇うよりも何倍も役に立つ。
 性格的に向いてなく、適正もないが能力だけはある。
 頼み込めば同じ場所に一日中いても問題ないし、しどろもどろな話し方で聞き込みも出来る、クーラーのない場所ではお茶をガボガボ飲んでこらえるし、探せと命じれば一生懸命探し物をしてくれる。
 問題は命令する人間のストレスだ。
 この男、文句をいいながらでないと働けないらしい。
 少しは黙れといいたいが、独り言をいうことでストレスを発散する人間も多い。
 それを知っている数騎は、特に文句を口にすることもなく、不満を胸の中に溜め込んでこらえている。
 数騎はアパートを見つめながら口をひらいた。
「さて、それにしてもやっこさんはいつ動いてくれるかのかな?」
「須藤くんはあとどれくらいで動いてくれると思う?」
「ん〜、難しい問題だな。そもそも、対象を黒と断定する証拠をあげるのは簡単だけど、白と証明する証拠をあげるのは難しい」
「その心は?」
「犯行の証拠ってのはいくらでも探しだせるもんだ。でも、無実って証拠は簡単には立証できない。そうだな、『夫の浮気発見しやすし、夫の誠実発見し難し』ってやつだね」
「何それ?」
「旦那さんの浮気の証拠、例えばプレゼントとかレシートとかで奥さんは知ることができるよね。でも、浮気してない証拠ってのは出てこないんだよ。してないんじゃしてない証拠なんてそもそも存在しないわけだし。だから奥さんは旦那さんの誠実さを証明する証拠なんて見出せないわけだ」
「ん〜、理解はできるけど例えは悪くないかな?」
「そうですよ、数騎さん。もっと言葉を選ぶべきです。そういう場合は『悪魔の証明』って言えば済むことじゃないですか」
 その言葉に、数騎と太田が同時に後ろを振りかえる。
「悪魔がいるという証明は悪魔が現実に存在すれば簡単に証明できますが、存在しないことを証明することはどんなに頑張っても不可能。つまり、ある事は証明できるけど無い事は証明できないってことですね」
 言葉を続ける女性の声。
 二人の視線の先には買い物袋を手に提げた着物の女性、桐里神楽の姿があった。
 その神楽の姿に驚きを隠せず、数騎は思わず問いかけていた。
「神楽さん、どうしてここに?」
「どうしてって、たまたま立ち寄っただけですけど」
「たまたまって、ここは美坂町の西のはずれのほうですよ。神楽さんの住んでる丘の上のお屋敷は美坂町の中心じゃないですか。歩いてくるには遠い距離です」
「えっと〜、買いたいものがあって遠出してきたんですよ」
 右手のひとさし指を立てて、笑顔で説明する神楽。
 が、数騎は納得しなかった。
 数騎はその貧弱さが原因であったが、学校などではよくいじめられていた。
 そのため、人の顔色を伺うことが非常に得意であった。
 何を考えているかまでは完全に読みきれないが、嘘を見抜くくらいは容易い。
 もっとも、訓練された人間は何一つ表情に出さないため、いくら数騎でも見抜くことは不可能ではあったのではあるが。
「か〜ぐ〜ら〜さ〜ん〜」
「えっと、何でしょうか?」
「何か隠してますね」
 その言葉に、神楽は体をビクリと跳ね上げる。
 完璧だ。
 数騎は神楽の心境を完全に読みきっていた。
「な、何も隠していませんよ〜」
「神楽さん、嘘はいけません」
「う、嘘なんて」
「あれ、その手提げ袋の中に入ってるの、『モヘンジョだろ?』の新刊じゃないですか」
 その声は数騎の後ろから響いてきた。
 彼の後ろには一人しか人間は存在しない。
 その男は太田だった。
「須藤くん、彼女。須藤くんの友達なの?」
「そ、知り合い。近所にある丘の上の屋敷でお仕事してるんだ。召使さんなわけで」
「え、メイドさんなの! 和服のメイドさんにも趣ってあるよね。超萌えだよ」
「ん〜、萌ってなんだっけ?」
「須藤くん、何度も説明したじゃないか。いい、萌っていうのは心の中を駆け巡る感動を通常の日本語では言い表せないときに用いる単語でその語源は……」
 長いのでここでシャットダウン。
 聴覚を切り離してしばさく適当にお話を聞き流す。
 正直、太田の話は理屈っぽすぎて聞いていて疲れる。
 彼の単語を全て理解するのは至難の技だな、と数騎は疲れ果てた顔をしながら考える。
 そして、太田がやっと語り終えるのを待って、数騎は太田に話しかけた。
