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第十二羽 告白


「臨時ニュースです、美坂駅付近のパチンコ店のそばで変死体が発見されました」
 つけていたテレビがそのような言葉を口走ったのは、数騎が紅茶を飲んで一服しているまさにその時だった。
 昨日、神楽に怒鳴られた数騎は、いるかと期待して公園に行ったが神楽はやはり現れなかった。
 仕方なく、事務所に戻り接客室でくつろいでいたのだが、三時ちょうどに始まった午後のニュースは数騎にとって驚きを隠せないものであった。
「変死体は一連の事件との係わり合いがあるらしく、死体は他のものと同じようになっていました。詳しい状況は現場の立花さんに……」
「また変死体か」
 現場のリポーターの報告を耳にし、数騎はそう呟く。
 パチンコ店の裏口で女性の死体が転がっていたそうで、死体は死後三日ほど経過しており、やはり死体の一部は欠落していたらしい。
 数騎はテレビに映された現場を見つめる。
 そこは数日前に遊びに行った、パチンコ屋。
 もし運が悪かったら、死体になっていたのは自分かもしれないと思うと、どうにも落ち着かない気分だった。
 と、後ろから電話をしている声が聞こえてきた。
「あぁ、今テレビでもやっている。例の変死体だろう?」
 声の主は柴崎だった。
 歩きながら携帯で話しているらしく、部屋に入ってくるなりテレビのニュースを確認しながら彼は言葉を続ける。
「何かわかったのか。そうだな、電話じゃ盗聴される危険もあるからな」
 電話の向こうの声が聞こえないので数騎にはいったい何の話をしているのか検討もつかない。
「わかった、いますぐそちらに向かおう。薙風も? わかった」
 柴崎はその後、二三言葉を交わした後、数騎に視線を向けた。
「短刀使い、話はわかったな?」
「わかりません」
「会話を聞いてなかったのか?」
「どこか行くんですよね、いってらっしゃい。どうせ僕には関係のない話でしょう?」
「まぁ、そうだがな。留守番を頼むぞ」
「薙風さんも連れて行くんですか?」
「そうだが」
「やだなぁ」
 数騎は大きくため息をつく。
 そんな数騎に、柴崎は興味深そうに聞いた。
「薙風がいるといいのか?」
「桂原さんから護ってもらえますから」
 言われて思い出してみる。
 あぁ、確かにあの男はよくこの小さいのに手を出していたな。
 そんなことを考え、苦笑をもらす。
「大丈夫、桂原はすでに向こうにいるらしい。私達四人で密談があるのだ、病院でな」
「あぁ、魔飢憑緋の魔剣士さんと会うんですね」
 もちろん数騎は二階堂のことを言っている。
 数ヶ月前に彼に襲われた数騎にとって、二階堂は紛ごうことなき魔飢憑緋の魔剣士なのであった。
「まぁ、そういったところだ。しばらくお前一人しかいなくなるが、留守は大丈夫か?」
「さぁ? 戦いじゃなければ役に立てるとは思いますよ」
「そうか、それは実に頼もしいというものだな」
 そう言うと、柴崎はそれ以上言葉を紡がず、薙風に一声かけ二人で一緒に出かけてしまった。
 そんな二人を横目に、数騎はソファでくつろぎながら流れていくニュースを見続けている。
 ついこの間行ったパチンコ店、それを見ているうちに何か頭に引っかかることがあるような気がした。
「何だっけ?」
 どうせ大したことではない。
 そう思い、数騎はだらけながらニュースを見続けていたが、しばらくすると睡魔に負け、そのまま眠りに落ちてしまった






 呼び鈴が響く。
 ソファで眠りについていた数騎はその音ではっと目を覚ました。
 顔を上げて時計を見る。
 テレビの上と取り付けてある時計はすでに八時を回っていた。
「こんな夜中にどちらさまだ?」
 ぼやきながら数騎は入り口へと歩いていく。
 麻夜さんをはじめとする事務所の人間なら全員鍵を持ち歩いているはずで呼び鈴は鳴らさないし、探偵事務所の方としても本日休業の札をさげているわけだからお客なわけもない。
 なら勧誘か何かか?
