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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十羽 無限の世界

第十羽 無限の世界


 転生復活前のクロウ・カードはクロウリー・アレイスターと呼ばれる魔術師だった。
 十九世紀を生き抜いた魔術師であったが、人々から奇人変人として扱われた薄幸の魔術師だったという。
 彼の残した魔道書として名高い存在の法の書と呼ばれるものがあるが、それはあくまで紛い物。
 彼が真に魔術に目覚めるのは転生した後のことであるから皮肉である。
 しかし、彼の魔術への傾倒は真実であった。
 裏の世界への道を見出す事のできなかった彼は、表の世界で神秘を探求し挫折。
 結果、彼は研究成果は残したが、目的の成就には失敗した。
 彼は魔術を志してはいたものの、それが狂気を伴うようになったのはある事件がきっかけだった。
 それは娘の死。
 アリスと言う名の一人娘の死。
 病弱であった少女は、彼よりも長く生きることなく死んだ。
 そして、それが彼の運命を決めた。
 少女が死に際に残した言葉、それを叶えるために彼は生き続ける。
 死してもなお、その願いは揺るがなかった。
 しかし、転生後に彼は再び子供に恵まれた。
 クロウ・カードと呼ばれたその男は、かつて死した娘と同じ名前を新しい娘に与えた。
『私のように体が弱くて病気に苦しみ人が現れない世界になりますように』
 心優しいかつてのアリス。
 その言葉を成就すべく、クロウ・カードは魔術の研究にのめりこんだ。
 医療魔術を極めた彼は、多くの負傷を魔術で治すことができるようになった。
 しかし、クロウ・カードは転生後に生まれた娘、二人目のアリスを失う。
 負傷ではない。
 出産に耐え切れずに死んだだけだった。
 クロウ・カードは嘆いた。
 何故二人の娘が死んだかは理解していたからだ。
 もともと、クロウ・カードの遺伝子は決して優れたものではない。
 病気にかかりやすく、貧弱で耐久力のない体。
 クロウ・カード自身はそれを知力で補っていたが、頭脳で補えない問題はこの世には多すぎた。
 血統に恵まれなかったために、二人の娘は死んだ。
 医療魔術では救えない。
 もっと根本的な部分から改革しなければ娘の願いは叶わない。
 クロウ・カードはアルス・マグナに参入する事を決めた。
 自身のような劣等な遺伝子を持つ人間を廃し、優良な遺伝子の人間のみを残す。
 そうすれば、貧弱な子供は生まれず病気で死ぬ人間もいなくなる。
 二度と、二人のアリスのような悲運を辿る人間がいなくなる世界。
 それを求め、クロウ・カードはアルス・マグナの幹部にまで昇進した。
 そして大幹部として認められたあかつきに、貴重な魔皇剣の一つ、彼が転生前に捜し求めていた本物の『法の書』さえも与えられるほどになった。
 しかし、彼とて人間だ。
 娘を失った衝撃はあまりにも大きすぎた。
 何かを代わりにしなければ、彼は自我を保つ事さえできなかった。
 そして、彼はその行動を取った。






 法の書は夢を見ていた。
 いや、法の書の精霊である少女の夢だった。
 それはあの時の思い出。
 初めてクロウ・カードに出会った時の。
 少女の名はリベル・レギスと言った。
 意味は法の書。
 ひねりも無い、そのままの意味。
 誰もが私をその名で呼んだ。
「アリスか……?」
 だから、アリスと呼ばれた時は耳を疑ったものだ。
「アリス、こんな所にいたのか」
 本の精霊として実体化していた少女を、クロウ・カードは愛おしそうに抱きしめた。
 驚いた。
 誰もが自分を魔皇剣としてしか、いや、道具としてしか扱ってこなかったからだ。
 抱きしめられた時の温もり。
 それは四千年に近い年月を生き抜いた彼女にとって、初めての経験だった。
