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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十二羽 盟約

第十二羽 盟約


「少しよろしいでしょうか?」
 朝食を取り終えた後のひと時。
 事務所のソファに腰を降ろし、テレビを見ている薙風の正面で刻銃の手入れをしていた柴崎は、麻夜に声をかけられた。
「どうしました、綱野さん?」
「ちょっと話があるんですけど」
 真摯なまなざしで柴崎を見つめる麻夜。
 シャツにジーパンというラフな恰好をしていた柴崎は、ジーパンのポケットに刻銃を差し込むと、ソファから立ち上がる。
「こっち来てください」
 柴崎が立ち上がると同時に麻夜は事務所の奥に向かって歩き出した。
 細い廊下を抜け、さらに奥の部屋。
 そこは、麻夜の私室が存在する通路だった。
「どうぞ」
 扉を開ける麻夜。
 柴崎は、丁寧に一礼してから部屋の中に入った。
「ちゃお」
 元気よくかけられた声。
 それは歌留多のものだった。
 四角いガラスのテーブルの前に腰を降ろしている歌留多は、マグカップの中に入っているココアをおいしそうにちびちびと飲んでいる。
 柴崎は歌留多が部屋にいることに驚きながら、きょろきょろと部屋の中を眺めまわした。
 こじんまりとした小さなベッドに鏡のついた化粧台。
 小さな本棚には数冊の本が綺麗に並べられており、部屋には整った雰囲気を感じ取れる。
 と、目に付いたのは巨大なCDラジカセだ。
 いや、このサイズだとラジカセと言うべきなのだろうか。
 全長百五十センチ、横幅は二メートルはありそうな巨大なプレイヤーだった。
 金色の輝きを放つそのプレイヤーは、両翼に備えし巨大なスピーカーによりすさまじく広い音域の音を奏でることだろう。
 その脇にはCDの棚が存在し、ざっと見ただけでも三百枚を超える数のCDが収められていた。
 何でも聞くのだろう、童謡、アニメソング、ポップス、ラップ、ダンスミュージックや普通の洋楽、さらにはアジア圏、アフリカ圏、きわめつけはイスラム圏の曲のCDさえも置いてある。
 それにしても、この金色のプレイヤー、たしか二階堂から聞いた話では刻銃聖歌の魔弾を数発買ってお釣が来るお値段がするそうだ。
 柴崎は威風堂々と置かれた金色のプレイヤーに見入っていたが、いつまでも入り口につっ立っていられては邪魔なので麻夜が困ったように口を開いた。
「座っていただけますか?」
「おっと、申し訳ない。では失礼して」
 一礼し、柴崎は歌留多の左隣に座った。
 その対面に麻夜が腰を降ろす。
「ところで綱野さん、このプレイヤーでよく音楽を聴いていらっしゃるのですか?」
「まぁ、結構な頻度で。音楽は昔から好きでしたから」
 特に大した感想もなく応える麻夜。
「大丈夫です、この部屋は特別に防音仕様になっていますから、外に音は漏れたりしませんので」
 慌てて言い訳する麻夜。
 まぁ、人の趣味に深入りするのはよそうと考え、柴崎は早速思っていたことを口にした。
「で、用件は何です?」
「薙風さんについてよ」
 答えたのは歌留多だった。
「薙風さん、どうして魔飢憑緋をあなたに渡したの?」
「どうして、とは?」
 問い返す柴崎。
 そんな柴崎に、歌留多は目つきを鋭くして柴崎を見つめる。
「薙風さんは龍の巫女、魔飢憑緋を持った時にこそ最大の戦力が発揮されると言っても過言ではないわ。それなのに、なんで魔飢憑緋を持たせないの?」
「それは……」
「それに、最近の薙風さんは昔のような覇気を感じられない。一緒に戦ってくれるかどうかさえ不安だわ」
「それは私も感じました」
 声は麻夜のものだった。
「どうも薙風さんには戦いを望んでいないような印象をうけます。何かあったんですか?」
 真剣なまなざしを向ける麻夜。
 歌留多、麻夜と二人の女性に見据えられ、柴崎はどう答えたものか真剣に迷った。
 言ってしまうべきなのだろうか。
 もし言ってしまえば、二人の女性はどう反応するだろうか。
 いつ敵に襲われるかわからない状態で、貴重な戦力の一部が戦力を有しているのに怖いから戦いたくないとダダをこねている。
 もし自分の周りにそんな人間がいたらどうするか。
 自分ならば戦いを無理強いすることはないだろう。
 ただし、その人間が戦わないことでより多くの人間が死ぬ場合を除いては。
 が、自分はどうも薙風には甘いらしく、薙風に戦いを強要する気はどうしてもわかない。
 思わず自嘲する。
 あらゆる人間を数として捉え、一人でも多くの人間を救おうと邁進している柴崎司としてはなさけないかぎりであった。
