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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第六羽 幽霊屋敷

第六羽 幽霊屋敷


「ほんとふざけるなって言いたいよ」
 紅茶をスプーンでかき回しながら数騎は続けた。
「誰が足手まとい、誰が役に立たないお姫様だっていうんだ。いいかげんにしてほしいよホント」
「ん〜、上司さんと仲悪いんですね」
 こじゃれた喫茶店の隅の方。
 太田と数騎はお互いに紅茶とコーヒーを頼んで雑談をしていた。
「でもひどいんだ、あの男。僕のことをすぐ足手まとい呼ばわりしたり、のけ者にしようとするんだ。ハブられるのって結構くるものがあるし」
「大変だね、須藤くんも」
 言ってコーヒーをすする太田。
 ちなみに苦いのが苦手な太田はコーヒーの中に砂糖を五本、ミルクを三つ入れる。
 甘いのが好きならコーヒーなんか飲むなと突っ込みたいところだが、それでもコーヒーが好きらしい。
 二人がここで雑談をしている経緯は実に単純なものだった。
 あの後、柴崎は数騎と口喧嘩をし、数騎が事務所から飛び出していった。
 その後、偶然太田に遭遇、太田の誘いで電気街まで移動し、例の喫茶店へとたどり着いたというわけだ。
「ところでさ、須藤くんがこの事件からはずされるってことは、僕はどうなるのかな?」
「そりゃ、上から腕利きが派遣されたんだから太田くんの仕事も今回はなくなるだろうね」
「え〜、給料減っちゃうじゃないか。今月はレーヴァのDVDボックスの発売日なのに」
「ま、これも運命ってところかね、やんなっちゃうぜ」
 ぶーたれながら、数騎は紅茶をすする。
 と、
「お待たせしましたご主人様、オムライスでございます」
「あ〜、やっときた。ありがとうねー」
 やってきた例のメイドさんのコスプレをしているウェイトレスに太田は至上の微笑を浮かべる。
「どんな文字を書きましょうか?」
「じゃあ、ハートマークをお願いします」
 聞いてくるメイドさんに太田はそう要求する。
 ちなみに書くというのはオムライスにかけるケチャップで文字を書くという意味だ。
 商品名は『メイドさんの萌え萌えオムライス』、なんと運んでくるときにメイドさんがお好みの文字を書いてくれるというサービスがつくのである。
 がんばってケチャップを搾り出す横顔に、太田は呼吸を荒くして汗を噴出している。
 つーか、すごい表情。
 もう、欲望丸出しというか、欲情丸出しというか。
 もし今、周りに人間がいなかったら間違いなくこのメイドさんは太田に押し倒されているに違いない、もう間違いなく。
 かなりそんな気がする。
 そう心の中で独白しながら、数騎はもう見飽きたとばかりに紅茶を口にしてやり過ごした。
「でも、よく食べるね」
 メイドさんの後姿を見送った瞬間からオムライスにがっつく太田に数騎はあきれ果てて言う。
 何しろ、これで昼飯は二回目なのだ。
 ちなみに一回目はラーメン屋で済ませ、そこから出てきた瞬間に道を歩いていた数騎に出くわしたのだそうだ。
「まぁ、腹減るからね」
 オムライスにがっつきながら答える太田。
 そのこじまりとしたかわいらしいオムライスは、みるみるうちに太田の胃袋へと放りこまれていく。
 瞬く間にオムライスを平らげると、口についたケチャップも拭わず、太田は数騎の方を見た。
「さて、飯も食べたしそろそろ出ない?」
「ん〜、まぁいいけど」
 その言葉を合図に二人は席を立つ。
 と、その時だ。
 数騎は頭に浮かんだ言葉を太田に投げかけてみた。
「幽霊屋敷」
「へ?」
「あ、いや。今思い浮かんだだけなんだけどね」
 数騎は頬を掻きながら続ける。
「その、僕の知り合いに神楽さんって女性がいるのは知ってるよね」
「知ってる」
 ちょっと不機嫌そうに答える太田。
 それを不自然に思いながらも、数騎は説明を続けた。
「前から気になってたんだ、神楽さんがどういう職場で働いてるのかって。それで、今仕事がなくて暇だからこの機会に行ってみたいなと思って」