 胸が揺れた。
 もっとこの温もりを感じていたかった。
 だから、少女はクロウ・カードを失わないように、強く抱きしめ返した。
「アリス、声を聞かせてくれ」
「声?」
「あぁ、やっぱりアリスだ。お父さんと、お父さんと呼んではくれないか?」
「おとう……さん……?」
「そうだ、お父さんだぞ。もう大丈夫だからな。二度と離しはしない、これからはずっと一緒だ。ずっと、ずっとだ」
 そう言って、クロウ・カードは涙を流しながら少女を抱きしめた。
 少女も、なぜか悲しくなって涙を流しながらクロウ・カードを抱きしめる。
 魔皇剣と使い手の契約の儀式。
 本来は神聖なその儀式の場で、二人は親子であることを確認してしまった。
 それはクロウ・カードの弱さが原因だった。
 クロウ・カードは娘を失った衝撃に耐え切れなかった。
 だから、アリスが生きていると信じ込んだのだ。
 息子を戦争でなくした母親が人形を自分の息子と思い込むように、クロウ・カードは法の書の精霊、リベル・レギスをアリスと思い込んだ。
 そして、リベル・レギスはそれに答えた。
 その時から、リベル・レギスはアリスになった。
 クロウ・カードはアリスに全身全霊の愛を注ぎ、クロウ・カードはアルス・マグナの一員として活動をした。
 法の書はタロットカードで有名なアルカナを操る魔皇剣。
 その中でも世界のアルカナは、法を作る力を持つ。
 だから、クロウ・カードは世界の能力で信じ込んだ。
 信じ込むことでそれを絶対の法とする世界の力で持って、クロウ・カードは法の書の精霊をアリスと信じて疑わなくなったのだ。
 この時こそが、三人目のアリスは生まれた瞬間であった。






 アリスは目を覚ました。
 場所は地下に存在する祭壇の階段。
 そこで、アリスは転がって眠っていたのだった。
 体を起こして自分の寝ているすぐ隣に腰掛けているクロウ・カードを見る。
 アリスが目覚めたのに気付いたクロウ・カードが、目をこすり自分を見つめているアリスの頭を優しく撫でる。
 それが嬉しくて、アリスが満面の笑みを作った。
 その時だった。
「クロウ・カード」
 部屋の入り口から声がした。
 視線を向ける。
 そこには古代ローマ人が好んできた重厚な装束、トーガを身にまとう青年、ペルセウスの姿があった。
 消耗しているのか、肩で息をしている。
「どうした、英雄よ」
「ヴラドと出くわして交戦した」
「やれたのか?」
「ダメだった、石化しても砕いても、不死殺しのハルペーで切り裂いてする再生された」
「つまり、ヴラドの再生能力は細胞の活性化による自己再生の類ではないと。そういうことか?」
「おそらくは、私の手に負える相手ではありません」
「そうか」
 言って、クロウ・カードは祭壇から腰を上げた。
「今、儀式は小康状態だ、一時中断しても支障はない」
「では?」
「私がやろう」
 クロウ・カードはマントを翻し、階段に座るアリスを振り返る。
「いくぞ、アリス」
「うん」
 アリスは答え、枕にしていた自分の本体である法の書をクロウ・カードに手渡す。
 クロウ・カードはそれを受け取ると、真っ直ぐ部屋の出口へ向かって歩いていく。
 その後姿を見送り、ペルセウスは床に腰を降ろした。
 今は休み、体力を取り戻さなければならない。
 敵の数はあと五人、まだまだ戦わなければならなかったからだ。
 ペルセウスはキビシスの中から麻夜の顔を取り出した。
 輝光を発動させなければ石化は起こらない。
 青ざめた麻夜の顔に、ペルセウスは再び口づけをした。
 見るものはいない。
 ただ、静寂のみを保つその広い部屋だけが、二人の愛の営みを見つめているのであった。






 薄暗い小部屋。
 他の部屋と違い、明かりは蝋燭一本しかないくらい部屋。
 地下十階にあるその小部屋に、扉を開けることもなく二人の人間が侵入した。
 空間転移によって現れた草津と神楽だ。
