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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十三羽 獅子咆

第十三羽 獅子咆


「黒銃聖歌(カンタス・グレゴリオ)!」
 柴崎の握る黒銃から黒銃最強の魔弾が放たれた。
 それに対し、二階堂は黄金に輝く右腕で殴りかかる。
 幾多の敵を沈めてきた黒銃の弾丸は、その拳により発せられた輝光に耐え切れず霧散した。
 薙風たちがペルセウスと戦闘を開始したのと同時刻、地下六階の廊下にて二階堂と柴崎は戦いを繰り広げていた。
 放出力、機動力、膂力、全てに上回る二階堂は完全に柴崎を圧倒していた。
 柴崎は逃げながら黒銃で反撃することぐらいしかできない。
 しかし、それも二階堂の右拳が全て掻き消してしまう。
「逃げるな! 柴崎!」
 獣の咆哮と共に言いはなれる言葉。
 ライガーの獣人と化した二階堂は、逃げる柴崎に向かって左腕を突き出した。
「我が放つは」
 紡がれる詠唱。
「断罪の銀」
 構築された術式はしかし、
「黒銃……」
「Azoth(アゾト)!」
 詠唱が紡がれた。
 計六本の銀影が二階堂に襲い掛かる。
「くぅ!」
 詠唱を取り消しその場で停止すると、二階堂はとっさに両腕で急所をガードする。
 その両腕に幾本もの刃が突き刺さった。
 痛みに顔をしかめる。
 二階堂は自分に何が起こったのか確かめた。
 両腕から柄を取り除いた刀身だけの光の剣が六本突き刺さっている。
 アゾトの剣、柴崎が好んで使う量産型魔剣だ。
 と、すぐにその剣が二階堂の両腕から消失した。
 押さえていたものがなくなったため、両腕から血がドクドクと流れ出す。
 が、それはすぐに止まり、黒い煙をあげながら見る見るうちに傷は治癒されていく。
 これこそが獣憑きの誇る高い再生能力。
 致命傷に繋がるような攻撃以外無視して戦える戦闘能力の高さこそが獣憑きの真骨頂だ。
 両腕がしっかりと動くことを確認すると、二階堂は再び柴崎を追いかける事にした。
 今の治癒でだいぶ距離を取られてしまったが、柴崎がいる場所は手に取るようにわかる。
 以前にはできなかった輝光探知のおかげだ。
 柴崎はこの廊下の先の大広間で自分を迎撃するために待ち構えている。
 二階堂は左手に握り締める黒銃に力を込めた。
 詠唱を口ずさみながら、二階堂はその大広間へと急いだ。
「我が放つは」
 入り口が見えた。
 距離は残り五メートル。
「断罪の銀」
 残り一メートル。
 入り口の向こうに銃を構えた柴崎の姿。
『黒銃聖歌(カンタス・グレゴリオ)!』
 同時に術式が開放された。
 天井が高く、天井までの高さが六メートルはあろうかという広い部屋に侵入した二階堂と待ち受ける柴崎の銃口が同一直線上に並んだ。
 双方から繰り出される破壊の輝光弾。
 それは最初の戦いの時と同じく、輝光の衝突による爆発を引き起こす。
「Azoth(アゾト)!」
 右腕は黒銃でふさがっているため、空いている左腕に装備していたアゾトのカタールを柴崎は振るった。
 剣の刀身が射出され、爆炎の向こうにいる二階堂に襲い掛かる。
「なめるな!」
 爆炎の中から二階堂が姿を現した。
 左腕で三本の刀身を受け止めると、右腕を後ろに振りかぶる。
「列覇(れっぱ)! 轟覇(ごうは)! 受けよ我が黄金の拳!」
 呪文詠唱。
 魔剣起動のその言葉を口にし、二階堂はすさまじき速度でアゾトを射出した直後に柴崎に迫り、
「獅子咆砕破(ししほうさいは)!」
 その魔剣を解き放った。
 黄金の拳に展開する数値にして四十の輝光。
 閃光を伴う拳を、二階堂は柴崎を叩き潰すべく真下に振り下ろした。
 柴崎はとっさに後ろに後退する。
 黄金の右拳は、誰もいなくなった石造りの床に激突した。
 爆音。
 弾け飛ぶ石の弾丸。
 まるで工事現場でダイナマイトが爆発したかのようだ。
 飛び散る石の破片が柴崎に襲い掛かる。
 とっさに顔だけは守ろうとした柴崎だったが、顔を守った代わりに全身を石で打ちすえられた。
 中でも鋭く尖った破片が右腹に突き刺さったのは計算外だった。
 柴崎は口元から血を滴らせながら、さらに後退し二階堂から距離を取る。
 そんな柴崎の目の前で、拳を振り下ろした二階堂はゆっくりと体を起こし、柴崎を正面から睨みつけた。
 二階堂が砕いた地面は直径一メートル近い穴が開いており、厚さが三メートルはあろう床は完全に貫通し、下の部屋を伺うこともできる。
 獅子咆砕破、噂に違わず恐るべき威力だった。
