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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第一羽 十一月
第一羽 十一月
「随分と寒くなったものだ」
身長に匹敵する長さのマフラーを首に巻きつけた柴崎は、口のあたりまでマフラーで覆いながら町を歩いていた。
季節はまさに冬。
いまだに零度を下回らないために雪こそ降らないものの、いつ降り出してもおかしくないほど美坂町は冷え込んでいた。
柴崎はロングコートを揺らし、厚手の手袋で武装、完全に着膨れている。
ここで革ジャンでも羽織っていれば顔以外も完璧ないい男なのだが、せっかくの顔が台無しになりそうな格好を柴崎はしている。
見た目よりも実益重視なのだ、ファッションは見た目を重視するために時に快適とは言い難い衣装を要求される。
正直、冬の最中に穴あきジーンズを穿く気にはなれないと柴崎は言いたいのだ。
穿いてるやつの気が知れない、寒いではないか。
心の底から男に生まれてきてよかったと思うのは冬にスカートを穿かなくていいからだ。
穴あきジーンズの隙間風だって嫌なのだ。
下にぽっかりと穴が開いている布になどなんの興味もない。
柴崎は白い息を吐きながら、ゆっくりとした調子で町の中にある坂を上り始めた。
季節が季節なので町に存在する幾多の街路樹は茂らせていた葉、そのほとんどを失っている。
美坂町には坂が多い、そして坂には数多くの桜が存在している。
これこそが美坂町の由縁なのだ。
美坂町を統治していた戦国武将に、式神桜花と名乗る武将がいた。
当時の傭兵の中には名前を覚えていもらうために変な名前を名乗る武将が存在した。
かの有名な武田軍団にも無理之介と名乗る傭兵が存在したとの話を聞く。
式神桜花もまた、そういうマイナーな武将の一人で、この美坂町という小さな町を北条氏から与えられていたという。
おかしな行動の目立つ傭兵で、散るために縁起が悪いということでどの武将も使用しなかった桜を旗印に戦い続けたという。
そんな彼にこの地域が与えられたというのは妙な偶然だ。
ここは日本でも三番目くらいの桜の名所だと聞く。
地元の人間は一番はここだと言い張るだろうが、真田幸村の千本桜の方があきらかにメジャーだ。
正直言って三番目でも全国から文句が来るかも知れない。
そんなことを考えながら、柴崎は坂の上にある病院を目指して歩いていた。
目をつぶり、情景を思い描く。
満開の桜が花開く季節。
そんな坂道を歩いている自分。
あぁ、みんなで花見でもしたら楽しいだろうな。
訪れるわけもない未来を夢想し、柴崎は少しだけ微笑を浮かべた。
「へぇ、まさかお前が式神桜花を知ってるとね」
病院に辿り着いた柴崎がこの町についての話題を口にすると、二階堂は面白そうに続けた。
「式神桜花って言ったら変な伝説も多いからな。オレみたいな伝承好きにはたまらないってもんだ」
完全に元気になっている二階堂は、個室でなければ迷惑なほどに豪快に笑いながら言葉を口にする。
切断された右腕もくっつき、今はリハビリ中らしい。
本当はすぐにでも退院できるらしいが、輝光によって具現化された幽霊に腕を切断されたということを警戒して、アルカナムが彼を入院を継続させたようだ。
柴崎は入院患者を訪ねに来た人間のために用意してあるイスに腰をかけ、興味深そうに尋ねた。
「式神桜花に伝説が多い?」
「あぁ、事実半分虚構半分ってところだろうけどな」
ちらりと病室の窓から外の景色を見ながら二階堂は続けた。
三階に位置する病室からは柴崎が登ってきた坂道に植えられた桜がよく見える。
「雪桜って言葉を知ってるか?」
「いや、知らないが」
首を横に振る柴崎に、二階堂はにやにやしながら言った。
「この町の桜は少し面白くてね。温度にかかわらすある一定の時期にならないと桜が花を咲かせないんだ」
「ほぅ、それで?」
「それでな、雪が降るような温度でもこの町の桜は毎年花を開かせる。つまり雪が降っているのに桜が咲く。式神桜花の死に際でも出てくる情景さ」
「死に際、どんなのだ?」
尋ねる柴崎に、ニ階堂はわずかに伸びた無精髭の感触を手で楽しみながら続ける。
