トップページに戻る



トップページ/ 自己紹介/ サイト紹介/ リンク/


トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第二羽 飛竜

第二羽 飛竜


「見ろ、リー・ホウ。どうやら最新機種が発売しているみたいだぞ」
 昼間であるために、客がにぎわうライオット・ビル。
 屋上遊園地のあるそのデパートの四階に、ジーンズを穿きパーカーを着込む男が歩いていた。
 その男を周囲の客が奇妙な視線で見つめている。
 それはそうだろう、何せその男はあまりにも目立つ特徴があった。
 まず第一にデカイ。
 身長百九十二センチに及ぶその長身は、背の小さい民族である日本人が数多く暮らすこの日本において、いるだけで目立ってしまう原因となっている。
 が、それよりももっと目立つのはそのあまりに長い髪だ。
 それも長いだけではない。
 何と髪の毛をわざわざ染め分けているのだ。
 髪の根元は白髪、首の後で縛った先の髪の毛は真っ赤に染まっている。
 赤き髪は腰のあたりまで伸びており、ただでさえ長い髪は、男の身長の高さに合わせ、相対的に長くなっていた。
 さらに正面から彼を見たとき、周りの人間はさらに驚くことになる。
 比較的整った顔立ち、鼻は低く顔立ちは日本人の女性を思わせるが、その瞳の色が赤い事で日本人にとって馴染みのない顔へと仕立て上げている。
 彼が歩くと驚いた日本人はみな道を開け、混雑したデパートのゲーム販売コーナーの中で、彼の周りだけが空いていた。
「ほぉ、これが新作か」
 呟き、赤い瞳の男、ジェ・ルージュは重ねてあったゲーム機本体を収納する箱を手に取る。
「黒い、昔のは灰色だったよな?」
「時代が変わったってことだろう?」
 ジェ・ルージュの声に答えたのは彼の使い魔であるリー・ホウだ。
 もっとも、彼の姿はジェ・ルージュのそばにはない。
 彼はリー・ホウは精霊であるために、普通に歩いていれば一般人に驚きの目で見られることに間違いはなく、それによる混乱をジェ・ルージュは望んでいない。
 そこでジェ・ルージュは共生契約の紋章と呼ばれる魔術的な刺青を右腕に施すことで、彼を一時的に自分の左腕の中に封印していた。
 封印された使い魔は主人の命令によってのみ刺青の中から開放され、それまでの間は主人に精霊として力を貸すほか、主人の会話相手になるくらいしかできることはない。
 そんなわけで、ジェ・ルージュはデパートの中を歩きながら、端から見ると独り言を話しているように見えながらもリー・ホウと会話を続けていたのだ。
「で、これの名は何と言ったか?」
 尋ねるジェ・ルージュ。
 そんなジェ・ルージュに、リー・ホウは少し考えて答えた。
「確か灰色の本体の名前はキャットステーション2だったから、その本体はキャットステーション3だな」
「ああ、いわゆるネコステ3とテレビで言ってたゲームだな」
「そうそう、それくらいはあんたも知ってるだろ、団長殿?」
「あぁ、電気を使ったゲームが苦手な私でもこのくらいはな」
 苦笑しながら答えるジェ・ルージュ。
 娯楽の少ない異世界からやってきたこの魔術師、なんとこの世界に来て豊富にある娯楽用具の虜になってしまい、毎日を遊んで暮らしている。
 が、異世界人であるジェ・ルージュは電気を使わないで遊ぶゲームにはすぐ馴染めたが、テレビに接続して遊ぶゲームはどうも馴染めずつい最近まで敬遠を続けてきた。
 それが変化をみせたのは彼の妹がテレビゲームをしているところを見たからだ。
 ゲームと呼ばれる玩具の黎明期に作り出されたフィスティバルコンピューター、通称フィスコンと呼ばれる八ビットのゲーム、それを彼女の妹がやっていた。
 ジェ・ルージュは誘われるままに妹といっしょにフィスコンに手を出し、そしてハマった。
 新規開拓に積極的ではなかったジェ・ルージュはすでに開発の終了しているフィスコンのゲームソフトを中古で買いあさり、毎日遊んでいたが、妹が最新機種が欲しいとだだをこね始めたこともあって仕事前にゲーム機を購入しに来たのだ。
「ところでリー・ホウ、このネコステというゲームはなかなかすごいゲームなのだな」
「なんでそう思う?」
「2と名前の後ろについている、ということはネコステというすばらしく面白いゲームの続編がこのネコステ3と考えるべきではないのか?」
「………………はい?」
「だってそう、タイガークエストやフィニッシュファンタジーというソフトも人気があるから次々と続編がでるのだろう? 私もその二作品はプレイしたが、なかなか素晴らしい作品だった。聞いた話では3まで出るゲームはどれも大作というではないか。
 ならばこのネコステ3がつまらないゲームであると考えるのは間違っているものと思うのだが、どうか?」
「えっと、なんて言ったらいいか……」
 根本的に解釈を間違えているジェ・ルージュにどういうべきかリー・ホウは思わず迷った。
「その、団長殿はゲーム機本体という意味を理解しているか?」
「当然だ、フィスコンのことだろう? それにしても気になる事があるのだが、このネコステ3はどうやってフィスコンの本体にはめるのだ? 見たところネコステ3はフィスコンの二倍近い大きさがあるのだが」
「……んっとだなぁ」
 リー・ホウは頭を抱えながら(もっとも、腕の中に封印されているために外部からは見えなかったが)思案を巡らし答えた。
「団長殿は勘違いしてるが、ネコステ3はフィスコンのソフトじゃないぜ」
「どういうことだ?」
「つまりネコステ3はソフトじゃなくてハードって種類のものなんだ」
「ハード?」
「わかりやすく言えばタイガークエストとかの機械に差し込むゲームがソフト、ソフトを起動させるために必要な本体がハードだ」
「ん? つまり、これはトラクエ(タイガークエストの愛称)の仲間ではなく、フィスコンの仲間ということか?」
「そうだよ、ビット数じゃ十六倍優秀なハードだよ」
「なんと、こっちの人間はたった十数年で自身の技術を十六倍までに飛躍させたというのか?」
「トゥレインスの連中にも見習わせてやりたい限りだよ」
「全くだな」
 納得したように答えるジェ・ルージュ。
 ちなみにトゥレインスというのはジェ・ルージュたちが住んでいる異世界の名前である。
「で、とりあえずこのハードとやらを買っていけばブライアントは喜ぶわけだな?」
「ま〜、嬢ちゃんはあんたの土産ならなんでも喜ぶだろうよ」
「そうか?」
「そうなんじゃねぇの?」
 リー・ホウは彼のジェ・ルージュ、ブライアントの顔を思い浮かべながら答えた。
「とりあえずさっさと買っちまえよ。四時にはあの探偵事務所に行くって話じゃねぇか。あと一時間しかないぜ」