「柴崎。どうだ、オレの強さは!」
 獅子とも虎ともつかぬ口を開き、唸るような声で二階堂は続けた。
「これがオレの手に入れた力だ! もうオレはお前に頼る必要もなくなったんだ、オレはオレ一人の力で……」
 その先は続けなかった。
 ただ、悔やむような顔をして柴崎から視線をそらすと、再び柴崎に顔を向ける。
「もうオレは昔のオレじゃない、もしオレが。あの時お前じゃなくて今のオレが玉西の側にいてやれさえしたなら」
「二階堂……」
 柴崎は気がついた。
 二階堂の戦意が揺らいでいる事に。
 二階堂はわからなくなっているのだ。
 何が正しいのか。
 自分が何をすべきなのか。
 ただ、喪失感と、絶望。
 そして周囲の人間の裏切りに似た行為に我を忘れているだけなのだ。
 話せばわかる、だって二階堂は私の……
 柴崎は腹部から石の破片を引き抜くと、それを床に投げ捨てて二階堂に向かって叫んだ。
「二階堂!」
 呼びかけられ、二階堂は体をビクリと震わせた。
 二階堂は完全に放心していた。
 自身の思いに駆られ、完全に柴崎の存在を忘却していた。
 そんな二階堂に、柴崎はさらに続ける。
「全ては私の責任だ! お前の言うとおり私のせいで玉西は死んだ! 私はそれをお前に追及されるのが怖かったんだ! だから……だから私はお前に玉西の死を伝えられなかった……」
 言いよどむ柴崎。
 その言葉を聞き、二階堂は我が耳を疑った。
 柴崎は誇り高い人間だった。
 自分の弱みは相手にさらさず、心配をかけまいと決して悩むそぶりも見せようとしない男だった。
 どんな時にも強くて、勇敢で、頼りになって。
 自分の好きな玉西が惚れても仕方なのない男だと二階堂は思い続けていた。
 この男にならと、二階堂は思っていた。
 この男になら、玉西を取られても惜しくはない。
 そう考えていたのだ。
 どんな時にも頼りになった柴崎という存在を、二階堂は半ば信仰していた。
 だから魔飢憑緋暴走事件の折にも、柴崎なら絶対に玉西を助けてくれると信じた。
 だが、裏切られた。
 それでも二階堂にとって柴崎は信仰の対象だった。
 その柴崎が、自分に自分の所業に対する悔いを口にしている。
 それも、うわべだけ取り繕ったものではなく、心の底からの叫びを。
「お前が私を憎む気持ちはよくわかる。きっと私を殺したい思いなのだろう。それは構わない、私はお前に殺されようと文句は言わないつもりだ」
 違う、そんなことは考えてなんかいない。
 オレはただ、お前を……
 お前と……
「私の命ならいくらでもくれてやろう、だが待って欲しい。私はクロウ・カードを止めなくてはならない。そうしなければこの街の人間が、いや、この世界の人間が殺されてしまうんだ!」
 懇願するように言う柴崎。
 人を守りたい。
 それだけを真摯に願うその姿。
 その姿に憧れていた。
 でも、ダメじゃないか。
 それだけ人を救おうとしたのに、なんで……
「なんで……お前はぁ!」
 叫ぶ二階堂。
 頭では理解していた。
 戦う意味など無いと。
 八つ当たりをすれば玉西が帰ってくるというわけでもないことを。
 二階堂はしっかりと理解していた。
 だがダメだった。
 体が言うことを聞かない。
 柴崎に言わなくてはいけない事があったはずだ。
 それは柴崎を救う言葉。
 しかし、それを口にしては二階堂の心は耐えられないかもしれない。
 だからこそ、二階堂は考えようとしなかった。
 だから戦う。
 自身の罪を見つめぬために、二階堂はさらに叫んだ。
「大勢の人間を救い続けながら、何で玉西を助けられなかったんだよ!」
 もはや言葉の応酬は終わりだった。
 二階堂は勝負を決めるために右拳に輝光を集中させ始めた。
 獅子咆砕破、二階堂の所持する最強の魔剣。
 言葉は届かなかった。
 悲しそうに顔を歪めながら、柴崎は左腕に装備していたカタールを投げ捨て、腰にさした刀の柄に手をかける。
「刃怨狂陣羅轟魔葬(ばえんきょうじんごうひまそう)」
 紡がれる言葉、
「飢装炎武鬼塵咆哮(がそうえんぶきじんほうこう)」
 流れる詩は旋律を伴いながら、
「刃羅飢鬼(ばらがき)」
 その魔剣が解き放たれた。
 部屋を照らす蝋燭の明かりを受け、蒼きその刀身が鈍いオレンジ色を反射させた。
 柴崎は己の輝光を集中させ術式を組み上げる。
 そこに二階堂が突撃をかけた。
 黄金の右腕を振り上げ、二階堂は柴崎との距離を縮めに入った。
 その時、柴崎は二つ目の術式を完成させたところだった。
 だがダメだ。
 二つの術程度では二階堂の防御力を突破できない。
 だからこそ柴崎は、
