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トップページ>>パオまるの小説>>魔剣伝承>>エピローグ

エピローグ


 春風が吹いた。
 四月に吹く風はまだ肌寒く、少しだけ体を震わせる。
 温かそうなダッフルコートを身にまとう、金髪の少女は髪の毛を揺らしながらその坂道を歩いていた。
 彼女は今、町の中心にあるお寺に向かって歩いている。
 それにしてもきれいな坂だな、と少女は思った。
 桜並木のすばらしさがこの坂の由来だろうか。
 車道の両脇に生える桜は美しく咲き誇り、舞い散る桜は町に彩を与え、地面には桜色のカーペットが敷き詰められたよう。
 踏みたくないなと思いながらも、少女の皮のブーツは容赦なく桜の花びらを踏み潰す。
 そうしないと前に進めないからだ。
 少女はダッフルコートが濡れるのも構わず、まだ水滴のついた綺麗な花を大切そうに抱きしめていた。
「そういえば、ジェ・ルージュはどこにいるんだろう?」
 少女は首をかしげながら歩き続ける。
「一緒に来てくれるのかと思ってたのに、途中でどっかいっちゃうんだからなぁ」
 不安そうな顔をする。
 彼女が口にするジェ・ルージュとは彼女の新しい保護者だ。
 引き取った後、学校に行けるようにしてくれたり食事や家の心配をしたりしなくて済むようになったのは嬉しいが、どうも放任主意すぎて困ってしまう。
 まぁ、お金持ちだからいつでも家に置いとける遊び相手くらいに考えられているのだろう。
 その証拠に、学校から帰ってくると必ずゲームをしようとせがんでくるのだ。
 どっちが親だかわかりゃしない。
 小さくため息をつき、少女は坂の途中にあるお寺を目指して歩く。
 そして、ようやくたどり着いた。
 それはとても大きなお寺。
 外からでも見えるほどたくさんの桜の木が生えているようだ。
 少女は門をくぐり、そのお寺の境内に入った。
 と、入り口の中のすぐ右の方。
 門の影に隠れるように、三人の人間の姿があった。
 男の人が二人と、女の人が一人。
 何か言い争っているようだ。
 とりあえず気にしないことにしよう。
 そう考え、少女は先に進んだ。






「いやぁ、この町の桜は素晴らしいと思いませんか?」
 お寺の門の裏側。
 入り口のすぐ隣の壁によっかかりながら、その男は呟いた。
 その男の外見は一言で言うと、サラリーマン。
 二十代後半らしい顔だちなのだが、見事にワックスで固めた七三分けヘアーに、ビシッと決まったスーツとネクタイに加えて、黒縁メガネとくればサラリーマンとしか言いようが無い。
 それは、見縞継走(みしまけいそう)という男だった。
 その男の目の前には二人の人間。
 一人は女性、温かそうな茶色のトレンチコートを身にまとう女性。
 そして、もう一人はケバい赤のコートを身にまとう男だった。
「どうです? 里村さん?」
「確かに、ここの桜は綺麗ですよね。でも、真田幸村の千本桜の方がきれいかもしれませんね。どっちがきれいなんでしょうか?」
 トレンチコートの女性、里村は隣にいる赤コートの男に聞いた。
「知らん。オレは、日本はここが始めてだ」
「おやおや、ドラコさんは日本はここしか来たことが無いんですか?」
「オレはネイティブアメリカンだぞ、アメリカ南部が出身で、それ以後はずっとヨーロッパ、ヴラドに言われるまでオレはフランスで戦ってたんだ」
「なるほど」
 納得したように頷く見縞。
 そんな見縞を横目に、赤コートの男、ドラコはいらだちを隠しきれず舌打ちを漏らす。
 十二月二十五日の繰り広げられた戦いによって、町は一時的な大混乱に落ちいったものの、一日だけの異常事態だったため、少しだけ騒ぎは続いたが、結局はすぐに沈静化した。
 もちろん、裏世界の人間の暗躍もあっての沈静化であり、それを率先して指揮したのが魔術結社に所属する裏の人間による社会混乱対策課に所属する見縞の仕事だった。
 見縞に指示され、多くの異能者たちが事態の収拾に努め、そして今に至る。
 見縞は、すでに裏世界では有名になった今回の事件『魔術師クロウ・カードの乱』に際して、参戦した二人の異能者の命を救った。
 一人は自分の部屋に偶然転移させられてきた里村、そしてもう一人は血まみれになり、全身をぐちゃぐちゃの肉塊にされながらも生きていた、公園に転がっていたドラコだ。