「わかった、では」
 リー・ホウの言葉に頷いて答えると、ジェ・ルージュはネコステ3販売コーナーに背を向け、レジに向かって歩き出す。
 そして、
「なっ!」
 彼の目の前には積み重ねられたネコステ3の箱が存在していた。
 見覚えのある風景。
 そう、それは直前に彼が見ていたネコステ3販売コーナー。
 背を向けたばかりの場所を自身が見つめている理由。
 それは一つしか考えられなかった。
「リー・ホウ!」
 叫び、ジェ・ルージュは右腕に封印していたサラマンダーを開放した。
 それと同時にジェ・ルージュは呪文を詠唱。
 詠唱が終わると同時に、ジェ・ルージュはジーンズにパーカーという恰好から、灰色の魔術師のローブという姿に変わっていた。
 横に突き出した右腕には、体長三十センチ程度の、細長い東洋の龍がしがみついている。
 精霊は自身の肉体を好きな形で顕現できる。
 ジェ・ルージュの邪魔にならないようにリー・ホウは小さなサイズで封印から開放されたのであった。
「どうした、団長殿。周りにいる人間に見られたら……」
「そんな人間はいない」
 言われ、リー・ホウは周囲を見回す。
 ジェ・ルージュの言うとおりだった。
 鏡に映されたかのごとく反転した世界。
 そこには、誰一人として人間が存在していなかった。
 それに気付き、リー・ホウは驚きの声をあげる。
「ちょいと待て、まだ三時だぞ。取り込まれたことにも気付かせないほど精密な異層空間の構築なんて」
「それだけではない、展開半径はおよそ五キロ。ついでに周りには私達以外に誰の姿がもい。昼間に広大な異層空間を展開でき、なおかつ異層空間に取り込む人間を自身の狙ったように絞り込むだけの魔術師、つまりそれがすぐ側にいるということだ」
「あんたと同じ、超越者(ドロマトリヴァー)クラスか?」
「さぁな」
 答え、ジェ・ルージュは呪文の詠唱を始めていた。
 いつもながら驚かされるが、世界一の魔術師と誉れ高いだけあって、ジェ・ルージュの呪文詠唱は美しかった。
 通常、詠唱時間が弱点である魔術師は、近接戦闘には向いていない。
 ジェ・ルージュはその弱点を何とかするために、術式をオリジナルで組み立てなおすという努力をした。
 それは、若干威力は落ちるが詠唱時間を半減させるという手法だった。
 俗に高速詠唱と呼ばれる技術だが、呪文を完全に理解した上でその効力をほとんど損なわせずに術式を構築できるだけの仕組みを組み立てなおさなければならない。
 だが、四千年を生きる魔術師にとってこの技術は、もはや呼吸をするように容易くできる程度の代物に成り下がっていた。
 瞬く間に術式を完成させると、ジェ・ルージュはどこから来るかわからない敵の襲撃に備えた。
 周囲を見回しながら、リー・ホウはジェ・ルージュに尋ねる。
「敵さんはどんくらいだ?」
「十四といったところか、しかし伏兵がいる可能性も否定できない」
「十四? 大した人数だな。どこにいるかわかるか?」
「大雑把には、五十メートル以内なら四……」
 そこまで言った瞬間だった。
 膨れ上がる殺気。
 ジェ・ルージュはとっさに顔を後ろに引いてみせる。
 それと同時に、ジェ・ルージュの眼前にゲーム機の箱を貫いて鋭い針が出現した。
 針はジェ・ルージュの眼前を通り過ぎ、反対側の壁に突き刺さる。
 ジェ・ルージュはその針を見てそれが魔剣であることに気がついた。
 理由は簡単だ。
 針はコンクリートの壁を突き破って出現し、その針がジェ・ルージュの眼前を通り過ぎて反対側の壁に突き刺さったのだ。
 伸びた針の長さは軽く百メートルを超えている。
 と、その針が一瞬のうちに縮まり、出現した小さな穴へと消えていった。
 ジェ・ルージュは思わず舌打ちをもらす。
 魔剣は使用のために輝光を必要とするため、魔剣の起動とタイミングから言って今の攻撃を繰り出した魔剣士との距離はおよそ六百。
 間違いなくデパートの外からの攻撃だ。
 と、再び殺気が膨れ上がる。
 ジェ・ルージュはその場に留まる愚を悟り、俊敏に回避行動を取り始めた。
 それと同時に幾多の乱射が繰り出された。
 恐らく敵の魔剣は伸びる針。
 一瞬にして伸縮するその針を用いての遠距離攻撃。
 壁を商品を貫通し、針は幾度となくジェ・ルージュに襲い掛かる。
 それも一本や二本ではない。
 合計二十本。
 高速の針はジェ・ルージュの肉体を貫くために進撃し、そしてその全てをジェ・ルージュは回避した。
 攻撃自体は鋭いが、敵の姿が見えないことからこちらの輝光を読み取っての攻撃のため精密さにかける。
 それがジェ・ルージュに攻撃の回避を許していた。
 と、ジェ・ルージュが表情を変える。
「どうした、団長殿!」
「敵の気配が遠ざかっている、全員が百メートル以上の距離を……」
 そこまで言うと、ジェ・ルージュは構築し終えていた術式を破棄、新たな術式の構築を始める。
 術式の完成と全く同時だった。
 右方向から商品と、この建物を構成する壁、全てを切り裂きながら魔剣の斬撃が迫る。
 何のことはない、敵は巨大な刀剣を用いて、このライオット・ビルを真横に切り裂いたのだ。
 建物ごと斬り裂く敵の斬撃は、たった二秒と言う時間でデパートの四階を切断した。
 が、その二秒はあまりに長すぎた。
 ジェ・ルージュの構築した術は影を移動する瞬間転移呪文。
 斬撃を回避したジェ・ルージュは、ライオット・ビル屋上にある屋上遊園地の観覧車の下に瞬間移動した。
 ジェ・ルージュが屋上に脱出したのにあわせて、周囲にいた異能者たちがジェ・ルージュを包囲するように集合する。
 その数は十五、おそらく能力を使ってなかった者も含まれていたからだろうが、ジェ・ルージュの予想よりも一人多い。
 その中でも目立つ姿が二つあった。
 恐ろしいまでのプレッシャーを放つ二つの影。
 一人は貴族のような絢爛たる服を身に纏い、鎧を着、さらに長い赤のマントをなびかせた壮年の男。
 そしてもう一人は灰色のローブを見にまとう老人。
 ジェ・ルージュは、この二人に見覚えがあった。
「久しいな、赤の魔術師よ」
 壮年の男がジェ・ルージュに話しかける。
 ジェ・ルージュは、そんな壮年の男に楽しげに微笑みかけた。
「二十年ぶりか、クロウ・カード」
 ジェ・ルージュは壮年の男の名を口にすると、次に老人に顔を向けた。
 老人は笑みを浮かべながらジェ・ルージュに尋ねる。
「私のことは覚えておいでか、赤の魔術師」
「覚えているよ、ヴラド・メイザース」
 ジェ・ルージュは、自分を囲む人間たちを見回しながら答えた。
「それにしても驚きだ、確かお前達二人は敵対してはいなかったかな?」
