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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十五羽 過去の具現

第十五羽 過去の具現


「ばっかじゃないの!」
 歌留多の大声が響き渡った。
 見回せば岩。
 高さは軽く二十メートル、広さに至っては軽く二十キロメートル平方はあるだろうか。
 岩だらけの山の中に存在する大空洞。
 そこに歌留多と数騎はいた。
 教会地下の地下室からは螺旋階段が伸びている。
 祭壇のある広間の下にある空間。
 この大空洞、大別すれば二つの空間に分かれていると言える。
 一つは螺旋階段のある方の低い箇所、もう一つは崖のようなものの存在により地面が持ち上がった地点。
 親切な事に、崖上のそこには車の峠道のように曲がりくねった登る道があるので下から上に行く事も可能だ。
 数騎と神楽は、その崖の上にいた。
 そこは幻想的な気分にさせる空間だった。
 数騎と歌留多がいる場所の壁は岩ではなく水晶で出来ていた。
 紫色に輝く水晶。
 それが、蝋燭もないこの空間を明るくしている原因だった。
 それを前にして、数騎と歌留多は向かい合っていた。
 歌留多は腕を組み、不機嫌そうな顔を数騎に向ける。
 それに対し、立っているのもつらい数騎は地面に座り込んだまま歌留多を見上げていた。
「何で私の予知にないことをするのよ!」
 歌留多の罵声。
 狐の仮面の下で、数騎は歌留多を睨みつける。
「お前の予知なんて知るか、大体聞いてもいないんじゃ対応もしようがないだろうが」
「うるさい! 口答えするな!」
 怒鳴る歌留多。
 そんな歌留多に数騎は口を閉じる。
 大誤算だった。
 柴崎司と共闘し、須藤数騎は見事クロウ・カードに致命的な一撃を加え、歌留多の元に帰還した。
 しかし、それは予知とは違った姿だった。
 多少の傷は受けているが、元気な姿の数騎がここに戻ってくるはずだった。
 しかし、目の前の数騎は消耗しきっている。
 なぜか、そんなのは決まっている。
 歌留多は須藤数騎と言う無能力者が使用しても連戦ぐらいは可能な武装のみで戦わせた。
 投影空想と糸線結界は使い方を間違えると悲惨なことになるが、バカな使い方(それこそ赤志野賢太郎のような)をしなければ何の問題もない、所詮はCクラスの魔剣だ。
 魔飢憑緋はAクラスの魔剣で一見消耗が激しいように思えるが、須藤数騎ごとき無能者に魔飢憑緋の本当の力は引き出せない。
 魔飢憑緋は魔幻凶塵シリーズを発現できて初めてAクラスとして機能する。
 そして、魔幻凶塵意リーズは龍の巫女並の力がないと利用できない。
 だから、歌留多は数騎がたいした消耗もなく戻ってくると思っていたのだ。
 だが、予想が外れた。
 数騎はそれ以外の使ってはいけない魔剣を使ってしまった。
 それは鋼骨、Bクラスに相当する炭素を操る魔剣だ。
 確かに消耗は大きいが、本来ならそこまで危険なほどの輝光は消耗しない。
 が、今回の事情は特殊だった。
 鋼骨は元々使い手ごとにオーダーメイドで製作し、その使い手が何年も体に埋め込んで使用に体を慣らしていくものだ。
 しかも、それは宝石の精霊という人間以外のものに形を与えて使用させるという形。
 つまり、埋め込んで間もない人間が使うものではないのだ。
 その上、その魔剣は死んでいた。
 起動に必要な精霊が死滅した、抜け殻とも言える魔剣だったのだ。
 須藤数騎はそれを強制起動した。
 代償は膨大な輝光の浪費。
 しかも、それを二回も使ったと言うではないか。
 元々輝光の保有量の低い無能者がそれをやったのだ。
 死んでいないだけでも御の字と考えるべきだろう。
 最悪だった。
 数騎にはまだまだ動いてもらわなけでばならない。
 そして、数騎が元気なら何の支障もなくこれからの展開が続いていくはずだった。
 しかし、予知は外れた。
「なんてこと……」
 歌留多が呟く。
 歌留多は夢を見ることで予知をするため、好きな時にできるわけではない。
 それも、何度も見なくては確定的な未来は読めない。
 予知と違う行動を取って未来が変わると言うリスクを犯したが最後、その先がわからなくなるのだ。
 だからこそ歌留多は予知通りになるように裏で動き回った。
 そして、赤の魔術師の脱落からクロウ・カードの死亡までの全てを予知通りに実行した。
 しかし、ここで頓挫した。
 原因はそう、須藤数騎だ。
 予想通り、須藤数騎は予言を破綻させてくれた。
 もし、須藤数騎が太田邦弘との戦いの後、精神を崩壊させてくれていれば何の問題もなかった。
 しかし、彼に残ったわずかな良心がクリスティーナという少女を救わせた。
 その結果、右目を失い、彼女の抜け殻を目の中に埋め込んだのだ。
 これが決定的な事態を引き起こした。
 須藤数騎の心が崩壊していれば、クリスティーナを助けるようなことはなかったはずだ。
 そうすれば鋼骨の魔剣を入手するような展開もなく、クロウ・カードと内通していた三の亡霊、戟耶によってクリスティーナは陵辱された後になぶり殺しにされたはずなのだ。
 だが、狂った。
 数騎がクリスティーナを助けた事によって狂った。
 そして、それは数騎が神楽を救ったせいでもあり。
 赤の魔術師が須藤数騎に武器を授けたからでもある。
「あの赤目……」
 舌打ちと共に、未だ結界に封印されている魔術師を歌留多は恨んだ。
 クロウ・カードは死んだが、あの結界は未だに持続している。
 赤の魔術師を閉じ込める結界と町に施された大結界は儀式の終了まではクロウ・カードがいなくなっても持つように設計されている。
 理由は簡単だ、結界維持の出所がクロウ・カード自身の輝光だけではなく、この町の霊脈も併用しているからだ。
 クロウ・カードなしでは三十分しか持たないが、儀式はあと十五分もあれば終了する。