「我が放つは」
 右腕に構えた黒銃を、
「断罪の銀」
 二階堂に向けて解き放つ。
「黒銃聖歌(カンタス・グレゴリオ)!」
 破壊の輝光弾が二階堂に襲い掛かった。
 だが、所詮威力二十五の輝光弾。
 獅子咆砕破の威力に敵うものではない。
 黄金の拳が振るわれた。
 黒銃の弾丸がいとも容易く霧散する。
「終わりだ、柴崎ぃ!」
 咆哮を上げ、柴崎に迫る二階堂。
 気付いていない。
 獅子咆砕破で黒銃聖歌を迎撃させることが目的であるなどと、二階堂は気付いていなかった。
 柴崎の握る刃羅飢鬼が青い光を放つ。
 背後には刃羅飢鬼に宿る三頭を持つ龍。
 完成した術式は二つ。
 それだけでは二階堂の獅子咆砕破を突破できない。
 だからこそ、柴崎は黒銃聖歌を解き放った。
 黒銃聖歌こそが三つ目の術式。
 そして、二階堂がそれに気付いたのは刃羅飢鬼が力を解き放つ、その直前だった。
「刃怨狂陣(はえんきょうじん)、呪怨(じゅえん)」
 柴崎の背後に現れた龍が火炎を放った。
 それは爆発の術式を内包する火炎。
 二階堂は黄金に輝く右腕でその炎をかき消そうとするが無駄だった。
 黒銃聖歌によって威力をそがれていた右拳は、刃羅飢鬼の術式を防ぎきれなかった。
 激しい爆発は二階堂の体にまともに直撃する。
 両足が爆風によって吹き飛ばされた。
 左腕は激しく損傷し、腹部からは紫にうごめく内臓が見え隠れしていた。
 魔剣であるために装甲が厚い右腕だけが、かろうじて原型をとどめている。
 二階堂はその場に倒れ伏した。
 仰向けに倒れる二階堂。
 柴崎は黒銃をしまい、刃羅飢鬼を鞘に収めると、倒れる二階堂に駆け寄った。
「二階堂……」
「ザマ……ねぇな……」
 答える二階堂。
 損傷は激しく、いかに獣憑きでもこのままでは死んでしまうだろう。
 それほどのダメージを二階堂は受けていた。
「今、治療してやる」
 柴崎はコートの中から仮面を取り出した。
 魔術師の仮面、桂原の力を引き出す事のできる仮面だった。
「か……構うなよ……このまま死なせろ……」
「悪いな、親友を死なせるわけにはいかない」
 そう言うと、柴崎は仮面を顔に被る。
「魔術師」
 柴崎はかがみこみ、二階堂の傷を見た。
「少しやりすぎたな、すぐに治療してやる」
「まったく……お前って野郎は……」
 搾り出すようにして口にする二階堂。
 嫌な音が聞こえた。
 何かが砕ける音。
 治癒の術の詠唱を始めようとしていた柴崎の目の前で、二階堂は引きちぎれた腹筋に力を込め、上体を素早く起した。
「どうしょもねぇ大バカだぜ!」
 振りかざされる右拳。
 黄金に輝く拳が柴崎に襲い掛かる。
「二階堂?!」
 突然の攻撃に驚きながら柴崎は両腕でその一撃を防御した。
 爆発音が響いた。
 腕が砕け散ることを覚悟したが、二階堂にはもはや魔剣をまともに起動させる体力など残ってはいなかった。
 それでも柴崎は三メートル近く後方に吹き飛ばされた。
 殴り飛ばされた衝撃で背中から床に激突する、一瞬息が止まり体に激痛が走る。
 が、打ち身程度で済んだ、腕は砕けていなかった。
 その瞬間だった。
 二階堂の頭上に巨大な岩の塊が落ちてきた。
 一つではなく、いくつもいくつも落ちてきた。
 上を見る。
 そこには緋色に輝く龍。
 薙風が解き放った魔幻凶塵『龍覇』だった。
 龍覇は教会の地下を駆け巡り、破壊を撒き散らした。
 それは柴崎たちが戦っていた階の天井を砕き、巨大な岩の塊を降らせる。
 柴崎は助かった。
 運がよかった。
 だが、二階堂はダメだった。
 山のように重なる巨大な岩。
 その山のある場所は、二階堂が倒れていたのと同じ場所だった。
「二階堂!」
 岩に駆け寄る柴崎。
 下敷きになった二階堂を助けなくてはならない。
 柴崎は岩を持ち上げるべく、岩をどかそうと岩の底に手をやる。
 手に何か生暖かいものが触れた。
 不思議に思い柴崎は自分の手を見つめる。
 手は真っ赤に染まっていた。
 静かに床を見下ろす。
 流れていた。
 岩の山の中から、赤い血が川のように流れていた。
 何故、こんなに血が岩の中から流れてくるのか。
 簡単な話だった。
 二階堂は……もう……
「ちくしょう……」
 柴崎は涙を止められなかった。
 二階堂は死んだ、自分の目の前で。
 助けられなかった、自分にとってただ一人の親友を。
 なぜ、自分は二階堂を助けられなかった。
 なぜ、瀕死の二階堂の攻撃をかわして、落下する岩石に対応できなかった。
 柴崎は自分の無力を嘆き、涙を流した。
「待て……」
 口にする。
 唐突に思った。
 なぜ二階堂は自分に殴りかかったのか。