 草津はニタニタしながら神楽の肩に手を乗せた姿で、神楽は心配そうに周囲を見回しながら。
「ここ、どこなんですか?」
 怯えを含み、神楽が問いかけた。
 それはそうだろう。
 暗い部屋にブサイクな中年男と二人きりなのだ。
 身の危険を感じてもおかしい状況ではない。
 怯えを感じ取った草津は神楽から手を放した。
 神楽はさっと身を引き、ニタニタ笑う草津から距離をとる。
「そんなに怯えないでくださいよ、お嬢さん」
 草津は、蝋燭の明かりで照らされる神楽を見据えながら続ける。
「別にあなたに手を出す気はありません」
「じゃあ、どうしてこんなところに?」
「言ったでしょう、あなたの妹に会わせてあげると」
「妹? 私に妹がいるんですか?」
「いるんじゃないですか? だって本人がそう言ってますし。ん? もしかして姉かな? 正直どっちがどっちだか私にもわからないんですよ。でも、本人が妹と言っているから妹なんでしょうね。私は姉のほうが正しいと思うんですけど、若く見られたいんじゃないですか? 姉よりは妹の方が若いのは常識でしょう? いやいや、ただの言葉遊びでしょうか?」
「何を言っているんですか?」
 難解な言葉に戸惑う神楽。
 そんな神楽に、草津は笑顔を見せた。
「いえいえ、正直どうでもいいことなので忘れてください。さて、そろそろあなたの妹さんが現れる時間ですよ」
「えっ?」
「緊張なさらないでください、別に始めて会うわけでもないんですから」
「どういうことですか?」
 神楽がそう口にした瞬間だった。
 部屋の明かりが消え、真っ暗になった。
「え、停電?」
「いえいえ、多分蝋燭が燃え尽きたんでしょう」
 落ち着いて答える草津。
「すぐつけますので少々お待ちを」
 草津はポケットからライターを取り出すと、消えた燭代の方まで歩いていく。
 そして、側に置いてあったスペアの蝋燭を立て、火を灯した。
 再び部屋が明るくなる。
「さて、では行きましょうか。歌留多さん」
 振り返り、草津は側にいた女性に声をかけた。
 その女性は、赤い着物を見に纏う、長い黒髪の女性。
「えぇ、行きましょう」
 薄っすらと笑みを浮かべて答える歌留多。
 そんな歌留多を先導するように、草津は扉に向かって歩き、扉を開いた。
 廊下から光が差し込む。
 草津が外に出て、それに歌留多が続く。
 扉が閉められた。
 部屋の中には蝋燭の上で揺らめく炎。
 二人がいなくなったその部屋は、炎のみが蠢き、他に誰の姿もなかった。






「久しいなマクレガーよ」
「そういうお前はアレイスターじゃないか。まさかお前が出張ってくるとは思わなかったぞ」
 お互いに転生前の名前を呼び合う二人の魔術師。
 地下十二階、儀式の間より二つ上に上った大広間。
 縦横三十メートルはあろうかという広さを持つその部屋に、クロウ・カードとヴラド・メイザースが対峙していた。
 マクレガー・メイザース、それはヴラドが転生する前の名前。
 黄金の夜明けと呼ばれる魔術結社に所属し、クロウ・カードが転生する前に師事していた人間だった。
 彼らは共に十九世紀を生きぬいた魔術師だった。
 クロウ・カードと同じく、裏の世界に参加できなかったヴラドも、転生前は木っ端魔術師であった。
 だが、魔術の探求により、彼は死する直前に魔術の何たるかを知ることに成功した。
 転生した彼は名の性を名乗っていたが、転生前の記憶を取り戻すと同時に再びメイザースを名乗った。
 ただし、転生後の記憶が強かったために今の自分を捨てきれず、名前だけはヴラドと名乗ってはいたが。
「赤の魔術師を倒す時にはお前は非常に役に立ってくれたよ。実にいい働きだった」
 楽しそうに拍手をしてみせるヴラド。
 が、クロウ・カードはいかつい顔でヴラドを睨みつける。
「そんなことはどうでもいい、それよりも何をしにここに来た……いや、聞くまでもない事か」