 歌留多は背後にそびえる紫水晶の壁を見つめた。
 薄紫に輝く水晶。
 この水晶によって生み出される力場が歌留多と神楽の魔眼を活性化させ、時さえも操る力を与える。
 その時こそ、消滅した界裂をこの世界に再び光臨させられるのだ。
 だが、その前に最後の敵を打ち滅ぼさなければならない。
 だからこそ、歌留多は数騎に視線を戻す。
「須藤くん、あなたに最後のお願いがあるわ」
「オレを、まだ利用する気か?」
「そうよ、あなたと最初に約束したわよね、あなたが私の命令を聞けば神楽を返しあげるって」
「本当に返してくれるのか?」
「えぇ、もちろんよ。私が体を使っていない間、神楽にこの体を返してあげてあなたと一緒に暮らさせてあげる。もちろん、私がこの体を使っている最中、あなたは私の下僕よ。せいぜい私の住むであろう家の家政婦でもしてもらうわ」
「それで、報酬は神楽さんといられること、だろ?」
「話が早いじゃない、いやじゃないの?」
「この際贅沢は言ってられないからな」
 あっさりと答える数騎。
 文句一つ飛んでこないのに、少しだけ驚きながら歌留多は続けた。
「でもね、あなたは私の命令を完遂してないわ」
「そういえば、まだだな」
 そう、歌留多の命令は四人の人間を殺す事。
 ターニャ(数騎は彼女の名前を知らないが)は数騎がその手で殺害した。
 ペルセウスは共に戦った薙風が、クロウ・カードは柴崎との連携の末、燕返しで息の根を止めた。
 写真にあった人間はこれで全員死んだことになる。
 そう、あと一人。
 あと一人殺さなくてはならない。
「あなたが最後に殺す男は、こいつよ」
 言って、歌留多は数騎に写真を投げた。
 数騎はそれを空中で受け取り、目を見開く。
「こ、これは……」
 数騎はそう口にして、言葉を失う。
 そう、そこに映っている男。
 それは、柴崎司の写真だった。
「待て、これはどういう冗談だ?」
「冗談じゃないわ、あなたには仮面使いを殺してもらわなきゃいけないのよ」
 囁くように、歌留多は続ける。
「あと十五分すれば私の力で退魔皇剣を開放できるわ。でも、それまでに邪魔しにくる男がいる。この区間にいる異能者で残っている人間はあなたも含めて三人。あなたと、私と、仮面使い」
「お前……オレと薙風さんが最後にどういう会話を交わしたか知ってるんだろ?」
「それで?」
「オレは約束したんだ、仮面使いを救うと! 死んでいくあの人に約束したんだぞ!」
「それがどうしたのよ、あなたは何が守りたいわけ?」
 髪をかき上げながら、歌留多は続ける。
「あなたが守りたいのは仮面使い? それとも死者との約束? 違うわよね、あなたが守りたいものはそんなものじゃない。あなたが守りたいのは」
 そう言うと、歌留多は自分の胸に手を当てる。
「神楽、私の中にいる娘よね?」
 数騎は歯軋りしながら歌留多を見上げた。
 睨み付けるような目が狐の仮面の下からうかがえた。
 数騎は口惜しそうに地面を叩く。
「お前は……最低だ……」
「お褒めにあずかり光栄よ、それよりあなたが守りたいものは何なの?」
「神楽さんだ」
「そうよ、その通り。あなたがそう答えるのも予知どおりよ。仮面使いはこの儀式を止めに来る、そして止めるにはもう私を殺すしか術がない。そうしないと、界裂をもった私がものすごく多くの人を殺してしまうから。多分、少なくとも一万は死ぬわ。一万の人間と一人の人間。柴崎司はどちらを取るかしらね?」
「守ってやるって言ってんだろう!」
 立ち上がり、数騎は歌留多に掴みかかる。
「いいだろう、お前を守ってやる。仮面使いを殺してやるよ、この手で! だから、だからお前は……」
「約束を守れ? いいわよ、私もそれくらいの度量はあるわ。安心して、あなたとの約束は絶対破らないから」
 私は、ね。
 声には出さず、歌留多は続ける。
 正直言って、数騎が仮面使いに勝利する可能性は低い。
 本来は相打ちになるはずだった。
 糸線結界、投影空想、そして魔飢憑緋。
 これだけの魔剣で武装する数騎に、仮面使いと言えど勝利は難しい。
 しかも、数騎は自分の命を無視して捨て身の戦術を用いるだろう。
 須藤数騎は大切なものに対するランク付けが徹底している。
 たとえばAが一番大切でBが二番、Cが三番とする。
 そこでこのような問いが来るA一つとBとC二つならどちらを選ぶか。
 この場合、A一つよりはBとC二つの方が明らかに価値があるとする。
 このような選択を前にした時、大抵の人間はBとCをとりAを捨てる。
 しかし、どんなに不利益が生じようと、須藤数騎はここでAを取る。
 たとえBとCに、他にもDやEやF、はたまたGまで追加されても数騎はAを選択するだろう。
 須藤数騎というのはそういう人間だった。
 だから、須藤数騎はそのAに該当する桐里神楽だけは守る。
 そのためなら、どんな約束でも踏みにじり、どんな人間の命を奪う事も厭わないだろう。
 すでに須藤数騎は桐里神楽を救うために自らの手で玉西彩花を死なせている。
 そんな数騎が仮面使いを選ぶはずも、後に死ぬであろう一万近くの人間を省みるはずもないのだ。
 数騎は口惜しそうに歌留多を睨みつける。
 そんな数騎に、歌留多は面倒そうに言った。
「そうそう、今の消耗したあなたには投影空想も糸線結界も使用できないだけで邪魔になるお荷物よ。とりあえずはずしちゃいなさい」
 言われたとおりに、数騎は左手に装着していた手甲と腕に巻きつけていた小型の錫杖を外して歌留多に渡す。
 数騎にもわかっていた。
 もはや魔飢憑緋以外の魔剣を使う余裕もないことを。
 いや、魔飢憑緋の起動さえも苦しいだろう。
 二つの魔剣を受け取ると、歌留多は狐の仮面の奥に見える右目のルビーに気付いた。
「ついでに、鋼骨も外しなさい」
「これはいいだろ、どうせもう起動できない」
「まぁ、そうかしらね」