「その顔だと知っているようですね」
 麻夜の言葉に柴崎は観念するべきだろうな、と思った。
 歌留多はどうか知らないが、綱野麻夜は信用できる。
 この際なら事情を知っている人間は多いほうがいいかもしれない。
 例えば、敵に事務所を強襲されたとして、戦力になるわけもない薙風を第一線に立たされては魔飢憑緋無しの薙風では足手まといになるだけなのだ。
 柴崎は覚悟を決め、深呼吸した後に切り出した。
「正直に言いましょう、今の薙風は戦力になりません」
「戦力にならない?」
 訝しむ麻夜。
 そんな麻夜に、柴崎は理解を求めるよう冷静に続けた。
「魔飢憑緋には緋龍の魂が封印されています、魔飢憑緋の力は全てこの緋龍の魂から与えられるものですが、これが中々の悪霊で、常に術者の肉体を乗っ取ろうと企んでいるのです」
「つまり、薙風さんが戦わない理由は魔飢憑緋に体を乗っ取られそうだからってこと?」
 聞いてくる歌留多。
 歌留多に対して、柴崎はしっかりと頷いてみせる。
「そうです、普通に扱っている分には問題ありませんでしたが、能力を開放させ、暴走させたのが問題でした。能力の開放により魔飢憑緋の中に眠る緋龍の魂が活性化してしまいました。ブラバッキーのような手錬を相手にして仕方なく魔飢憑緋を暴走させましたが、正直手をつけられなくなりました。今の薙風に魔飢憑緋をもたせると、肉体を乗っ取られて味方に襲い掛かる危険性が伴います」
「つまり魔飢憑緋を薙風さんが使うと危ないから柴崎さんが魔飢憑緋を預かっていると」
「その通りです、薙風は『龍』の属性を持つ魔剣士で『龍』の属性を持つ魔剣を最大限に使用可能ですが、その分、魔飢憑緋の悪影響を受けやすいのです。
 それに比べて私は『龍殺し』の属性を持っています。『龍』属性の魔剣との相性は悪いのですが、その代わり龍の天敵であるため魔飢憑緋を使用していても肉体を乗っ取られることはないでしょう。代償として能力を活かしきれないということもありますが、魔飢憑緋は元々Aクラスの魔剣。少しばかり能力が落ちたところで有用であることには代わりません。仮にも準魔皇剣ですので」
「準魔皇剣?」
 聞きなれない言葉に麻夜が首をかしげた。
 それを見た柴崎は、麻夜の知識を補うべく説明をはじめた。
「あぁ、綱野さんはご存知ありませんか。魔術結社ではよく使われる言葉でして、実際に実物は綱野さんもご存知だと思います。人工的に作り出された劣化版魔皇剣とでも言えばわかりやすいでしょうか」
「なるほど、それで魔飢憑緋は準魔皇剣と」
「そうです、魔皇剣に準ずる、文字通りですね」
「わかりました、教えていただき感謝します」
 言って一礼し、麻夜は続けた。
「魔飢憑緋が生物の魂がこめられた準魔皇剣で、その魂が薙風さんの肉体を乗っ取ろうと狙っていることは理解しました。ですが、もう一つ聞きたいことがあります」
「何でしょう?」
「では、薙風さんから全く覇気を感じないのは何故でしょうか? 今までは事務所での警戒でもわずかですが薙風さんの体から迸る気を感じましたが、今はそれが感じられません」
「あぁ、それはですね」
 柴崎はそれを聞かれたときのために前々から考えていた言い訳を口にした。
「薙風は元々魔飢憑緋の魔剣士です。恐らく魔飢憑緋が手元にないので心配なのでしょう。確かに薙風が魔飢憑緋を使った場合、周囲の人間が傷つきますが、おそらく薙風は無事に済む。代わりに魔飢憑緋を持たない場合は回りは安全でも自分の死亡確率が上がります。それを心配しているのでしょう」
「なるほどね、つまり薙風さんは本調子じゃないから元気がない。そういうことよね?」
 尋ねたのは歌留多だった。
 柴崎は頷きながら歌留多の言葉に答える。
「はい、端的に言ってしまえばそうなります」
「なるほどね〜、代理の魔剣じゃ不安ってわけか」
 言ってココアを一口飲むと、歌留多は軽い調子で続けた。
「じゃあ、いざ戦いとなれば戦力として期待していいのね?」
「いえ、そういうわけにもいかないでしょう。薙風の魔剣士としての能力は魔飢憑緋という存在に依存しています。彼女自身にも技術はあり、剣術師としてならおそらくトップクラスの位置にいるでしょうが、拠点の防衛などには不向きです。どちらかというと攻撃に組み込んだ方がいい性能を薙風は持っていると言えますが、本調子ではない彼女を無理矢理動かして戦死させたとあってはあまりにも無駄が多いのでは?」
「確かにね、今はいい感じに人材は余ってるわけだし適材適所って感じでいいかな。薙風さんにはこれから先の戦いで役にたってもらえば良いわけだし」
 歌留多はそう言うと一気にココアを飲み干して立ち上がった。