 死にかけてはいたが、ドラコはなお生きていた。
 いわく、龍に噛み砕かれて空間転移させられたらしい。
 里村に協力してもらった甲斐もあり、ドラコの高い再生能力も手伝ってドラコは全快した。
 しかし、ドラコは魔術結社の人間にとっては反逆者だ。
 見せしめに殺す必要があったが、それを赤の魔術師が要らぬ介入をしてきた。
 もし、魔術結社に参入する気があるなら命を助ける事、とかなんとか。
 確かに、今回の戦いで過半数以上のランページファントムの人間が失われた穴埋めは必要だった。
 だからと言って、かつての敵をそのまま引き入れることはないだろう。
 しかし、赤の魔術師のごり押しに、フランス本土にいる魔術結社ナンバー1の聖女はしぶしぶながらドラコたちの参入を認めた。
 そして今に至る。
 ドラコは、正直やる気なさげでやわやわした態度の見縞には四六時中腹を立てていた。
 それでも見縞の命令にはしっかりと従った。
 ある条件が必要ではあったが。
 と、里村がドラコを見上げるように話し始めた。
「ところでドラコさん、日本がはじめてならお花見とかはしたことありますか?」
「花見? いや、無いが」
「じゃあ、一緒に行きません? 私、お弁当作ってきたんですよ」
 そう言って、里村は持っていた包みを見せ付ける。
 なるほど、どうやらその中にはお弁当とやらが入っていそうだ。
 ドラコは一瞬顔をほころばせたが、すぐにキツイ顔つきになった。
「ま、まぁ腹減ってるから一緒に行ってやってもいいけどよ」
「それならよかった、いいスポット知ってるんですよ」
 嬉しそうに言う里村。
 そんな里村に、ドラコはわずかにではあったが嬉しそうな顔をした。
 そう、実はドラコは里村に好意を抱いていた。
 全身がグチャグチャになっている間、ドラコの看病をしてくれたのが里村だったからだ。
 入院した時、自分を看病してくれた看護婦に惚れる患者と言うのはそこそこの数いるようだが、ドラコが実にその具体例だった。
 そして、見縞はそれをしっかりと見抜いていた。
 ドラコは里村に物を頼まれると文句を言いながら必ず頼みを引き受ける。
 だから見縞は里村とドラコを常に一緒に行動させる事にしたのだ。
 元々が傭兵のように金をもらって働いていたドラコはヴラドから魔術結社に乗り換えるのも金さえ保証されていば文句もないようで、今ではれっきとした八の亡霊だ。
 魂を融合させる獣憑きは非常に珍しい、頑張れば三以上の数字ももらえるかもしれないが、今はこれが限界だ。
「見縞さんもご一緒にどうですか?」
 弁当を見縞に見せ付ける里村。
 見縞はチラリとドラコの顔色を伺った。
 こちらを殺さんばかりの形相で睨みつけてくるドラコ。
 見縞は小さくため息をついた。
「いえ、お誘いいただけるのはありがたいのですが、少し用事がありまして」
「そうですか、残念です」
 本当に残念そうな里村。
 社交辞令ではないようだ。
 そんな事にも気付かず、ドラコは里村に見えない位置でガッツポーズを取っていた。
 この、それほど脈がありそうにない青年に幸あれ。
 見縞はそんな事を考えていた。
「じゃあ、そろそろ行こうぜ里村さん。オレ、そろそろ腹減ってきた」
「ふふふ、わかりました。じゃあ、見縞さん。私達はこれで」
「はい、九時にはホテルで合流しましょう。行ってらっしゃい」
 手を振る見縞に小さく礼をすると、里村は門に向かって小走りに進む。
 ドラコは大人気なく見縞に親指を立てて小さくグッジョブと言った。
 そして、歩き出した里村の後ろにすごすごとついていく。
 そんな二人の背中を見つめながら、見縞は塀の中を見回した。
 日本の風流ある寺とそれを囲む桜の木。
 少しこの空間を散策することに決め、見縞は岩で出来た道を歩き始めた。
 と、道の先に金髪の少女の後姿が見えた。
 誰かの墓参りだろうか、少女は墓に向かう道を歩いていた。
 その後ろ姿から目を外し、見縞は少女とは違う道を進む。
 とりあえずあの赴きある井戸でも近くで見てみるか。
 少しは暇つぶしになるだろう。
 そう心に思いながら、見縞は井戸に向かって歩き出す。
 数秒後、井戸に浮かぶヒルを見て、見縞は少しだけゲンナリした。






「久しぶりね、ワトソン」
 金髪の女性がそう言葉を切り出した。
 桜に囲まれた墓場。
 その中で比較的新しい墓石の前に女性は、いや綱野麻夜は立っていた。