 そう答えると、歌留多は数騎に背を向ける。
「紅桜はすぐに着なおせないからとりあえず狐月だけは外しておきなさい。仮面使いがきた時に全力を出せるようにね」
「わかった」
 そう言って数騎は狐の仮面、狐月を顔から外す。
「それと、あれ見なさい」
 言って歌留多は紫に輝く水晶を指差した。
「あの水晶がどうかしたのか?」
「違うわよ、下の方を見なさい」
 言われるがままに数騎は歌留多の指の先を見る。
 そこには、全長一メートル五十センチくらいの鏡があった。
「鏡?」
「そう、鏡よ。私がこの鏡内界を展開するのに使った基点よ」
「基点?」
「異層空間を展開してその中に鏡内界を作り上げる時に必要なこっちの世界と鏡内界をつなぐ基点、それが結界を展開する時に使う鏡よ。で、そこにあるのがその鏡ってわけ」
「それが、どうかしたのか?」
「わかんないわね、あんた。つまり、あの鏡が壊れたら私の展開した鏡内界が崩壊しちゃうのよ」
「するとどうなるんだ?」
「普通に術者が輝光で鏡内界を維持しなかった場合は中にいる人間は入った鏡か取り込まれた場所に放りだされるだけだけど、基点の鏡が壊れると鏡内界でいたのと同じ場所に放りだされることになるわ」
「それがどうかしたのか? 別にここから元の世界に戻ったって何も問題ないじゃないか」
「大有りよ、別に通常空間でも異能は使えるけど、鏡内界のほうが断然条件はいいわ。それに、大儀式を実行するなら通常空間よりも鏡内界の方が適してるのよ。だからあんたは何があってもあの鏡を砕いちゃダメよ、わかった」
「わかったよ」
 面倒くさそうに答える数騎。
 と、数騎たちがいる壁とは反対側の壁に取り付けてある螺旋階段から音が聞こえてきた。
 それは階段を駆け下りる音。
 誰が駆け下りているのか、考えるまでもない。
 この空間に存在できるであろう人間は、もう三人しか残っていないのだから。
 数騎は静かに紫の水晶を見上げた。
 心の中で薙風に侘びを入れる。
 それでも戸惑う事はない。
 ずっと前から決まっていたのだ。
 自分が守らなければならないもの、そしてしなくてはいけないことは。
 だからこそ、数騎は鞘に収めた魔飢憑緋の柄を強く握り締める。
 決意は固く、戦いは目前。
 須藤数騎は、もう逃げることを選ばなかった。






 祭壇の広間から続く道の先にはさらに下に向かう階段があった。
 教会の地下室は祭壇の広間が最深部、ここから先は教会とは関係のない大空洞だった。
 二十メートルの高さのある螺旋階段を柴崎は駆け下りていた。
 まるで中世の城の中にでもありそうな螺旋階段は、柴崎には非常に長く感じられた。
 非常階段を一番下まで降りると、そこには木製の扉があった。
 木の軋む音を鳴らしながら扉を開く。
 鍵は閉まっていなかった、恐らく数騎が開けていったからだろう。
 扉から外に出ると、そこはまさに大空洞だった。
 天井には鋭く尖った岩、時たま滴の落ちる音が聞こえる。
 地面はごつごつした岩で、大空洞の壁もやはり岩で出来ていた。
 日光や月光が入らない閉じられた空間だが暗くはなかった。
 螺旋階段の真正面、崖のように切り立った岩があるその向こうに紫色の輝きがあった。
 この先に何があるのだろうか。
「まぁ、イヤでもわかるだろうな」
 柴崎はその光に向かって走り出した。
 わかるのだ。
 あの光のある地点から膨大な輝光が解き放たれていることが。
 柴崎は走った。
 崖には上るための曲がりくねった道が作られており、それをひた走る。
 そして、そこにたどり着いた。
 平坦な岩で占められた地面。
 その先には、紫色に輝く水晶。
 そこから放たれる膨大なる輝光。
 クロウ・カードの言葉を信じるなら、これが儀式の準備が整った空間だ。
 カルタグラがいれば儀式は完了する。
 カルタグラとは誰の事だろうか。
 まさか歌留多のことではあるまい。
 と、物音がした。
 石の地面に靴をこすり付ける音。
 その方向に、柴崎は首を曲げる。
 そこには、
「あら、柴崎。おひさー」
「来たな、仮面使い」
 着物姿の数騎と、やはり着物を身にまとう神楽の姿があった。
「桐里のお嬢さんに、短刀使いか?」
「あら、お嬢さんなんて。神楽のことそんな風に呼んでたの?」
「神楽のこと……お前は歌留多か?」
「そうよ、でも神楽でもあるの」
 愉快そうに答える歌留多。
 それを聞き、柴崎は瞬時にどういうことか理解した。
 カルタグラは二重人格者を示す言葉だ。
 なら歌留多は二重人格者で、神楽はもう一つの人格なのだろう。
 それにしてもカルタとカグラでカルタグラとは安直な……
「カルタとカグラで?」
 思わず、柴崎は口にする。
 ちょっと待て、今何て。
 カルタとカグラでカルタグラ?
 そうだ、二つあわせてカルタグラという名。
 確か、昔相沢がぼやいていた。
 真に優れた二重人格者の魔眼師にはカルタグラの名が送られる。
 ということは、目の前の女性は。
「カルタグラの魔眼師」
「あら、わかる? そうよ、私が界裂再生の鍵、カルタグラよ」
「確か、もう一人のお前は未来予知が出来ると聞いたが、一連の戦いのことも全て予知していたのか?」
「そうよ、全ては私の予知通り。そして、私は今ここにいる。あと数分で界裂は私のものになるわ」
「お前が……黒幕だったのか」
「そう、全ては私の予知通り。でも、黒幕って言うのはちょっと違うかも。ただ、私が予知したとおりに動いただけだもん。本当に動き回ってたのはクロウ・カードよ。私じゃなくて」
「でも、お前の予知した未来を実現するために動き回ってたじゃねぇか」
 口を出したのは数騎だった。
 そんな数騎に、歌留多は不機嫌そうに答える。
「いちいちうるさい男ね、そんなんだからモテないのよ、このブサイク」
「へいへい」
 つまらなそうに答える数騎。
 どうもやる気無げな態度だ。
 この二人、仲が悪いのか?
