トップページに戻る



トップページ/ 自己紹介/ サイト紹介/ リンク/


トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第六羽 依存

第六羽 依存


 空には太陽、冬だというにの元気に輝いている。
 大気は肌寒く、マフラーにコートという重装備でようやく寒くない程度だ。
 そんな街中を、手をつないで二人は歩いていた。
 一人はマフラーにコート、厚手の手袋に風邪を引いていないのにマスクをつける周到ぶりを示す目つきの悪い少年。
 もう一人は冬だというのにマフラーもコートも何もつけていない、ただ長袖の服とスカートという寒そうな恰好をしている小学生くらいの少女。
 言うまでもない、二人は数騎とクリスだった。
「え〜と、ここらへんだったかな」
 数騎は頭上を見上げながら呟いた。
 駅の側にある巨大なデパート。
 美坂町が誇る日本最先端の衣服チェーン店のあるデパートだ。
 喧騒の中、それに負けない声でクリスが聞いてきた。
「ここにお洋服屋さんがあるの?」
「あぁ、一応はな」
 答えながら、数騎はもう一度クリスの服装を見た。
 服は何日も洗っていない上に、着たきり雀だったようで、かなり薄汚れている。
 よく見ると穴も開いており、そこらへんは外から見えないように気をつけて歩けと指示を出している。
 本来、昼間は寝て過ごす数騎だが(昼間は数騎を求める客が来ない)クリスに新しい服が必要だということに気付いて、急遽洋服を買いに来たという次第だ。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
 嬉しそうに答えるクリス。
 数騎はそんなクリスの態度を微笑ましく思いながらデパートの自動ドアをくぐった。
 デパートの中は暖房がガンガンにきいていて暑かった。
 数騎は素早くマスク、マフラー、手袋を取ると、小脇に抱える。
 おかげで片手は手をつなぎ、もう片手で丸めたマフラーというステキな恰好になってしまった。
 数騎はエレベーターのあたりまでクリスを連れて行くと、ボタンを押してエレベーターの到着を待つ。
「えっと、店は六階か」
 道案内を確認しながら呟く。
 と、予算を考えている内にエレベーターが到着した。
 二人はエレベーターに運ばれ、あっという間に目的の店までやってきた。
「わぁ」
 クリスが感嘆の声をあげる。
 そりゃそうだろう。
 かわいい服を見て嬉しくない女の子はいない。
 もしいるとしたら、そんなのは女の子じゃないのだろう。
 どこかから苦情が来るかもしれないが、そこらへんは黙殺する事にする。
「クリス、とりあえず欲しいやつに目星つけとけ、四着くらいなら買ってやる」
「え? そんなにいいの?」
「構やしない、今は金があるからな」
 数騎はそう言うと、五万円ほどクリスに手渡す。
「こんなに?」
「それだけあれば好きなのが買えるだろ、行きな」
「うん、ありがとう!」
 満面の笑顔でそう言うと、クリスははしゃぎながら店の中に入っていった。
 数騎はもちろんついて行かない、女性用の服を売る店に入る気などしないからだ。
 それにしても。
 デパートの廊下に設置されているイスに腰をかけながら数騎は思った。
 なんで服ってのはこんなにも値の張るもんなんだろうな。
 小さくため息をつきながら思考に没頭する。
 そもそも、数騎は自分が不細工だと知った時から服装にこだわらず、機能性だけを重視し続けるいわゆるダサい男だった。
 髪型に特にこだわるわけでもなく、精一杯のオシャレが髪の色を染める程度だった。
 だが今は違った。
 商品として有益に機能するには見た目で商品価値をあげる必要がある。
 髪は染めるだけではなく髪型も整えて手入れをし、服も機能より見た目を重視して、アクセサリーもつけるようになった。
 数騎的に評するならば、『これを芸能人の○○がつけたら完璧超人なのにね』というくらいまで服装にこだわっている。
