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第十一羽 呪牙塵


 テーブルの上に置かれていたのは青き鞘に収められた日本刀だった。
 手入れがいいらしく、蛍光灯から発せられる光を照り返している。
 その日本刀を前にして、戟耶は探偵事務所のソファに座りながら、サバイバルナイフを手入れしていた。
「精が出ているようですね」
 たまたま通りがかった柴崎が戟耶に話しかけた。
 だが、その表情はあまり明るくない。
 戟耶の手にしている魔剣に、あまりいい思い出がないからだった。
 それを気付いているのか、戟耶は顔に笑みを貼り付けながら尋ねた。
「この間からコイツに御執心のようだが、何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、そういう訳では」
 落ち着きはらって答える柴崎。
 そんな柴崎に、戟耶は鼻を鳴らした。
「そういや、お前さんが呪牙塵を回収してくれたんだっけな。礼は言っておくぜ」
 そう、五月に起こった魔術結社の宝物庫に対する襲撃事件により、修理中のために保管しておいた精鋭の使う有能な魔剣が強奪された事件が起こった。
 呪牙塵、投影空想、視線結界、冥鏡死翠、魔飢憑緋、いずれも精鋭が手にしたときに恐るべき力を発揮する魔剣だ。
 投影空想は周囲にある物質を意のままに操り、自らの戦力の足しにすることが出来る上に、地形を操ることも可能なので、戦況を有利に展開できる。
 地の利を持つ軍隊が優位を保った事例は軍事史においてさえ稀有なものではない。
 視線結界は応用力の高い斬糸による戦闘を可能にする。
 まぁ、実際は想定以上の能力を実戦において示したわけだが、これは斬糸の持ち運びを容易にするというコンセプトで作ったつもりだったのだから、魔術結社の連中に文句を言う筋合いはない。
 さらには冥鏡死翠、地の利を得るということに置いて、裏の世界では自身の張った結界の中で戦うことほど有利になることはそこまで多くない。
 弱点も多いが、それは使い方で容易にコントロールが可能、むしろこのコントロールの幅こそが冥鏡死翠の力だろう。
 そして呪牙塵、こと殺傷力に関してだけ言えばこの魔剣は非常に恐ろしい力を持つ。
 基本的には拷問用の魔剣で一度その刃で傷をつけられると八日以内に呪牙塵が自動的に生み出している宝玉を体内に取り込まない限り、その強力な呪いによって命を絶たれてしまう。
 通常の戦闘においては時間がかかりすぎて意味を成さないこの魔剣。
 だが、この性能を十分に活かしきる者もいた。
 目の前の戟耶と名乗る男である。
 彼は柴崎と同じ賞金稼ぎ、異端や犯罪者を追跡し屠る者だ。
 だが、足の速い敵やちょっとばかり強い敵は一度の戦闘では取り逃がすことも多い。
 そこで戟耶は呪牙塵を活用することにした。
 呪牙塵の呪いは呪牙塵無しでは癒すことが出来ない。
 そして癒さなければ八日後に即死亡する。
 つまり、一度この魔剣で傷をつけられた者は戟耶に対し、八日以内に決戦を挑まなくてはいけなくなるのだ。
 戟耶は機動力においては難のある魔剣士だが、最大火力においてはランページファントムにおいても頂点に君臨する。
 一の亡霊、二の亡霊は三の亡霊たる戟耶よりも放出力は低い、彼らはギリギリ五十に届くか届かないかというところだが、それでも戟耶より上にいるのは彼らの能力の特殊さ故だろう。
 何か最大放出力を凌駕する能力を持っているに違いない。
 そうでなくては、戟耶よりも上の階級にいることなど不可能だからだ。
 それほどまでに戟耶の戦闘能力は卓越していた。
「ところで柴崎。お前、この呪牙塵をオレに返す前に一度くらい使ってみたか?」
 尋ねる戟耶に、柴崎はつまらなそうに答えた。
「いえ、使わずに本部に送りつけましたので」
「そうか、じゃあ知らないだろうな」
