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第二羽 カルタグラ


 正午に食事をとって一時間が経過した頃、綱野探偵事務所に電話が鳴り響いた。
 机に座り、事務の真似事をしていた麻夜は慌てて受話器に手を伸ばす。
「はい、綱野探偵事務所です。どういったご用件でしょうか?」
「二階堂です、こんにちは。柴崎いますか?」
「あ〜、二階堂さんですね。少々お待ちください」
 麻夜は、ソファで薙風の隣に座っている柴崎に視線を送った。
 柴崎は頭をかきながらゆっくりと机まで歩いていくと、麻夜と電話を代わる。
「柴崎だ、どうした?」
「いやいや、つまらん情報を仕入れたからお聞かせしようと思ってな」
「情報?」
 眉をひそめる柴崎。
 普通ならメールで病院に来いと連絡を入れるはずだ。
 通信手段を用いた情報伝達は漏洩の危険が常に伴う。
 一番いいのは口頭で、次にいいのは伝言、最後は文書だと言い張るデジタルに秀でたアナログ派の二階堂にしては無用心だ。
「あぁ、違う違う。そんな大したことを話す気はねぇよ。ただちょっとだけ警告しておこうと思ってな」
「何があった?」
「いや、オレにもよくわからんというか。つまり、何か起こってるみたいだけどよくわからないというのが現状だ」
「お前らしくない、お前ならそのあたりを徹底的に調査するだろうに?」
「入院中じゃ無理な相談だ。今のオレはこの町の情報屋に金を握らせて情報を仕入れているだけに過ぎないんだ。まったく、自分独自の情報網を持ってない探偵なんて無様なもんだぜ」
 ようするにこの町では情報網を構築する前に入院してしまったと言いたいらしい。
 言われてみれば三月にここに来た時には引越しやらなにやらで余裕がなく、その上、速攻でヴラド一派に拉致をされており、六月には魔飢憑緋暴走事件の実行犯となって暴走、その上腕を切断され入院、今に至る。
 だが、さすが二階堂というべきか。
 これだけの状況下でもう、腕のいい情報屋を掴んでいる。
「いや、私はお前が大したものだと関心したぞ。いい人材を見つけるのは情報網を構築するよりも難しいと聞く」
「ん? わかるのか?」
「あぁ、何か起こってるけどよくわからないというのは、情報の発生源がそれを隠蔽しようとしているからだろう。そんな微妙な情報を掴めるほどの情報屋を見つけるとは大したものだ」
「お褒めにあずかり恐悦至極。まぁ、お前の察した通りだよ」
「で、どこがきな臭い?」
 尋ねる柴崎に、二階堂は率直に答える。
「ヤーさん」
「極道連中か?」
 極道、つまりヤクザ。
 この連中は表側に属する裏の住人で、多くの人間がご存知の通りいろいろと非合法なことをやってのけている。
 何しろ資金力が強いこの組織は、裏に属すだけあって多少の異能者を抱えていても不思議ではない。
「鏡内界で抗争でもやらかしているのか?」
「違うっぽい、どうやらヤクザが狩られている感じだな、これは」
「金バッジ狩りか?」
 金バッチというのはわかりやすくいうとヤクザにとって命の次の次の次の次くらいに大切なものだ(建前では命よりも大切)。
 それを狙って襲撃する頭の壊れたヤツでも出たというのだろうか?