 もちろん数騎の趣味ではないが、この生活を続けたいのであればいたしかたない。
 だからと言って、数騎は人にケチと思われるのは好きではない。
 クリスとは一応同棲しているという現状だ。
 二人で暮らしているのだから、当然財布を握っているのは数騎である。
 そんな数騎が、自分の衣装には金を使うのに、クリスの服は量販店で売っている一着四桁を下回るような服を着せるわけにはいかない。
 つまらなく、くだらなく、しかしそれは張らなくてはならない見栄だったのだろう。
 実際、クリスに渡した五万円という金は数騎が客を三人とってやっと稼げる程度の金だ。
 大きな出費ではあるが、必要経費だと思って数騎は財布のダメージに目をつぶる事にした。
 と、クリスが小さな足をぱたぱた言わせながら数騎の所まで戻ってきた。
「どうした?」
「あのね、あのね」
 息を切らせながら、クリスは大きな瞳を目いっぱい開く。
「数騎は、どんな色の服が好きなの?」
「色ねぇ」
 思考する。
 もちろん黒だ。
 誰が何と言おうと黒だ。
 そう言えば昔、麻夜さんが全身黒は色使いが悪いから、上を黒にするなら下のズボンは明るめにしろとか言っていた気がする。
 正直色使いについて知識の無い数騎は、立ち読みしたファッション雑誌の着こなしをそのまま真似しているにすぎない。
「オレの好きな色は黒だけど」
「うん、じゃあ黒にする」
「全部黒にするなよ」
「わかった」
 そう答えると、クリスは数騎に背を向けて、ぱたぱたと音を鳴らしながら走って店に戻っていった。






「買ってきたよ〜」
 元気いっぱいな声。
 数騎はその姿を見て、思わず絶句してしまう。
 クリスの着ていた服は、黒くて黒くて黒くて黒く、そして時折白の混じった白と黒のコントラストがあでやかで、ひらひらしたドレスを連想させるゴスとかロリとか呼ばれている服だった。
「え〜と……クリス?」
「えへ、かわいいでしょ」
 くるりとその場で一回転してみせるクリス。
 遠心力で引っ張られ、スカートが緩やかにたなびく。
「どうかな?」
「悪くは無い、悪くは無いが」
 むしろいい。
 だが問題はそこじゃない。
「なぜにゴスロリ?」
「かわいかったから、ダメだったかな?」
 返して来いとか言われるのを恐れてだろうか。
 おっかなびっくり聞いてくるクリス。
「あ、いや。別にいいけど」
 言いながら数騎はクリスが引きずりながら持ってきたほかの服が入っているクリスから受け取って紙袋を覗き込んだ。
 中にはパーカーやらスカートやらと普通の服も計三着分入っている。
「ま、構わんかな」
 そう言ってクリスに視線を戻す。
「いや、他のも全部ならダメだったけど、一着くらいなら構わないぜ」
「ほんと!」
 やったーと、両手を広げて喜ぶクリス。
 見た目どおりに中身も子供っぽい。
 そこが実に好ましくある。
 ここで数騎のために弁護しておくなら数騎はけっしてロリコンということはないと加えておくとしよう。
 本人にも自覚症状はあるが、数騎はどうしようもないほど年上好きである。
 神楽、玉西、カラスアゲハ、あと強いて言うならついでに麻夜もだが、数騎と関わりの深い女性は基本的に全員年上である。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
 言って立ち上がる数騎。
 エレベータに向かって歩き出そうとするが、クリスが数騎を見上げるように立ち尽くしているのに気がつく。
「どうした?」
 ずっと見上げるクリス。
 それでようやくクリスの言わんとしていることがわかった。
 数騎はまだ暑いことを知りながらも、マフラーと手袋を装着し、クリスに右手を差し伸べる。
「うん!」
 元気そうに笑顔を浮かべると、クリスは数騎に左手を差し出し、二人は手をつないでエレベーターまで歩いていく。
 それにしても、本当に手をつなぐのが好きだな。
 数騎はそう思いながら、同時にデパートを出る最短のコースを頭の中で検索していた。