「なるほどね、それでさ。今、太田くんが言ってたモヘンジョダロって何、地名? 南アメリカあたりの?」
「違うよ、『モヘンジョだろ?』だよ。発音を下げるんじゃなくて上げるの。サークルの名前だよ」
「サークル?」
「ほら、マンガを自費出版するグループの総称」
「ああ、同人誌か。オタクが大好きな例の……って何ぃ!」
 素早く神楽の顔を見る。
 神楽は苦笑しながら数騎を見つめ返す。
「えっと、違いますよ。これはそんな本じゃないです」
「じゃあ見せてくださいよ」
「ダメですよ、数騎さん。女の子の私物を見ようなんてセクハラですよ」
「む、むぅ」
 正論に黙り込む数騎。
 だが、後ろの男はさらにその上をいった。
「須藤くん、大丈夫ですよ。あの本の中身はわかります」
「ほんと?」
「はい、あれは二ヶ月前のイベントで『モヘンジョだろ?』の出した新刊『お前のナニはオレのモノ、オレのナニはお前のモノ』って同人誌です。浩二が攻めで洋平が受けの。あ、やおいゲームの主人公と親友ですよ」
「何、やおいって?」
「やおいってのはですね……」
「ダメです!」
 突然、神楽を大声を出した。
 わなわな震えながら顔を真っ赤にしている。
「それ以上、数騎さんに言わないでください! 怒りますよ!」
「え、あ……」
 突然の反撃に戸惑う太田。
 実は太田、恋愛には奥手でロクに女性を放したことさえない。
 おかげでこの神楽の反撃にかなり意表をつかれていた。
「別に私が何を好きでもいいじゃないですか! そうですよ、私は同人誌が好きです。ここに来たのもコレを売ってる店がこのあたりにしかないからなんです! でも、だからって人の趣味を暴き立てるなんていい趣味じゃないです!」
「す、すいません」
「まぁ、謝ってくれれば許してさしあげますけど」
 そう太田に言って、やっと神楽は落ち着きを取り戻す。
 それと同時に妙な視線を感じとり、神楽は数騎の方を見る。
 神楽が怒る、というより大きな声を出すのをはじめて聞いたからだろう。
 まるで現代に蘇ったティラノサウルスでも見たかのように、数騎は呆然としていた。
「えっと、数騎さん」
「…………」
「数騎さん!」
「あ、ん、何?」
「何じゃないです、大丈夫ですか?」
「ちょっと驚いただけです。神楽さんが怒るのなんてはじめてみましたから」
「そ、そうですか? お見苦しいところを」
 そう言って、神楽は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
 そんな神楽に、数騎も言葉を返せず、視線をそらし、気まずい雰囲気が流れた。
 それに耐え切れなくなり、神楽が顔を上げた。
「それじゃ私、用事がありますから」
「むぅ、そうですか。それではお気をつけて」
「はい、数騎さんこそ気をつけてくださいね」
 そう言うと、神楽は数騎に背を向けて、来た道を引き返していった。
「ふぅ」
 その姿を見送り、太田がため息をつく。
「いやー、こわいね。今のおねぇさん」
「むぅ、そんなに怖い人じゃないんだけどね、いつもは」
 何か逆鱗にでも触れてしまったのだろう。
 太田にはそれがわかるのだろうが、数騎にはちょっと理解できなかった。
「でも、きれいな人だったね」
「そりゃ、神楽さんだからね。十人並み、いや、百人並みはあるよ思うよ、僕は」
「芸能人でもあそこまで綺麗な子はいないんじゃないかな、カノンちゃんほどじゃないけど」
 ちなみにカノンというのはマンガのキャラクターである。
 現実の人間と虚構の人間をごっちゃにできるのが太田の特技である。
「でも、やっぱ劣るね」
「なにがさ?」
 思わず聞く数騎。
 そんな数騎に、太田は何でこんな簡単なこともわからんと言わんばかりに、軽く息をついてみせる。
「綱野さんだよ、綱野さん。やっぱあれくらいの美人はそういるもんじゃない。あれと比べたら、誰だって見劣るって。申し訳ないけど」
「まぁ、見劣るねアレが」
 微妙な数騎の言い回し。
 もちろん太田は気付かない。
「ところで、須藤くん」
「むぅ?」
「丘の上の屋敷って言ってたよね?」
「あぁ、神楽さんのことね。そうだよ、丘の上の屋敷で住み込みで働いてるんだ」
「もしかして、赤志野の幽霊屋敷のこと?」
「アカシヤ? 幽霊屋敷?」
「あれ、この町に住んでるのに知らないの?」