 男性の着るような灰色の大き目のコートにヘソ出しのチャイナドレス風のシャツを着込んでいる。
 ズボンはジーパン、それをかなり巨大なベルトを二重まきにして止めている。
 足にはブーツ、足首をすっぽり覆い隠す大き目のやつだ。
 麻夜は線香に火をつけ、墓の前に横たえて置いた。
 墓には大きめの文字で、須藤家と彫られていた。
 全国の須藤さんには悪いが、少し語呂が悪いと麻夜は思った。
「まさかあんたがこんなことになってるとは思わなかったわ」
 麻夜は手に持っていた花を墓の前にさす。
 彩度の無い墓が、少しだけ色彩を帯びた。
「ワトソンに最後に会ったのはワトソンがいなくなる時だったね、最後に一度くらい会っておきたかったかな」
 語る麻夜に返事は無い。
 当然だ、墓石は口を聞かない。
「今日は赤の魔術師に頼んでつれてきてもらったの、すごいわよあの男。私、数週間前まで首だけだったのよ。それを治すなんて、さすが世界一の魔術師よね」
 そう、麻夜は死んではいなかった。
 麻夜ほどのモンスターになると、首を切断されただけではすぐに絶命しない。
 ペルセウスは勘違いしていたが、首を切られた後でも麻夜は意識を保っていた。
 と言っても、肉体のどの部分もほとんど動かせず、状況に流されるままであったが。
 不死殺しの鎌ハルペーによって首を切断されたために麻夜は再生できなかっただけだったのだ。
 もちろん、放っておけば死ぬが、それは赤の魔術師の救助が間に合ったために助かった。
 もし傷つけられたのは脳や心臓だったら危なかった、さすがにそのような主要機関は赤の魔術師と言えども再生できない。
「それにしても、運がよかったなぁ」
 麻夜はあの時の事を思い出す。
 龍覇に飲み込まれ、肉体を消滅させられる直前。
 ペルセウスに口づけをされたその瞬間、麻夜はその意識を完全に覚醒させた。
 麻夜はすぐさま自らの髪を構成する蛇を操ると、髪とは思えない怪力を持って麻夜自身の首とペルセウスの肉体をペルセウスの持つキビシスの中に避難させた。
 キビシスは中にどのようなものが入っていようと外見は変わらない、別空間に転送しているためである。
 さらにキビシスの袋自身は驚異的な防御力を誇る。
 Aクラスの魔剣キビシスは、龍覇の直撃さえも耐え切ったのだ。
 瓦礫の下にあるそれを赤の魔術師が見つけ、中に手を突っ込んで何が入ってるか調べたら首と満身創痍の男が出てきた。
 赤の魔術師があの時見せた唖然とした表情は今でも思い出すと笑える。
 その後、赤の魔術師は首だけになった麻夜を延命措置を施して、ゆっくり時間をかけてハルペーの呪いを解呪、ついでに胴体の呪いも解呪し、切断面と切断面をくっつけて一時間固定したら麻夜は完全復活をとげた。
 そして、戦いの結末を聞いて、赤の魔術師にここに連れて来てくれる様に頼んだのであった。
「あなたも運がよければよかったのに」
 悲しそうな顔をする麻夜。
 しかし、すぐに笑顔を浮かべた。
「今日はもう帰るけど、また来るね。赤の魔術師が、用事があるから早くしろってうるさいのよ」
 そう言うと、麻夜は墓に背中を向ける。
「バイバイ、ワトソン」
 そう言って、麻夜は墓を後にした。
 墓場の出口に向かう途中、麻夜はある女性に出くわした。
「げ」
 それは金髪の女性だった。
 黒いスーツに実を包む、ビニールに包まれた花を手に歩く女性。
 麻夜を視界に納めたその女性も露骨に嫌そうな顔をする。
 しかし、思い直したのか麻夜に対して笑顔を浮かべた。
「お久しぶりね、三姉妹の末女さん。アラクネって呼んだほうがいいかしら?」
「麻夜でもアラクネでも好きにして、ゴーゴンとかメドーサって言われなければそれで満足よ」
「そう、じゃあそう呼ぶことにするわ」
 はっきりと頷いてみせる女性。
 そんな彼女に、麻夜は頭をかきながら尋ねた。
「で、こんな所に何のようなのブラバッキー? それとも九の亡霊とでもお呼びしたほうが良かったかしら?」
「名前の方でいいわよ、亡霊なんて私が死んだみたいで嬉しいあだ名じゃないわ」
「まぁ、そうでしょうね」
 そういわれると、ブラバッキーは全くだと言わんばかりに深く息をついた。
「で、アラクネさん。こんな所に何しに来たの?」
「知り合いの墓参りよ。あなたは?」
「私もよ、多分あなたと同じ人のね」
「ワトソンの? あなたとそんなに親しかったとは知らなかったわ」