 そう考えながら数騎が扉を開けると、見知った顔の女性が扉の前に立っていた。
「か、神楽さん」
「お邪魔してよろしいですか?」
 口調こそ穏やかだが目がいつものように笑っていない。
 胸が急に黒く染まり、いやな気持ちになりながらも、数騎は何とか口を開いた。
「どうぞ、お茶でもいれますからソファにでも座ってください」
 そして、お茶を用意した数騎は神楽と向かい合うようにソファに腰をおろす。
「で、わざわざウチまで来て何の用ですか、神楽さんに来ていただけるのは嬉しいんですけど」
 つい先日怒鳴られたばかりだ。
 一体何を言いにきたのかと、内心びくびくしながら数騎はたずねる。
 と、神楽は用意された緑茶に口一つつけず、数騎の目を真正面から見据えた。
「綱野さんは今、どちらにいるんですか?」
「……赤志野の屋敷」
 言いにくそうに答える数騎。
 そんな数騎に対し、神楽は顔に怒気を貼り付ける。
「数騎さん、昨日言いましたよね」
「いや、そうなんですけど」
「そうなんですけどじゃありません!」
 声を荒くする神楽。
 数騎は神楽の迫力に息を呑み、じっと神楽の言葉を待つ。
「綱野さんの身に何かあってからじゃ遅いんです。早く綱野さんに屋敷から出るように言ってください」
「言ってって言われても、屋敷の電話番号を知らないんですよ」
「携帯電話もないんですか?」
「麻夜さんはアナログな人だから携帯使えないんです」
「じゃあ、直接行けばよかったじゃないですか」
「でも、屋敷に入れさせてもらえないじゃないですか」
 そう、あの屋敷の警備は厳重だ。
 正直、一介のメイドごときに会うために中に入れてもらえるとは思えない。
「わかりました、でしたら電話してください。電話番号は私が教えてあげますし、ちゃんと電話を回してもらえるようにも取りはかります。ですから綱野さんに早くこちらに帰ってくるように説得してください」
「んっと、それはいいんだけど。どうして屋敷にいちゃいけなんですか?」
「とにかくダメなものはダメなんです。本当にお願いですから説得してください、とりかえしのつかないことになる前に」
「わ、わかりました」
「お電話、お借りできますか?」
「持ってきます」
 言って数騎は立ち上がり、麻夜の仕事机の上にある子機を取ってくる。
 と、鍵を開ける音が響き、男二人と女一人が事務所の中に入ってきた。
「あ、おかえりなさい」
「あぁ、今戻った」
 数騎の言葉に返事を返したのは柴崎だった。
 その後ろにはにやけ面をした桂原に、右目をつぶった薙風がいる。
「お話、長かったですね」
「うん、ずいぶんと長かった」
 答える薙風。
 どうも話の苦手そうな薙風は、精神的にかなり消耗しているようだ。
 と、柴崎の後ろにいた桂原がひょいっと顔を突き出してきた。
「時に坊や、状況がかなり進展してきた。ありがたくない展開だな」
「何があったんですか?」
 聞いてくる数騎に、桂原はあごに手をあて、面倒臭そうな顔をする。
「向こうでいろいろと話をしてな、あの二階堂が入院しながら多くの情報をかき集めてくれたおかげで私の推測が確定的なものになったというわけだ」
「何が起こったんです?」
「綱野女史が危地に立たされている」
 答えたのは柴崎だった。
 実に腹立だしげな顔をしている。
「私のミスだ、あれがあのような類の結界だとしたら、決して潜入などさせなかったろうに」
「どういうことですか?」
「やはりこの連続猟奇殺人の犯人は屋敷の人間だ。狙われた人間が全員女だということがその事実を証明している」
「わけがわからないんですが」
「時に短刀使い、結界というものはどのようなものがあるか知っているか?」
「え〜っと、直接攻撃系、精神操作系、増幅系、制約系、擬似鏡内界系ですかね」
「そうだ、今回の結界は操作系結界だった」
「操られちゃうんですか?」