 自分でもわかっていたはずだ、消耗した体で放出力四十の魔剣を扱う事など出来ないということくらい。
「まさか……」
 思い至る。
 それは柴崎がそう考えたかっただけなのかもしれない考え。
 もしかしたら、二階堂は天井が崩れるのが見えたのではないか。
 だから、せめて自分だけでも助けようと殴りかかった。
 違うのかも知れない。
 ただ、消耗しきって自分の持っている力を推し量れず激情に任せて自分に殴りかかったのかも知れない。
 聞こうにも二階堂は岩の下だ。
 答えは聞いても帰ってこない。
 だから柴崎は、自分の都合のいいように信じることにした。
 二階堂は自分を助けるために殴りかかった。
 本当は違うのかもしれない。
 でも、結果として柴崎は二階堂のおかげで死なずに済んだ。
 ならそれで十分だ。
 それで、柴崎は二階堂の優しさを信じることができる。
 コートの袖で涙を拭く。
 もう泣いていなかった。
 柴崎は立ち上がり、墓碑のようにも見える岩に向かって語りかけた。
「最後まで迷惑をかけた」
 涙があふれそうだった。
 言葉が上手く紡げない。
 それでも柴崎は、言わなくてはいけない言葉を最後まで口にする。
「あの世では、玉西と仲良くやれよ」
 それで別れは終わりだった。
 まだクロウ・カードを止めるという仕事が残っている。
 遺体を岩の下から助け出すのはその後だ。
 二階堂に背中を向け、柴崎は力強く歩き出した。
 さよならは言わない。
 もしかしたら、自分もすぐそこに行くかもしれないから。
 別れを告げることもなく、親友と別れを済ませる柴崎。
 その心は、大声で叫びだしたい気持ちでいっぱいだった。






「そろそろ終わったかしら?」
 暗い小部屋。
 優雅に紅茶を口にしていた歌留多は、座っていたイスから立ち上がりテーブルに紅茶のカップを置いた。
 そこはペルセウスと薙風たちが戦いを繰り広げた地下五階や柴崎と二階堂がぶつかり合った地下六階よりもはるか下の地下十階だった。
 部屋の作りは他の小部屋と同じような感じだが、違うところが一つあった。
 部屋の隅、わずかに空いたその空間に、場違いな置物が存在した。
 それは鎧武者の甲冑だった。
 まるで子供の日に家で飾られるように見えるその甲冑は、使用されている金属が全て赤かった。
 顔の部分は人のそれではなく鼻が異様に長い天狗の面具。
 その甲冑を見つめながら、歌留多は小さくため息をつく。
「ったく、あの須藤数騎ってガキは本当に迷惑なやつね」
 歌留多は不機嫌でならなかった。
 歌留多には須藤数騎という男が気に食わなくてならなかったのだ。
 まず、自分の半身である神楽から想像以上に愛されている事。
 あんなブサイクのどこがいいのか、神楽は須藤数騎をかなり深く愛している。
 迫られた時、神楽は須藤数騎を拒まなかった。
 おかげで自分はせっかく今まで守り続けてきた貞操をあんなブサイクな男に奪われてしまったのだ。
 止める事も出来たが未来が変わることを恐れた歌留多は仕方なく神楽のしたい様にさせた。
 あんなのが始めての男かと思うと吐き気がする。
 自分を面食いと自覚している歌留多の好みはペルセウスや柴崎のような美形だ。
 桂原はダメだ、あれは女を利用して生きている女の敵だ。
 ああいう美形に騙されるのはバカな女だけだ。
 歌留多の目的はあくまで界裂。
 手に入れれば世界を征することさえ容易い退魔皇剣。
 それを入手する事だけが歌留多の望みだった。
 魔眼師の家系、桐里の家に生まれた歌留多は時間を操る魔眼を持って生まれたために、早くからその才能をもてはやされていた。
 日本にはいくつかの魔眼師の家系があるが、その中でも桐里の家は時間や次元に関する稀な魔眼を持って生まれる事が多かった。
 しかし、女性しか魔眼師として生まれてこないこの家の力は、他の家に比べて非常に弱かった。
 そして、それが災いした。
 アルス・マグナの仕業に見せかけ、嫉妬した他の魔眼師の家が桐里の屋敷に襲撃をかけたのだ。
 同じ頃、魔剣士の家系である剣崎の屋敷も襲撃を受けたため、それはアルス・マグナの仕業として片付けられた。
 運よく生き残った歌留多だったが、その後の彼女の人生は悲惨だった。
 引き取られた先では奴隷のように働かされ、学校にもいかせてもらえずに過ごした。
 苦しい生活に耐えかね、歌留多は預けられた家から家出した。
 しかし、金を持たない十歳の少女を助けてくれる場所などこの国にはなかった。
 いや、あるにはあるのだが警察などの公的機関に行けば家に戻される。