「じゃあ、当分の間は薙風さんは戦力として期待できないけど自分の命を守るくらいならできる。そういうことね?」
「まぁ、そう言えなくはないですね」
「なるほど、それで十分よ」
 納得したのか、歌留多はもう話すことはないとばかりとポニーテールを揺らしながら扉へ向かって歩き出した。
「それじゃあ、もし敵さんが事務所に攻めてきたら私と綱野さんで迎撃、薙風さんには後ろに引っ込んでいてもらうってことでいいかしら?」
「そうしてもらえると助かる」
 一礼する柴崎。
 そんな柴崎に、歌留多はかわいらしい微笑みを見せただけで部屋を出て行ってしまった。
 数秒後、もう話すことはないと判断して柴崎が立ち上がろうとした。
 が、
「待っていただけますか?」
 その行動を麻夜の一言が止めた。
「何でしょうか?」
「納得の出来ない点があります。歌留多さんは気にしていないようですが私は真実を知りたい」
「と、いいますと?」
「薙風さんのことですが。もしかして戦えないのではなく、戦う意志がないのではないですか?」
 核心をつく言葉。
 柴崎は何も言わず、続く麻夜の言葉を待った。
「彼女の覇気のなさは尋常ではありません。あれはまるで戦場に引っ張り出された若年兵が家に帰りたくてたまらない、そんな顔をしているように見えました。
 もしかして彼女は戦う能力を失ったのではなく、戦いたくないと願っているのではないでしょうか?」
 好きで命をかけて戦っている人間だけが裏の世界にいるのではないと知っている麻夜の言葉はまさに真実そのものだった。
 裏世界には仕方なく命がけの戦いをしている人間が少なくない。
 そして、剣崎、戟耶、薙風の御三家が魔術結社の戦力維持のために毎年一定数の人員を徴兵していることも理解している。
 だからこそ尋ねた。
 そして、その言葉を突きつけられた柴崎の顔を見れば、麻夜は柴崎が何も言うまでもなく、麻夜の言葉が真実であると確証をとるまでもなかった。
「やはりそうなんですね」
 麻夜は頭を抱えた。
 もう隠し切れないと判断し、柴崎は仕方なしに顔を曇らせた。
「はい、薙風は今まで命がけの戦いをしてきました。彼女は心の中で戦いを恐れながらも、魔飢憑緋の桁外れの能力に依存することによって戦場を駆け巡ってきました。ですが、魔飢憑緋に取り付く緋龍の魂は薙風の肉体を奪おうという、薙風の信頼を打ち砕く行動にうってでました。
 信じるものに裏切られた衝撃は大きく、おそらく薙風はもう魔飢憑緋を操る勇気を持つことはないでしょう。そして、薙風は魔飢憑緋なしでは戦えない。彼女の優れた能力も、戦いに対する恐怖を消し去ってくれる魔飢憑緋無しには発揮し得ない」
 信じていたものに裏切られる。
 その衝撃は、いかにその対象に依存していたかによって比例する。
 そして、薙風の受けたダメージは生半可なものではなかった。
 何しろ命を預けるに足るとまで信頼していたのだ。
 仲間だと思っていた人間に裏切られたショック、それは恐らく経験してみなければ一生理解できないだろう。
「つまり、今の薙風さんは自衛さえ不可能と?」
「はい、自衛もできませんし、魔飢憑緋を持たせても暴走を恐れて使わず、無理して使わせたとしても、脆弱となった薙風の精神は容易く緋龍に肉体を奪わせる危険さえ孕みます」
 最後の言葉は嘘だったが、魔飢憑緋を深くは知らない麻夜を騙すには十分な効果をもっていた。
 麻夜はしばらく考え込んだ後、仕方なさそうに口を開いた。
「わかりました、薙風さんは戦力から除外した上に私たちが守るべき対象としてもカウントしましょう。ですが、代わりに事務所の防御力が低下します。今度から夜の陽動作戦の行動範囲を少し狭めて、ここが強襲されても至急、応援に駆けつけられる体勢を作っていただけますか?」
「承知しました、その代わり薙風のことをよろしくお願いします」
 深く、そして丁寧に頭を下げる柴崎。
 そんな柴崎に、麻夜は優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、私だってウチの、テレビの前に居座るマスコット人形を失いたいとは思わないわ。少し長く一緒に暮らしすぎたかしら。少し情が移っちゃったみたい」
 困ったような顔をする麻夜。
 そんな麻夜の顔を見て、人間というのはこれだから捨てたものではないと、柴崎は嬉しく思ったのであった。






「あ〜、ここがそうなのか」
 普通はボロボロになって朽ち果て、誰も立ち寄らないような工場跡にでもいるようなもんだろう。
 多くの人間の想像しそうなギャングや悪役と呼ばれる連中はそういうところを根城にしているはずである。
 が、須藤数騎が現在立っている場所はそんな殺伐としたところではなかった。