「あぁ、まったくありがたくないことにな」
 深くため息をつく柴崎。
 続く言葉に不安を覚え、つばを飲み込む数騎に、柴崎は容赦なく続けた。
「桂原の調査によると、あの結界の中に入っている女性はみな結界の中にいる時間が長ければ長いほど自身の内側に存在する性欲が高まっていくように出来ている」
「せ、性欲って、あれですか?」
「あれがどれかは知らないが性欲だ。とにかくそれを急激に高める能力を持っている。あの中に一ヶ月でもいようものなら、性行為、もしくは自慰行為をしないことには精神が砕け散ってしまうだろう。そこまで危険な結界だ。即効性がないのが幸いだが、綱野女史は非常に危険だ。これ以上潜伏させるのはまずい」
「で、でも。なんでそんな結界を張っているんです。何の得があるって言うんですか?」
「あそこの屋敷の主人が何人の女中を雇っているか知っているか?」
「知りませんけど」
 その言葉を受け、柴崎は小さく両手を広げてその多さを表現しながら口にした。
「ざっと百人といったところだ。確かにあれだけの屋敷なら女中は必要だろうが、百人も雇うのはやりすぎだ。しかも住み込みで給料もかなりいい。なぜそれだけの人数をそんな高給で手元に置いておくか、わかるか?」
 瞬間、ある言葉が脳裏にひらめいた。
 しかし、自分の直感を信じたくはなかった。
 そう、さきほどのニュースの時に思い出しかけた何かを思い出してしまったのだ。
 と、何も口にしない数騎を見て、柴崎は怪訝そうな顔をした。
「おや、鋭いお前なら気付くと思ったんだがな。いいだろう、教えてやる。高い金を払ってまで多くの妙齢の女性を雇い、その女性のいる空間に操作結界を張る。そして、ヒントとして毎晩多くの金持ちの男が出入りしているらしいとのことだ。これは二階堂の情報だがな。どうだ、わかったか?」
 答えない。
 答えられるはずもない。
 もし、それに答えてしまったら。
 もし、それに答えてしまったならば。
 考えたこともなかったことが、現実になってしまうからだ。
「いつも鋭いくせに今日のお前は勘が悪いな、仕方ない教えてやろう」
 やめろ、やめろ、やめろ。
 そんな言葉は聞きたくない。
 そんなことを口にするのはやめろ。
 そう思った、だが体はおろか、口さえも動かなかった。
 自身がその答えを欲していたから。
 自身がその言葉を聞きたがっていたからだった。
 そして、柴崎の口からその解答が口にされた。
「娼館だ、あの屋敷は娼館なんだ」
 崩れ落ちそうだった。
 だって、そうだ。
 それが事実だというなら。
 事務所の方から音が響いた。
 それと同時に柴崎、薙風、桂原の三人が身構える。
 そして玄関に一人の女性が姿を現した。
 今にも泣き出しそうな顔をした神楽だった。
「か、神楽さん」
 聞かれた、間違いなく聞かれた。
 そう思った矢先、神楽は数騎の体を突き飛ばした。
 数騎を押しのけて道を作った神楽は柴崎たちの脇をすり抜けて扉を出ると、その場から逃げるように走り去ってしまった。
「待って!」
 追う数騎。
 数騎は神楽に追いつくべく神楽の降りていった階段を全力で駆け下りていった。
 そんな数騎の後ろ姿を見送りながら、柴崎は厳しい顔をしていた。
「気配に気付かなかった、迂闊」
 そんな柴崎に薙風が言葉をかける。
 柴崎は深くため息をついた。
「南無三とでも言ったところか、無様だ。彼女だったか、綱野女史が言っていた、屋敷に住んでいるいつも着物を着ている短刀使いの想い人というのは」
「無能力者だったんじゃねぇの。なら気付かねぇよ」
「もしくは能力を使うまで無能力者の次に感知しにくい邪眼師か魔眼師だな。まぁ、どちらにしても大差はないが」
 そう、彼女の目の前でしてはならない言葉を口にした自分は須藤数騎が恨んでくるのには大差がない。
 柴崎はまたしてもため息をつく。