「さて、結局のところ私達は今度どう動くべきなのか」
 全員の視線を集めながら、柴崎が切り出した。
 場所は探偵事務所、ソファやテレビや机がある事務室で、柴崎たち一同は話していた。
 柴崎司、桂原延年、戟耶鋼一、薙風朔夜、里村智美、桐里歌留多、綱野麻夜、そして麻夜にはまだ馴染みの浅い二人の男。
 計九人の人間が一同に会していた。
 ソファだけでは全員が座れないので、イスも用意して全員でテーブルを囲んでいた。
「意見がある人間は意見をお聞かせ願いたい」
 柴崎が口にすると、綱野麻夜が口を開いた。
「まずは何を指針にするか決める必要があります」
「つまるところ、オレ達が第一に求める目標と言う事だろう?」
 桂原が顎に手を当てながら続ける。
「まずオレ達がここに派遣された理由は無論、ヴラド・メイザースの抹殺が目的だ。やつとの因縁は十年前、やつが守護騎士団を裏切ったあたりから遡るからな。どうもここ数ヶ月ヴラドはこの町から移動していないらしい。打倒するのは今が機会というわけだ」
「つまり、まずはヴラド・メイザースの殺害が目的なんですよね」
 里村の言葉に全員がうなずいてみせる。
 そんなことは言われずともわかっている。
 だが、集団が意志を一つにして動くには必要な儀式のようなものなのだから仕方がない。
 柴崎は一同を見回す。
「それで、ヴラドたちとの戦闘に関してなのですが、どうやらヤツらもこっちの存在が目障りで仕方がないらしい」
「そりゃ、そうだろうねぇ」
 戟耶が鼻を鳴らしてみせる。
 柴崎は戟耶の言葉を気にせず続けた。
「気をつけてもらいたいのは、ヴラドたちが私達の戦力を削ろうとしているという点です。この間戟耶さんとこの町で事件を起こしていると思われる魔剣士を捜索している際にヴラド一派に襲われたのですが、やつらは明らかにこちらの戦力を削ぐような戦い方をしてきました」
 その言葉に戟耶以外の人間は驚きの表情を見せた。
 ヴラド・メイザースは守護騎士団を抜ける際、多くの同胞を引き抜いて離反した。
 故にヴラド一派というのはそこそこの戦闘能力こそあるものの、絶対数では頼りなく、今まではデュラミア・ザーグと激突した際は、徹底抗戦というよりは戦略的撤退を好む集団というのが守護騎士団側の見解だ。
 だが、それが昨夜崩れた。
 いや、二ヶ月前に屋敷の襲撃を妨害された時点である程度わかっていたため決定的になったというべきだろう。
「まだ可能性ですが、もしかしたら私と戟耶さんが追跡していた魔剣士はヴラド一派なのかもしれません。そうだとするなら、それを追跡する私達をヤツらが張っていたと考えてもおかしくはないでしょう。現に戟耶さんは三対一という不利な戦闘を強いられました」
「首の皮一枚のところで撃退できたけどな」
 自慢そうに言う戟耶。
 とりあわず柴崎は一呼吸置いて、話を再開する。
「やつらがなぜこの町に固執するか、それはもうわかっています。どうやらこの町には界裂と呼ばれる退魔皇剣が存在する可能性があり、ヴラド達はそれを狙っています」
 その言葉に一同は揺れた。
 もちろん、この事実が判明したのは数ヶ月以上前なので全員がそれを承知している。
 だが、それでも話題に上れば動揺はするというものだ。
 退魔皇剣。
 それは五十の放出力が限界のそこらの術士と比べて桁外れの力を持つ放出力二百超えをしたものに与えられる称号である魔皇。
 そしてその魔皇が振るったと言われる多くの魔剣の元となったオリジナルである魔皇剣。
 さらに、その魔皇剣すら打倒した最強の魔剣が退魔皇剣と呼ばれる。
 全部で八本しかないこの魔剣、今では伝説と化し、現存例は皆無である。
 その退魔皇剣がこの美坂町に存在している、それがヴラド・メイザースの主張だ。
 それが本当ならば由々しき事態と言える。
 退魔皇剣、もしそれを振るうものがあれば近代兵器に身を固めた数個軍を相手にしても勝利が可能だろう。
 本来、表と裏の世界の力は圧倒的に表の世界の力である科学がそれを超越しているが、魔皇クラスの使い手ならば十分に近代軍との戦闘も単独で行える。
