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第四羽 当日


「ただいまーっす」
 特に何が起こったというふうでもなく、いつも通りに数騎が事務所に戻ってくる。
「あ、お帰りワトソン」
 帰ってきた数騎に、やはりいつも通りに接する麻夜。
 そして、
「ただいま」
 明らかに異質な女性の声がぽつりと囁かれる。
「んっとですね、麻夜さん」
「なぁに?」
 事務所のソファに座り、くつろぎながらゆったりとコーヒーを飲んでいる麻夜に、数騎は後ろを指差して尋ねる。
「誰ですか、この人は?」
 そう言って、数騎は自分の後ろに背後霊のごとくつきまとう女性を盗み見る。
 背中まで届く黒き長髪、強き意思をたたえる太い眉、そしてなぜか巫女装束を身に纏う女性。
 それが数騎の後ろからついてきて事務所の中に入っていた。
「あ〜、薙風さん。いらしたんですか?」
 微笑を称える麻夜。
 相変わらず外面だけはパーフェクトだ。
「うん、お世話になる」
「どうぞどうぞ、ソファにでも腰掛けてください」
 言われるままに薙風はソファに腰掛けた。
「ほら、あんたは茶をいれる」
 言われるがままに数騎は給湯室へ向かい、薙風と、一応自分の分の茶を入れると事務所のソファに戻ってきた。
「で、どういうことなんですか? 昨日、張り込みしてた男のアリバイが立証されたってんで、僕は太田くんとパソコンを買いに行ってたのに、彼女に連れ戻されたんです。一体どういうわけですか?」
「とりあえずパソコンの方は太田に任せたわ。携帯で、あんたが薙風さんと接触した直後に連絡いれといたから。とりあえずあんたもソファに座りなさい」
 支持に従い、とりあえずソファに腰掛ける。
 お茶を一口のみ、喉をしめらせたあたりで麻夜が話をはじめた。
「あなたも知っての通り、私たちの探偵事務所は魔術結社の傘下として行動しているわ」
「ええ、そういう話でしたね」
 相槌を打つ数騎。
「そう、それで私達の義務はパトロールと報告。で、この町に起こっている事件を上に報告したわけ。そしたら彼女が派遣されてきたの」
 麻夜は薙風の顔を見ながら説明した。
 当の薙風は両目をつぶりながらおいしそうにお茶を飲んでいる。
「正直、私もよくわかってないんだけど上が何かヤバイって思ったんじゃない。なんせ、九の亡霊(ナイン・ファントム)の薙風朔夜が派遣されるぐらいなんだからね」
 そこまで麻夜が言うと、薙風は左目をゆっくりと開いた。
「この町は、三月からろくなことが起きてない」
「その通りだ」
 薙風の言葉に、別の男の声が続いた。
「三月には魔術結社の離反者ヴラド・メイザースが退魔皇剣の復活という暴挙を企てていた。六月にはヴラドの一味から取り返した魔飢憑緋による暴走事件。その上、二十八人に及ぶ連続失踪強姦殺人ときたもんだ。正確には行方不明が十六人に、死亡者が十二名だっけ。間違いなくただごとじゃないな」
 その声は事務所から居間に繋がる入り口から聞こえてきた。
 明るめで気持ちのいい青年の声。
 そこにはかなり美形で長身の男が壁に手をかけて立っていた。
 ホストまがいのスーツに、だらしなく緩ませたネクタイ。
 しかし、その顔に浮かぶ笑顔が着くずしたスーツ姿をより栄えるものに見せていた。
「もし間違いならば警察に任せておさらばすればいい、違うならオレ達の出番というわけだ。素晴らしいね、また臨時ボーナスだ」
「不謹慎、人が死んでる」
 事件があることを喜ぶなと薙風に注意され、その男はばつの悪そうな顔をする。
 と、数騎の顔を見かけると嬉しそうに歩み寄り、その隣に腰を下ろした。
 その右腕は数騎の首に回し、まるで抱きかかえるように会話を続ける。
「そういうわけだよ、坊や。後の仕事はオレ達に任せてゆっくり休んでてくれたまえ。なぁに、柴崎の時とは違って君に危険な目にあわせたりしないさ」
「仮面使いを知ってるんですか?」
 男の言葉に知人の名前を見出し、数騎は見上げるように隣に座る男に尋ねる。
 男は嬉しそうに数騎に擦り寄りながら語りかけた。
「あぁ、知っているとも。あいつとは同門でオレは兄弟子さ。坊やは柴崎の友達かな?」
「あんな男の友達なわけあるもんですか、間違えないでください」
「ほぉ、喧嘩でもしたのかな?」
「まぁ、いろいろありましてね」
 リンチされたとは口が裂けても言えない。
 その上、それの理由とまで言われたらなおさらだ。
「柴崎がねぇ。まぁ、あいつが気に触るようなことを言うのは、大抵相手を気遣ってるからだよ。どうせ『足手まといだ』とか『邪魔だ』とか『お荷物だ』とか『このお姫様め』とか言われたんだろう?」
 言いながら、男は数騎の尻に手を回し、撫で回すようにまさぐる。
 数騎は何とかそれから逃れようとするが、青年に肩を回されている状態なので脱出できない。
 その傍らでは、麻夜が忍び笑いを漏らし、薙風が呆れた様子で目を手のひらで覆っていたのだが、数騎はそれに気付くことがなかった。