「司、そんなに落ち込まない」
 励ますように、顔を見上げながら薙風は続けた。
「二度目がないよう善処すればいい、帰ってきたらとりあえず謝るといいと思う」
「そうだな、お前の言うとおりだ」
 そう答え、柴崎は二人が出て行った玄関の扉をゆっくりと閉める。
 その顔には悲しみと憂いが混ざりあっていた。






「待って、神楽さん!」
 全力で追いすがるも、距離はどんどん離れていくばかりだ。
 正直、自分の身体能力の無さに涙が出る。
 はっきり言って全力疾走は一分しか続かない。
 無理のない徒歩でも二時間歩くと足が痛くなる。
 階段は二つ上ると息が切れるし、サッカーは十分でバテバテになる。
 なんともなさけないかぎりだが、今の心境よりは普段の憤慨の方がよっぽどマシだ。
 何しろ先を行く女性の足に追いつけないのだ。
 確かに神楽さんはかなり足が速そうだが、それも言い訳にはならない。
 だって僕は男なんだから。
 息を切らし、情けない走り方をして、多少意識をとぎらせながらも走る。
 まるで体育の授業でマラソンでもしている気分だ、まったく。
 しかし、そうも愚痴ってはいられない。
 走りながらでも聞こえてくる。
 神楽さんの鳴き声が、嗚咽が。
 そして走りながら地面を濡らしていく涙が。
「神楽……さんっ!」
 呼びかける。
 これで何度目になるだろう。
 もう一時間近く走っている気もするが、きっと十分もたってないだろう。
 なさけない。
 と、シャツの背中が汗でびっしょりと濡れた頃、突然神楽が立ち止まった。
 数騎はもうひと踏ん張りして神楽の元に駆け寄り、声を駆けた。
「神楽さん」
「そ、そんな……」
 神楽は近寄ってきた数騎を視界に捉えておらず、ただ前方を凝視していた。
 数騎はそこで一呼吸つき、周囲を見回してみる。
 結構走ったようで、商店街はとうの昔に走り去っていたようだ。
 今自分達がいるのは踏み切りを超えた駅に向かう大通りの歩道。
 そして、神楽の視線の先には駅の真横にそびえる巨大なカラオケの店が存在していた。
「神楽さん」
「そんな、こんなところくる予定じゃ……」
 素早く周囲を見回し、そして駅ビルに備えられている巨大なデジタル時計に神楽は目をやった。
「いけない……ここにいちゃいけない……」
 きびすを返そうとし、そこでようやく数騎の存在を思い出した。
「数騎さん、来てください!」
「えっ?」
「いいから、何も言わずに!」
 懇願する神楽。
 そして数騎は気付いた。
 いつもと違う。
 何かが違う。
 そう、それは一瞬で理解できた。
 赤が混ざっているのだ。
 神楽の瞳の色は普段、少し青みがかった黒だ。
 しかし、今はその黒が赤の色素に変わっていた。
 赤紫。
 そう、神楽の瞳は赤紫に変貌し、そしてわずかに発光しているように見えた。
「来てください」
 有無を言わせず数騎の手を取ると神楽は全力に近い速度で数騎を引っ張りながら道路を駆け抜けていく。
 五分ほど走っただろうか、後方から爆発音が響いた。
 映画などではよく耳にする音だが、現実に聞くのと映画で聞くのとでは大違いだ。
 爆発のリアリティ、空気の振動、そして人々の生の悲鳴。
 まったく違うもののはずなのに、やはり映像の向こうで見聞きする光景なので、数騎は自分が別世界にいるような感覚でいた。
 その後、数騎はどこをどのようにしていつもの公園へと辿り着いたか全く記憶に残っていなかった。
 気がつくと太陽が落ち、月が地表を照らす刻限へと移り変わっていた。
 ベンチの前に立ち尽くし、数騎と神楽は黙って見詰め合っていた。
 揺れる街灯の光に、神楽の顔に生じた影がゆらゆらと揺れている。
 呼吸を整え、落ち着きを取り戻した数騎は、ゆっくりと口を開いた。
「神楽さん、聞きたいことがあります」
 その言葉に、神楽は悲しそうな顔をした。