 歌留多は家にだけは絶対に戻りたくなかった。
 歌留多は空き巣や万引きを繰り返しながら何とか生きていこうとした。
 結構簡単に出来た、未来予知で自分が捕まるかどうか確認すればよかったから簡単だった。
 同じ場所で盗み続けると足がつくため、潜伏場所を転々としながら生きて一年が過ぎた日のことだった。
 彼女の前に壮年の男が現れた。
 それはアルス・マグナの構成員だった。
 彼女はその優れた能力を見込まれ、アルス・マグナに拉致された。
 不幸な境遇に苦しめられた歌留多は、アルス・マグナに所属する事を一も二もなく承諾した。
 彼らは魔術結社の敵だ。
 魔術結社に所属する、自分の家を滅ぼした魔眼師の連中に復讐するためにアルス・マグナの力を利用するのも悪くはない。
 五年間の虐待、そして一年間の放浪のせいで歌留多の心は完全にすさんでいた。
 それに比べて歌留多の中の神楽はいたって純粋なままだった。
 元々、生まれてきた時は神楽の人格が強く、歌留多は裏人格だった。
 しかし、徐々に歌留多の強気な性格が神楽のそれに入れ替わり、歌留多が表人格のように振舞うようになっていたのだ。
 本来、二重人格の魔眼師はお互いがお互いを認識している必要がある。
 そうすることで、この二つの人格はお互いが持っている魔眼を両方同時に使えるようになるからだ。
 片方しか片方を認識していない状況では本来の力は使えない。
 だが、あえて歌留多は神楽と人生を共有しなかった。
 未来予知で見たからだ、自分の両親を殺したヤツらに復讐するには退魔皇剣を手にする必要があると。
 そして、そのお膳立てのために神楽は自分のことを知らず、自分にコントロールされて生きなくてはならないと。
 だからこそ歌留多は神楽を操り、将来の自分の計画のために根回しを始めた。
 そんな時、神楽は非常に役にたった。
 世の中には騙されやすい単純な人間も多いが、人の嘘を巧みに見分ける人間も少なくない。
 そんな時、神楽が役に立った。
 苦しい思いをしていないために純粋で、それでいて親切な性格。
 もし苦しい生活をしてなかったら、自分もこうなっていたのかなと歌留多は思うこともあった。
 だが、神楽がこのような性格でいられるのは自分が苦労して神楽を苦しませなかったからなのだ。
 それだけでも神楽を利用する資格はあるというものだろう。
 歌留多は神楽の記憶を操作し、コントロールする事で嘘を見破る人間さえも用意に騙し続けた。
 そして、彼女はクロウ・カードに取り入った上で彼を欺き、界裂を横取りする計画を実行に移したのだ。
 全てのお膳立てはこの日のために。
 だが、歌留多はにはどうしても気にかかることがあった。
 歌留多が神楽の未来予知を利用して見た未来の中で、外れたことのある事態は二つしかない。
 一つは両親の死と他家の桐里の家への襲撃。
 そしてもう一つは須藤数騎の行動だ。
 歌留多は不機嫌でならなかった。
 今、自分の行動は予知の通りに動いている。
 ただ一つの相違は須藤数騎だ。
 彼が下手な行動を起して未来を変えないかどうか。
 それだけが歌留多の心配事だった。
「あのガキ、どこまでも人をイラつかせる」
 歌留多は小さく舌打ちを漏らす。
 まぁいい。
 それ以外のことは予定通りに進んでいる。
 須藤数騎にいたっても、上手くコントロールすればまだまだ使いようもあるだろう。
 どうしても邪魔なら殺してしまえばいいのだ。
 そう、それで問題ない。
 とりあえず須藤数騎には、ペルセウスを打破した後にここに来るように伝えてある。
 なら、来るのを待てばいい。
 それまでせいぜい、この紅茶を楽しむ事にしよう。
 そう考えを切り替えると、歌留多は自分が飲んでいる紅茶を楽しむことにした。
 全ては復讐のため。
 優しかった両親の仇を討つために。
 歌留多は思い描いた。
 界裂を手にし、両親を殺したおろかなる魔眼師どもを皆殺しにする様を。
 ふと思った。
 界裂を手にし、復讐を終えた後、果たして自分は何をするつもりなのだろう。
 そういえば考えていなかった。
 未来予知でもわざわざ見ようともしていなかったから仕方がない。
 まぁ、なんとかなるに違いない。
 根拠のない自信。
 だけど、今の歌留多はそんな未来の事を考えるのは億劫だった。
 とりあえず今は紅茶の味を楽しもう。
 そう考え、歌留多は再び紅茶の味を楽しむべく、カップを傾けて紅茶を口にし始めた。






「お待ちなさいな」
 細長い廊下。
 薄暗いそこを走る柴崎の目の前に黒い装束を身に纏う女性が現れた。
「……カラスアゲハか?」
「あたりよ」
