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トップページ>>パオまるの小説>>退魔皇剣>>第六羽 退魔皇たちの盟約

第六羽 退魔皇たちの盟約



 朝九時、食事を終えた数騎は腕を組み、コタツに入って座っていた。
 対面にはジェ・ルージュ、左には坂口、右には燕雀。
 エアは数騎の背後に立ち、そのエアの前に立ちふさがるかのように、具足姿の天狗仮面がジェ・ルージュの背後に立つ。
「そんなわけで、昨日は言い忘れたけどこのオッサンはオレ達の味方ってわけだ」
 左に座る中年、坂口を示して数騎は言った。
 昨日の戦いにより、三種の退魔皇を手にし韮澤は間違いなく現時点最強の退魔皇となった。
 昨日の夜、戦いが終わった後は鋭気を養うための休憩とし、朝食をとり終えた時刻を見計らって数騎たちは作戦会議を開いていた。
 が、ジェ・ルージュは坂口が味方陣営に加わっていた事実を知らなかったので、数騎から坂口の紹介を受けていたのだ。
 最後の締めくくりとしてその言葉を受け取ったジェ・ルージュは、アゴに手を当てて頷いた。
「ふむ、なるほど。こちらとしてもその男を知らないわけではない。なかなかいい手駒が増えたな」
「知ってんのか、このオッサンの事?」
 驚いて尋ねる数騎。
 そんな数騎に、ジェ・ルージュは薄く笑みを浮かべて見せた。
「知っているとも、彼は二年前まで精鋭集団たるランページ・ファントムに所属していた異層空間殺しの上司だった男だ。確か藤堂とか言ったかな。なかなか使える男だったが、あのようなことになったのは残念でたまらん」
「同感です、魔術師殿」
 目を瞑り、頷く坂口。
 よほど敬意を払っているのだろう。
 自分達と接している時と態度が違うと数騎は思った。
「まぁ、過ぎたことはどうでもいいでしょう。とりあえずこちらとしてはあなたの部下に昨日助けられたことを感謝するばかりです」
「気にするな、あれは私の指示ではなく天狗の機転だ。そこの退魔皇と肩を並べて戦っていたから味方と判断して助けたと報告を受けた。まさか貴様だったとは驚きだが」
「つまらぬ私用のため、偶然町に滞在しておりましたので。魔術結社の一員として動くべきであると判断したまでです」
「うむ、結構。これからも励めよ」
 鼻を鳴らして笑顔を浮かべるジェ・ルージュ。
 その言葉に恐縮してか、坂口は深く頭を下げた。
 そんな坂口を横目に、ジェ・ルージュは数騎に視線を向ける。
「さて、本題に入ろうか。三振りの退魔皇剣を手にしたあの女。魔伏の退魔皇をどうやって仕留めるかという話だったな」
「そうです」
 答えたのはエアだった。
「絶対防御の鏡、絶対必中の玉、絶対消滅の弓。三つを得たために魔伏の退魔皇の力は今まで以上にバランスのとれたものになってしまいました。昨日までの魔伏の退魔皇は防御障壁を展開している間は攻撃ができないという弱点がありましたが……」
「それもなくなったと」
 言葉の続きをジェ・ルージュが受けた。
「玉の能力は射撃武器の転移だ。恐らく取り回しの楽な拳銃、もしくは普通に弓を使ってくると予想できるが、問題はやはり転移能力だ。あれの転移は内側からなら魔伏の防御障壁を突破できる。殻に篭った無敵の狙撃手が誕生してしまったわけだ。全く、冗談ではない」
 腕を組み、ため息をつくジェ・ルージュ。
 そんなジェ・ルージュに数騎は尋ねた。
「どうすれば防御障壁を突破できる?」
「やはり皇技しかあるまい。界裂の皇技は魔伏の障壁などわけない。問題は皇技でしか突破できないというところだな。正直言って、牽制が何の意味もなさない以上、一撃で決めざるを得ない。まぁ、敵が魔弾しか使ってこないという仮定での話だが」
「どういうことですか?」
 尋ねる坂口。
 ジェ・ルージュはアゴに手を当てて語りだした。
「あの魔弾は転移によって必中を約束されたような能力を持っているが、致命的な弱点がある。それがあの魔弾の代償」
「ハズレの魔弾ですね」
「そうだ」
 エアの回答に、ジェ・ルージュは首を縦に振る。
「あの魔弾は七発の内、一発が狙った場所ではなく自らの心臓の眼前に転移するという反逆の魔弾が混ざっている。その魔弾が存在することで、残りの魔弾が転移能力を持つという仕組みだ。つまり、天魔を得た退魔皇は天魔の皇技を使うたびにロシアンルーレットをやらされてるような状態になる」
「つまり?」
 聞く数騎。
 そんな数騎に、ジェ・ルージュは強気な口調で言った。
「命が惜しいまともな神経の持ち主ならおいそれと魔弾の乱射はできない。しかも戦いの観戦をしていた限りでは魔弾が使用された回数は二回。残り五発の内ハズレは一発。もし、私が魔伏の退魔皇ならとても使いたいと思う残数ではないな」
「じゃあ、もし使ってくるとしても」
「一発が限界だろう、神経が持たないだろうからな。もっとも、追い詰めるとどうなるかわからんが、絶対防御状態での連続攻撃の心配だけはせずともすむだろう」
「じゃあ、現状はそこまで悪化してないないと」
 安心して顔を緩める数騎。
 そんな数騎に、意地悪そうにジェ・ルージュは顔を歪める。
「そうでもない。これで杖が魔伏の退魔皇に打倒された時にはそれこそ冗談ではなくなるぞ。あの七発の魔弾は反逆の魔弾を射撃し、心臓を貫いた直後に再び七発に戻る。つまり、心臓を失っても大丈夫になる杖の能力があった場合、魔弾は連射し放題になる」
「ちょっと待て、それって」
「つまり現状が変わらないということは危機が去っていないというのと同義であるというわけだ。やはり戦いの鍵は杖だな。あれをどの退魔皇が得るかで戦いの行く末が決まるといっても過言ではないだろう」
「………………」
 その言葉に、数騎は考え込んだ。
 現状を纏め上げ、それを一つの言葉とする。
「つまり、この戦いは結局のところ杖の争奪戦なわけか」
「そうだな、杖を手にした退魔皇は皇技を乱打することを厭わなくなる。そして防御力に難ありの槍か刀の退魔皇を撃破しさえすれば鏡の退魔皇も怖くはないというわけだ」
「むぅ……」
 小さくうめき、数騎は背後のエアを見上げる。
 エアは少しだけ考えた後、口を動かした。
「結論としては二つの方策が考えられるというところでしょうか」
「二つとは?」
 尋ねるジェ・ルージュ。
 エアは腕を組みながら答えた。
「狙う対象が二つに絞られたということです、それによって私達の動きは変わるでしょう。一つは真正面から魔伏の退魔皇を撃破すること。もう一つは魔伏の退魔皇を無敵にしないため、さらに魔伏の退魔皇と有利に戦うために杖の撃破を優先することですね。どちらにしろ、魔伏の退魔皇との戦いは避けられないでしょう」
「やはりそんなところか」
 まるで自分の言おうとしていたことを代弁されたという感じで話すジェ・ルージュ。
「さて、それならどちらにするべきかを決めようか。戦力の足りなさを自覚するが故に隠れまわる杖を探すか、圧倒的な戦力に自信を持ち、呼べばくるような鏡を相手取るか。どちらにしろ苦労することには変わりなさそうだが」
 そこまでジェ・ルージュが口にした時だった。
 ぴんぽーん、と小気味いい音が響いた。
 それはこのアパートのチャイムの音だった。
「悪い、客だ。見つからないようにオレの部屋にでも行っててくれ」
 数騎がそう言うと、エア以外のこの場にいたものが足早に数騎の部屋へと退避する。
 それを見届け、数騎は鍵を開けると同時に扉を開く。
 冷たい十二月の空気が、暖かかい部屋にいて火照っていた数騎の顔に吹き付けた。
「こんにちは、須藤数騎さんですか?」
 頭を下げながら口にする。
 ツンと鼻にくる香水の匂い。
 それとわずかに臭った変な臭い。
 部屋の外にいたのは、スーツを着込んだ中年の、整った顔をした男だった。
 柔らかい笑顔を浮かべる男性。
 その後ろには、年齢四十代くらいで落ち着いた雰囲気のセーターに白のズボンをはいている男がいた。
 見覚えのない二人組みの中年。
 数騎は怪訝な顔をしながら尋ねた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
 当然の疑問を口にする数騎。
 そんな数騎に、スーツの男は優しい笑顔を浮かべながら答えた。
「はじめまして、須藤さん。私は開闢の退魔皇です」
 空気が凍りついた。
 瞬間、数騎は後方に飛びのく。
「エア!」
 叫びと同時に自室からエアが飛び出した。
 大太刀を構え、切っ先を陣内に向けると、数騎を守るようにして眼前に立つ。
 数騎もすぐさま臨戦態勢を整えようと、テーブルの上に置きっぱなしにしていた仮面を手に取る。
 と、そんな二人を見て陣内が言った。
「待ってください、今日は戦いにきたわけではありません」
「じゃあ、何の用だよ」
 吐き捨てるように言う数騎。
 どう考えても友好的な物言いではなかった。
 そんな数騎に、陣内は柔らかい笑みを浮かべる。
「少し話したいことがありまして、よろしいですか?」
「よろしくねーよ、何でオレの家を知ってやがる」
「まぁ、情報網がありまして。絵が上手い方なのですよ。一度見た顔は忘れません」
 そう言って陣内はスーツの胸ポケットに手を入れると、折りたたまれた紙を取り出した。
 数騎の前で紙を広げてみせる。
 そこには、鉛筆で上手に描かれた数騎の顔が描かれていた。
「私、絵を描くのが趣味でして。市のコンクールでは二位に選ばれたこともあるんですよ」
 数騎は小さく舌打ちしていた。
 顔を見られたとしたら、恐らく最初の大乱戦の時だ。
 エアと契約を交わすまで、数騎は堂々と顔を露にしてた。
 そこで見られたのだ。
 苦々しく思いながら、数騎は広げられた紙に描かれた自分の顔ををまじまじと見る。
「上手いもんだな、ちくしょうめ。で、何のようだ?」
「そんなケンカ腰にならないでくださいよ。何も争いに来たわけではありません」
「じゃあ、なんだよ?」
「とりあえず、家の中にあがってもよろしいですか?」
「どうする、エア?」
 自分の眼前に立つエアに尋ねる数騎。
「いいんじゃないか、オレは話を聞くべきだと思う」
 答えたのは部屋で隠れているはずの燕雀だった。
 場違いなことに、数騎は先ほどまで会話に参加していなかったこともあって、燕雀の声を久しぶりに聞いたな、と思った。
 振り返ると数騎の部屋で隠れているはずの連中は、全てが臨戦態勢にはいっていた。
 サブマシンガンを構える坂口、ナイフを手にするジェ・ルージュ、刀の柄に手をかける天狗。
 さらに眼前にエアが立つことによって、数騎側の戦力は、圧倒的と言っていいほどまでに高まっていた。
 迎撃手がイザナギのみでは、魔装合体していないこの状況、圧倒的に陣内が不利となる。
 そんな事を思い巡らせる数騎を横目に、燕雀は続けた。
「こちらはいつでもそっちを討滅する準備があるが、それを承知するなら入ってくるがいい」
「いいのかな、黒猫さん。そんなことを君の一存で決めてしまって。それとも、君が彼らのリーダーなのかい?」
 尋ねる陣内。
 そんな陣内に、燕雀は鼻を鳴らした。