「かもしれない。どうやら最近ヤーさんがよく病院に運び込まれているって話だ。
 いま美坂町のどこぞの病院では、病室の六分の一がヤーさんの住処になってるらしい」
「どこの組が狙われている?」
「全部」
「全部だと」
 柴崎は思わずつばを飲んだ。
「この町に存在する組、全部さ。どこもかしこも公平に狙われてやがる。ちなみに一般人にはいっさい被害がないから事件として報道もされてない。組の偉いさんが威信にかかわるからって隠蔽しているらしい。でも、ヤーさんにも面子があるからな。そろそろ大々的に捜索を開始するらしいぜ」
 そこまで聞いて柴崎はふと思った。
「ところで二階堂」
「なによ?」
「よくわからないという割には、なかなかどうしていい感じな情報じゃないのか?」
「そうでもないよ、この程度しかわかってないってのは全然ダメって証拠だ。詳しくわかったらメールするから、まぁ楽しみに待ってな」
 それだけいうと受話器を落とす音が響いてきた。
 柴崎は小さくため息を漏らすと、受話器を麻夜に渡す。
「で、ヤーさんが狙われてるって?」
「聞こえてたんですか?」
 尋ねる麻夜に、柴崎は小さく驚いてみせる。
「まぁね、あいつらが動くと結構一般人に被害がでるのよね〜。大人しくしろって頼んでも聞いちゃくれないだろうし。やっぱこの国腐ってるわ」
 麻夜の言う言葉の理由は柴崎にはよくわかっている。
 この日本という国はアメリカという大国に敗れた後、アメリカに占領された。
 その時、表立ってアメリカに反抗できない政府は、国に存在するアウトロー、つまりヤクザたちを利用してアメリカに嫌がらせをした。
 これが大きな借りになってしまった。
 ヤクザを利用していた政府はヤクザに頭があがらず、いまだに日本には暴力団の支部なるものが堂々と存在する。
 犯罪組織は世界中に存在する。
 だが、それが堂々と看板を引っさげて存在する国など日本くらいなものだ。
 麻夜は困ったようにおでこを手で押さえながら言った。
「あ〜あ〜、当分は忙しくなるわね。ヤーさんの暴走に備えてこの魔術結社支部、綱野探偵事務所は第三次警戒態勢に移行するわ」
「まぁ、メンバーも多いし無理は少ないでしょう」
 厄介な仕事ができたと唇を尖らせる麻夜に、柴崎は丁寧に、そして労わるように応じる。
 そんな会話を耳にしながらも、薙風はお茶をおいしそうに啜りながらテレビを見続けていた。






「まぁまぁだな」
 夜の路地裏を、眼帯をつけた少年が歩いていた。
 穿いているジーパンのポケットには紙幣が二枚、そしてとっておきのビニール製の袋が入っている。
 一日で稼いだにしてはなかなかの収益だろう。
 それにしてもふざけたジジィだった、いい加減腹が立ってきた。
 ポン引きというやつらはいい商売だよ、まったく。
 体を売る人間が直接、買い手の袖を引けなくなったしまったため、客引きは別の人間に委ねなくてはならない。
 そうでなくては売り手は羅卒を見るたびにビクビクしなくてはならないからだ。
 問題はあれだ、ポン引きの上前のハネ加減。
 はっきり言って、あいつらは儲けの半分以上を取っていきやがる。
 最近は二万五千くらいが値段の相場で、そのうちの五千円はホテル代、一万二千がポン引きで残りが自分だ。
 一番苦労しているのは自分なのに、ポン引きの方が高いのは割に合わないが、他に方法がないのだから仕方がない。
 直接客と取引できればいいのだが、大抵はポン引き経由でないと客は取れない。
 今日は中年のデブが二回戦までやってくれたおかげで二万稼げた、客を取るのは難しいので一週間に三人もとれればいい方だ、でも珍しいことに今日は二人取れた。
 思い返すほど桂原はいい客で、仲介なしだから一回で多額の収入が入る、まったくありがたいことだ。
 そんなことを考えながら、数騎は自分が住んでいるアパートに戻ってきた。
 そこは三月に麻夜と数騎が同棲していた時のアパートだった。