「でも、あの丘は全部私有地だよ。入ったら犯罪になる」
 正論で答える太田。
 だが、数騎はもう一押しすることにした。
「僕は場所知らないんだ、教えてもらえないかな?」
 軽く頭を下げて頼む数騎。
 少し思案した後、太田は仕方なさそうに答えた。
「まぁ、須藤くんがそこまで頼むなら。いいよ、案内する。でも見つかって怒られた時は全部須藤くんの責任だからね、いいかい?」
「もちろん、ありがとう太田くん!」
 笑顔で喜ぶ数騎。
 こういう時の数騎は本当に愛想がいい。
 いつもは何もないと人を睨みつけるような無表情をしているが、時たま人と話すと途端に顔が崩れて笑顔になる。
 そんな顔をしている数騎を見て、太田は苦笑しながらも会計をすませて店を出る。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
 そんな声を背中で聞きながら太田と数騎は店から出、美坂町に帰るために駅に向かって歩き出した。
 太田と雑談をして歩きながら、数騎はずっと考えていた。
 なぜ、神楽の名を出したとき、太田は一瞬不機嫌そうな顔をしたのだろう。
 数騎は考えたが、結局答えなどでてこないのでそのうち忘れてしまった。
 その理由を数騎は知らなかった。
 太田はいじめられっこだった。
 デカイ体に太った体型、目も悪くメガネをしているし行動もとろく性格も消極的なのでいつもみんなにからかわれていた。
 いじめられ、差別され、現実に疲れた太田が空想の世界に逃げるのはごく当然のことであったと言える。
 空想は現実に疲れた太田を癒してくれた。
 空想の中で彼は主人公となり、かわいらしいヒロインとともに世界を歩み、おもしろおかしい事件にまきこまれ、それすらも楽しんで暮らしていた。
 彼が空想を好み、オタクと呼ばれる存在に甘んじるのはそれが原因だろう。
 前述の通り、彼は探偵を目指していた。
 理由は簡単、彼の好きな小説がワトソンなる医者を助手とする探偵が活躍する推理ものだったからだ。
 そして、彼はそこでワトソンと呼ばれる友人を得た。
 その友人は、みんなから嫌われた自分をものともせず、友達として接してくれる。
 それが、太田には嬉しかった。
 太田にとって、数騎は唯一の友人なのだ。
 そんな数騎の好意を、太田は知らず知らずの内に独占したいと思っていた。
 そこで、神楽の名前が出た。
 初めての邂逅の折には彼女のかわいさに見惚れてしまったが、そばにいなければ数騎の好意を受け止めている女性であることに気付く。
 それが、少しだけ羨ましく思ってしまった。
 ただそれだけのことだった。
 そんな自分の胸の内もわからず、太田は数騎と笑顔を浮かべながら町を歩く。
 まぁ、言ってしまうならばとどのつまり、学校で冷遇された過去を持つ二人は、非常に仲がよろしかったわけで。






「で、あれが赤志野の幽霊屋敷なわけね」
 丘を見上げながら呟く数騎。
 電車で私鉄美坂駅から出た数騎は、丘の上に立つ巨大な屋敷を見上げながらそう口にする。
 緑を多く残すここ美坂町には丘や山が数多く存在し、住宅を建てる妨げと鳴っている。
 と言ってもそれは一部にの密集し、他は平地であるために商店街や駅のある方面は普通の都会とそう大差はない。
 やや、木や花壇が多めというぐらいだ。
「僕も毎日見上げたりはしてるんだけどね、行ったことはないし行く用事もない、その上私有地だから丘に入っただけで犯罪者扱いだ。この町の人間は物好きでもないとあそこに近寄ろうとは思わないんじゃないかな」
「まぁ、僕がそうであることは否定はしないよ」
 そう言って丘に向かって歩き出す数騎。
 それにつき従う形で太田がついてきた。
「で、太田くん。もしかして、あのお屋敷って丘全てに塀をこしらえてるなんてことないよね?」
「ん〜、聞いた話じゃないらしいよ。屋敷の周辺一、二キロくらいだって言ってた。こっそりもぐりこもうとしたヤツの話では。塀は高さ三メートルくらいあって引っかかりもないし上るのは無理だって」
「むぅ、じゃあ進入は無理かな」