「問題ないはずだ、それに今あんたと何も話さずに送り返すなんて選択肢はありえない。むしろあんたは命乞いをする必要があるほどだ。こっちには退魔皇剣が二振り、それにこれだけの異能者だ。退魔皇剣一振りでは荷が重いのでは?」
「これは面白いことを言う猫だ、あなたは実にいい使い魔を飼っていらっしゃる」
 指で挟むようにして、両手で八本のナイフを構えるジェ・ルージュに、陣内は笑顔を向ける。
「おもしろい、ではあがらせていただくとしましょう。まぁ、いざとなった時、イザナギが速いかあなた方が速いか、賭けてみるのも面白いかもしれません」
 微笑んでみせる陣内。
 イザナギの方を振り返り、小さく頷いて見せると、革靴を脱いで陣内は部屋の中に入ってきた。
 イザナギもそれに続き、扉を閉めながら部屋に入る。
「座っても……よろしくなさそうですね」
 苦笑する陣内。
 そりゃそうだろう。
 すでに部屋の中は一触即発だ。
 エアもイザナギもお互いに得物を手にし、いつでも動ける状態でい続ける。
 イザナギの目はエア以外の何者も捉えていない。
 そもそも、退魔皇以外の敵は眼中にないのだろう。
 つまり、それは陣内がそれなりの使い手である事を意味している。
「で、改めて聞かせてもらうぞ」
 思い至った思考を頭の片隅にとどめ、数騎が口火を切る。
「何の用だ?」
「いえ、これからの戦いについての相談がありまして」
「相談?」
 眉をしかめる数騎。
 そんな数騎に、陣内は続けた。
「鏡の退魔皇剣、魔伏。彼女は滅神ばかりか天魔までも得ました。間違いなく最強勢力と言えるでしょう」
「それで?」
「そこで相談なのですが、あなたの持つ退魔皇剣は二振り。そして私が一振り。三振りの退魔皇剣があれば、あの怪物にも太刀打ちできるのではないかと」
「つまり、オレと手を組みたいってか?」
「はい、端的に言ってしまうとそうなります」
 頷いて答える陣内。
 数騎は唇を歪ませたままエアに視線を向ける。
 しかし、エアは眼前のイザナギを警戒して振り返る余裕もない。
 仕方なく彷徨わせた視線の先に、燕雀の姿があった。
「さて、どうしたものかな」
 右目を瞑りながら口を開く燕雀。
「正直、開闢如きの退魔皇に協力してもらってもこちらには益がないんだがね。所詮お前は奴に対する決定打をもたない、違うか?」
「ほぉ、なかなか傷つくことを言う猫さんだ」
 冷たい視線を燕雀に向ける陣内。
 その表情に、数騎は思わず体をビクリとさせた。
 いままで陣内が纏っていた暖かな空気が消えうせたからだ。
 氷のように冷たい何か。
 背骨に氷でも突っ込まれたような嫌な感覚を数騎は覚えた。
 そんな数騎の感情に気付きもせず、陣内は続けた。
「確かに決定打を持たないというのは真実だが、全てではない。魔伏の退魔皇が防御結界に引きこもってしまった場合、確かに私の退魔皇剣ではあの防御を突破できない。しかし、彼女は攻撃時に防御結界を解除する必要がある。そこをつけば、誰でも。いや、退魔皇どころか魔皇程度の実力者でも彼女の打破は可能なのだよ」
「まぁ、一理あるかな」
 素直に納得する燕雀。
 しかし、
「でもお前じゃ役不足だ」
 燕雀は、自動販売機でジュースを買うような気軽さでそう言ってのけた。
「あの防御を突破できる戮神あたりでもない限り、こっちは他の退魔皇の力は必要としていない。それに、いざオレたちが魔伏を倒した時、魔伏の持つ退魔皇剣を横取りされる恐れだってある。百害あって一利しかないんじゃ組むメリットが少なすぎる」
「つまり?」
「御破産だ、お前の申請はな。こっちはこっちで何とかやるさ」
 挑発するように言い放つ燕雀。
 小さく歯軋りした後、陣内は数騎に視線を向ける。
「あなたもそう思っているのですか、須藤数騎?」
「えっと、オレは……」
 勝手に話を進められて数騎は困っていた。
 どうしよう、考えがまとまらない。
 とりあえず何か言おうと数騎は口を開く。
 しかし、部屋に響いた声は別の人物のものだった。
「思っていますとも、開闢の退魔皇。私達はいかなる退魔皇とも組む気はありません。お引取り願えますか?」
 疑問の形を取りながら、有無を言わさぬ圧力。
 それだけの威厳を伴う声で、エアは陣内にそう言い放っていた。
 陣内は少しだけ不機嫌な顔をした後、すぐさま柔らかな微笑を顔に貼り付けた。
「いいでしょう、あなたたちの引き込みには失敗したようですし、今日はこれで退かせていただきましょう。逃がしてくれますか?」
「構いません、すぐにお引取りを。正直、今あなたと事を構える気はありません」
 断固たるエアの言葉。
 それを聞くと、陣内はエアたちに視線を向けたまま、革靴を履き始めた。
「さて、帰らせていただきましょうか。ぜひとも、またお会いしましょう」
 そう言って、イザナギが靴を履き終えるのを待つと、後ろ手で扉を開く陣内。
「次は、戦場で」
 そう言って背を向けると、陣内はイザナギを伴って部屋から出て行った。
 二人の姿が見えなくなってからも、部屋に残るエアたちは緊張を隠せなかった。
 身構えたまま、数分が過ぎる。
 十分ほどして敵襲がないのを確認すると、天狗を除く一同は脱力したように床に腰をおろした。
「いやー、緊張した。ここでやらかすことになるかと思ったぜ」
 いつのまに額から垂れてきていた汗を拭きながら数騎はエアを見る。
 エアは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すいません、勝手に話を進めてしまって。しかし、彼と組むことはリスクの方が大きいと思いまして」
「謝るこたねぇよ、こいつの方が出しゃばってたからな」
 言って、数騎は玄関を見つめ続けている燕雀を睨みつける。
「こら、お前の挑発のせいで一戦やらかすハメになるところだったぞ」
「そうかな?」
 ルビーの埋め込まれた右目を開いたまま、燕雀は数騎に顔を向ける。
 いつも右目を瞑っていたため、右目のルビーを見たことのなかった数騎が驚くのも気にせず、燕雀は続けた。
「オレたちの中で最高の決定権を持っているのは間違いなく退魔皇であるお前だ。黙って話をさせてあいつに篭絡されたらそれこそ最悪の展開だ。だから割り込んだ、差し出がましいのはわかってたが」
 言葉を切り、燕雀は続ける。
「それに、どちらにしろ戦いにはならなかったはずだ。こちらの退魔皇剣は二振り、あっちは一振り。よほど追い詰められてない限り、向こうから攻めてくる事はない」
「なるほど、軍師には軍師らしい考えがあったわけか」
 頷いて納得してみせたのはジェ・ルージュだった。
 燕雀に向けていた視線を数騎に移す。
「いい判断だったと思うぞ、正直言ってお前なら独力で魔伏を打倒することは可能だからな、燕雀とエアに感謝するといい」
「まぁ、そうさせてもらうよ」
 安堵のため息と供に、返答する数騎。
 緊張が緩んだ数騎は、さきほどの臭いが妙に気になっていた。
 香水の匂いに紛れて鼻に届いた妙な臭い。
 何か引っかかる気がしながらも、数騎はそれを口に出す事はなかった。
 その後、今後の方針をしばらく話し合った後、彼らの会議は解散となった。







「残念だったな」
 数騎たちのアパートから一キロほど離れた歩道を歩いていたイザナギは、陣内に話しかけた。
「魔伏の防御を突破できる切り札、できれば二つとも手に入れておきたかっただろうに」
「構いません、当てならもう一つあります。さらに言うなら、みんな忘れているようですが、正面突破以外にも魔伏を撃破する手段はありますし。それに戦力的に言えば十分すぎるほどにはそろっていますから」
「確かにな、まさか他の退魔皇たちがあそこまで物分りがいいとは、少し予想していなかったよ」
 頷いて答えるイザナギ。
 そんなイザナギの顔を見つめながら、陣内は口を開いた。
「双蛇、轟雷、彼らは魔伏の防御を突破できない。組む必要性を感じていたということです。問題は戮神ですね。界裂がダメな以上、彼を味方にできないと戦力不足は否めません」
「最悪の場合、信用しきれない他の二人の盟友と共闘して魔伏にあたらざるを得ないな」
「心もとないですね、なんとしても戮神とも盟約を結ばなければ」
 不機嫌そうな声。
 しかし、答える陣内の顔には微笑が浮かんでいた。
「とりあえず情報屋のところに行きましょう。もしかしたら、戮神の居場所が割れてるかもしれません」
「期待できるのか?」
「するしかありませんよ」
 苦笑する陣内。
 そんな陣内から視線を外し、イザナギは今来た道を振り返った。
 先ほど相対したエアの姿。
 真っ向から自分に向かってこようと言う気迫を放つエアを前にして、イザナギは震えた。
 武者震いだった。
 腕に覚えがある者であるなら、それをぶつけるにたる相手にであえるのは幸運なことだった。
 戦闘狂でもあるまい。
 思わずイザナギは自嘲した。
「いや、それもこの狂人にはふさわしい言葉なのかもしれないな」
 誰にも聞こえないように一人ごちる。
 イザナギは正面に向き直ると、すでに先を行く陣内の後ろに追いつくために歩き出した。
 冷たい風が吹き、イザナギの前髪が小さく揺れる。
 冬は寒いな。
 そんな当たり前のことを、イザナギは思ったのであった。







「召し上がれ」
 優しく微笑むアーデルハイトを前にして、数騎はテーブルの中央に置かれたピザに飛びついた。
 時刻は午後一時、数騎たち三人はアーデルハイトの部屋のテーブルを囲んでいた。
 熱々のチーズが乗ったピザを、切れ目に沿って数騎は手に取った。
 重力で下に垂れるチーズごと、数騎はピザを口に突っ込む。
 熱さでうめきながらも、猫舌の対局に位置する数騎は問題なくピザをむさぼる。
「美味い! 今日のアーさんは女神に見えるぜ!」
 ふざけたことを口にしながら食べ進める数騎。
 とろけるチーズ、おいしいケチャップ。
 サラミにウィンナーにピーマンに玉ネギ、柔らかいパン生地も薄くてちょうどいい。
 はふはふと熱さと格闘しながら食べ進める数騎。
 そんな数騎を、アーデルハイトはいたずらっ子を見るような目で見つめた。
「こらこら、そんなに慌てて食べないの。火傷しちゃうわよ」
「うぇ、うぇも、むまふへははんへひはいひ(でも、美味くて我慢できないし)」
「全く、悪い子なんだから」
 ため息をつくアーデルハイト。
 と、ちらりとエアの方を見る。
 エアは熱いのが苦手なのか、息を吹きかけてピザを覚ましながら四苦八苦して食べていた。
 アーデルハイトもお腹が減っていたので、遅ればせながら食べ始める事にした。
 温かいピザは本当においしかった。
 ただようチーズのいい匂いを楽しみながら、アーデルハイトは時間をかけてピザを平らげる。
 二枚目を食べようとして、
「あら?」
 思わず声が出た。
 だってそう。
 八枚切りにしたピザが、いつの間に残り三枚になっている。
 見るとエアはまだ一枚目を食べ終わっていない。
 正面に座る数騎に目を向ける。
 数騎はあと少しで食べ終わるピザを右手に、次に食べる予定のピザを左手に持っていた。
「もぅ」
 アーデルハイトは思わずため息をついた。
「数騎くん、ちゃんと噛んでゆっくり食べなきゃダメよ」
 たしなめられ、数騎は少しだけ食べるスピードを落とす。