「貴様を屠るにはこれだけの準備が必要というわけだ」
 答えたのはクロウ・カードだった。
 そう、九人に近い異能者を所有してなお、クロウ・カードはジェ・ルージュに対して勝利が難しいと考えた。
 そこで採用したのが敵対組織であるヴラド一派との共同戦線だった。
 これによってこの街に存在する異能者の過半数がジェ・ルージュ一人に対して戦力を集中する態勢を整えた。
 クロウ・カードはヴラド・メイザースと共同して異層空間を構築、鏡内界を作り出し、そこにジェ・ルージュだけを取り込むと言う離れ業をやってのけた。
 昼間に自分を、しかも回りに人間がいる時に鏡内界に取り込むなどという奇策を用いてくるとは夢にも思っていなかったジェ・ルージュは、この二人の作り出した共同戦線と孤立無援の戦いを強いられることとなったのだ。
 が、ジェ・ルージュは飄々とした顔をしていた。
「クロウ・カード、これで私を仕留められるとでも考えているのか?」
「やってみなくてはどうとも言えぬだろう」
「では、試してみるがいい!」
 まるで武芸をやる人間のように、ジェ・ルージュはクロウ・カードに向かって構えた。
 それに呼応するかのように背後から輝光の高まりを感じる。
「爪刃!」
 魔剣が開放される。
 破壊力を内包する輝光の塊がジェ・ルージュに迫った。
 が、
「甘い!」
 ジェ・ルージュは一瞬にして術式を構築していた。
 光り輝く壁がジェ・ルージュの眼前に展開され、迫り来る輝光弾をあっさりと消失させて見せる。
「ブラバッキーと言ったな?」
 攻撃の方向に向かってジェ・ルージュが呟く。
 そこには装飾の施された短剣を手にする巨大な熊の姿があった。
 説明は要らない、それは熊に変化したブラバッキーだった。
「覚えていてもらえたのね?」
「君のように美しい女性を忘れるわけがないだろう」
 皮肉に微笑んでみせるジェ・ルージュ。
 そんなジェ・ルージュに、太陽の光を反射させて金属の糸が幾本も襲い掛かってくる。
「風よ!」
 ジェ・ルージュが腕を突き出すと同時に突風が吹き荒れた。
 風の力に抗えず、ジェ・ルージュを切り裂こうと迫っていた鋼糸が反対側へと飛ばされる。
 ジェ・ルージュがその方向に目をやると、そこには忍者装束を身に纏うカラスアゲハの姿があった。
「隠れていたか、十六人目だな」
 呟くジェ・ルージュ。
 と、それを合図に残りの者たちが同時にジェ・ルージュに向かって攻撃を仕掛けた。
 繰り出される輝光弾、寸鉄、さらには弾丸までもがジェ・ルージュに襲い掛かる。
 思わずジェ・ルージュは舌打ちをもらした。
 光の壁で防いだ弾丸の繰り出された方向には、ライフル銃を手にする人間の姿があった。
「異層空間殺しか、ちくしょうめ」
 異層空間殺し、それは本来銃火器を使えない鏡内界で銃火器を使用することができるようになる能力だ。
 希少な能力であるため使い手は少ないが、使用できれば極めて驚異となる存在である。
「どうするよ、団長!」
「包囲されていてはどうしようもない、突破するぞ!」
 尋ねるリー・ホウにそう答えると、ジェ・ルージュは火力が比較的に少ない方角へと走り出した。
 繰り出される輝光による攻撃を術で防ぐと、ジェ・ルージュは懐から短刀を八つ取り出し、それを前方にいる男に向かって繰り出した。
「面」
 それに呼応するように男が魔剣を開放した。
 彼の手元にあった金属の塊が面に広がる。
 面積は一平方メートル。
 繰り出された短刀による投擲から、薄く広がった金属は主人を守るに十分な働きをした。
 金属の壁に阻まれた短刀は全てコンクリートの地面に音を立てて落下する。
「ちぃっ!」
 舌打ちを漏らしながらも、ジェ・ルージュは包囲網を脱出すべく跳躍。
 ジェ・ルージュは自身の身体能力を術式で強化していため、六メートルを上回る跳躍力をもって数人の異能者の頭上を飛び越える。
 そこに、
「線」
 魔剣開放の詠唱が聞こえてきた。
 全長、およそ五百メートルに及ぶ大剣がジェ・ルージュに襲い掛かった。
「なんと!」
 ジェ・ルージュは焦り、とっさに光の壁を作り出してその斬撃を受け止めた。
「く……そおおぉぉぉぉ!」
 とんでもない衝撃だった。
 ピッチャーの球を打つバッターのバットのごとく、その大剣はジェ・ルージュの体をはるか遠方まで打ち飛ばした。
 ジェ・ルージュの体はすさまじい速度で中を飛び、近くのビルの屋上にあった看板に激突した。
「っつぅ!」
「大丈夫か?」
 尋ねるリー・ホウ。
 ジェ・ルージュは自分の体がめり込んだ看板から体を引き抜き、そのビルの屋上の床に着地した。
「大丈夫とは言い難い、あの連中。思った以上にやる」
 と、そう口にした瞬間だった。
 急速な輝光の高まりを感じる。
 その直後、世界が塗り替えられた。
 砂交じりの突風がジェ・ルージュの顔に襲い掛かる。
 ジェ・ルージュは思わず目をつぶって砂を防ぎ、そして目を見開く。
 そこには先ほどまでと違った世界が広がっていた。
 荒れ果てた荒野。
 まるで西部劇にでも登場しそうな荒野の中心に、ジェ・ルージュは立っていた。
「団長、これは?」
「……魔道結界だ」
 リー・ホウの言葉にジェ・ルージュがそう答えた瞬間だった。
 吹き荒れる砂塵。
 その中から長身の男の影が少しずつ輪郭をあらわに近づいてきた。
「無限にして無間たる夢幻」
 その男は、絶対なる威厳を伴いながら、
「魔道結界、無限の世界(アンリミテッドワールド)」
 ジェ・ルージュたちの前に姿を現した。
「ようこそ、私の世界へ。無限に広がるこの世界こそが私の全てだ。そうだろう、アリスよ」
 クロウ・カードはそう口にして傍らにいる人間に話しかける。
 いつの間に現れたのか、クロウ・カードの側には彼の半分ほどしか身長のない茶色い髪の少女がいた。
 まるでドレスのような服を着る、そのアリスと呼ばれた少女は無表情な顔をクロウ・カードに向ける。
「そう、お父様の言う通りよ」
「ふむ、大した使い手と思っていたが、これほどの結界を所持しているとは思わなかったぞ」
 クロウ・カードの力量を称えるジェ・ルージュ。
 冷や汗を流しながらも、一切の余裕を捨て去ってはいなかった。
 と、クロウ・カードの周囲に突如として、先ほどジェ・ルージュを囲んでいた残り十五人の人間が姿を現した。
 ジェ・ルージュは感じていた緊張の度合いを高める。
 現状は先ほどにも増して圧倒的な不利に陥っていた。
 結界、それは自分にとって都合のいい世界を構築する技術。
 この結界を用いる術者は恐るべき存在として異能者には認知されている。
 そもそも結界というのは自分の望んだ場所、例えば自分の拠点などに展開し、自身に有利な空間を作り出すためのものだ。