「そう、その通り。私は奪いに来たのだよ、お前の研究の成果をな。私はこの世界が欲しい、そしてそれが出来る界裂が欲しいのだ。どうだ、アレイスター。お前さえ良ければ私と手を組もうではないか?」
「手を組む?」
 睨み付けるクロウ・カード。
 そんなクロウ・カードに、ヴラドは楽しそうに笑って見せた。
「そうだとも、お前は世界の再生のために界裂を使い、私は世界を征するために界裂を用いる。劣等な人類がいくら死のうと私は気にはしない。むしろ私が支配する世界を浄化してくれた貴様に感謝するだろう。どうだ、二人の利害は一致しているだろう?」
 そう口にするヴラドに、クロウ・カードははき捨てるように言った。
「残念ながら一致してはいない。私の望む世界には、貴様のような存在は不要なのだ」
「それが、かつての師匠に対する言葉か?」
「今のあなたに、あの時の輝きはない。あなたはあの男の力を間借りする能力を得たせいで狂ってしまった」
「何を言うか、貴様こそ魔皇剣を手にして壊れてしまったではないか! アリスだと、バカバカしい! そんな古本を愛でなくてはいけないほど壊れた貴様が何を言うか。それとも、自分ではまともなつもりなのか?」
 ヴラドの言葉に、クロウ・カードは答えず、ただ怒りを心の中で増幅させた。
 クロウ・カードの肉体に輝光が駆け巡る。
 輝光はクロウ・カードの肉体を強化し、迸る殺気にヴラドが顔をひきつけさせる。
「なるほど、よほど触れられたくなかったと見える。では、約束するとしよう。貴様を殺した後、その古本をしっかりと焚書してやろうではないか」
「それはない、滅びるのは貴様だからだ」
 言って、クロウ・カードは腰にさした長剣を引き抜いた。
 胸甲にマント姿のクロウ・カードは、右手に長剣を閃かせ、ヴラドに向かって突撃をかける。
 ヴラドもそれに応じた。
 所持していた杖に輝光を込め、それを剣の形に固定する。
 剣と化した杖を振りかざし、ヴラドはクロウ・カードを真っ向から迎え撃った。
 激突する長剣と杖の剣。
 打ち合いは全くの互角。
 だが、それは双方にとって時間稼ぎに過ぎない。
「身体強化(ブーステッド・ワン)!」
「力(ストレングス)!」
 ヴラドが、そしてクロウ・カードが術式を開放した。
 ヴラドの術は身体強化の術。
 そして、クロウ・カードの術は身体強化を自身に施す『力』のアルカナ。
 疾風が巻き起こった。
 身体能力を人間以上に強化した二人は、すさまじい速度でもって剣舞を繰り広げる。
 火花は散らない。
 だが、お互いが放出する輝光がせめぎあい、渦を作って疾風を巻き起こす。
 並みの人間なら近づく事さえできない輝光の本流の中、クロウ・カードとヴラドは一歩も退くことなく剣を打ち合わせる。
「星(スター)」
 さらにクロウ・カードがアルカナを発動させた。
 クロウ・カードのもつ長剣の刀身が突如輝きだす。
 これこそが彼の持つ魔剣『アルカナの剣』。
 アルカナの能力を剣に付属する事によって、変幻自在の力を扱う魔剣。
 輝きを増した長剣を、クロウ・カードは怒涛の勢いで一閃させた。
 とっさに回避するクロウ・カード。
 だが甘い。
 長剣の先から光り輝く破壊の輝光が放たれた。
 剣の射程を想定してとった回避行動は、それ以上の射程を持つ術式によって無と帰した。
 破壊の光がヴラドを包む。
 閃光炸裂。
 光はヴラドを飲み込み、強烈な爆発を引き起こした。
 床が爆発の被害を受けて大きな穴を空ける。
 直径三メートルにはなろうかという大穴。
 だが、クロウ・カードの視線はその穴の先を見つめる。
 蘇生していく体。
 飛び散った肉片が一体となり、ヴラドはその肉体を蘇生させた。
 あろうことか、身に纏うローブまでもが完全に再生している。
「おやおや、いきなりこんな大技が飛んでくるとは、まだまだ老いてないと見える」
「ほざけ」
 吐き捨てるようにクロウ・カードは答えた。