 だが、それが限界だ。
 裏の世界には数多くの魔皇クラスが存在しているが、退魔皇クラスの使い手は皆無と言ってもいい。
 だが、それがもし一振りでも手に入りさえすれば、
「もし、ヴラド・メイザースが退魔皇剣を手に入れてしまえば、世界のバランスが崩れるでしょう」
 裏の世界の勢力図が塗り換わる程度の話ではない。
 退魔皇剣があれば表の勢力に対し、もう裏の勢力が裏に潜む必要さえなくなる。
「退魔皇剣を求めるのはもちろんヤツらだけではありません」
「あわよくばオレ達がってことだろ?」
 尋ねる桂原。
 柴崎はしっかりと頷いて見せる。
「ですが、当然のことながら守護騎士団の本部は大した反応を見せてくれません」
 その言葉に一同は頭を抱えた。
 だが、本部の反応が鈍いのはいくらでもある話だった。
 退魔皇剣、この絶大なる威力を誇る魔剣、実は今まで幾百という回数、封印場所を特定した異能者がこれを復活させようと試みたことがあった。
 しかし、蓋を開けてみればその全てがまがい物。
 剣崎が隠し持っていた退魔皇剣の鍵とやらも眉唾ものという話だ。
 実際には退魔皇剣が過去に振るわれ、そして消滅した場所の地図だという。
 剣崎本家から情報が漏れなかったためにわからなかったが、恐らくこの美坂町がそうなのだろう。
 凄腕の占い師のおっしゃられることには、もはや退魔皇剣はこの世界に存在しないという結論だ。
 この占い師、魔皇として名を轟かせる術士で、その信頼度はまさに神。
 さらに幾百の遭遇例が全て失敗だったことも手伝い、退魔皇剣は実在しないとみなが決め付けていた。
 及び腰の理由はまだある。
 この幾百もの事例すべてに魔術結社は全力を注いで事にあたった。
 アルス・マグナの連中も当然これを狙って激戦を繰り広げる。
 結果、退魔皇剣の噂が流れるだけで魔術結社はアルス・マグナと激闘が生じるため大量の死傷者が出る。
 もちろん看過できる問題ではないため、この手の事例では大抵上は及び腰になる。
「わかっている通り、今回私達がここに集められた理由は退魔皇剣の奪取ではなく、ヴラド・メイザース一派の壊滅が目的です。それを忘れないように」
「確かにそれが一番です。それに、本当に退魔皇剣がこの地域にあるとは思えません。おそらく退魔皇剣と勘違いされている何か別の紛い物でしょうね」
 柴崎の言葉に麻夜が答える。
 一同は、心の中で麻夜の言葉に賛同した。
 実際、退魔皇剣が発見されない場合でも、退魔皇剣と勘違いされた魔剣の発見は大いにありえる。
 少ない事例だが、魔皇剣が発見されたこともあった。
 現代の技術力で魔皇剣は製作できないため、魔皇剣は恐ろしく貴重とされている。
 これを手に入れるだけでも十分に意味があるが、そんなあるかどうかわからないものに資金と人材を注ぎ込むわけにもいかない。
「さて、それでは本題に入りましょう」
 今までの会話はこれから口にする内容の導入にすぎない。
 それを承知してか、全員が押し黙った。
「まず私達が今後どう動くか、具体的な指針はそう多くはありません。自ら動くか、待つか、探し出すか、この三つでしょう」
「動くってのはこっちが動いて敵を誘おうってことか?」
 尋ねる桂原。
 柴崎は頷いてそれを肯定する。
「残りの二つは予想通り、ヴラド一派の動きにいつでも臨機応変な対応が出来るように警戒を怠らないという方策。そして最後の方策が」
「敵拠点の捜索だろ?」
 柴崎の言葉の続きを戟耶が横取りする。
 そのまま戟耶は自分の意見を述べた。
「拠点を探し出し、強襲をかけて敵を全滅させる。すばらしいやり口だ。たぶん一番被害も少ない」
 戟耶の言うとおりだった。
 誘い出すのは真正面衝突だし、動きを待つのでは後手に回り主導権を奪われる。
 だが、捜索の後の強襲にも問題はある。
「強襲には二つの問題が残ります。まず、この十年私達から逃れ続けた敵の拠点をそう簡単に探し出せるかどうか、さらに敵拠点は敵の敷地であるためこちらの不利に働く可能性が強いです」
