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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>第十六羽 最後の願い

第十六羽 最後の願い


「お前、やってくれたな」
 静かに強く、数騎は言い放った。
 拳銃を握り締め、体をぐらぐら揺らしながら柴崎に向かって歩く。
 お互いの距離は五メートル、生まれて初めて拳銃を撃ったくせによく当てられたという距離だった。
 数騎のいでたちは、先ほどとは変わっていた。
 まず上半身はほとんど裸だ。
 こぼれた落ちた内臓を腹の中に戻した数騎は、着ていた紅桜を脱ぎ、それを腹に巻きつけて内臓が出ないように処理した。
 忍者装束のズボンはそのままだった。
 仮面は外し、数騎の顔とその右目に収められたルビーの義眼が見て取れる。
 左手で腹を押さえながら、右手には拳銃を握り締める数騎。
 拳銃はクリスを襲ったヤクザたちから奪ったものだった。
 数騎は拳銃を地面に投げ捨てる。
 どうせ弾丸は一発しかなかった、持っていても意味が無い。
 数騎は大きく体をゆるがせた。
 激痛が走る。
 頭がどうにかしてしまいそうだった。
 怪我の具合はどうだ?
 大丈夫、内臓が飛び出していただけだ、なんともない。
 吐き気が襲ってきた。
 吐いてしまえば楽になるかもしれなかったが、今動きを止めたら二度と動けない。
 だから数騎は、倒れることもできないまま柴崎へと向かって歩く。
「短刀……使い……」
 迫る数騎を、柴崎は口元を手で押さえながら見つめる。
 そんな柴崎に、数騎は一歩一歩ゆっくりと近づいていった。
 鏡内界を崩壊させたのは数騎だった。
 柴崎と一騎打ちしていた歌留多を救うために、数騎は基点となっていた鏡を砕いた。
 もはや数騎に戦う力などろくに残っていなかったが、数騎には隠し玉として拳銃を持っていた。
 鏡内界の中では使えない拳銃。
 しかし、それが崩壊したことによって、数騎は拳銃を扱えた。
 与えたダメージは大きい。
 だが、それでようやく数騎と柴崎のダメージが同等になっただけだった。
 柴崎に歩み寄りながら、数騎はちらりと倒れる歌留多、いや、神楽に目をやる。
 ごめん、神楽さん。
 あなたを守れなかった。
 声に出さず呟く。
 もしかしたら、このまま二人で死ぬのが正しいのかもしれない。
 だけどオレは、目の前の男を許せない。
 神楽さんを殺した目の前の男に。
「だから」
 落とし前をつける。
 それが当初の自分の目的とかけ離れていても。
 例え、そんなことをしたところで神楽さんが戻ってこなかったとしても。
 もはや感情の問題であった。
 ただ、全てがおかしな具合に流れておかしな結果になってしまったというだけ。
 思えば、始めた出会った時から目の前の男とは戦いばかりだった。
 助けてもらって、殺しあって、助けてもらって、協力して、殺しあって、協力して、助けてやって、殺されかけて、また殺しあう。
 無様だ。
 実に無様だ。
 殺そうとしたり助けたり助けられたり、本当にどっちつかず。
 本当はクロウ・カードと一緒に殺しておくべきだったのだろう。
 それをしなかったことが心から口惜しい。
 正直、もうどうでもよかった。
 どちらにしても神楽さんは戻ってこない。
 オレもじきに死ぬ。
 だけど、
「もう、和解なんてできない」
 そう、できなかった。
 目の前の男はなんとしても殺さなければならない。
 感情の問題だ。
 死ぬ間際に心に宿った殺意を、そのままくすぶらせることは、とてもではないが出来なかった。
 喉からこみ上げてくる血液を、数騎は吐き捨てながら声を出す。
「夢を追い続けたお前は、誓いを立てたオレの知らない女以外の人間全てを省みず、その道を突き進んだ」
 近づきながら、数騎は続ける。
「お前のために多くの人間が笑い、それより少ない人間がお前のせいで泣いた。オレもその一人だ」