 そう言って、カラスアゲハは腕を組んだ体勢で近づいてきた。
 カラスアゲハから殺気も敵意も感じない事に気付き、柴崎はどうしたものかと思いながら口を開く。
「私に何の用だ?」
「その前にどこに行く気か教えてくれる?」
 柴崎はうっとうしく思いながらも答えなくてはいけないと思っていた。
 下手に口をきいてこれ以上、薙風の元に向かうのを邪魔されるわけにはいかないからだ。
「薙風と合流したい、できれば邪魔しないで頂きたいのだが」
「薙風? あぁ、あの巫女娘ね」
「どこにいるか知っているか?」
「知ってるわ、さっきまで戦ってたもの」
「殺したのか?」
 声が低くなる。
 柴崎の中で殺気が静かに燃え上がるのを感じたカラスアゲハは、慌てて誤解を解くべく頑張った。
「ちょ、ちょっと。殺してなんかいないわ。逆よ、むしろ助けてあげたの。共同戦線ってやつね」
「ほぅ、それで誰と戦ったんだ?」
「ペルセウス、って言えばわかる?」
「あの転生復活者の?」
「ヤバイ奴だったわ、四対一で戦ってどうにか殺せたようなモンだったし」
「四対一?」
「そうよ、私にドラコに巫女娘に坊や」
「坊や? 誰だそれは?」
「あなたにわかりやすく言うなら須藤数騎とでも言った方がいいかしら?」
「短刀使いがいたのか?」
 驚いてみせる柴崎。
 そんな柴崎に、カラスアゲハは口元に手を当てながら続ける。
「ええ、いたわ。彼はペルセウスの武器を封じる決め手になってくれたわ。やっぱり隠れるって能力は侮れないわね」
「それで、薙風は無事なのか?」
「無事よ、ついでに短刀使いも。ドラコは多分死んじゃったけど」
「死んだ?」
「巫女娘が召還した龍に食われちゃったわ、ドラゴンがドラゴンに食べられるなんて笑い話にもならないのに」
「それで、薙風は無事なんだな?」
「無事って言ってるじゃない、体の一つだって欠けちゃいないわ。でも、合流しても無駄だと思うわよ」
「何故?」
「合流して戦力にする気なんでしょ? それなら無駄、彼女もう戦えそうにないわよ」
「戦えないだと?」
 尋ねる柴崎に、カラスアゲハは頷いてみせる。
「どんな術式か知らないけど、マゲンキョウジンリュウハだっけ? それを使ってかなり輝光をすり減らしてたわ。あんなに輝光使ったら、もう魔剣の起動だって難しいんじゃないかしら? 死ぬわよ、これ以上戦わせると」
 その言葉を聞き、柴崎は先ほど起こった出来事の答えをようやく得た。
 なるほど、魔幻凶塵『龍覇』。
 実際のものを見たことはないが、魔飢憑緋の奥義は封印されている緋龍を具現化し、それを武器として戦うと言う。
 ならあの輝く緋龍は、二階堂が圧死する原因になったあの術式は薙風が編んだということらしい。
 たしかにあれだけの規模の術式を二度も用いては(牢屋に入っている時にも一度、遠いところから似たような術式の発動を感知していた)輝光が尽きてもしょうがない。
 輝光は生命の力だ、枯渇すれば死に至る。
「せめて、会って安全な場所に連れて行きたいのだが」
「それなら必要ないわ、もうこの教会の地下には六人しか人間は残っていないわ」
「六人しか?」
「ええ、そうよ」
 頷き、カラスアゲハはさらに言った。
「あなたと私、坊やと歌留多って女、あとは巫女娘とクロウ・カードよ。歌留多はどこにいるか知らないけど坊やの話ではもっと下の階にいると聞いたわ。巫女娘と坊やはこの上の階にいる。坊やは味方だから巫女娘には襲い掛からないでしょうし、敵である私は目の前にいるわ、クロウ・カードは……」
「地下十五階の祭壇?」
「そうよ、そろそろ儀式も大詰めのはず。退魔皇剣起動のために儀式の場を離れられないはずよ」
 そこまで口にし、カラスアゲハは焦るような顔をする。
「正確な時間はわからないけどそろそろ夜の十二時よ、儀式はその時間で完了する。勘だけどあと四、五十分かしら?」
「急がなければならないと?」
「そういうこと」
 そう言われ、柴崎は上に向かうのを諦め、元来た道を戻るべく振り返ろうとしてやめた。
「そうだ、まだ答えてもらってなかったな」
「何を?」
「私に何の用だ?」
「そう、それがまだだったわね」
 そう答えると、カラスアゲハは流し目で柴崎を見つめる。
「もうお互いにろくな戦力は残っていないわ。桐里歌留多は恐らく敵、さらにクロウ・カードまで残っている。いくらあなた一人でも二人を相手にするのは難しいんじゃない?」
「つまり?」
「私と組みましょうよ、あなたと私で界裂を手に入れる、そして」
「残り二人になった時点で殺しあう」
「そゆこと、悪い話じゃないでしょ」
「悪い話だ、間違いなく」
 頭を抱える柴崎。