「違うわよ、私の友人がね。代わりに行ってほしいって。まぁ、知らない人間ってわけでもないからちょうどよかったわ」
「友人?」
 首を傾げる麻夜。
 そんな麻夜に、ブラバッキーは少しだけ考えながら答えた。
「十二の亡霊って言えばわかるかしら?」
「あぁ、カラスアゲハね。そういえば最近彼女どうしてるの? あんまり魔術結社の本部に顔を出さないって聞いたけど」
「あ〜、それね。実は最近あの子、相撲取りみたいになっちゃったのよ」
「相撲取り?」
「お腹がこ〜んなに」
 言ってブラバッキーは手で大きくなったお腹を表現する。
「もしかして、妊娠してたの?」
「そうよ、どこでこさえてきたんだか知らないけどね。相手は誰って聞いても答えないのよ。シングルマザーにでもなるつもりかしら。あいつが男作ってた何て知らなかったわ。いや、お気に入りはいたみたいだけど、あんなのに手を出すとは思えないし」
「お気に入り?」
「いや、失言よ。気にしないで」
 目をそらしながら口にするブラバッキー。
 そんなブラバッキーの態度が若干気になったが、麻夜はそれに言及しないことにした。
 腕を組み、麻夜は口を開いた。
「じゃあ、適当に何か話してあげてね。墓の中に人間は話しかけるよ喜ぶって昔聞いたわ」
「お経でもあげたほうがいいんじゃないの?」
「あなた、お経なんて知らないでしょ。それにワトソンは無宗教家よ、お経よりも話の方がきっと喜ぶわ」
「そう、じゃあそうするわ」
 そう言うと、ブラバッキーは麻夜の横を通り抜け、先ほどまで麻夜がいた墓に向かって歩き始める。
 そんなブラバッキーを見送り、麻夜は自分の戻りを待つ赤の魔術師がいるであろう水飲み場に足を向ける。
 一度だけ墓の方を向き直った。
 あと一言でいいから話したかったな。
 そんなことを考えながら、麻夜は再び足を動かし始めるのであった。






「私を殺さないのですか?」
「殺す? バカな、なぜ最強の精鋭を手にかけねばいけないのかね?」
 屋根のついた水飲み場。
 木とステンレスで出来た水飲み場には、いくつもの蛇口がついていた。
 屋根の下には二人の男。
 一人はパーカーにジーンズというラフな格好をした身長百九十を越える細身の男。
 白と赤の髪と赤い瞳、腰まで伸びる髪の生え際から首の辺りまでは白、その先は赤と言う不思議な染め方だ。
 もう一人は黒い革のジャンバーに白いシャツ、そして黒に近い色のジーンズ。
 四月とは言え美坂町は雪が降りそうな寒さであるため、もう少し温かい恰好をしたらどうだと言いたいところだが、二人とも特に気にした様子はない。
 と、赤い目の男が口を開いた。
「ところでどうだ、魔術結社には慣れたかな?」
「いえ、正直言って。それにしても、元アルス・マグナの人間を受け入れるほど魔術結社は懐の深い組織でしたか?」
「いやいやペルセウスくん、君ほどの逸材を眠らせておくのは実に惜しいわけだよ、こちらとしては。と、いうわけで頑張ってくれたまえ、一の亡霊くん」
 赤い目の男に肩を叩かれるペルセウス。
 そう、ペルセウスもまた麻夜と共に生還した男の一人だ。
 比較的軽傷(そりゃあ麻夜に比べれば大抵のものはそうなるが)ですんだペルセウスは、赤い目の男、ジェ・ルージュに治療され、一命を取りとめた。
 ジェ・ルージュはペルセウスから事情を聞くと、彼を魔術結社に編入させることを決めた。
 自らの組織する多次元宇宙守護騎士団の形式上の下層組織でしかない守護騎士団はジェ・ルージュの権力も行き届かない。
 だからこそ、太いパイプを作るために自分の息のかかった者を守護騎士団に入れる必要があった。
 今回の件で。ジェ・ルージュは全部で四人の人間を魔術結社に送り込んだ。
 ドラコ、カラスアゲハ、ブラバッキー、そしてペルセウスである。
 もちろん守護騎士団のリーダー、聖女は大激怒。
 クロウ・カードが抜けナンバー2となった天空の大鷲も不満も露な態度だった。
 しかし、人材の欠如を指摘されてはどうしようもない。
 極東の島国に戦力を送り込む余裕もなく(その上、送り込んだ大半はクロウ・カードのせいで失った)聖女はジェ・ルージュの要請を受け入れたのであった。
「ところで、綱野麻夜くんとの関係は上手くいっているかい?」
「いえ、まだ怖くて話しかけてもいませんよ」
 頬をかきながら答えるペルセウス。
 そんなペルセウスの顔を、ジェ・ルージュは覗き込むようにして見た。