 それを耳にし、ヴラドは再び杖を構える。
 杖の先には輝光の剣が生じていた。
 それに対し、クロウ・カードはアルカナの剣を鞘に収め、両手を鎧の中に突っ込ませた。
 が、次の瞬間両手は外に出る。
 その両手の指、指と指の間に一枚一枚挟んである細長いカード。
 それはタロットカードと呼ばれるカードだった。
 タロットのアルカナを操るクロウ・カードの真髄は、法の書の力を具現化させた、タロットカードの力の顕現。
 両手合わせて八枚のタロットカードを指に挟むクロウ・カードは、真正面からヴラドを睨みつける。
「なるほど、いつもながらその姿を見せつけられると戦慄が走るわ」
 楽しそうに言うヴラド。
 それはそうだろう。
 クロウ・カードを正面から見たとき、見た者がどう思うか。
 威風堂々たる姿をしたクロウ・カード、そしてその指の間から伸びる長いタロットカード。
 それが、まるで指の間から生えた長き獣の爪のようにも見て取れる。
 だからこそ、その二つ名で呼ばれた。
 一つ目のあだ名はアルカナムの使い手(アルカナム)、彼が現在好んで使う名前。
 そして、もう一つが爪の札(クロウ・カード)。
 八枚の札を指に挟む彼の戦闘スタイルがその異名を生んだのだ。
 きしくも、転生後の名前が整然と同じクロウリー・アレイスターであった彼は、過去を捨て去れなかったためにクロウ・カードの異名で呼ばれることを好んだ。
 戦友であった柴崎司を失った後は、アルカナムと名乗る事を好んだが、以前の彼を知るものにとって、彼は今でも『爪』であった。
 クロウ・カードは右腕を振りかざした。
 それと同時に四枚のタロットがヴラドに向かって射出される。
「月(ムーン)、戦車(チャリオッツ)、皇帝(インペラー)、審判(ジャッジメント)!」
 さらに左腕が閃く。
「太陽(サン)、正義(ジャスティス)、女帝(エンプレス)、死神(デス)!」
 八枚のカードが渦を巻くようにしてヴラドに飛来する。
「八翼の剣(エイトアルカナ)!」
 クロウ・カードの術式が完成した。
 それぞれのカードがその力を解き放つ。
 包囲するように飛来する八枚のカードが、ヴラドの周囲を円形に飛翔し始めた。
 が、それは回転を続けるうちに二枚のカードへと数を減らしていく。
 それぞれが結合し、八枚が二枚になったのだ。
 二枚のカードは己が内包する輝光を持って実体と化した。
 一人は馬が引く古の戦車にまたがる、ランスを構えた古代ヨーロッパの君主。
 そして、もう一人は白馬にまたがる死神の鎌を持った古代エジプトの女王。
 それは輝光で作り出された破壊の具現。
 威力こそは段違いだが、薙風の操った魔幻凶塵『龍覇』と同じ系統の術式だ。
 姿の象徴を持って具現化された輝光は基本的に強力なものが多い。
 そして、その破格の威力を持った輝光具現を同時に二つ操ることができる。
 それこそが、クロウ・カードが恐れられる所以であった。
「行け、帝王達よ!」
 クロウ・カードの命令一下、二人の君主がヴラドに襲いかかかった。
 ヴラドはとっさに、自己を保護する結界を展開する。
 だが、無駄だった。
 ランスが、死神の鎌が、ヴラドを保護する結界を無慈悲にも引き裂いた。
 二人の君主はヴラドを幾度となく自らの獲物で切り裂き、突き、殴打する。
 ヴラドの肉体が原型を失っていく。
 そして、最後に二人の君主は愛し合うようにしてお互いを抱きしめた。
 二人の君主の肉体が光輝き、そして破壊の輝光が吹き荒れた。
 二人の抱擁は爆発の起爆剤。
 お互いが内包した輝光を死の爆発として撒き散らし、ヴラドの肉体は再び木っ端微塵に砕け散る。
 だが、それでもなおヴラドの肉体は再生を始めようとしていた。
 それは恐るべき執念。
 先ほどよりも破壊力がすさまじかったため、ヴラドの蘇生速度は先ほどよりも遅かった。
 しかし、結局は何の問題もなく蘇生を終えた。