 美しい壁紙、遠くに見えるは小さくなった壁、それが左右どちらにも存在している。
 つまり数騎は廊下にいるのだった。
 色合いを微妙に調節され、見るものに安心感を与える燭代がそこかしこの壁に取り付けられており、美しい彫刻を施された扉、そして天井にはどこぞの宗教絵画が描かれている。
 そう、一言で言ってしまえば須藤数騎は高級ホテルの廊下を歩いていた。
 地上二十八階の高さを持つ高級ホテル。
 美坂町に存在するホテルの中でも二十を越す階があるのはこことあと二つくらいしかない。
 そんな超高級ホテルの、しかもVIP中のVIPでもないと立ち入る事すら許されない空間に数騎はいた。
 となりを歩くのは貴婦人のようにピンクのドレスを身に纏う女性。
 綺麗な黒髪をなびかせ、淑女のごとき振る舞いを見せるこの女性を、果たして誰が暗殺を生業にするものだと看破できようか。
「で、こんな高そうなところに泊まってやがるのか、連中は?」
 居心地悪そうな顔をしながら数騎がカラスアゲハに尋ねた。
 そりゃあ居心地も悪くなるだろう。
 周りを歩く人間は、女性ならドレスかそれに準ずる服装、男性はタキシードやスーツ、少なくとも革ジャンにジーパンなどという若者らしい服装をしている人間はいない。
「まぁね、私達のバックにもスポンサーってのはいるからね。お金持ちがスポンサーだといろいろとおいしいこともできるの。わかったかしら、坊や?」
「いい加減、坊やってのは止めて欲しいんだけどな」
 ふてくされる数騎。
 もちろん、ただふてくされているわけではない。
 数騎の胸にはそれ相応の不安があった。
 なにせ、いまから会いに行く人間というのは数騎が所属していた魔術結社にとっては怨敵とも言うべき裏切り者、熟練の魔術師さえも操る事が不可能な高位呪文を容易く操る高位魔術師(ハイウィザード)、ヴラド・メイザースなのだ。
「さて、どんなヤロウなんだかな」
 不安がって口にする数騎。
 そんな数騎に、隣を歩くカラスアゲハが助言した。
「ん〜、とりあえず坊やがそのまま会いにいったら舐められる可能性は大かな。いろいろと作戦を練ったほうがよさそうね」
 そう言うと、カラスアゲハは数騎の腕を引っ張って、急に進む道を変えた。
「え、ちょっと。どこに行くんだ?」
「私の部屋よ。このまま直で会いに行ったら坊やなんか適当にあしらわれちゃうわよ。それなりのことは準備しておかないと」
 ドレスをひらめかせながら歩くカラスアゲハは、その細腕からは考えられないような腕力で数騎の体を引っ張っていく。
 そして、カラスアゲハは自分の泊まっている部屋にたどり着くや、数騎を扉の中にぶち込んでしまった。






「入れ」
 口から出た声はややしわがれながらも威厳を失わない低い声だった。
 暗い部屋。
 窓からさすわずかな太陽の光だけが光源となるその部屋には三人の人間がいた。
 部屋の真ん中で、ホテルの備品とは思えないほど豪華で、そして巨大なイスに腰をかける男、髪は白くその顔には幾十の皺を見せるも、その力が決して衰えていないことは瞳を見れば明らかであった。
 それだけの力に満ちた意志が目から感じられる。
 ヴラド・メイザースとはそういう男だった。
 イスの傍らには杖が立てかけられており、決して彼が油断などしていないことが理解できる。
 その左、ベッドのある空間にはベッドに腰を降ろした巨漢がいた。
 身長二メートルを越す巨漢の男。
 インディアンのように黒い肌に怪しげな刺青、だが最近の若者のような流行の服装に身を包み、髪の毛は金に染め上げている。
 そしてその向かいには部屋を支える柱があり、その柱に体をよりかからせ長い金髪を揺らす女性、ブラバッキーの姿があった。
「カラスアゲハ、ただいま帰還しました」
 ドレス姿で入ってきたカラスアゲハは、丁寧に頭を下げる。
「で、首尾はどうだった?」
 尋ねるヴラド。
 そんなヴラドに、カラスアゲハは申し訳なさそうな顔をした。
「どちらかというと微妙な成り行きとなりました」
「微妙? 微妙だってか?」
 黒い肌をした巨漢が愉快そうに声をあげた。
 笑いを伴いながら続ける。
「ガキだろ? たかがガキじゃねぇか。そんなやつさっさとひねり殺して奪ってきちまえばいいんだよ。わずらわしい女だぜ」
 真剣な表情を作り、巨漢はヴラドに向きなおる。
「御大将、この女に任せとかないでオレに任務を任せろよ。鋼骨だったっけ? その魔剣はきっちりとオレが回収してきてやるからよ」
 鼻息荒く、だが決して驕りのない瞳で巨漢はヴラドを見る。
 が、ヴラドは手を横に振って見せた。
「ドラコ、私はカラスに鋼骨の回収を依頼したのだ。全てカラスに任せておけばいい。交渉ごとにおいてはカラスはお前たちの中では一番優れている」