 戦いにおいて反則的な状況を作り出す術式を好きな戦場に張ることのできる結界使い、それが脅威にならないはずがなかった。
 言ってみれば自分の好きなように自分の城を動かして敵国に攻め入る騎士団のようなものだ。
 敵を退ける動かぬ城を動かすとあれば、それは並大抵の戦力ではあるまい。
 それに加えて自身を包囲する敵の数。
 地の利、数の利を失ったこの状況。
 それでもジェ・ルージュは、ここでやられてやる気など毛頭なかった。
「出番だ、リー・ホウ!」
 自身の腕にしがみつくリー・ホウを左手で引き剥がすと、リー・ホウの体を左手で頭上に持ち上げ天にかざし、詠唱を唱え始める。
「させるな、ヤツの術が完成する前に仕留めろ!」
 クロウ・カードの命令が下されると同時に十五人がジェ・ルージュに襲い掛かった。
 持ちうる限りの力を振るい、ジェ・ルージュの術を妨害しようとする。
 が、ジェ・ルージュの高速詠唱は彼らの攻撃、そのどれよりも素早く紡がれていた。
 ジェ・ルージュに襲い掛かろうとしていた術式が全て炎に飲まれる。
 クロウ・カードは目を見張った。
 目の前に作り出された光景があまりにも怪異であったからだ。
 灼熱の溶岩。
 噴出するマグマは赤々と煮えたぎり、岩で作られた地面を溶かそうと熱き舌をもって岩肌を舐めるように動いている。
 周囲は岩の壁、黒き岩石に覆われた壁に出口はなく、頭上を見上げると漆黒の夜空に星が煌いている。
 溶岩に囲まれた岩石の島。
 そのくりぬかれた火山の中心には灰色のローブを身に纏うジェ・ルージュの姿があった。
「なるほど、さすがは赤の魔術師だ」
 関心して口にするクロウ・カード。
 そして、周囲を見回した。
 それは奇妙な光景だった。
 クロウ・カードを中心として広がりを見せる荒野の世界。
 そしてジェ・ルージュを中心にして展開された火山の内側の世界。
 この相容れぬ二つの世界は共存し、そしてお互いを喰らいあっていた。
 思い浮かべて欲しい。
 火山の内側を作った箱庭と荒野を作った箱庭。
 二つの箱庭を真っ二つに切断し、その片方ずつをくっつけて作った箱庭を。
 右半分は真夜中の火山の中だが左半分は昼間の荒野。
 そのようなあり得ざる光景が、クロウ・カードの前には広がっていた。
 クロウ・カードから放たれる荒野の世界とジェ・ルージュから放たれる火山の世界はお互いの中間地点でその前進をとめ、奇妙にまざりあい不可思議な、二つの景色が混ざったような色合いを作り出していた。
 これは結界侵食と呼ばれる現象だった。
 同時に同じ場所で結界を展開すると、お互いの結界がお互いの結界の展開を妨害し、術者を中心として結界を展開しても、もう一人の結界使いによって世界全ての塗り替えを停止され、お互いの結界の能力を相殺しあうという現象。
 ジェ・ルージュは結界を展開する技術は持ち合わせていたが、彼はあくまで魔術師であり、訓練しだいでは誰もが使用できるありきたりな結界しか使用できない。
 それに対してクロウ・カードの結界は魔道による結界だ。
 個人の能力によって力を変える魔道結界は、ジェ・ルージュの魔術結界よりも強力な結界であることが多い。
 そしてクロウ・カードの結界はジェ・ルージュの結界よりも明らかに強力だった。
 最初はお互いの世界の割合は五分と五分だったが、ジェ・ルージュの結界は力及ばず、すでにお互いの結界の存在割合は七、三という状況になっている。
 だが、それで十分だった。
 ジェ・ルージュの狙いは結界の弱体化、それ以上ではない。
「火蜥蜴の庭園(サラマンダーガーデン)、火の精霊による魔術結界か」
「全てがお前の思い通りに進むってわけじゃない、結界は私とて扱える」
「確かに、同じ魔術師としてあなたには驚きを隠さずにはいられないな」
 いかつい声で話しながらも賞賛を惜しまないクロウ・カード。
 と、ジェ・ルージュはその言葉に怪訝な顔をした。
「同じ魔術師(・・・)?」
「そう、私は魔術師だ。魔道までも扱う魔法使いではない」
 その言葉にジェ・ルージュは驚きを隠せない。
 だってそう。
 クロウ・カードの展開している結界は魔術に存在しない。
 ならば魔道しか考えられない。
「いや、待て……」
「気付いたか」
 思わず声に出してしまったジェ・ルージュにクロウ・カードはそばにいる少女、アリスの背中に手を回した。
「そう、御想像の通りだ赤の魔術師よ。この娘こそが我が切り札」
「まさか、魔皇剣?」
「その通り」
 魔皇剣、それは魔剣の中でも最高位に存在する魔剣のことだ。
 さらに上の存在である退魔皇剣は一概に魔剣ではないものとされている上に現存していないため、最強の魔剣と呼ぶときには大抵この魔皇剣を指す。
 よく、日本では優れた道具には魂が宿るという。
 しかし実際はその逆で、魂が宿る道具と言うものが優れた道具なのだ。
 魔皇剣は神々の時代に作り出された魔剣であり、その中には人間の魂が宿っている。
 命を持たない道具よりも命を持つ道具が有能なのは裏の世界では常識と言える。
 そして、この魔皇剣もその例外ではない。
 多くの人間が魔剣を製作し、だがどれも魔皇剣の域に到達しないのは作り出された魔剣に魂が宿っていないからだ。
 神代の技術を取り戻すために魔剣に魂をぶち込み、魔皇剣に近づける試みがなされているが、どれも魔皇剣に届く力を作り出す事ができず、魔皇剣に準ずるということから準魔皇剣と呼ばれる始末。
 そして、魔皇剣はその宿っている魂を具現化できる。
 目の前の少女、それは間違いなく。
「『法の書(リベル・レギス)』の、精霊か……」
「御明察だ、赤の魔術師」
 言って、クロウ・カードは懐にしまっていた古びた古書をジェ・ルージュに見せ付ける。
「だがよく私の魔皇剣が法の書と気がついたな」
「優れた魔術師は全ての魔皇剣の伝承を調べ上げているものだ」
「なるほど、同感だ」
 それだけ言うと、クロウ・カードは詠唱を唱え始めた。
「我は信じる。汝の力、霧散するは絶対の法なり」
 クロウ・カードがそう口にした瞬間、ジェ・ルージュが構築している途中だった呪文の力が一瞬にして消えうせた。
「ちぃ、世界のアルカナか」
 自分の構築していた術を消しとばされたジェ・ルージュは舌打ちをしながら右腕を頭上に掲げる。
「唸れ、火蜥蜴の庭園(サラマンダーガーデン)よ!」
 ジェ・ルージュはすでに展開していた結界の力を解放した。
 マグマが地面から吹き上ると、龍の体を形成してジェ・ルージュを包囲する異能者に襲い掛かる。
 その光景を目にしたクロウ・カードは、さらに叫ぶ。
「我は信じる。炎熱の蜥蜴、力失うは絶対の法なり」