「最後、式神桜花は全身に傷を負って敵から逃げ延びるシーンがあるんだよ。血まみれになり、自分の城を目指しながら坂道を登っていく。 自分の流す血で雪を紅く染めながら、式神桜花は坂道を登り、とうとう力尽きてその場に倒れこんだ。 そしてふと見上げるとそこには散りゆく桜の花びら、そしてそれと共に宙を舞う雪。
『なんと美しい坂だ、桜花にはふさわしい死に場所だ。桜とともに、雪まで散ってくれるとは、ありがたいことだ』
それが式神桜花の最後の言葉らしい」
「で、それが町の由来になったと?」
「あぁ、それを聞いていた式神桜花の息子が町の名前を美しい坂があるから美坂にしたってのがこの町に残る伝説さ。
そしてマイナーだけど観光名所になっている式神桜花の雪桜、まぁ真田幸村の千本桜に比べると見劣りするが、オレたちの気にすることじゃないだろう」
「確かにな」
頷きながらそう答えると、柴崎はテーブルの上に置いておいたペットボトルのお茶を口にする。
やはり個室だと他の人間を気にせず話せていい。
「そう言えば知ってるか、式神桜花にはまだまだ伝説があるんだ」
「伝説?」
知らないと同義の答えを口にする柴崎。
「そう、伝説さ。地元の英雄だからな、いろいろあったりするぞ。武田騎馬軍団に対抗できた式神桜花の騎兵戦術、式神桜花の愛した桜饅頭、式神桜花が持っていた鎧すら断ち切る名刀、そして極めつけは式神桜花の住んでいた城の跡地とかだな。
式神桜花は北条氏の武将で武田軍とやりあった事実があるし、しかも最後の敵は武田最強軍団赤備えだ、その戦いの傷がもとで死んだって話だし。
結局、式神桜花の子孫は北条に対立する豊臣秀吉に滅ぼされたらしい。伝承の一つには式神桜花の息子の生存説まであるくらいだ。地元じゃ愛されていたのかも知れないぞ」
「……いつも思うのだが、お前はその手の戦記ものの英雄が好きだな?」
関心と共に呆れたような口調で柴崎は二階堂に言った。
そんな二階堂はさも楽しそうに笑み崩れる。
「好きさ、オレは戦記ものや歴史が大好きなんだ。別に今に始まったことじゃないだろ?」
そう口にする二階堂を見て、柴崎は一人の少年のことを思い出した。
そういえばあいつも歴史や戦記が好きだった。
事務所を出てしまったあとあいつは何をしているんだろうな。
少年の動向に思いをめぐらせていた柴崎に、二階堂は尋ねた。
「そういえばさ、最近玉西たちはどうしてるんだ? 結局退院するまで来る気はないのかね」
玉西の名前を出され、柴崎は先ほどまでのやわらかい表情を少しだけ硬くする。
二階堂は未だに玉西が死んだことを知らない。
玉西を二階堂がどう思っていたのか知っている柴崎は、未だに二階堂に真実を告げるのをためらっていた。
薙風朔夜はお茶を口にしながらテレビの前に座っていた。
湯飲みを両手で持ち、音を立てて茶を飲んでいく。
目を細め、ご機嫌なご様子だ。
相変わらずの巫女装束に身を包むも、隙間が多い巫女装束は寒いのか上から何枚か羽織物を身につけている。
神職に仕える者が纏う白い羽織物は、何やら神聖な感を覚えさせるが、ここまで腑抜けきった顔の女性が身に纏うといくらか魅力を減じる。
そんなソファでくつろいでいる薙風に、後ろから里村が声をかけた。
「薙風さん、何を見ているんですか?」
薙風は閉じていた左目だけを開け、振り返りながら里村を見る。
里村は屋敷でお仕着せだったメイドの衣装がたいそうお気に入りらしく、この探偵事務所の中では大抵メイド装束で済ませている。
外に出るときはさすがに恥ずかしいのか普段着だが、圧倒的にメイド装束であることが多い。
「テレビ見てる」
簡潔に答える薙風。
里村は薙風があまり多くを語らない性格だということを知っているので、どんな番組なのかという質問を加えてするようなことはせず、ちらりとテレビの画面に視線を向けた。
それはいろいろな家に存在している古くからの骨董品を集め、それの金銭的価値を発表するという番組だった。
『衝撃埋蔵品大鑑定!』とかいうタイトルだったはずだ。
薙風はこの手の老人が好みそうな番組が好きで、歴史物、時代劇、などを好んでみる。
里村の好みとはある意味対極である、里村は恋愛ドラマやバラエティ、加えて音楽番組が好みなのだ。