 楽しそうな顔をする戟耶。
 と、戟耶は手招きして柴崎に対面のソファに座るよう求める仕草を見せた。
 それに従って柴崎が戟耶の正面に位置する形で腰を降ろす。
 それを見て満足そうな顔をすると、戟耶はゆっくりと説明を始めた。
「わざわざこれを取り返してきてくれたお前にだから教えるけどよ、こいつには本部の人間も知らない特殊な使い方があるんだよ」
 手にする呪牙塵を見せ付けながら口にする戟耶。
 柴崎は興味深そうな顔をした。
「特殊な、使い方ですか?」
「そうさ、呪牙塵の呪いが八日で対象者が塵となって死ぬ呪いを、敵を一度切るだけで施せる力を持つってことは知ってるよな?」
「はい、それはもちろん」
「だよなぁ、この能力は守護騎士団の連中の中でも知っている人間はことのほか多い。だが、知らない人間の方が多いだろう。もし、一度ではなく二度、呪牙塵で相手を切りつけた時に何が起こるかなんてよ」
「何か……起こるんですか?」
 確かにそれは盲点だった。
 呪いの重ねがけ、元々術とは重ねて使用するとその威力を高める性質を持つことが多い。
「起こるかって? そりゃ起こるさ。一回斬りつければ八日でその命を絶つ呪い。だがな、それを重ねてかけるとどうなるか? 答えは簡単だ、呪いの進行が加速するんだ。八日かけてようやく全身に駆け巡る呪牙塵の呪いを顕現させた刺青のような痕が全身に走って三十分以内に塵と化す。しかもその状態になっちまえば立ち上がることはおろか、呼吸することすら苦しくなる。つまり、戦闘中にコレで二回傷をつければその時点で勝利は確定ってわけだ」
 そこまで聞いて戟耶が呪牙塵を愛用する理由に更なる説得力が加わった。
 一撃を与えることによって敵を自分から逃れることを不可能とし、二撃目を食らわせることで勝利が確定する。
 だが、呪牙塵はたかがナイフだ、射程と威力には限界がある。
 おそらくドラコに対して用いたように、呪牙塵の基本的な使用法は投擲なのだろう。
 それならば接近することで危険を犯す心配はなく、逃げる敵にそれで一撃加えれば目的は果たせる。
 なによりも戟耶の本当の武器は刃羅飢鬼だ、呪牙塵はオマケに過ぎない。
「それほどの魔剣とは、知りませんでした」
「ん〜、理解してもらえればありがたいってところだね」
 嬉しそうに言う戟耶。
 そんな戟耶に、柴崎は怪訝そうに聞いた。
「でも、なぜです?」
「ん〜、何がだ?」
「なぜ私に自分の魔剣の能力などを教えるんです?」
 自己の情報漏洩は死に繋がる。
 それを理解してなぜ自分に能力をバラすのかと柴崎は戟耶に尋ねた。
「.なぜだと? なぜかねぇ、オレにもよくはわからん。いや、そうでもないか。理由はあった」
「何ですか、それは?」
 なおも尋ねる柴崎に、戟耶ははっきりとした口調で答える。
「久しぶりに、目の前で塵となり崩れ落ちる人間の姿が見たいと思ってな」
「つまり、手配されているフィオレ博士の実験台を見つけた場合は」
「手を出すなってことさ、お前も賢くなったじゃねぇか」
 話が早くて助かると、戟耶は愉快そうにカラカラと笑いはじめた。
 そんな戟耶を前にして、柴崎は少しだけ表情を曇らせたのであった。






「いるんだろ、出て来いよ」
 路地裏の奥まった場所に辿り着くなり、数騎は大きめの声でそう喚いた。
 それに呼応するように人間の気配がその空間に現れる。
 黒き忍びの装束に身を包んだ女性、カラスアゲハであった。
「へぇ、坊やが私の気配に気付けるなんてやるじゃない。これでも陰影を使ってたのに」
「別に気付いたわけじゃない。呼んだら出てくるかなって思っただけだ」
 言葉どおりだった。
 数騎程度の無能力者に暗殺者の陰影を見抜けるわけがない。
 いるかもしれないから試しに呼んでみただけだった。
「で、坊やが私を呼び出すってのはどういった用件? もしかして我慢できなくなっちゃった?」