 それでもまだ十分速いので、アーデルハイトは呆れたような顔をした。
「まったく、昔から数騎くんはピザが好きなんだから」
「ん、そんな昔から好きだった? 覚えてないんだけど」
「好きだったわよ、私がピザを作ると真っ先に飛んできたじゃない。お父さんの分まで食べちゃって、怒られたこと忘れたの? あと、ピザを作るたびに、お嫁さんにしてあげてもいいってベタ褒めしてたことも忘れちゃった?」
「記憶にない、というか……」
 考えるように天井を見つめながら、
「二年前以前の記憶がない」
 申し訳なさそうな顔をして、数騎は言った。
「あ、ごめんなさい。つい……」
 うつむいて謝罪するアーデルハイト。
 なんとなく、空気が重くなる。
 エアはようやく一枚目のピザを完食すると、アーデルハイトに顔を向けた。
「いやぁ、アーデルハイトさんは料理がお上手ですね」
「あら、そうですか?」
「そうですよ、これだけ料理が美味しければ作ってもらえる人もさぞ幸せでしょう。これだけ若いのにたいしたものです。いつ頃から料理をしていたんですか?」
「えっと、五つの頃から」
「なるほど、美味しいわけです。数騎さんがお嫁にもらいたいという気持ちもわからなくはありませんね」
「チョイ待ち、子供の頃の話だからな」
 思わず待ったをかける数騎。
 そんな数騎に対し、エアは優しく微笑みかける。
「わかってますよ、子供の頃ならなんとでも言えます。まぁ、今でも十分お似合いだとは思いますけどね」
 その言葉を聞いた瞬間、思わず数騎とアーデルハイトはお互いの顔を見た。
 直後、わずかに顔を赤くし、目をそむけあう二人。
 そんな二人を見て、エアは満面の笑みを浮かべた。
 この二人に重苦しい空気は似合わない。
 そんな空気を吹き飛ばせた事に、エアは実に満足そうだった。
 見事に計略を成功させたエアは、お互いに意識しあってる二人を気にせずピザに手を伸ばす。
 少しは冷めたが、やはりピザは熱かった。
 猫舌なエアはふーふー言いながら、それでも美味しそうにピザを食べるのであった。







「ごちそうさまー」
 天井を見上げるように背もたれに寄りかかり、数騎は満足そうに言った。
「ご馳走様です」
 エアは丁寧に手を合わせ、頭を下げる。
「お粗末さまです」
 そんな二人に、アーデルハイトはにっこりと微笑んだ。
 結局、あの後数騎はアーデルハイトがオーブンの中に残しておいた二枚目のピザにも手をつけ、ほぼ一枚まるごと食べた計算になった。
 小さなピザとは言え、数騎がなかなかの大食漢であることがわかる。
 もっとも、数騎はいつもはそれほど食べないが、好きなものだと見境がないという習性がある。
 特にピザだとリミッターがないように見え、アーデルハイトとしては作れば作っただけ食べるのではという思いさえあった。
 食器を片付け、流しに運ぶ数騎とエア。
 二人して部屋から出て行こうとするのを見て、アーデルハイトが口を開いた。
「そうだ、数騎くん」
「ん、何?」
 振り返って答える数騎。
 そんな数騎にアーデルハイトは、
「ちょっと話があるんだけど……いいかな?」
「いいぜ……エア」
 そう言って、数騎はアゴで先ほどまでエアが座っていたイスをアゴで示す。
 しかし、
「えっと、数騎くんだけに話があるんだけど」
 頬を指でかきながらアーデルハイトは言った。
 何事か察し、エアは数騎の顔を見上げる。
「どうやら私はお邪魔なようですね。別に用事もありませんので、ゆっくりで構いませんよ」
 そう言うと、数騎の返事も待たずにエアはアーデルハイトの部屋から出て行ってしまった。
 扉が閉まる音と同時に、アーデルハイトは深くため息をつく。
「あ〜、疲れた」
「何だよ、疲れたって?」
 聞きながら数騎は先ほど座っていたアーデルハイトの対面のイスに腰掛ける。
 そんな数騎に、アーデルハイトは疲れた顔を見せた。
「ん〜、どうもあの子苦手なのよ。数騎くんの数十倍いい子なのに、何でだろ?」
「悪い子で悪かったな」
 バツの悪そうな顔を見せる数騎。
「で、話って何なんだ?」
 早速用件を聞いてみる。
 さっと話を振られ、アーデルハイトは少し考えた後聞いた。
「最近さ、何か困ってる事とかないかな?」
「困ってる事?」
「うん……何か最近の数騎くん、妙に疲れた顔してるから。何かあったのかなって」
「な、何もないけどな。あの大火事のせいで学校も一週間近く休みだし、疲れるどころかむしろ暇なくらいだ」
 平然と言ってのける数騎。
 しかし、心臓の鼓動は怖いくらいに高鳴っていた。
 なんて勘のいい女なんだ、アーさんは。
 動揺が声に出なかったことに安心しながら、アーデルハイトに数騎は笑顔を作ってみせる。
 そんな数騎の表情を強がりと思ったのか、アーデルハイトは眉をひそめながら続ける。
「本当? 私に何か隠し事してない?」
「してないしてない! ぜーんぜんしてないぜ、オレはアーさんにはいつだって正直なんだ」
「そうかしら? キャバクラの時はごまかそうとしたじゃない」
 強力な言葉のボディブロー。
 数騎はボディにしみる一撃に身悶えながら言葉をひねり出す。
「ま、まぁそんなこともあったかも知れないけど……信じてくれよ」
「ん〜、ちょっと信じられないけど。ちゃんと言ってくれないとわからないんだからね」
 心配そうに見つめてくるアーデルハイト。
 数騎は内心、嘘をついていることを悪く思いながらも、退魔皇の戦いなどという物騒なことに巻き込みたくないという気持ちが強かった。
「信じてくれよ、本当になんともないからさ」
「ならいいけど……」
 なおも不安そうに見つめてくるアーデルハイト。
 しかし、数騎も負けじと微笑んでみせる。
 これ以上言っても何も聞き出せないと思うと、アーデルハイトはため息をついた。
「まぁ、いいわ。それより数騎くん、今ヒマ?」
「ヒマだけど、何?」
「紅茶でも飲んでいかない?」
「ん〜、そうだな。たまにはいただこうかな」
「そう、じゃあ用意するね」
 そう言うと、アーデルハイトはイスから立ち上がる。
 楽しそうに紅茶の準備をするアーデルハイト。
 そんなアーデルハイトの姿を見つめながら、数騎はアーデルハイトに本当のことをいえ無い事をもどかしく思うのであった。







「あっ、これも安いよ」
 嬉しそうに、笑顔を浮かべながらスワナンは言った。
 夕方のスーパーマーケット。
 晩飯の用意をしようと食材を買いあさる奥様方に紛れて、スワナンとロンギヌスの姿がそこにはあった。
 安いトイレットペーパーを買いたかったスワナンだが、お一人様一つであったためロンギヌスまで買い物に巻き込んでいたのだ。
 両手にトイレットペーパーを持つロンギヌスを連れまわし、狭いスーパーをかきわけ、スワナンは卵のパックをカゴの中に入れた。
 今日は週に一回の肉の日とかいうやつだった。
 お肉が三パックでどれでも千円というとてもお得な日なのだとロンギヌスはスワナンに説明された。
 なるべく高くてなるべく量の多い肉を買おうとして値段と重さを見比べるスワナン。
 そんなスワナンに、奥様に押しのけられながらロンギヌスが声をかけた。
「安いのはとてもいいことかもしれないが、はやく決めてもらえないだろうか」
 うんざりとした顔で言うロンギヌス。
「何言ってるのよ、こういうお買い物はしっかり選んで決めないとダメなんだから」
「いや、そうは言ってもだな……」
 ロンギヌスは返答に窮した。
 買い物をする時のスワナンの顔が、いつになく嬉しそうだったからだ。
 やはり外国の生活はつらいのか、スワナンはいつも悲しそうな顔をしていた。
 最近は母国語で会話が出来るロンギヌスという話し相手を得たおかげで相当気分が晴れているようだが、それでもスワナンの顔には笑顔というものが少なかった。
 そんなスワナンが楽しめる数少ない娯楽が、買い物だった。
 本当に楽しそうに買い物カゴに商品を入れ、じっくりと考えて商品を選ぶ。
 そんなスワナンの楽しみを奪うのが心苦しいのか、ロンギヌスは必要以上に急かす事ができなかった。
 ふと周りを見ると、タイ語で話しながら買い物をしている自分達を不思議そうに他の客達が見ていた。
 そう、ロンギヌスはタイ語を話せる。
 タイ語に限らず、この世界に存在する言語なら全て話せる。
 ロンギヌスはすでに人間ではなく精霊であり、精霊は言葉ではなく精神で会話を交わす。
 しかし、現実に人間と話すさいは精神のみで語れるわけではなく、相手に意味が伝わるように声を使う。
 相手の精神から直接相手に伝える事のできる言語を引き出し、それを用いて会話を交わすという手法を取り、精霊は会話を交わす。
 つまり、会話をするためには相手が言語を操る事ができる必要があるのだ。
 会話相手が喋ることの出来ない言語は喋れない。
 ちなみに文字についても同様で、側にいる人間が読めないとその知識を引き出せないために読むことが出来ない(精霊自身が学習していれば別)。
 ちなみに、精霊の方は人間から声をかけられることにより、その言霊が精神に言葉の意味を伝えるので精霊の方も人間の言葉の意味を理解できる。
 そして、実際声をだして精霊は人間と喋るため、端からは二人がタイ語で会話しているように聞こえるのだ。
 ロンギヌスはスワナンに聞こえないように小さくため息をつくと、スーパーの中を見回した。
 どうも先ほどよりも客が増えているような気がする。
 当然だ、スーパーに人が集まるピークは夕食の二時間前、つまり午後五時と相場が決まっている。
 実際に買い物をするスワナンはともかく、荷物持ちが動かずじっとしているのは周囲に迷惑をかけかねない。
 できればスワナンを急かしたいところだが、そんな誘惑を振り払い、ロンギヌスはスワナンに声をかけた。
「店が混んできた、邪魔になりそうだから私は外で待ってる」
「いいの? 外はもっと寒いよ」
「構わない、それとこれは今日の夕食代だ」
 言ってロンギヌスは、はいているジーンズのポケットから一万円札を取り出した。
 スワナンは困った顔をする。
「嬉しいけど、別に出さなくてもいいのよ。ロンギヌスはあんまり食べないんだし」
「構わない、それに君は仕送りもあるんだろう?」
 そう言われると、スワナンは困ったように微笑を浮かべた。
「ありがとうね、無駄遣いしないから」
 申し訳なさそうに受け取るスワナン。
 そんなスワナンに、ロンギヌスは黙って背を向けてスーパーから外に出る。
 人だかりを避け、ロンギヌスは近くの電信柱によりかかった。
 空を見上げると、夕日が落ちている途中で、暗い青とオレンジがキレイなグラデーションを描いている。
 ロンギヌスは身に纏うコートの中に手を突っ込んだ。
 残る宝石は二つほど。
 まぁ、なんとかなるだろう。
 ロンギヌスは小さく息をついた。
 この世界に再現された時、ロンギヌスは古代ローマの兵士が着せられていた服装をしていた。
 それと同時に消滅前に所有していた宝石も四つほど持っていた。
 一つ目はこの時代に溶け込むために服を盗む時、洋服屋に金がなかったので宝石を代金代わりに置いてきて失った。