しかも今、薙風が見ている番組は数日前の夜九時にやっていたものの再放送だ。
昼三時にもなると夜の時間帯にやっていたものを再放送することも多い。
同じものを見てもあきないのかな、と考えながら里村は薙風がテレビを見ながら口にするであろう、薙風の好物の煎餅をソファ前のテーブルの上に置いた。
「ありがと」
薙風は、今度は右目だけ開いて短く礼をすると、早速ボリボリと食べ始めた。
そんな薙風に、里村はやさしい微笑でもって答える。
その光景を見ていたポニーテールの女性はおもしろおかしそうに笑みを浮かべた。
麻夜が座るはずの机のイスに腰をかけ、ファッション誌を手にしている。
「何がおかしいのかしら?」
その横から聞こえてきた声に、少女は顔を上げてみる。
そこには自分の居場所を奪われて少しだけ不機嫌な麻夜がいた。
「あ、綱野さん。おはようございます」
「おはようじゃないわよ」
追い払うように手を前後に振る麻夜に対し、ポニーテールの女性、桐里歌留多はイスから立ち上がった。
「どうぞ」
「どうぞじゃない」
言いながらイスに腰掛ける麻夜。
「だいたい、居候の癖に態度デカすぎなんじゃないの?」
「え〜、そうですか? 普通だと思いますけど」
イスを奪われ、壁に寄りかかりながらファッション誌を見つめる歌留多。
そんな歌留多に、麻夜は深いため息をついた。
正直言って麻夜はこの生活に辟易している。
自分の城であるはずのこの探偵事務所に、都合五人に及ぶ居候がいるのだ。
内一人は外泊を繰り返す男であるため、実質的に拠点となっているだけだからいいのだが、残りの四人は衣食住をこの探偵事務所に頼りきっている。
確かに魔術結社からはそれなりの金が振り込まれている。
苦労に見合うだけの収入はいただいているのも理解できる。
だが、これは疲れるのだ。
自分の居場所に他人を受け入れるというのは、例え居候がいい人間でも不快感は伴う。
ましてや問題児が二人もいる場合は特にだ。
問題児その一は桂原だ。
あの男は外泊と朝帰りを繰り返し迷惑この上ない。
その二は目の前の歌留多。
若い女性で話も合い、楽しく会話できるのだが、家事全般が苦手で全く戦力にならない。
しかもその豊満なスタイルを保つためによく食べよく眠る。
正直、邪魔に感じることも多々ある。
あとの三人は比較的まともだ。
柴崎は絵に描いたような優等生で、全く迷惑をかけないばかりか家事までしっかりこなしてくれる。
これで女ならしゃべりやすいのだが、男ってこともあるのでどうしても一線引いてしまう。
薙風は正直言ってオブジェだ。
戦闘型の魔剣士なんていうのは戦っていない時はただのお荷物。
一家に一台のイメージでチョコンとソファに座らせておけば誰にも迷惑をかけない。
ただ、すさまじいテレビっ子なので、見たいときにテレビを代わってくれないのは困りものだ。
最後に里村、これはかなり便利な女性だ。
一ヶ月の潜入捜査の末、かなり錬度の高いお手伝いさんと化したようだ。
掃除、洗濯、料理、あらゆることをこなしてくれる。
ただ迷惑なのは、常にメイド装束に身を包んで、あろうことか自分のことをご主人様と呼んでくることだ。
このような状況に置かれれば大抵の男は喜ぶだろう。
里村はけっこう器量もいいし、そこそこにいい体もしているし何より仕草がかわいらしい。
が、問題は自分が女だということだ。
正直こんなメイドさんよりも美少年を小間使いしてお嬢様と呼ばせた方が何倍も楽しい。
とりあえず現状はとことんありがたくない。
麻夜はため息をつきながら、テーブルにおいてあった湯飲みを手に、苛立ちをこめた声で言った。
「ワトソン、茶」
瞬間、部屋にいた全員の視線が麻夜に集まった。
だが、一番驚いた目をしたのは麻夜自身だった。
麻夜は、ばつが悪そうに視線を彷徨わせた後、音を立ててイスから立ち上がると、湯飲みを受け取ろうとする里村を無視して給湯室へと入っていった。
「ワトソンって誰よ?」
里村に尋ねる歌留多。
だが、里村は首を横に振る。
代わりに薙風が答えた。
「昔いた男の子」
薙風は右目をつぶりながら歌留多を見上げて続けた。
「あなたが来た日にいなくなった」
「あぁ、あの変質者ね」
さも興味のなさそうな顔で答える歌留多。