「だからよ、なんで交渉が必要なんだよ?」
 訝しげな顔をするドラコ。
「聞いた話じゃ何の能力も持ってない無能力者のガキなんだろ? なら殺しちまうのなんて楽勝じゃねぇか」
「その無能力者の少年が、カラスさえ殺害できなかった投影空想の魔剣士の殺害に成功していることを忘れたのか?」
 そのヴラドの言葉に、ドラコは顔に険しさを浮かべる。
「ドラコよ、忘れてはおるまい。世の中には技巧のみで能力が無くとも私たちに対抗しえる者がいるということを。カラスがよい例ではないか」
「でも、カラスは陰影の能力者だし。鋼糸使いじゃねぇかよ」
「確かにカラスは技巧と魔剣両方を使うがな。だが、カラスの恐ろしさは鋼糸使いという側面ではないだろう」
「……確かにそうかもしれねぇが」
 いいよどむドラコ。
 だが、まだ論破されたわけではない。
「けど、それは暗殺者として機能した場合だろ? 襲撃にはめっぽう強いが受身に回ったときの暗殺者はその存在価値は十分の一以下だ。そりゃ攻められたらやばいかもしれないが、こっちから攻めちまえば大丈夫だろうがよ」
「今、攻められてるのよ」
 カラスアゲハがそう言った瞬間、その部屋にいる人間全てに戦慄が走った。
「どういう意味だ、カラス」
 低くうなる声。
 臨戦態勢を整えたドラコがカラスアゲハを睨みつける。
 が、カラスはその視線に鬱陶しそうな顔をすると、そっと目配せをした。
「後、見てみたら?」
 瞬間、部屋の人間全員の視線がドラコが背中を向けている壁の方向に集中した。
 部屋の隅。
 光の差さないその部屋の角に、全身黒ずくめの姿が存在した。
 動きやすそうに作られたその装束は漆黒。
 最低限でありながら機能性を重視したその生地の量、暗闇で目立つ明るい皮膚を覆い隠すその布は、目の部分以外全ての肌を外にさらそうとはしない。
 布の隙間からは瞳が一つ。
 片方の目は閉じ、ただ左目だけが光を放つ。
 そこにいた者は、まさに忍者と表現するしかない装束を身に纏っていた。
「誰だ、テメェは!」
 叫び、ベッドがら立ち上がるドラコ。
 すぐさま襲いかかれるようにするためか、すでにトカゲへと獣化を始めていた。
 そんなドラコに、忍者は落ち着いた様子で口を開く。
 もっとも、口元は布で覆い隠しているために見えなかったが。
「受身に回ると十分の一以下になる人間、全くお前の言うとおりの存在だよ」
 ドラコをあざけるかのような皮肉。
 ドラコは思わず飛びかかり、この少年の肉体を切り裂こうとした。
 が、
「動くな、ドラコ」
 それはヴラドの口から出た言葉によって止められた。
「なかなかすばらしい技巧じゃないか。君がカラスお気に入りか?」
「お気に入りかどうかはわからないが、おそらくそうなんだろうな」
 答えながら忍者は顔を隠している部分の布を手で取り除く。
 中から現れたのはお世辞にも端正とは言えない数騎の顔であった。
「あら、おチビちゃんじゃないの」
 数騎の顔を見て、ブラバッキーが目をぱちくりとさせた。
 そんなブラバッキーに、数騎は微妙な顔をしてみせた。
「その節はどうも」
「どうもって、言われてもね。ところで右目どうしたの?」
「投影空想の魔剣士に持っていかれた、こっちは代わりに命を頂いたけどな」
「ふぅん、強くなったんだ」
 おもしろそうな顔をするブラバッキー。
 と、気をとりなおしてドラコの方に顔を向ける。
「ドラコ、気をつけなさいよ。そのおチビちゃん、私に手傷を負わせたこともあるのよ」
「へっ、殺されたわけじゃあるめぇ。それに、どうせ正面からやりあったんじゃねぇんだろう」
 そう言うとドラコは両腕を正面に構え、
「なら」
 足のバネを最大限にためると、
「今は弱いってこった!」
 トカゲに変じたドラコが数騎に飛びかかった。
 数騎は反応すら出来ないままトカゲと化したドラコの巨大な右腕に頭蓋骨を鷲掴みにされる。
 いわゆるアイアンクローとかいうやつだ。
「さて、どうしてくれようかねぇ。大将、やっちまっていいか?」
「動くなと言ったが?」
 少々怒気を孕んだ声を漏らすヴラド。
 だが、よほど自分より格下の人間が評価されているのが気に食わないのか、ドラコは数騎を鷲掴みする腕に力を増しながら続けた。
「いいじゃねぇか、こんなガキ。殺しちまえば鋼骨だってすぐ手に入るじゃねぇか」
「お前……ドラコっていうのか?」
 顔面を鷲掴みされ、宙に浮いた状態のまま数騎が口を開いた。
 そんな数騎に、ドラコは顔に笑みを貼り付けた状態で答える。
「ん、まぁそうだが」
「ドラコ、命の恩人に向かって何してやがる」
「命の恩人だぁ?」
 見当ハズレの言葉にドラコは顔を歪める。
 命の恩人?