「なら選択肢は二つまで絞られたってことだろ? こちらから動いて誘い出すか、拠点を探し、見つけるまでに敵が動いてしまったらカウンターアタックに甘んじる。お前らはどれがいいと思う?」
 一同に尋ねてみる戟耶。
 そして、すぐそれに続く言葉を戟耶は口にした。
「オレは待つのは性にあわないんでね、こちらから動くのが得策と考える。お前らはどうだ?」
「同感だな、積極的に動くべきだ。待ちでは先手をとられて面白くはない」
 桂原が戟耶に続いた。
 それで全てが決定した。
 精鋭部隊の中のナンバー3とナンバー1が意見を揃えたのだ。
 それが妥当な判断であると思えば誰もが否定する気は起こさない。
 全員の意見の一致を感じとった柴崎が声を上げた。
「ならば決まりだ、私たちは今後の戦いを、積極的攻勢を持って完遂することをここに決議する。行動は三日後、機動力の向上のため、行動は四人一組を厳守、綱野さんには拠点確保としてここに残り、連絡要員として動いていただきます」
「承りました」
 麻夜は丁寧に柴崎に向かって頭を下げる。
「他、異議のあるものは?」
 全員を見回す柴崎。
 と、一人手を上げる者がいた。
「桐里さん、何か?」
 尋ねる柴崎。
 挙手していたのは全く会議に参加せず、聞いているだけだった桐里歌留多だった。
「あ〜っと、全体的な方針には異議がないんだけど、上からの報告をついでにさせてもらおうかなと思ってね」
「どうぞ」
 上の人間全員(桂原、戟耶、歌留多、薙風)から性にあわないと言って議長を押し付けられていた柴崎が歌留多に発言許可を与える。
「クロウから連絡よ、フィオレ学派のホムンクルスが脱走したわ。しかも運の悪いことに魔剣を所持してるって話よ。どこにいるかはわからないけど、発見しだい報告をよこせって言ってるわ。すでに日本全国の魔術結社に賞金を提示したらしいわ」
「ホムンクルスが、脱走?」
 問う柴崎に、歌留多は続けた。
「えぇ、いろいろと実験中で結構有能な魔剣を所持しているらしいわ。どうやら獣憑きの一団に襲撃されて大量の魔剣が失われたらしくて、何が残っていて何がなくなっているのかすらわからない状況って話よ。危険だから気をつけろって」
「外見的特長は?」
「えっと、確か身長は百三十くらいで、金髪碧眼の白人みたいな外見だって」
 歌留多の言葉を聞いた瞬間、戟耶が爆ぜるように笑った。
「何?」
 隣に座っていた薙風がうるさそうに視線を戟耶に向ける。
 戟耶は笑いをこらえながら腕を組む。
「そりゃ昨日オレ達が交戦した魔剣士に間違いねぇな。今、桐里が言った外見的特長完備、加えてなかなか優秀な魔剣士だったよ」
「たしか切断系物理魔剣でしたか?」
 昨日の戟耶の言葉を思い出す柴崎。
 戟耶は嬉しそうに応じた。
「そうそう、いきなり奇襲されてな。バカが二人やられちまったがしっかり手傷は負わせたぜ、運がよければもう死んでるかもな。悪くてもそう長くはねぇ。せいぜい一週間の命さ」
「なぜ言い切れる?」
 視線を向けてくる柴崎に、戟耶は自信ありげに言った。
「オレに狙われたんだぜ」
 その言葉には、押し殺した殺気がこめられていた。
 その威圧はすさまじく、バカにされて頭にきていた十二、十三の名を持つ亡霊が思わず怯んでしまったほどだ。
 そんな周囲に変化をよそに、戟耶は桐里に尋ねた。
「ところで、そいつは殺しても殺さなくても関係ないのか?」
「ん〜っと、生きてる方が賞金は高いけど。殺しても一割落ち程度よ。実験体は貴重だけど回収が優先って言ってたし」
「実験体?」
 柴崎が口を挟む。
「そうよ、フィオレ機関は人間と魔剣の関係を研究、さらに強力な魔剣を作り出すための研究機関。人体実験は当たり前よ。まぁ、本物の人間を使うのは難しいから代わりにホムンクルスを実験台にするけど」
 柴崎は思わず怒りを覚えた。
 ホムンクルスとは魔術によって人工的に作り出された人間の事だ。
 いくら本物の人間ではなからと言って実験台になどしても構わないということか?