「ふざけろよ、そんな用件じゃない」
 吐き捨てるように言うと、数騎は残った左目をカラスアゲハに向ける。
「カラス、お前は確かヴラド・メイザースの一派だったな?」
「ん〜、そうだけど。それで?」
「メイザース一派の連中の目的はランページ・ファントムの壊滅か?」
「坊やとそういう話をするのは好きじゃないんだけどね〜」
 けだるそうに言うカラスアゲハ。
 だが、次の瞬間カラスアゲハの表情がだらけた者から鬼気迸るものに変化した。
 須藤数騎に接する個人ではなく、メイザース一派のカラスアゲハとして話をするためだ。
「私たちの一派の目的は、まぁ知ってるかも知れないけどある魔剣の入手よ。そのためにランページ・ファントムは、というか魔術結社のデュラミア・ザーグは確かに邪魔だけど無理して処分しようってほどでもないわ」
「本当にそうか? 探偵事務所には最近人間の数が増え始めているぜ。黙認できる事態か?」
「へぇ、知ってるんだ」
 笑みを浮かべるカラスアゲハ。
 適当にあしらえる相手ではないと知って、カラスアゲハはようやく真実を語り始めた。
「厳密に言うと私たちはランページ・ファントムの壊滅を望んでいるわ。正確にはこの周辺に存在する魔術結社の息のかかった連中の一掃、つまるところ私たちが動く、仮にXデーと呼ぶ日があってその日に連中の邪魔が予想されるわ。
 だからその時までにある程度あいつらの戦力を削り落とす必要は確かにある」
「じゃあ、ランページ・ファントムの連中と交戦はしたのか?」
「あなたがあのアパートに引っ越すまでの間にも何度かやりあったわ」
「オレがアパートに移った後は?」
 そう、そこから先の事務所の内部情報は須藤数騎にはわからない。
 だからこそ問うたその質問に、カラスアゲハはあっさりと答えた。
「もちろん、襲撃はかけたわ。メイザースご本人も動いてね。でも、撃退された」
「返り討ちにあったのか?」
「そうよ、一回目は奇襲したけど失敗。二度目は奇襲されて失敗。戦果はゼロ、損害は魔剣士一人に獣憑き二人。少々こちらに分がないわけ」
「戦果はなしか?」
「無しよ、こっちが殺されただけだもん」
「そうか……」
 黙りこみ、思案を始める数騎。
 考えをまとめるのに、そう長い時間はかからなかった。
「カラス、頼みがある」
「こっちにもあるわ」
 と、カラスアゲハの言葉を聞いて、数騎は思わず驚いた顔をする。
 とてもではないが、カラスアゲハが自分に用事があるとは考えてもみなかったからだ。
「何の用だ? オレに何を求めるのかわからんが、一応言ってみろ」
「じゃあ言わせてもらうわ。あなた、フィオレ博士の実験体と一緒に生活してるわよね」
「クリスに何か用でも?」
「いやいや、あなたが考えるようなひどい事はしないわよ」
 手を横に振って数騎の考えを否定する。
「そうか、てっきりお前たちの傘下に加えろとか、クリスを自分たちの実験に利用しようとか言うのかと思った」
「だから違うって、ただ情報は提供してもらいたいのよ」
「情報?」
「そう、あの子はホムンクルスって言うよりは魔剣生命体って言った方が正しい存在だもん」
「どういうことだ?」
「つまりね、あの子は生ける魔剣のようなものなのよ。肉体に魔剣を埋め込むってのは想像を絶するほどの反作用を体に生むわ。普通の人間の体に魔剣を取り付けたかったら体の一部を切断して魔剣を接続するくらいしか方法がないの。でも、生まれつき体の中に魔剣が存在すれば肉体は魔剣を拒まない。
 魔剣を最初から体の中に埋め込んだ人間を作る実験をしてたのがフィオレ博士ってわけ」
「で、クリスに何をさせたいんだ?」
「ん〜、ちょっと見せてもらいたいだけよ。メイザースなら少し体を調べるだけでどのようにして生物に魔剣を埋め込むかっていう技術を盗むことが出来る。
 新しく技術を生むのは大変だけどコピーは簡単だからね。その技術が手に入れば今後、魔剣の蘇生に失敗した後も、戦いを少しだけ有利に展開できるかもしれない」