 それよりも何故、二人は一緒にいるのだろう。
 柴崎はとりあえず数騎に声をかけた。
「短刀使い、なぜその女といるんだ?」
「弱みを握られてね、オレが命令に従わないと神楽さんと一緒にいられなくなっちまうんだ」
「桐里のお嬢さんと?」
「神楽さんは歌留多の従属人格なんだ。だから、歌留多が望めばオレは一生神楽さんに会えなくなっちまうんだ」
「そんな……バカなことが……」
 そこまで口にした時、柴崎はようやく思い出した。
 そうだ、こんな話で時間を潰している場合ではなかった。
「そうだ、それよりも!」
 柴崎は数騎の隣にいる歌留多に向き直る。
「歌留多、もう止めにしよう」
「何を?」
「界裂のことだ、そんなもの手に入れてどうするつもりだ?」
「どうするって? そんなの私の好き勝手にするに決まってるじゃない」
「それで、一体何人の人を傷つけるつもりだ?」
「さぁ? そんなことあなたの知ったことじゃないわよ」
「どう言ってもやめるつもりはないのか?」
「くどいわね、こっちはもう何人も死なせてるのよ、今さら後に引けるわけがないじゃないの」
「そうか……」
 そう口にすると、柴崎は懐から仮面を一枚取り出した。
 と、同時に魔飢憑緋の柄に手を添えた数騎が歌留多を遮るようにして柴崎の眼前に立つ。
「何のつもりだ、短刀使い?」
「歌留多をどうする気だ?」
「こうなっては止むを得ない、力ずくでも歌留多を止めさせてもらう」
「そうはさせない、お前の力ずくで神楽さんが死ぬかもしれないってんならお前はオレの敵だ」
「何だと?」
 柴崎は目を瞬かせた。
「お前、さっきは私を助けるために戦ってくれたじゃないか?」
「事情が変わった、お前が神楽さんを襲うならお前はオレの敵だ」
「待ってくれ、だがその女を止めなければ罪のない人たちが!」
「知った事じゃないな、そんな顔も見たこともない連中。そんなののために神楽さんを傷つけるような真似は、オレは許さない」
「別に殺すわけじゃない」
「死ぬ確率がないわけじゃないだろう? 歌留多とやり合えば多分命がけだ、間違って歌留多が死ぬ可能性は十分にある。それは神楽さんの死に直結する、看過はできない」
「私は……」
 言葉を切り、柴崎は続ける。
「私は……お前とは戦いたくない……」
「オレもさ、でもどうしようもない。お前が歌留多を見逃してくれるならオレはお前と戦わない」
「それは……できない」
 悔しそうに首を横に振る柴崎。
 そんな柴崎を、数騎は哀れむような目で見た。
「お前、言ってたよな。夢があるって、ある女性から託された夢だっけか? 一人でも多くの人を助けるためなら、どんな犠牲も厭わないって。お前を支えてきた、子供の頃からの夢がさ」
 その言葉を柴崎は黙って聞く。
 数騎はさらに続けた。
「お前が夢を貫きたいなら、お前は退いちゃいけないよ。でも、オレも退けない。利害は一致しない。所詮、オレとお前じゃ相性が悪かったんだ。共存なんてできっこない。正反対だ、オレたちは。どちらかが死なないと、歪みに耐え切れないほどに……」
「短刀使い……」
 悲しそうに口にする。
 そんな柴崎を前にして、数騎は左手に持ったものを見せ付けた。
 それは、白い狐の仮面。
「お前、いつも一人違う条件で踊ってたな。始まりを告げても踊る相手は仮面もない。じゃあ、こうしよう。オレもお前と同じ条件で踊ってやる。でも、ただのダンスじゃない。どちらかが動かなくなるまで踊り続けるんだ。どちらかの、息の根が止まるまでな」
「私は……お前とは戦いたく……」
「もう遅い」
 そう言うと、数騎は仮面を被った。
 白い狐の仮面。
 それを悲しそうな顔で見つめた後、柴崎は自らが手に持つ仮面を被る。
 それを見届け、数騎は深く息を吸い込み、告げた。
「さぁ、行くぞ仮面使い。仮面舞踏(マスカレイド)の始まりだ」
 それが、戦いの合図だった。 
 お互いが腰にさす刀の柄に手を伸ばす。
「刃怨狂陣羅轟魔葬(ばえんきょうじんごうひまそう)」
「魔幻凶塵(まげんきょうじん)餓狼無哭(がろうむこく)」
 響き渡る詠唱。
「飢装炎武鬼塵咆哮(がそうえんぶきじんほうこう)」
「憑惹破滅(ひょうひはめつ)緋炎葬刻(ひえんそうこく)」
 紫の水晶に煌く輝く紅と蒼。
そして、
「刃羅飢鬼(ばらがき)」
「魔餓憑緋(まがつひ)」
 二振りの準魔皇剣が、全く同時に起動した。
 正眼に、真っ直ぐ数騎に対して切っ先を向ける柴崎に対し、数騎の構えはあってないようなもの。
 刀を振るうことよりも、機動性を重視するために動きの邪魔にならないようにおろした右手にだらりと魔飢憑緋を握るだけだ。
 先に動いたのは数騎だった。
 一気に距離をつめ、大振りな斬撃を繰り出す。
 上から振り下ろされるその一撃を、柴崎は力任せに刃羅飢鬼を叩きつけることで迎撃した。
 ぶつかり合う紅と蒼。
 火花が飛び散った。
 数騎は一歩後ろに退くと、再び力任せに魔飢憑緋を叩きつけた。
 応じるように柴崎も刃羅飢鬼を叩き込む。
 再び金属音、そして飛び散る火花。
 それは二度では終わらなかった。
 三度、四度、五度、力の限り叩きつける応酬は、実に二十にわたって続いた。
 端から見ていた歌留多は瞬きさえ出来なかった。
 これがAクラスの魔剣のぶつかり合い。
 下手に輝光を用いない攻防であるため、そのすさまじさが肌を通して感じられる。
 Aクラスの準魔皇剣程度でもこのすさまじさなのだ。
 EX扱いされている退魔皇剣ならどれほどのものか。
 歌留多はその威圧感を想像して唾を飲み込む。
 そんな歌留多の気持ちも知らず、二人の魔剣士は再びぶつかり合った。
 力押しが無理だと感じ取った数騎は大きく後ろに後退すると、加速をつけて柴崎に踊りかかった。
 加速と共に横薙ぎに繰り出される一撃。
 それを柴崎は後退しながら縦に構えた刃羅飢鬼で受け止める。
 そこにさらに追撃が入る。
 両手で構えた魔飢憑緋を一直線に突き出す数騎。
 狙いは腹。
 しかし、柴崎は下からすくい上げるように刃羅飢鬼を持ち上げると、繰り出される一撃を上にはじき上げる。