「いけないな。彼女、もう再生してから二週間になるんだぞ」
「私は二度も彼女の首を跳ね飛ばしたんですよ、今回は死にませんでしたが、前回はそのまま死なせてしまった。それに、アルス・マグナに、クロウ・カードに協力したことでさらに彼女を傷つけてしまった。アラクネの願いはきっとお姉さんたちを救うことなんだと思います。でも、そのために世界を売ることはできない、彼女はきっとそう言います。だから、私は彼女を殺してでも彼女の願いを叶えて上げたかった」
「しかし、君は自分で言った通り、彼女の姉達を殺してあげたかっただけなのだろう?」
 うつむくペルセウスに、ジェ・ルージュは続ける。
「彼女の姉達にかかっている呪いには魔皇剣を持ってしても太刀打ちできなかった。残る希望は退魔皇剣しかない。だから君はクロウ・カードに協力したんだ、そうだろう? 正直、世界の再生なんかに興味はなかったんじゃないのか?」
「そうですね、興味が無いと言えば嘘になりますが、それは理由ではありませんでした。私は、アラクネのお姉さんたちを死なせてあげたかった。そして、その方法を教えてくれたクロウ・カードに恩を返したかった。だからあなたに命を救われはしましたが、これからどう生きればいいか正直迷っています」
「なら、これからは綱野麻夜と共に生きればいい。それがお前の願いでもあったはずだ。生前はそれができなかったが、上手い具合に同じ時期に転生復活し出会えたのだ。産めや増やせやで幸せに生きればいいじゃないか。もちろん、私のために魔術結社内で頑張ってもらいながらだがね」
「そうもいきませんよ、アラクネは私のことを恨んでいるに違いない」
 その言葉に、ジェ・ルージュはキョトンとした顔を見せた。
「恨む? 何故?」
「私は彼女を二度も……」
「じゃあ、なぜ綱野麻夜は君を破壊の龍から助けたのだ? 自分だけではなく」
 その言葉に、ペルセウスは目を見開く。
 さらにジェ・ルージュは続けた。
「ついでに言っておくと首だけになっても彼女は意識があった。君が首をはねた彼女をどう扱ったか彼女は知っているよ。何度も口づけをしたそうだね、未練たっぷりだ。彼女、君の事をそこまで悪く思っては……」
 直後、ジェ・ルージュの体が左に飛んだ。
 体を横に一回転して転びそうになりながらも体勢を立て直す。
「やぁ、聞いてたのかな?」
「くだらないことを話さないで!」
 激怒して荒い言葉をジェ・ルージュに言い放つのは握りこぶしを作ったままの麻夜だ。
 ジェ・ルージュの後ろから現れた麻夜は、話を続けるジェ・ルージュを後ろから全力で殴り飛ばしたのだった。
「はっはっは、いやいや元気のいいことで」
「人のいない間に何勝手なことほざいてるのよ!」
「いいではないか、君が言っていたことだろう?」
「内密にって言ったでしょう!」
 息を荒げる麻夜。
 と、側にいるペルセウスに気がついた。
 両手を胸の前で組み、少し困ったような顔をした。
 ペルセウスを前にしてようやく麻夜が落ち着いたので、ジェ・ルージュは殴られて痛む頭をさすりながら続けた。
「さて、二人揃ったな。久しぶりの再会はどんな気分かな?」
「余計なお世話よ、誰も会わせてなんて頼んでないわ」
 顔を背け文句を言う麻夜。
 ペルセウスは少し困ったように視線を咲き乱れる桜に移動させる。
「こらこら、何を恥ずかしがっているのだね。お互い相手に未練たらたらなんだろう? この悲劇の主人公たちめ。これは物語の後の話だ。好きなだけ幸せになっても読者から文句はでないぞ」
 物語とはもちろんギリシャ神話のことで、読者とはきっとジェ・ルージュ自身だろう。
 それはさておき、ジェ・ルージュにそう言われ、麻夜は思わず顔を朱に染めた。
 ジェ・ルージュは楽しそうに顎に手を当てながら続ける。
「おぉ、言い忘れるところだったが、魔術結社の上層部に頼んでお前達二人はこれから鹿児島にでも飛んでもらう事になった。温かいぞ、あそこは。十分に二人の生活を楽しむといい」
「ちょ、ちょっと! それどういう事?」
「向こうに探偵事務所を用意した、二人仲良く屋根の下で暮らすといい。愛が芽生えるぞ、多分。それとも、もう芽生えているか?」
「何それ、聞いてないわよそんな事。いつの前に配置換えが決まったの?」
「私ほどの権力があれば下っ端いじめは非常に容易いのだ、覚えておきたまえ」