 だが、そのおかげで実験台の数倍の人間が助かるのは事実。
 ならばより多くを救うために実験台は必要な犠牲として割り切るべきなのだろうか?
 それは違う、違うと思う。
 それは魔術結社たちの方針に反する。
 この世界はいつか滅び去るだろう。
 それを少しでも先延ばしにするためにアルス・マグナは世界の再生を目指す。
 認めたくはないが、おそらくアルス・マグナのやり方の方が多くの人を救えるのだろう。
 今を生きる命を対価として。
 そしてそれに対抗するために自分たちデュラミア・ザーグが存在する。
 だというのに、魔術結社はその逆をしている。
 より多くの者を救うために一部を実験台として死なせる。
 小を捨て、大を生かす。
 それはお題目にすぎない。
 もしそれを本当に思うのならアルス・マグナに賛同すべきだ。
 彼らはそれを極大の形で実行しようとしている。
 つまりはこういうことだ。
 その小に混ざらなければいいと。
 自分たちが助かるために、他人を踏みにじればそれでいいと考えている。
 唾棄すべき思想、許しまじき方策。
 そんな考え方を平気でする人間が自分たちの味方にいることに、柴崎は言いようのない怒りを覚えた。






 包丁がまな板とぶつかり合う音が響く。
 まだ六時だというのに、クリスが台所で料理を作っているからだ。
「もう六時か」
 インスタントばかり食っているから食事の数分前に料理の準備を始めればいい自分と違って、まともな料理には時間がかかる。
 凝った物をつくりたいのであれば朝から用意することさえあるのだ。
 どうも事務所で毎日料理を作っていた習慣を自分は忘れてしまっているらしい。
「ダメだな、こりゃ」
 呟き、数騎は足をコタツに入れた状態のまま畳の上に寝転がった。
 ただ静かに、汚くなった天井を見上げる。
 そこは数騎たちが生活をしている安アパート。
 服を買った帰りにストーブとコタツのコンセント(これがないから動かなかった)をついでに購入したため、部屋の生活水準は急上昇している。
 と、数騎の体に衝動が走った。
 それをクリスに悟られたくなかった数騎は、訝しまれないよう、平静を装って隣の部屋へと歩いていく。
 押入れを開き、布団の奥に隠しているプラスチックの箱。
 数騎はそれを音もなく取り出すと、素早く蓋を開く。
 その中には白い粉、そして注射器が入っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 息が荒い。
 急がないとクリスに感づかれる。
 数騎は迅速に、だが丁寧に注射器を操り、血管に空気が入らないように注意しながら腕に注射をした。
 精神が落ち着いてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 そして、急速に倦怠感に襲われた。
 数騎はゆっくりと畳の上に突っ伏すように倒れる。
 目をつぶる。
 周囲は寒いが気にはならない。
 落ちていく感覚。
 いい感じだ。
 もうすぐ会える。
 もうすぐオレは、神楽さんに……






 次の瞬間数騎は気を失っていた。






 体が揺れている。
 やめろ、オレに構うな。
 体が揺れる。
 暗闇の中、神々しく存在していた神楽さんの姿がゆがむ。
 体が揺れる。
 やめてくれ、オレはここでしか神楽さんに会えないのに。
 体が揺れる。
 目覚めたくなんかない、オレはこのまま神楽さんと……
 そして、意識が覚醒した。
「うわあああぁぁぁ!」
 叫び、自分の体を揺らしている人間を弾き飛ばした。
 呼吸も激しく、数騎は素早く体を起こし、座ったままの姿勢で血走った目を自分が弾き飛ばしたものに向けた。
