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第七羽 行動指針


「あ、ワトソン。そのマヨネーズとって」
「麻夜さんってほんとにマヨネーズ好きですよね」
「から揚げ、おいしい」
「そりゃ生姜に一晩つけておいたんですからまずかったらウソですよ」
「ワトソン、マヨネーズ切れてる」
「冷蔵庫に予備があります」
「とってきて」
「御自分で」
「おかわり」
「ちょうどいいや。薙風さんのごはんのついでにとってきますよ」
 そう言って数騎は畳から腰をあげた。
 時刻は午後七時半。
 日は沈み、と言ってもこの時期はまだまだ夜でも外は明るい。
 が、時刻的にはバッチリ夜なので数騎たちは夕食をとっていた。
 今日のメニューは鳥のから揚げの生姜付けにレタスを筆頭とする生野菜のサラダ。
 じゃがいもの味噌汁にキンピラゴボウというやや無秩序な感じである。
 ちなみに全部数騎の趣味だ。
 麻夜は料理を全て数騎に任せきりにしているから文句も言えないが、数騎の好みはだいたい麻夜のそれと一致しているんで文句もない。
 ちなみに今日の食事は従来に比べて豪勢だ。
 いつもはから揚げをあげたら後は白米のみ、などと言うことは日常茶飯事。
 金もかかるし、数騎自身も作る技術はあるが面倒なことをあまり好まない。
 それでも数騎がこれだけのメニューを用意したのにはわけがある。
 魔術結社の尖兵が派遣された拠点には多少の金が支払われる。
 魔術結社の尖兵の生活費、プラスアルファだ。
 それに手を出し、麻夜は久しぶりに豪勢な食事を数騎に命じた。
 大体三ヶ月に一度の豪勢な、と言っても一般家庭に並ぶ程度の料理を作る数騎だが、このたびは五人分の食事を作るので四苦八苦している。
 ちなみに朝昼晩の三食を作るのでなかなかに大変な仕事である。
 と、まぁ裏にそんな事情もあったため、三人は数騎の作った料理に舌鼓をうっていた。
 数騎、麻夜、薙風の三人は毛布の取り払われたコタツに向かい、黙々とから揚げに箸を伸ばす。
 残りの二人、柴崎と桂原がいないのは仕事、つまりこの町で犯罪を行っている異能者を摘発するために索敵を行っているのである。
 薙風が事務所に残っているのは決して数騎たちの護衛のためではなく、ただ単に薙風は戦闘以外何もできない魔剣士だからという理由にすぎない。 
 そんな薙風から茶碗を受け取り、居住空間の畳部屋まで運んできたお釜から数騎は御飯を大盛りでよそる。
 湯気がホクホクあがるお茶碗を数騎は薙風に手渡した。
「ありがと」
 薙風は嬉しそうに微笑むと、再び眼前に存在するから揚げを食すことにいそしみ始めた。
 念のために、薙風の今の格好はいつもどおりの巫女装束だ。
 何か理由があっての装束姿らしいのだが、魔術結社の尖兵ってのは大変だなと思う。
「さて」
 コタツに背中を向け、冷蔵庫の存在する台所兼給湯室へ向かう。
 麻夜さんのマヨネーズ好きはかなりのものだ。
 食事には必ずマヨネーズ、パンでも御飯でもかならずマヨネーズを用意する。
 ちなみに麻夜さんの大好きな間食は通称『ベル○ス巻き』と呼ばれる巻き寿司だ。
 いかなるものかと言うと、まず海苔を用意してその上に薄く御飯を乗っける。
 そしてそこにマヨネーズ乗せ、それを丸めていただきます。
 あぁ、すばらしいね。
 一分とかからずに出来上がるお手軽料理。
 ちなみにベ○ムス巻きの語源は知らない。
 どうせ麻夜さんがどっかのマンガから仕入れた単語をくっつけただけだろう。
 なんたって適当な人だからな。
 そんなことを考えながら、数騎は冷蔵庫からマヨネーズを回収すると麻夜の元に戻るべく歩き出す。
 ちなみに冷蔵庫の中に五つぐらいマヨネーズの買い置きがあるのは気のせいではない。
 と、鈴の音が事務所に響き渡った。
 もちろん扉につけられた来客を告げるための鈴だ。
 事務所の方に顔を出すと、疲れきった顔の柴崎と桂原が入ってくるところだった。