 胸を張って答えるジェ・ルージュ。
 麻夜は怒りで体を震わせていたが、ペルセウスは違った。
 一歩前に進み出て、ジェ・ルージュに小さく頭を下げる。
「ご配慮、感謝します」
「ちょ、ちょっと。何でこんなやつに礼を言うのよ?」
 驚いて尋ねる麻夜。
 そんな麻夜に、ペルセウスは優しく微笑んだ。
「いや、君と一緒にいられるならそれはきっととてもありがたいことだと思うんだ」
 その言葉に、麻夜は顔をさらに赤くした。
 そんな麻夜の顔を見ながら、ペルセウスはさらに続ける。
「それに探し物をするなら協力者がいた方がいい」
「探し物?」
「私は、まだ君の姉さんたちをこの世界から解き放つことを諦めたわけじゃない」
「それって」
「ジェ・ルージュさんが僕達を情報関係の仕事に就かせてくれたのはそういう思惑があってだと思う。それに一人より二人のほうが情報集めは楽だ。何より任地が日本なのはありがたい。日本には界裂以外にも退魔皇剣があると聞いた事がある、クロウ・カードがそれらしい事を言っていたんだ。今回の退魔皇剣の計画はだめになったけど、きっとまだ手段はある。僕はそれを探すのを諦めない」
「ペルセウス……」
 強い意思を持って言葉を放ったペルセウスを、麻夜は感心した目で見つめていた。
 強い意思に真っ直ぐな心。
 顔や体の美しさで麻夜はペルセウスに惹かれたわけではない。
 この純粋で真っ直ぐなところが、アラクネにはとても神々しく映っていたのだ。
「よし、決まりだ。明日にはここを発って鹿児島に飛んでもらう。構わないな?」
 今度は麻夜も文句を言わなかった。
 頷いて答えるペルセウスに、ジェ・ルージュは満足そうに微笑んでみせる。
「じゃあ行こうか」
 言ってジェ・ルージュは二人に背を向けて歩き出す。
 その背中に、ペルセウスは尋ねた。
「どこにいくのですか?」
「花見さ。日本と言う国にはな、桜の花を愛でながら飲み食いをする風習があるのだ。それを楽しもうじゃないか。そういえば桜国にもそんな風習があったな。どうも、どことなくこの世界と向こうは似ている。いや、人間の住む世界と言うのはどこも似通ってるのかも知れない」
 後半は独り言だった。
 そんなジェ・ルージュの後ろに二人はとりあえずついていく事にした。
 ジェ・ルージュは歩きながら二人を振り返る。
「安心したまえ、食事は大量に用意しておいた。リー・ホウも桜井もブライアントも向こうで待っている。それと、途中で一人金髪のガキを拾ってくからちょっと墓の方に行くぞ」
「また行くんですか?」
「あと一回だ、文句を言うな」
 面倒くさそうに言う麻夜に、ジェ・ルージュはたしなめるように言う。
 と、そこで思いついたように続けた。
「そうそう、お前達二人に聞きたいことがあったんだが」
「何ですか?」
 答える麻夜。
 そんな麻夜に、ジェ・ルージュは尋ねた。
「お前達、そんなに二人の姉を殺したいのか?」
「いえ、死なせたいわけではなく、姉たちを苦しみから解放してあげたいのです、あの忌まわしき呪いから」
「あ〜、なるほど」
 ジェ・ルージュは考え込むように視線を上に向けた。
 少しだけ思考をまとめ、続ける。
「では聞くが、決して恨んでいて殺したいわけではないと」
「まぁ、そうですけど」
「なるほどなるほど」
 納得したように数度頷く。
 そして、二人の顔を順番に見た。
「なら、いっそ殺すのではなく、呪いを解くために頑張ったらどうだ?」
「解けるんですか?」
 驚いて聞く麻夜。
 そんな麻夜に、ジェ・ルージュは右手の指を振って見せた。
「できるとも、お前達が探しているのは退魔皇剣だろう? その程度の奇跡は恐らく容易い。それくらい出来なくて何が退魔皇剣か、腐っても天地開闢魔剣だぞ、あのイカれた兵器どもは」
「………………」
 それを耳にした瞬間、麻夜は声も出さずに涙をこぼしていた。
 泣きながら喜ぶ麻夜の肩を、ペルセウスは優しく抱いた。
 二人はしばらく立ち止まったまま、いつか四人で笑い会える日を思い描いて静かに泣き続けた。
 早く花見に行きたいと思っていたジェ・ルージュだったが、二人を急かすような真似はしなかった。
 ただ、二人はいいカップルだなと思いながら、その光景を眺め続けていた。






「あれ? 猫はどこ行った?」
 赤い髪に赤い瞳をした肌黒の男がそう呟いた。
 頭上には満開の桜。
 見渡せばずらりといる花見客。