 一年分の家賃を払っておきながら、探偵事務所に引っ越してしまったため、空き家になっていたが契約は切れていないので、探偵事務所から出て行った数騎はアパートで暮らしていた。
 ぎしぎしと軋む階段を上って、数騎は自分の部屋へとたどり着いた。
 鍵を開けると、数騎はふらついた足で部屋の真ん中にあるテーブルへと向かう。
 掃除の行き届かない散らかった部屋など掃除する気もわかないのだろうか、数騎は部屋の惨状を一顧だにすることなく、テーブルの前で腰をおろすと、テーブルの上に乗っている物に手を伸ばす。
 それは小さな注射器だった。
 そばには水の入ったペットボトルがある。
 数騎はジーパンの中からビニール製の小さな袋を取り出した。
 透明のその袋の中には白い粉が入っていた。
 これが一袋一万っていうんだからどうしょもねぇな。
 数騎はそう心の中でこぼしながらビニールを切り裂き、粉をテーブルの上にあった皿の上に撒き散らし、それをペットボトルの水で溶かした。
 数騎は注射器の針でその完成した液体を吸い始めると、手馴れた手つきで針を上に向け、わずかに液体を外に出す。
 針の中に空気を残さないためだ。
 空気を欠陥の中に送り込んだら脳に空気がつまって欠陥が破裂して死んでしまうと聞いたことがある。
 安全を確認して、数騎は自分の左腕に注射をし始めた。
 数騎は体を売ってまで金を稼いでいる理由がこれだった。
 神楽を失った悲しみから逃れるように、数騎はドラッグに手を出した。
 酒を飲んで酔いつぶれることもできた、だがやはりこれが一番よかった。
 ドラッグの値段は確かに高いが、体を売って稼げば手を出せない値段ではない。
 三十以上年上のババァを抱いたり、脂ぎった中年オヤジにケツの穴を攻めさせるのも、これのためなら我慢できるというわけだ。
 注射を終え、数騎は全身の力を抜くようにして後方へと倒れこんだ。
 途中、背中で転がしてあった空のカップラーメンの箱を潰してしまったが大して気にはならない。
 快楽の時間の始まりだ。
 だんだん、精神が地中に沈み込む感覚が生じはじめてきた。
 これこそが最大の快楽の瞬間だった。
 さぁ、これで彼女に会える。
 僕はあの最愛の人を、いまだに失っていないんだ。
 数騎は胸元に手を伸ばした。
 そこにはアクセサリーのように仕立て上げたチェーンのネックレス。
 その先には宝石や銀の彫り物ではなく、安物で透明なビー玉が取り付けられていた。






 気がつくと快楽の時間は終わりを迎えていた。
 いつもこうだった、薬が効いているうちは意識が地中に沈み込み、そこにはいつも神楽さんがいた。
 そこは地中にある公園で、神楽さんと交換したビー玉を持っている時だけ訪れることのできる不思議な世界だった。
 そこに行くための通行料がドラッグだった。
 ドラッグを服用しているときだけ、数騎は神楽に会えた。
 それが幻覚でしかないことは数騎にもわかっている。
 だが、それを認めるわけにはいかなかった。
 神楽の死を理解しながらも、数騎は神楽の死を容認しようとはしなかった。
 酒を飲んで酔いつぶれた時、数騎は偶然神楽の夢を見た。
 意識を失えば神楽に会える、そう考えた数騎は酒を飲み続けたが、すぐに吐いてしまうまで飲みすぎ、それ以上飲めなくなる。
 そんな時に薬の味を覚えた。
 地中に沈み込む感覚と共に、薬は神楽との出会いを与えてくれた。
 想いが強すぎるため、普通の時ですら意識を失うだけで神楽に会える。
 数騎は酒を飲み、薬をやり、幻想の中の神楽と逢瀬を重ね続けていた。
 薬と酒、そして不摂生な生活のせいで体はさらにやせ細り、目はくぼみ目の下の隈はその色をどす黒くしていた。
 ただでさえきつかった目つきはさらに鋭くなり、隻眼である事実が数騎に凄みを与えている。
 薬の影響で頭がふらついていた。
 ゆっくりと目を見開く。
 汚れきった天井を数刻眺め、数騎はゆっくりと体を起こした。
「あら、目が覚めたのかしら?」