 馬鹿げてる。
 理由は簡単だ。
 ドラコと数騎は初対面。
 助けられた覚えは一度もない。
「ふざけんなよ、ガキ。オレはお前に一度もあった事はねぇ。命なんか助けてもらっちゃいないぜ」
「いや……そうでもない」
 苦しそうに、だが数騎ははっきりと聞こえる声で続けた。
「今オレと話してる、オレが見逃してやったからだ」
「見逃しただぁ?」
「オレが……お前の後に忍び寄って……どれくらいオレは……お前の背中を眺めて……いたと思う?」
 そこまで聞いて、ドラコは初めて数騎の言葉の真意に気付いた。
「隙だらけだったぜ、三回くらいは余裕で殺せる瞬間もあった。ここはお前らの本拠地だろ? 油断しすぎだ、確かに強固な結界で覆われちゃいるが内通者が出たらあっさりと進入できるじゃねぇか。もしオレがお前を殺そうとしたら、お前死んでたぜ」
 歯軋りをするドラコ。
 怒りが頂点に達したのか、ドラコは腕に入れる力を増す。
 そのまま数騎の頭を握りつぶすつもりだ。
 が、それよりも早く疾風が走った。
 次の瞬間、ベッドが八分割され破片を宙に撒き散らす。
 ドラコは舌打ちしながら腕に入れる力を緩めると、ゆっくりと右に顔を向けた。
「どうしたよ、カラス」
「その子を殺すっていうなら、あんたもただじゃ済まさないわよ」
「へぇ、オレと正面からやりあうってか」
「手加減して欲しい?」
「ふざけろ!」
 吼えるドラコ。
 カラスアゲハとドラコ、二人の視線が交差し、殺意が室内に充満しはじめる。
 仕掛けたのはカラスアゲハだった。
 たった今ベッドを切り裂いたばかりの鋼糸を振るうべく、その右腕を天井に掲げ、
「やめいっ!」
 その一喝によって、殺意を一瞬にして消滅させる。
「ただでさえ手駒が少ないのだ、無駄な殺しあいは慎め」
 声の主はヴラドだった。
 その言葉はあまりに重く、二人は怒気を孕んだ視線を互いに送りながらも、再び殺意を灯らせるようなことはなかった。
 ヴラドは深くため息をつき、ドラコに視線を送る。
「悔しいだろうがその小僧の言うとおりだなドラコ、そいつはお前の命の恩人だよ。間違いなく」
「あんただって殺されてたかもしれないんだぜ」
「その小僧に私が殺せるとでも?」
 言われドラコは返答に窮する。
 が、何とか言葉を紡ぎ、ヴラドに答てみせた。
「いや、あんたは殺せねぇな」
「そうであろう。まぁ、そろそろ離してやったらどうだ。私はその小僧の話を聞きたい」
「わかったよ、ほれっ」
 後半はカラスアゲハに向けた言葉だった。
 ドラコはその腕力を持ってカラスアゲハに向かって数騎を投げ飛ばした。
 カラスアゲハは苦もなく数騎を受け取ると、そのまま数騎をその場に立たせた。
「坊や、大丈夫?」
「ちょい頭が痛い」
 頭を押さえながら数騎を首を左右に振る。
 少しだけ気分が回復したところを見計らって、数騎はヴラドを正面から見た。
「あんたがメイザースさんか。話は聞いてるよ」
「どんな話だ?」
「まぁ、いい話じゃない。それにしても客人に対する礼がなってないんじゃないか?」
「部下の背後に忍び寄り、いつでもその首をかける状態であり続けた物騒な輩が客人かね?」
「あぁ、違いないな」
 ヴラドの言い分に納得し、数騎は話題を変えることにした。
「メイザースさん、話がある。聞いてくれるか?」
「あぁ、聞くとも。一体どのような用なのだね? カラスアゲハの口にした微妙と言う言葉の意味を教えていただこうか?」
「一言で言うならオレと手を組んだほうがあんたらに得な事態に陥ってるってことだ。無理矢理奪ったり承諾を得る程度じゃ話にならないって状態だよ」
「ほぅ、君から無理矢理『鋼骨』を奪う事も『鋼骨』の譲渡を願う事も出来ないってことかね?」
「その通りさ、こっちの世界じゃ人間の信義なんてあてにならねぇ。何でカラスがオレを殺して『鋼骨』って魔剣を奪わないと思う?」
「なぜかね?」
 質問を質問で返すヴラド。
 が、数騎はそれを無礼とも思わずに答えた。
「簡単さ、オレは弱いが『鋼骨』の魔剣士がお強いからさ。たぶん、あんたらが実力をもってこれを殺害するのは容易じゃないんじゃないのか? ドラコってのの言うとおりオレは攻めには向くけど守りは苦手だ。あんたらなら十秒でオレを殺せる。だが『鋼骨』の魔剣士はそうはいかない、違うか?」
 カラスアゲハの顔を見る数騎。
 カラスアゲハは慎重な面持ちで首を縦に振る。
 それを確認し、数騎は再びヴラドの方を見た。
「あんたらの目的は『鋼骨』っていう新型魔剣の能力調査のはず、できれば無傷で手に入れたい。だが、カラスアゲハの予想通り鋼骨の魔剣士は強い、というかあれは魔剣生物だ。オレを殺せば奪い取れるって代物じゃない。それに戦闘の後に回収となると魔剣生物の肉体を損壊させる恐れも出てくる。
 あんたらとしては生きた状態で手に入れたいはずだ。だが、戦闘で万が一にも負傷させるわけにもいかない。なら交渉するしかない。そこでカラスは鋼骨の魔剣士に影響を与える事のできるオレに接触、交渉をはじめた。これで終われば微妙って言葉は必要なかったわけなんだけどな」
 一部嘘がある。
 正確にはカラスの接触は数騎がクリスと出会う前からあった。