 正直言ってカラスアゲハは信用ならない。
 だが、戦力が足りなすぎる。
 後ろから殺される危険を犯すのはありがたくはないが、補助戦力は喉から手が出るほど欲しい。
 クロウ・カードを倒すには恐らく単独では無理だ。
 法の書の写本は確かに有効だが、クロウ・カードを討つには二対一である必要はある。
 だから桂原も二人で……
「そうだ、桂原……カラスアゲハ、先ほど言った生き残りの中に桂原がいなかったぞ」
「死んだんじゃない? 生き残りの中に桂原って名前を坊やは言わなかったわ」
「桂原が……」
 おそらく単独でクロウ・カードとやりあってしまったのだろう。
 もしかしたら、自分を一人で行かせたのは。
「桂原の意を汲むしかないというわけか。どちらにしろクロウ・カードは止めなくてはならない」
 口にし、柴崎はカラスアゲハを正面から見た。
「いいだろう、カラスアゲハ。お前と組もう」
「いい答えね、もうちょっとで惚れるところだったわ」
「またまた冗談を」
 苦笑しながら柴崎はカラスアゲハに背中を向け歩き出す。
「行くぞ」
「えぇ」
 頷き、カラスアゲハは柴崎の後について歩き出した。
 二人は最初は歩きながら進んだが、その内徐々に速度を速め、最後には走り出した。
 隠れる事に特化していたためか、カラスアゲハの機動力は柴崎より低かった。
 そのため柴崎はカラスアゲハの速度に合わせて走ることになった。
 すこし時間はかかるが、カラスアゲハを置いていくわけにはいかない。
 だから速度をあわせていたのだが、問題が生じた。
 カラスアゲハの速度が少しずつだが遅くなっていったのだ。
 最初は見過ごしていた柴崎だったが、とうとう許容範囲を下回った。
 柴崎は足を止め、振り向いた。
 柴崎が止まったのを見てカラスアゲハも止まる。
 肩で息をしているカラスアゲハ。
 その顔は、まるで病人のように青ざめていた。
「大丈夫か?」
「ちょっと、休めば……」
 そう答え、カラスアゲハは廊下の壁に背中をつける。
 岩の冷たい感触が気持ちよかった。
「怪我でもしているのか?」
「怪我じゃ……ないんだけど……」
 そう言って自分の手を見つめるカラスアゲハ。
 と、いきなりカラスアゲハが目を見開いた。
「なんだ……そういうこと……」
 カラスアゲハは苦しそうに呼吸しながら柴崎の方を見る。
「ごめんなさい、私もうダメみたい」
「どういうことだ?」
「見て」
 言って、カラスアゲハは自分の手を柴崎に見せる。
 柴崎はそれを見て眉を持ち上げる。
 信じられなかった。
 カラスアゲハの手が、石で出来ていた。
「ペルセウスの持つメドューサの目で少しだけ見られたの。少しだけだったからすぐには石化しなかったみたいだけど、ダメみたい」
「解呪はできないのか?」
「無理よ、そんな魔術使えない。あなたにも無理でしょ?」
「あぁ、すまない」
 申し訳なさそうに口にする柴崎。
 そんあ柴崎に、カラスアゲハはなおもつらそうに言った。
「これからどうするの、一人でもクロウ・カードを止める?」
「それが私のすべき事だ。やり遂げようとしたことを投げ出しては、それをすべく手にかけざるを得なかった親友に対して申し訳がたたない」
「そう、じゃあ頑張ってきてね」
「言われずとも」
「それと、もし生きて帰ってこれたら、私のこと助けてもらえる?」
「お前は私の敵だろう?」
「もし助けてくれたら魔術結社に戻ってもいいわ、その代わり私の罪を帳消しにする免罪状でもエライ人に頼んで作ってもらえないかしら」
「善処しよう」
「そう……お願いね……」
 それがカラスアゲハ最後の言葉だった。
 柴崎の眼前で、カラスアゲハの体は見る見る内に石化していった。
 肌をほとんど隠していたため、最後に言葉を発した時には首のあたりまで石になっていたのだろう。
 口にした直後から首が灰色に変わっていき、口、鼻、目、そして髪。
 その全てが石となり、カラスアゲハは完全に石化した。
 こうして、ヴラド一派に属する人間その全てが戦闘不可能となった。
 勢力の一角が崩れ去り、戦いの終わりが近いことを柴崎は感じたのであった。






「だ、大丈夫ですか?」
 数騎は慌てながら自分が体を支えている薙風に聞いた。
 地下七階の廊下。
 数騎は自分ひとりではろくに歩く事もできない薙風を支えて廊下を歩いていた。
 その間にも、薙風は体調が悪化していたらしく、どんどん数騎に体重を預けるようになり、そしてついには歩けなくなるまでになっていた。
 倒れそうになった薙風を何とか地面に激突させないように頑張って、数騎は薙風に尋ねた。