「坊や、綱野探偵はそっちかい?」
 桂原の質問に、数騎は手で和室のほうを指しながら頷いて答える。
 それに続いて柴崎がこう口にした。
「師父の慧眼には尊敬の念を覚えるしかないな。まさか一日で索敵が終わるほどの状況とは思ってもみなかったぞ」






「つまり、どういうことなんですか?」
 コタツの存在する畳部屋。
 帰還した柴崎と桂原もその部屋で食事をしながら会議が始まった。 
「ん〜、とりあえず順を追って話をさせていただきますか」
 リーダー格と思われる桂原が麻夜の問いに答える形で説明をはじめた。
「まず、オレと柴崎が輝光探知をしていたところからだな。オレは魔術師だから輝光の扱いに長けていて、この柴崎は組織内でも一流の索敵師である死霊術師の能力をコピーしてる。で、二人で索敵してきたんだが。これが予想以上の収穫と言おうか」
「やはり犯人は素人だった、でなければあのようなミスをするはずがない」
 桂原の言葉に柴崎が続く。
「そも、私たち裏の人間は表の人間に対して圧倒的に弱い立場に立たされている。異能をもつ輩は必ずその能力を世間に隠蔽しなくてはならず、可能な限り同業者にも悟らせないことが大切だ。
 とくに術を操る術師、導師は自らの工房を作り、そこを一種の密閉空間とする。奴等はそこで自己鍛錬に励み、能力の研鑚を行う。外にはそこからほとばしる輝光はおろか、気配すら索敵能力に極力引っかからないように注意深く隠蔽する。
 研究者でない我々魔剣士ですら普段はその魔剣に封印処置を施し、その存在を隠しぬこうとするものだ」
 と、そこまで口にしてちらりと数騎の方をみる。
 なるほど、妙に説明口調だと思ったら僕に説明してたのか。
 それに気付き、数騎は改めて真剣に話しに耳を傾ける。
「が、今度のバカはそんな気遣いまったくなしだ。気配はビンビン、輝光はダダ漏れ。見つけて下さい、もしくは殺してくださいと言っているのと同義だぞ。あれでは一般人ですら異常に気付ける。そういう所行はせめて一般人にわかりにくい鏡内界でやれというのだ」
「で、殲滅してきたんですか?」
 聞く麻夜に対し、桂原がおどけながら笑ってみせる。
「いや、返り討ちだ」
「負けたの?」
「いや、桂原の言い方には語弊がある。正確に言うと私たちと件の異能者は遭遇すらしていない」
「返り討ちにあったのは結界さ。あのバカ野郎、素人のくせに結界の張り方だけは一流だ。ランページ・ファントムに所属するほどの戦闘型魔術師であるこのオレが解呪に失敗するほどの結界、しかも柴崎のバックアップがあったのにだぞ。正攻法じゃキツイな」
 桂原は苛立ちを隠しもせず言ってのける。
 そもそも裏世界の人間は他人の領土で戦わないことを常としている。
 他人の土地、特に魔術師の工房などは敵に対しての備えが万全で、侵入者は圧倒的に不利な戦いを強いられる。
 過去の歴史においても篭城という戦いは圧倒的に不利な兵力差を埋めることのできる戦法、裏の世界の住人においてもその法則は変わらない。
 故に、もしも敵の陣地で戦うとなれば最低でも敵の三倍の戦力は必要とされる。
 なにしろ相手側は地の利を生かし、それに匹敵する力を発揮しえるからだ。
 結界という代物は基本的に自分の陣地においてのみ発動可能なものだが、世の中には自分の好きなところで結界を操れる結界使いという異能者がいる。
 とくに、世界を塗り替えるほどの結界を操る使い手は超一流の異能者と断言できる。
「で、どうするの?」
 右目を閉じながら聞いてくる薙風。
 そんな薙風に、柴崎は繭を伏せて答えた。
「方法は二つだな。一つは力押し、ヤツの結界の中でも引けを取らないだけの戦力を用意すれば打破できる。だが、問題はやはりヤツの結界だ。そもそも結界というのは他者にその存在を感知されないようにするのが基本とされている。魔術師の工房にある結界でさえ内側では異常を感知できても外からでは異常を察知できない。