 数騎は右手に魔飢憑緋を握り締めたまま左手を離した。
 小さく手首でスナップをきかせると、斜めに左手を振りぬく。
 袖の中から金属のこすれる音が響いた。
 直後、数騎の着る紅桜の左袖の中から鎖が、いや鎖につながれた短刀が繰り出される。
 聖堂騎士、ハイリシュ・リッターだ。
 唸りを上げながら迫るその一撃を、柴崎は左手を犠牲にすることで防いだ。
 手のひらに突き刺さる短刀の刃。
 数騎は思いっきり左腕を引くと同時に魔飢憑緋を斜めに一閃させた。
 柴崎は左手を犠牲にしてハイリシュ・リッターを奪い取ろうとしたが、それは叶わなかった。
 握り締めるよりも早く、数騎が魔飢憑緋を振るったからだ。
 柴崎はハイリシュ・リッターを数騎が抜くままに任せると、刃羅飢鬼で魔飢憑緋の刃を受け止めながら大きく後ろに後退した。
 左手を赤く染めながら刃羅飢鬼を構える柴崎。
 そんな柴崎の正面で、右手に魔飢憑緋を握りながら、刃についた血を飛ばすかのごとく、鎖鎌の分銅のように鎖ナイフを回転させる数騎。
 すさかず数騎が仕掛けた。
 遠心力をつけたハイリシュ・リッターを柴崎に向かって投擲する。
 もちろん、ただ投げるだけではない。
 左手で微妙に力を加え、空中で蛇のように鎖を操る。
 柴崎は難なくその一撃を刃羅飢鬼で迎撃する。
 それと同時に数騎が飛び込んだ。
 ハイリシュ・リッターの鎖を短く持ち、突撃前にもう一度柴崎に向かって繰り出した。
 今度は横から喰らいつくようにナイフが飛び込んだ。
 横からはナイフ、正面からは数騎。
 一人で多正面戦闘をかける数騎に、柴崎は左手をコートに突っ込むとカタールを取り出した。
「Azoth(アゾト)!」
 繰り出すは光の刃。
 飛来する刃は鎖ナイフを叩き落し、側面攻撃は容易く頓挫。
 柴崎は正面から迫り来る数騎への対処だけで十分となる。
 振り下ろされるその一撃を、柴崎は剣を横に構えることによって迎撃した。
 数騎はとっさにハイリシュ・リッターの鎖を全て投げ捨てた。
 両手を刀の柄にかけると、数騎は鍔迫り合う柴崎をそのまま切り裂こうと力を込めた。
 柴崎もカタールを投げ捨て、両手で刃羅飢鬼の柄を握る。
 魔飢憑緋による筋力強化の恩恵か、柴崎と数騎の腕力は全く互角だった。
 金属の軋む音をさせながら、お互いの刀が震える。
 と、数騎は柴崎の口元が動いているのに気がついた。
 詠唱をしている。
 とっさに悪寒を感じた。
 数騎はさらに魔飢憑緋に込める力を強くする。
 その直後だった。
 魔飢憑緋を押し返す刃羅飢鬼の力が強くなった。
 このままでは逆に斬り殺されかねない。
 数騎はとっさに柴崎から大きく距離を取る。
 それが、自身の不利に繋がると知りながら。
 柴崎はさらに呪文を唱えた。
 それが完成するとさらに次を。
 そうして、呪文が三つ完成する。
「狼斧麗(ろうふれい)、狼斧麗(ろうふれい)、狼斧麗(ろうふれい)、駆け抜けるは神速の獣」
「刃怨狂陣(はえんきょうじん)、捷疾(しょうしつ)」
 柴崎の後ろに三つ首の龍が現れる。
 その口から吐き出される青き輝光が、柴崎を包み込んだ。
 それは身体強化呪文の三重がけ。
 あれだけ重ねがけをすれば、魔飢憑緋が使い手に与えている身体強化に匹敵するだけの敏捷性を得られる。
 つまり、二人の敏捷性に対する修正値が今ここで並んだ事になる。
 数騎はこの不利に十分気付いていた。
 今度は柴崎が数騎に対して突撃を仕掛けた。
 接近と同時に斜めに一閃する刃羅飢鬼の刃。
 それを数騎が後退しながら受け止める。
 交錯する紅と蒼。
 そして、それは幾度となく火花を散らしぶつかり合う。
 すでに主導権は柴崎へと移っていた。
 一撃、二撃、三撃。
 繰り出される蒼き刃を、数騎は紙一重でその全てを受け止める。
 柴崎の猛攻はすさまじかった。
 重ねがけした身体強化によって数騎と柴崎の有利は逆転していた。
 刃羅飢鬼と魔飢憑緋が使い手に与えている身体強化の数値は全く同じ。
 理由は簡単だ、この二つの魔剣は出力が等しいのだ。
 兄弟剣とも言えるこの二振りの魔剣は、同等のキャパシティを持つ。
 魔飢憑緋はそれを接近能力に、刃羅飢鬼は術式の三つ同時行使という中距離から近距離に特化した性能を持っている。
 しかし、それはあくまで放出系の術式を用いた場合だ。
 身体能力強化を三つ重ねがけすれば、魔飢憑緋と同等の身体能力強化をかけられる。
 ただし、元々接近向けの魔飢憑緋には敵わない点がある。
 それは、魔飢憑緋が使い手に今まで自分が記憶した剣士たちの剣技をダウンロードさせて使い手を無理やり達人に仕立ててしまう能力だ。
 だが、柴崎の剣の腕は薙風に次ぐだけのものがある。
 素人が魔飢憑緋の剣技を全て使いこなせるわけもなく、技量は柴崎の方に軍配が上がると断言しても問題はない。
 そして、お互いにかかる補正が同等なら基礎的な能力が問題になる。
 これはお話にもならなかった。
 どう考えても、数騎が下だ。
「くそおおぉぉぉ!」
 数騎が叫びながら襲い来る柴崎の一撃を迎撃する。
 端から見ればすでに勝負は決まっていた。
 圧倒的な実力差を見せ付ける柴崎。
 持ち前の機動力でさえも、今の数騎は及ばない。
 せめて魔幻凶塵シリーズが使えれば何とかなったかもしれないが、数騎に魔幻凶塵は操れない。
 ならば純粋な剣技で殺すしかない。
 圧倒的な実力差、しかし数騎にはただ一つ勝利を見出す道がある。
 五十にも及ぼうかという剣の応酬。
 そして、そこに数騎は見た。
 たった一瞬、大振りをして隙を見せた柴崎による次の一撃までの時間。
 数騎は迷わなかった。
 打ち合いはあと五合もつかどうかもわからない。
 なら、これが最後のチャンスだった。
 だからこそ、数騎は下がるのではなく踏み込み、横なぎの一撃を繰り出した。
 柴崎は数騎が攻勢に出た事に驚いて見せながら後ろに跳躍する。
 そして、脚が地面から離れた。