 二つ目はスワナンと暮らすにあたり、スワナンに経済的なダメージを与えないために質に入れてきた。
 現在の所持金は三十二万といったところだ。
 それらの宝石は再現されたものであるため、ロンギヌスが消滅した場合消えてしまうのだが、売る分には問題なかった。
 問題はそんなものを売り払ったという罪悪感だけだが、それがロンギヌスには堪えた。
 しかし、スワナンに迷惑をかけるわけにもいあかず、背に腹は変えられない。
 ため息をつき、ロンギヌスは商店街の出口付近の往来を見つめていた。
 そんな時だった。
「こんばんは」
 背中から声をかけられた。
 自分に知り合いはいないはずだが。
 そんな事を考えながら振り返るロンギヌス。
 そして、
「なっ!」
 ロンギヌスは開いた口がふさがらなかった。
 背後から近づいたその者たち。
「開闢の……退魔皇!」
 とっさに後ろに下がり距離を取るロンギヌス。
 そう、ロンギヌスに声をかけた男達。
 それは陣内とイザナギだった。
「こんばんは、戮神の退魔皇」
「貴様、何の用だ」
 微笑かけてくる陣内に、ロンギヌスは眉間に皺を寄せて言い放つ。
 と、言っても声は低めにだ。
 ここで目立つわけにもいかない。
「私と戦いたいなら歓迎するぞ。ただし、鏡内界でやろうじゃないか」
「待ってください、早とちりは美しくありませんよ」
 やれやれ、とでも言いたそうに陣内は首を横に振る。
「戦いに来たわけではないんです、少しお話がありまして」
「話? こちらにはないな」
「まぁ、聞いてください。これからの戦いのことです」
 言葉を切り、一呼吸置いてから陣内は続ける。
「魔伏の退魔皇はすでに三つの、界裂の退魔皇は二つの退魔皇剣を所有しています。それに比べて私達はあまりにも貧弱です」
「それで?」
 冷たい口調で聞くロンギヌス。
 そんなロンギヌスの態度を気にもせず、陣内は小さく咳払いしてみせる。
「そこでです、私達のような弱者はより集まらなければ彼らに対抗できません。そこでお話なのですが、私達と手を組みませんか?」
「手を組むだと?」
 露骨に顔をしかめた。
 そんなロンギヌスに、陣内は続ける。
「そうです。魔伏の現在の戦闘能力は異常の一言。対抗するには我々が退魔皇による盟約を結び、共同戦線を展開する以外にありません」
「お前らはそうだろう」
 吐き捨てるように言うロンギヌス。
「だが私と界裂は別だ。魔伏の防御結界など容易く突破してみせる」
 強気で言い張るロンギヌス。
 そんなロンギヌスに、陣内は薄く笑みを浮かべた。
「魔装合体もなしでですか?」
「………………!」
 無言で陣内を睨みつけるロンギヌス。
 そんなロンギヌスの顔が面白いのか、陣内は笑みをたたえたまま続けた。
「確かに戮神の退魔皇たるあなたなら魔伏を打倒しうる手段を持っています。しかし、魔装合体できないあなたが単独で魔伏を打倒できるとでも? 今の魔伏は当初の魔伏ではありません。滅神、天魔を得て攻撃においても優れている。あなたが単独で勝てる相手とは思えません」
 言い切る陣内。
 その言葉があまりに正論過ぎて、ロンギヌスは言い返せない。
 せめて魔装合体できれば違うものを。
 ロンギヌスは心の中で思わずそう思った。
「それで、盟約か?」
「その通り、私達と同盟を結ぶのです。私達の同盟を例えるなら私達は弓、魔伏は盾です。盾たる魔伏は脅威の装甲を持っています。しかし、私達盟友の退魔皇が弦となり握りとなり羽となる。あとは矢じりたるあなたが揃えば、盟約の弓は魔伏の盾を貫通することでしょう」
「……何人集まった?」
「私も含めて三人」
「過半数じゃないか」
 わずかに驚く。
 なるほど、武器を得た鏡に対しては槍と刀以外に対抗できる者はいない。
 実力があっても相性負けする他の退魔皇は手を握るしかないという事か。
「つまり、私が入れば四人」
「そう、数で言えば魔伏にも界裂にも対抗できる勢力というわけですね」
 自身ありげに言う陣内。
 微笑を浮かべ続ける陣内の顔を睨みながら、ロンギヌスは考えた。
 これは賭けだった。
 確かに単独では魔伏との戦いにおいて勝機は薄い。
 しかし、轟雷、開闢、双蛇の援護の元で戦えば話は違ってくるはずだ。
 運のいいことに魔伏の持つ武器はどれも遠距離攻撃用だ。
 接近すれば、自らの槍が引けを取るいわれはない。
 だが、これはメリットだけを考えた場合だ。
 デメリットはあまりにも大きい。
 そもそもこの連中が求めているのは魔伏の防御を突破する手段であってロンギヌスではない。
 つまり、いつでも気が向いた時にロンギヌスに襲い掛かり、ロンギヌスを吸収するということだってありえる。
 それに、問題は魔伏を撃破した後だ。
 魔伏を撃破した場合、魔伏の所持する退魔皇剣は魔伏の手から離れることになるだろう。
 この時、誰がこの退魔皇剣を手に入れるかで殺しあいに発生する可能性が高い。
 確率にして十割以上だ。
 こうなった場合、皇技を使えないロンギヌスは圧倒的に不利な位置に立たされる。
 しかし、ロンギヌスの槍で魔伏を撃破できた場合、魔伏に一番近いのは間違いなく自分。
 うまくいけば、魔伏の持つ三つの退魔皇剣全てを手に出来る。
 ハイリスクハイリターン。
 それはあまりにも大きな賭けだった。
 悩むロンギヌスに、陣内が語りかける。
「もちろん、無理にとは言いません。あなたがいなくても、勝機がないというわけではありませんし」
 そう、防御結界を突破できないだけで、他の退魔皇にも十分に勝機はある。
 防御結界を展開しない時を狙って攻撃すればいいのだ。
 しかし、それはよほど上手く隙を突かないと不可能であり、あまりにも困難すぎる選択肢。
 できれば選びたいわけではないだろう。
 だからこそロンギヌスを勧誘しにきているのだ。
 ロンギヌスは考え続け、そして決めた。
「いいだろう、手を組もう」
「いい判断です。それではコレを」
 言って、陣内はロンギヌスに携帯電話を渡す。
「私が知り合いに改造させたステキな電話です。特定の人間としか話せませんが、同時に複数で会話できます。相互の連絡はこれでとりましょう、戦いには作戦が必要です」
「ほぅ」
 ロンギヌスも感心するほどのいいアイディアだった。
 直接集まって会議でもしようものなら、その場で殺しあいに発展しかねないメンツなのだ。
 離れての会話できるに越したことはない。
 そう考えるロンギヌスに、陣内は頭をさげてみせる。
「それでは、今日の八時にでも電話しますので、どうかお忘れないよう……」
「ロンギヌス〜、お待たせ〜」
 その時だった。
 スーパーからスワナンが外に出たのは。
 満面の笑みを浮かべながら近づいてくるスワナン。
 ロンギヌスの顔が青ざめた。
 アゴにてを当てながら、陣内は口を開く。
「なるほど、彼女があなたの契約者ですか」
 と、絶句するロンギヌスの側に、スワナンが走り寄ってきた。
「アレ? ろんぎぬすノ知リ合イデスカ?」
 日本語で陣内に聞くスワナン。
 そんなスワナンに、陣内はやさしく微笑んだ。
「はじめまして、ロンギヌスさんに懇意にさせていただいています陣内と申します。どうぞよろしく」
「ヨロシクオ願イシマス」
 丁寧にお辞儀するスワナン。
 そんなスワナンを横目に、陣内は言った。
「それではお嬢さん、私はこれで失礼させていただきます」
「ソデスカ? ソレデハマタ」
「はい、またお会いしましょう」
 そう言って陣内はロンギヌスたちに背中を向ける。
 その後ろに、イザナギは無言でついていく。
「美しいお嬢さんでしたね」
 後ろからついてくるイザナギに、陣内は話しかける。
「本当に……美しい」
 顔に笑みを貼り付けたまま唇をゆがめる陣内。
 そんな陣内に、イザナギは小さく鼻を鳴らしただけだった。
 去り行く二人をスワナンとロンギヌスは姿が見えなくなるまで見送った。
 スワナンは笑顔で、ロンギヌスは青ざめた表情のままで見送ったのであった。







 美坂町には野鳥が集まる大きな池のある、野鳥公園なる公園が存在する。
 縦三キロ、横五キロの広さを持つ大きな公園。
 植えられた多くの木々に閉ざされ、昼でも暗く、夜ならさらに暗いその公園。
 そんな夜の公園に数騎はいた。
 反転した鏡の世界。
 仮面をかぶり、すでに魔装合体を終えた数騎はベンチに腰掛け得物である大太刀を土の地面につきたてている。
 ふと上を見上げる。
 反転していたので一瞬三時にも見えたが、時計の針は九時を指している。
 と、言ってもあの時計はもはや意味をなさない。
 すでに鏡内界を構築してからかなりの時間がたっているからだった。
 数騎は自分の隣で胡坐をかきながら目を瞑っているジェ・ルージュに声をかけた。
「なぁ、今何時くらいだ?」
「展開後からなら三十分ほどたっている」
 目を瞑ったまま返事するジェ・ルージュ。
「少し黙っていろ、今輝光を探っている途中だ。遊びたいなら燕雀と遊べ」
 言い放ち、ジェ・ルージュは黙り込んでしまう。
 そう、数騎たちは作戦会議をさらに重ねた末、今までにない行動を取る事にしたのだった。
 それは誘い出しだ。
 現在上位二位にランクインする力を持つ数騎だ。
 魔伏の退魔皇と正面から戦って勝ち目がないわけではないのだ。
 その上、退魔皇剣の皇技というのは強力無比たる天地開闢の力であり、複数あったとしても、同時に起動できるのは一つだけ。
 ならばそこを突けば勝機がないわけではない。
 もっとも、多い方が選択肢が多いわけで不利でないわけではない。
 それでも他の有象無象に邪魔されるよりはよっぽどいい戦いができる。
 なら、邪魔が入らないように魔伏を誘い出せばいい。
 簡単な話だった。
 坂口、天狗の両名は伏兵として用い、ジェ・ルージュを索敵に使う。
 何しろジェ・ルージュの輝光感知は周囲五百キロまでいけるという話だ。
 ちなみに、魔術結社所属の平均的な異能者が輝光感知できる距離は二、三キロくらいなのだそうだ。
 と言っても、それほど広域の索敵となると相当精神集中しないといけないらしい。
 そんなわけで、敵の接近を知らせるために、ジェ・ルージュは数騎の隣で索敵を続けているわけだ。
 ジェ・ルージュに言われたので、数騎は燕雀の方に顔を向けた。
 ベンチの上で丸まっていた燕雀は、数騎の視線に気付き顔をあげた。
「ん、話でもしようか?」
 聞いてくる燕雀。
 そんな燕雀に、数騎は尋ねる。
「前から思ってたんだが」
「何だ?」
「お前、なんで右目が宝石なの?」
 聞かれて、燕雀は尻尾を大きくふくらませた。
「ふむ、いきなりそれを聞いてくるか」
「だってそうだろ、片目に宝石なんて入れてたら気になる」
「まぁ、言ってる事は間違ってはいないが」
 少し考え、燕雀は続ける。
「私はゾンビみたいな存在でな、元は猫ではなかったんだ」
「へぇ」
「別の生物の魂を他の生物の体にぶち込むという呪法をそこの魔術師にかけられてな。その際、猫の右目が腐り落ちていたのだ」
「それで?」
「義眼を埋めるか、とジェ・ルージュに聞かれたが。代わりに宝石を入れることにした」
「何で宝石なんて埋めたんだよ」