 声が聞こえてくる。
 電気はつけていないため、その人間の姿を視認できない。
 数騎は声の主を見るために、カーテンを開いた。
 窓の外から半月の光が差し込み、黒い髪をした女性の姿を映し出した。
「こんばんは、坊や」
「こんな深夜に何の用だ、カラス」
「何の用だなんて、つれないわねぇ」
 しなを作ってみせるカラスアゲハ。
 薄汚れ、カップラーメンやらコンビニの弁当の箱やらが散らかっている畳の上に自分が座るに支障をきたさない程度に物をどかして腰をおろしていた。
 相変わらずの黒装束、場所が場所なら忍者のコスプレをしているように見えるだろう。
「で、今日はいいのかしら?」
「むぅ、頼めるなら頼みたいが」
 そこで言葉を切ると、数騎は左目でカラスアゲハの顔を眺め回しながら言った。
「いつからいた?」
「あなたがラリっちゃう前から」
「声をかければよかったのに」
 機嫌悪そうに数騎は口にした。
 もしカラスアゲハがいると知っていたら別の薬を使うべきだった。
 麻薬というものは精神を高揚させるものと、鬱屈させるものの二種類があり、数騎はそれを使い分けていた。
 誰かと交わる時は前者、神楽に会うときは後者だ。
 体を売る時には楽しいわけもないので薬を使う事はないが、場合によってはしっかりと楽しむので高揚する薬を用いる。
 が、カラスアゲハは、
「いやよ、坊やは薬をキメると攻め方が尋常じゃないんだもん。疲れちゃうわ」
 二度と使わないで欲しいとばかりに強い口調で言い放つ。
「もしも、また使おうとしたら二度と来ないわよ」
「わかったよ、じゃあ早速やろうか?」
 数騎がそう言って手招きすると、カラスアゲハはゆっくりと数騎に近寄っていった。
 カラスアゲハは数騎の目の前まで四つんばいの姿勢で近づくと、右目を覆う眼帯を丁寧にはずした。
 柔らかく、艶やかな唇をゆっくりと動かし、数騎の中身を失った右目の瞼に優しい口付けをする。
 カラスアゲハはさらに数騎に近づくと、のしかかるように体重を預け数騎に抱きついた。
 首のうなじの辺りを甘噛みし、唾液に濡れた舌で這うように嘗め回す。
 体を少し離すと、カラスアゲハは数騎の顔を真正面から見つめ、唇と唇を重ねた。
 カラスアゲハは激しく舌を動かし、数騎の舌を何度も絡めるようにいじり、その口の中を、まるで自分の唾液を塗りつけるかのように舐めあげる。
 ねっとりとした糸を舌から垂らしながら、カラスアゲハは数騎の唇を開放した。
「坊や、本当にかわいいわね」
「そうかい? オレがかわいいなんてあんたも趣味が悪いな」
 嘲るように言う数騎。
 そんな数騎にカラスアゲハは小さく笑みをこぼす。
「そんなことないわ、とてもかわいいわよ。あの駐車場で会った時のあなたはそんなに魅力的じゃなかったけど。その後のあなたは本当にかわいくてステキだわ」
 カラスアゲハの言葉に嘘はなかった。
 そもそもカラスアゲハは簡単に自分の体を他人に許すような女性ではなかった。
 数騎に抱かせてあげると言ったのは冗談のつもりだった。
 もし生き残れたとしても、体を許す気など最初からなかった。
 だが、太田の死体に何度も短刀を突き立てる数騎を見て、カラスアゲハは言いようのない気分に包まれた。
 庇護欲だろうか、それとも母性本能というやつか。
 よくはわからなかった。
 ただ急に、目の前の大して好みではない少年が気にかかってしまったのだ。
 死と狂気、そして血液と内臓の臭いの混濁が、異常な世界に属しているカラスアゲハを欲情させたのは事実だった。
 カラスアゲハはそんな自分がどこか壊れていると自覚はしていたが、まぁそれも自分なのだから仕方がないだろうとあきらめていた。
 数騎が事務所から出て行き、アパートに住み始めた頃、カラスアゲハは数騎に接触した。
 確かその時は薬を注射した直後だった。
 麻薬に取り付かれ、欲情しきっていた数騎はわけもわからずカラスアゲハに襲い掛かり、そして彼女を犯した。