 もちろんそれを教えてやる筋合いはない。
 というか知っているようなので説明は蛇足になるだろう。
 ヴラドは話を吟味しているようで、何度も頷きながら数騎の言葉の続きを急かす。
「なるほど。それで、何が微妙なのだね?」
「オレとしてはあんたらの力を利用して鋼骨の魔剣士の保護を申したかったわけだが事情が変わった」
「どう変わったのかね?」
「呪牙塵って魔剣を知ってるか」
「まさかっ!」
 ヴラドが表情を一変させる。
 数騎はヴラドに頷いてみせた。
「そのまさかさ、鋼骨の魔剣士は呪牙塵にやられた。あと二日であの世逝きだ。オレは鋼骨の魔剣士とは少なからず因縁がある。このまま死なせるわけにはいかない。呪牙塵をもってるのは魔術結社のデュラミア・ザーグ。しかもランページ・ファントムの誰かだ」
「なるほど、つまり?」
「手を組みたい。オレは鋼骨の魔剣士を助けたい、だが力が足りない。力を貸してくれ、ランページ・ファントムの連中を殺すだけの力が欲しいんだ」
「ふむ、それで我々が得るものは?」
「鋼骨の魔剣士の情報提供。あんたらは鋼骨の魔剣士の体を調べたいんだろ? 何せフィオレ博士の自信作、魔術結社が情報漏洩を恐れて生死を問わず奪還せよと賞金首になるほどの逸材だ。
 だが、呪牙塵の呪いにかかった状況じゃあんたらは彼女の体から正確なデータを引きずりだせない。利害は一致していると思うが、どうだ? 最悪あんたらの一味に加わってやっても構わない」
 尋ねる数騎にヴラドは渋い顔を見せた。
 ようやくカラスアゲハの微妙という言葉が理解できた。
 今、須藤数騎という少年を殺害すれば容易に鋼骨の魔剣士を自由に出来る。
 そして、一度捉えてしまえば魔術によって鋼骨の魔剣士の肉体を拘束し、自由に調査も可能であるため須藤数騎という人間は殺してしまっても構わない。
 だが、もしこの数騎という人間を自分達の一味に加えればもれなく鋼骨の魔剣士もついてくるだろう、そうでなくてはカラスアゲハがわざわざ数騎と交渉する意味が理解できなくなる。
 ヴラドも一部ではあるが、魔術結社に所属していた時代にフィオレ博士の研究論文を目にしたことがある。
 それが人間の肉体に魔剣を埋め込む新理論、そしてそれが十年近い歳月を経て完成したのだ。
 裏世界でも名を轟かせる工芸師フィオレ博士、彼によって世に出た魔剣は今も魔術結社によって量産され、多くの血を流す道具として用いられる。
 その技術が、そしてその魔剣が自身の戦力に加われば、それはヴラドにとって強力な武器となる。
 そのためには須藤数騎の抱え込みは必須。
 が、そのための条件があまりにも過酷であった。
 ランページ・ファントムの殺害。
 もちろんヴラド達がそれを試みなかったわけではなかったが、結果は散々としか言いようがない。
 老騎士、獣人二人、魔剣士一人。
 これだけ討ち取られていながらこちらはただ一人の敵を殺害に成功していない。
 さすがは精鋭部隊といったところであった。
 ヴラドはしばらく潜伏を続け、戦力を補充した後にランページ・ファントムと対決しようと考えていた。
 が、その矢先に数騎が訪れた。
 戦力の補充はすぐにはできない。
 だが、鋼骨の魔剣士を手中に収めるには二日しか時間が残されていない。
 ヴラドはしばらく黙して考え込み、そして口を開いた。
「わかった、力を貸そう」
「本当か?」
 数騎の顔に安堵の色が浮かぶ。
 が、ヴラドはその後に数騎の表情を一変させる言葉を口にした。
「ただし力を貸すだけだ。あくまで協力、主戦力は君だよ」
「オレが主力だってか?」
 返す数騎の言葉には動揺が混じっていた。
「そうだとも、須藤くんと言ったか? 私達にも手駒の余裕がなくてね。しばらくは潜伏していようと考えていたんだよ。あとしばらくすれば増援も来る。攻勢に出るのはその後でいい」
「いつくるんだ?」
「二週間後」
「遅すぎる」
「まぁ、そういうことだよ須藤くん」
 わざとらしく名前で呼んでくるヴラド。
 そんなヴラドを見つめる数騎の目は厳しかったが、ヴラドは歯牙にもかけず続ける。
「正直、例の日に向けてこれ以上戦力を削がれるのは困るのだよ。だから我々はしばらく引きこもりたいのだ。だが、鋼骨の魔剣士は惜しい。そこでだ、今後の戦いは君を主力として動かそうと思う」
「なるほど、腹が読めたぞ」
 歯をむき出しにしてわざとらしい笑顔を浮かべる数騎。
 だが、実際の感情は裏腹で、怒りから顔面の筋肉が痙攣している。
 つまりヴラドの言いたい事はこうだ。
 鋼骨の魔剣士は欲しい、だが手駒を危険にさらす気はない。
 ならどうすればいいか。
 簡単だ、部外者に危険な橋を渡らせればいい。
 上手くいけばよし、失敗しても失うものはなにもない。
 せいぜい鋼骨の魔剣士のデータが入手できなくなる程度だが、最初から自分のものではないのだ、いくらでも諦めはつく。
 そして、一連の会話でヴラドは自分の立ち位置を明確にした。
 つまり、多少の融通は利かせるが深入りするつもりはない。
 それは数騎との限定的な共闘関係しか持たないという宣言であった。
「どれくらい力を借りられる?」
 尋ねる数騎。
 が、ヴラドはそれに興味深そうな顔をしてみせた。