 その言葉に、薙風は悲しそうに顔を横に振る。
「じゃあ、そこで少し休みましょう」
 そう言って、数騎は薙風を床に座らせると、壁に寄りかからせた。
 荒い呼吸。
 心配そうに数騎は薙風の顔を見つめた。
 汗だくになり、肩で息をする薙風。
 目を細め、薙風はゆっくりと手を持ち上げて自分の右手を見た。
 数騎もそれを一緒に見る。
 その右手を見て、数騎はぎょっとした顔をした。
 薙風は、悟りきったような顔をしていた。
 右腕が石になっていたのだった。
「薙風さん……これは……」
「多分、見られたらそれで終わりなんだと思う。あなたは大丈夫、見られてない」
 そう言って優しく微笑む薙風。
 その笑顔があまりに悲しくて、数騎はつらそうに眉をひそめて薙風を見つめた。
「すみませんでした」
「?」
「オレがあなたたちに協力を求めなければ、こんなことには……」
「そんなことない、ありがとう」
「えっ?」
 返ってきた言葉に驚いた。
 なぜ礼を言うのか。
 それが数騎にはわからなかった。
 そんな数騎に、薙風は続けた。
「あなたのおかげであの男を倒せた、もうあの男は戟耶を襲わない、私にはそれで十分」
 そう口にして、薙風は満面の笑みを浮かべて見せた。
 それがあまりにも優しかったから、数騎は目元に涙をにじませる。
「すいません、本当に……」
「泣かないで……あなたは悪くない……」
 そう言うと、薙風は左手に持っていた魔飢憑緋を数騎に向かって差し出す。
 手は石になっており、魔飢憑緋を握ったままの形で固定されていた。
「戟耶に届けてあげて、戟耶はきっとまだ戦う。でも、どれだけ武器を持ってるかわからない。だから、届けてあげて。私の着物の中に、あと二つ魔剣があるから、それも届けてあげて欲しいの」
「わかりました……必ず届けます……」
 涙混じりに答える数騎。
 数騎は思い出していた。
 短い時間ではあったが、数騎は彼女とも柴崎たちと共に同じ屋根の下で暮らしたのだ。
 薙風は妙に数騎に優しかった。
 桂原に絡まれたときは、一度も抜かりなく助けてくれた。
 薙風は数騎の料理をおいしいと褒めてくれて、いちいち礼を言ってくるのが数騎には少し恥ずかしかった。
 中でも生姜漬けにして作った鳥のから揚げは絶品だと称えてくれた。
 もう一度食べたいという彼女に、数騎はまた作ってあげますからと答えた。
 結局それは叶わなかった。
 きっと彼女は覚えてもいない約束。
 それを果たせなかったことが、数騎には本当に申しわけなく思えていた。
「何か他に……オレにできることはありますか……」
「出来たら、助けてあげて欲しいの……戟耶のこと……」
「わかりました、助けます」
 決意あらわに、数騎はもう一度薙風に対し、誓った。
「仮面使いはオレが必ず助けます、絶対に。だから、あなたは……」
 言いにくそうに口にし、続ける。
「安心して、眠っていてください……」
「ありがとう……」
 本当に嬉しそうに口にすると、薙風は安心しきったようにゆるんだ笑みを浮かべた。
 それが最後の言葉だった。
 胸まで進んでいた石化が首に、そして顔に及んだ。
 薙風の体が完全に石化する。
 そして、その直後だった。
 薙風の体が砕け散った。
 バラバラの破片となり、薙風だった石が地面に散らばる。
 残ったのは彼女の纏っていた巫女装束。
 そして、その中に隠してあった手甲付きの手袋に装飾の施された錫杖。
 そして、数騎にとっても因縁深い魔剣、魔飢憑緋。
 数騎は泣いた。
 大声で泣いた。
 自分の至らなさに。
 歌留多の言葉を信じて、薙風をこのような目にあわせてしまった自分の軽率さに。
 だから、数騎は決意した。
 せめて薙風との約束は守ろうと。
 彼女が散り際に残した願いだけは、叶えてやろうと数騎は心に決めた。
 数騎は彼女に断りを入れると、彼女の持ち歩いていた魔剣を全て拾い上げ、地下に降りていく道を進んで歩き出した。
 一度だけ振り返る。
 そこには砕け散った石の破片と着る者のいない巫女装束。
 深く頭を下げ、数騎は待ち人がいるであろうその部屋に向かって進む。
 戦いは終局へ。
 教会の地下にて自らの足で動く事のできる人間は、残り四人にまで減っていた。






魔術結社    残り一人(薙風、石化後に呪いによって砕け散る)
ヴラド一派   全滅  (カラスアゲハの石化により、ヴラド一派全滅)
アルス・マグナ 残り一人(二階堂、瓦礫の下敷きに)
第四勢力    残り二人












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