「もらった!」
 さらに踏み込み、数騎は柴崎との距離をつめる。
 地面に脚のついていない柴崎は空中で回避行動が取れない。
 そして、それを狙うのがこの一撃の真骨頂。
 横なぎの一撃に続き、斜めに振り下ろす一撃が加えられた。
 それは秘剣、燕返し。
 空中に浮いた相手に対する不可避の一撃。
 空中に留まる柴崎に、紅鉄の刀が振るわれる。
 クロウ・カードさえ屠ったその一撃。
 しかし、
「なっ!」
 響く金属音。
 必殺を期して繰り出された一撃は、蒼き鉄によって阻まれた。
 それは、柴崎の持つ刃羅飢鬼。
 そう、確かに燕返しは不可避の一撃だ。
 だが、不可能なのは回避することであって防御することではない。
 それこそが、燕返しの持つ最大の弱点だった。
 さらに、刀による斬撃は線による攻撃。
 線を止めるには別の線を用意して進路を阻めばいい。
 点による攻撃と違い、線による攻撃は迎撃が楽なのだ。
 柴崎は襲い来る魔飢憑緋の進路に刃羅飢鬼を繰り出した。
 迎撃され、停止する魔飢憑緋。
 次に硬直したのは数騎だった。
 必殺の一撃を繰り出そうとすれば、それは全身全霊。
 二の太刀はなく、防御は完全に無視される。
 当然だ、燕返しという技は繰り出せば相手は絶命していなければならないのだ。
 相手の絶命が前提として存在するから、防御に神経を使わず攻撃にのみ集中できる。
 そして、その隙を柴崎が見逃すわけもない。
 とっさに防御に回ろうとした数騎よりも早く、柴崎は刃羅飢鬼を横に一閃させた。
 腹部に赤い線が走った。
 数騎のヘソのちょうど下辺りに、綺麗な横一文字が描かれる。
 血液が飛び出した。
 仮面の下で数騎が口から血を流す。
 柴崎は後ろに大きく跳んだ。
 それで勝負は決まりだった。
 なおも数騎は柴崎に向かおうとするが、激痛でもはや立っている事もできない。
 前のめりに倒れる数騎。
 すぐに血溜りができた。
 数騎の腹部を中心に、岩の隙間を走って血の海ができあがる。
 数騎の腹と地面の間に、わずかに紫色に輝く内臓が見えた。
 腹が切れ、内臓が飛び出しているのだ。
 トドメを刺すべきだろうか。
 柴崎は迷った。
 だが、治療も無しでは到底助からない傷だ。
 歌留多との戦いも控えている、間に合うとは思えない。
 柴崎は少しだけ目を瞑って冥福を祈ると、握り締めた刃羅飢鬼を振り上げる。
「糸線結界」
 と、その時だった。
 その詠唱が響き渡ったのは。
 柴崎に迫るは、幾重にも展開する斬糸の数々。
 数騎に対するトドメさえも忘れ、柴崎はとっさに後ろに後退する。
 殺気が放出されている方に目を向ける。
 そこには、両腕に手甲を装着した赤い着物を身に纏う女性、歌留多がいた。
「予定通り須藤数騎の負けね、今度は私が相手をしてあげるわ」
「お前、短刀使いが敗北することを知っていたのか?」
「残念だけど、そこまで予知はできなかったわ。そいつが未来を変えちゃったから。でもね、予知してた未来ではあなたと須藤数騎は相打ちになって死ぬ予定だったのよ。ただ、あなたを助けるためにそこのバカが予定以上に消耗しちゃったせいで頓挫しちゃったけどね。でも……」
 歌留多はさらに両腕をひねるように動かした。
 腕の、いや指先の動きに従い金属で出来た斬糸が生き物のように柴崎の眼前の空間を泳いでいた。
 そこは斬糸によって構築された斬殺空間。
 もし、足を踏み入れればその瞬間に切り刻まれるだろう。
 だが、あの糸の射程には限界がある。
 今はまだ安全圏だ。
 だと言うのに、なぜ歌留多は意味もなく斬糸を振るっているのだろうか。
「わからないって顔してるわね、私が何故こんな事をしているのか。大丈夫よ、すぐにわかるから。だから、少し私と遊びましょう」
「それはありがたくもない誘いだな、女性からの誘いでここまで不快になったのは初めてだ」
「お褒めに預かり光栄よ」
 そう言うと、歌留多は両手首を軽くスナップさせる。
 糸が巻き戻り、魔剣である手甲の中に展開していた糸が回収された。
 直後、歌留多は帯の背中に差し込んでいた物を引き抜いた。
 装飾の施された小型の錫杖。
 それは、
「投影空想!」
 太田邦弘の操っていた魔剣だった。
 地面が揺れる。
 直後、まるで削岩機で削ったかのように岩が空中に舞い散った。
 それは見る見るうちに一塊となり、岩の巨人を作り上げる。
「行きなさい!」
 歌留多の指令と共に岩の巨人が柴崎に向かって走り出した。
「甘い!」
 柴崎は刃羅飢鬼を握り締めながら岩の巨人に向かって突撃した。
 一見無敵に見える人工生命体。
 しかし、あくまでそれは操られる使い魔に過ぎない。
 使い魔の機動は術者の輝光に依存する。
 すなわち、術者を殺せば使い魔は止まる。
 柴崎は岩の巨人の目の前までたどり着くと、バスケットボールの選手がフェイントを駆使して敵を突破するように、一切のスピードを殺さず岩の巨人をすり抜けた。
 今の柴崎には魔飢憑緋を装備した数騎さえも圧倒する身体強化が施されている。
 その速度に、岩の巨人程度が対応できるはずもなく。
 脅威的な速度をもって、柴崎は歌留多を刀の射程に捕らえる。
 速度を殺さず横薙ぎの一撃を見舞おうとした瞬間、
「!」
 柴崎は強烈な悪寒を感じ取り大きく後ろに跳躍した。
 直後、何もない空間から糸が出現した。
 柴崎を囲い込み、切り刻まんとする無数の糸。
 刃羅飢鬼を振るい、迫る糸に対処しようとするがかわしきれない。
 と、柴崎は背後の、岩の巨人の存在に気がついた。
 柴崎は強化した脚力を活かし、岩の巨人の眼前に回りこむと、巨人の体を盾にしながらさらに後退を続けた。
 襲い来る糸は容易く巨人を切り裂く。
 しかし、それでも岩の巨人は障害にはなった。
 切り裂かれるまでに要した時間は、柴崎が糸の斬殺空間から脱出するに十分な時間を稼いでくれた。
 転がるように岩の地面を転がる柴崎。
 逃げる途中で糸に引っ掛けたのか、コートの大半がズタズタに切り裂かれ、見るも無残な有様になっていた。