「まぁ、猫でなかった時に思い入れのあった宝石だったからな。いつでも側においておきたかったんだ。猫だから服を着ないし、服がなければポケットもない」
「首輪にでもつければいいじゃないか」
「あれは付け心地が悪くてね」
 そう言って燕雀は首を数騎に見せ付ける。
 燕雀の首には、さっぱりと何もついてない。
「まぁ、猫であるからには身軽が一番だ。お前もなってみればわかる」
「なりたくはないけどな」
 苦笑する数騎。
 と、それ以上会話が続かなくなったのか、数騎は視線をそらして夜空を見上げた。
 そんな数騎に、燕雀が語りかけた。
「一つ、つまらない話をしようか?」
「つまらない話?」
「そう、本当につまらない。それでよければ」
「何でもいい、気が紛れそうだ」
「そうか、では聞いてくれ」
 一呼吸置いて、燕雀は続けた。
「あるバカな男がいた、その男の名は剣崎戟耶」
「変な名前だな」
「あぁ、オレもそう思う。その男はな、ある女性に憧れていたんだ」
「どんな女だ? 美人なのか?」
「まぁ、美人の範疇に入るだろう。正義感の強い女性で、救われない多くの人を救おうと戦い続けた。一人でも多くの人間を助けるために、一人を犠牲にして十人を助け、百人を見殺しにして千人を助けた」
「すごい女だな」
「そうだ、剣崎戟耶はそんな女に憧れた。憧れ、自分もそんな人間になりたいと思った」
「それで、どうなったんだ?」
「ある時、女は人々を助けて死んだ。その女に死なれて、男は思った。彼女の遺志を継ぎたい、一人でも多くの人間を助ける人間になりたい。そして、その女性を決して死なせはないないと」
「でも、その女は死んだんだろ? どうやって死なせないんだ」
「その存在を生きながらえさせた。その女性の名を名乗り、その女性になりすます事で。女性は死んでいないと、オレが変わりに戦い続けると」
「それで?」
「女性は柴崎司という名前だった。彼女は仮面使いだ。剣崎戟耶は柴崎司の名を名乗り、仮面をかぶり戦い続けた。人々を助けるために、大切な人間を見殺しにして見たこともない人間を助け続けた。柴崎司と言う名の剣崎戟耶は、間違いなく正義のヒーローだった」
「なんかヤだな」
「何がだ?」
「何で見たこともない人間を助けるんだ? そんな知らない人間より、自分に近しい人を助けたいだろ、普通?」
「普通じゃない人間に憧れたんだ、剣崎戟耶は。大切なものを捨ててまで人々を守り続ける英雄。だから剣崎戟耶は柴崎司に憧れた。憧れて、戦って、大切なものを失って、そして無様に死に果てた」
「二年前にか?」
「そう、二年前にだ」
 頷いて答える燕雀。
「無様だった。最後にどう考えたかわからないが、剣崎戟耶は無様な男さ。本当に大切なものが何かということにさえ気付けなかった。ただのバカだ」
「なるほどね、それで仮面使いは二人いるのか」
「そういうことだ」
 燕雀は数騎から視線をそらして続けた。
「退魔皇はどれも驚異的な強さを持つ、しかし退魔皇以外にも気をつけて戦わなくてはならない。柴崎司にだけは気をつけろ。ヤツは性格はどうあれ実力だけは一級品だった。決して油断のないように」
「当然だ、油断なんかするかよ」
 力強く、身を包む真紅の胸甲に拳を叩きつける数騎。
 その時だった。
「来た」
 ジェ・ルージュが両目を開き、数騎を見上げる。
「お誘いどおり魔伏の退魔皇だ。野鳥公園の外三キロの地点から鏡内界に潜入した。方角は北東、恐らく数分でこっちに来る」
「ありがたいな、他の有象無象じゃなくてよかった」
 そう、数騎たちの作戦では主敵はあくまで魔伏であり、それ以外の退魔皇との戦いを想定していない。
 途中からの乱入はありだが、出来れば魔伏との一騎打ちを望んでいる。
 他の連中に邪魔されるより、それが一番勝率が高い。
「さて、私と燕雀は逃げさせてもらうぞ。後はお前の頑張り次第だ」
「任せとけ」
 左手の平に拳を叩きつけてみせる数騎。
 そんな数騎に背を向け、ジェ・ルージュと燕雀は魔伏が来るのとは逆方向へと駆け出していった。
 いつもなら影と影を利用する空間転移で逃げるところなのだが、そんな術式を使ってはジェ・ルージュたちの存在、というか数騎以外の人間が回りにいることが知られてしまう。
 そんなわけでジェ・ルージュと燕雀は走ってその場からはなれた。
 二人の姿が見えなくなった頃を見計らい、ベンチから立ち上がりざまに大太刀を引く抜き、数騎は公園を見回した。
 周囲にはうっそうと茂る木立。
 数騎はようやく自分にも感じ取れてきた輝光の気配の方を向き、
「うおぉっ!」
 思わず情けない声を出した。
 全力で右に回避運動を取る。
 数騎が射線から抜け出すのと、紫に輝く矢が射線上にある全てのものを消滅させながら地平線に消えたのは全く同時だった。
「そうだ、向こうは遠距離武器ばっかだったか」
 思わず口に出し、数騎は大太刀を正面に構える。
 そして、次の矢が来るよりも早く、横薙ぎの斬撃を繰り出した。
「はぁっ!」
 斬撃と爆風が時間差で発生する。
 横薙ぎの斬撃に真っ二つの切り裂かれる木立。
 直後、爆風が吹き荒れ木々を粉砕し、破片と葉が瀑布の如く飛び散った。
 界裂の放った離閃によって、野鳥公園は木々の六分の一を失う。
 地面に残るのは切り株のように上の部分を失った木の根の部分のみ。
 爆風により木立のなくなったその方面は大きく視界が開けた。
 その先。
 公園の池を背に立つその人物。
 弓を構えた魔伏の退魔皇、韮澤の姿がそこにはあった。
「ステキなお誘い、感謝してるわ。界裂の退魔皇」
 仮面の下からよく通る声が響く。
 そんな韮澤に対し、数騎は大太刀を正面に構える。
「こちらこそ、ようこそと言ったところだ魔伏の退魔皇。邪魔が入らないうちにケリをつけようか」
「それは私も望むところよ」
 そう口にし、韮澤は弓につがえた紫の矢を解き放った。
 紫に輝く粒子を撒き散らしながら、光の矢が数騎に直進する。
 絶対的な死の予感を感じさせる矢に対し、数騎はむしろそれを恐れるでもなく韮澤に向かって走り出した。
 土の地面が抉れるほどの踏み込み。
 体を前傾させ、風を切りながら直進する。
 動きは小さく、最小限の動きのみで紫の矢を回避した。
 わずかに髪が紫の粒子に消し飛ばされる。
 しかし、そのようなことでは止まらない。
 次の矢を撃たせないためには接近するしかない。
 界裂に対しては、魔伏の絶対防御ですら無敵とは言い難い。
 ならば、危険を犯してでも懐に入り込む理由はあった。
 そんな数騎に対し、韮澤は防御を選ばなかった。
 矢を放てない距離まで接近されると、代わりに腰のベルトに挟んであった拳銃を引き抜き五発連続で解き放った。
 唸りをあげる弾丸が数騎に向かって踊りかかる。
 だが、界裂の退魔皇ほどの剣術士が、その程度の銃弾にひるむものではない。
 数騎はすくいあげるように閃く大太刀で、一つ、また一つと迫る弾丸を切り払った。
 瞬く間に全ての弾丸を払いのけ、数騎は韮澤に辿り着く。
 一足一刀の間合い。
 速度を落とさず、大上段に大太刀を振り上げ、
「ちぃ!」
 舌打ちと供に大きく右に跳躍すると、次の瞬間、韮澤に背を向けて走り出す。
 途中、左に小さく跳んでフェイントをかけた。
 そのフェイントに引っかかり、数騎が向かうはずだった方向に直進し木立を消滅させながら突き進む、先ほど回避したはずの紫の矢(・・・・・・・・・・・・・)。
 木立を消滅させたことで輝光を失ったのか、紫の矢は今度こそこちらに戻ることなく消滅した。
「ちくしょうめ、天魔の力か」
 舌打ちする数騎。
 そう、紫の矢は回避したはずだった。
 しかし韮澤はその矢を天魔の退技で操作し、油断しきった数騎の背後を突かせようとしたのだ。
 とっさに数騎は回避したが、しかし今の一連の行動で、韮澤との距離は五十メートル近く離れてしまった。
 そんな数騎に、韮澤は機嫌のいい声を出す。
「さて、次はよけられるかしら」
 防御障壁を解除し、
「連射、拡散、放たれるは呪射」
 詠唱とともに韮澤が矢を放つ。
 飛来する途中で八十の矢じりに拡散する矢。
 その矢が各々、独自の軌道を描きながらホーミングミサイルのように数騎に向かって突き進む。
「うおぉ!」
 もはや突撃どころではなかった。
 数騎は韮澤に背を向け、全力で走りだす。
「どうする!」
(木立に逃げ込みましょう、物体を消滅させるたびに滅神の矢はその存在を薄くしていきます)
「さっきみたいにか?」
(そうです)
「なら!」
 移動方向を九十度切り替えて左に曲がり、数騎は木立に向かって走り出した。
 追いすがる矢じりの群れ。
 木を壁代わりに、数騎は左に曲がってみせた。
 そこに数騎と距離の近かった六の矢じりが襲い掛かる。
 それを見て、数騎はとっさに左腕に輝光を集中させる。
「極炎!」
 叫びと供に数騎の左手に赤紫の炎に包まれながら長剣、極炎が出現した。
 同時に、極炎を閃かせる。
 あらゆるものを消滅させる滅神の数少ないの例外、それが自身も含める他の退魔皇剣、そしてその精霊だ。
 そのため、実質的に滅神の攻撃を迎撃できるのは退魔皇剣のみ。
 それが故に滅神は、攻撃力最大の退魔皇剣の一つとして数えられる。
 そして、その数少ない例外でもって、数騎は防御を試みた。
 だが、防御できるだけで無敵と言うわけではない。
 両手に迎撃兵器を手にしているとはいえ、七十を超える同時多方向からの波状攻撃は、数騎でなくともうんざりするというものだ。
「くそっ!」
 木立の間をすり抜け、速度を出すための強力な踏み込みで芝生を削りながら、数騎は高速で疾駆する。
 ただでさえ一撃必殺に近い威力を持つ滅神の矢。
 それが、天魔の退技『導弾』によって翼を得た。
 消滅による最強クラスの攻撃力に、自在操作という追尾能力を併せ持つ矢じりの群れ。
 木に衝突し、剣にはじかれ、刀に切り裂かれ。
 数騎の必死の防戦に、矢の数はようやく二十を下回る。
 その時だった。
「なっ!」
 矢じりを叩き斬りながら声を漏らす。
 すでに数百メートル離れたあたりから輝光の高まりを感じた。
「まさか……」
 次の瞬間、爆発的に膨れ上がる輝光と供に、再び幾多の輝光が自分に向かって飛来する感覚を感じ取る。
「連射かよ!」
 そう、連射だった。
 数騎が逃げる間にさらに輝光をチャージし、再び拡散の矢を繰り出してきたのだ。
 数騎は逃げるのをやめ、迫る矢じりを全て消滅させることに決めた。
 合流されたら絶対に逃げ切れない。
 流れるような動作で全ての矢じりを、刀と剣で迎撃する。
 初撃で放たれた矢じりを全て消し飛ばし終えるのと、次射で放たれた矢じりが数騎の五メートル先に到達したのは全く同時だった。
「ちくしょう!」
 再び背を向けて逃げ出す。
 退技同士の連携の相性が良すぎる。
 こっちの刀と剣の能力と違い、あちらは露骨に相性が良すぎた。
 驚異的な攻撃力を持つ飛び道具に対して、飛び道具に自由操作という補正を与える退魔皇剣の組み合わせ。
 それに比べてこちらは斬撃と炎。
 どうやって組み合わせろって言うんだ。
「……ん?」
 ちょっと待て。
 矢じりに斬撃を叩きつけながら数騎は思考する。
 斬撃と炎では組み合わせようがない?