 苦痛を堪える顔に、わずかに逡巡が生まれる。
 数騎はさらに言った。
「お前の夢は本当に美しいよ、オレにだって眩しく見えた。でも、違うんだよ。普通の人間はそんなこと考えないんだ。周りの人が生きていてくれれば、それを守るためなら大抵の事は犠牲にできるんだよ」
 そして、その距離に到達する。
 お互いの距離は二メートル。
 それは一足一刀の間合い。
「だから」
 呟き、数騎は忍者装束のポケットに右手を突っ込んだ。
 そこから出したのは細長い、黒い鉄の塊だった。
 数騎がそれを手首のスナップを利かせていじると、中から黒い刃が現れた。
 折りたたみナイフ、暗黒騎士ドゥンケル・リッター。
 右手にその短刀を構え、数騎は柴崎を睨みつける。
「お前はもう夢を見るな」
 そう口にして、数騎は短刀の切っ先を柴崎に向ける。
 それを前にして、柴崎の戦意は砕けていた。
 それでも、訓練により体に叩き込まれた習慣が柴崎に剣を構えさせた。
 左手は撃たれた左の腹を押さえるように体を曲げた状態で、右手に刃羅飢鬼を構える。
 刃羅飢鬼の切っ先は震えていた。
 数騎はもはや半死人だ。
 わざわざトドメを刺すまもない。
 いや、必要はあるかもしれないが、あくまでそれは苦痛を終わらせるためのものであるはずだ。
 決して、数騎を殺すためなどではない。
「来るな、私はお前を……」
「柴崎司!」
 柴崎の言葉をかき消すように数騎が叫んだ。
 びくりと柴崎が体を震わせる。
 二重の驚きがあった。
 怒鳴ってまで自分の言葉をかき消そうとする数騎の意志。
 そして、数騎が自分を呼んだその名。
 この二つが柴崎を驚かせた。
 玉西が柴崎司を名乗っていたため、それにわだかまりを感じる数騎は、柴崎のことを仮面使いと呼び続けた。
 そして、柴崎もすんなりとそれを受け入れていた。
 しかし、この時。
 出会ってから半年以上たったこの時。
 数騎はようやく、その名を口にした。
 それはどれほどの奇跡。
 数騎が柴崎をその名で呼ぶのはこれが最初で、そして最後だった。
 もう言葉を交わす時間は終わった。
 数騎がナイフを構えなおす。
 そして、柴崎に向かって走り出した。
 通常の速度の半分も出ないその突撃。
 しかし、迎撃する柴崎の腕もまた遅かった。
 斜めに振り下ろされる刃羅飢鬼。
 それを、数騎は左腕で受け止めた。
 刃は腕を切り裂き、骨で止まる。
 切り裂けない。
 弱りきった柴崎の力では骨を突破できない。
 腕の痛みなど、もはや感じなかった。
 数騎は右腕に握り締める短刀で、横薙ぎの斬撃を繰り出した。
 柴崎は腹の痛みを堪えながら、体中の力を総動員して後ろに飛んだ。
 足が地面から離れる。
 そこを狙い、数騎は振りぬいた右腕を上に持ち上げた。
 振り下ろし追撃をかける気だ、柴崎はそう思った。
 それは秘剣、燕返し。
 足が地面につかない状況をつく不可避の一撃。
 しかし、それは不可避であっても防げないわけではない。
 柴崎はとっさに刃羅飢鬼を握る手を離した。
 その右手で数騎の振るう短刀の進路の邪魔をすべく試みる。
 右腕を犠牲にして短刀を止める。
 それが数騎から放たれる燕を地に落とす手段。
 そして、数騎の右腕が振り下ろされた。
「なっ!」
 そう、確かに数騎の右腕は振り下ろされた。
 柴崎はその軌道に合わせて右腕を盾にして構えた。
 だが、右腕がナイフに触れることはなかった。
 右腕を振り下ろす際、数騎は後ろに一歩だけ跳びのいた。
 そして、右腕を振るった。
 振るう最中に、ナイフを握る力を抜いて。
 柴崎に向かい飛来する短刀。
 それは、柴崎には見えなかった。
 数騎の短刀を止めようとした右腕が邪魔していたから。
 予想すら出来なかった。
 柴崎はそれが自分に突き刺さる直前、何かが飛んでくるのが見えただけだった。
 オレンジに包丁が突き刺さったような音が響いた。