「おや、文句を言ってこちらに渡す報酬を渋るのかと思ったが」
「こっちにそんな余裕はない、借りれるもんは借りさせてもらう。限定的共闘だな、いいだろう。で、そちらの派遣戦力はどれくらいだ?」
「じゃあ、私が行こうかしら」
 口にしたのはブラバッキーだった。
 進み出て数騎の側まで行こうとする。
 が、
「お前は動くな」
 その足はヴラドの言葉によって停止させられた。
「お前ほどの戦力を失うわけにはいかない」
「じゃあオレが動くってこともないわけか」
 楽しそうに言うドラコ。
 数騎の苦境が嬉しくてたまらないらしい。
 そんなドラコにヴラドは苦笑してみせた。
「どちらにしてもお前達二人ではダメだ。須藤くんを主力とするなら対象の殺害は暗殺に限られる。ならば」
 当然の帰結であった。
 ヴラドの視線はカラスアゲハに向かっていた。
「カラス、お前が協力してやれ。ただし一切の戦闘を禁ずる」
「共闘なのにですか?」
 落ち着いて返すカラスアゲハ。
 いくら数騎と関係を持っているといったところで、仕事とプライベートはきっちりと分けている。
「共闘という言葉は共に剣を振り回すという意味だけではないだろう?」
「なるほど、そういうことですか」
 頷いてみせるカラスアゲハ。
 ヴラドは懐から宝石を取り出すとカラスアゲハに投げつける。
「亡霊どもの位置は私が索敵をしてやる。お前はそれを逐一彼に伝え、あらゆる面で便宜を図ってやるといい。投影空想の魔剣士を撃破したお手並み拝見というやつだな」
「御意」
 短く答えると、カラスアゲハはその宝石を胸の谷間の中にしまいこむ。
 それを見届けると、ヴラドは数騎に向き直る。
「聞いた通りだ、敵の居場所の特定は私がしよう。カラスは戦闘以外のあらゆる協力をさせようじゃないか。魅せてくれ、私に。せめて亡霊のうち一人くらいは成仏させる程度の活躍は見せていただきたいところだよ。心からそう思う」
「ご期待に沿えるよう、頑張ってみるさ」
 そう答え、数騎はヴラドに背中を向けて部屋の出口まで歩いていく。
 その背中に、ヴラドが最後にこう付け加えた。
「おそらく亡霊どもが動き出すのは深夜だろう。それくらいの時間にカラスをよこす。鋭気を養いたまえ」
 数騎は振り向いてヴラドを一瞥すると、何も返事することなく部屋から出て行った。
 来訪者のいなくなった部屋。
 まず口を開いたのはブラバッキーだった。
「カラス、よほどあのおチビちゃんがお気に入りなのね。あれってあなたのお古でしょう?」
 あれとは数騎の着ていた忍者装束の事だ。
 カラスアゲハは両腕を組み面倒くさそうな態度でブラバッキーに向き直る。
「いいじゃない、どうせもう着ないんだから。捨てるのもなんだし着れる人間がいるならあげるわ。幸い男女共用だしね、あれは」
 カラスアゲハはそう答えると、今度はドラコの方を見た。
「それにしてもドラコ、大失態だったわね。坊やに殺意がなくて命拾いしたじゃない」
「けっ、命拾いなもんかよ。どうせチャンスがあったって動くわけねぇじゃねぇか。この部屋には四人いたんだぜ。オレを殺して、そのあとどうするよ。無能力者の小僧が三人の達人をどう相手どるって言うんだよ。殺せたと殺せなかったは同義さ、結局オレは殺されちゃいねぇんだから大差はねぇ」
 と、そこまで口にしてドラコは急に思いついた事があった。
「そういやカラス、お前気付いてたな?」
「何に?」
「あのガキがオレの後ろにいたことさ。なんで教えなかった?」
「教えたくなかったから」
「テメェ……」
 眉を吊り上げるドラコ。
 と、それに続いてブラバッキーが口を開いた。
「私もそうよ。教えたくなかったのよ」
「あぁ? テメェも気付いてやがったのか?」
 ドスの聞いた声で叫ぶドラコ。
 そんなドラコに、ブラバッキーは小ばかにしたような顔をしてみせた。
「いや、あの子バスルームの天井から入ってきたらしいのよ。それでバスルームの扉から出てきたところを見つけたの。ほら、私の立ってたところって正面がバスルームでしょ」
「じゃあ何でその時教えてくれなかったんだ?」
「だって、おチビちゃん。私に向かって、口元に人差し指を当てて見せたのよ」
「で、黙ってたってわけか?」
「あんな必死な目でお願いされたら断れないでしょ」
「カラスがオレたちの居場所を教えて、ブラバッキーが侵入手伝って……なるほど内通者ってのはお前らの事か」
「これは一本とられたな、ドラコよ」
 怒り骨頂のドラコに向かって、ヴラドは実に愉快に笑って見せた。
「我が組織の女性陣を調略済みとは恐れいった。内通者がいたのでは後ろも取られるだろうし命をとられることさえあるかもしれん、そうだろう? 全く女は怖いと思わんか、ドラコよ」
「あんたの冗談は冗談に聞こえねぇよ」
 口汚く答えるドラコ。
 こうして、波乱があったものの数騎たちとヴラド一派の間に共闘体勢が築かれた。
 この共闘体勢の成立。
 それは、今夜の惨劇を彩る駒が配置についた瞬間でもあった。


































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