「無駄だ、力は及ばない!」
 応じたのはジェ・ルージュの声だ。
 それによってクロウ・カードの言霊は力を失った。
 ジェ・ルージュに従うマグマの龍はクロウ・カードの配下たちに襲い掛かった。
 が、彼の配下たちは極めて優秀であったため、マグマの龍の口から繰り出された火炎を回避、または防ぐ事でダメージを全く受けてはいなかった。
「無理だ、さすがのお前でもできるはずがない。お前は私以下の魔術師だ、結界の威力も七割しか扱えない。お前に私は止められない」
 ジェ・ルージュは矢継ぎ早にそのような言葉をクロウ・カードに投げかけた。
 クロウ・カードはその言葉を耳にし、明らかに追い詰められた表情を見せる。
 ジェ・ルージュは知っていた。
 目の前にいる男、クロウ・カードはアルカナムという異名で呼ばれていた男。
 アルカナの使い手(アルカナム)、それこそがクロウ・カードの二つ名。
 タロットにあるアルカナに秘められた能力を開放する事のできる魔剣『法の書』を使用することができる。
 法の書の中でも最大の術、それが魔道結界『無限の世界』。
 荒野の世界を生み出し、その中では自分の考え宣言した法則が現実となる世界だ。
 弱点はたった一つ、自分が心の底から信じることのできた宣言でなければ法則が現実のものにならないという点だ。
 クロウ・カードはジェ・ルージュが術の構築をこの世界の中では出来ないと宣言を降し、世界の法を書き換えた。
 それに対してジェ・ルージュは召還したサラマンダーに攻撃を命じる。
 クロウ・カードはその攻撃も止めようとしたが、ジェ・ルージュの言葉を聞いた瞬間、自分の言葉に疑問を感じてしまい、法則は現実とならずマグマの龍は攻撃を止めなかった。
 さらにジェ・ルージュはクロウ・カードが自分に有利な法則を構築できないように言語による攻撃を仕掛けた。
 ジェ・ルージュの言葉にはあまりにも説得力があり、クロウ・カードはジェ・ルージュの術式を自分が封殺できると信じ込むことが出来なくなった。
「やっちまえ、団長!」
 マグマの龍、いやリー・ホウがジェ・ルージュに向かって声をかけた。
 ジェ・ルージュはリー・ホウに頷いて答えると、自分の両手を祈るように組み合わせ、それをそのまま腕を伸ばして眼前に突き出した。
「まずい、私の側に集まれ!」
 クロウ・カードの号令に従い、クロウ・カードの仲間たちがクロウ・カードの元に集まりだす。
 が、その内二人はクロウ・カードの命令を無視した。
 クロウ・カードから遠く、ジェ・ルージュに近かった二人だ。
 一人は猪の獣憑き。
 そしてもう一人は、
「点」
 魔剣の詠唱が完了した。
 その魔剣士の男が手にした金属から無数の針が飛び出しジェ・ルージュに襲い掛かる。
「甘い!」
 が、それはマグマの龍、リー・ホウが手にした巨大な岩石によって防がれる。
 魔剣士は無言でその針を短くし、自身が持つ金属塊に戻した。
 魔剣士の持つ魔剣の名は『蟷螂変化』と呼ばれる変形機能を持つ五キロほどの重量を持つ魔剣だ。
 液体金属のように不定形なその魔剣は術者の体に、まるで服のようにまとわりつき、術者の詠唱にしたがって変形する。
 点と口にすれば針に変じ、ハリネズミのように同時集中攻撃も可能だが、一本だけ伸ばせば射程三キロメートルに及ぶ針の槍と化す。
 線と口にしたならその姿は剣へと転じ、長さ五百メートルの刃と化す。
 面と口にすれば金属が板のように広がり敵の攻撃を防ぐ盾となる。
 もちろん、長さや大きさは自身の望む長さに調節でき、硬度をも自由自在に操れる。
 デパートの中にいたジェ・ルージュに針による奇襲を仕掛け、デパートを真っ二つに切り裂いた魔剣士こそ、この『蟷螂変化』の魔剣士だった。
 猪の獣憑きと『蟷螂変化』の魔剣士は連携してリー・ホウに襲い掛かった。
 ジェ・ルージュは勝負を決するべく、かなり時間のかかる詠唱に入った。
 その姿は隙だらけ、仕留めるには今以上の好機はなかった。
 だからこそリー・ホウは二対一という不利な状況で戦い続けた。
 ジェ・ルージュの詠唱が終わるまで、彼を守るためだ。
 自身の使い魔の死闘を眼前にしながら、ジェ・ルージュは詠唱を続けていた。
 指と指を絡めて突き出した両手に、異常なまでの輝光が集中し始めた。
 赤く迸る輝光。
 ジェ・ルージュは自分の指をゆっくりと手から解き始めると右手を上に、そして左手を下へと動かし始めた。
 ジェ・ルージュの手と手の間に赤く輝く発光体がその姿を大きくし始める。
 そして、ジェ・ルージュは再び手を眼前で組みなおすと、今度は右手を右に、そして左手を左に動かし、力の限り両腕を広げた。
 それと全く同時だった。
 ジェ・ルージュの目の前にあった発光体が突如としてその輝きを増した。
 その全長は十メートル。
 赤く輝くその光。
 ジェ・ルージュの頭上。
 そこには、紅赤(こうせき)の光を放つ竜が存在していた。
 迸る輝光。
 圧倒的なまでの存在感。
 それはあまりにも有名な術式。
 赤の魔術師の誇る最強の術にして、この魔術師を世界最強と決定づける最強の一撃。
 蒼天に光輝する紅赤の魔竜(デュラスト・シェルディ・ファイルツァー)。
 最大放出『千』を誇る天下無双のその一撃は、ジェ・ルージュの命令を待って宙を飛び続ける。
 ジェ・ルージュは天に向かって右腕をかざし、そして鋭く前方に振りかざした。
 それに応じるように紅赤(こうせき)の竜がクロウ・カードたちに向かって襲い掛かる。
「さがれ!」
 命令が飛び、火蜥蜴の庭園(サラマンダーガーデン)が消失した。
 一瞬にしてジェ・ルージュの右腕に封印されなおすリー・ホウ。
 そして、紅赤(こうせき)の竜の通過点には蟷螂自在の魔剣士と猪の獣憑き。
「なっ、なあああぁぁぁぁぁぁ!」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
 絶叫とともに二人の異能者がその竜に消し飛ばされた。
 跡形もなく、塵一つ残さず二人の異能者はその人生を終える。
 そんな事が起きた事を歯牙にもかけず、紅赤(こうせき)の竜はクロウ・カードたちに襲い掛かる。
 恐ろしいまでの爆音。
 目が潰れんばかりの閃光が迸った。
 千という常人では考えられない輝光放出によって繰り出されたその一撃は、まるで小型の核を思わせた。
 巻き起こる疾風。
 吹き荒れる嵐。
 砂が、岩が、世界が悲鳴を上げる。
 すさまじき衝撃に耐え切れず、消滅した火蜥蜴の庭園(サラマンダーガーデン)に奪われていた領地を占領し返していた『無限の世界』の魔道結界があっという間に崩壊した。