 後ろに一歩下がった数騎は、ふらふらになりながらも何とかその場で足を踏ん張り、倒れず柴崎を睨みつける。
 柴崎は、ナイフをその体に受けた状態で停止していた。
 顔は真っ直ぐ数騎に、そしてその首にナイフを生やして。
 柴崎は知っていた、燕返しの原理を。
 だからこそ、魔飢憑緋を振るう数騎の燕返しを封殺してみせたのだ。
 柴崎を殺すには、柴崎の知識が及ばない何かが必要だった。
 だからこそ、数騎はそれを即興で作り上げた。
 燕返しには弱点があった、不可避であっても防ぐ事は可能と言う弱点が。
 燕返しのトドメは斬撃による一撃。
 斬撃は線を描く攻撃で、線を止めるには線をあわせればいい。
 だが、もしトドメの一撃が点による一撃であったら。
 回避は非常に難しく、盾のようなものを用いなければ防ぐ事すら困難。
 そして、数騎はそこにたどり着いた。
 燕返しを超える燕返し。
 秘剣燕返し改、短刀曲芸『無空』。
 名付けるとすればそんなところだろう。
 これはこの瞬間に作り出された技であり、数騎の他に誰もそれを知らない。
 だからこそ、予測は出来ず、必殺として機能した。
 知っている可能性があるとすれば、柴崎くらいだったろう。
 『足場無き空』それは数騎が柴崎との連携に用いた作戦だったから。
 ただ、今回はそれを一人でやっただけ。
 最後の最後で数騎はそれにたどり着き、柴崎は到達できなかった。
 それが、勝負を分けたのだ。
 柴崎の体が揺らぐ。
 力を失い、後ろに倒れる。
 数騎が口を開いた。
「お前の子供の時の夢が叶ったな」
 仰向けに倒れる姿を見つめながら数騎は、
「そろそろ死んでもいい頃だ」
 柴崎に最後の言葉を送った。
 柴崎が地面に倒れる。
 それで終わりだった。
 長かった二人の因縁は、ここに終結した。
「くぅっ!」
 痛みに耐えるように、数騎は腕に刺さったままの刃羅飢鬼の柄に手をかけた。
 力任せに骨から引き剥がす。
 激痛が走ったが、もう痛みには慣れっこだった。
 刃羅飢鬼を失ったことで、栓がなくなり大量の血液があふれ出した。
 眩暈がする。
 ちらりと見ると、赤い肉と白い脂肪と、血にまみれた骨が左腕の中から見えた。
 見なかったことにしよう。
 どちらにしろ、長くは持たないだろうから。
 倒れる柴崎を一瞥し、数騎は倒れている神楽の元に向かって歩き出した。
 倒れそうになりそうになりながらも、数騎は一歩一歩を踏みしめるように歩く。
 そして、ようやく神楽のところまでたどり着いた。
「神楽さん?」
 しゃがみ込み、顔を優しく叩きながら数騎は続ける。
「神楽さん?」
「数……騎……さん?」
 仰向けに寝転がる神楽が目を覚ました。
「よかった、神楽さん。目を覚ましてくれて」
「そう言ってもらってなんなんですけど、私……もう長くは……」
「大丈夫……オレもだから……」
 そう言って、数騎は神楽の真横に添い寝するようにして倒れた。
「数騎さん……死んじゃうんですか?」
「あぁ……神楽さんと一緒だ……」
「私も……死ぬんですね?」
 達観したように両目を閉じる神楽。
 数騎が少しだけ悲しそうに目を伏せる。
「すみません……あなたを守れなかった……」
「いいんですよ……もう……きっとこれが……運命だったのでしょう……」
 首を横に振って口にする神楽。
 と、数騎は思い出したように尋ねた。
「そう言えば……歌留多は?」
「気絶してます……おそらくもう……二度と目覚めなることはないでしょう……」
「そう……か……」
 それなら最期まで神楽さんと一緒にいられると、数騎は心底安心したような顔を見せた。
 その時だった。
 数騎たちの視界が紫に染まった。
 顔を見上げる。
 そこには、紫に輝く水晶の群れ。
 そう、儀式の準備が整ったのだ。
「数騎……さん……」
「何?」
「私と……柴崎さんの話……聞いてました?」
「魔眼の……能力のこと?」
 数騎の問いに、神楽は首を縦に頷かせた。