 そこは美坂町にある公園で、桜の名所とされている場所だった。
 多くの花見客で賑わい、茶色い土の地面の上にはいろいろな人が持ち寄ったブルーシートで真っ青になっている。
 肌黒の男はかなり大きめのブルーシートの上で酒盛りをしていた。
 付き合っているのはロングスカートをはいた、黄色のセーターの女性だ。
 目が見えないのか、両目を瞑っている。
 その脇には黒猫が何かを食べていた。
「櫻井さん、猫は知りませんか?」
「ここにいますよ」
 櫻井が指差す。
 肌黒の男はそれに従い視線を動かすが、その先にいたのは黒猫だった。
 おいしそうにブルーシートの上にピーナッツを広げて食べている。
「違いますよ、こいつは燕雀じゃないですか。オレが探してるのは最近団長の使い魔になったあの茶色いうやつですよ」
 言いながら、肌黒の男は手に持っていたビール缶の中身を一気飲みにする。
「あのバカが新しく実験で作った使い魔でしたっけ? 死肉使って何やらかすかと思えば使い魔ですか? 正直、団長殿にはあきれ果てるぜ」
「まぁまぁ、リー・ホウさん。そんなに熱くならないでくださいよ」
 酒が入って饒舌になるリー・ホウを、櫻井は静かにたしなめる。
 そう、肌黒の青年はリー・ホウだった。
 普段はサラマンダーの姿だが、それでは鏡内界以外で存在できないので、人間の姿をとることで通常空間に存在しているのだ。
 リー・ホウは大の酒好きだった。
 本当ならジェ・ルージュが来るまで乾杯を待つべきなのだが、リー・ホウは勝手に酒を飲み始めてしまっていた。
 しかも飲む量がすごい。
 最初十本用意しておいたビールの缶が、いつの間に半分に減っていたのだ。
 仕方なく桜井は一緒にいたブライアントというジェ・ルージュの妹に追加でお酒をコンビニに買いに行ってもらう事になった。
 彼女はまだ帰ってこない、もしかしたら子供だから売ってもらえないのかもしれない。
 自分が行ってあげればいいのだろうけど、櫻井は盲目であるためそういう行動は苦手だった。
 そんな櫻井の心配を余所に、リー・ホウはまた新しい缶を開けていた。
「魂の移動? 死体集め? 手伝わされる身にもなって欲しいってもんだ。死体は重いんだぜ?」
「そ、そんな事こんな場所で言わないでください」
 慌ててリー・ホウをなだめる櫻井。
 物騒な発現に、周りの人間たちの注目がリー・ホウに集まっていた。
「まぁ、櫻井さんがそう言うなら止めるけどよ。正直、あいつオレたちの扱いがひどくねぇか?」
「えぇ、確かにそうかもしれませんね」
 櫻井は内心泣きたい想いだった。
 すっかり出来上がってしまったリー・ホウは早速、櫻井という恰好の餌食を相手に文句を言い続けていた。
 いわゆる絡み酒とかいうやつで、櫻井にとっては迷惑もいいところだった。
(デュラムさま〜、早く来てください〜)
 心の中で叫ぶが、デュラムもといジェ・ルージュは未だに来る気配が無い。
 彼が来るまで後三十分、櫻井はずっとリー・ホウの愚痴を聞かされるハメになった。
 その間、燕雀はおいしそうにピーナッツを食べ続けていたのであった。






 金髪を揺らしながら、ダッフルコートの少女は石で出来た道を歩いていた。
 雑木林に出来た道を抜けると、そこには一面にお墓が広がっていた。
 ものすごいお墓の数に驚きながら、少女は目当ての墓を探した。
 途中、金髪で黒いスーツを着たお姉さんとすれ違った。
 その先に行くと、目当てのお墓が見つかった。
 須藤家と彫られたその墓。
 それこそが少女の探していた墓だった。
「久しぶりだね、数騎」
 そう言うと、少女は手に持っていた花を墓の前に置いた。
 先客がいたようで、線香やお花が少々添えられていた。
「おかげさまで私はこんなに元気だよ。これで数騎がいてくれれば一番なんだけどね」
 返事は無い。
 当然だ、墓石は何も語らない。
 少女は、いやクリスはそんな無言の石を前にして続ける。
「あのね、数騎が私のことを助けてくれた後ね、ジェ・ルージュっていうえらい魔術師のおじさんに会ったの。おじさんはね、私の事を引き取って育ててくれるって約束してくれたの。だから私は大丈夫だよ。毎日おいしいものも食べられるし、着るものもあるし住む場所もある。友達も出来たんだ、ブライアントっていう茶色い髪した女の子なんだ。お裁縫が好きな女の子でね、私も習い始めたんだ。時期はずれだけど、マフラーも編み始めたんだよ。まだ完成してないけど、完成したら見せに来るから待っててね」