 違う。
 そんな事は無いはずだ。
 なぜなら離閃は斬撃だけではなく別のものも伴っているはず。
 そして、魔伏の退魔皇はどうやって矢じりを操作してオレを狙っているか。
 簡単だ、見えているから狙えるのだ。
 なら話は簡単だ。
 向こうから見えなければ全てが解決する。
「なら!」
 数騎は界裂の、そして極炎の柄を強く握り締める。
 皮膚と神経が溶け合う感じがした。
 皮膚と混ざり合った神経、さらに自らが握り魔剣の柄と交じり合う。
 繋がった。
 魔剣とこの肉体が、一つの生命として繋がりを持った。
 脳から放たれる信号が魔剣に直接響く。
 さぁ、繰り出せ。
 これこそが退魔皇の放つ真の退技。
 今までとは一味違う、その一撃を今こそ。
「燃えろっ!」
 叫んだ。
 夜闇を切り裂き閃く界裂と極炎。
 炎が吹き荒れる。
 離閃によって切断される木立。
 それとともに吹き荒れる爆風に、赤紫の炎が随伴した。
 その一撃は火炎放射のそれか。
 いや、そのような生易しいものではない。
 それは太陽から噴きのぼるプロミネンスのそれにも似て。
 灼熱という言葉がかわいくなるほどの炎が野鳥公園の木立を、ただの一撃で火達磨に変えた。
 いや、火達磨だったのは一瞬だ。
 あまりの熱量に、火がついた直後に木立は炭化。
 池の水さえ蒸発させ、炎が周辺一体を支配する。
 もはや野鳥公園は、赤紫の炎で燃えていない空間を探す方が難しいというありさまだった。
 これが合成退技の力か。
 数騎は思った。
 これは極炎が単独で出した炎の出力の比ではない。
 極炎が現実空間で暴走した際、火災によりかなりの被害を出したが、それには多大な時間を必要とした。
 極炎が操るのは熱力であり、炎の放出であるに過ぎず、直接炎を放射できない射程範囲の外は風による延焼に頼らざるを得ない。
 しかも、熱量を高めるのに時間もかかる。
 最初の戦いにおいて、川の水を蒸発させるのに時間がかかったのもそれが原因だ。
 しかし違う。
 今、極炎の側には界裂がある。
 炎を運ぶ風はあり、さらに風によって炎はさらに力を増す。
 炎の射程向上、熱量上昇の加速。
 風による温度上昇には限界があるとは言え、極炎と界裂の合成退技にはこれだけの威力があった。
 生命が存在できないほどの極熱の中、数騎は炎の中心に立つ。
 地上四メートル近くまで立ち上る炎のために、矢は数騎を見失い見当違いの方向に飛んで言った。
 炎の中にあっても数騎は火傷、いや炭化する心配など無い。
 極炎の能力は炎を操るのではなく熱を操る。
 自分の身に迫るあらゆる熱量を無効化することさえ、極炎にとっては呼吸する事よりも容易いのだ。
 魔伏の退魔皇はどうなったか。
 いや、考えるだけ無駄だ。
 魔伏の退技である、絶対防御障壁はこの程度の熱量など遮断する。
 何しろ極炎の皇技さえも防ぎきれるのだ。
 この程度の炎が致命傷になる道理はない。
「なら……」
 小さな声で呟き、数騎は静かに歩き出す。
 このゲームのルールが見えてきた。
 魔伏の退魔皇の勝利条件は自分を矢で消し飛ばす事。
 そして、こっちの勝利条件は、魔伏の防御結界を切り飛ばし、無防備状態にするだけでいい。
 あとは公園を包む劫火が数秒もしないうちに魔伏の退魔皇を焼き尽くす。
 一瞬、魔伏の退魔皇は矢すら放ってこないかとも考えたがそれはない。
 矢を放つ一秒に満たない時間程度では魔伏の退魔皇が焼け死ぬとは考えられない。
 戦闘機に火炎放射をあびせても爆発しないのと同じだ。
 ならやはり勝負は皇技で決めるしかない。
 必殺の決意を胸に灯し、魔伏の退魔皇に気付かれぬよう自らの気配を殺しながら数騎は魔伏の退魔皇に静かに、しかし素早く接近し始めた。







「いやはや、こんなことになろうとは思いませんでしたねぇ」
 小さくぼやく陣内。
 渦巻く炎の中に陣内たちはいた。
 そう、たち(・・)だ。
 陣内、ロンギヌス、イライジャ、柴崎司、そして轟雷の退魔皇。
 複数の退魔皇剣を持つ退魔皇に対抗するための盟友たち。
 この場において、轟雷の皇技による酸素遮断と空気の温度低下。
 それを目的として放たれた退技により、なんとか四人の退魔皇が極熱の中に立っていた。
 先頭に立つ陣内は、振り返って全員を見た。
「どうします、このままでは界裂か魔伏のどちらかが倒れる結果に終わりそうですが」
 問う陣内。
 それに答えたのはロンギヌスだった。
「そうは言ってもこの炎があっては先に進むのは難しい。轟雷の退技で無理に進んでも狙い撃ちされるだけだ。下手には近づけないな」
 右手に槍を持ち、左手をアゴにあてて考える仕草をするロンギヌス。
「開闢の退技で炎の存在確立をゼロにしては?」
 と、イライジャが提案した。
 そんなイライジャに、轟雷の退魔皇は首を横に振る。
「わからねぇのか? この炎のおかげでオレたちは狙撃されずにすんでるんだぜ」
 轟雷の言葉はもっともだった。
 あまりに濃い濃度の輝光によって構成された極炎の炎に公園が満たされた結果、退技を使う程度では輝光探知に引っかからないという状態ができてしまった。
 普通、気配を隠す場合は自らの輝光を消すというのが常道だが、周りを輝光で満たしてそれに紛れるというのはあまりにも奇策だった。
「それに、利に敵っている。これなら界裂の勝機はかなり大きいな」
 ロンギヌスが応じた。
 その言葉に、全員が難しい表情を浮かべる。
 もっとも、その表情は仮面に隠れて見えなかったが。
 陣内が小さく両手を叩く。
「さて、どうしましょうか」
 その言葉に、イライジャがロンギヌスに顔を向ける。
「ここから魔伏までの距離はまぁ、一キロといったところですか。行けそうですか?」
 しかし、ロンギヌスはイライジャに首を横に振って見せた。
「皇技が使えれば問題ないが、この炎があっては……」
 とても辿り着けない。
 最後まで言わなくても、その場の全員に意味は伝わった。
 黙って思案し始める一同。
 沈黙を破ったのは轟雷の退魔皇だった。
「提案がある、乗るか?」
 なぜか視線をロンギヌスに向けていた。
「何が言いたい?」
「お前がここにいる人間を信頼するか聞きたいだけだ。命を預けるに等しい結果になるが、そこまでここにいる人間を信用できるか?」
「そうしなければこの状況は打破でないのか?」
「あぁ、無理だな」
 腕を組んで答える轟雷の退魔皇。
 ロンギヌスは地面に視線を向け、黙りこむ。
 しかし、すぐに顔をあげた。
「盟を結んだからには信用しなくては嘘というものだ。いいだろう、信じてやる。策を言え」
「二正面作戦だ」
 轟雷ははるか先にいるはずの魔伏を指差した。
「ここからあの魔伏に到達する手段は二つ。オレの轟雷で無酸素地域をつくり炎に空洞を穿つか、瞬間移動するかだ」
「つまり?」
「お前は開闢と一緒に魔伏の背後にでも転移してもらう」
 とっさにロンギヌスは陣内に顔を向けた。
 驚きを隠せない。
 よりにもよって、一番信用できそうもない人間を信じろと言うのか。
 しかし、武人が口にした言葉を違えるわけにはいかなかった。
「いいだろう、信じてやる。だが開闢、念のために聞くがその策は実行可能なのか?」
「可能です、ついでに転移直後に炎の存在確率をゼロにしてしまいましょう。そうすれば炎で焼かれる心配は無くなります」
「その必要はないな。オレが魔伏の周りの炎を全部消し飛ばす」
 轟雷が力強く言った。
「二正面作戦と言っただろう。オレはここにお前達を放置して双蛇の退魔皇と供に魔伏の退魔皇に直進する。オレたちが魔伏に急追するとなれば界裂の退魔皇が動くはずだ。二方向の敵を同時に相手にする魔伏、そこにお前達が転移する」
「なるほど、二段構えの作戦と」
 納得したように頷く陣内。
 陣内の見たところ、轟雷の退魔皇はただの猪武者とは違うようだった。
 そんなことを陣内が考えているとは露知らず、轟雷の退魔皇はイライジャに視線を向けた。
「さて、じゃあお前はオレと一緒に行くぞ。双蛇の退魔皇」
「一ついいかな?」
 双蛇の退魔皇が口を開いた。
「どうせなら私たちはあなたと別方向から魔伏に攻撃を仕掛けたい。どうせ魔伏の防御結界を突破できないなら、さらに多正面攻撃を加えた方がいい」
「なるほど、じゃあ道は作っておいてやる」
 言って轟雷は近くの炎に槌を叩きつけた。
 するとモーゼの所業の如く、炎が二つに割れて道が作られた。
 それも同時に左右に一つずつ。
「お前らは右の道から行け、魔伏のいる場所の百メート先まで道を作った。オレが仕掛ける時に、魔伏の周囲百メートルの酸素を吹き飛ばす。その時に乗じて攻撃をかけて来い」
「承知」
 そう言ってイライジャは右の道を走り出した。
 その後ろに柴崎司も続く。
 轟雷の退魔皇は、陣内とロンギヌスに背を向けて左の道を行こうとし、
「オレたちが仕掛けた直後だ、転移してヤツに仕掛けろ」
 振り返ることなく二人にそう告げる。
 そのまま走り出し、轟雷の退魔皇は炎の奥へと消えていってしまった。
 ロンギヌスは、轟雷の退魔皇の姿が見えなくなった道を見つめながら呟く。
「轟雷の退魔皇はたいした策士だ。もし上手くいって私が魔伏を仕留めた際、十分に退魔皇剣を奪い取れる位置にいける作戦を考えたぞ」
「しかもそれが一番よい手段ときています。考えが見え透いていても否定できないとは実に素晴らしい」
 賛美を漏らす陣内。
「さて、私の服の裾を掴んでおいてください。そうしていれば私と一緒に転移できますから」
 ロンギヌスを見下ろしながら、陣内は続ける。
「転移直後が鍵です。どうぞ失策のないように」
「言われるまでもない」
 強気で返すロンギヌス。
 他の退魔皇がこれほどまでにお膳立てをしてくれるのはありがたかった。
 正直、単独で魔伏を撃破することは不可能に近かっただろう。
 デメリットは確かに大きいが、この盟約の持つメリットはあまりにも多きい。
 しかし、無事に魔伏を撃破した後、退魔皇剣の争奪戦に勝ち残れるだろうか。
 いや、考えるのは止めだ。
 今は勝った後の心配よりもこの戦いに集中しよう。
 勝利もしていないのに皮算用をしたために、勝機を逃した武将は数知れない。
 教訓で自分を戒め、ロンギヌスは転移のタイミングを黙って待ち続けた。







「くそ、どこに行ったの?」
 計算外だった。
 まさかこんな事態になるとは。
 韮澤は思わず舌打ちを漏らす。
 退技を組み合わせてその威力を向上できるのは自分だけではなかったのだ。
 そんな簡単なことにも気付かないなんて。
(落ち着いて、綾子)
 防御結界に身を包み、炎の中で焦る韮澤にアイギスが声をかけた。
(輝光を探って。必ず界裂は近づいて皇技を撃ってくる)
「無理よ、この高密度の輝光を持つ炎の中じゃ気配なんてわからない。それに……」
(それに?)