「はい……儀式が……完成しました……これで……私の魔眼を……最大限に発現することが……出来ます……ここにある物を……昔の姿に戻すか……過去から……何かを……こちらの世界に……呼び寄せるか……どちらかが出来ますが……どうします? 最後に……界裂を再現しましょうか?」
「いいですよ……そんなもの……それより……オレたちが助かるようなものは……持って来れますか?」
「いいえ……残念ながら……この空間にそのようなものが……持ち運ばれたことは……ないようです……」
 恐らく、すでに呼び寄せる事が可能な範囲の過去を把握しているんであろう。
 神楽は、本当に残念そうに首を横に振る。
「そうか……」
 数騎もそれで諦めた。
 もう、終わりだ。
 それは認めるしかない。
 なら、せめてこのまま二人で……
「待って……」
 数騎は呟く。
「神楽さん……ここにある物を……昔の姿に戻せるって……本当?」
「本当です……ここにある物なら……昔の姿を……再現できます」
「じゃあ……これを……」
 言って数騎は自分の右目を取り出して、神楽に渡した。
 それは、精霊を失った抜け殻のルビーだった。
「これを……昔の姿に……まだ生きている頃の……クリスに……」
「わかり……ました……」
 神楽は一度目を閉じ、そして見開いた。
 黄金の魔眼が発動した。
 紫水晶がさらに光を放ち、神楽の魔眼が術式を織り成す。
 そして、再現がなされた。
 数騎の目の前。
 神楽と手をつなぐようにして、パーカーを着た少女の姿があった。
 小さな体に綺麗な金髪をしたその少女。
 目を瞑っているために目の色は伺えないが、可愛らしく寝息を立てるその顔は、間違いようも無い。
「クリス……よかった……」
 涙を流しながら、数騎は再び目の前に現れた少女の姿に感謝した。
 と、その視界が揺らいだ。
 出血が多すぎた。
 もうすぐ気を失うだろう。
 おそらく二度と目を覚ます事はない。
「神楽さん……オレ……もう……」
「私も……今ので……」
 二人とも限界が近かった。
 すぐに意識を失い、そしてそれで終わりを告げるだろう。
 最後の数十秒を向かえ、神楽が口を開いた。
「おかしいんですよ……数騎さん……」
「……何が?」
「夢を……見たんです……桜の木の下で……あなたを待つ夢を……」
「………………」
 数騎は答えない。
 もはや口を動かすことさえできなくなっていた。
「何度も……見ました……あなたを待って……ベンチに座り続ける夢……でも……いつも途中で終わってしまって……続きを見たことは……一度も無いんです……」
 神楽の夢は予知夢、何度も見ることが出来ればそれは限りなくこの世界に近い夢なのだ。
 それを何度も見たというのに、それが現実に起こらない。
 そういう意味で言ったのだが、もはや数騎にそんなことを考える余裕もなかった。
「でも……よかった……私、数騎さんだけ死んで……残されちゃうのかって……不安だったから……でも、これなら……一緒に……」
 それが限界だった。
 神楽も、もう一言も喋れなくなっていた。
 ただ、頑張って腕だけを動かす。
 クリスと手をつないでいない右手。
 それを数騎の右手とつないだ。
 温かい手の平。
 横に倒れる数騎の鼓動を感じ、体温を感じ。
 神楽は最後の最後で一人ではないことを心から嬉しく思った。
 あと少しで意識を失うだろう。
 それは避けられない。
 それでも、この温かさと共に逝けるのだとしたら。
 それは、なぜか悪い事ではないように感じた。
 そして、二人は動かなくなった。
 紫水晶も輝きを失い、わずかに光を灯すばかり。
 そんな中で、二人は少しずつ体温を失っていった。
 わずかに紫色に灯る明かりが二人の顔を映し出す。
 その二人の顔は、まるで朝が来るのを待つ子供が見せるような、安心した、安らかな寝顔そのものであった。






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