 例えるなら映写機がその映像を霧に移している状態。
 荒野の世界はそのような虚ろとしか言えない姿となり、そして霧が晴れるとそこは昼間のビルの屋上だった。
 ジェ・ルージュは周囲に散らばった肉塊に視線をやる。
 それはジェ・ルージュの術によってその生命を奪われた者たちの屍だった。
 内臓が飛び散り、腕、足、頭部を失い血にまみれた十六の死体。
 十六人いた人間の死体、それぞれが判別できるだけのパーツが転がっていた。
「いやぁ、さすがにいつ見てもすげぇ術だわ」
 右腕に封印されたリー・ホウが声をあげた。
 だが、ジェ・ルージュは一向に表情を崩さず転がる死体を睨みつける。
 気になり、リー・ホウは尋ねた。
「どうした?」
「生きている」
 ジェ・ルージュがそう答えると同時に、死体の一つがびくりと脈動した。
 肉片が一つの死体に向かってうごめき始めた。
 散らばった肉が癒着し、砕け散った骨がくっつき、蒸発した血液が液体に戻り肉体を構成していく。
 さらには消し飛ばされたローブまでもが再生した。
 ジェ・ルージュの目の前に一人の男が姿を現す。
 それはヴラド・メイザースとよばれた魔術師だった。
「くくくくく、これが赤の魔術師最大の術式か。長生きはするものだな」
「貴様、なぜ生きている?」
 冷ややかなジェ・ルージュの言葉に、ヴラドは愉快そうに答えた。
「甘い、甘い。確かに貴様は私以上の魔術師だが。なに、貴様に私は殺す事ができないのだよ」
「くっ……」
 後ずさるジェ・ルージュ。
 いかなる能力の持ち主か、ジェ・ルージュは動揺を隠せない。
 放出力千を叩き出す術を防ぐには千を叩き出す防御呪文によってしか防げない。
 そして、間違いなく眼前の敵は千を出せる魔術師ではなかった。
 だというのにこの魔術師は生きている。
 いや、生き返ってみせた。
 つまり、死しても蘇生する類の能力を持っているということだ。
 舌打ちを漏らす。
 眼前のヴラド・メイザースは自身の持つ特殊な能力に依存するタイプの異能者だ。
 能力には必ずカラクリがあり、それを看破さえしてしまえば打破は難しい事ではない。
 不死系の能力者を今までに相手にした事がなかったわけではないのだ。
 ジェ・ルージュは今までの戦闘経験を活かし、冷静さを取り戻すと、ヴラド・メイザースをいかにして殺しきるかを探り出そうとした。
「待て待て、赤の魔術師」
 ヴラドは自分に対して襲い掛かろうとするジェ・ルージュを手で制する。
「私に構っていてもかまわんのかな?」
 次の瞬間、ジェ・ルージュの目の前からヴラドの姿が消失した。
「なっ!」
 世界が塗り替えられた。
 砂交じりの突風が、再びジェ・ルージュの顔に襲い掛かる。
 ジェ・ルージュは、今度は腕で目を守って砂を防ぎ、そして見た。
 そこには先ほどと全く同じ世界が広がっていた。
 荒れ果てた荒野。
 まるで西部劇にでも登場しそうな荒野の中心に、ジェ・ルージュは立っていた。
「クロウ・カード、生きていたか」
 語りかけるジェ・ルージュ。
 吹き荒れる砂塵。
 その中にはクロウ・カードの姿が、そして傍らにはアリスという名の魔皇剣の精霊がいた。
「無限にして無間たる夢幻」
 その男は、絶対なる威厳を伴いながら、
「魔道結界、無限の世界(アンリミテッドワールド)」
 再び自らの世界の名を告げた。
 ジェ・ルージュはクロウ・カードの姿を認めると、すさまじい殺気とともにクロウ・カードを睨みつけた。
「なぜ生きている?」
「貴様がぬるいからだ」
 答えたクロウ・カードは指を鳴らした。
 直後、六人に及ぶクロウ・カード直属の配下が姿を現す。
 先ほど死んだ二人はヴラドの配下であり、クロウ・カードの陣営は全くの無傷であった。
「あのサラマンダーを助けるために結界を解いただろう、おかげで私の結界が力を取り戻した。世界が崩壊する代わりに私達は世界から脱出し、誰一人死なずにすむ。私はそう信じ、そしてそれが世界の法則となった」
「なるほど、しくじったわけだ」
 ジェ・ルージュは嬉しそうに悔しがった。
「ならば、次は逃がさない。さすがに一度展開した直後の貴様の輝光では、この世界の能力を万全に活かしきれまい!」
 宣言と同時に、ジェ・ルージュは自らの中にある輝光を増幅させはじめた。
「こちらは、あと一撃繰り出すことが可能だ。お前に退路はない!」
 ジェ・ルージュは自分の肩につかまっていたリー・ホウを握り締める。
 それを見たクロウ・カードは、再びジェ・ルージュが魔術結界を展開する前に世界の能力を行使した。
「我は信じる。この世界閉ざされるは絶対の法なり」
 閉鎖を始める世界。
 ジェ・ルージュは、世界が牢獄へと化して行く感覚を覚えていた。
 高速で呪文を詠唱する。
 が、それよりもクロウ・カードの詠唱がその上をいった。
「我は信じる。我が認めしもの以外、月落ちるまで世界から抜け出せぬは絶対の法なり」
 そして、クロウ・カードの配下の姿が全て世界から消失した。
 残るはリー・ホウ、ジェ・ルージュ、クロウ・カード、そしてアリスの四人のみ。
 拘束は完了した。
 リー・ホウを握り締めたまま、ジェ・ルージュはクロウ・カードを睨みつける。
「してやられた、というわけか」
「そうでもない、もし貴様が望むならこの世界、再び崩壊させるのは容易い」
「何を抜かすか、結界の崩壊にはそれ以上の輝光を叩きつける必要がある。この結界の輝光は三百、私がこれを砕くにはデュラスト・シェルディ・ファイルツァーしかない。が、それを使った場合」
「そう、お前は私達を圧倒するだけの力を失うという寸法だ」
 ジェ・ルージュが保有する輝光は合計で二千五百六十、輝光というのは生命のエネルギーであり無限ではない。
 そしてデュラスト・シェルディ・ファイルツァーと呼ばれる鬼札は、一撃を放つ度に千の輝光消費を強制される。
 故に、ジェ・ルージュはこの最強術を一度の戦闘に最大で二発までしか使用できない。
 といっても、戦闘時には最強術以外の呪文も多量に使うわけで、実際には二発撃つだけの輝光量を残す事は難しく、もし二発売った場合、残った輝光での戦闘はあまりにも危険が大きすぎた。
 伝家の宝刀は抜かないのが最上の策なのだ。
 一度引っ張り出されればあらゆるものを切り裂く宝刀も、第二撃は許されぬ限りある手段なのである。
 そして、最強の一撃を封印した状況ではジェ・ルージュはこの魔道結界から脱出できない。
 だが、打つ手を失ったのはクロウ・カードも同様だった。
 一度結界を破られたクロウ・カードの輝光残量では、まだ千に近い輝光を残すジェ・ルージュを圧倒するにははるかに足りない。
 が、クロウ・カードの狙いはジェ・ルージュの打倒ではなくジェ・ルージュの無効化だ。