「クリスに危害は及ばないと?」
「約束するわ、一日自由を拘束するだけよ。決して危害も加えないし、あなたたちにも何もしない。今日はそれが言いたくてあなたが一人になるのを待ってたの」
「なるほどな、つまりあんたらにもクリスが無事である必要があるというわけか」
「あんたら……にも?」
「今現在、クリスの生命が危機にさらされている」
「どういうこと?」
 怪訝な顔をするカラスアゲハ。
 数騎は一呼吸おき、言い間違いのないよう、しっかりと言葉を紡いでいく。
「クリスがランページ・ファントムの連中と思しきヤツらに襲撃されて負傷した、心あたりは?」
「あるわ、フィオレ博士の実験体は研究データの塊。敵組織に落ちることを恐れた魔術結社の上層部が生死を問わず賞金をかけている」
 舌打ちを漏らす。
 麻夜から聞いた話だが、魔術結社の構成員は給料が基本的に多くはない。
 研究結果の発表、仕事による貢献、そして賞金首の拿捕。
 基本給は定額、残りは出来高制なのだ。
 特に実戦行動部隊は戦果に応じて給与が払われるため、事件の少ない町に配属される賞金稼ぎほど賞金首に執着する。
 数騎はそれに思い至り舌打ちを漏らした。
「クリスがヤツらに襲われた。クリスの体の研究代償としてクリスの身柄の保護を求められるか?」
「いいけど、いいの?」
「何が?」
「魔術結社はあのクリスって子を取り戻したいだけなのよ? あの子を助けたいなら魔術結社に引き渡した方が……」
「実験体としてか?」
 冷たい目でカラスアゲハを見る数騎。
 素人に過ぎない数騎のその視線に、カラスアゲハは思わず戦慄を覚えた。
 素人玄人関係無しに、このような目をした人間を相手にしてはいけないという直感を感じたからだ。
「ふざけるな、それこそ危険だ。実験体ではなくただの脱走者で賞金首にされたと言うならそうもできるが、クリスは実験体だ。ただでさえないがしろにされている裏の世界の人権さえ持ち合わせちゃいない。そんなヤツらにクリスを引き渡せと?」
「ごめんなさい、私が迂闊だったわ。じゃあ、あなたの要求はクリスって子の保護で間違ってないわね?」
「違うね」
 きっぱりと否定する数騎。
 カラスアゲハは驚きのあまり目をパチパチさせた。
「どういうこと?」
「要求は共同戦線だ、ヤツらを殺すのを手伝って欲しい」
「ちょっ、待ちなさい。今何て言った?」
「だから殺すのを手伝って欲しいと言った」
「誰を?」
「ランページ・ファントムの連中に決まってる」
「相手が何者かわかってるの?」
「わかってるさ、魔術結社の誇る精鋭部隊だろ?」
「本気なの?」
「本気さ、事情がある」
「どんな事情よ?」
 聞いてくるカラスアゲハ。
 数騎は目をそらし、少々言いにくそうに口を開く。
「呪牙塵という魔剣を知っているか?」
「知ってるわ、八日で傷つけた相手を呪い殺す魔剣でしょ?」
「それにクリスがやられた」
「本当なの?」
「嘘をついてどうする、やられたのは六日前だ、あと二日でクリスは死ぬ」
「誰にやられたの?」
「ランページ・ファントムの誰か」
「冗談でしょ? あんなイカれた魔剣の呪いにやられた状況じゃ、正しいデータなんて測定できないじゃないの!」
 その言葉を聞き、数騎は口元に笑みを作った。
 数騎の恐れていたシナリオはこうだ。
 あと二日で死ぬなら、それまでに取れるだけのデータを取ればいい。
 そう判断し、カラスアゲハたちがクリスを見捨てる事だった。
 だが運がいい。
 呪牙塵の呪いのおかげでカラスアゲハたちが目的を果たしたければ呪牙塵の呪いを解呪するしかない。
「ってことは、お互いの利益を鑑みるに……」
「わかったわよ、協力してあげるわ」
 みなまで言わせず、カラスアゲハは数騎の望む言葉を口にした。
「要はあの子が死ぬ二日後までにランページ・ファントムの連中、というか呪牙塵を持ってる魔剣士を撃破すればいいんでしょ?」