 異常を感知させるような結界は三流の結界だ。結界とは気付かれない内に敵を蝕むものが最上とされる。敵は原因もわからず結界によって滅びていくからだ。
 が、それとは相反して最上とされる結界も存在する。あえて存在を隠さず、存在を隠す手間を省いた分だけ威力を上げている類のものだ。劣等な結界は隠蔽しきれなかった部分から綻びが生じ、他者に異常を感知させるが、それとは全く別でむしろ相手に結界の存在を誇示しさえする」
「そういう結界は非常に厄介だ」
 柴崎の言葉を拾い、桂原は頷く。
「打破するには結界の内部にもぐりこむ必要があるが、それでは敵の思う壺。かといって近代兵器で倒そうにも弾丸で敵を射殺する銃火器ではやはり結界内に入り込まなくてはならない。かといってミサイルのような兵器では周囲の被害が大きくなりすぎる。となるともう一つの手段だな」
 言って桂原は柴崎に視線を戻し、その言葉を催促する。
 柴崎は桂原に頷いて見せた。
「そう、もう一つの手段。むしろ敵の中に飛び込んでいって撃破する」
「力押しとどう違うんですか?」
 怪訝そうに聞く数騎。
 柴崎は両腕を組んでみせた。
「つまりだ、相手はこちらを敵とみなした時のみ結界を発動させる。常時発動型の結界など術者の輝光を無駄に消費するだけだ。あの手の結界は敵の侵入までは低消耗状態を保持、敵の侵入を感知した瞬間にその力を最大放出する。つまり……」
「その発動させるまでの間が勝負ってわけですね」
 鋭い数騎の言葉に柴崎は嬉しそうに微笑む。
「お姫様かと思っていたが、やり手の侍女くらいには格上げかな。その通りだ、敵と思わせないで近づき、そして結界の発動前に一撃必殺。これなら確実に仕留められる。問題はいかにして敵に近づくかだがな」
「問題でも?」
「あぁ、大有りだ」
 尋ねる数騎に、柴崎はため息まじりに答えた。
「まず一般人は近づけない場所で、ある意味要塞と化している地点がこの町に存在している。敵の本丸までの距離が長く、近づくだけで敵に存在がばれる」
「どこ、そこ?」
「薙風、お前はこの町に丘があるのを知っているか?」
「うん、知ってる」
 頷いてみせる薙風。
 と、数騎が突然顔色を変えた。
「ちょっ、丘ってまさか赤志野の幽霊屋敷!?」
「ほぉ、知っていたか」
 数騎の反応に感心したのか、数騎の評価を改めるような口調で柴崎は語る。
「お前の知っての通りあの屋敷は幽霊屋敷と呼ばれている。それもそうだ、あれだけの結界が展開されていれば霊を引き付ける力だってあるだろう。それに町の人間もあの丘の屋敷が一種の異界となっているのに深層心理で気付いてはいるのだろうな。
 誰もがあの屋敷を忌避して近づこうとしない」
「ってことは、もしかして結界を張っている異能者って」
「あぁ、十中八九赤志野の屋敷の人間だろうな」
 その言葉を耳にした瞬間、数騎の頭にある女性の顔が思い浮かんだ。
「まさか、いくらなんでもそんな」
「ありえないはずはない、なぜならそれしか可能性がないからだ。お前は知らないかも知れないがあれだけの力を持つ結界を維持するには術者が中にいる必要がある。長時間離れると結界の維持が困難になるからな。それなら屋敷の人間と考えるのが一番妥当だろう、違うか?」
「違わ……ない……」
 否定したい思いを抑え、数騎はそう口にした。
 それに満足したのか、柴崎は麻夜の方に顔を向けて続ける。
「それで、綱野探偵。あなたにおりいってお願いがあるのですが」
「私に?」
 自分は蚊帳の外とばかりに思っていた麻夜は、話を振られて少し驚いて見せる。
 そして、柴崎は麻夜にある提案を口に出した。
 麻夜はその提案を受け入れ、多額の報酬を要求する。
 その後、会議はずるずると長引き、結局終わったのはそれから三時間後のことであった。




















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