「聞いたことないけど」
「噂なんだけどね、何年も前からあのお屋敷は大勢の女中さんを抱え込んで貿易業を営む赤志野の旦那さんが切り盛りしてるんだって。でもね、あそこは丘全てが赤志野さんの土地で、誰も入ってこれないはずなんだ。でも、不思議なことに、学校の敷地の三倍はある屋敷の庭でね、人魂が浮いてるらしいんだ」
「人魂ねぇ」
「そう、ふわふわと明かりが揺れ動いて屋敷に向かっていくらしいんだ」
「誰かが懐中電灯でももって新入したんじゃないのかな?」
「ありえないよ、あの屋敷は最新のセキュリティシステムで守られてるらしいんだ。だから不法侵入者なんてありえない。それに、不法侵入するのに明かりを持って入るなんてありえないだろ?」
「むぅ、確かに」
「だからさ、みんなはあのお屋敷の主人は人の魂を食らうもので、死した人の霊魂があの館の主人に引き寄せられて、毎夜毎夜人魂に魂を少しずつ食われてるらしいって言ってるんだよ」
「でも、それ噂だろ?」
「まぁね、でも実際に屋敷の中に侵入したヤツの知り合いの話じゃ夜な夜な女性の悲鳴やら嗚咽やらが聞こえてくるらしいよ、ほんとかどうか知らないけど」
「あ〜、お屋敷っていうか洋館ってそういう伝説とか生まれやすいからね」
「まぁ、言われてみればそうかも」
「蓋を開けてみれば何もないと思うよ、神楽さんはそこで毎日暮らしてるけど何とも言ってこないしね。何かあったら話してくれるはずだよ」
「幽霊の正体見たりなんとやらってヤツかな」
「そんなんだと思うけどね、僕は」
 そう答えて、数騎はすぐさま振り返る。
 階段を軋ませながら降りていく音が聞こえたからだ。
 案の定、見張っていた部屋の男が外に出て行く様子を見せていた。
「太田くん、ついてきて」
「あ〜、仕事か。嫌だなぁ」
 文句を言いながらも逆らわないのが太田らしい。
 こうして二人はどこかに向かおうとしている中年の男の後を、慎重に慎重につけていくのであった。






「よぉ、柴崎じゃねぇか」
 消毒薬の臭いが漂う病院の一室。
 柴崎司はベッドの上に転がっている二階堂に声をかけられた。
「元気にしてたか、二階堂」
「おかげさまでな」
 嬉しそうに笑う二階堂、その右腕はギプスでガチガチに固められている。
 ちなみに服は病院から支給されたものでその構造上、脱ぎ着が実に用意らしく開放的だ。
 で、なさけないことに開放感にあふれ過ぎて肥大した腹が大きく輪郭をあらわにしている。
 貫禄があるとでも言い換えた方が聞こえがいいだろうか?
 冷房が効いているから寒いだろうにと柴崎が思うも、二階堂の蓄積した脂肪はそれでもなお二階堂に暑さを感じさせている。
「で、今日は何しにきたんだよ?」
「お前の見舞いだ、悪いか?」
 言って柴崎は持っていたフルーツの詰め合わせを見せ付ける。
「おぉ、すげぇじゃねえか。はやくこっち来いよ」
 二階堂は手招きをし、柴崎をベッドの隣のイスへと誘う。
 柴崎は手近な荷物置き場に詰め合わせの入れ物を置くと、二階堂に語りかけた。
「それで、右腕はどうなんだ?」
「あぁ、これ? 痛ぇに決まってんだろ。切り飛ばされたんだぜ、刀で。でもまぁ、運もよかったけどな。あいつマジ達人だぜ、佐々木小次郎ってんだっけ? 切り口がまるで細胞一つ一つを綺麗に切り離したみたいな感じだったって、アルカナムのおっさんが言ってた」
「師父が?」
「あぁ、オレの腕を治療してくれたのさ、普通の医者じゃないんだよ。ほら、ここって魔術結社の息がかかった病院じゃん。治療も医術だけじゃなくて魔術も併用できるってステキさだ。切断した傷ってのは、本当は神経をつないだ後のリハビリも必要らしいんだけど、オレの場合はいらないんだ。アルカナムがくっつけてくれたからな」
「ほぉ、まぁ師父ならできなくもないか。私には無理だがな。だが、師父にそんな技能があったとはな」
「なんだ、お前。養子のクセにそんなことも知らなかったのかよ?」
「当然だ、我々魔術結社の尖兵、および裏の世界で異能を振りかざしている人間は異能の力こそが全てだ。情報は敵に利を与えるにすぎない。持てる能力は隠蔽する、それが我々の常識だ」
「嘘こけー、だってオレお前の能力全部知ってるぜ」
「全てを知っているわけではないだろう。それに知っている部分もお前だからこそ話したというのもあるし、お前にも他人には口を滑らせるなと厳命しておいたはずだ。まさか誰かに話したわけではないだろう?」