「魔剣の奪取を最優先で願いたい」
「って言ってもねぇ」
 カラスアゲハは頭をかきながら続ける。
「こっちはこの数日で戦力を三人も失ったわ、各地にいる協力者をすぐ呼び寄せるわけにもいかないし、動ける駒は私、ブラバッキー、ドラコ、メイザース……」
「そしてオレだ」
 カラスアゲハの言葉に数騎がそう続けた。
「オレも戦力として数えてくれ、それなりの力にはなれるはずだ」
「坊やが? そうね……」
 無能力者だからといって、カラスアゲハは数騎を邪険に扱おうとはしなかった。
 何しろ目の前の少年は、自分ですら苦戦した投影空想の魔剣士を、自分が協力したとはいえ、単独で撃破しているのだ。
 カラスアゲハは少しだけ迷った後、
「いいわ、坊やにも協力してもらう。もちろん、作戦の如何によってはあなたを作戦に投入しない場合もあるけど」
「了解した、オレとしても無理に参加して無駄死にしようとは思わない。適材適所という言葉は人材に余裕のある時に使われる言葉で、戦力が足りなければ適材でなくても配置しなくてはならない、でも今はそうでもないんだろ?」
「そうよ、それに坊やは適材じゃないところに配置すると持てる力の一割も発揮できないでしょうし」
「理解してもらえると助かる」
「私も似たようなもんだからね」
 そう、カラスアゲハと数騎は戦術が非常に似ている。
 敵に気づかれずに接近し、その不意を突く。
 相手の不意を突いた攻撃は、どれほどの実力差さえも埋めてしまう可能性を秘める。
 相手が油断する数瞬、それこそが暗殺者として機能する彼らの、唯一の勝機と言い切ってしまっても過言ではないのだ。
 もっとも、裏世界の住人はそれで納得できるほど人間ができていないために、標的に感づかれた後でも標的を撃破するだけの戦闘能力を暗殺者に求める。
 理由は簡単、襲撃に失敗し襲撃されたという事実が残れば以降の暗殺成功確率は極端に低下するからだ。
 しくじったからといってその場であきらめるわけにもいかないのだ。
 そのため、暗殺者と呼ばれる人間は九割九分、能力を持ちながら他者に能力を悟られずに済む陰影の能力者である。
 数騎のような者は例外にすぎないのだ。
「で、襲撃はいつくらいになりそうなんだ?」
 問う数騎。
「遅くとも明日の夜までには襲撃をかけてもらわないと困る、クリスは六日前の夜に負傷したそうだ」
「大丈夫よ、たぶん今夜には行動を起こすでしょうね。ちょうど良くあいつらも私達を誘い出すために夜の街を歩き回ってるらしいし」
「なるほど、事務所から出てるのか。おあつらえ向きだな」
「事務所の結界にあの人数、しかも精鋭に立てこもられたら勝ち目がないわ。向こうの策に乗るようで嬉しくないけど分断行動しているところを各個撃破しか方法がないわね」
「まぁ、事務所に立てこもられないってだけでも感謝すべきか」
 笑みを漏らす数騎。
 そんな数騎を、カラスアゲハは真剣な目で直視した。
「でも夜のパトロールに出ている魔剣士が呪牙塵を持ってるってのは希望的観測よ、もしかしたら事務所に残ってる魔剣士が持ってるかもしれない」
 そう言われた途端、数騎はきょとんとした表情を見せた。
 カラスアゲハが何か変な事を言ったかと思った瞬間、数騎は爆ぜるように笑い出した。
「な、何がおかしいのよ」
「そりゃあつまらない懸念だからさ。事務所に残る魔剣士が持ってるかも? 好都合じゃないか」
 数騎は笑みを顔に貼り付けたまま続ける。
「オレならあそこに怪しまれず入れるぜ」
 それだけカラスアゲハに伝えると、数騎はまた愉快そうに笑い始めた。
 この坊やには容赦がない。
 カラスアゲハはそう思った。
 詳しく聞いてみたところ、投影空想の魔剣士は数騎の親友だったそうだ。
 投影空想の魔剣士は数騎という人間に固執し、こちらが向こうの脅威になるような手傷を負わせない限り殺されたりはしない。