 体中のいたるところからも出血している。
 幸いにして体のパーツはどこも欠けていなかったが、ところどころに小さな切り傷がある。
 一番深かった傷は左の太ももだ。
 五センチほど糸が食い込んだそこは、筋肉を切り裂かれ大量に血が流れ出ていた。
 ズボンのせいでわからないが、わずかに白い脂肪がはみ出している。
「あら、今ので殺せると思ったんだけど? 併用できないからこれ使うと未来予知できないのよね」
「併用?」
 歌留多の言葉に、柴崎は眉を寄せる。
 そして、気がついた、今のカラクリに。
 歌留多は完全な失言をした、それが柴崎に歌留多の能力の何たるかを教えてしまったからだ。
 柴崎は知っている。
 神楽が未来予知の能力者であること。
 そして、カルタグラが全く違う能力の魔眼を併せ持ち、しかもそれを融合させてさらなる強化能力を発揮することが可能なことも。
 そして、失われた退魔皇剣をカルタグラが蘇らせるというクロウ・カードの言葉が柴崎の推理を決定づけた。
「過去の再現、それが貴様の能力か?」
「あら? わかっちゃった?」
 柴崎の洞察力に驚き、歌留多はわずかに拍手をしてみせる。
 そう、それなら説明がつく。
 聞けばカルタグラは同じ系統の魔眼を持つと聞く。
 姉が未来を見るなら、恐らく妹は過去を見る魔眼を持っている可能性がある。
 歌留多には過去しか見れない。
 しかし、それを未来に繋げる力を手に入れた。
 過去と未来を見ることの出来る歌留多は、恐らくその光景を現在に投影する力を手に入れたのだろう。
 いや、正確には違うか。
 過去を見たり未来を見るのはこの能力の限定的な使い道に過ぎないのだろう。
 本来の力は過去に起こる現象を現在に引っ張ってくることだ。
 まず過去に行き、そして未来に進む事で現代に事象を引き起こす。
 それこそが恐らく、すでに現存していないと言われている時を操る魔眼、『再現の魔眼』なのだろう。
 なるほど、話にしか聞いたことのなかった魔眼だが、それがあればクロウ・カードもこの計画を考えるというものだ。
 そもそもこの魔眼の存在を教えてくれたのは師匠であったクロウ・カードだ。
 この知識がなければ力の片鱗を見ただけでこれだけの推測は立てられない。
 柴崎は歌留多を真っ直ぐ見つめる。
 歌留多の瞳は、その力の発現によって黄金に輝いていた。
 なるほど、EXクラス堂々認定の最強の魔眼の色をしてらっしゃる。
 しかし、過去の現象を再現するとは言え、所詮人の力には限界がある。
 再現可能な現象はせいぜい一時間前の事象が限度。
 さらに場所の移動などは不可能で、だから歌留多は岩の巨人を囮にして自分をあの斬殺空間だった場所に引き込み、斬殺空間を再現したのだ。
 柴崎は顔を見上げる。
 歌留多の姿の先に見える紫色に輝く水晶。
「なるほど、そういう事か」
 全てが繋がった。
 クロウ・カードの目的を、ここでようやく理解した。
 退魔皇剣は全てこの世界から消滅している。
 しかし、過去には確かに実在していたのだ。
 そこで、剣崎の屋敷にある界裂が消滅した場所を探し当てた。
 それが、この大空洞。
 そこに過去を再現できる歌留多をつれてくれば、界裂の再現は可能だ。
 しかし、歌留多がいかに優れていても人の身である以上は限界があり、彼女の再現はせいぜい一時間前に限られる。
 だからこそ、クロウ・カードは歌留多の力を増強させるために儀式を行ったのだ。
 すでにこの大空洞には驚異的なまでの濃度で輝光が満ちている。
 さらに、歌留多の背後の水晶が歌留多の能力を底上げするのだろう。
 数値にして恐らく一万に届く輝光。
 これを用いて再現を行えば、歌留多の目は四百年の昔に存在した消滅するまえの界裂を視界に納めることができる。
 そこで界裂を現在に再現し、何とか輝光を維持して再現を終了させなければ界裂がこの世界に存在し続けることも可能だ。
 なるほど、失われていても界裂の入手は可能。
 それをなしえるためのカルタグラであったわけだ。
「あらあら、その様子だと全てわかっちゃったみたいね?」
「当然だ、我が父に教え込まれた知識は伊達ではない」
「あなたの予想通り、私は過去を再現する。そしてもうすぐ界裂の再現ができるわ。この町に式神桜花の伝承って残ってるでしょ? その男、カルタグラだったのよ。私達と同じように時間系の魔眼師だったの。彼が持つ剣は鎧すら斬り裂いたといわれるわ。当然よ、界裂ならそれくらいわけないもの」
 くすくすと笑いながら、歌留多は続ける。
「式神桜花はこことは別の美坂ってよばれてる坂を上る途中に死んじゃったけど、界裂はここに葬られたの、呼び出された場所でね。だから、私はここで葬られる直前の界裂を再現する。そして、私は界裂を手に入れる」
「長きに渡る説明には感謝するが、よくそこまで自分の能力を口にする気になれたな」
 訝しむ柴崎。
 当然だ、自らの能力を相手に教えるのは敗北を招く元凶となる。
 能力を隠しながら戦うのが異能者の基本なのだ。
 つまり、それをしないということは何か裏があるということ。
「はっ!」
 気付き、柴崎は周囲を見た。
 なぜ、歌留多が糸を振りかざすのをやめたか。
 なぜ、今まで柴崎と会話をし続けたのか。
 柴崎は周囲の光景を目にする事でようやく気付いた。
 会話は時間稼ぎだった。
 それは配置するための時間稼ぎ。
 気がつくと、柴崎は囲まれていた。
 囲んでいたのはバラバラにされたはずの岩の巨人たちだ。
 軽く二十はいる岩の巨人。
 それだけであるならば問題はなかった。
 しかし、糸の巨人の両手の指の先に、看過できない存在があった。
 それは斬糸、糸線結界が編み出す肉裂きの糸。
「これだけの糸、あなたによけられるかしら」
 口にし、歌留多は指の先から再び斬糸を生成する。
 歌留多が両腕を振るい、柴崎目掛けて斬糸による攻撃を繰り出した。
 それに呼応するかのように柴崎を囲む巨人達が斬糸を展開する。
 前後左右、全てがふさがれた。