 それは、目に涙を浮かべるクリスだった。
「ぐぁっ」
 頭痛が走る。
 数騎は頭を抱えて蹲る。
 あのドラッグの後遺症だ。
 意識を失い、倦怠感を招き、そして神楽との邂逅を約束してくれるドラッグは、確実に数騎の体を蝕んでいた。
 だが、数騎にとっては何も問題はない。
 服用するだけで神楽と再び会いまみえることができるのだ、自分の体などどれほど惜しいというのか。
 だが、目が覚めた後のこの状態だけはいつまで経っても慣れない。
 数騎は気力を振り絞り、頭を左右に振って意識を落ち着かせ、近づいてくるクリスを見つめていた。
「数騎、大丈夫?」
「一つ、言っておく」
 心配そうに手を伸ばすクリスに、数騎は凄んで言った。
「オレがドラッグをやってる時は二度と手を出すなよ、わかったか!」
「だ、だって……」
 涙をぼろぼろと流しながらクリスが続けた。
「数騎、ずっと起きなくて。ご飯できたから呼びに来たのに、ずっと起きなくて。それで私、心配になって。数騎、死んじゃうんじゃないかって、思って」
 数騎は睨みつける目をクリスからそらし、壁にかけてある時計に目をやった。
 時刻はすでに九時を過ぎている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん……なさい…………」
 零れ落ちる涙は止まらず、頬を伝わる涙はぼろぼろと流れ落ち、畳を濡らす。
 そんなクリスを見て、数騎は罪悪感を覚えた。
 ドラッグをキメたのはこっちの勝手だ。
 確かに神楽さんの夢を邪魔されたのには腹が立つ。
 だが、数騎にはまだ他人の気持ちを考える能力が消えうせるほど腐ってしまったわけではなかった。
 どれほど不安だったのだろう。
 おそらくは二時間近く。
 あきらかに危険な薬を使って意識を失っている自分を発見し、起こそうとしても起きない自分を見て、彼女はどれほど不安だったのだろう。
 他に頼るあてもなく、一人になることを恐れた時間がどれだけつらかっただろうか。
 ふと、クリスの顔が幼い日の自分と重なって見えた。
 数騎は自分の中に生まれた怨嗟を霧散させ、クリスの頭に手をのせる。
「すまなかったな」
 やさしく頭を撫で回す。
 それがどれだけ嬉しかったのだろう。
 謝られたというのに、クリスは大声でわんわん泣き出した。
 崩れ落ちるように数騎の胸に飛び込むと、数騎の腹に顔を当てて声を押し殺して泣いた。
 数騎は優しくその頭を撫でてやる。
 二人はしばらくそのままの姿勢で、お互いの存在を感じあっていた。






「やぁ、濡れ場は終わったかな?」
 ひょこっと襖から顔が飛び出した。
 数騎は残った左目を細め、その人物を睨みつける。
「濡れ場じゃない、オレに幼児趣味はないぞ、カラス」
「あー、そうよねー。まぁ、坊やはお姉さん好きってことで」
 襖の向こうから全身を出す。
 それは漆黒の装束を身に纏う女性。
 カラスアゲハと呼ばれる忍者だった。
「何の用だ? 今はまだ九時だぞ?」
 尋ねる数騎。
 理由は簡単、カラスアゲハがこのアパートを訪れるのは決まって深夜一時を過ぎてからだ。
「ん〜、今日は気が向いたから、ちこっと早めに来ただけなんだけど」
「そうなのか?」
「特に意味はないわ、それより礼の一つでも言ったらどうなの?」
「礼だと?」
 訝しむ数騎。
 と、数騎に抱きついていたクリスが顔をあげた。
「あ、あのね。数騎が起きなくて私が泣いてる時にこのお姉さんがきてくれたの」
「そうそう、それで助けてあげたってわけ。一応治療したからほっとけば起きてくるって言ったのに、この娘ずっとあんたのそばで献身的に看病したたのよ」
「そうなのか」
 確認する数騎に、クリスは小さく頷いてみせる。