 何を聞かれるのかよくわかっているようだった。
「魔眼って……知ってますか?」
「はい」
 短い答え。
 だが、それは紛れも無く神楽が魔術に関して、いや裏の世界に関しての事柄に多少の知識はあるということを意味していた。
「魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)、ですか?」
「いえ、結社には属していません」
 首を小さく横にふる。
「神楽さん、神楽さんは魔眼師だったんですか?」
「はい。サイトビジョンという言葉を知っていますか? 数騎さんは魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)ですから恐らくご存知でしょうけど」
「サイトビジョン……跳視の、魔眼ですか?」
「はい、私は次元系の魔眼師です。能力は未来視。過去視も出来なくはありませんが」
 サイトビジョンのの能力はあくまでこの世界に似た別の世界をみる能力にすぎない。
 故に時間軸は関係なく、ただこの世界に近い時間軸のものを見れるだけだ。
「じゃあ、さっきの爆発も知ってたんですね」
「はい、あれはガス運搬車の運転手が居眠り運転をしてカラオケのあるビルに突っ込み大爆発が起きたという事件です。運転手は死亡。巻き込まれた重軽傷者は百人を超える大事件です」
「そうか、だから」
 だから、あの時追いかけられていたことも忘れたのか。
 もしもあのまま走り続けていたら僕も神楽さんも死んでいたのだから。
 それで、自分が魔眼師ということをバラしてしまったのか。
「数騎さん、きっと勘のいい数騎さんなら気付いていると思います。私は今までもずっとこの魔眼で命を救われてきました」
 そう、とっくに気付いてた。
 神楽さんの目が赤紫色に変わった瞬間すべてわかっていた。
「もう半年も前から、私は呪牙塵の呪いにかかることを知っていました。夢で見たんです
、何度も、何度も。ですが、どうすれば呪牙塵の呪いから逃れられるかはわかりませんでした。この魔眼は自分の望む未来を見ることは出来ないんです」
 神楽は一呼吸置き、続けた。
「数騎さんは玉西さんととても仲がよかった。もし、私と出会わなければ数騎さんは間違いなく玉西さんを助けていたでしょう」
「そうかも……しれない……」
 いや、間違いなくそうだったろう。
 今だって彼女を助けたかったという気持ちは揺らぎないのだから。
「私は死にたくなかった。だから数騎さんがこの町に来る前から、数騎さんに目をつけていたんです。魔飢憑緋のゾンビが横行するこの美坂町で、呪牙塵の宝珠を手に出来たのは数騎さんだけでしたから」
「やっぱり。知ってたんだ」
 サイトビジョンを持っていると聞いた瞬間からそうだろうと思っていた。
 これだけの能力を自分のために使わない手は無い。
「だからこの町に来た数騎さんに接触したんです。あそこで数騎さんと出会っておかないと、数ヵ月後に私は死ぬことになりますから。あの時、私と数騎さんは偶然何度も出会いましたよね。変だと思いませんでしたか、何であんなにいいタイミングで何度も私が数騎さんの前に現れたのか。知ってたんですよ、私は。数騎さんがこの町にきてどんな目にあうのか。でも、それを助けては数騎さんは私を玉西さんを見捨ててまで助けようと思うほど好きになってくれなかったと思います。ですから知ってて数騎さんが苦しむのを黙って見ていたんです」
 神楽の自白に何も答えようとしない数騎。
 そんな数騎に、神楽はさらに続けた。
「公園でヤクザたちに襲われたことがありましたよね、あれも知ってたんですよ。体を投げ出してあなたを助けようとすれば、あなたは絶対に裏切らないようになるって。私を見捨てないようになるって。おかしいとも思わなかったんですか、何で見ず知らずの人間のためにあんな大胆なことをするなんて」