 もしもこれが数騎でなかったら、カラスアゲハはその瞬間に相手を惨殺していただろう。
 だが、数騎にひかれ始めていたカラスアゲハは数騎に体を許した。
 それから数週間が経つと、カラスアゲハと数騎は幾度も体を重ねる仲になっていた。
 主導権はいつもカラスアゲハにあり、カラスアゲハが異性を欲しくなると数騎はようやくおあずけを終えてもらえるといった感じだ。
 数騎はカラスアゲハを求め、カラスアゲハもまた数騎という男を求めていた。
 カラスアゲハは自分から男を求めるような気持ちになるとはこのような関係になるまで考えた事もなかった。
 体を男に許したことは幾度となくあった。
 だが、それは体を許して油断させ、その対象を暗殺するためだ。
 体を許すと男はそれだけで油断する。
 だから忍者の修行として、最初に覚えてのは男との交わり方だった。
 確かそれを教わったのは十四歳になった日の事だった。
 おもしろい事を教えてあげようと師父に言われたカラスアゲハは、そこで師父に純潔を奪われた。
 どんなに泣き叫び、懇願しようと師父の陵辱は止まらなかった。
 それは幾日も続いた。
 師父を満足させ、違う男を恍惚とさせ、里にいる多くの男と寝てどんな娼婦さえ及ばない程の床上手になるまであらゆる男に犯され続けた。
 そして暗殺術を覚えた後は、里に来た依頼に従い、幾人物もの男と寝て、そして殺した。
 カラスアゲハは忍者と呼ばれる者が住む里で暮らしていた。
 そこは幾人もの暗殺者を裏の世界に送り出す養成所のようなところだった。
 そこで、ただ抱いた男を殺すための道具として生き続けた。
 だが、ある時カラスアゲハは気付いてしまった。
 この里において、自分の能力は恐ろしく高い位置に存在し、そして自分は自由に生きるだけの力を持っていることを。
 それに気付いたカラスアゲハは、最後に一度だけ師父と体を重ねた後、その首を鋼糸で断ち切って里を出た。
 だが、里は魔術結社と繋がっており、長い間庇護を受けない時期が続いた。
 そんな時、彼女はブラバッキーと出会い、そしてヴラド・メイザースと出会った。
 彼女は魔術結社以外の勢力の庇護下に入る事で、その安全を確保したのだった。
 そして三年以上男と体を重ねない日々が続いた。
 女は男と違い、異性を求める衝動はひどく小さい。
 だが、それは男のそれと比べると小さいだけで、まったくないとは言い切れないところがある。
 はっきり言って彼女は体をもてあましていた。
 だが、自分が抱いてもいいと思える男など、どこを探しても見当たらなかった。
 そんな時に数騎と出会い、カラスアゲハはいつのまにか数騎を使って性欲を解消していた。
 カラスアゲハ自身気付いていないが、カラスアゲハは自分自身をこそ最も愛する女性であった。
 カラスアゲハは愛で続けていた。
 愛される事なく、女の体をした肉の塊として犯され続けていた少女の自分を。
 だが、自分自身を愛し、抱きしめることは不可能である。
 それはカラスアゲハが自覚していない、最大のコンプレックスであった。
 しかし、目の前にいる少年は、過去の自分を思わせるものだった。
 過去の自分同様、薬によって精神に異常をきたし、絶望と共に生をつないでいくだけの空ろな存在。
 他人に体を好きにされることを仕方ないと考え、ただ流されるままに生きていく。
 今の数騎の生き様は、カラスアゲハに過去の自分を幻視させた。
 カラスアゲハは幾度となく数騎を抱きしめ、そして抱かれた。
 カラスアゲハは気付かない、自分が抱きしめているのが誰なのかを。
 彼女は数騎を抱きしめながら、同時の過去の自分をこそ抱きしめていたのだ。






 行為を終え、カラスアゲハと数騎は呼吸を荒くしながら抱き合っていた。
 空は白くなりはじめ、カラスの鳴き声が聞こえてくる。
 数騎は小さく息をつき、自分の横で寝転がっているカラスアゲハに視線を送る。