「お前の取っておき、いい威力だったぞ。瞬間最大放出だけなら師匠を超えたかな? 実に結構。だが、魔術師は総合力だ。魔道師のようにどれか一つに特化すればいいということではない」
「それは重々承知している」
「そうか、では今度はこちらから行かせてもらうが構わんかね?」
「もう遅い」
 呟くクロウ・カード。
 そして、ヴラドは目を見張った。
 眼前に立つクロウ・カード。
 その傍らに、小さな女の子が存在していたからだ。
「ま、まさか?」
「そう、先ほどまでのはただの嫌がらせだ。貴様がゆっくり蘇生している間にこちらは詠唱を終わらせてもらったぞ」
 そう言うと、クロウ・カードはいつの間に手にしていたその本に輝光を集中させる。
 急速な輝光の高まりをヴラドは感じ、そして世界が塗り替えられた。
 砂交じりの突風がヴラドの顔に襲い掛かる。
 ヴラドは思わず目をつぶって砂を防ぎ、そして目を見開く。
 そこには先ほどまでと違った世界が広がっていた。
 荒れ果てた荒野。
 まるで西部劇にでも登場しそうな荒野の中心に、ヴラドは立っていた。
「取り込まれたか」
 忌々しそうに口にするヴラド。
 砂塵が吹き荒れた。
 その中から長身の男の影が少しずつ輪郭をあらわに近づいてくる。
「無限にして無間たる夢幻」
 その男は、絶対なる威厳を伴いながら、
「魔道結界、無限の世界(アンリミテッドワールド)」
 ヴラドの再び前に姿を現した。
「ようこそ、私の世界へ。無限に広がるこの世界こそが私の全てだ」
「私相手に結界とは、舐めた真似をする」
「そうでもない、貴様を倒すにはこの結界が絶対に必要なのだから」
 そう言うと、クロウ・カードは自分の胸に手を当て、宣言を始める。
「我は信じる。汝、術失うは絶対の法なり」
「無理だ、私は貴様の師匠!」
「それも過去の話、それに貴様は二度の再生で輝光を消耗しすぎている」
 叫ぶヴラドの言葉を、クロウ・カードはあっさりと否定した。
 世界の法が構築される。
 ヴラドは、その最大の武器である魔術の行使権を奪われた。
 自分に都合のいい法則の世界を作り上げるこの術式。
 さらに、クロウ・カードは宣言を続ける。
「我は信じる。汝、この世界においてサンゼルマンとのつながりを絶たれるは絶対の法なり」
「バカな、そんな事できるわけが! 『世界』のアルカナが定める事のできる法は一つまでのはずだ!」
 クロウ・カードは反論さえしない。
 そして、法が制定された。
 ヴラドの表情に恐怖が走る。
 ヴラドは三つ失策を犯していた。
 一つ目はクロウ・カードに幾度となく再生を強いられた事。
 ヴラドは無限に再生を行うことが出来るが、再生の度に輝光の消耗を余儀なくされること。
 今日の再生回数は五回、それを知るクロウ・カードはヴラドが弱体化していると信じてしまっていた。
 二つ目は法の書の結界発動までにかかる長い詠唱を自分の前で出来るはずがないとたかをくくっていたこと。
 そして、三つ目。
 本来なら一つしか世界の法を構築できないはずの世界が二つも法を成立させてしまったこと。
「バカな、どうなっているんだ! 世界は! 世界は一つしか法を構築できない! だというのに何故、何故二つも法を制定できる!」
「二つではない、信じさえすれば無限の法を制定できる」
「信じられん、こんなバカなことが!」
「そうでもない、貴様は二十三のアルカナを知らないのか?」
「二十三の……アルカナ?」
 目の前の男は何を言っているのだろう。
 ヴラドはとても平静ではいられなかった。
 だってそうだ。
 タロットカードに使われる大アルカナは全部に二十二.二十三枚目のアルカナなど存在しない。
「マクレガー、人間は進化を続けてきた。人間の進化と共に科学は発展し、魔術は廃れていく。科学は未来に進み続け、魔術は過去へと歩み続ける。それが探求。されど行き着き先は共に無。その先には何もない。だが、知るがいい。科学の発展が、魔術の更なる進化をもたらすことを」