 数騎は自分という人間に対し投影空想の魔剣士が好意を抱いており自分に手加減するだろうという予測をし、実際にその通りになるとその隙を突いて投影空想の魔剣士を殺害した。
 そして、今また自分に対する魔術結社の人間の好意を逆手にとって、自分を信ずる人間を利用し、顔を見た事がないとは言え仲間であったはずの人間を殺そうとしている。
 カラスアゲハは確信した。
 この坊やは天性の暗殺者だ。
 坊やのアキレス腱さえ押さえれば、おそらく坊やは自分に可能などんな仕事でもやってのける。
 惜しむべきは数騎がその性質を活かしうるだけの能力を持たないことだろう。
「わかった、あなたに出来る事を全部検討した上であなたを動かすかどうかを決めるわ。だから勝手な行動は起こしちゃダメよ」
「承知した」
「じゃあ、私はメイザースのところに戻るわ」
 そう言って数騎に背を向けるカラスアゲハ。
 が、
「そうそう」
 少しだけ歩いたところで振り返ると、数騎の後ろを見据えながら言った。
「そこの可愛いお嬢さんにもよろしく伝えておいてね」
 その言葉に、数騎はすさまじい速度で後ろを振り返る。
 ビルの壁、そこから頭だけを出してこちらを伺っているクリス。
 振り向いた数騎の左目に飛び込んだ光景はそれだった。
「クリス……どうしてここに?」
 数騎の顔は驚きに染まっていた。
 だってそうだ。
 クリスは昨日の夜から体調が悪く、ずっと寝続けていなくてはならなかった。
 だから部屋に置いてきたのだ。
 それなのに、どうしてここにクリスがいるのか。
 数騎がそう尋ねるよりも早く、クリスが口を開いた。
「あのね、数騎には言ってなかったけど、私達の住んでるアパートには私が金属の糸で作った結界が張ってあるの、誰かきたらすぐに気付けるように。それで、誰かがこっそりやってきて、それで数騎が外に行っちゃったから数騎が心配になってついて来ちゃったの」
「……どこから聞いてた?」
 歯切れ悪く尋ねる数騎。
 そんな数騎に、クリスは申し訳なさそうに答えた。
「……全部」
「聞いちまったのか」
 思わず頭を抱える数騎。
 とりあえずカラスアゲハを一瞥する。
 それだけで理解したのか、カラスアゲハは音もなくどこかへと消え去ってくれた。
 さすがは忍者。
 感慨深げにそう思うと、数騎はビルの壁に寄りかかっているクリスの元へと近づいていった。
「大丈夫か?」
 しゃがみこみ、視線の高さを合わせると、数騎は手を広げてクリスを受け入れようとする。
 それに応えるように、クリスはビルに預けていた体重を数騎の体に預けた。
 軽く、何かに体重を預けなくては立っていられそうもない体を、数騎はしっかりと包み込む。
 熱が治まらず、頬を赤くしているクリスは、数騎に優しく抱きしめられた。
「数騎……本当なの?」
「何がだ?」
 優しく尋ね返す数騎。
「私……本当に死んじゃうの?」
 尋ねる声は涙に震え。
 すがりつくその腕の力はあまりにも弱々しい。
「もう、数騎と一緒にいられないの?」
 胸に顔を押し付けながら涙を流す。
 ぼろぼろと、しゃくりあげながら泣くクリス。
 胸が涙で熱くなっていくのを感じながら、数騎がクリスを抱きしめる力を強めた。
 決して離さないと誓うように。
 決して離れないと誓うように。
「大丈夫さ」
 ゆっくりと告げる。
「お前はオレが必ず守ってやるから」
 小さな声。
 だけどその決意はあまりにも大きく。
「絶対に守ってやる」
 それは自身への憎悪にも似た感情。
 もう二度と失わない。
 もう二度と手放さない。
 その幸せを。
 その心地よさを。
 決意を新たに、数騎の瞳に闘志が灯る。
 それは、今夜繰り広げられるであろう惨劇の幕開けと言っても過言ではないものだった。









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