 そしてそれは、今日の夜が終わるまでで十分だった。
 時間制限の条件をつければこれくらいなら可能だろうという思い込みが生じ、信じることが容易くなる。
 さらには最強術を引っ張り出したことによりジェ・ルージュを消耗させたのも信じる力を強める一因になった。
 ジェ・ルージュは完全に拘束された。
 脱出は可能だが、その時は最強術、そして最大の武器である輝光放出の高さを失ったただの魔術師として十に近い敵との戦闘を余儀なくされる。
 だが、もし最強術を温存し、時間まで結界の中で行動をせず、輝光の回復を待つのならクロウ・カードたちはジェ・ルージュに手を出せない。
 つまりは膠着状態、そしてそれは今日の夜まで邪魔をされなければ十分と考えるクロウ・カードにとっては十分以上にありがたい状態だった。
「赤の魔術師よ、私は界裂を手に入れる」
 クロウ・カードの姿が薄れてきた。
 それとともにアリスの姿も半透明になっていく。
 結界から出ようとしているのだ。
「手に入れた暁には、まず貴様をこの結界の外から切り裂き殺す事を宣言しよう。出てきたければいつ出てきても構いはしない。その時は……」
 言葉を切り、そして厳格に続ける。
「私が貴様の首をとる名誉に預からせていただくとしよう」
 それだけ言い残すと、クロウ・カードとアリスは荒野の世界から完全に消え去ってしまった。
 後に残されたジェ・ルージュは、不機嫌な顔でリー・ホウに話しかけた。
「完全に負けた」
「仕方ない、あれだけの戦力差だったんだ。死ななかっただけご苦労様さ」
「ふざけるな、与太話なら構わんが、もし界裂が実在したらどうなると思うのだ?」
「……死ぬ?」
「あたりまえだ」
「ちょ、ちょっと待てよ! オレまだ死にたくねぇよ!」
 慌てふためくリー・ホウ。
 そんなリー・ホウに、ジェ・ルージュは苛立ちながら言った。
「私とて思いは同じだ」
「逃げよう、団長殿」
「ふざけろ、この結界が私達を守ってくれているのがわからんのか? ヤツらの目的は私の無力化だ。亀のように引っ込んでればよし。弱って出てきたらおいしく料理してもよし」
「じゃあ、回復したら出ればいい。術が二発撃てるようになるにはどれくらいで回復するんだ?」
「半月、二発撃った場合は一ヶ月は回復しない」
「おい、ちょっと待てよ! それじゃどうするんだよ!」
「……どうにもならん」
 恐ろしく不機嫌な顔でジェ・ルージュは荒野の世界を眺め回す。
 総合力では全員合わせてもジェ・ルージュには敵わないという戦力差の中、クロウ・カードという男は頭脳をもってジェ・ルージュを殺害するのではなく封殺してみせた。
 対象の破壊だけが勝利ではないということを示す好例とも言える戦闘だった。
 教科書に載せても差し支えないだろう。
 それほどの戦術を駆使する男が敵に回った不幸を呪うべきか。
 それともそんな戦術にのせられた自身を嘆くべきか。
 結界に閉じ込められたジェ・ルージュは、慌てふためくリー・ホウを尻目に、そのようなことを考えていた。






「くくくく、クロウ・カードのやつめ。やってくれたようだな」
 所は変わってあるビルの一室。
 数ヶ月前に借りていたそのビルの一室は、ヴラド一派の隠し砦の一つだった。
 そこにはヴラドを除いて六人の異能者がひしめき合っていた。
 ジェ・ルージュの最強術をクロウ・カードは結界の能力で回避したが、ヴラドは自身の操る空間転移呪文によって仲間ごと瞬間移動をしてこの部屋に移動したのだ。
 八畳くらいの広さの部屋のため、この人数がいると結構狭い。
 しかし、長居するわけではないのでそれで十分だった。
「さて、最大の脅威が取り除けたわけか。実に喜ばしい限りだ」
 もちろん満足ではなかった。
 希望としては二度目の結界をジェ・ルージュが実力で破壊、おそらくその衝撃で戦死するであろうクロウ・カード。
 そして弱った赤の魔術師をクロウ・カードの生き残った配下共々皆殺しというのが最高のシナリオだったがそうもいかない。
「しかし、二人も死ぬとは痛い打撃だぞ、これは」
「少しよろしいでしょうか」
 考えあぐねるヴラドに、熊から人間に戻ったブラバッキーが話しかけた。
「最大の脅威である赤の魔術師の封殺には完全に成功したと考えるべきでしょう。さらに魔術結社の連中は私達が動いていることを知りません。これは最大の好機と考えるべきです。情報網を使って集めた話では赤の魔術師はあと一時間ほどで魔術結社の支部を訪れる予定だったそうです。もし、その時間に赤の魔術師が来なければ」
「なるほど、敵は警戒態勢をとるというわけか」
 ヴラドはそう口にすると、その場にいる全員を見回した。
「聞け、私達の目的は依然として変わらない。まるで火事場泥棒のようにクロウ・カードの一味が界裂を開放するのを横取りするだけでいい。そのためにはこの街の異能者全員を黙らせる必要がある。最重要なのは魔術結社の連中の全滅、ついでクロウ・カード一味の全滅だ。特に魔術結社はこの危機的状況に気付いていない。警戒されていないうちに、殺せる限り殺すのだ。恐らく、クロウ・カードの一味も同じ事を考えて動いているだろう」
 そこで言葉を切ると、ヴラドは再度続ける。
「行くがいい、我が兵士達よ。その能力をもって敵戦力を撃滅するのだ。ただし死ぬな、これ以上の戦力消耗は望ましくない。行け!」
 その言葉に呼応するように、部屋にいた異能者たちはヴラドを除いて部屋から飛び出していった。
「くくくくく、赤の魔術師は消えた。クロウ・カードは消耗している」
 忍び笑いを漏らし、ヴラドはさらに続けた。
「界裂は私のものだ、それを今から証明して見せようではないか!」
 高らかに笑う。
 誰もいない部屋の中笑い続ける。
 こうして、この日に繰り広げられる一連の戦いのなかで、最初に戦死者を出した戦いは、幕を下ろしたのであった。






「痛かったら言ってくださいね〜」
 昼の日差しの差し込むアパート。
 少しだけかび臭い畳に、二人の人間の姿があった。
 一人は着物姿の女性で、正座をして真下に顔を向けている。
 もう一人は右目にルビーの義眼をはめている少年。
 言うまでもなく神楽と数騎だった。
 正座をする神楽の太ももの上に、数騎は頭を乗せる、いわゆる膝枕というヤツをしてもらっていた。
 数騎は体を横に向けて寝転がっており、顔は神楽の腹のあたりを向いている。
 そんな数騎の横顔を、神楽は真剣なまなざしで見つめていた。
 左手は数騎の髪を押さえて耳を自分の位置から見やすいようにし、右手には木製の耳かき。
 そう、神楽は数騎に膝枕をしてあげながら耳掃除をしていたのだ。