「行くのやめる?」
「いや、だったら塀のところまでは行ってみたい」
 そう答え、数騎は振り返ることなしに答える。
「まぁ、いいけど。でも捕まった場合は須藤くんが無理やり僕のことをここまで連れてきたってことにしといてよ」
「はいはい、わかりましたよ」
 そのような数騎に責任を押し付けようとする太田の発言を了承し、愚痴を上手く聞き流しながら数騎と太田は丘にたどり着いた。
 正規のルートは伐採と整地がされ、車で登れるようになっており右曲左曲した道が出来ていたが、もちろん正面から乗り込む気などさらさらない。
「よし、じゃあこっちから行くか」
 数騎の目の前にはわずかな手入れがなされているだけの雑木林が存在していた。
 丘の斜面にと狭しと乱立した樹木は、心地よい緑の匂いを発している。
 もともと暇つぶしなのだ。
 それが半ば登山化したハイキングに化けても問題はないだろう。
 が、あくまでそれは数騎の主観である。
「え〜、ヤダ」
 飛んでくる声は太田のものだ。
「僕、こんな道なき道を進むなんてお断りだね」
「じゃあ、どうやって上るのさ?」
「こっち」
 言って指を指す。
 その方向には、藪に隠れた木製の階段があった。
「多分、使用人専用の階段なんじゃないかな? ここから入ろうよ」
「階段からだって? 冗談だろ?」
 ちょっと引き気味になる数騎。
 そりゃ、正面ではなく裏口だからマシなのだが、責任を押し付けられる身としては正規のルートはありがたくない。
 たとえそれが裏口であったとしてもだ。
「太田くん、こっちは不法侵入なんだからもう少しつつましく行こうよ」
「ヤダ、こっちは階段上るのだって重労働なんだから」
 それは見ればわかる。
 そんだけ重い体をしていれば重力に逆らって階段を上るのはさぞかし大変なことだろう。
「わかった、じゃあ階段で行くよ」
「うん、じゃあ行こう」
 そう言って歩き出す太田。
 やや不満げな顔をしながら数騎もそれについて行く。
 正直、これではどちらが首謀者なのかと疑わしき構図でもある。
 そんなわけで丘の階段を上り始めた二人だったが、その進行は遅々たるものだった。
 そもそも二人ともかなりの運動不足である。
 数騎の体力は三分間サッカーを全力でやっただけで吐きそうになるほどしょうもないし、太田にいたっては全力疾走一分すら危うい。
 そんな二人が道があるとは言え、足場の悪い階段で転ばないように歩かねばならないのだ。
 そりゃ進行も遅くなる。
 二人は三度の小休止をはさみ、ようやく階段を上り終えて屋敷の裏まで到達した。
「むぅ、疲れたね」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・まったくだよ」
 息を荒くしている太田。
 全身は汗でびっしょりになり、普通に立っていられないのか、前かがみになって呼吸を整えている。
 数騎も体力がない方だが、太田はそれ以上だった。
 確かに階段登りはつらいが、所詮は丘だ。
 足は痛くなるが休憩をはさむほどのものでもない。
 が、太田はそうはいかなかった。
 数騎並みの運動不足に加え、その肥満した肉体は行動の自由を著しく損なう。
 三度の休憩は、いずれも音をあげた太田のものだった。
 ちなみに、数騎が太田を案内させるだけにして一人で上ればよかったと後悔しているのは内緒である。
「さて、じゃあ塀でも見てまわるかな。幽霊でも出るかもしれないし」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・幽霊って夕方に出るものなのかい?」
 尋ねる太田。
 その言葉が示すように、空はオレンジ色のグラデーションで染め上げられていいる。
「ま、幽霊なんて夜にしかでないかもしれないけど。どうする? 幽霊の出る時間までここで待機でもするかい?」
「冗談じゃない」
 太田は心底イヤそうな顔で続ける。
「そんな時間までいたくないよ。それに日が落ちたら階段下りていくのが大変になるじゃないか」
「むぅ、じゃあ今のうちに屋敷でも調べてみるかな」