「確かに、今考えればそうかもしれない」
「私はあなたを利用し続けてたんですよ。最初から、今の今まで。今だって私の住んでいる屋敷から魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)たちを追い出すためにあなたに接触を図っていたんです。赤志野様に命令されたんですよ。魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)をこれ以上屋敷に潜入させるなって。でも綱野さんが魔術結社の尖兵(デュラミア・ザーグ)ということは赤志野様にはバレてません。綱野さんには死んでいただきたくなかったので、赤志野様が気付く前に消えていただきたかったんです」
「綱野さんを助けようとしてくれたんだ」
「違います、私の正体を綱野さん経由であなたに知られたくなかっただけです。あなたにはまだ利用価値がありましたから」
 その言葉に数騎は静かに目を閉じる。
 その顔は悲哀に満ちていた。
「それに、私は数騎さんが思っているようなきれいな女じゃないんですよ。あの長身の方から聞きましたよね、あの屋敷は娼館だって。そうです、私はあそこで働く娼婦なんですよ。たくさんの男の方の伽の相手をして、悦ばせていたんです。汚い女なんですよ、私は。それに生き汚い。死にたくなかったからあなたを利用して、死にたくなかったから玉西さんには死んでいただきました。いやな女でしょう、私は。そう思いません?」
 そこまで言うと、神楽は何か抑えるものがなくなったかのように笑い始めた。
 乾いた笑い。
 この世の全てに愛想を尽かし、よりかかれるものを全て失った者がするような笑い方だった。
 笑う、笑い続ける。
 月明かりの中、神楽はただ一人で笑い続けた。
「でもさ」
 その時、ようやく数騎が口を開いた。
 その言葉を聞き取り、神楽はようやく笑うのをやめる。
「何ですか、数騎さん(・・・・)」
 まるで嫌味でも言っているかのように、神楽は妙に他人行儀に数騎の名を呼ぶ。
 そんな神楽の言葉を耳にしてなお、数騎は問いかけた。
「じゃあ何で神楽さんは今、泣いているのかな」
 瞬間、神楽は数騎に全てを暴露しながら涙を流していた自分にようやく気がついた。
 全く気がつかなかった。
 話すことに夢中で、言いたくないことを無理やり口にするのに必死で神楽は自分が泣いていることに全く気がつかなかったのだ。
 はじめは利用するつもりで近づいた。
 誰かに依存しなくては生きていくことのできない心の弱い少年の依存の対象を自分に固定させ、ただ自分の延命のためだけに利用するつもりだった。
 しかし、どこかで何かがかわってしまった。
 少年は自分にだけ依存し続けた。
 どんな時も彼女を想い、嗚咽をもらしながらも彼女のために生きた。
 それはまるで飼い主に必死に追いすがる子犬のようで、神楽は数騎に妙な愛着を覚えてしまっていた。
 本当なら魔飢憑緋の事件が終わるまででよかったのだ。
 その後は数騎の利用価値はほぼない。
 わざわざ数騎と会い続けても、綱野麻夜は上からの命令を無視してまで数騎の言葉を聞き入れず、屋敷に残り続けていただろう。
 なら、なぜ神楽はずるずると数騎に会い続けていたのか。
 そして、神楽は数騎が自分に依存するように、また神楽も数騎に依存しはじめていたことに気付いていた。
 自分の命を救うためだけに作った仮初めの日常は、神楽にとってもまたかけがえのないものになりはじめていたのだ。
 薄暗い屋敷の中で孤独に、自分だけを思っていき続けていた神楽に、自分だけを思って笑顔を浮かべ続けてくれる少年はまぶしかった。
 だから会い続けていたのだ。
 孤独で、寒くて、凍えそうな一人ぼっちの神楽は数騎という温かさに引かれ続けていたのだ。
 だから泣いていた。