「炎が迸る前、他の退魔皇たちの気配を感じたわ。半径数キロにはいなかったはすだけど、多分こっちの索敵距離外から転移してきたのね」
(じゃあ、そいつらにも警戒しないと)
「わかってるわ。こっちだって考えがないわけじゃない。いざとなれば皇技だって使うわ」
(界裂と戮神にだけは注意してね)
「わかってるわよ」
 そう言うと、韮澤は静かに目を閉じた。
 視界中に広がっていた炎が瞼の向こうに消える。
 もっとも、迸る炎の明かりは瞼の向こうからでも知覚できるが、韮澤はあえて視覚を遮断することで聴覚を研ぎ澄ますことを選んだ。
 この極熱地帯では敵を視認できるのは致命的なまでに近づかれた後になる。
 なら頼りになるのは音だけだった。
 劫火の燃え盛る音。
 夜に吹く風の音。
 それ以外に混ざる音を聞くために、韮澤は目と閉じた。
 弓を引き絞り、矢はいつでも放てる体勢で。
 これで防御結界を解けばいつでも矢を繰り出せる。
 数秒もしないうちに、走る音が聞こえた。
 南西と北東の方角からだ。
 こちらを挟むように走っているのだろうか。
(どうやってこの炎の中を?)
 いや、考えるまでもない。
 簡単だ、轟雷の力で炎をはじいているのだ。
 それで道でも作ったのだろう。
 さて、では誰が仕掛けてくる。
 やはり四人同時だろうか。
 それなら警戒するのは戮神だけでいい。
 さらに、界裂はともかく戮神は遠距離攻撃できない。
 どうあっても接近しようと向かってくるだろう。
 なら、それを迎撃するだけだ。
 他は全て無視する。
 問題は界裂の動きだ。
 皇技を放てる界裂が最大の敵対者。
 どう来る。
 韮澤は唾を飲んだ。
 一瞬のようで永遠にも感じる静寂。
 背中に冷や汗を感じ、心臓が高鳴る。
 震えだしそうになる腕を気合だけで制し、状況が動く時を待つ。
 こちらから動く事はありえない。
 動けば感づかれる。
 だから静かに待つ。
 そして、その時が訪れた。
「なっ!」
 驚きを隠せなかった。
 韮澤を中心にして、周囲百メートル余りが円形を作るように炎が消えていた。
 いや、それくらいのことは予想範囲内だ。
 轟雷ならそのくらいはやってのける。
 問題はそんな事ではなく。
「そこかぁっ!」
 界裂の退魔皇が、たった三十メートル程度の距離まで接近していたことだった。
「万物を切り裂く刃よ、天と地を分かつエアの剣よ、この世界を引き裂きたる光を!」
 韮澤の姿を視認すると同時に、数騎が詠唱を始めた。
 一気に皇技で勝負を決める気だ。
 それに答えるように、韮澤も詠唱を始める。
「距離を無にする玉よ、いかなるものをも逃さぬ魔弾タスラムよ、この世界を跳躍する弾道(とびら)を!」
 唱えられる詠唱。
 それに怖じるでもなく、五十メートル近くの距離にいた轟雷が、そして柴崎司が韮澤に挟撃をかける。
 無視だ。
 韮澤は思った。
 あんなザコの攻撃ではこの障壁は突破できない。
 気をつけるは界裂のみ。
 そう、界裂のみだ。
 しかし待て。
 戮神はどこだ。
 ヤツらの頼みの綱たる戮神は。
 悪寒を感じた。
 誰よりも注意しなければならないのは界裂のはずだった。
 しかし、韮澤は自分の直感を信じた。
 視線を後ろに。
 そして、そこに二人がいた。
 どこから現れたのか。
 恐らく相当に遠くから。
 槍と矛を持つ二人の退魔皇が、そこにはいたのだった。
 韮澤はとっさに手にする弓を後ろに向ける。
 転移直後だというのに、消滅の矢を恐れもせずロンギヌスは踏み込んだ。
 蒼き槍を手に、その切っ先を韮澤に対して突き出す。
 しかし、それよりも速く、
「自由射撃(ザミエル・ショット)!」
 韮澤の皇技が発動した。
 それは防御障壁の中から外を脅かす唯一の手段。
 弓にから矢が放たれると、矢はロンギヌスの槍の切っ先よりも、そして光よりも速くロンギヌスの心臓の前に到達する。
 それは韮澤の防御障壁を槍が突破するよりも速く、矢がロンギヌスを貫くことを意味する。
 そんな中、
「世界を創りし矛よ、創造の刃たる天沼矛よ、この世界を生み出したる奇跡を!」
 転移前から唱えられていた詠唱により、
「運命操る黄金の閃光(ゴルド・スマッシュ)!」
 その皇技が発動した。
 展開される黄金の閃光。
 その能力は光に飲まれた物体の存在確率の変動。
 範囲内の物体一つだけの確率を変えるという条件の中で陣内が選んだのは、ロンギヌスの心臓の前に出現した消滅の矢だった。
 転移した消滅の矢の存在確率を操作し、ロンギヌスの心臓の前に存在する確率をゼロにし、韮澤の心臓の前に存在する確率を百にした。
 通常ならばそんなことはできない。
 韮澤の防御結界は、転移さえ遮断する最強の結界。
 だが、韮澤は気付かなかった。
 確かに、天魔の皇技ならば内側からでも転移弾の射出はできる。
 しかし、それによって防御結界は一時的に、転移による防御力を消失させてしまったのだ。
 つまり、何もしなければ最強だった結界に、穴を開けたのは韮澤自身。
 そして、その一瞬を突いて、陣内は韮澤の皇技をそのまま跳ね返した。
 紫の矢が韮澤の心臓の前に出現する。
 それが心臓を貫く速度は、やはりロンギヌスの槍の切っ先より速かった。
 矢が心臓を貫通した。
 凄まじいまでの激痛が走る。
 理由は簡単だ、心臓が無くなればそりゃ痛い。
 でも、死ぬことはなかった。
 だって、自分は同族の力で死ぬことはないから。
「なんで……」
 韮澤が声を漏らす。
 韮澤は倒れていた。
 炎が消えた、まだ熱い土の地面に。
 立っていたのはアイギスだ。
 すでに魔装合体は解けている。
 韮澤は仮面をかぶったままだった。
 あの一瞬。
 滅神の矢が韮澤の心臓に到達するまでの一瞬。
 アイギスはとっさに魔装合体を解除し、その衝撃で韮澤を吹き飛ばし。
 そして、自分の心臓に矢を受けた。
 致命傷ではないが、心臓は輝光を操る核の部分であるためにダメージは大きい。
 最後の力を振り絞り、韮澤の方に視線を向ける。
「逃げて……」
 言えたのはそこまでだった。
 次の瞬間、弾けるような輝光の奔流とともにアイギスの肉体が消滅した。
 消滅したというのは語弊だろう。
 アイギスの本体はあくまで鏡の盾だ。
 つまり、具現化する力を失ったということに他ならない。
 この瞬間、魔伏の退魔皇は脱落した。
 その光景を、皇技を出そうとしていた数騎も、槍を突き出す途中だったロンギヌスも呆然として見つめていた。
 そんな中、誰よりも早く動いたのは陣内だった。
 矛の切っ先を韮澤に向け、その凶器で韮澤から退魔皇剣を奪おうとする。
「させるかあああぁーっ!」
 轟雷の退魔皇の叫びが響き渡った。
 もし、陣内の体が完調だったら間に合わなかっただろう。
 しかし、三度にわたる皇技の使用により、陣内の肉体は筋力を失っていた。
 だから間に合った。
 韮澤に対し、豪風が叩きつけられた。
 いや、正確には韮澤の側に転がっていた退魔皇剣に対してだった。
 弓、銃、鏡の盾が、風に吹き飛ばされてそれぞれ全く違う方向へと飛んでいった。
 本当は全部自分の方に持ってきたかったが、速度を優先して豪風を出現させたために豪風は退魔皇剣を全て変な方向に吹き飛ばしてしまったのだ。
 だが、そうしなければ間違いなく退魔皇剣は全て陣内の手に渡っていた。
 だから、これは決して間違った選択ではない。
 この瞬間、戦いは別のものに切り替わった。
 それは退魔皇剣探しだ。
 炎に飲まれた退魔皇剣を、全ての退魔皇たちは目の色を変えたように探し始めた。
 戦力を失った韮澤を誰も気にすることはなく、退魔皇たちは蜘蛛の子を散らすように散っていく。
 後には韮澤だけが残る。
 韮澤は呆然としていた。
 自分の迂闊さゆえにアイギスを失ってしまった。
 その上、最後はアイギスに命まで助けられた。
 情けなかった。
 一緒に戦うと決めたのに。
 一緒に死ぬと決めたのに、それを全うできなかった。
 泣きそうになった。
 しかし、泣く事はなかった。
 延髄に衝撃が走り、韮澤は前のめりに倒れる。
 意識を失う直前、韮澤は見た気がした。
 自分の首に手刀を叩きつけた、男の姿を。







 燃え盛る炎を吹き飛ばしながら、轟雷は疾駆していた。
 運がなかった。
 よりによって自分の一番近くに飛んだ退魔皇剣があんなものであったとは。
 だが、手に入れないよりはよっぽどマシというものだった。
 轟雷の退魔皇は炎を弾き飛ばしながら、誰も自分の側にいないことを確認した。
 退魔皇剣を飲み込んだ炎の渦に対し、轟雷の退魔皇は槌を叩きつける。
 炎が消え、焼け焦げた地面の上に転がっていたのは銃だった。
「やれやれ、残弾四発の魔弾なんか撃つ気にはなれないんだがな」
 言いながら銃を拾い上げ、槌に押し当てる。
 槌が銃を吸収した。
 途端、体に湧き上がる輝光の流れを感じとる。
「なるほど、完全に無駄と言うわけではないか」
 満足そうに言う轟雷の退魔皇。
 そのまま後ろを振り返った。
「他の連中は、何を手に入れたのかねぇ」







「ようし、見つけた」
 嬉しそうに微笑む陣内。
 彼を中心にして炎が取り除かれたその池。
 いや、池だった所か。
 劫火により、あっという間に蒸発してしまった池だった穴の中心に陣内は立っていた。
 手にするは鏡の盾。
 韮澤が最初に手にしていた退魔皇剣だった。
 陣内は持っていた矛を鏡の盾に押し当てる。
 明らかに体積が大きいのは鏡の盾だというのに、鏡の盾は難なく矛の中に吸収された。
「ふむ、滅神の時に見ましたが、こうやって吸収するわけですか」
 納得顔で頷く陣内。
「ロンギヌスは三つのうちのどれかを手にできましたかね?」
 今回の戦いにおいて、韮澤の注意を引くとい最大級の貢献をしてくれた男だ。
 出来れば戦利品の一つでも手にしていて欲しかった。
(いや、それはないだろう。あのように炎の中に放り出されてはあの小僧の力では拾いに行く事は難しい)
 イザナギがつまらなそうに答えた。
 その言葉を聞き、陣内は悲しそうにため息をつく。
「やはり手にするのは位置的に見ても双蛇あたりですかね? 彼は正直、今回何もしてませんよ」
(世の中は賢しいヤツが勝つと決まっている、上手くはいかないものだ)
「そのようですね」
 口にし、陣内はロンギヌスの不幸をわが身のことのように悲しむのだった。







「ああああぁぁ、あついっ、あついぃぃぃっ!」
 苦しそうに叫びながら、全身に大火傷を負った男が炎の中を走っていた。
 その程度の負傷で済んで奇跡と言うほどの炎の中をだ。
 髪が焼け、服が炭化し、肌が溶けた状態ではわかりようもないが、それはイライジャだった。
 双蛇の能力のおかげで再生をし続けているが、それは再生能力に過ぎず、熱くないわけでも怪我をしないわけでもない。
 チリチリと皮膚を焼く苦痛は神経を素手でむしり取られているかのような痛みだった。
 焼け爛れる身体は動かすだけで激痛が走り、関節を軋ませるだけで気を失いそうになる。
 自殺した方が楽なのではないか。
 イライジャは何度もそう思った。
 しかし見たのだ、この方向に退魔皇剣が飛んでいったのを。
 だからこそ、退魔皇の仮面を柴崎に預け、一人炎の中に飛び込んだのだから。
 必死になって探しだそうとするイライジャ。
 しかし、いっこうに弓は見つからなかった。
「どこだっ! どこだっ!」
 もう限界だった。
 早くこの灼熱地獄から抜け出したい。
 それなのに、いつまでたっても見つからない。
 そんな時だった。
 苦痛から開放された。
「刻銃聖歌(カンタスグレゴリオ)!」
 術式が解き放たれた。
 輝光によって編まれた閃光が迸り、同時にイライジャが頭部を失う。
 数メートル先に、蛇の仮面をかぶる黒衣の姿があった。
 他の術式によって炎を弾き飛ばしており、その周辺に炎は存在していなかった。
 それは、イライジャの従者たる柴崎司だった。
 術式を撃ち出した黒き拳銃をコートの中にしまいこむと、柴崎は持っていた弓を構える。
 頭部を撃ち抜いたのは殺すためではない。
 命令をさせないためだ。
 イライジャによって蘇らせられた柴崎は、イライジャの言葉一つでまた死者に戻る。
 反逆するなら命令をさせてはいけない。
 弦を引き絞り、紫の矢の威力を高める。
 そして、十分に輝光を集中させた後に解き放った。
 イライジャに迫る紫の矢。
 それは光の粒子を撒き散らしながらイライジャに迫り。
「あっ……」
 イライジャの頭部が再生するのと、紫の閃光がイライジャの網膜に焼きついたのは同時だった。
 頭部を失うイライジャ。
 その頭部は、今度こそ再生しない。
 それこそが再生殺しを極めた滅神の能力。
 どのような治癒でさえ、この弓の前では無力と化す。
(よくやった、柴崎司よ)
 柴崎と魔装合体していたカドゥケウスが嬉しそうに言った。
(あの小僧め、自分だけ安全に戦おうとした罰じゃわい)
 その声を聞きながら、柴崎は死んだイライジャの手から杖を奪い取り、杖の中に手にした弓を吸収させた。
(最も恐ろしい武器である弓を手に入れた、これで後恐ろしいのは刀だけだ。さぁ、供に戦おうぞ柴崎司。私達二人で勝利を手にするのだ)
 大声で笑い出すカドゥケウス、もっともその声は柴崎にしか聞こえなかったのではあるが。
 柴崎は無言で滅神の弓を具現化させ、引き絞る。
 そして、紫の矢を解き放ち、燃え盛る炎に穴を穿った。
 その穴を通って柴崎は炎の公園から脱出する。
 こうして、双蛇の退魔皇は、イライジャから柴崎司へと交替したのであった。







(全ての退魔皇剣が退魔皇たちに吸収されたようですね)
 炎の中を走る数騎は、その言葉で足を止めた。
「全部か?」
(はい、戮神以外の全ての退魔皇が二つの退魔皇剣を持つ存在になりました)
「ちっ、まぁ一人に全部持っていかれるよりはマシか」
 そう、それこそ最悪の事態なのだ。
 数騎は鬱陶しそうに頭をかく。
 苛立ちは隠せなかった。
「で、どうする?」
(一度、元の場所に戻っては?)