 納得するように自分に言い聞かせ、数騎は前方に見える巨大な塀に向かって歩き出した。
「ま・・・・・・待って・・・・・・。もうちょっとだけ・・・・・・待って・・・・・・」
 息を切らしながらも太田は数騎の後を追う。
 一キロほど歩き、数騎と太田は塀の目の前まで到達した。
 高さ三メートルの風評は伊達ではなかった。
 彩りよりも実用性を重視した塀には登る役に立つ引っ掛かりなど何もなく平坦。
 しかも天辺の部分はこちらに向かって斜めに伸びており、もし上れたとしてもその最上部で滑り落ちてしまうだろう。
 引っかかりがあればまだしも、道具もなしにつるっつるの平坦な壁を百三十五度のいかれた傾斜を上れるロッククライマーなどいるわけがない。
 もちろん万年運動不足の数騎や太田には引っかかりがあったとて無理なお話ではあったが。
「すごい屋敷だな、まるで刑務所だ」
 思わずそうもらす太田。
「でも、刑務所としては不十分かな。有刺鉄線がない」
「いや、あるよ」
 そう言って太田は数騎を後ろから抱きかかえると、自分の頭より高い位置に持ち上げる。
「あっ・・・・・・」
 声を漏らす。
 だってそう。
 こちら側に傾斜した壁の向こうに有刺鉄線の姿を見たからだ。
「須藤くんの身長じゃ見えないと思うけど、有刺鉄線はしっかりあるんだ。外からじゃ入れない、中からも出れない。まさに牢獄ってとこだね」
「なんでこんなに厳重にする必要があるんだ?」
「誰かを逃がしたくないとかかな? 誰にも入られたくないってのは誰でも思うかもしれないけど、これは異常だよ」
「金持ちの考えることはわかんないね」
 自分とは違う人種だ、と断言することで太田は自分を納得させる。
 が、数騎は顎に手を当てて考え続けていた。
「むぅ、理解できないな。酔狂でこんなことやるとは考えられないし」
 それは正気ならばありえるという意味の言葉だ。
 つまり、何かしらの目的がある。
 なぜこんなことをするのか、で考えては埒があかない。
 発想の逆転だ。
 なぜこんなことをするのではなく、なぜこんなことをしなくてはならないのか。
 精神の安定のためか、それとも物理的な利益のため。
 考えても答えがうかばないので、数騎は屋敷の塀をもう少し見て回るために歩き出す。
 その時だ。
「どちらさまでしょうか?」
 女性の声が後ろから聞こえる。
「ここは私有地ですよ、入ったら犯罪になるって知らないんです・・・・・・あれ?」
 間の抜けた声。
 その声の主が誰なのか。
 そんなことは振り返った瞬間、いや声が聞こえた時からわかっていた。
「神楽さん・・・・・・」
「数騎さんじゃないですかっ!」
 驚きを隠さない神楽。
 と、館の関係者に顔を見られたのに困り、太田が口を開いた。
「えっと、その。これは僕が悪いんじゃなくて須藤くんが・・・・・・」
「むぅ、いきなり売り飛ばすとは」
 辟易とした顔で横にいる太田を睨みつける。
 売られるのはしかたがないが、こうも早いと少しムカツク。
 しかし神楽にとって、そんな二人のやりとりなど興味はなかった。
「数騎さん、ここが私有地って知ってたんですか?」
「・・・・・・一応」
「はぁ・・・・・・悪い子なんですから」
 ため息をつく神楽。
 一応、年下なのはわかっているがそういう言われ方をすると少し悲しい。
「それで、なんでこんなところに来たんですか? 屋敷以外何もない場所ですよ」
「んっと、その屋敷を見に来たんだ」
「不法侵入で、ですか?」
「むぅ、面目ない」
 視線を泳がせて答える。
 そんな数騎を見て、神楽は再び深くため息をついた。
「くだらない好奇心を満足させるために変な犯罪に手を染めないでくださいね、もし見つけたのが私じゃなくて赤志野様だったら警察に通報されてますよ」
「赤志野って、この館の主人のこと?」
「他にいませんよ、珍しい苗字ですし。とにかくです、こっちには招かれざる客を招待する気はないので帰ってください」
「すみません」
 頭を下げる数騎。
 ここぞとばかりに誠意を見せるべく、太田も深く頭を下げる。
「二度とこの館に来ちゃいけませんよ、約束ですからね。めっ、ですよ」