「更なる、進化?」
「そうだ、人間の意識は肥大し、世界全てのありようを知った。その意識はさらに拡大し、人間は宇宙と言う概念でさえ我が物とした。そもそも、人間が知覚していたもっとも広大なものが世界だった。だからこそ、タロットカードの最も偉大なカードは『世界』だった。だが、人はさらなる認識を広げた。世界よりも広く、無限の広がりを持つアルカナ、二十三枚目のアルカナたる『宇宙』のアルカナを」
「まさか、貴様の結界は世界ではなく……」
「そうだ、『無限の世界』。つまり『宇宙』を意味する。一つの法しか定められない世界はあまりにも狭い。無限の広がりを持つ宇宙こそが我が奥義『無限の世界』なのだ」
 そこまで聞かされて、ヴラド・メイザースはようやく自身の敗北を悟った。
 武器である杖を投げ捨て、その場に座り込んだ。
「殺せ、もはや勝機はない」
「師父よ、何か言い残す事はありませんか?」
「敗将は語らずただ去るのみだ」
 そうですか。
 そう心の中で呟くと、最後にヴラドの姿を見つめ、法の制定を始める。
「我は信じる。汝、存在を抹消されるは絶対の法なり」
 抗おうとすれば抗うこともできただろう。
 だが、この世界でそれは先延ばしに過ぎない。
 だからこそ、ヴラドは潔い死を選んだ。 
 ヴラドの肉体が徐々にその姿を失っていく。
 少しずつ、まるで透明人間にでも変身するかのように、ヴラドはその輪郭をぼやけさせ、最後には消滅した。
 今度は、いくら待っても蘇ることはない。
 それを確認した後、クロウ・カードは展開していた結界を解いた。
 もとの、地下の大広間にクロウ・カードとアリスは戻る。
 ヴラドは二度と戻ってくる事はなかった。
 ヴラドは強力な魔剣である杖を持つ高位魔術師だった。
 五十を上回るヴラドの最大放出は九十五。
 しかし、ヴラドの本当の力はどんなに殺されても蘇る再生能力だった。
 ただの再生ではない。
 再生するのではなく、肉体の時間を戻して肉体を修復する時間逆行の復元呪詛だ。
 だからこそ細胞を活性化させての再生能力を殺してしまうハルペーでも屠る事ができなかったのだ。
 これは元々ヴラドの能力ではなく、魔術結社の本部に封印されているある魔人が持つ特異能力をヴラドが勝手に間借りしているものであった。
 永遠を生きる魔人、サンゼルマン。
 その永遠の秘訣は常に肉体に施され続ける時間逆行の復元呪詛。
 それを持って、不死身の魔人とされていたサンゼルマンの力を、ヴラドは自分のものとして操っていた。
 他人の力を借りて自身の物とするのは魔術師の得意とするところ。
 そういう意味で言えば、神や精霊ではなく、人間からすらも力を勝手に拝借するほどの天才であったヴラドは、間違いなく達人であったといえる。
 クロウ・カードにはとても真似の出来ない芸当だ。
 だが、クロウ・カードはその代わりに魔皇剣を持っている。
 決してヴラドに劣るわけではない。
 それどころか、魔術師として上回るヴラドに勝利さえ収めたのだ。
 クロウ・カードは両目を閉じてヴラドの冥福を祈る。
「さらばだ、我が師よ」
 それで別れは終わった。
 クロウ・カードはヴラドが最後に立っていた場所に背を向けた。
 決意は揺るがず、師匠であった男を手にかけても色褪せはしない。
 そんなクロウ・カードの後に、アリスがちょこちょこと付いていく。
 こうして、ヴラド一派の長、ヴラド・メイザースは死んだ。
 彼の存在を示すものは、そこには一欠片でさえ残ってはいなかった。







魔術結社    残り二人
ヴラド一派   残り二人(ヴラド消滅)
アルス・マグナ 残り七人






































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