 その言葉に、二階堂はきょとんとした顔をした後、気まずそうに笑みを浮かべた。
「待て、どういうことだ?」
「えーっと、その……バラした」
 瞬間、柴崎の表情に怒りが灯る。
「あー、大丈夫だ。言ったのは一人だし、しかも仲間。玉西だよ、玉西」
「玉西か」
 とりあえず怒りは収まったが、表情からはそれが消え去っていない。
「いつどんな形で敵に知れ渡るかわからんからな、敵の脳の中身をのぞき見る術者とて存在している。不用意な行動は慎め」
「悪かったって、でもさ。なんで情報がそんなに必要なんだよ、神経質だな」
「情報屋のお前からその言葉が出るとはな」
 意外そうな顔をする柴崎。
 そんな柴崎に、二階堂はいまさらのように言ってみせた。
「ん〜、まぁ確かに情報って大切だからな。敵の弱点がわかれば倒すのも楽だし」
「なんだ、わかってるじゃないか」
 不敵に笑みを浮かべ、柴崎は続けた。
「古人いわく。情報は時に千の剣をも上回る、とでも言ったところか。お前相手に言う必要はなかったと思うが、一応な。約束を破ってくださってからに」
 少しばかりだが、苛立ちを込めた口調で話す柴崎。
 そんな柴崎に、二階堂は困った顔をしてみせた。
「悪かったって、二度と言わないよ」
「他に誰かに話したりはしたか?」
「いや、玉西だけだ。どうしても知りたいって迫られたんでよ、うっかりバラしちまった」
「そうか、せめて薙風だったら都合がよかったんだが」
 その言葉に、二階堂は訝しげな表情をする。
「薙風ならいいのか?」
「構わん、ヤツは私の手口を全て承知している」
「やっぱ付き合い長いからな、オレら三人は。その割にはオレ、お前の技能知らないけど」
「当たり前だ、私と薙風は共に修行した仲間だからな。お前の専門は戦闘ではなく、索敵、情報処理、後方支援がもっぱらだろう。故に私達は味方ではあるが、互いの能力を全て知ってはいけない。お前の情報網に私が首をつっこむのはお前に不利益が生じるだろう。逆にお前が私の能力を知れば敵に知覚される危険もある。お互いに不干渉でいることがお互いのためになることもあるというわけだ」
「なるほど、なるほど。柴崎先生のおっしゃる通りで」
 ふざけて答える二階堂。
 と、二階堂は思い出したように柴崎の顔をまじまじと見た。
「そういえばさ、柴崎」
「何だ?」
「何でお前以外のヤツらは見舞いに来てくれないのかな?」
 その言葉に、柴崎は内心で驚きながらも冷静に答えていた。
「お前以外……とは?」
「玉西と薙風のことだよ、何で顔も見せてくれねぇんだ。電話してもでねぇし。まぁ、薙風は携帯もってないから玉西にしかかけてないけどさ」
「そうか」
 やさしく微笑む柴崎。
 だが、二階堂は気付いていなかった。
 その時、柴崎の額に浮き出た汗が、暑さからでたものではなく、冷や汗であったということに。
 そう、柴崎はまだ玉西が死んだことを二階堂に話していなかった。
 何度もこの病院に来るたびに話そうとした、だができなかった。
 どう説明すればいいのだろう。
 二階堂が玉西にほれ込んでいたことは十分承知していた。
 魔飢憑緋を薙風が失っていたこともあったが、二階堂はずっと玉西と二人で行動していたのだ。
 死に際、柴崎は玉西に言われた言葉があった。
 玉西は柴崎に言ったのだ。
「ずっと好きだった。これからも、ずっと……」
「はっ?」
 二階堂が怪訝な声を出す。
 その言葉に、柴崎はハッと顔をあげる。
 思わず声に出していたのだ。
 柴崎はあわてて取り繕う。
「いや、急に思い出したんだ。最近見た映画のセリフなんだがな」
「へぇ、お前が映画ね。気が向くとは珍しい」
「な、何を。私だって映画くらいは見る」
「ゲーム一本クリアするのに三年かける男にしちゃ、大した進歩だ」
 嬉しそうに笑う、二階堂。
 それにつられて柴崎も笑みを浮かべたが、その心境は複雑だった。
 その後、一時間ほど会話を交わし、二階堂が点滴を交換する時間になって柴崎は病室から立ち去った。
 結局柴崎は、この日も二階堂に真実を伝えられずにいた。











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