 自分の心の汚さを知られ、彼らから見れば犯罪者である自分の立場をさらけだし、そして玉西という女性を死に追いやった本当の理由を叩きつけ、さらには穢れた自分の身の上まで教えた。
 神楽は知っていた。
 数騎にとってもまた、孤独な自分を暖める存在が神楽という女性であったということを。
 しかし今、神楽が口にしたことはその暖めるための温度を自分から消し去る行為であった。
 数騎が感じていた温度は消え去り、数騎は再び熱を失う。
 二人は、全く同時に熱を失ってしまったのだ。
 数騎は神楽から、神楽は数騎から。
 それが悲しくて泣いた。
 子供のように泣きじゃくった。
 失ったのが悲しくて。
 寒くなるのが悲しくて。
 自分の側から人がいなくなるのが悲しくて、神楽は泣いていた。
 そんな神楽を目の前にして、数騎は凛とした面持ちで神楽を見つめた。
「一つ、聞いて欲しいことがあるんだ」
 数騎にそう言われ、神楽は涙を流し続けながら数騎を見る。
「前から言いたかった。でも言えなかった、怖くて、恐ろしくて。でも、今だから言いたい。もう会えなくなるかもしれないから、今だからこそ言いたいんだ」
 ためらいながらも、数騎はその言葉を搾り出した。
「神楽さん、あなたが好きです。僕の恋人になってくれませんか」
 それは告白だった。
 想いを募らせ続けた数騎の願いを込めた言霊。
 しかしそれは、神楽にさらなる涙を流させることになる。
「なんで、そんなこと言うんですか」
 着物の裾を目元に引き寄せ、神楽はあふれ出る涙を拭き続ける。
「なんで、いまさらになってそんなこと言い出すんですか」
 そう言って、神楽は完全に目を押さえ、数騎を見ないようにした。
「だってさ、僕にとって神楽さんは神楽さんなんだ。別に誰にだって悪いところはあるし、いちいち咎めようなんて思わない。それに僕にだって悪いところはあるし。お互い様ってもんだ」
「でも! 私が玉西さんを死なせたんですよ! あなたに見捨てさせたんですよ!」
「それはおかしいってもんですよ。あの人を見捨てたのは僕で神楽さんじゃない。あれは僕の罪だ。神楽さんに罪があるっていうならそれは共犯者ってことじゃないですか。それなら罪は半分こだ。それでいいじゃないですか」
「でも、私は……」
 身体を売って生きてきた汚た女なんですよ、と、神楽は声を押し殺しながら続けた。
「それくらいたいしたことないですよ、僕だってまぁ、いろいろされたわけですし。お互い様です。だから……」
 そういうと数騎は神楽に歩み寄り、神楽を優しく抱きしめた。
「僕の前から消えないで欲しい。僕と一緒にいて欲しい。僕と一緒に歩き続けて欲しい。ダメですか……」
 数騎の腕の中で嗚咽に震える神楽。
「……です」
「えっ?」
「私もです、私も一緒にいて欲しいです。もう寒いのは嫌なんです。数騎さんと……いたいんです」
 そう言って、数騎の胸に顔を押し当てて神楽は泣き出した。
 よほど数騎を騙し続けていたのがつらかったのだろう。
 神楽はようやく安心して泣き続けた。
 ようやく、全ての重荷を下ろして数騎のそばにいることができるから。
 十字を背負う必要が、なくなったから。
 神楽はまるで父親にすがりつく娘のように、数騎に抱きつき涙を流す。
 泣きこそしているが、悲しくはなかった。
 ただ嬉しかった。
 数騎の体温が、数騎の鼓動が、包み込む優しさが。
 神楽には全て温かく感じた。
 極寒の大地に投げ出された少女。
 親に見捨てられ、孤児として生き、屋敷で不本意な生き方をするしかなかった少女は、ようやく自分の家を見つけ出すことが出来た。
 神楽は、ようやく自分が本当に心地よくなれたことを、数騎の胸の中で受け入れたのであった。


















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