 クリスはさらに続けた。
「ジェ・ルージュさんってすごいところに住んでてね、お城に住んでるんだよ。ほんとに大きくて見上げるのも大変なお城なんだ。いろんな人が部屋を借りててマンションみたいになってるの。それでね、ジェ・ルージュさんの部屋に一緒に暮らしてるのは櫻井さんっていう優しいお姉さんと、リー・ホウっていうお酒好きなおじさん。あと、燕雀っていうお話ができる猫さん。かわいいんだよ、すごくなついててお腹を撫でてあげると喜ぶの」
 返事は無い。
「でも……でもね……」
 言葉が途切れる。
 何かを堪えるような顔をして墓を見つめるクリス。
「でもね……数騎がいないよさびしいよぉ……」
 とうとうクリスは堪えきれず泣き出した。
 大声をあげるのではなく、静かに涙を流し続ける。
 もし、数騎が側にいたら抱きしめて頭を撫でてくれただろう。
 しかし、数騎はもういない。
 今までは数騎がまだ生きているような気がした。
 ジェ・ルージュの部屋のベッドで目覚めた時も、数騎の存在を感じられた。
 でも、この無機質な物言わぬ墓を前にして、数騎がいなくなってしまったという現実をいやでも感じてしまったのだ。
 肩を震わせながら静かに泣き続けるクリス。
 そんな時だった。
「にゃ〜」
 鳴き声が聞こえてきた。
 上を見上げる。
 それは須藤家と名前の彫られた墓の上。
 茶色い毛並みの綺麗な猫が、クリスを見下ろすように鳴き声をあげていた。
「猫さん……?」
 思わず泣き止んで猫を見上げるクリス。
 そうだ、思い出した。
 この猫はジェ・ルージュさんが変な実験で作り出した猫だ。
 確か昨日までは仮死状態で、今日ようやく目が覚めるとか言っていたような。
 名前は何て言っただろうか。
 確か名前は二文字で、両方に濁点がついていた気がした。
 ジェ・ルージュさんは、こいつはこの名前なら絶対に気に入るとか言っていた。
 何て名前だったっけ?
 そんな事を考えているうちに涙は止まっていた。
 と、猫がもう一鳴きした。
 すると、猫は墓石から飛び降り、クリスから離れて遠くへ走っていってしまう。
 猫が走ってく先には雑木林と小さな坂道。
 確か、その先には桜並木の綺麗な公園がある。
 そこは花見禁止の公園で、今はきっと静かなはずの場所だ。
 この町の住民の大半は今日の晴れ晴れしい天気に公園に行って花見をしているのだから。
 と、雑木林の向こうに見下ろせる公園のベンチに誰かが座っているのが見えた。
 後姿だからよくわからないが、長い髪の毛の女性。
 若いかどうかは知らないが多分おばさんだ、だって着ている服が着物なのだ。
 赤く綺麗な着物。
 一瞬、クリスはブライアントという少女に見せてもらった本に載っていたもみじと言う木を思い出した。
 着物はそれによく似た色をしていたからだ。
「お〜い、クリス。そろそろ行くぞ〜」
 後ろから声をかけられた。
 振り返るとジェ・ルージュさんがそこにいた。
 パーカーにジーンズとはまたラフな恰好をしている。
 その後ろには長身の男女がいた。
 そろいも揃って美形、もしかしたら恋人なのかもしれないな。
 そんな事を考えながら、クリスはジェ・ルージュに元気に返事をした。
「今行きま〜す」
 一度だけ墓を振り返る。
「また来るね」
 それだけ口にすると、クリスは小さな足を必死で動かして、呼びに来たジェ・ルージュの元へ走り出した。
 これから花見に行くのだ、おいしいものをいっぱい食べられる。
 料理はきっと櫻井さんとブライアントがしたに違いない、あの二人の料理は本当においしいのだ。
 桜の木の下で行われる宴会に思いを馳せながら、クリスはジェ・ルージュのいる場所目指して走り続ける。
 と、その時だ。
 空から何かが降ってきた。
 何か白いもの。
 クリスはそれを見上げた。
 綺麗なピンク色に混ざって振る冷たくて白いもの。
 それはこの町の名物ともなっている風物詩。
 この町を象徴する桜と空から降る贈り物が混ざってみせる神秘的なコラボレーション。
 クリスは、それが本当に美しいと思って、思わず満面の笑みを浮かべたのであった。

























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