 優しい手つきで耳の垢を掃除する神楽の行為に、数騎はここは天国なのかと見る人間に錯覚させるほどの笑顔を浮かべ、目を閉じながら神楽にされるがままになっていた。
「あ、すごい。数騎さんの、こんなに大きいなんて……」
 感想をこぼしながら耳かきの先端を数騎の耳から取り出す。
 先端には、直径五ミリにはなろうかという巨大な耳垢が存在していた。
「数騎さん、最後に耳かきしたのいつですか?」
「ん〜、九ヶ月前」
「放置しすぎですよ、いけない子ですね」
 優しく怒る神楽に、数騎はとりあえず反省して見せた。
 それに満足したのか、神楽は再び数騎の耳の穴に耳かきの先端を侵入させる。
 さすがに大きな耳垢はこれ以上とれず、神楽は数騎の頭を押さえている左手を顔から離した。
「数騎さん、次は反対側の耳を見せてください」
「は〜い」
 軽快に答えると、数騎は顔を向けていた方向を神楽の腹からコタツの置いてある方へ向ける。
 数騎が神楽の太ももの上に頭をしっかり固定したのを見て、神楽は再び数騎の耳に耳かきの先端を侵入させる。
「あれ? こっちのは小さく砕けたのがいっぱいですね」
 神楽の言葉に嘘はなかった。
 脇に置いてあったティッシュの上に回収されていく数騎の耳垢はどれも三ミリに満たない小物ばかり。
 これ以上取れないのがわかると、今度は綿棒を手に取り、それで数騎の耳を綺麗に掃除する。
「じゃあ最後は……」
 神楽は数騎の耳の側まで自分の口を近づけて、
「ふぅ〜っ」
 と、耳の穴に思いっきり息を吐いた。
「うひゃぁっ」
 驚く数騎。
 神楽が口から起こした風は数騎の耳の穴を蹂躙し、残っていた数騎の耳垢の欠片をまとめて外に噴出してしまった。
「はい、おしまいですよ」
「ありがとう、神楽さん」
「どういたしまして」
 微笑んで答える神楽。
 それに対し、耳かきが終わったというのに数騎は一向に起き上がろうとしない。
 それどころか、目を静かにまたたかせ、体が時々ビクンと震えさせはじめる。
 寝たいのだが眠らないように堪えている、いわゆる舟をこぐとかいう状態だった。
 日差しの誘惑に耐え切れず、数騎の瞼はゆっくりと落ち、そのまま眠りへと誘われてしまった。
 静かな寝息を立て始める数騎。
 そんな数騎の頭を神楽は優しい手つきで撫で始めた。
 この部屋をはじめて訪れたとき、神楽は非常な驚きを隠せなかった。
 たった数ヶ月会わないだけで、数騎という人間は恐ろしいまでに変化を遂げてしまったからだ。
 昔は黒一色でセンスのない恰好をしていたのが、見栄えするような服装になっていたこと。
 ただでさえ痩せていたのに、今はさらに不健康なまでにやせ細ってしまったこと。
 事務所から離れて一人暮らしをしていること。
 そして、麻薬中毒者になってしまったこと。
 聞いた話では事務所の人間に、麻薬中毒から逃れるために麻薬を知覚できなくなるような暗示をかけてもらったのだという。
 数騎の選択は正しい。
 麻薬中毒者は、どんなに強固な意志の持ち主でも独力で麻薬から逃れることは不可能だ。
 一説に言われるには麻薬中毒者の末路は三つしかないという。
 刑務所、病院、そして墓。
 数騎は、そのどれもを選択しないために事務所の人間を頼ったそうだが、結果的には間違っていた。
 庇護者がいない状況の数騎は独力で生きていく手段に欠き、神楽が現れるまでは三日に一度食事をするかしないかというひどいありさまだった。
 薬を求めて苦しみ、麻薬がないから睡眠薬を飲んで眠る事で麻薬の欲求をごまかすなどという異常な行為にまで手を染めていた。
 このアパートに着てから神楽の生活はあわただしかった。
 まず数騎が生きていけるように、身の回りの世話は全てすることになった。
 掃除、洗濯、炊事をはじめ、数騎の身の回りの世話、さらには発作が起きた時に暴れないようにわざわざ購入した縄で縛り上げ、舌を噛まないように布を口に突っ込むなどなかなかの奮闘振りだ。
 夜寝ている時までこうなので、深夜にたたき起こされるなどもはや日常だった。
 それほどの苦労をしてまでも、神楽は数騎の元を離れようとしなかった。
 たった一週間だが、神楽がそばにいるだけで数騎は体調を持ち直していた。
 精神的にも安定してきたらしく、発作も一日に三回しか起こさない。
 今日は比較的落ち着いてきたのと、数騎のたっての願いで耳掃除をしてあげることにした。
 夜発作を起こすと大抵睡眠不足になる数騎は、耳掃除が気持ちよくて眠ってしまい、そんな数騎を、神楽は自分の脚を枕代わりにして眠りを妨げないようにと頑張っていた。
 それは心の底から平穏な日常であると、神楽には感じられた。
 屋敷のつらい生活に比べれば、数騎が時たま薬欲しさに暴れだすこと程度のことはまさに天国と地獄くらいの差があると神楽には断定できた。
 それに数騎が薬欲しさに暴れるのには確実な対処法がある。
 神楽は未来を見る能力者だ。
 その能力を用いて数騎が暴れだす五分前に数騎を呼び出し、その体を縄で縛り上げる。
 こうすると数騎は縄で縛られ手いる状態で暴れるわけで被害は非常に少ない。
 ただし、変な態勢で暴れるため、数騎の頭が固いところにぶつかるとまずいので、常に注意が必要である。
 が、今は発作のことを気にするまでもない。
 夢にも数騎の発作はこの時間ではないと保障されているし、何よりも安心しきって眠る数騎の寝顔は、あまりにも平穏だ。
 神楽は窓を見上げる。
 外には青空。
 まだ肌寒い風が吹く外は、びゅうびゅうと風鳴りとともにその寒さを運んでいる。
 そんな外を見つめながら神楽は顔を曇らせた。
 今の生活には満足していた。
 つらいことも多いが、そんなことは些細なことで、生きていれば苦しい事の一つや二つはあるものだ。
 だが、心を曇らせる疑問が神楽にはあった。
 それは八月に起こった出来事。
 投影空想の魔剣士によって、神楽は立体駐車場から投げ捨てられ絶命したはずだった。
 投げ飛ばされた感触も、落下する感覚も、そして体が砕け散ったその痛みも。
 神楽は全て覚えている。
 だが、わからない。
 どうしてもわからないことが一つあった。
 それは自分の存在。
 八月に死んだはずの自分が、なぜまだ生きているのか。
 その晴れない疑問を胸に、神楽はじっと窓の外を見つめ続けていた。





魔術結社    残り八人(ジェ・ルージュ戦線離脱、実質戦闘不能)
ヴラド一派   残り七人(蟷螂変化の魔剣士、猪の獣憑き、共に戦死)
アルス・マグナ 残り九人






































前に戻る/ 次に進む

トップページに戻る

目次に戻る