そんな歌留多の態度に少し怒ったのか、薙風は歌留多から視線をはずし、さっさとテレビ鑑賞を再開してしまった。
麻夜の一番機嫌の悪い理由はこれだった。
須藤数騎が恋人を、桐里歌留多が姉を失った時からすでに二ヶ月あまりが経過している。
数騎は未だに事務所に戻ってきていなかった。
ベッドが軋んだ。
もともと上に乗った人間が暴れても壊れないように出来ているベッドだ、実に正しい使用法と言えよう。
人間がベッドの上で抱き合っている。
一人がもう一人を求めている。
人間が他人を求めるのは当然のことだ。
誰に文句を言われるようなことじゃない。
だが、その光景を見て嫌悪を抱くものがいることを否定できるわけではない。
その行為自体に嫌悪を持つ人間もいるだろう。
ただ、自然の理からいうのであれば、それは異常であった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息を漏らす。
薄暗い部屋。
ダブルベッドが一つにテーブルが一つあるだけの狭い空間。
扉は二つしか存在せず、出口とバスルームに直結するのみで、あとは窓とエアコンくらいしかない。
入ったことのあるものならわかるであろう、よくある狭いラブホテルだった。
そんな中で、二人は交わっていた。
一人はホスト風の男だった。
適度に筋肉のついた均整の取れた肉体に、世の多くの女性が羨望のまなざしを送るであろう顔。
その顔は純粋に喜びに満ち、目の前の相手を求めることで頭の中はいっぱいだった。
美形の男の相手は右目に眼帯をしていた。
やせた体、あばら骨は浮き出て、鍛えてもいないのに腹筋を確認することができる。
腕は細く、足も細い。
髪は短く、伺える左目は虚ろだった。
二人は長いとも短いとも取れる交わりを終えた後、順番にシャワーを浴びた。
先に美形の男がシャワーを浴び、もう一人はその後に入った。
美形の男はすでに着替えを負え、顔つきにぴったりの少し気崩したホスト風のスーツに身を包んでいた。
もう一人がシャワーを終え、部屋に現れた。
眼帯をはずし、髪をタオルでふき、下半身はタオルで隠している。
体つき、骨格、そしてまったく発達を見せていない胸。
見紛うわけもない、それは少年だった。
空洞の右目を見せないため、右目をつぶり続けている少年は無言で男を見つめ続けていた。
「あぁ、忘れちゃいない。これが今日のお礼だよ」
そう言って男は三枚の紙幣を隻眼の少年に手渡した。
少年はそれをゆったりとした手つきで取ると、それを自分の着替えの上に放った。
「じゃ、先に帰るから。またお願いできるかな」
「構わない、でもさ」
少年は、言葉を選びながら続けた。
「あんたも好きだね、桂原さん。オレには理解できないや」
「世の中にはそういう趣味の人間もいるってことだよ、坊や」
「その呼び方、好きじゃない」
少年は、桂原と呼んだ男を柔らかく睨みつける。
桂原は苦笑しながら言った。
「少しくらいは構わないだろ? こういうサービスも坊やのお仕事だ。それにオレは普通の値段よりも水増しで払ってんだぜ」
「わかったよ、あんたは金払いもいいし。それに……」
少し顔をそらし、小さく苦笑しながら続けた。
「オレはそんなにあんたが嫌いじゃない」
「嫌われてないなら嬉しいな」
「そりゃそうだ。オレを買っていくヤツらは、脂ぎった性欲の向ける方向を誤った変態オヤジや若いのが好きな熟女、たまに老人もいるけどさ、男女を問わず。こんな不細工なツラしたガキがそんなにお気に召すのかな? オレより顔のいいのは結構転がってるだろうに。悪趣味なこったね」
「たしかにな、どうせヤるんなら相手は若いに限るよ。オレだってそうだ」
共感の意を持って桂原は笑みを浮かべる。
話は済んだと思ったのか、桂原は少年に背を向け、出口へと向かって歩き出した。
が、気が変わったのか途中で振り返る。
「そういえば、綱野女史が使いっ走りがいなくなって寂しがっていたようだよ、ワトソンくん」
それだけ言うと満足したのか、桂原は二度と振り返ることなく部屋から出て行った。
残された少年は、タオルを腰に巻いたままの姿でベッドに座り込んでいた。
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