「あの、触るのやめてもらえませんかね?」
「ん? キライ、こういうの?」
「好きな人っているんですか?」
「いるよ、柴崎とか」
「嘘」
 ぽつりと、だがしっかりと否定する薙風。
 そんな薙風にいらだたしい瞳を向ける男であったが、すぐに笑顔を取り戻すと、捕らえて離さない数騎に視線をやる。
「まぁ、そんなわけだから麻夜さんに君を連れ戻してもらったわけだ。私達の仕事は一般人を守ることだからね。特に何の力もないのにこっちに来る人間は向こうの恰好の餌食だ。看過するわけにはいかない」
「むぅ、そうですか。まぁ、僕は危険な真似は好きじゃないんで、後ろで篭ってろって言っていただけるのならありがたいのですが」
「そう、ならよかった。それじゃあ自己紹介といこうか」
 そこまで言うと、男はようやく数騎を解放した。
 数騎は素早く男から距離をとると、薙風の真横まで後退する。
 そんな数騎を尻目に、男は自己紹介を始めた。
「オレの名前は桂原だ。魔術結社でデュラミア・ザーグをやっている。賞金かせぎって呼ばれてる異端狩り。一応、戦闘型の魔術師だ。事件解決までこの事務所に泊まり込みになるので以後よろしく」
「え、泊まり込み!」
 驚きを隠せない数騎。
 そこに、続けざまの声が飛ぶ。
「私もここでお世話になる。名前は薙風朔夜、魔飢憑緋の魔剣士で戦闘型の魔剣士。よろしく」
「え、お姉さんもですか?」
「そういうことらしいわ」
 冷めた調子で数騎の言葉に答える麻夜。
「まぁ、魔術結社の支部なんて、有事の際は無料ホテル代わりだからね。もちろん上から金は回してもらえるけど。ありがたくはないのが本音かな」
「まぁ、他人が家に押し込んでくるわけだから、気持ちはわかりますがね」
 桂原が妙に共感した風を装って頷く。
 と、その間隙を突いて油断した数騎を自分の側に引き寄せる。
「じゃ、オレの部屋は坊やと同じ部屋ってことで」
「えぇっ!」
 いろんな感情の篭った声を出す数騎。
 少なくとも、その中に好意が混ざっているようには聞こえない。
 数騎は少し涙目になりながら麻夜に助けを求めるべく視線を向ける。
 が、麻夜は黙して語らず、ただ笑いをかみ殺すのに耐えわずかに体が痙攣しているのが見て取れる。
 味方を失った数騎は呆然と、桂原の腕の中で脱力する。
 と、その時だ。
「ダメ」
 突然首に細い腕が回されたかと思うと、背中に何か柔らかいものが触れた。
 途端、一気に後方へ体を引っ張られ、数騎はやや倒れかかりながら、後ろから自分を引っ張った人物に身を委ねていた。
「この子は私と相部屋、桂原と一緒はダメ」
「何だ? 男に興味がなさそうに思ってたが、そんなちっさいのが好みだったのか?」
「違う……と思う……」
「う〜ん、冗談で言ったつもりだったんだがなぁ」
 思わぬ返答に困惑する桂原。
 そんな桂原を尻目に、薙風は数騎を渾身の力で抱きしめる。
「とりあえず桂原には渡さない、この子が可哀想」
「何が可哀想だってんだよ?」
「明日の朝、この子がお尻を痛そうにしてそうで可哀想」
「く、くだらねぇことを……」
 やや頭にきたのか。
 笑顔を引きつらせ、桂原は薙風の顔をじっと見つめ続けるも、観念したのか引き下がった。
「はいはい、じゃあオレはお前にあてがう予定だった空き部屋にでも転がり込ませてもらいますよ、それで満足か?」
「うん、満足」
「少しは歯に衣でもかぶせとけ」
 捨て台詞を吐いてソファを後にする桂原。
 ちなみに捨て台詞といっても、別にいやみったらしいものではなかった。
 ただ、自分を論破した相手を賞賛するためのもののように聞こえ、それは実にすがすがしい捨てせりふだった。
 だって、桂原は笑っていたのだ。
 自分の要求が退けられたというのに、笑顔を浮かべていた。
 なんてさわやかな男だろうと数騎は思ったが、その直前に自分がされた行為を思い出してすぐさまその考えをキャンセルする。
 桂原が事務所から居間に入っていくのを見届けて、三十秒ほどたった。
 だが、いまだに状況に変化が起こらない。
「えっと」
 背中に当たってる柔らかいものの感触を感じながら、数騎は少し顔をずらして後ろを見る。
「そろそろ離してもらえませんか?」
「やだ」
 そっけなく答える薙風。
 薙風は柔らかく両目をつぶりながら、優しく数騎を抱きしめている。
 それはまるで自分の子供でも抱きしめているようにも見え、その相手が自分と同じくらいの身長であることにやや違和感を感じさせる。
「えっと、そのぉ……むぅ」
 なんと言っていいかわからず、数騎は麻夜に視線を移す。
 が、麻夜は先ほどから笑いを噛み殺すのに必死で、激しく痙攣しているだけだった。
 結局、数騎が薙風から開放されたのは、それから三十分後のことであった。

































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