 逃げようにも出口はなく、せめて歌留多と相打ちを狙おうにも歌留多の眼前には先ほど柴崎が逃げ出した斬殺空間が存在する。
 近づけば再び『再現』される。
 今度は逃げられる保証はない。
 どうする。
 思考に許された時間は0.2秒。
 しかし、それは十分すぎる時間。
「はぁっ!」
 柴崎は糸を回避するために唯一の活路へ向かった。
 それは上、前後左右を囲まれた柴崎だったが、頭上のみが安全地帯となっていた。
 強化された脚力は、柴崎は七メートルの高さまでの跳躍を許した。
 眼下には生あるものが抜け出すことは不可能と思われる糸による斬殺空間。
 自由落下が始まるまでに、柴崎の肉体は歌留多の頭上へと跳躍していた。
 真っ直ぐにではなく斜めに飛んだが故の現象。
 あとは歌留多目掛けて落下するのみ。
 しかし、それを許すような歌留多ではなかった。
「足場無き空、あのブサイクの必殺技じゃないの!」
 歓喜に震えるような声で歌留多は頭上の柴崎を見上げた。
 回避不可能な柴崎の落下に合わせて、歌留多は頭上に斬糸を展開した。
 すぐさま構築される斬殺空間。
 足場無き空にいる柴崎に回避することなど不可能なその斬撃。
 しかし、柴崎はそれを可能とする魔剣をもっていた。
 それが刃羅飢鬼、術式の重ねがけを可能とする準魔皇剣。
 今日の柴崎は術式を使いすぎた。
 あと三つ術式を展開すればそれで種切れになる。
 だからこそ、柴崎はこの呪文に賭けた。
 あの斬殺空間を突破するには、この術式しかない。
「沙流座(さるざ)、沙流座(さるざ)、沙流座(さるざ)、吹き荒れるは疾風の吐息」
 滞空時間が呪文詠唱を可能にした。
 三つの術式を開放すべく、柴崎が詠唱を唱える。
「刃怨狂陣(はえんきょうじん)、疾琥(しっく)」
 柴崎の背後に三つ首の龍が姿を現し、その龍の口から突風が吹き荒れた。
 糸線結界によって作り出された斬糸があらぬ方向へと飛ばされる。
 鋼糸をはじめとする斬糸のような糸による切断によって対象を殺害する兵器の弱点は風だ。
 切り裂けず、動きを阻害してくる風に、斬糸はあまりにも無力。
 加速をつけて立ち向かえば突破も可能だが、それでも速度は低下する。
 さらに柴崎は背中に風を受けて落下速度を加速させた。
 迫る斬糸を切り裂きながら落下する柴崎は、眼前に歌留多の姿を捉えた。
 加速をつけ、斬糸を柴崎に迫らせる歌留多。
 その斬糸を、柴崎は横に振るった刃羅飢鬼の刃で切り裂く。
 歌留多は逃走すべく後ろに逃げる。
 柴崎は足を輝光で補強し、七メートルの高さの落下の衝撃を相殺すると、すぐに距離を取ろうとする歌留多に向かって走った。
 過去の再現をしようにも、歌留多の逃げる進路には斬糸を振るったという事実は無い。
 迫る柴崎に、歌留多は最後の抵抗を試みた。
 両腕に新たに斬糸を構築し、それでもって柴崎を切り裂こうとする。
「はっ!」
 斜めに閃く蒼き刃がそのことごとくを切り裂いた。
 最後の壁を失い、呆然とする歌留多。
 その歌留多の体に柴崎が体当たりをするかのように突っ込んだ。
 柴崎の握る刃羅飢鬼が一直線に突き出され、歌留多の豊満な胸に突き刺さる。
 刃が背後から飛び出した。
 血の滴る蒼き刃が紫の輝きを照り返す。
 柴崎は歌留多の胸に突き刺さった刃羅飢鬼を引き抜いた。
 力を失い、歌留多が仰向けに倒れる。
 柴崎は肩で息をしながら倒れた歌留多を見つめた。
 苦しそうな呼吸。
 あきらかに致命傷であったが、歌留多はまだ死んでいなかった。
 柴崎は顔を見上げる。
 その先には目も眩むばかりに輝きを増す紫水晶。
 儀式は完了直前であった。
 すぐにでも歌留多を殺害せねば、歌留多が最後の力を振り絞って界裂の開放を行うかもしれない。
 柴崎は刃羅飢鬼の切っ先を歌留多の胸に向けた。
 心臓を一突きにして、苦しまずに死なせるためだった。
 その瞬間だった。
 鏡の割れる音がした。
「なんだ?」
 思わず周囲を見回す柴崎。
 そして、信じられない現象が起こった。
 周囲に広がる光景にヒビが入ったのだ。
 それと同時に、景色が鏡のように砕け散った。
 パラパラと輝きながら落ちていくガラスの破片。
 ガラスが零れ落ちた空間は、漆黒のみが残り、いくらその先にあるものを見ようとしても、その先には何もない。
 天井が漆黒にそまり、足元も漆黒、見渡す限り全てが漆黒の空間となった。
 光のない世界で柴崎はじっと立ち尽くす。
 柴崎はこの現象を知っている。
 これは鏡内界の崩壊だ。
 鏡内界を作り出す時に使用された鏡を破壊するとこのような現象が起こる。
 なら安心して構わない。
 このままじっとしていれば、先ほどまでいたのと同じ(といっても鏡写しに反転はしているが)空間に戻されるだけだ。
 入った鏡から放りだされるか、その場に留まるかが、普通に出るか崩壊して投げ出されるかの違いだった。
 そして、光が戻った。
 そこは紫色に水晶が輝く空間。
 急に明るくなったため、柴崎は思わず目を閉じる。
 明るくて目があけていられなかったからだ。
 そして、それが柴崎の最大の油断であった。
 銃声が轟いた。
「ぐぁっ!」
 直後、腹部に痛みを感じ、柴崎は前のめりに倒れる。
 口から血があふれ出し、腹部から迸る血は止まらない。
 撃たれた銃の口径は恐らく小型、そうでなくては一撃で即死していただろう。
 弾丸は貫通しているのか、背中にも痛みを感じる。
 内臓は……多分大丈夫だろう、自信はないが。
 そんなことを考えながら、直撃したためにかすむ目で、柴崎は銃声のした正面に顔を向ける。
 そこには、苦しそうに顔を歪めながら、自動拳銃を両手に構える数騎の姿があった。






魔術結社    残り一人
ヴラド一派   全滅
アルス・マグナ 全滅
第四勢力    残り一人(歌留多、戦闘不能)

























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