「それにしても坊や、情けないわね」
 言ってカラスアゲハがビニール製の袋をひらひらと指先で振って見せる。
 それは数騎が愛用するドラッグだった。
「こんな安物の薬使うなんて、下品にもほどがあるわ。それにこんなのでラリってたら、その内、社会不適合者になっちゃうわよ」
「お前には関係ない」
 言い放つ数騎。
 が、カラスアゲハは言葉を続けた。
「やめたいなら協力してあげてもいいわよ」
「やめたくない」
 数騎があっさりと答える。
 カラスアゲハは『おやっ』とした表情を浮かべた。
 大抵の人間は服用していくたびにドラッグの恐ろしさに気付き服用をやめようとする。
 だが、ドラッグの所以はやめようとしてもやめられないところにあるのだ。
 悪いとは知りながらも服用を重ね、生活、精神、肉体、全てを失っても薬を求めることをやめようとはしなくなる。
 数騎もそろそろドラッグの恐怖を理解し始めている頃だと思ったが、数騎がドラッグを心底受け入れている様子に少しだけ驚いていた。
 やめられないではなく、やめたくない。
 それは、数騎がドラッグをキメることによって神楽の幻想を見ることができるという事実に端を喫していた。
「まぁ、私はいいけどね。でもやめたくなったらいつでも言ってね。いざとなったら無理矢理にでもやめさせるから」
「小さな親切大きなお世話って言葉は知ってるか?」
「知らない」
 受け流すように答えるカラスアゲハ。
 興味を失ったのか、数騎に向かってドラッグの袋を投げつける。
 数騎はそれを空中で受け取ると、空きっぱなしの押入れに向かって投げ入れる。
 と、突然空腹を覚えた。
 腹が情けない泣き声をあげ、腹に顔を押し付けていたクリスはその音をじかに耳にする。
「あ、そうか。ご飯まだだったもんね」
 クリスは残った涙を左手で拭うと、コタツのある部屋に向かって歩き始めた。
「すぐに用意するからコタツに入って待ってて」
 そう言って台所まで行くクリス。
 数騎は一息ついて起き上がると、温かいコタツに入ることにした。
 そしてクリスの料理はすぐにやってきた。
 今日はハンバーグ。
 焼いた後だったため、すでに冷めてしまっていたが電子レンジの偉大なる力によってハンバーグはほかほかと湯気を上げている。
 が、問題はそこではない。
「いやぁ、おいしいねぇ」
「待て」
 険しさを含んだ声で数騎が声を出した。
「なぜお前がここにいる?」
「いやぁ、食事と来たらお呼ばれしないと失礼でしょ。私の分もあることだし」
 声はカラスアゲハのものだった。
 用意された食事は三食、コタツに入る足の本数は六本。
 数騎のすぐ隣にはクリスが、そしてその対面にはカラスアゲハがぬくぬくとしていた。
「まぁ、いいじゃないの。私だっていろいろと手伝ってあげたんだし」
「カラスさんにはお世話になったし、ダメかな?」
 聞いてくるクリス。
 それは本来なら食事を用意する前に聞くべきことだ。
 数騎はそうクリスにツッコミを入れたかったが、先ほどまで泣いていたのがようやく収まったところにまた泣かすようなことを言いたくはない。
「わかったよ、しっかりと召し上がっていきな」
「ありがと、坊や。それにお嬢ちゃん」
 礼を言い、カラスアゲハは再び食事を開始した。
 肉汁のあふれるハンバーグがカラスアゲハの口の中へと消えていく。
「数騎も食べよ」
 隣のクリスがナイフを数騎に差し出した。
「そうだな、いただくよ」
 数騎はナイフを手に取り、ハンバーグを食べ始める。
 アパートで暮らすようになって、三人で食事を取るのはこれが初めてだった。













前に戻る/ 次に進む

トップページに戻る

目次に戻る