 カラスアゲハは小さく微笑みを浮かべ、数騎の鼻の頭を優しく小突いた。
「坊や、今日もステキだったわ」
「そりゃどうも」
 やわらかく笑みを浮かべる数騎。
 そんな数騎の対応に、カラスアゲハはおもしろそうに言った。
「それにしてもあなたって、本当にカルタグラみたいね」
「カルタグラ?」
 聞いた事のある言葉だ。
 どういう意味があったっけ。
 確か、
「魂の……苦悩?」
「へぇ、知ってたの」
 関心するカラスアゲハ。
 そんなカラスアゲハに、疑問が解消できない数騎は尋ねた。
「で、その魂の苦悩ってのが何でオレに該当するんだ」
「聞きたい?」
「聞きたい」
 即答され、カラスアゲハはやれやれと目をつぶって思ったあと、柔らかく目を開いた。
「確かに一般にはカルタグラってのは魂の苦悩を意味する言葉で使われるわ。でも、魔術結社の連中はそれを別の使い方にしているわ」
「どんな?」
「二重人格のこと」
「二重人格?」
「そうよ、心が、というか魂に大きな傷をつけられた人間は二重人格になることがあるわ。だから一部の魔術師は二重人格とは魂の苦悩が原因で起こる現象だって言い始めたの。だから、カルタグラって言ったら二重人格のことを指すのよ、また一つ、おりこうさんになったわね、坊や」
「坊やはやめてほしいんだけどな」
 唇を尖らせ、抗議する。
「でもさ、なんでオレが二重人格なんだ?」
「ん、した後のことよ。薬を使ってするのと薬なしでするのじゃあなたって結構性格違うのよ。自分で気付いてる?」
「さぁ? ラリってる時の記憶って残んないからさ」
「そうなの? 道理でね」
 カラスアゲハはつまらなく納得すると、体を転がして数騎に背を向けると、寝息を立て始める。
 さすがに夜眠らなかったこともあって、カラスアゲハは睡魔に襲われていたようだ。
 数騎も同様で、かなり瞼が重くなってきている。
 その睡魔に抗うことなく、数騎もカラスアゲハを見習って瞼を閉じる。
 そして、すぐさま深い眠りへと落ちていった。






 眠さが限界に達していた。
 もう三日も寝ていない。
 目の下にできた隈に辟易としながら、少女は薄暗い路地裏を彷徨していた。
 この間のはもうだめだ、腐ってとても使い物になりはしなかった。
 おかげで三日近く寝れなくなってしまった。
 最近警戒が厳しくなり、容易に目的を遂げられなくなっている。
 睡眠不足で呼吸がおかしくなっている少女は壁に寄りかかり、薄汚れた金髪を揺らしながら深く深呼吸をした。
 白かった服は薄汚れて黄ばみ始め、ひざまであるスカートの裾は乱暴な着こなしのせいでほころびが目立ちはじめている。
 あぁ、いい加減この生活は限界かもしれない。
 少女は一瞬そう考えた自分の思考を、頭を激しく左右に振ることで吹き飛ばした。
 だめだ、あそこに帰るくらいなら死んだ方がマシだ。
 でもこのままだと死んでしまう。
 人間は睡眠をとらないとその内死んでしまうからだ。
 それでも寝れない人間はどうなるか、試したくもない。
 少女は荒い呼吸を整えながら壁から体を離すと、人の気配のない路地裏を進み始めた。
 そして角を左に曲がったとき、彼女は人影を見出した。
 それは一人の極道が、哀れなサラリーマンに暴行を加えているところだった。
 いかつい顔にデカイ体、そして金のかかったスーツに身を包んだその男は、這い蹲り身を守るために体を丸めている中年のサラリーマンをまるでサッカーボールでも蹴るように蹴り続けている。
 二人とも酒が入っているのだろうか、アルコールのいやな臭いがした。
 まぁ、構わないかな。
 少女は思った。
 二人いるのは面倒だけど、それくらいどうにかできない私じゃない。
 そんなことを考えながら、少女はゆっくりと二人の男に向かって歩み寄っていった。
 



























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