「了解です・・・・・・」
 いたずらっ子に叱るように言うと、神楽は目で数騎たちの登ってきた階段を指し示す。
 数騎と太田は頭を何度も下げながら、階段に向かって歩いていった。
 夕日を浴びながら二人は階段を降りていく。
 急いで帰らなければ夜になってしまうだろう。
 別に夜歩いていてまずいというわけでもないが、あまり言い気持ちはしない。
 早く帰ってクーラーのある部屋でゆっくりしたいのが心情だ。
 が、
「須藤くん・・・・・・ごめん・・・・・・」
 足を止める。
 また太田が力尽きたのだ。
 ちなみにこれで4度目。
 帰りなので体力が尽きているのだろう。
 ふもとまであとちょっとなのに、登りの時よりも一回多い休憩宣言だった。
 階段に腰をおろす太田の側に、数騎は腰を降ろす。
「太田くんって、ホント体力ないね。僕以下の人間ってはじめてみたよ」
 言われる太田の顔は汗だくだ。
 暑いという事情もあるが、太田の体質によるものでもある。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
 呼吸を整える太田。
 それを待つ間、数騎は静かに空を見上げる。
 赤くきれいなその空は、夏という季節をこれ以上ないほどに彩っているように数騎には感じられた。
 昔はよく、夏になると夕日が出る時間まで虫を探して駆け回ったものだ。
 思わずそんな思い出に浸ってみる。
 もう少し記憶の散策をしたいと思っていた数騎であったが、太田が回復したらしく横で腰をあげた。
「ありがとう、もう大丈夫。行こうか」
「了解」
 文句も言わず立ち上がる。
 ほんの十分ほど階段を落ちつづけると、二人は赤志野の私有地から出ていた。
「今日はとんだ目にあったよ」
「むぅ、そのことについては謝る」
 素直に謝罪する数騎。
 その反応に満足なのか、太田は特に文句も言わず帰路を進む。
 あと少しで帰り道が違くなり二人が分かれる地点に到達したその時だ。
 太田が口を開いた。
「あ、そういえば気になったんだけど」
「何が?」
「さっきの神楽って女の人のことだけど」
「神楽さん?」
「うん、かなりかわいかったよね。着物の女性ってやっぱ映えるよ。萌えだね」
「そうですか」
 恍惚の顔を浮かべる太田に面倒くさそうに答える数騎。
 が、太田が突然まともな顔に戻る。
「でもさ、変だよね」
「何が?」
「だって須藤くん、僕たちどこにいたと思う?」
「えっと何の話?」
「ほら、屋敷の塀にいた時のことだよ。僕たちって屋敷からはわからない塀の側にいたんだよ」
「それが?」
「監視カメラも監視員もいないんだよ?」
「それで?」
「なんで彼女、僕たちの存在に気付いたのかな?」
「そばにたまたま、いたからじゃないのかな?」
「なんで?」
「さぁ?」
 疑問に疑問で答える数騎。
 そんな数騎を目の前にして、太田は考えるようにうめく。
「別に庭の手入れってわけでもないし、それだってはさみも何も持ってなかった。どうしてあんなところにいたんだろう?」
「階段に用事があったんじゃない?」
 数騎の言葉にきょとんとした後、太田は納得したように頷いた。
「ふぅ、勘違いか」
「何がさ?」
 一人で納得する太田に数騎が問い掛ける。
「いや、もしかしたらあの人、幽霊なのかなと思って」
「何を根拠に?」
「もしもだよ、もしもあそこが幽霊屋敷であの神楽って人がその幽霊の一人なら屋敷の侵入者を感知する力を持っててオレたちの前に出現したかもしれないだろ?」
「想像力豊かだね」
 一笑に付す数騎。
 立場が逆ならまだしも、数騎にとって神楽は近しい人物だ。
 幽霊なわけがない。
 それでもなお神楽幽霊説を振りかざす太田を置いて、数騎はさっさと事務所に向かって歩き出す。
 日はすでに沈み、月がその存在を示すべく頭上で輝きを増していた。









































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