「どこだよ、そこ?」
(魔伏の退魔皇がいるあたりです、できていれば問題ありませんが、魔伏の退魔皇が炎の中から脱出できない可能性があります)
「じゃあこの炎全部消したらどうだ?」
 極炎の能力は熱を操る。
 温度をゼロにしてこの炎全てを鎮火させるぐらいはわけない。
(いえ、それでは他の退魔皇たちに戦闘を促す結果につながります。正直、今日はこれ以上の戦いはきついです)
「確かにな」
 そう、数騎はかなり消耗していた。
 広大と言える公園全てを火の海にしたのだ、消耗しないはずがない。
(それよりも人命救助を優先しましょう、あのまま炎に巻かれて死なれては後味が悪すぎます)
「わかった」
 そう言うと、数騎は元来た道を戻った。
 炎をかいくぐり、炎の巻かれていない地点へと辿り着く。
 そこは轟雷が酸素を吹き飛ばした地点だった。
 すでに酸素は補充されていて呼吸できるが、炎で全てが埋め尽くされているわけではないので生物の生存は可能である。
 無炎空間の中央に、魔伏の退魔皇が倒れていた。
 そう、なぜか倒れていた。
 その傍らには坂口の姿があった。
「おっさん、どうしてここに?」
 近づきながら数騎は尋ねる。
 声に気付き、坂口は振り返った。
「遅かったな、帰ってこないかと思ったぞ」
 左手に拳銃を握り、右手でタバコを吸っている。
 ちなみにタバコに燃える火の色は赤紫。
 よほど肝が据わっているのか、わざわざ極炎の魔炎で火をつけたらしい。
「ジェ・ルージュと天狗は?」
「あぁ、そのことでお前に文句がある」
 煙と供に、坂口はため息をついた。
「なんだ、あの爆炎は。オレたちが公園にいることを忘れたのか?」
 睨み付けてくる坂口。
 よく見てみると、コートの端の辺りが黒焦げていた。
「あの天狗が助けてくれなかったら私は今頃焼死体だ。どうしてくれるんだ?」
「えっと……悪い」
「全くだ。もう少しで死ぬところだった。それにしてもあの天狗はすごいものだな、私を抱えたまま爆炎よりも早く公園の外まで走り抜けたぞ。あの瞬発力は退魔皇以上じゃないか?」
「機動力に特化した異能者ってことか?」
「おそらくそうだろう、輝光放出系には見えなかったからな」
 くわえていたタバコを吐き捨てた。
 炎が消え、すでに冷めた地面にタバコが落ちるのと、それを坂口が靴で踏みつけるのはほとんど同時だった。
「で、収穫は?」
「無しだ、結局全部他の連中に持っていかれちまった」
「徒労か」
「言うなよ、悲しくなる」
 舌打ちと供に言う数騎。
 そんな数騎に、坂口は優しい声で言った。
「それよりいつまで魔装合体してるつもりだ? もう戦いは終わっただろ?」
「ん、そう言えばそうだな。エア、そろそろいいか?」
(ちょっと待ってください、まずは魔炎を消してからです。そろそろ頃合でしょう)
「そうか」
 頷いて、数騎は左手の極炎を強く握り締める。
 それと同時に公園を焼き尽くした炎を消え去った。
 急にあたりが暗くなる。
 光源は空からさす月明かりだけになった。
 急に暗くなったので目がなれない。
 強く瞬きを続ける数騎にエアが言った。
(やはり気配は感じられませんね、どうやらみな撤退したようです)
「じゃあ、いいか?」
(はい、構いません)
 その言葉を聞いて、数騎はようやく仮面を顔から外した。
 途端、張り詰めた緊張が解け、身体が一気に楽になる。
 同時に数騎の持っていた武器が消滅、エアの肉体が具現化された。
 魔装合体はしているだけで退魔皇に負担をかける。
 戦闘中以外に退魔皇が魔装合体しない理由がそれだった。
 だからこそ、
「えっ?」
 敵の前では魔装合体を解く事は許されない。
「なっ!」
 エアに続いて数騎が声を上げた。
 近距離から耳に叩きつけるような音が響いた。
 そして手に走る衝撃。
 数騎は目で追った。
 地面に転がっていくそれを。
 砂の上を跳ねるように転がっていく真紅の仮面を。
「あ……」
 ヒビが入る。
「あぁ……」
 その亀裂は少しずつ大きくなり。
「ああああぁぁぁっ!」
 そして、砕け散った。
 いくつもの破片と化し、地面に転がる真紅の仮面だったもの。
 数騎はとっさにエアの方を見た。
 そこには、半透明になり向こうの景色を透過させるエアの姿。
「数騎……さん……」
 喋るのもつらそうだった。
「大丈……私……達は……もう一度……会え……」
 それで終わりだった。
 エアの透明度がどんどん上がっていき、消滅する。
 次の瞬間、エアのいた場所に二つの退魔皇剣が転がる。
 それは、大太刀と長剣だった。
 数騎は歯をかみ締め、目を大きく見開いた。
 怒りを顔に貼り付けたまま、振り返る。
 そこには、銃口から煙を昇らせる拳銃を手にする坂口の姿があった。
「テメェ……」
「油断したな、須藤くん」
 鼻を鳴らす坂口。
「こういう戦いなのだ、誰も信用してはならないのは基本じゃないのかな?」
「ざけんな!」
 数騎は閃光のように動いた。
 拳銃を突きつけているのに動けるわけがない。
 歴戦の兵士としての経験が生きず、そんな油断をしたのは数騎が素人だとたかをくくっていたいたからだろう。
 数騎の右足の甲が坂口の右手を跳ね上げた。
 同時に放たれる拳銃。
 しかし、その弾丸は数騎の右頬を掠めるに終わる。
 その間に数騎は坂口の懐に飛び込んでいた。
「はぁっ!」
 踏み込みとともに、中段突きを繰り出す。
 とっさに回避する坂口。
 それに呼応するように、数騎は左ハイキックを仕掛けた。
 視界の外から回り込むような蹴りを、しかし坂口は見ること無しに右手で止めた。
 足を戻すと同時に、数騎は右のミドルキックを繰り出した。
 とっさに両足が宙に浮く。
 常人ならば対応できないであろうこの一瞬。
 坂口は動いていた。
 数騎の懐にもぐりこみ、遠心力を利用して威力を出すミドルキックを封殺。
 そこに握り締めた拳をみぞおちに叩き込んだ。
 とっさに呼吸が止まる数騎。
 衝撃を逃しきれず、仰向けに地面に倒れた。
「悪いが眠ってもらおう」
 すぐさまマウントポジションに持ち込み、坂口は右拳を振り上げた。
 みぞおちに叩き込まれた一撃から回復できない数騎に、芸術的なフックをアゴに叩きつけた。
 脳を揺さぶられ、数騎の視界が真っ暗になる。
 そして、勝負はついた。
 気絶させられた数騎はぐったりと動かない。
 そんな数騎に背を向け、坂口は韮澤から奪い取った水色の仮面をかぶる。
「命を賭ける、死ぬまでだ」
 契約の言葉と同時に、坂口は二振りの退魔皇剣を拾い上げた。
 精霊を失った退魔皇剣に契約者を選ぶ自由は無い。
 異議も無く契約を終えると、坂口の手から極炎と界裂が消え去った。
 これで坂口の望む時、いつでもこの二振りの退魔皇剣は坂口の前に姿を現す。
「人を信頼しすぎたな、須藤数騎」
 気絶する数騎を見下ろしながら、坂口は続ける。
「戦場では誰も信用するな、例え味方であってもだ」
 軍隊に民主主義はあり得ない。
 だから、部下の兵士は将校を選べない。
 しかし、無能な将校のせいで部下は死ぬ。
 それを恐れる部下は、こっそりと将校を殺すことがあるという。
 これで殺される将校の数は四人に一人と言われている。
 そして、坂口も実際に自分の上司である少尉を殺した事がある。
 その少尉が死んだ時、部隊の誰もが喜んだものだ。
 戦場では味方さえも信頼できない。
 それこそが、坂口にとっての常識だった。
「命は奪わん、せいぜい長生きするといい」
 数騎たちに背中を向ける。
「できるものならな」
 これからも続く退魔皇たちの戦いで、この町の人間が被害を受けないでいられるかなどわかるはずもなかった。
 坂口は数騎たちの幸運を心の片隅で祈りつつ、その場から離れていく。
 この夜の戦いで脱落した退魔皇は三人、さらに新規参加が二人。
 結局のところ、退魔皇はまだ五人残る計算であった。














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